たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 ……思ったより早く書けましたので。


第九話 守ってください

「―――これは」

 

 戦いの最中、二人の戦いの余波に耐えきれなくなった壁が破壊され、そこに吹き飛ばされたレヴィスを追って出た場所に広がった光景を前に、アイズの困惑した声が上がった。

 目の前に広がるのは、緑肉に包まれた巨大な大空洞。

 その中心には赤色に輝く大主柱とそれに巻き付く巨大なモンスターの姿。

 そして暴れる巨大なモンスターと食人花と戦う―――

 

「アイズさんっ!?」

 

 仲間の姿。

 

「レフィーヤ?」

 

 歓喜に満ちた涙声の呼び声に、アイズは剣を握る手で汗を拭いながら確認の意を込めて再度大空洞の中を見回した。

 

「【ヘルメス・ファミリア】の皆に……え? ベートさんも―――どうしてここに。それにあの人……シロさん?」

 

 分断されはぐれた切りだった【ヘルメス・ファミリア】の姿に安堵するも、その身に漂う余裕のない雰囲気に顔を強張らせるが、誰一人欠けていない全員が揃っているのがわかると、小さく安堵の息が漏れる。

 そして、そこで最後に大空洞の中心―――赤色に輝く大主柱の根本に立つ白ずくめの男に目を向けると。

 男は地面に叩きつけられたレヴィスに何か言い募ると、彼女の反論を無視しながらこちらを目を向け不敵な笑みを浮かべ何か指示するようにその手を掲げた。

 すると、それに呼応して大主柱に巻き付いていた2体の内一体がゆっくりと柱から身体を引き離すと、その()をアイズにゆっくりと向け。

 

「アイズさんっ!!」

 

 その巨体をくねらせ進行方向にある全てを凪ぎ払いながら押し寄せてきた。

 歓声を上げていたレフィーヤの口から今度は悲鳴染みた声が上がり、巨大すぎる質量が自身に迫り来るなか、しかしアイズの心は何処までの落ち着いていた。

 そして、彼女はゆっくりと手に持つ剣を胸元へと引き寄せると、何かに宣言するように小さく呟いた。

 

「―――『行くよ』」

 

 

 

 

「――――――――――――」

 

 その瞬間、ベート達味方だけでなくオリヴァス等敵も言葉を失った。

 たった一振り。

 アイズが放った風の斬撃は、空間ごと断ち切るかのような勢いでもって迫り来るモンスターの身体を横一文字に切断すると、そのまま勢いを殺すことなく遥か遠くにある大空洞の壁面を大きく削り取った。

 切断の勢いでモンスターの巨体の一部が高く空を舞う数秒の凪が過ぎた後、風により削れた大空洞が崩れ落ちる音と共に肉塊となった巨大花の成れの果てが地面に落ちた轟音が響き渡る。

 

『―――――――――――――――ァァァアアアッ!!』

 

 最初に声を上げたのは、その場にいる人ではなく大主柱に寄生する宝玉の胎児だった。

 何かに反応するかのように、苦しみからか、それとも何かを求めるかのように宝玉の中でもがいている。

 その頭を叩きつけるかのような叫喚に、停止していた思考が再始動し始めたレフィーヤ達の視線がゆっくりと、しかし同時にアイズに向けられた。

 

 ―――驚愕

 

 ―――恐れ

  

 ―――称賛

 

 驚きと驚愕のみが敵味方の思考を埋め尽くす中、一人のエルフ(レフィーヤ)は崩れ落ちそうになる身体を震えながらも堪え、手に持つ魔導師の証しでもある杖をすがるように握りしめながらアイズを見つめていた。

 その脳裏には―――

 

 あり、えない……

 

 驚愕でも称賛でも、恐れでもなく―――

 

 こんなの―――有り得るはずがないッ!!

