たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 注意 

 ダンまちとFateについての独自的な解釈があります。
 何かおかしな点がありましたらご指摘をお願いします。
 ただ、ご指摘があったとしても、それを反映するかどうかはわかりません。
 ご不快に感じられたのならすみません。


第三話 異形なる弓兵

 一際強い風に、眉根を寄せるように僅かに目を細めた。

 日が沈む黄昏時に生まれた叩きつけるかのようなその風は、ぶつかった相手の目を細めさせただけであるのが不満のように、甲高い声を上げて通りすぎていく。

 低く鋭い風が通りすぎる音を耳に、視線の先、細めた目に映っていた光景の上下にまるで一昔前の映画のように黒い線が走る。

 それはまるで、こことあそこが虚構と現実と同じぐらいの隔たりがあるのだと知らせるかのようで。

 自分が本当にここにいるのかという足元が揺れるかのような心持ちが、一瞬胸を過る、が―――。

 

「―――っふ」

 

 しかしそれも、小さな抜けるような吐息と共に消えていく。

 常に吹き寄せる風の中に紛れて消えたその吐息には、微かな笑みが混じっていた。

 それは、久しぶりに見る、共にいる変わらない二人の姿を見たからからなのか。

 正確には二人ではなく三人だが、そんな事は些細な話だ。

 前へ―――強くなるために努力し汗を流す少年と、それを見守る彼女の姿。

 投げられ、蹴られ、叩かれる度に、何度も立ち上がり向かっていく少年。

 少年が倒される度に文句を言いつつも、声援を送り続ける彼女。

 それを微笑まし気に見ながらも、容赦なく訓練を続ける少女。

 世界が黄金に染まる一日の刹那の景色に繰り広げられるそれは、確かに何かの物語の一幕のようで。

 

 だからこそ男は―――シロはそこに立ち入る事ができない。

 

「相変わらず、か…………」

 

 二人は、変わらない。

 少なくとも、シロにはそう感じられた。

 顔立ちは全く異なっているのに、姉弟のように感じられる二人の姿。

 彼女が少年を見る目は常に優しく。

 母が子を、と言うよりも、姉が弟を見守る近さと暖かさを感じる。

 それは、自分があそこにいた時と変わらない。

 

 良いこと、なのだろう。

 

 普通に考えれば…………。

 事実二人の姿を見る何時も無表情を常にしているかのような少女も、その口の端を僅かにだが笑みの形にしている。

 微笑ましく暖かいその姿は、確かに良いものなのだろう。

 しかしそれは―――それを見る自分には、何処かずれ(・・)を感じる気がした。

 別に二人の間に何か不自然なものがあるわけではなく、ただ自分が一人勝手にそう感じているものでしかない。

 だがそれが―――それこそが自分があそこ(二人の下)にいけない理由だった。

 リヴェリアは言った。

 何故、と。

 何故、ベルを自分で鍛えないのか。

 何故、【ファミリア】に戻らないのか―――と。

 その理由はいくつかある。

 しかし、元を辿ればたった一つに行き着く。

 

 

 

 それは―――俺が、この世界(・・・・)の者ではないということ。

  

 

 

 地平の彼方に日が沈み、その姿を朧気にしていく。

 黄昏時が終わり。

 世界か、暗く落ちていく。

 夜の闇が、少しずつ三人の姿を隠していく。

 この目には、それでもはっきりと三人の姿を映している。

 日が落ちてもまだ訓練は続いていた。

 憧れへと少しでも近づくために、何度も傷つき叩きつけられながらもその憧れへと向かっていく姿が見える。

 何時までも見ていたい、そんな光景は、やがて月が天上に輝く頃に終わりを告げた。

 剣を納め、訓練の終わりを告げるアイズに、ベルは倒れ込みそうな身体を何とか自力で支えながら頭を下げている。それを見るアイズは何処か満足げな雰囲気を漂わせながら頷いていた。

 自分が見ている限りでは、ベルは初めて一度も気絶することなく訓練を終えていた。

 きっと彼女はその事に、ある種の達成感のようなものを感じているのだろう。

 それから三人はそれぞれ片付けを終えると、魔石灯の灯りが広がり、迷宮から帰還した冒険者たちを迎えて昼間と違う賑わいが広がる都市内へと向かって歩みだしていった。

 アイズを先頭に、ヘスティアはふらつくベルと手を繋ぎ、導くように少し前に、同時に並ぶようにして。

 市街地へ降りるために階段にその姿が消えていく。

 

 

 

