たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第六話 開戦

 予感は、していた。

 それ()を耳にしたときから。

 この可能性は考えていた。

 噂や話に聞くあの女神ならやりかねないと。

 何よりも相手は女神―――神だ。

 特にギリシャの神であるならば、特にやりかねない。フレイヤは北欧神話

 試練という死地へと叩き落とすことに、何の躊躇もないだろう。

 だから、情報を入手した後、直ぐに確認に向かった。

 それが起こる前に、何かしらの手を打たなければならなかったから。

 だが、やはりダンジョン。

 ある程度の事前の情報があるとは言え、単独でその全てを調べることはできない。

 普通なら残るだろう戦闘の痕跡や放棄された武器や死体も、ここ(ダンジョン)では時間の経過と共に文字通り消え失せてしまう。そんな中から、たった一人で目的のモノを探し出さなければならないというのは、砂漠の中から一つの針を見つけるよりも難しいかもしれない。

 だから、更なる情報を手にいれるため、下へ―――ダンジョンにある唯一の街へと降りたのは間違いではなかった。

 そう、情報を入手するという点では間違いはなかった。

 だが、それは間違いではなかったからこそ、少し考えれば誰にでもわかるということ。

 その意味するところは、待ち伏せをするのなら最も容易であるということ。

 何せそこ(ヴィオラの街)から出るにはたった二つしか道はないのだから。

 下へ降りる道と、上へ登る道の二つしか。

 そして、探しモノは上にしかないならば、確実にそこを通るしかない。

 そう階層主がいるここを……。

 

「―――あれ(警告)で諦めるような相手ではないとは思ってはいた」

 

 幅百M、長さ二百M、高さは二十M―――その整った直方体の大通路。

 17階層にあるその長く広い大通路は、18階層へと降りるために必ず通らなければならない最後の地点。

 特徴的なのはその通路の形状だけではない。

 ごつごつとした岩肌に囲まれた通路において、片側の壁面だけが滑らかであった。

 『嘆きの大壁』―――そう呼ばれている。

 それは、ここで生まれる階層主と戦い生き抜いた(過去の冒険者)が、そこから生まれる唯一のモンスターの強大さから名付けたものであろう。

 だが、今目の前にしている相手に比べれば、その嘆きさえなんと儚いことか。

 大通路―――その中心に、男は立っていた。

 この広い空間の中、一人立つ男の姿は端から見れば何とも小さく見えるものだろうが、実際に眼前にすれば、そんな考えは一欠片さえ浮かびはしない。

 まるで壁―――いや、山がそこにあるかのような圧迫感を感じる。

 巨大な質量を感じるほどまでに強大で硬質な闘気が、目の前に立ちふさがる男が何の目的をもってそこにいるのかを雄弁に物語っていた。

 

 ここから先は行かせない―――いや、違うか。

 

 貴様はここで死ね、だ。

 

 知らず下がりかける足を、無理矢理その場に押し止める。

 

「だが、まさかお前が出てくるとはな」

 

 あれだけの事をしたのだ、報復があるのは覚悟はしていた。

 あの女神の気性からして、ヘスティアやベルにそれが向けられる可能性は低い。

 なら、自分にそれが向けられるのは簡単に予想されていた。

 だから、それなりの準備はしていたが……。

 

「―――貴様には、ここで消えてもらう」

「問答無用ということか……」

 

 男は―――猛者(おうじゃ)と呼ばれるオラリオで、いや世界で最も強いだろう(オッタル)がそこにいた。

 背に担いでいた大剣を抜き放つ。

 ただ、それだけの動作で空間が揺れる。

 二Mを越える巨体から吹き上がる闘気が、その身体を更に何倍にも巨大に見せた。

 明らかに格が違った。

 今まで目にして来たあらゆる強者(冒険者やモンスター)と。

 何よりも己との格を。

 

「話は―――通じるような相手ではないか」

 

 射るような視線どころではない。

 押し潰し、叩き潰すかのような物理的な圧力さえ感じるその目が、身体が、全身が、雄弁に無言で物語っている。

 距離は未だ十数Mはある。

 だが、それは互いにあってないようなもの。

 それでも相手が動かないのは、余裕もあるだろうがこちらの準備が終わるのを待っているのだろう。

 

