たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第四話 シロ

 ダンジョンは神様たちがこの下界に降りてくる前から存在していたという。

 そしてダンジョンの上には、今と同じように街があったそうだ。まあ、今ほど大きい街じゃなかったみたいだけど。そしてその街の中には、勿論ギルドが―――正確にはその前身となる組織もあったらしい。

 えっと、その、僕が何が言いたいのかっていうと、ずっと昔には、今と同じように旧ギルド連携してダンジョンに潜っていた人達がいて。ただ、その人達は、今の僕たちとは違って神様の『恩恵』がなかった。それでも、彼らはダンジョンに潜り、そしてモンスターと戦っていたってこと。

 初めてそれを知った時、僕は本当に凄いと思った。

 けど、信じられないという思いもあった。

 だって、僕なんて神様の『恩恵』を授かってやっと『コボルト』を倒せるぐらいなんだ。なのに、古代の人達はそんな神様の『恩恵』がなくても、己の力のみだけで凶悪なモンスターを倒していただなんてやっぱりちょっと信じられなかった。

 そう、信じられなかった(・・・・・・・・)

 過去形だ。

 

「―――っ」

『ギャッ?!』

 

 だって、僕は知っている。

 僕と殆んど変らないステータスの筈なのに、明らかに違う。

 

「ッ―――ハッ」 

『『『『グャァ!?』』』』

 

 早朝で他の冒険者と戦っていなかったからか、ダンジョンで遭遇したコボルドの集団は、なんと八匹の大集団だった。大抵、一、二匹でダンジョンを徘徊している筈のコボルトが、こんなに群れるところなんて聞いた事なんてない。そんな有り得ない筈のコボルトの集団といきなりかちあってパニック状態になる僕を尻目に、シロさんはまるで散歩でもするかのように無造作にコボルトの集団へと歩み寄っていった。

 何の警戒も見せず近付いてくるシロさんを、最初は戸惑った様子で伺っていたコボルト達だったが、直ぐに驚く程綺麗な包囲網を敷いてきた。でも、シロさんは八匹のコボルトに囲まれても慌てる事はなかった。 

 それどころか―――。

 

『『ギャオッ!!』』

「―――ふっ」

『『ギャン?!』』

 

 『コボルト』たちの攻撃を、まるで事前にどんな攻撃が来るのか知っているかのように紙一重で避け、両手に持った剣を振る度に確実に『コボルト』は消えていく。

 一度でも避けるのを失敗すれば、そのまま数の暴力で押しつぶされてしまうだろう。なのに、そんなギリギリの綱渡りのような戦闘の中でも、シロさんは涼しい顔をしている。

 僕は胸当てと脛当、そして手甲を着けているけど、シロさんは身を守るような装甲なんてない。身に着けているのは、何の防御能力なんてないただの赤い服だけ。カスリでもしただけで負傷してしまう。なのに、一切の恐れも不安もなく、まるで人形を斬るようにシロさんはモンスターを倒していく。

 

『―――キャンッ!?』

 

 とうとう最後の一匹が倒された。

 八匹いた筈のコボルトは、十を数える間もなく全滅。

 シロさんは汗一つ見せずコボルトの集団を殲滅してしまった。

 

「ベル、何をぼっとしている。お前が戦わないと意味がないだろう。ほら、さっさと魔石を取ってモンスターを探すぞ」

「―――あっ、は、はいっ、すみませんっ!」

 

 シロさんがコボルトから魔石を取り除きながら僕に声をかけてきた。シロさんの鷹のように鋭い目に睨まれて、僕は慌ててシロさんの手伝いに向かう。僕はシロさんが倒したコボルトから魔石を取り除きながら、チラリと横目でシロさんを覗き見た。

 僕が初めてシロさんに出会ったのは、生まれた村から出てこのオラリオに来て、何処かの【ファミリア】に入らせてもらおうと色々と回っていた時だった。何の伝手も実力もない僕が【ファミリア】に入らせてくださいと言ったところで、まともに相手をしてくれる【ファミリア】なんてある筈がなかった。十以上の【ファミリア】を回ったんだけど、全て門前払いされてしまった。良く知らない街で一人きり、これからどうすればいいか全く見当がつかず、途方に暮れていたそんな僕に、シロさんが声をかけてきたんだ。

 冒険者になりたいと聞いたシロさんは、最初思い直すように説得してきたけれど、僕が身寄りもなく、頼る人もいない天涯孤独と知ると、ため息混じりに神様のところへ連れていってくれた。

 その後、なんやかんやで僕はシロさんと同じ【ヘスティア・ファミリア】に入ることになった。

 それから、シロさんは神様と一緒に僕がダンジョンにもぐるための装備を整えてくれたり。

 戦いの手解きをしてくれたり。

 本当に、お世話になってばかりで。

 驚いたことに、熟練の冒険者だと思っていたシロさんは、僕より一月程前に冒険者になったばかりの新人だった。

 以前シロさんのステータスを見させてもらったけど、僕とそう変わらなかった。

 だけど、シロさんと僕はあまりにも違った。

 たとえ相手が最弱の『コボルト』でも、八匹に囲まれてああまで見事に倒せるなんて、僕には絶対に出来ない。

 

 ―――本当に、シロさんは何者なんだろう?

