たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第一話 異端の剣

 硬質な音が響いている。

 まるで機械仕掛けのように、一定の間隔で響く度にそれは、決して狭いとは言えないそこに広がる空間を揺るがせていた。

 肌を震わせる耳にするだけでもその堅さがわかる程の音が響く度、紅い火花が散り、奥で赤く灯る炉と四方に設置された魔石灯が僅かに照らすだけの部屋の中を照らし出す。

 それを遮る一つの人影があった。

 炉の前に一人座し、ただひたすらに鎚を振るう男。

 色が抜け落ちたような白い髪に、炎に照らされ分かる浅黒い肌。

 『シロ』と呼ばれる男であった。

 一体どれだけの間そこにいたのだろうか。

 空気を入れ換える為の窓は、明かりを取り入れるようには出来てはいないため、今が一体何時なのかを知ることはできない。

 ただ、男が長い間そこにいたのは、男の足下に広がる大量の汗の跡から分かる。

 高熱を放つ炉の炎で蒸発されながらも、そこにははっきりと跡が残っていた。

 しかし、常人ならば死すらも考えられる高熱に長時間さらされていただろうに、男の―――シロの顔には疲労の影一つ見られなかった。

 ―――やがて、一際高く鋼を打つ音が響くと、断続的に聞こえていた鉄を打つ音が途絶えた。

 

「―――お見事」

 

 直後―――残響のように震えていた空気の揺れが収まると同時、炉の近くの壁際から女の声が響いた。

 感嘆が多分に含んだその声の主は、完成した新たな剣に誘われるように灯りの死角となっていた場所からその姿を現した。

 身長は170Cはあるだろうか、炉の炎と僅かに届く魔石灯の光に浮かび上がった女は、東洋地域の人間を思わせる顔立ちと服装をしていた。

 灯りの乏しいこの場所でも分かる程に整った女の顔は、黒髪に赤い瞳。

 メリハリの効いた身体に纏うのは、下半身は赤い袴だが、上半身はさらしでそのふくよかな胸元を隠しているだけ。

 初見の者はその奇抜な格好に目が行きそうになるが、それ以上に目につくのは彼女の左目。

 漆黒の眼帯でその女は左目を隠していた。

 知る者がいれば、直ぐにその女の正体に気付くだろう。

 それだけの特徴を持つものは、このオラリオ(迷宮都市)には一人しかいないからだ。

 【ヘファイストス・ファミリア】団長―――椿・コルブランド。

 鍛冶師の最高峰である鍛冶大派閥(ヘファイストス・ファミリア)の頂点に位置する女がそこにいた。

 その女―――名実共に迷宮都市(オラリオ)、否、世界一とも言っても過言でもない鍛冶師である筈の椿は、まるで幼い子供が大好きな玩具か好物でも見つけたかのように、その一つの目をキラキラと輝かせながら炉の前に座る男へと駆け寄るように近付いていった。

 正確に言えば―――男ではなく、完成したばかりの男が鍛え上げた剣に、であるが。

 

「はぁ……これはまた―――美事な」

 

 涎でも垂らしかねない程に大きく口を開けながら、剣を眺めていた椿であったが、不意に口許を笑みの形に変えるとからかうような口調で視線を剣から離さずにその持ち手に語りかけた。

 

「しかし、お主が鍛ち上げるものは何時も同じ形だな。時には別のものに変える気はないのか?」

 

 その理由としては自分が見てみたいだけというのを隠しもしない声音に、小さな嘆息をついたシロは椿から離すように剣を動かした。

 

「あぅ」

「自分で使うための剣を打っているんだ。わざわざ別のものにする必要などない」

 

 目の前でご飯を下げられた犬のように一目で分かるほど顔をしょぼんとさせた椿に背を向け、シロは出来上がった剣の調子を確認するかのようにその場で軽く振るい始める。

 極上の音楽を耳にしているかのように、その鋭い風を切る音を聞いていた椿であったが、不意に頬を膨らませるとシロの背中へと抗議の声を向けた。

 

「お主の言葉もわかるが……むぅ、それはそれとして、やはり手前としては、お主の技をもっと色々と見たいものなのだが」

「秘密を守ることと工房を借りる条件として剣を鍛えるところに立ち合うのを条件としたのはお前だが、打つ剣の指定までは受けてはいない筈だ」

 