 自分がこの世界の者ではないと、確信を持ったのは最近のことだった。

 ただ、漠然とだが、違和感は最初からあった。

 人間ではない様々な種族が生活し、魔術―――いや、魔法が日常に存在し、揚げ句には神が地上を闊歩している。

 目が覚めた―――何もわからなかったあの時から既に、何か違うと感じてはいた。

 しかし、あの時のオレには、それを言葉にする知識も記憶も何もなかった。 

 だからそれは、記憶がないことからの違和感だと思っていた。

 それが違うとわかったのは、あの怪物祭(モンスターフィリア)の事件。

 あの時得た(失った)知識(記憶)の断片が、自分の知る世界とこの世界の違いを露にした。

混乱も、戸惑いも確かにあった。だが、それだけだった。ああ、やはり―――という納得と共に、オレはその事実を疑うことなく自然と受け入れていた。

 そして形が露になった違和感を胸に隠したまま、オレはそれからも何もなかったように二人の傍にいた。

 しかし、その後に受けたステイタスの更新、そしてミアハがヘスティアに告げた警告を前に―――オレは二人の前から姿を消した。

 その後は―――惰性のように生きていた。

 ミアハの警告は、実のところを言えば前々から漠然とだが自身でも感じていた。

 自分の身体の奥底に蠢くナニか。

 力を封じているとはいえ神が恐れるそれと、自身の中にあるだろうナニかは同じものだろう。

 二人から逃げるように離れ、行く場所もなく、目的もなく、ただ一人ダンジョンや街を巡る日々。

 そしてまるで刻まれた命令に従う機械のように、助けを求める声に機械的に対応する日が続く中、彼女に―――リヴェリアと出会った。

 彼女の事は知っていた。何せあのロキファミリアの副団長だ。耳を閉じていたとしても、ここにいればどうしても入ってくるものだ。

 しかし、目の前にし、話をしたのは初めてだった。

 だからと言って、何か感慨があったわけではない。

 ……それなのに、何故か彼女と話をしていると胸がざわつく何かがあった。

 ―――だから、なのかもしれない。

 ただ、内から命じられる声に従っているだけに過ぎなかった人助けを夢だと語ったのは―――。

 僅かに残っていた記憶を理由に、それが自分の夢だと―――まるで、何かを誤魔化すように彼女に語って…………。

 

 

 

 あれから後も、オレはただ機械的に人助けを続けていた。

 助けられた時もあれば、助けられない時もあった。

 感謝される時もあれば、非難される時も、利用され騙される時もあった。

 それでも、オレは構うことなくただ、救い続けた。

 オレの助けが必要な者は、大抵が冒険者だった。

 そしてその危機の原因は大抵がモンスターであり、助けるにはそのモンスターを何とかするしかないのが大半だった。

 だが、オレのレベルは1でしかなく、異形のこの身体とはいえ、ままならない戦いもあった。

 

 だから、削った。

 

 自身に刻まれた異形のスキル(無窮の鍛鉄)を使い、肉体を―――霊基を昇華させ鍛え上げた。

 その度に、欠落していく記憶と補完される知識。

 少しずつ、しかし確実に変化していく己を自覚しながら、それでも止まることなく進み続けた。

 そして、遂にはこの身体に残っていた記憶は一欠片もなく削り落とされ―――代わりに異界(元の世界)の知識が詰め込まれていた。

 最早、オレは彼女の知るオレではないだろう。

 もしかしたら、彼女の前に現れたとしたも、気付かれないかもしれない。

 それだけ、オレの中は変わってしまっていた。

 

 楽しげに笑うヘスティアの姿を見る。

 

 背中に刻まれた契約()は、もう形だけのものとなっていた。

 スキル(無窮の鍛鉄)を使う度に、オレに刻まれた契約は剥がれ落ちるようにその繋がりが薄くなり、多分、彼女の手による更新さえ既に受け付けないだろう。

 きっと彼女は、その事に気付いている。

 力を封じてはいるが彼女も神の一柱だ。

 たった二人の眷族の異常に気付いていない筈がない。

 不安だろう。

 戸惑いもあるだろう。

 何が起きているか分からず混乱しているだろう―――それでも、彼女は笑っている。

 笑って、いてくれる。

 その笑顔を曇らせる要因が自分にあると知りながら、それでも笑っていてほしいと願う自分は一体なんなのだろうか。

 自分があそこにいられない理由。

 自分が、この世界の存在ではないこと。

 いる筈がない自分がここにいることで、もしかしたら、今まで様々なものを歪めてきたのかもしれない。

 人との出会い、感情、関係性……そんなことが許されるのか?散々モンスターを殺し、人を救っていながら、時に頭を過るその疑問に答えられるものなど、誰にも―――それこそきっと神にもいない。