 

 否定に近い感情が渦巻いていた。

 彼女は魔導師である。

 それも都市最強の魔導師に師事し、その強さを間近に目に肌に感じている一人であった。

 だからこそわかる。

 彼女(アイズ)の力は有り得ない、と。

 アイズの魔法については知っていた。

 超短文詠唱による付与魔法(エンチャント)

 斬撃に風を纏わせる―――ただそれだけのもの。

 確かにその応用は幅広く使い勝手は良いだろう。

 だけど、それだけの筈なのだ。

 それなのに―――

 

 ―――こんな威力―――有り得るはずが―――ッッ!?

 

 都市最強の魔導師に師事し、先天的な魔法種族であり、そして都市最強の【ファミリア】の一角に所属しているからこそ理解し、当たり前であった常識が通じない。

 明らかに自分の知るそれ(魔法)の理から外れた力を目にし、レフィーヤは一人声なき絶叫を上げた。

 

 アイズさん―――あなたの『(エアリエル)』は異常ですっ―――

 

 

 

 

 

 アイズの超常の力を目の当たりにし騒然となる中、皆と同じように驚きに動きを止めていたシロだったが、誰よりも早く我に返ると、直ぐに切り飛ばされた巨大花の花頭へと駆け寄っていった。

 その姿を目にしたアスフィも、直ぐ様その意図に気付き我に返ると、近くにいたルルネに声を掛け共にシロの後を追った。

 先に巨大花の花頭に辿り着いたシロが、その巨大な洞窟にも似た口内に足を掛け中を確認していると、追い付いてきたアスフィ達も背後からその奥へと視線を向けた。

 

「どうですか?」

「―――ああ、大きさが違うだけで、食人花と構造は似ているようだな」

「って、ことは―――」

 

 シロの言葉にルルネが身体を乗り上げ、巨大花の口内の更に奥へと身を踊らせると、その目が目的のモノを見付けた。

 

「ははっ―――やっぱりありやがった!」

 

 自然と浮かび上がる笑みと共に拳を握りしめると、直ぐに背後の仲間達へと向けてルルネが叫んだ。

 

「みんなっ!! 『魔石』があるのは頭の方だっ!!」

 

 その声と共に、残った最後の巨大花が動き出した。

 同時に、周囲に生き残っていた食人花たちが一斉にアスフィ達ではなくアイズ一人へと向かって襲いかかっていく。

 そして、動き出した巨大花はアイズではなくアスフィ等【ヘルメス・ファミリア】とレフィーヤ達へ向けてその花頭を向けてきた。

 アイズの力を前に、せめてもの道連れにとの狙いだろう事は想像に容易かった。

 再度迫り来る絶望を前に、しかしアスフィ達の目に焦燥はなかった。

 既に道筋は見えている。

 ならば、後はそこに何とかたどり着けば良いだけ。

 

「っ、『魔石』の場所がわかっても、詠唱する時間が―――」

 

 迫る巨体から感じる圧迫感と地面が削れ飛んでくる瓦礫を凌ぎながら、レフィーヤが苦悩の声を上げる中、巨大花へ向けて足を向けたのはフィルヴィスだった。

 

「私がやる―――狼人(ウェアウルフ)穴を開けろっ!!」

「っうるせぇ! 指図すんなぁっ!」

 

 杖を握りしめながら指示をして駆け出すフィルヴィスは、悪態をつきつつも先行して巨大花の身体を駆け上がるベートを見ながら詠唱を開始する。

 

「―――【一掃せよ破邪の聖杖】」

「オラァ!!」

 

 そしてフィルヴィスが詠唱を終え、狙撃する位置につくと同時、まるで息の合った相棒のようなタイミングでベートの蹴りが巨大花の花頭の一角を砕いた。その衝撃と痛みに、巨大花が身を反らせ悲鳴を上げる。

