たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 最近身の回りで色々とあって(通信制限、スマホの故障等など……)少しばかり更新のペースが落ちてしまいます。
 すみませんm(__)m
 なので、ある程度まとまったら文章量が少なくとも投稿しようかと思います。
 


第四話 ダンジョンへ向かう者たち 前

「―――やはり彼等は行くか」

 

 薄暗い地下空間に、低く重い声が響く。

 松明に宿る炎だけが僅かに露にする中、その古代の神殿を思わせる祭壇の中央に座す二Mを越える老神は、先ほどまでいたギルド長の報告を脳裏で反芻しながら、吐息と共に呟いたその言葉は、誰に言うでもないただの独り言であった。

 

「そのようだな」

 

 それに答えながら、闇に沈んでいた部屋の隅から人影が一つ姿を現した。

 闇に紛れるかのような黒いローブと手袋で、徹底して肌の一切を見えないように隠した黒衣の人物―――フェルズと呼ばれる者であった。

 突然現れたかのようにも見えるフェルズに対し、老神―――ウラノスは視線を向けることなく独白のようにそのまま語り続けた。

 

「あのロキが大人しくしている訳もないか……」

「まだ何もわかっていないに等しいからな。ロキも情報を欲しているんだろ」

 

 フェルズは地下室の中央に祭壇の如く設置されている椅子に座ったまま微動だにしないウラノスの下までゆっくりと近付きながら話しかけ続ける。

 

「ウラノス、貴方はどう思う? 本当に59階層にこの事件の鍵があると思うか」

「確証はない―――が、確信はある……勘でしかないがな」

 

 ウラノスの答えに、フェルズはそれで十分だと一つ頷くと、思案するように頬をその精緻な意匠が刻まれた手袋の先でつつく。

 

「なら、何とか【ロキ・ファミリア】に『目』を用意してみようか。報告だけではわからないことが多すぎる。我々も話を聞くだけでは不十分だからな」

「頼んだぞ」

 

 神の信頼に小さく顎を引き応えると、フェルズは何か思案するように顎に指先を当てた。

 

「―――先ず、状況を整理してみよう」

 

 フードの奥から落ち着いた声でこれまでに入手した情報が上げられていく。 

 レヴィスと呼称された赤髪の女。

 人とモンスターのハイブリッド―――怪人(クリーチャー)の存在。

 『極彩色の魔石』を内包する新種のモンスター。

 謎の胎児を内包する宝玉。

 怪人と協力関係にあると思われる闇派閥。

 フェルズは淡々とした口調で新たに手に入れた情報と合わせ、これまでに判明した情報も上げていく。

 それを聞くウラノスは時折頷き、時には補足を入れながらも二人きりの会議は続く。

 留まることなく続く会議は、しかし上がる問題に明確な答えは出ることはない。

 そして―――

 

「―――大体こんなところか……後は、そうだな」

 

 黒衣が揺れ、フードの奥の視線がウラノスへ向けられる。

 

「『エニュオ』―――そう赤髪の女は口にしたそうだが……ウラノス、貴方に心当たりは」

「……少なくとも、私が知る限りそのような名を持つ神は知らない―――が」

 

 首を小さく振ったウラノスだが、何かを逡巡するかのように俯いた後、ゆっくりと顔を上げるとその蒼い瞳を細目ながら言葉を続けた。

 

「神々の言葉で『エニュオ』とは『都市の破壊者』を意味する」

「っ、それ、は……」

 

 ウラノスのその言葉に、フェルズの纏う黒衣が動揺するかのようにブルリと震えた。

 『エニュオ』―――それがウラノスが口にした言葉とどう関係するのか。全く関係ない別の意味を持つのか、たまたま同じ言葉なだけなのか、それとも―――。

 まだ何一つ確信を持って答えられるものがない、何も分からない。

 しかし、フェルズは何の根拠もない現状でありながら、一つの確信を持っていた。

 それ(エニュオ)が何であったとしても、決して穏やかなものではないだろう、と。

 

「―――問題は次々と出てくるのに、一向に解決する目処がつかないな」

 

 出口の見えない現状に、疲れた声でフェルズが思わずといった口調で呟いてしまう。

 それを隣に耳にしたウラノスは、同意するかのようにその蒼い瞳を細める。

 

「問題、か―――問題と言えば、あの男の件はどうだ」

「それは―――」

 

 ウラノスの上げた新たな問題に、フェルズは何処か戸惑うような雰囲気を漂わせた。

 

「どちらの方だ」

 

 ウラノスの言う男に関わる問題について、フェルズの頭には二つの答えがあった。

 それをウラノスも承知しているのか、フェルズの言葉に疑問の声を返すことはなかった。

 