「それならば―――」

 

 そう相手にと言うよりも自身に言い聞かせるように呟くと共に、背に背負った荷袋を勢いよく上へ放り投げた。

 投げる瞬間袋の一部を破いたことから、荷袋は投げつけられた勢いもあり、穴は直ぐに大きく広がり中に納められた様々な武器が上空でバラバラに広がるとオッタルとシロを中心に取り囲むように地面へと降り落ち突き刺さった。

 オッタルは大剣を片手にぶら下げながら、チラリと視線だけを周囲に突き刺さる武器へと向けた。

 長剣に短剣、槍に弓矢―――それなりの大きさの袋に入ってはいたからか、短剣の割合が多かったことからも、その数は二十を越えているかもしれない。

 そのどれもがオッタルの目から見ても業物であるとわかるそれであり、中には明らかに魔剣と思われるものもあった。

 武器を手元から離す理由は色々と考えられるが、オッタルがそこに思考を向けることはない。 

 ただ頭にあるのは、この(シロ)消す(殺す)ことだけ。

 下げていた大剣を構える。

 相手はレベル1。

 だが、オッタルに油断も慢心もない。

 普段からそんな心地を持つ男ではなかったが、特に今はその総身に宿る気は張り積めていた。

 主神(フレイヤ)の命令故か。

 いや、違う。

 ただ、この眼前にいる男がそれだけの強さを持つ者であると分かっているからだ。

 レベル1というのは関係がない。

 己の心が―――魂が告げていたのだ。

 目の前の男は―――強い、と。

 故に、(オッタル)は大剣を構える。

 対等な敵として。

 剣を構え、更に圧力を増したオッタルの姿に震えそうになる身体を長く息を吐くと共に落ち着かせ、腰から主武器である双剣を引き抜いたシロは、眼前に立ちふさがる絶望へ向かって剣を構える。

 相手はレベル7。

 都市最強にして世界最強。

 勝算は皆無に等しい。

 逃げるにしても、あらゆる面で上回る相手だ。

 逃走も絶望的。

 だが、まだ死ぬわけにはいかない。

 ならば、何としてでもここを生き延びる他ない。

 

「―――足掻かせてもらおうか」

 

 強がりなのか、それとも自暴自棄故か、自然と歪む口の端と共に相手と自身に宣言すると共に前へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~……」

「なに唸っているの?」

 

 ダンジョンの深部への『遠征』に出た【ロキ・ファミリア】は、その部隊を先鋒隊と後続部隊の二つに分けられたのだが、先を担う部隊は他部隊の安全確保という目的ゆえに、高レベルを中心に固められていた。そのため、それなりの戦力になるとはいえ、今一歩、二歩劣るレフィーヤはその部隊に組み込まれる事が叶わず、憧れのアイズと別々になってしまった事を残念に思っていた。

 自身の力不足は理解していたが、それでも未練に思う心を押さえることはまだレフィーヤには難しかった。

 知らず未練のうなり声を上げる事をやめられず、それを不信に思った隣を歩いていた同じエルフの魔導師隊の一人が困惑を浮かべた顔をレフィーヤに向けた。

 

「え、あ、な、何でもないです」

「何でもないって……ま、いいけど。もうすぐ階層主のところだから気を付けなさいよ」

「あ、と。もうそこまで来たんですか」

「ちょっと本当に大丈夫? 上層であの白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)と会った時に、出来るだけ早く合流するってガレスさんが言ったじゃない」

「あ―――、そ、そうでしたね」

 

 上層―――ダンジョンに入って暫くして、そこでいる筈のない相手が―――あの【フレイヤ・ファミリア】の幹部の一人であるヘディン・セルランドと出会ったのだ。ダンジョンで他の冒険者に会うことは別に珍しいことじゃない。だけど、その相手が問題だ。オラリオの二大派閥であり、ライバル関係でもある【フレイヤ・ファミリア】の団員で、しかもそれが白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)の二つ名を持つレベル6の幹部。そんな相手が上層で、それも『遠征』に向かっている途中で待ち構えるようにしていたのだ。