 だが、上級冒険者であるベートの力をもってしても、巨大花に与えた損傷()は決して大きいとは言えなかった。その巨体故に、ベートの開けた傷跡()は更に小さく感じられ、地上から狙いをつけるフィルヴィスの目には余りにも不安であった―――が。

 多大な集中力が必要となる詠唱と回避を同時に行う並行詠唱を行いながら、それでもフィルヴィスの目は確実に巨大花の傷跡()を捕らえた。

 

「【ディオ・テュルソス】!!」

 

 カッと目を見開いたフィルヴィスは、迷うことなく魔法を放ち―――エルフの聖なる雷は、ベートが開けた穴を正確に貫くと、その奥に隠されていた『魔石』を確かに打ち砕いた。

 

 

 

 

 

「ば―――馬鹿な……あ、ありえん―――こんなこと有り得る筈が…………」

 

 目の前で巨大花の魔石を砕かれ、今まさに灰となって崩れ行くモンスター(最後の防壁)の成れの果てを浴びながら、オリヴァスは愕然と膝をついていると、背後から灰となって辺りに漂う巨大花の残骸を貫いて降り立つ音が聞こえた。

 

「っ、ぐぅ」

 

 予感と共に苦悶染みた唸り声を上げながら後ろを振り返ると、そこには想像通り数十はいただろう食人花を殲滅し終えたアイズが立っていた。

 

「あれだけいても、時間稼ぎにもならないとは……有り得るかっ―――あってたまるかこんなことが―――っ!?」

「―――どうやら食人花も尽きたようですね」

 

 静かなアスフィの声に、後ろへと向けていた顔を慌てて前へ戻したオリヴァスの前には、【ヘルメス・ファミリア】と共にシロたちの姿もあった。

 

「これで―――終わりです」

 

 断罪の刃を振り下ろすかのように言いきられるアスフィの宣言。

 それを否定する声が、オリヴァスの口からは出ることはなかった。

 ただ焦りと絶望に、オリヴァスの青白い顔が更に紙のように白く染まり、ねばついた汗が吹き出すだけ。

 体と瞳を震わせながら、すがるように周囲を見渡そうとする男の前に、女の背中が現れた。

 

「……レヴィス―――!」

 

 呆けたように開かれた唇から、女の名前が呟かれた。

 その名に背中を押されたかのように、オリヴァスは勢いよく立ち上がると、恐怖、怒り、焦り、絶望―――様々な感情が入り交じり歪んだ表情を浮かべた顔で周囲を睨み付けた。

 

「そう―――そうだともっ! 私が―――我々が負ける筈がないっ! 『彼女』に選ばれ種を超越した我々が―――」

 

 発狂したかのように明らかに常軌を逸した声で笑う男を背にしながら、女は何も言わず牽制するかのようにアイズ達を睨み付けている。

 オリヴァスはその姿に益々勢いづくと、ゆっくりと足を前に出しレヴィスの横へと立った。

 

「ハハハハハッ!! いいぞっレヴィスっ! 時間を稼げっ! 回復した私と貴様の二人がかりならば、このような奴らどうにでも―――」

「茶番だな」

「―――は?」

 

 唐突に振り替えったレヴィスの目に見えた残酷なまでの無関心の意に、オリヴァスの口から乾いた息にも似た疑問の声が上がった瞬間。

 

「―――ぁ?」

 

 レヴィスの腕がオリヴァスの胸を貫いていた。

 

「「「―――っ!!??」」」

 

 敵の同士討ちという突然の凶行を前に、アスフィ達の間に動揺が走る。

 追い詰められ、味方が一人でも必要な筈のこの状況の中で起きた不可解にすぎる暴挙に、誰しも思考と動きが止まる中、オリヴァスの胸を貫いたレヴィスがただ一人冷徹な眼差しでただただ驚愕にうち震えるモノを見ていた。

 

「な……なぜ、何を……」

「より力が必要になった。それだけだ」

 