「どちらもだ。意見を聞きたい」

「意見……意見か……」

 

 思いを馳せるように少し顔を上げる。その黒衣の奥に隠された面を確認することはできないが、その声と態度から何処か答えに窮する苦悶の表情が伺い知れる。

 

「今回の一件でも、彼はそのレベルでは考えられない実力を示したようだが、やはりこちらで調べてみた結果は変わらなかったよ。彼は間違いなく今でもレベルは1のままだ」

「そうか」

 

 『魔剣』―――それも一級品ではなく二級品にも届かない『魔剣』を何らかの方法で『強化』し、一振りでもってモンスターを一掃したという。

 ルルネからのその報告を受けたとき、フェルズは直ぐにシロについて再度調査を行ったが、やはり以前と同じく何もわからないままであった。

 レベルにあってもそう。ギルドの情報を調査しては見たものの、レベルについても変わらず1のまま。それどころか、フェルズの調査が正しいのならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まあ、レベルが上がらなくとも新たなスキルに目覚めることは決してないわけではないから。彼の強さの秘密がそこにあるかもしれないが……まあ、憶測から出はしないが……」

「武器の性能を一時的に上げる、というようなスキルか?」

「上げられた報告から考えれば、だが」

 

 もしその可能性があるとしたら、様々な調査と推測により考えられる最後に更新がされた時期―――怪物祭(モンスターフィリア)の前後ということになる。

 確かにあの事件の際、彼が使用した力は同じような『強化』のようにも感じられるが、今回報告を受けた力は文字通り桁が違う。

 同一のものであると、流石のフェルズすら考えられなかった。

 

「それも考え辛いか」

「可能性は低いだろうね」

 

 フェルズの考えに同意するかのようなウラノスの言葉に、頷きをもって答える。 

 

「こちらも答えはでないか」

「直接確認するか?」

 

 苦悶の意思が混じるウラノスの呟きに、伺うようなフェルズの問いが向けられる。

 その問いに、微かにだが逡巡するかのような間をおいたウラノスだが、直ぐにため息と共にそれを否定した。

 

「……いや、やめておこう」

「確かに、良い考えではない」

 

 フェルズも本気ではなかったのだろう。ウラノスの否定の言葉に抵抗することもなく直ぐに頷いてみせる。

 

「うむ。下手をすれば協力どころか敵対しかねん」

「ない―――とは言い切れない、か」

 

 これまでにも色々と依頼はしていたが、特に問題なく受け入れられてはいた。

 だが、それは決してこちらに協力的、好意的というわけではない。

 短い間ではあるが、何度かの接触を経験したフェルズは、あの男(シロ)のある一定よりも決してこちらに踏み込ませない拒絶にも似た意思を感じる瞳が脳裏に甦る。

 これまではそれでも良かった。

 レベルに全く合わない戦闘力は持ってはいるが、それも何とか許容できるものではあった。

 今回上げられた報告の『魔剣』に対する『強化』についてもだが―――。

 そうも言っていられない―――許容できる範囲を越えた『強さ』の情報がつい先日上がってきてしまった。

 

「―――【フレイヤ・ファミリア】の様子はどうだ」

「不気味なほど静かだ」

 

 シロとの過去の交渉を思い返していたフェルズの思考を断ち切るように、ウラノスがシロに関するもう一つの問題について口した。

 それはある意味『24階層の事件』よりも逼迫している問題でもあった。

 

「報復に動く気配は」

「それも今のところは」

 

 それは、つい先日、このギルドの本部の前において、あの【フレイヤ・ファミリア】の看板の一人である【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】の片足が切り飛ばされたという事件。

 都市(オラリオ)の中で起きたその【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】の実力を知る者ほど信じられない事件は、その影響力の強さから箝口令がしかれ、その事件を知るものは限られたものしか知られていない。

 片足が切り飛ばされた当の本人は、直ぐに治療を受け既に完全に回復しており、事件を知るものは彼本人の、そして【フレイヤ・ファミリア】による相手への報復に対し注視していたが―――フェルズの言葉通り今のところ不気味なほど静かであった。

 

「大人しくしているとは思えんが」

「完治したとはいえ、トップクラスが一人足を切り落とされたんだ。黙ってはいないとは思うが―――どうする」

 

 その切り落とした相手が名の知れた冒険者ならば―――それも問題だが一応納得はできる。

 都市最強クラスの【女神の戦車(アレン)】とはいえ、その強さに匹敵するものは少数だが存在する。そんな相手との戦闘の結果ならば納得はできるのだが……フェルズが調査した結果得た犯人はその誰でもなく。