 警戒して当然である。

 ガレスさんがその時は対応してくれて、特に問題なく分かれたけれど、やはり心に引っ掛かるものはあった。

 それはガレスさんも同じで、だから、できるだけ早く先鋒隊と合流しようと合流場所である18階層であるリヴェラの街まで急ぐことになったのだが―――。

 

「でも、思ったより早く着きましたね」

「そうね。モンスターとの戦闘が殆どなかったからかしらね」

 

 そう、ここまで来るまでモンスターとの戦闘は1回だけ。これは有り得ないと言っても良いほどの少なさだ。その戦闘もたまたまモンスターが生まれた所にかち合った時だけ。ダンジョンを徘徊するモンスターとは一度も会っていなかった。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

 

「団長達と会わなかったってことは、もう先に着いているってことかしら?」

「そう、だと思いますけど」

 

 不測の事態を考え、可能な限り最短距離を選んで来たため、当初に予定していたルートとは違う道を来たため、すれ違っている可能性も考えられたが、その可能性は低いだろう。

 ルートが違うとは言え、選んだ道は元々の道と重なりあうところが多かったため、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()何処かで接触出来た筈だからだ。

 

「そういえば、ここの階層主もそろそろ復活する頃ね」

「予定では、先行する団長たちが対処する筈でしたけど、これほど早く着く筈ではなかったですし。先に街にいるかもしれませんね。それか、復活するまで待っているかもしれません」

「何をごちゃごちゃと話しとる。さっさと行くぞ。なに、かち合ったとしても儂が相手をするだけだ」

「が、ガレスさんっ、す、すいません!」

 

 話している間に自然と遅くなっていた足を、後ろから追い抜いてきたガレスの言葉に急かされ慌てて早めたレフィーヤはそのままの勢いで思わず列の一番前にまで来てしまった。どうしようかと悩むが、このまま戻るのも何か恥ずかしいしと、レフィーヤはこのまま18階層の入り口―――17階層を守る孤高の王(モンスターレックス)が待つ場所まで向かうことにした。

 17階層の終わり―――つまり階層主がいるだろう『嘆きの大壁』まであと少し。

 なのに、モンスターとはまだ会わない。

 都合が良いのは違いない筈なのに、時と共に焦燥が募るのは何故だろうか。

 ダンジョンでは有り得ないことは有り得ない。

 モンスターと出会わない日も時にはあるかもしれない。

 それがたまたまこの日だというだけ。

 ―――でも、たぶんこれは違う。

 レフィーヤは何か根拠があるわけでもなしに、己の直感が感じるそれが間違いではないと信じていた。

 確かに、時にはモンスターとの遭遇が極端に少ない時もあるだろう。

 でも、今日の()()は違う。

 たまたまではなく、何か理由がある。

 自身の肌に感じるひりつくような感覚が告げていた。

 恐ろしいナニかが先にここを通ったのだ、と。

 しかし、それがなんなのかはわからない。

 言葉にできないそれが、しかし明確に己に告げていた。

 そして、それを感じているのは自分だけではないだろう。

 先程まで話していた彼女もまたそうなのだろう。

 話している時も、何か落ち着かない様子で、周囲を窺うような雰囲気を見せていた。

 それは彼女だけでなく、この後続部隊の皆が多かれ少なかれそんな様子を見せている。

 何時もと様子が変わらないのは、ガレスさんと―――後はあの【ヘファイストス・ファミリア】の団長椿・コルブランドぐらいだろうか。

 

「もう少し、か……この様子だと、何も心ぱ―――っ!?」

 

 17階層に降り、その狭い岩窟を孤高の王者(モンスターレックス)が座す『嘆きの大壁』に向かうため、通路が広がる方へ向け進み。間もなく『嘆きの大壁』に着くといった所で―――耳を破壊するかのような爆音が響いた。

 

「っ、ゴライアスっ? 誰か戦っているの?!」

 

 全員が反射的に構えたが、音が聞こえてきたのはこの先―――『嘆きの大壁』がある大通路からだ。

 咄嗟に浮かんだのは階層主であるゴライアスが誰かと戦っているのかというもの。先行した団長たちかもしれないし、それ以外の冒険者かもしれない。

 しかし、直ぐにそれは否定された。

 