 最早振り払う力もないのか、自分の胸を貫いた女の細腕に寄りかかるように掴み、恐怖に震える瞳で見上げてくるオリヴァスにレヴィスは淡々と告げる。

 

「あの女だけでも厄介だというのに、あの男までいるとは……食人花どもではいくら喰っても大した血肉にならん。だから―――」

 

 レヴィスの視線が、【ヘルメス・ファミリア】の傍に立つシロへと向けられると、その目が忌々しげに厳しく固められる。その感情の動きに応じ、レヴィスの手が掴んだモノを握る手が震えた。

 それを感じ、更にオリヴァスの口から逼迫した声が上がる。

 

「ま、まて―――よせっ。私はお前と同じ―――ただ一人『彼女』に選ばれた同ほ―――」

「馬鹿が―――」

「―――――――――ッッ!!??」

 

 ずるり、とレヴィスの腕がゆっくりと、しかし確実にオリヴァスの体から引き抜かれ始めた。

 ぶちぶちと肉が千切れる音ともに、身体から最も重要なモノが抜け落ちる感覚。

 上げようとした最後の懇願さえ消え失せてしまう程の喪失感に、最早悲鳴すら上げられない。

 魚のようにパクパクと口を開いては閉じるを繰り返すだけのオリヴァスを苛立たしげに睨み付けながら、レヴィスは吐き捨てるかのように言い放つ。

 

「『選ばれた』? お前にはアレがそんな崇高なモノに見えていたのか? お前も私もアレにとってはただの触手に過ぎん。それに―――」

 

 そしてとうとうオリヴァスから引き抜かれたレヴィスの手には―――

 

「アレは私が守ってきた。今も―――そしてこれからも」

 

 ―――極彩色に染まった『魔石』の姿があった。

 そして、

 

「「「――――――ッ!!??」」」

 

 女はそれを何の躊躇いもなく己の口へと放り込むと噛み砕いた。

 

「ッ―――いかんっ!?」

 

 シロが何かに気付いた時には、既にもう手遅れであった。

 警告の声の内容にアイズ達が思い至る前に、赤髪の女(レヴィス)は行動を終えていた。

 動きが見えていた訳ではなく、ただの勘と反射で防御を取った剣に衝撃が走る。咄嗟の防御ゆえの甘さと、それ以上の力の強さゆえに、アイズはその場に留まることも出来ずレヴィスと共に後方へ吹き飛ばされていく。

 

「ッッ!!? 貴方はっ!?」

「―――これでもまだ喋る余裕があるか……やはりまだ足りんな」

 

 アイズの剣を素手で握りしめながら、レヴィスが淡々とした様子で比我の強さを確認する。

 だが、それでも十分と判断したのか、アイズを蹴り飛ばして距離を取ると、レヴィスは地面に拳を突き立て天然武器(ネイチャーウェポン)を取り出し。そのままの勢いでもってアイズに斬りかかった。

 

「アイズっ!? クソがぁっ」

「アイズさんっ!!」

「くっそ! 魔石食って強くなるって―――強化種かよっ!?」

「っ―――待ちなさいルルネっ! 消耗の激しい私たちでは足手まといにしかなりません―――それよりもっ」

 

 あのアイズが圧倒されている。

 その姿を目にし、赤髪の女の危険性を本能的に理解したベートやレフィーヤ、そしてシロもアイズを援護するために駆け出した。二転三転する状況の中、【ヘルメス・ファミリア】も反射的に応援に駆け付けようとするも、それを団長であるアスフィが声を上げて押し止める。

 その視線の先には、高速で移動しながら戦闘するアイズ達ではなく。

 大主柱の根本―――胎児が宿った宝玉の姿があった。

 

「あれの回収を急いでっ! まず間違いなくあの宝玉が今回の事件の中心ですっ! 私たちはまずそれを―――」

 

 そう指示しながらも、自ら宝玉の元へ走り出していたアスフィだったが、その足は遅々と進まず。レベル4とは思えないほどに遅い。

 