 だから、オレのこの考えも意味のないものなのだろう。

 だが、それでも考えてしまう。

 自分が、ヘスティアとベルの関係を歪めてしまっているのではないのかと……。

 ベルを見つけ、ファミリアに誘ったのはオレだったが、あの状況なら、ヘスティアが手を差し伸べていただろう。

 なら、自分はその出会いを邪魔したのではないのか。

 時折、そんな考えが頭を過る。

 答えのでないものだ。 

 きっと、二人に話したとしても笑われるだけだ。

 それでも、一度浮かんだそれは泥のように思考の端にこべりつき、事あるごとにオレに囁いてくる。

 

 『お前は異物だ』、と……。

 

 ……ベルは、もう大丈夫だ。

 勿論、まだまだ甘く経験も浅い初心者だが、一人で立ち上がる力と進み続ける意志の力がある。

 問題があったサポーターの少女とも上手く言っているようで、あの一件以降二人でダンジョンに行く姿も見た。

 まだ完全に問題が解決したわけではないが、きっとそれも何時か解決するだろう。

 

 ―――自分の手など必要とせずとも……。

 

 何時か、このまま時が過ぎていけば……二人のもとにはきっと多くの人が集まりオレの事など思い出さなくなる日も来るのだろうか。

 全て忘れ去って、オレなど元からいなかったかのように……。

 

「―――馬鹿な」

 

 そんな筈がない。

 そんな優しい二人じゃない。

 きっと、何時までも忘れない。

 ほんの数ヶ月。

 一年にも満たない日々を過ごしただけなのに、きっとあの二人は死ぬまで忘れない(忘れてくれない)だろう。

 

 甘く。

 

 優しく。

 

 温かく。

 

 本当に、家族のように感じるほど……。

 

 それは、オレも同じで、だからこそ―――

 

「―――見逃せないこともある」

 

 

 

 

 

 石造りの階段を降りきった三人が、都市北西の端の裏通りにある扉から姿を現した。

 周囲は完全に日が落ちたことから、三人の姿を照らす出すのは、天上に輝く月と星。

 そして設置された魔石灯だけ。

 そんな中を、疲労も濃いだろうに、手を引くヘスティアと楽しげに話しながら歩くベルと、その前を歩く涼しげな顔をしたアイズ。裏通りにしては道幅が広いそこを、三人だけが歩いている。

 周囲に人影は―――ない。

 彼らが足を動かすのに比例するように、落ちていく影は濃くなっていく。

 少しずつ―――しかし確実に。

 それは少し不自然に感じられた。

 時間帯は夜。

 しかし、三人が歩くそこは裏通りとはいえきちんと等間隔で魔石灯が設置されているある程度整備された場所の筈。

 なのに、進む度に彼らを取り巻く夜の闇は濃くなる一方で。 

 それは、作為的な匂いが感じられた。

 アイズもそれを感じているのだろう。

 周囲を見る目に警戒心が宿り、纏う雰囲気もまた鋭いものが混じり出していた。

 その警戒は正しい。

 それを示すかのように、アイズが向けた視線の先にあるポール式の魔石灯は意図的に破壊されていた。

 アイズの本能と理性が危険を告げ、身体と意識が戦闘態勢に移行する―――瞬間。

 

「「「―――――――――ッ!!!?」」」

 

 爆音が響いた。

 通り沿いに並ぶ無数の民家の一角。

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 気が進まないお願い(命令)だった。

 いや、彼にとって気が進むようなお願い(命令)など、あの方から離れるようなものなどどれ一つとして認められないものだ。

 しかし、当の本神からのお願いならば、嫌ではあるが従わないわけにはいかない。

 今もこうして離れている間も、他の誰かがあの方の傍にいることを思うだけで、苛立ちが募る。

 お願いされたのが自分一人ならば少しはその苛立ちもましだったかもしれないが、残念なことに余計な者達がそこにはいた。

 確かに、今から襲撃する相手のことを考えればその判断は正しいだろう。

 自分の主の決断を、論じるつもりはないが、やはり不満は生まれる。

 俺だけでいい。

 俺だけで十分だ。

 そう思いながらも、苛立ちを噛み潰しながらもう一組の同じ命令を受けた者達を睨み付ける。

 

「―――ッ」

 

 自分と同じように、何時もと違う様相の4人組。

 民家の上、影になった一角。そこにいると知っていても見失いかねない程に気配を隠し、4人の小人族がいた。

 正体を隠すような闇と同じ色をした防具に短衣、そして顔を覆うバイザー。一見すればその奥に隠れた姿を見出だせる者は少ないだろうが、手を合わせれば直ぐに気付かれるだろう。