 背中を向け、剣を振り続けながらもシロは椿の言葉を無視することなく律儀に応える。

 無視しても意味はなく、逆に無視すればするほど椿の言動が激しくなることをこれまでの経験で知っていたためだ。

 それを知っているため、椿も平然とした顔で話しかけていたのだが、シロの言葉に言質を取ったぞと言うようにニヤリと口許を歪めた。

  

「ほほう。ならば今度はそこも条件に加えるとしようか」

「……」

 

 ピタリとシロの剣を振るう動きが止まると、直ぐに椿は冗談だと言うように両手を広げ呵々と笑いだした。

 

「ははは、いやいや冗談冗談。ヘソを曲げられて困るのは手前の方だからな」

「……困る、か」

「ん? どうかしたか?」

 

 文句を言うか無視するかのどちらかだと思っていた椿は、シロの何処か自嘲めいた声に眉根を動かした。

 椿が訝しんでいると、シロは剣を振るっていた手を下げ、そのまま背中を向けたまま話しかけてきた。

 

「俺が剣を打つ所を見る必要があるのか?」

「何を言っておるのだお主は?」

 

 あまり見ないシロの様子に、若干の緊張をもって言葉を待っていた椿であったが、予想だにしない言葉に思わずあきれた声をだしてしまった。

 しかし、直ぐにその疑問はある意味では真っ当なものかと思い直す。

 そう、別にそんな疑問を抱くのは何ら可笑しな話ではない。

 何せ自分は本職―――鍛冶師であるが、この男は違う。

 色々と普通とは違うが、一応はただの冒険者でしかない。

 剣を打つ理由も、本人の言を信用すれば自分で打ったほうが安くつくからだと言う。

 そうは言うが、よっぽどの高性能な剣か魔剣でない限り、買えないような金額で売っている訳がないのだが……。この男が求める剣の基準が少しばかり手前らの常識とはずれていたことが問題だったようで。

 手にいれるにはオーダーメイドにするか、それとも自分で、となり―――結果自分で打つようになったそうな。

 とは言え、鍛冶スキルを持たない素人の打った剣など普通は使い物にはならない筈なのだが、この男は本当に色々とおかしかった。

 

「【ヘファイストス・ファミリア】の団長―――いや、頂点であるお前は、まず間違いなく世界でも有数の鍛冶師だろう。そんなお前が鍛冶師でもない俺の剣を打つ姿を見るのは無駄ではないのか?」

「…………はぁ」

 

 困惑を多分に含んだ言葉に、思わずため息を漏らしてしまう。

 確かにそうだ。

 その言葉だけの内容ならば、確かにそうなのだが……。

 そう、自分で言うのは憚れるが、オラリオ随一、つまり世界でも有数と言っても過言ではない手前にとって、鍛冶師でもない男が剣を打つ様子を見て意味があるのかという言葉だが。

 

「なんだ」

 

 背中を向けていても手前の恨みがましい視線に気付いたのか、後ろに目でもついているのかという反応に疑問の声を上げる代わりに、皮肉を効かした返事を返してやる。

 

「その『鍛冶師でもない』お主の剣が、手前の打った剣よりも優れているからだろうに。それがわからんお主でもなかろう」

「…………」

 

 否も応も答えない背中を見る目を細める。

 ついっと視線を動かした先には、男が持つ剣。

 炉に燻る炎に照らされ、その黒剣に浮かぶ亀裂のような紋様がぬめるように輝く様に目を奪われる。

 そう、そうなのだ。

 巷では世界一の鍛冶師の一人に名を上げられる手前よりも、鍛冶師でもない男の打った剣の方が優れているのだ。

 それは純然たる事実であり、一端の鍛冶師ならば分かるほどの技量の差がそこにはあった。

 しかし、それは、普通に考えればありえない。

 

「確かに初めて見たお主の剣は、『鍛冶師とは思えぬ』程度の剣であったがな。最近のお主の打つ剣は、正直手前の数段上だ」

「……」

「ふんっ、否定せんか」

 

 鼻息荒く吐き捨てた椿は、そのまま目線を落とすと自身の掌を見つめる。

 到底年頃の女の手とは思えない厚い皮膚を纏った掌だが、椿とっては自身の中で最も誇らしいものであった。

 時折、その事に苦言を口にするものがいるが、甚だ勘違いしている。

 未だ20にも満たない己の人生ではあるが、それでもその殆どを費やした証しだ。

 何を恥と思うものか。

 その皮の厚さが、節くれた太い指先が己の力量に対する自信にも繋がっている。

 