(っ―――予想以上に消耗が激しい。やはり血を流しすぎましたか……)

 

 アスフィが内心で毒づきながらも宝玉の元まで辿り着いた時、彼女の上に人影が舞った。

 突然現れた気配に思わず足を緩めると、顔面に向かって何者かの足が迫ってくる。

 

「―――」

「っ!?」

 

 上空からの突然の襲撃に、しかしアスフィは両手を差し出して防御する。

 何とか襲撃者の攻撃を防ぐことはできたが、踏み留まる事も出来ず後ろに蹴り飛ばされてしまう。

 そのまま地面を転がるアスフィを、後から追いかけていたルルネが慌てて抱き起こす。

 苦しげに呻き声を上げるが、目に見える負傷がないのを確認すると、ルルネは顔を上げ襲撃者の正体を少しでも探ろうとする、が。その肝心の相手は全身に紫の外套を纏っており、顔には不気味な紋様が刻まれた仮面が、ローブの先から覗く手にも手袋がはめて、性別どころか肌の色さえ判然としなかった。

 

「アスフィっ!? くそっ! まさかまだ仲間が―――」

「早く『エニュオ』に持っていけ!! 完全に育ってはいないが十分の筈だっ!!」

『ワカッタ』

 

 ルルネの疑問に応えるように、突然現れた襲撃者に気付いたレヴィスが声を上げた。

 襲撃者の手には、何時の間にか件の宝玉の姿があった。

 レヴィスの声に言葉少なく頷く襲撃者。

 その声もまた、何人もの人が同時に話したかのような不気味な声で、そこから何かしらわかることはなかった。

 

「―――ルルネっ」

「ああっ! もう―――」

 

 ルルネに抱き起こされていたアスフィが、焦燥と共に名を呼ぶ。

 その言葉に秘められた意味を正確に汲み取ったルルネが、アスフィをおいて紫の外套を被る相手へと向かって全力で向かう。

 同じく【ヘルメス・ファミリア】の中で動けるもの達が、襲撃者を囲むように動き始めようとする。

 しかし―――

 

巨大花(ヴィスクム)!」

 

 それが形となる前よりも早く、レヴィスが命令を下すのが早かった。

 

「産み続けろっ!! 枯れ果てるまで絞り尽くせぇっ!!」

 

 その(命令)の意味に気付いた時には、もう手遅れであった。

 (命令)の後、直ぐに天井から一匹の食人花が落ちてきた。 

 それは一目で未成体と分かる程の小ささの食人花であった。

 その姿に疑問が浮かぶ前に、何が起きた―――否、何が始まるのかを理解した。

 

「「「―――――――――っっっ!!!???」」」

 

 悲鳴、怒声、戸惑いーーー様々な感情が篭った声が上がるが、それが誰かの耳に届くことはなかった。

 何故ならば、天井()から落ちてくる(降ってくる)文字通り雨のごとき量の食人花が地面を叩く音に飲み込まれたからだ。

 どれだけ鳴り続けた(降り続けた)のか、少なくとも上り詰めた驚愕が落ち着くまでの時間続いた食人花(絶望)の雨が終わると、誰かの切実な思いが篭った声が周囲に響いた。

 

「……うそだろ」

 

 絶望が、そこには広がっていた。

 大空洞。

 端が霞んで見える程の大きさの食糧庫に生えていた何百? いや何千かもしれない全ての食人花が―――目の前で牙を剥いていた。

 

「ッッッ!!! ―――くるぞぉおおおおおおっ!!?」

「無理だっ! ムリムリムリ―――む、!?!」

「離れるなぁああ!!!」

 