 だから、結局のところこの格好は文字通り格好だけ。

 一応、自分の最高の装備ではないが、それなりの装備ではある。しかし、これから戦闘となる相手は都市有数の実力者。

 劣っているとは認めはしないが、強敵であるのは間違いはない。

 但し、今回は戦闘そのものが目的ではなく、あくまで警告のためのもの。

 ならば、相手があの剣姫だろうとも十分だ。

 苛立ちはある。

 不満もある。

 だが、それに加え、高揚も実のところあった。

 何せあの剣姫と全力ではないとはいえ手を合わせられるのだ。

 上手くすれば経験値を得る事ができるかもしれない。

 そうなれば、もっと強く。

 あの方の傍にいられるかもしれない。

 あの忌々しい猪を押し退けられるかもしれない。

 知らず、喉が物騒に鳴っていた。

 あの方の最も近くにいる。

 目の上のたんこぶのように鬱陶しい男の姿が浮かぶ。

 今もまた一人、あの方の命令を受け今もダンジョンに潜っているのだろう。

 ある意味、自分はそのとばっちりを受けているのではないのか。

 自分の考えに自分で苛立ちながら、暗闇の中、じっと待ち続ける。

 奴等は、確実にここを通る。

 下調べは既に終え、邪魔が入らないよう事前にこの辺りの住民は叩き出していた。

 少々暴れても騒ぎにはなるまい。

 ならば、折角の機会。

 あの方の命令と同時に存分に試させてもらおう。

 天に突き立つ獣の耳が、微かな足音を拾う。

 間もなく始まるだろう戦いを喜ぶかのように、右手に握る2Mを越える銀槍がぎしりと鳴いた。

 相手も漂う気配を敏感に感じ取ったのか、その身に警戒心を纏っている。

 ならば、と最早漏れ出す殺気を隠すことなく、暗闇から足を踏み出そうとし―――

 

「――――――ッ!!?」

 

 全力で回避した。

 咄嗟に逃げた先は上空。

 4人の小人族が隠れていた民家の上だったが、既にその姿はそこにはなかった。何故ならば、そこにいる筈の4人もまた、自分と同じく襲撃を回避していたからだ。

 つまり―――

 

「ち―――いッ!!」

 

 盛大な舌打ちと共に、回避行動に移る。

 視界の端に、4人組もまた自分と同じように間断なく飛来してくる矢を避けていた。

 途切れなく飛来してくる矢は無数。

 しかし、そのどれ一つとして無駄なものはなく、一矢一矢に必殺の意志と力が籠っていた。

 逃げた先の屋根上を砕く勢いでもって避け続ける。ただの住宅の屋根が、高位の冒険者の踏み込みに耐えられる筈もなく、避け続ける度に避けた矢も加わり瞬く間に逃げる先(住宅の屋根)が砕け散っていく。

 見晴らしが良すぎると、地上に移動しようとするも、その度にそれを制するように矢が襲いくる。

 

「くそっ―――タレがッ!!!」

 

 油断はなかった―――なのに避けきれず、遂には手に握った銀の長槍を振るい矢を打ち払う。

 当たった瞬間、矢は爆散するかのように砕け散った。

 折れるのではなく、細かい粉のように砕けたのは、自分の振るった槍の強さではなく、矢に込められた威力の強さゆえ。

 それを直感し、背筋に氷が突き刺さったかのような寒気に襲われる。

 

(―――出鱈目だッ!!?)

 

 直感が正しいことを示すかのように、長槍を握る手にビリビリとした痺れが走っている。

 まるで深層のモンスターの一撃を受けたかのような衝撃だ。

 

(魔法!? ―――それともスキルか!?) 

 

 避け、弾き、ただ途切れない矢の雨から逃げ続けながら、思考を巡らす。

 飛んでくる矢は一方向から。

 襲撃者の姿は確認できない。

 夜とはいえ、自分(高位冒険者)の目でも確認できないということは、かなりの距離があるということ。

 矢の数からいって少なくとも襲撃者は3人、いや5人か?

 

(っ―――そんな筈がねぇだろっ!!?)

 

 だがその考えを直ぐに否定する。

 都市(オラリオ)有数―――上位に位置する自分が逃げに徹さなければいけない弓使い?

 そんな奴の話なら何処かで絶対に耳にする筈。

 なのに、今の今まで聞いたことがない。

 それが複数?

 有り得ない。

 なら、これはどう説明する?

 今、現実に襲ってくる相手は―――では一体何者だ?

 もう数十は襲ってきただろう矢は、それでも途切れなく襲いかかってくる。

 隙をみて(地上)へ移動しようとするも、そんなもの()は何処にもなく、まるで熟練の狩人に狙われた獣のように、逃げ場所を封じられて―――

 

(誘導、させられている―――?!)