「手前は確かにそこらの鍛冶師どもよりも腕はあると自負しておるがの。それでも頂点ではない」

 

 そう口にしながら、椿の脳裏には自分に匹敵、又は越える腕を持つ鍛冶師の姿が浮かぶ。

 筆頭は勿論、自身の主神である目指す先、越えるべき目標である神―――ヘファイストス。

 

「オラリオ随一と言う者もいるが、お主も知っての通り【魔剣】に関しては、ヴェルフの小僧にはどうしても勝てん。武器としての性能についても、ゴブニュの所の団長も油断ならん」

 

 次に浮かぶのは鍛冶貴族の血を引く若き鍛冶師。

 魔剣を忌み嫌いながら、最も魔剣に愛された男の姿。

 他の技術は兎も角、魔剣に関しては己が届かぬ領域に至った―――否、生まれた男。

 そして己の主神であるヘファイストスにも匹敵する腕を持つ神ゴブニュを主神とするファミリアの団長もまた、己に互する実力の持ち主。

 他にも、無名有名問わず手前が認める腕を持つ者達はいる。

 

「しかし、それも今は、だ。あやつらの打った武器を見れば、大体は何が良くて何が悪いかは分かる。まあ、あの小僧のはそれでもちと分からんところはあるが、そこは『血』が関係しているんだろが。ただ―――」

 

 そう、そうなのだ。

 数多の剣を。

 人の、亜人の、神の―――多くの剣を見た。

 良いも悪しきも区別なく、それこそ万を越えかねない数々の剣を見てきた。

 一目見れば大抵の良し悪しが分かる程度には、見てきたし、己の眼力にも自信があった。

 中には神が打ち上げた剣や小僧(ヴォルフ)の魔剣のように良くわからんモノも確かにあったが、この男の打った剣は、それとは違う……。

 

「お主のそれだけは、よくわからん」

 

 何時しか顔に浮かんでいたのは苦虫を噛んだかのような苦い顔。

 打ち上がった剣だけを見ただけではないのだ。

 材料も、打ち上げる様も、その全てを余すことなく見ていた。

 なのに、何故そうなったのかがわからない。

 やろうと思えば、自分は同じように剣を打つことは可能だろう。

 似たような形の剣を打ち上げることも。

 しかし、最も肝心な剣の性能については全く似ても似つかないモノが出来ることは打たなくてもわかる。

 実際に試してみたことがあったのだが、自分が打ったとは思えないなまくらが出来たのだ。

 そう、真似して打った剣は、初めて自分が一人で打った剣よりも遥かに劣っていた。

 材料、炎の温度、打つ回数、力加減、その他にも自身のもてうる技術を全て費やし出来るだけ真似たというのに、全く別物が打ち上がった。

 最初は手前の腕が未熟だからだと思った。

 だから時間を見ては隠れて打ってみたのだが、一行に剣が良くなる兆しは見えなかった。

 そして悩んで、悩んで、悩み抜いて出た結論は―――。

 

「いや、違うな。わからない、のではない―――違う(・・)、のだろうか……」

 

 違う、というものであった。

 

「手前どもとは違う視点で剣を打っている」

 

 材料とか炎の温度とか、そういった技術や素材等ではなく、もっと根本的な部分が違っていたのだ。

 

「視点―――というよりも考え方(・・・)が違うのか? 手前も含め、ここ(オラリオ)の鍛冶師は皆ダンジョンから出る素材を使っているが―――」

「…………」

「しかしお主はただの鋼から剣を打っておる。それもダンジョンから出る特別な金属は使わず、迷宮都市(オラリオ)の外でも入手できるようなものを」

 

 それは、自分だけじゃない。

 この迷宮都市(オラリオ)だけでもない。

 少なくとも手前が知る剣を打つ鍛冶師にとって、良い剣を打つのに必要なものは大きく分けて二つ。

 技術と素材だ。

 技術はそのまま鍛冶師の技量のことで、素材は剣の元となる材料。

 とは言えそれは鍛冶師でもない者でも思い浮かぶようなものだ。

 この(シロ)も別にそれから外れているわけではない。

 用意した材料もダンジョンでしか手に入らない希少なものというわけではないが、鋼としては最上級のものであったし、鍛冶師としての腕前もうち(ヘファイストス・ファミリア)の上級鍛冶師にも劣らないだろう。

 しかし、たった一つだけ。

 技量や材料よりも、更に根本の所で、この男は手前らとは決定的に違った。

 剣に対する姿勢?