 壁―――いや、緑の津波となって襲いかかる食人花の塊を前に、否定の声を上げながらも、仲間と一塊となって襲撃を潜り抜けようとする。

 悲鳴を上げながら、それでも何とか第一波をやり過ごすも―――その顔に浮かぶのは絶望一色。

 先が見えない。

 絶望(食人花)しかない。

 底が見えない敵の数に加え、先程の一波を越えた事で最後に残った予備武器さえ壊れてしまった者もいる。

 こと―――ここまで来て、打つ手がない。

 それは、誰にでも分かる程に明白な事実であった。

 

 

 

 

 

(っ―――何もっ、できない)

 

 大量のモンスター。

 言葉として出せばたったそれだけ。

 なのに、目の前に広がる絶望は言語に尽くせないほどの酷さだった。

 詠唱の一つも出せず、口からでるのは悲鳴だけ。

 戦うことも出来ず、ただひたすら無様に逃げ回りながら、レフィーヤは恐怖と悔しさ、そして自身への怒りに身を焼かれていた。

 

(私はまた(・・)―――また何もできない(・・・・・・・・)

 

 ―――食人花。

 

 ―――仲間の危機。

 

 ―――無力感。

 

 ―――絶望の中、それでも戦い続けるアイズ(憧憬)の姿。

 

 ―――ただ、守られるだけの自分。

 

 食人花が暴れる轟音の中、フィルヴィスさんの私の名を呼ぶ声が微かに聞こえる。

 この状況に陥りながらも、自分を探してくれることに嬉しく思いながら―――そんな自分が心底嫌になった。

 

(この、まま―――何も出来ずに……)

 

 地面を這いずるようにして、偶然見つけた落石で出来た隙間(避難場所)に体を滑り込ませる。

 獲物に逃げられ激昂するかのように、食人花がレフィーヤが逃げ込んだ先の岩へと激しい攻撃を仕掛けてきた。

 岩が削られる音を危機ながら、ただ体を丸め小さく震えるだけの自分に、ただただ自己嫌悪だけが募っていく。

 体に響く衝撃と音は確実に強くなっている。

 このままでは死は避けられない。

 わかっている。

 わかっているのだ。

 なのに―――。

 ……なのに、口からでるのはただ圧し殺した悲鳴だけで。

 呪文の一つも唱えもしない。

 

 なんで?

 

 わたしは―――なんで―――どうして―――また―――こんな―――

 

 答えのでない。

 

 答えのない。

 

 現実逃避じみた意味のない自問自答がぐるぐると頭を廻るだけ。

 

 ―――守られたいんじゃない  

  

 ―――前へと進みたい

 

 ―――手を伸ばす

 

 ―――立ち上がって見せる

 

 ―――共に戦いたい

 

 そう、願ったんじゃないのか―――っ

 

 なのに……また、こうしてただ頭を抱えて小さくなっているだけ……

 

 私は……やっぱり―――変われないのか……

 

 『並行詠唱』も出来ず、戦うどころか逃げることも覚束ない……

 

 ただ、足手まといにしかならない自分は……やっぱり……もう……

 

 自己否定が募り、それは重りとなって自分の体を縛り付ける。

 最早レフィーヤの耳には怪物が迫る岩を削る音は聞こえず、ただ自分を否定する言葉しか聞こえてこなかった。

 身体と思考を縛り付ける否定の言葉。

 嘲りを含んだ誰ともしれない声が聞こえる。

 

 だれ?

 

 だれの声?

 

 ベートさん?

 

 アイズさん?

 

 フィルヴィスさん?

 

 だれ?

 

 だれ?

 

 だれのこえ?

 

 わたし?

 

 ちが、う?

 

 しかしそれは―――何時しか確たる人の言葉となって聞こえていた。

 

 それは、かつて言われた言葉。

 

『その身体で、一体何ができる』

 

 今と同じようにぼろぼろで、傷だらけで。

 

『何も出来はしない』

 

 無力で、何ができるわけではないと分かっていて。

 

『足手まといにしかならない』

 

 だけど―――それでもと、思ったあの時。

 

 感情を廃したような、硬い剣のような言葉で突き立てられた言葉。

 

『無駄死にだ』

 

 あの時―――ワタシハ………………

 

 

 ………………ワタシは―――

 

 

 わたしは―――っ!!