 

 避けているのではなく―――ただ誘導させられていると気付いたのは、3人組。襲撃対象であったアイズ・ヴァレンシュタイン達がいた場所から気付けば遠く離れていた―――離されていると気付いたため。

 瞬間、敬愛する主のお願い(命令)が脳裏に甦る。

 

(あの方の期待を裏切ってしまうっ!?)

 

 それは、何をしても許されないことだ。

 だから、断腸の思いと共に、もう一組の襲撃者にあの方の命令(お願い)を遂行させようとする―――が。

 

「なっ!?」

 

 思わず驚愕の声が漏れてしまう。

 最初の攻撃の時、確かにあいつらも攻撃を受けていた。

 だが、それは最初だけだと思っていた。

 これだけの威力、そして数、何より(高位冒険者)を押さえ込むには相当な負担が絶対にある筈。

 ならば、矢の攻撃は今は自分に集中しているだけだと。

 何せもう一組は4人もいる。

 認めたくはないが、あの4人が揃えばその連携は厄介なものがあり、こういった対処にも人数がいる分相手にするには負担が大きい。

 だから、最初はともかく今は俺にだけ攻撃が集中しているのだと無意識に考えていた。

 それが―――

 

「貴様等ぁっ―――何をやってやがんだ!?」

「「「「―――うるっ、さい!!?」」」」

 

 煮えたぎる葛藤を圧し殺し、あの方の願いの遂行をやらせてやろうとの考えは―――自分と同じく矢の襲撃を受ける四つ子の姿に驚愕混じりの怒声を上げてしまう。

 それに返ってきた声にもまた、同じく驚愕と怒りが混じっていた。

 どうやらあちらも同じような心地でいたのだろう。

 俺を見る目に怒りと共に驚きが混じっていた。

 4人組は少し離れた場所にある、周囲の建物よりも頭一つほど高い塔のような場所に逃げた(追い込まれた)ようで、どう誘導したのかわからないが、襲いくる矢が籠のように狭い塔の天上の上にあの4人の兄弟を纏めて縫い止め(足止めし)ていた。

 姿の見えぬ襲撃者からの遠距離の攻撃は、比類なき連携によりレベルの差さえ覆す力を持つあの兄弟さえ翻弄していた。

 今も何とか矢を凌ぎ、まるで一つの生き物のような連携をもって塔から離れようとするが、その度にその連携を断ち切るように穴とも言えない連携の隙間に矢が正確に飛んでいく。

 

 そう―――俺と同じように。

 

(―――馬鹿なっ!!?)

 

 あの4つ子を足止めしながら、俺さえも翻弄する。

 

 数人どころじゃないっ―――いや、それも有り得ないっ!?

 

 なら何だ?

 

 まさか―――一人?

 

 馬鹿なっ!!?

 

 そんな奴いる筈がっ!?

 

 動揺は収まらない。

 確かに、認めたくはない、認めないが、己よりも強者かもしれない奴はいる。

 最も身近にいるそいつの強さは、何度となく挑んだからこそ知っている。

 何時かは、絶対に追い抜いて見せるその強さを知るからこそ、今自分を襲う矢の主―――弓兵の姿が見えない(・・・・)

 そう、わからない―――理解できないでいた。

 何処か、ずれ、というよりも違和感。

 自分の知る強さとはまた違う強さ(・・)

 レベル(冒険者)という自分達の力の根幹を否とする力を、本能的に感じとる。

 だが、それが形になることはなく、また、それがわかったとしても、現状が変わるわけではない。

 もう、既に襲撃予定の者(アイズ・ヴァレンシュタインたち)の姿は見えなくなっている。

 何処かへ逃げてしまったのだろう。

 最早、あの方の命令(お願い)を達成できる目はなくなった。

 その事実が、男の―――あの方の【戦車】であることを誇る【女神の戦車(アレン・フローメル)】の身体と心に炎を宿した。

 

 ―――許さねぇえッッ!!?