 見方?

 考え方?

 言葉にするも何かが違うと感じる微妙な違い。

 あの小僧と似ているとも感じたが、それもやはり似ているだけで違う。

 

「何故だ? お主の腕ならば、ダンジョンの素材を使い更に上のモノを打てように」

「…………」

 

 前々から疑問に思った事が一度口にしたことで次々に吐き出されていく。

 投げつけられる疑問に、しかし、向けられた背中から返ってくるものはない。

 

「ぬぅ……黙りか。良いではないか、それぐらい教えてくれても。いくら手前でも、手伝い(借金返済のため)に来るお主の所の神様が心配しているのを前に黙っておるのは辛いものがあるのだが……」

「……最初に言った筈だ。俺はただ真似をしているだけだ、と」

 

 巌のように黙り込んだ背中に愚痴めいた言葉を溢すと、思わぬ反応が返ってきた。

 『真似をしている』―――それは初めてシロに会った時に手前がどうやって打ったのか質問した時に返ってきた返事であった。

 この男が打った剣を見せられ、それが鍛冶師ではない男が打ったものと聞き、直ぐに思い浮かんだ疑問がそれだった。

 今ほど別格ではないが、それでも十分に優れた剣であった。

 上級鍛冶師が打ったものだと聞けば納得はしたが、それが鍛冶スキルも持たない素人が打ったものだと知れば、まずどうやって打ったのかが疑問に思った。

 何せ試しと上級鍛冶師が打った剣と打ち合わせた結果、打ち勝った剣だ。

 材料も何か特別なモノを使用したわけでもないというのに、だ。

 疑問に思うのも仕方がないだろう。

 なのに、その返事が『真似をしている』だけだと言う。

 

「ふむ、確かに聞いたの。で?」

「っ、はぁ…………お前はさっき俺が打つのは何時も同じ形だと言ったな」

 

 ふてぶてしい態度で続きを所望する椿の声音に、シロは背中を向けたままため息をつくと剣を振るうのを再開した。

 再度暗い鍛冶場の中に、風を切り裂く音が響き出す。

 

「うむ、確かに」

「正確には違う。俺は何時も同じ剣(・・・)を打っている」

「ん? それはどういう意味だ?」

 

 首を捻る椿は、これまでシロが打った剣を思い出す。

 確かにシロが自主的に―――自分のために打った剣は何時も同じ剣であった。

 白と黒の二振りの双剣。

 形も大きさも計ったように同じ剣であった。

 確かに同じ剣ではあるが、何か意味合いが違うようにも感じた。

 その椿の疑問を感じたのか、シロは言葉を続ける。

 

「言葉通りだ。俺が打つ剣は全て同じもの―――原型(オリジナル)を真似たモノにすぎん」

「っ―――ほう」

 

 一瞬息を呑む。

 今目にしている剣は相当なものだ。

 先程自分が口したことは決して大袈裟ではない。

 この男が振るっている剣は、否―――この剣と合わせて前に打った白い剣も己が打つ剣を確実に越えていた。

 なのにそれでも届いていない剣が、ある?

 

「剣の出来が良くなっていると感じるのは、俺の腕が上がっているわけではなく、ただ単純に原型(オリジナル)に近付いただけだ」

「ん? それは腕が良くなったのと同じことではないのか?」

「単純に知識が増えただけだ」

「忘れていた材質や打ち方を思い出した、ということか?」

 

 確かに、そう考えれば少しは納得できるかもしれない。

 シロの腕が急に良くなった、のではなく。

 打ち方や必要な材料、条件などを思い出した結果、完成度が上がったと考えれば。

 

「……似たようなものだ」

「ほう……ならば近い内にその原型(オリジナル)と同等の剣がお目にかかる事が出来るやも知れぬとっ」

 

 ならば近いうちに、これ以上の剣を―――一つの極地とも呼べる剣をお目にかかることができるやもと興奮する椿に、ばっさりと否定の声がかかる。

 

「それは不可能だ」

「ん? 何故だ? 手前から見ても、この僅かな期間でお主が打った剣の完成度が上がる様はまさに目を見張るものがある。このままいけば、下手をすれば神の領域にまで届きかねない程に、な……」

「神の領域、か……」

 