 

 

 私はっ―――何て言ったッ!!!

 

 

 

 

 

 

「ちぃっ!!」

 

 舌打ちと言うには余りにも大きい音を立てたベートは、自分が見つけてしまった光景に酷く苛立ちを露にした。

 まるで最下級の冒険者のように、無力な雑魚そのものの姿で地面を這いつくばりながら落石の隙間へと逃げ込んだ仲間(レフィーヤ)の姿。

 悲鳴を上げ、涙を流しながら逃げる彼女からは、戦おうと、事態の打開を狙おうと、そんな前向きな姿はなかった。

 逃げ込んだ先に、無数の食人花が集っている。

 あの激しさから、レフィーヤが中から引きずり出されるのも時間の問題だろう。

 そうなれば、結果は明白。

 レフィーヤのお守りのフィルヴィスも、食人花への対処で手一杯で、彼女の危機に気付いてもいない。

 力があり、才能もあるにも関わらず―――ただ逃げるだけ。

 その姿に、ベートの苛立ちと怒りは募り続ける。

 この絶望、切り抜けるには魔法の―――彼女(レフィーヤ)の力が必要なのに、当の本人があのざまでは。

 強さを増した赤髪の女(レヴィス)と戦うアイズは苦戦している。

 一刻も早い援護が必要なのにっ。

 身体から発する焦りと怒りと苛立ちを込めて群がる食人花を蹴り飛ばしたベートが、アイズの元へと向かおうとする足を無理矢理変更させ走り出そうとする、と。

 

「―――まて」

「なっ!?」

 

 横から襲いかかろうとしていた食人花を切り伏せたシロが、そのままの勢いでベートの前に立ちふさがった。

 

「お前はさっさとアイズの所へ行け」

「っ、は、何を」

 

 シロはベートに背中を向けたまま、軽く首を動かしてレヴィスと戦うアイズを指す。戦いの最中、剣をなくしたのかアイズの手に相棒(デスペレート)の姿がなく、更に追い込まれているのが端から見てもわかってしまう。

 知らず、ベートの足先がアイズの方を向く。

 

「あの女にはもう俺の小細工は通用しない。それならお前の方がまだ力になれる」

「うるせぇ! なに勝手に決めてやがるっ!」

 

 罵るベートを無視し、レヴィスを見るシロの目には厳しいものがあった。

 仲間の魔石を喰らって力を増したレヴィスは、その速さや力といったものだけではなく、耐久力も相応に向上しているのは想像に難くない。

 ならば、ぎりぎり通用していたものは、既に用を足さないだろう。

 巨大なモンスター相手に、小手先の技術が押し潰されてしまうのと同じ。

 最早あの女(レヴィス)は、階層主以上の化け物だとシロは判断していた。

 ならば、レベル5でも上位の力を持つベートの方が、現状は自分よりも力になると思い、シロはアイズへの援護を進めたのだ。

 それに―――。

 

「それと」

「ああっ!?」

 

 自分の声をまるっきり無視して話を進めるシロにベートの応答とも激高とも言える声が返される。

 しかし、シロは気にせず襲いかかる食人花を切り払いながら、もう一つの危機にあったレフィーヤがいる方向へ視線を向けた。

 

「貴様が思うほど、彼女は弱くはないぞ」

「あ?」

 

 シロの言っている意味がわからず、思わず気の抜けた声がベートから漏れた瞬間―――轟音と光が立ち上った。

 

 

 

 

 

 

「「「――――――っッッ!!??」」」

 

 一瞬。

 