 

 あの方の期待を裏切った。

 その事実を前に、目の前が憤怒に赤く染まった。

 最早アレンの意識はアイズたちにはなく、見えない弓兵の姿しかなかった。

 思考すら焼き付くした怒りの炎は、冷静さを焼き付くし。

 しかし、それ以上に燃え上がった感情の炎に煽られ、これまでの膨大な経験と圧倒的な野生の勘が高まり混ざりあい、瞬く間に弓兵の位置を特定した。

 

「そこーーーかぁあああああああッッ!!!!!!!」

 

 矢が飛んでくる方向はバラけてはいるが、大まかにある一方から飛んできていた。

 だが、見える範囲にその姿はなく、それから考えられる見えない弓兵がいるだろうと思われる場所は広範囲に渡り複数箇所存在した。   

 それを、一秒にも満たない時間で、殆ど直感によるものでありながら位置を特定したアレンは、確信をもって飛び出した。

 全力の、加減のない全開のその踏み込みは、建物の天井を跡形もなく吹き飛ばし、その力を推進力に文字通り飛び出した。

 都市(オラリオ)【最速】。

 つまり世界【最速】の男による全力疾走。

 アレンの足が何処かの建物の天井を、壁を蹴る度に足先で爆弾が爆発するかのような爆音と衝撃が走り。その度に加速し、速度を増していく。

 目指す先は都市(オラリオ)の中心。

 天へと伸びるバベルの近くにある一つの塔。

 まだ霞む視界の先に、しかし人影が見えた。

 市壁から中央まで、普通ならどれだけ早くともあのアイズ・ヴァレンシュタインでさえも数分はかかる距離。

 だが、それさえも【最速】の男は凌駕する。

 瞬く間に詰められていく距離。

 相手も焦っているのか、矢の数が更に増えていく。

 自分の速度も合わさり、襲いかかる矢の速度は知覚のそれを既に越えていた。

 しかし、それすらも限界を越えた怒りの炎が無理矢理押さえ込み、腕で、槍でもって避わし、弾き進んでいく。

 避けきれず、受けきれず身体が刻まれるが、その痛みすら最早感じない。

 逆に薪がくべられるように、身の内で燃え盛る炎が更に猛っていく。

 

(―――届い、た―――ぞおおぉおっ!!!)

 

 あと数百M。

 アレンにとっては最早そこは自身の間合いだった。

 最後の足場(建物の天井)を踏み砕き、最大加速をもって飛び上がる。

 向かう先は周囲の建物から3~4回りは高い塔の屋上。

 これよりも高いのは、もうバベルしかない。

 ここまで近づければ、もう相手が逃げたとしても直ぐに追い付ける。

 塔の屋上に、人影はまだある。

 自分の進む位置からは微妙に死角となっており、その姿形は判然としないが、矢は間違いなくあそこから飛んできている。

 上から、下へ向けて進む矢に、周囲に他に高い塔がないこと確かめると共に改めて確信を抱く。

 市壁からここまでの距離は十数Kほど。

 この距離からあれだけの威力の矢を放つなど常識外にも程があり、更にそれをたった一人でおこなっているとなれば一体どんな化け物だという思いもあるが、アレンの思考にはただ怒りだけがあった。

 そんな疑問も欠片も焼き付くしながら、アレンはポツンと建つ塔の屋上を目指し飛び上がり―――

 

 

 

 まて―――これほどの相手が、何故こんな分かりやすい場所にいる?

 

 それに、何故移動していない?

 

 逃げる時間は、少ないが確かにあった?

 

 

 

 ―――刹那にも満たない時間に浮かんだその疑問の答えは、それとほぼ同時に返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――【魔法】

 

 この世界(・・・・)の【魔法】というものは、大別すると二つに分けられるそうだ。

 【先天系】―――対象の素質、種族を根底に発現する魔法。

 【後天系】―――『神の意思(ファルナ)』を媒介にして発現する魔法。

 この二つだ。

 それぞれ特徴があり、大きく大別されるそれだが、そのどちらも共通しているもの―――前提としているものがある。

 一つは【スロット】。

 【ステイタス】に刻まれた多くとも三つの『魔法のスロット』に刻まれた魔法しか使えず、例外を除き、例え同じ種族であっても、飛び抜けた強力な魔導師であっても他人に刻まれた魔法を詠唱したとしてもその魔法を使うことはできない。 

 また【魔法】は千差万別で、それこそ人の数だけ【魔法】があるといってもいいぐらいに種類があること。

 そして二つ目は、殆どのものが生涯発現しないとはいえ、誰しもが使える『可能性(・・・)がある(・・・)ものであること。

 そこに種族や血筋、才能による壁などはなく、ただの人間が炎の矢を放ち、小人族が姿形を変える【魔法】が突然使えるようになることもあった。

 

 それは、明らかに彼の知る【魔術】とは違った。

 自分の知るものは、そんな誰しもが使えるようなものではなく。

 突然変異的に偶然手に入るか、又は長い年月間断なく紡がれてきた血筋を持つものに宿った才能(魔術回路)がある者しか使えない『限定的』な『技術』であった筈だった。

 そんな、誰しもが使えるようなモノではなく―――あってはならない(・・・・・・・・)筈のものであった。

 あの時ーーーあの場所(モンスター祭)の事件で、使えるようになった(思い出した)魔法(魔術)】は二つ。

 【解析】と【強化】。

 まだハッキリとしない中、それでも己の使用する【魔術】については、殆ど思い出していた。

 だから、あの事件のあと試してはいた。

 