 神の領域。

 手前が、否、全ての鍛冶師が目指すべき先。

 神が打ちし剣に匹敵する剣を、人が打ち上げる。

 言葉にすれば簡単だが、余りにも困難にすぎる儚い夢にも似たそれを、目にすることが出来るやも知れぬ。

 そんな悔しさと憧憬が混じった声を聞きながら、打ち上げた当の本人は何処か心ここに在らずといった様子だ。

 

「まさに、既にその片鱗をこの剣からは感じ取れている。目の当たりにしても未だに信じられん。ただの鋼を鍛えただけの、特別な素材を殆ど使っておらんと言うのに、『不壊属性(デュランダル)』にも匹敵しかねん剣を打つなど。神の御技と言って過言はないと思うが。だからこそ、あともう少し、そう、何か(・・)が加われば―――」

「残念ながらこれ以上のモノを打つことは無理だ」

 

 思わず言葉早く捲し立てるように言葉を吐き出していた口を、シロの容赦のない断定が閉ざした。

 続けようとしていた微妙な形で開いていた口を一旦閉じると、椿は自身の内にうねる様々な感情を落ち着かせるように一旦目を閉じ、少し時間をおいて再度開いた。

 

「―――ふむ、そこまで断定するとは、何か理由が?」

「言っただろ。俺は真似をしているだけだと。今分かる知識を全て使って打ったのがこれだ。同時に、これ以上のものは打てないこともわかっている」

「それは、もう思い出すものはないということか?」

 

 自分が足りないと感じる何か。

 自分が何れ神の領域に挑む際に必要だと直感するナニかは、やはりこの男でも至れないのかと思わず疑問にため息が混じってしまった。

 

「そうだ」

「んん? それならば、後は何度も繰り返せばもっと近付けることもできるのではないか?」

「確かに少しは近付くかもしれない。だが、例え俺がその剣を打った鍛冶師と同等の腕を持ち、材料から何もかも全てを揃えたとしても、同じ剣を造ることはできん」

 

 少し自分でもしつこいと思いながらも食い下がるも、シロは考える様子もなく変わらず断定する。

 だが、その言葉にふと違和感を感じた。

 ―――近付ける。

 ―――同じ剣。

 ―――原型(オリジナル)

 何故、この男は同じもの()を造ろうとしているのだ?

 

「別に同じ剣を造ることに拘らんでもよかろう。そもそも全く同じ剣など造れるわけがない。例え同じ形をしていようとも、必ず何かが違う。全く同一の剣(・・・・・・)など存在する筈がない。そんなモノ()を打つなど、例え神でも無理じゃないのか?」

「……」

「それに、な。そんなモノ()を打って何が良い。確かに良き剣を真似るのは腕を上げるために必要だが、それに拘る必要など何処にもない。例えそれで理想の剣が出来たとしても、それは言ってしまえば紛い物―――偽物だ。そんなモノ()を打って何が嬉しい。先人の真似をするのは、そこから先へと向かうためのもの。決して同じもの(贋作)を造る為ではない」

 

 別に責めるつもりもなかった。

 模倣とはいえ、これだけの剣を打てるのだ。

 いくらその原型(オリジナル)とやらが優れていたとしてもそこまで拘る必要は無いはず。

 ダンジョン産の特別な素材を使用するなど、別のアプローチを試すなどすれば、また違うナニかが出来るやも知れぬ。

 何より真似る―――模倣すると言うのは優れた剣を打つための技量の修練のため(・・・・・・・)のものであり、それそのもの(同じ剣を打つこと)が目的となることはない。

 そんなこと、この男なら分かっている筈なのだ。

 

「……ああ、確かにな。それでいい。お前は正しい」

「ん? どうかしたのか?」

 

 数呼吸。

 逡巡するかのように僅かな間が空いた後、何処か笑みが混じったような応えが返ってきた。

 馬鹿にするような嘲笑うそれではなく。

 何か微笑ましい、いや、まぶしいものを見たかのような少しの羨望が混じったような声音。

 思わず聞き返すも、男は変わらず振り返らず背中を向けたまま。

 一体どんな顔をしているのか、男の前に移動したくなったが、それを制するようにシロは首を横に振ると出口へと身体を向けた。

 

「―――いや、何でもない」

「おいおい、もう帰るのか? もう少し話を―――」

「残念だが、これで終わりだ」

 