 しかし確かにこの絶望を貫く一条の光が空へと上った。

 それは一つの魔法。

 ただ一条の光の光線を出すだけの魔法。

 しかしそれを彼女が撃てば、それは巨大な閃光となる。

 ほんの僅かな空白。

 数呼吸分の微かな空白に、躊躇いなく彼女(レフィーヤ)はその身を再び戦場《絶望》へと飛び込ませた。

 魔法の放つ衝撃で、モンスターと共に吹き飛んだ落石から脱出した彼女は、再始動し始めた食人花の猛攻の中を駆け続ける。

 前を見る。

 前だけを見る。

 その最中、モンスターと戦うフィルヴィスに声を掛け共に走る。

 行き先は一つ。

 アイズ(憧憬)の下―――ではない。

 ぎりぎりの―――いや、既に限界を迎えていながらも、それでもあがいている彼ら(ヘルメス・ファミリア)の下。 

 怖くないわけではない。

 強くなったわけでもない。

 何か勝機が見えたわけでもない。

 ただ―――。

 そう、ただ思い出しただけ。

 だったらもう―――立ち止まってなんていられる筈なんてないっ!

 駆ける、駆ける、駆ける―――ただひたすらに駆け続ける。

 だけど―――逃げてる訳じゃないっ!

 

 そして―――辿り着いた。

 追い詰められたのか。

 それとも最後の砦としてここに留まっていたのか。

 【ヘルメス・ファミリア】は巨大花が造った峡谷の下で、固まってモンスターと渡り合っていた。

 その身体は端から見ても限界で、手に持つ武器でまともな状態のものなんて一つもない。

 だけど、それでも彼ら彼女たちは一人も欠けることなくそこにいた。

 もう限界―――いいや、もう限界をとうに越えているだろう彼らにこんなことを頼むのは酷い話だけど―――でも、こんな状態でもまだ戦える彼らにだからにこそしか、頼めない。

 レフィーヤは疲労からではない心から発する震えが声に伝わらないように、一度歯を強く、血が滲むほどに強く噛んだ。

 口にすれば、それは取り消せない。

 そして、その結果がどうなろうと、それは言った自分の責任となる。

 ここまで仲間を守り抜いた彼らに、絶望を与えてしまうかもしれない。

 それを、理解して―――覚悟を決めて。

 レフィーヤは声を上げた。

 

「わた、し―――私はっレフィーヤ・ウィリディスっ!!」

 

 峡谷の上、【ヘルメス・ファミリア】を見下ろしながら叫ぶ。

 レフィーヤに気付いたものが、疲労の滲んだ顔に困惑の表情を浮かべる。

 その目の中に、自分への期待は感じられない。

 それに、気付いて。

 小さく、縮こまってしまう決意が―――。

 

『ならば―――名乗れ』

 

 焚きつける―――声が。

 

 弱音を吐く心を叩き起す。

 

『【ロキ・ファミリア】の誇り高きエルフよ。戦場に赴くと言うのならば、名を名乗り、己の意志を示せ』

 

 

 ああ、なら。

 

 あの時のように。

 

 あの時と同じく。

 

 名乗りを上げろ。

 

「【千の妖精(サウザンド・エルフ)】のレフィーヤ・ウィリディスですっ!!」

 

 あの時と違って。

 守ってくれたあの人はいない。

 けど、関係ない。

 

「5、いえっ、3分だけ時間をくださいっ!!」

 

 まだ、『並行詠唱』もできない。

 一人でまともに戦えない。

 できないことばかり、だけど。

 なら、今、出来ることを全力でやり遂げる。

 やり遂げて、みせるっ!!

 

「私が―――貴方たちを救ってみせますっ!!」

 

 そのために、必要なことを。

 

 情けなくても、声を出して。

 

 頼って、すがって、寄りかかって―――それでもと、立ち上がるようにっ。

 

 叫べ。  

 

 

 

「だから私をっ―――守ってくださいっ!!」  

 

 

 

 

 

 

 




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