 【投影】―――を。

 

 その結果は失敗。

 いや、正確に言えば、【魔術】自体がまともに機能をしなかった(・・・・・・・・・・・・)のだ。

 魔術回路に魔力を通し、【魔術】を発現する直前までは上手くいくのに、現実として形となる前に霧散することになった。

 その当時の虫食いのような知識ではわからなかったが、今ではその理由が何となく分かっていた。

 この世界の【魔法】と自分の知る【魔術】は全くの別物である。

 はた目から見れば同じように見えるが、その根本は全くの別物であり、【魔術】が必要とする―――あるものだと前提とするモノが恐らくここには―――この世界にはないのだろう。

 そう【魔術基盤】そのものがないのだ。

 魔術師の各流派が【世界】に刻み付けた魔術理論―――大魔術式とも呼ばれるそれは、魔術回路を通じて繋がることで、【魔術基盤】に刻まれた【魔術(システム)】が起動することで様々な【魔術】が発現する。

 つまり、生命力を魔力に変換する「炉」であり【魔術基盤】に繋がる「路」でしかない魔術回路を持っていたとしても、そもそも【魔術】を実行する【魔術基盤】がなければ【魔術】は使えないのだ。

 【投影】が使えなくとも【強化】や【解析】が使え、他にも【魔法】を使う魔導師が普通にいることでそれに気付くのが大分遅れてしまったが……。

 では、何故自分は【強化】や【解析】が使えるのか?

 その疑問に対しまず最初に考えたのは。

 それはこの【解析】と【強化】が【魔術】ではなく【魔法】ではないかということ。

 つまり、あの世界の【魔術】ではなくこの【魔法】であり、全くの別物なのでは、という考えだ。

 しかし、それにも疑問があった。

 何故ならば、【強化】や【解析】を行う際、自分は確かに【魔術回路】を使用しているからだ。

 この世界の【魔法】ならば使う必要のない【魔術回路】を。

 それに気付いたとき、一度【魔術回路】を使用せずただ詠唱するだけで【解析】を試してみた。

 結果は―――発動しなかった。

 つまり、【魔法】ではない。

 しかしそれならば、【魔術基盤】がないから【魔術】は使えないという推測はどうなるのか。

 答えのない疑念に、一つの明かりが灯ったのは、何が切っ掛けだったか。

 そもそも【魔術基盤】とは、人々の信仰が形となったものであり、人の意思、集合無意識、信仰心等により「世界に刻みつけられた」ものだ。

 端的に言ってしまえば、『魔法とはこういうものだ』という無意識な思考。

 ならつまり、【魔術基盤】の代わりとなるような存在があれば、その意識に応じた【魔術】なら発動できるのではないか、と。

 そしてそんな存在は、この世界にはよく見かける。

 そう、神だ。

 力を封じているとはいえ、超越存在である神ならば、【魔術基盤】の代わりになるかもしれない。

 故にその【魔術基盤】の代わりとなっている神が許容できる【魔法(魔術)】は使え、許容できない【魔法(魔術)】は使えないのでは、と。

 それを確かめる術はない。

 真っ当な魔術師でもなければ、知識もない自分には、確かめる術も意思も特にはなかった。

 問題は、使えない【魔術】と使える【魔術】をどう扱うかということだけ。

 それから様々な検証を行い、できること、できないことを確かめた。

 その結果、色々とわかったことが―――出来ることを知った。

 

 その一つが―――。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 凄まじい速度で駆ける【フレイヤ・ファミリア】の猫人の姿を―――しかし決して逃がすことなくその鷹の視線でもって捕らえたまま、シロは用意していたモノを静かに手に取った。

 それは全体的に薄い緑色をした細身の長剣(・・)

 レイピアの如く細く鋭いが、確かに刃の厚みも柄もある剣である。

 それを矢のように握ると、ゆっくりとその柄尻に弦を当て押し引いていく。

 

「―――『強化、開始(トレース・オン)』」

 

 『魔剣 羽々斬(ハバキリ)』―――それがその剣の銘であった。

 オラリオ一である鍛冶師椿が打ち上げた一級品の魔剣。

 一振りすれば、上位の魔法に匹敵する鋭い風の刃が無数に放たれ敵を切り刻む。

 そのように定められ打ち上げられた剣を―――改編(・・)する。

 魔力によって対象の能力―――切れ味や耐久性を上げる【強化】では出来ない事も、ここでならば―――。

 