 

 僕は再度シロさんを見つめ直す。

 百七十C(セルチ)程の身体は、一見すると細く見えるが、その実極限まで鍛え抜かれた身体であることを僕は知っている。鋼を捩り人型にしたような、重圧さえ感じさせる肉体は、正直言って、男として憧れてしまう。

 服から覗く浅黒い肌は、日に焼けたと言うよりも、街で見かけるアマゾネスの人のように元からの肌色のようで。そして、その肌の色とは反対に、髪の色は色が抜けたような真っ白。僕と同じ色のその白い髪は、無造作に伸ばされてて、シロさんの鷹のように鋭い目を僅かに隠している。

 神様は時折シロさんを見ては、もう少し髪を整えればいいのにと言っているけど、当の本人は、何時も自身の髪を撫でながら苦笑を浮かべてはぐらかしていた。

 そんなシロさんが振るう武器は双剣。短剣よりも長く、長剣よりも短い剣を二本、シロさんは器用に操っている。形は一般的な刀身が真っ直ぐな剣じゃなくて、反りがある剣だ。珍しい剣だったので、前に僕が何処で買ったんですかと聞いたら、自作だと言われたのが随分印象に残っている。

 というか、本当に何でも出来るんだなこの人……。

 料理に家の修理、戦闘に武器の作成……オラリオ広しとは言え、この人よりも多芸な人はきっといないだろう。

 本当に、知れば知るほど驚いてしまう。

 武器もそうだけど、シロさんの防具についても驚いた。いや、ただの赤い服を防具と言ってもいいものか……。シロさんは僕に良く、もう少し防具を着けたらどうだと言ってくるけど、そういう本人の格好はというと、一切の防具をつけていない。だからその事を以前指摘したら、『別に当たらなければ問題ないだろう』だって。

 いや―――いやいや、何それ?

 有り得ないんですけど。

 でも、実際シロさんがモンスターの攻撃を受けたところなんて見たことはない。

 僕が【ヘスティア・ファミリア】に入る前は、シロさんは一人でダンジョンに潜って、魔石をとって稼いでいたって神様が言ってた。けど、普通一人でダンジョンに潜って稼ぐのは難しい。

 なのに、シロさんは僕が【ヘスティア・ファミリア】に入る一ヶ月の間だけで、【ヘスティア・ファミリア】の拠点である教会の改装のための道具や、色んな家具を購入するだけの資金を手に入れていた。

 僕たち冒険者のダンジョンでの主な収入は、モンスターから手に入る『魔石』と『ドロップアイテム』だ。どちらもモンスターを倒すことで手に入るけど、言うほど簡単な話ではない。『ドロップアイテム』はモンスターを倒したからって常に手に入るわけでもないし、『魔石』はモンスターを倒せば手に入るけど、無傷で手に入れるのは実は簡単ではない。そもそもモンスターと戦うこと自体が危険な行為だ。そして、モンスターを倒すのは勿論だけど、その倒し方が問題だ。手に入れたい『魔石』はモンスター達の『核』であり、これを基盤に彼等は生きている。つまり『魔石』はモンスターの生命そのものであり、最大の弱点だ。だから、モンスターと戦う際、『魔石』を狙うのが最も有効な方法なんだけど。『魔石』を砕いたら、換金できなくなる。

 モンスターを倒すには『魔石』を砕くのが一番だけど、『魔石』は手に入れたい。

 安全をとるか、お金をとるか……。

 モンスターとの戦いは常に死と隣り合わせだ。余裕をかましていれば、たとえベテランでも直ぐに死んでしまう。そんな中で、『魔石』を砕かずモンスターを倒すには、それなりの実力が必要。一対一なら僕でも問題はない。『コボルト』程度なら、だけど。二、三匹でも、まあ何とか出来ると思う。だけど、八匹を同時に、しかも囲まれた状態でとなると話は別だ。一旦逃げて、どうにかして一対一に持ち込むしかない。

 それなのに、シロさんはこうもあっさり……。

 これだけの実力があるのに、シロさんは五階層から下には下りない。シロさんの実力ならもっと前に下の階層に下りれた筈なのに、そうしないのは僕のせいだった。

 僕が、弱いから。

 僕の身を案じて、シロさんがダンジョンに潜るときは常に僕と一緒。

 こんな風に、シロさんの実力を感じる度に、僕は申し訳なさで一杯になる。

 僕がいなければ、シロさんはもっと下の階層に行けた筈なのに……。

 だから、僕は早く強くならないといけない。

 シロさんのためにも、神様のためにも、そして―――あの人に少しでも近づくためにも。

 今日は、朝知り合ったシロさんの友達? のシルさんが働くお店に行く予定だ。

 『豊穣の女主人』亭というそこは、ヴァレンシュタインさんが所属する【ロキ・ファミリア】の行きつけのお店らしい。

 もしかしたら、ヴァレンシュタインさんと会えるかもしれない。

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 目を閉じれば、今でも鮮明に思い出せる。

 僕を助けてくれた時の、彼女の美しい姿が。あの人の事を想う度、宿った恋慕の熱が僕の身体を熱く燃やす。その炎を燃料に、僕は強くなってみせる。

 

「―――ベル。ゴブリンが三だ」

 

 シロさんの忠告が耳に届く。

 

「後ろは任せておけ。お前は前だけ見ていろ……強くなりたいのだろう?」

 

 シロさんの言葉に、刀身二十セルチのナイフの柄を強く握り締め―――頷く。

 

「振り向かせたい女がいるのだろう?」

 

 汗で滑る掌を、強く強く握り締める。耳にゴブリンの雄叫びが聞こえる。荒い足音も。音が大きくなるにつれ、僕の心臓も激しく鼓動を打ち始める。

 荒くなる呼吸を、深く深呼吸することで無理矢理整える。

 

「なら―――強くなれ」

 

 大きく息を吸い、前を見る。

 三匹のゴブリンが、雄叫びを上げながらバラバラに突っ込んできている。

 

 

 

「さあ、ベル・クラネル―――男を見せてみろっ!!」

 

 

 

 シロさんの声に僕は、燃える恋情を力に、声を上げ、突き進んだ。

 

 

 

 

 




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