 何処か逃げるような様子に、何か気に障った事でも言ってしまったかとばつの悪い気持ちになりながら咄嗟に引き留めようとする声を遮り、そのまま男は明かりの届かない位置にある暗闇の先にある出口へと歩いていく。

 呼び止めてもこれは止まらないだろうと段々と闇に紛れて消えていく背中を何とも言えない気持ちで見送っていると、僅かにその白い髪が闇の中微かに浮かぶ位置で立ち止まったシロが、話しかけてきた。

 

「―――椿」

「何だ?」

 

 直ぐに返事を返したが、正直声を掛けてくるものとは思っていなかったためか不意を突かれた形となった。

 殆んど姿が闇に紛れている状態であるためか、まるで自分が独り言を言っているかのような気持ちになりながら、男の言葉の続きを待っていると、躊躇うような様子を見せながらもシロは口を開いた。

 

「あいつは……いや、何でもない」

「元気じゃよ。よく笑いよく泣きよく騒いどる。手前の所の神とも仲良くしているようだし」

「……そうか」

 

 最後まで言い切らなくても聞きたいことは直ぐにわかった。

 聞いてきたのはシロが所属するファミリアの主神の様子。

 とある事情で現在うち(ヘファイストス・ファミリア)バイト(借金返済)をしている神のことだ。

 うちの主神(ヘファイストス)との仲も悪くなく、からかわれながらも楽しくやっているのを散見していた。

 と同じくらい、この男が関係するだろうことで気落ちした顔もまた、よく見かけた。

 

「……理由は聞かん約束だが、一度くらい顔を見せたらどうだ」

「ああ―――」

 

 神とは思えぬあの幼い瞳が曇る様を思い出し、思わず探るような声を向けてはみたものの、薄く吐息のような返事と共に、影から男の気配が完全に消えたのを感じた。

 そのまま男がいなくなった鍛冶場の中、無言のままじっと男が去った先を見つめていた女は、何時しかずっしりと頭に感じていた疲労を振り払うかのように勢いよく頭を掻き始めた。

 

「ふむ、あれは顔をだすつもりはないな、全くあの鉄面皮の下では一体何を抱えているのか……」

 

 前々から感情を表に出さない男だと思っていたが、最近は更にそれに磨きがかかり最早手前の眼力では男の心情を計ることは欠片も出来はしない。

 それでもあの様子が演技とは思えぬし、これまでの男との付き合いから素直に会いに行くとも思えない。

 鬱々としながら男が先ほどまで座っていた炉の前まで移動するとそのままどかりとそこに腰を下ろした。

 今だ赤々と燃える炎は熱く、熱気が満ちた鍛冶場の中にいながらいつの間にか冷えていた身体に熱が籠り始める。

 すると、頭に浮かぶのは男のこれからではなく男が口にした言葉。

 

 ―――原型(オリジナル)

 

「しかし原型(オリジナル)か……一体どれ程の業物だったのか一度くらい目にしたいものだ」

 

 出来上がった剣を見た。

 材料の状態から打ち上がるまで、その全てをこの目で見た。

 なのに何故あんな剣が打ち上がるのかが結局わからなかった二振りの剣。

 (シロ)には神の領域に届くやも知れぬとは言ったが、正確には違う。

 手前の目が確かならば、あの剣は既にその領域に至っていた(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 より正確に言えば、神の力を使わずに神が打った剣の領域であるが……。

 それでも驚嘆に値するものだ。

 少なくとも手前が知るものであの領域に至った人間はいない。

 だからこそ、驚いたのだ。

 あれでも届かないと口にする原型(オリジナル)とは、一体どれ程のモノ()なのか。

 

「……しかしあんな特異な素材を使用すると言うのなら、噂で耳にしてもおかしくはない筈だが……」

 

 男が打つ剣はあまり見ない形をしていたため、色々と文献やら何やら調べては見ていた。

 それでも、似たようなものはあったが、これだと思えるものは一つもなかった。

 特に殊更特徴的なアレ。

 特異な素材を使用しない中、唯一何故? と思えた素材を使った武器など、一つも見つからなかった。

 確かに似たようなモノを素材として使ったことはあるが、それはダンジョン産―――つまりはモンスターのドロップ品であるのだが、彼が使用するのはそれではなく―――。

 

「女の髪と爪か……はてさて、一体どのような剣だったのか」

 

 女の髪と爪という理解に苦しむものであった。

 

 

 

 

 

 




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