「『―――I am the born of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う)』」

 

 ―――可能となる。

 

 刀身から放たれる風の刃を柄尻から圧縮空気として推進力へと変更。

 切っ先から流れるように魔力と風を流れるようにし、切断力を強化。

 最早元の形を想像することも出来ない異形となった()を留める弦を、更に引き絞る。

 

 検証の結果から【投影】擬きと言えばよいのか、新たなモノは創ることは出来ないが、何かをベースに、それに付け加えたり変化をつけることは、魔力の消費が激しいが不可能ではないとわかった。

 そのため、一日にそう何度もできないが、切り札となり得る手段を得ることに成功した。

 引き絞られた弦に留められた長剣の姿は、もうそこにはなく。

 あいつ(椿)が見れば嘆くか怒るか、それとも笑うだろうか。

 捻れて歪んで凝縮された変わり果てた魔剣()の姿がそこにはある。

 視線の先―――都市の中央バベルの建つ塔の中で一番高いそこに設置した()に目掛け、猫人が飛び上がる瞬間を捕らえた。

 瞬く間にその身体は塔の屋上へと届くだろう。

 同時に囮に気付くだろう、が―――もう、遅い。

 何かに感付いたのか、視線の先で猫人が纏う雰囲気に動揺が走る。

 気付いたのか、流石に勘が鋭い。

 しかし、最早遅きに逸し。

 矢は、放たれていた。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 それは最早奇跡と言っても過言ではない反応であった。

 神宿りとも言える直感に従い、逃げ場のない空中でもって、銀の長槍を構える。

 文字通り射抜くような視線に対し、迎撃の意思と共に殺意を放つ。

 どんな攻撃を受けたとしても、迎撃し、必ず貴様を引き潰す、という意思を持って。

 全精力を持って受けて立つ。

 絶対的な危機を前に、アレンの意思は燃えたぎる感情と同時に氷のような理性を同時に抱くという矛盾を越えた位階にまで到達していた。

 周囲の時間と自身の中を流れる時間にずれを感じるほどの集中。

 今ならば、あのオッタルとも渡り合えるのではという程の感覚の冴えを感じるなか、来るだろう弓兵の攻撃に備え―――

 

 

 

(―――――――――こ―――、)

 

 

 

 ―――足元を通りすぎた風の冷たさに思考に間隙が生まれた。

 

 

 

(い――――――?)

 

 

 

 

 次に生まれたのは、痒みにも似た疼き。

 そして、肉を直接触られたかのような不快感。

 直後―――痛みが走った。

 

「ッッ!!? ぐぅ、ヅぁあああおぁああおああおあおああ!!???」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それが何なのか、右足があった場所に感じる痛みと共に理解させられたアレンは、直後に夜を、オラリオを震わせる咆哮を放った。

 それは痛みからの悲鳴ではなく。

 それは足を切断された恐怖ではなく。

 それは宣言であった。

 『貴様は絶対に俺が殺す』―――そんな意思を持って放たれた咆哮は、敬愛するあの方(フレイヤ)が今も見ているだろうバベルの傍まで誘導させられてから射られた理由に思い至り、更なる怒りをもって轟いた。

 これは警告なのだ。

 あいつに近づくなと。

 あの【ファミリア】に手を出すなという警告。

 警告するつもりが警告された。

 あの方の命令(お願い)を達成する所か、自分が相手の警告の道具にされてしまうとは。

 激しい羞恥と怒りが、アレンの咆哮を更に険しくさせる。

 血煙を巻き上げながら下へと落ちていく。

 高位冒険者とはいえ、この高さから地面に叩きつけられればどうなるかはわからない中、それでもアレンの視線は未だ目に映らない弓兵を睨み付ける。

 何処にいるかは、その位置は今なら確実にわかった。

 矢の飛んでいた方向から、考えられる場所はただ一つだけ。

 あまりにも常識から外れていたため、意識の外にあった場所。

 それは―――市壁。

 自分が待ち伏せしていた北西端にある市壁の反対に位置するそこから、この常識外の異形の弓兵は矢を放ったのだろう。

 事実を前に、それでも否定されかねないその結論に確信を抱きながら、アレンは地上へと叩きつけられる寸前まで見えない弓兵を睨み付けていた。

 

 

 

 

  

 

 

 

 




 感想ご指摘お待ちしています。
 
 魔術基盤について調べてみたのですが、具体的にどのようにして「世界」に刻まれているのか、魔術師により人為的に刻まれたものなのか、それとも誰の手も加えられず自然現象的に刻まれたものなのか、その点が不明のためこんなあやふやな感じで書いています。
 なので、今後色々と変更するかもしれませんのでご了承ください。

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