 レベル1(最弱)であるはずのシロであるということ。 

 これは、どう考えてもあり得ない。

 だが、どれだけ否定したとしても現実にそれは起きたこと。

 そして、調査を行った本人であるフェルズだからこそ、あの男(シロ)が間違いなく【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】を打ち落としたのが事実であるとわかった。

 

「今はまだ静観しかない」

「それしかないか」

 

 謎の『能力』とありえない『強さ』。

 『エニュオ』や『怪人』についての問題もわからないことだらけだが、少なくとも味方とも言えるだろうあの男(シロ)についても、それに匹敵するほどのわからないことだらけに、ウラノスとフェルズの苦悩は深まるばかりであった。

 できれば直接本人から問いただしたいが、下手をして敵対されたくはない。

 可能性は低いが、謎だらけの相手だ―――可能性がないとはいえない。

 つまり、現状静観しかないだろう。

 

「あの男は今は?」

「残念ながら把握はしていない。ただ―――」

「見当はついていると」

 

 ウラノスからシロの今の所在を確認されたフェルズは、首を左右に振り把握できていないことを伝えるが、その声からは焦った様子は見られなかった。

 その様子に気付いていたウラノスが続きを促すと、フェルズはふいと顔を何処か遠くを見るかのように向けた。

 

「そうでもない。ただ、今回の一件もそうだが、彼は自分の【ファミリア】に対する思いが強い、もしかしたらまだ近くにいるかもとは思うが……」

 

 彼の所属している【ファミリア】―――【ヘスティア・ファミリア】の拠点付近を監視しているが、彼の姿を捕らえることは未だ出来ていなかった。

 『24階層の事件』以降、更にその情報が手に入り辛くなった男のことを思い、フェルズは何処か遠くを見るように顔を上げたまま、ぽつりと呟いた。

 

「さて、今ごろ何処にいるのか……」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【猛者(オッタル)】が中層に、か……間違いではないのだな」

「ええ、まず間違いないと」

「中層にいる理由は?」

 

 時間は夜。

 都市の外れ、人の気配がない路地裏の奥。

 月明かりさえ届かないその場所で、互いに死角になる位置に立つ二人の人物は、情報を売る者とそれを買う者であった。

 一方は男の声だが、もう一方は何らかの道具か魔法で声を変えているのか、男にも女にも聞こえる不思議な声音をしていた。様々な情報を扱う情報屋として最低限の対策のうちの一つである。

 これまで使った者の中で、男が知る限りでは中々の実力者だ。

 微かに虫の音が響く中、それに紛れるような小さな声で情報を入手していた一人の男は、更に今得たばかりの情報の詳細を要求する。

 今の話は、噂レベルであるが耳にしたことがある。

 だが、この情報屋が『間違いない』と言い切るのならば、確実にあの男はそこにいたのだろう。

 では問題は、何故あの男がそこにいるのかということ。

 【都市最強】である【猛者(オッタル)】が、深層に潜る途中ならともかく留まっている理由。

 それは―――。

 

「残念ながらわかりません」

 

 男女ともつかない声が男の問いに答えられないことを伝えてくる。

 が、

 

「ですが、裏付けはまだですが、もう一つ最近の中層の情報があります」

「それは」

 

 情報屋の言葉に続きを求めると、勿体ぶるように少し時間を置いた後、ゆっくりとした口調で続きを語った。

 

「『ミノタウロス』と戦う【猛者(オッタル)】を見たと言う者がいました。と、言うよりも『稽古』をつけているかのように見えたと」

「それは―――」

 

 情報屋の言葉に男の戸惑うような疑問に満ちた声が思わずといった様子で溢れる。

 しかし、情報屋はそれに気付いていないのか、それとも無視したのか自身が入手した情報を買い手に伝え続けた。

 

「先程言いましたが裏付けは未だ取れてはいませんので【猛者(オッタル)】かどうかは不明です。ですが、何者かが『ミノタウロス』に何かをしているのは、まず間違いないかと思います。この情報以外にも中層で『ミノタウロス』と戦う音が不自然に長い間聞こえるというものも幾つかありましたので、それから考えると……」

「そうか」

 

 情報屋の推測混じりの言葉を頷きで止めた男は、同時に報酬が入った袋を投げつける。

 闇から闇へと飛んだ袋は、情報屋がいたと思われる場所まで飛んでいくと、小さくジャラリと音がなった後、その場にあった気配がすっと消えていった。

 情報屋が立ち去った気配を感じ取った後も、男は何かを思案するようにその場に佇んでいた。

 そして、天を移動していた月が路地裏に光を差す位置まで辿り着き、その光が闇夜に沈んでいた男の姿を露にした時、男は―――シロは月を見上げると共に呟いた。

 

「―――確かめるか」

 

 淡々とした声音のその呟きは、しかしその内に刀剣の如き意志の強さが込められていた。

 

 

 

 




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