「―――いや、違う。これは剣戟の音……ゴライアスは武器を使うとはついぞ聞いたことはない」

「え? じゃあ」

 

 何時の間にか隣に立っていた椿が、レフィーヤの言葉を否定した。

 耳を塞いでもなお、鼓膜を揺るがすその剣戟の音(戦闘音)の中、椿はその隠されていない目を細め何か思案するかのように真剣な顔つきで前を見ている。

 レフィーヤだけでなく、部隊全員の足が止まっていた。

 オラリオのトップクラスのファミリアの部隊が、向かう先から響く音と気配だけでその足を止められていた。

 そんな中、ずかずかと前へ出てきた影が一人。

 ガレスだ。

 戦いになれている筈の【ロキ・ファミリア】の団員であるにも関わらず、思わず躊躇ってしまうほどの戦いの気配が立ち上る先へ、ガレスが鼻を鳴らしながら何の気負いを見せる様子もなく歩きついに先頭まで来るとくるりと後方にいる団員たちを見回した。

 

「……ふん、ま、何が戦っているかは見てみればわかるだろうが。ほれ、何を突っ立っておる。さっさと行くぞ」

 

 ガレスの呆れたような言葉に、団員たちは互いに顔を見合わせた後、覚悟を決めたように一度大きく喉を鳴らすとガレスの後を追い始めた。

 

「で、フィンだと思うか?」

「分かってるだろ。違う―――これは重く、速い……大剣、か」

 

 隣同士、ガレスと椿が部隊の先頭を歩く中、互いに顔を向けることなく互いの意見を交わし合う。

 その目と顔は真剣で、それはこの先で戦う者達の強さがわかるからこそ。

 

「高レベル同士の冒険者の戦いは間違いない……じゃが、一体誰じゃ?」

「……ここまでモンスターとまともな戦闘がなかった。モンスターが怯えて出てこなかったとしたら……」

 

 ガレスが首を捻ると、椿がぽつりと自問自答するかのように呟いた。

 その言葉に、ガレスの目がまさかと大きく見開かれた。

 と、同時にガレス達の視界が一気に広がった。

 『嘆きの大壁』がある大通路に辿り着いたのだ。

 そして、今なお大通路のこの広大な空間を震わせる戦闘音の発生源に。

 

「―――っ、これ、は」

「なっ…」

 

 どんな困難窮地にあっても動揺することのない巌のようなガレスが、常に余裕を見せるように口許に笑みが耐えない柔硬併せ持つ気性の椿が、あからさまにその心の震えを見せていた。

 それほどまでの光景がそこにはあった。

 一対一。

 大剣を振るう冒険者であるならば誰もが知る最強の男―――オッタルが、双剣を振るう白髪の男―――シロと戦っていた。

 戦い―――だがそれは、ただの戦闘というには憚りがあるものであった。

 大剣が、双剣が振るわれる度に、硬い筈の岩肌が砕け陥没し空間が震えている。剣や槍、短剣等が散らばっている中を、縦横無尽、目まぐるしく動くシロに対し、山の如く不動で、大剣を握る手だけを振るうオッタル。

 瞬く間に光景が力ずくで破壊される様は、戦闘というよりももっと大規模なそれ―――戦争を思わせた。

 しかし、一級の冒険者であるガレスや椿が言葉を失い、その戦いに目を奪われてしまうのは、その戦争さながらの光景故ではない。ガレスたちにとって大規模な破壊を伴う戦闘など見慣れたものだ。

 では、何故?

 オッタル(レベル7)シロ(レベル1)が戦えているからか?

 確かにそれもある。

 しかし、それ以上に二人の目を、意識を奪ったのはシロのその戦い方であった。

 一人は戦士として、一人は武器に関わる鍛冶師としての目で、常識ゆえにその戦いに目を奪われていた。

 言葉なく食い入るように戦いを見つめる二人の後ろには、他の後続部隊の団員たちもまた、眼前の光景に目を体を意識を凍りつかせていた。

 そしてその中に、レフィーヤの姿もあった。

 周囲の団員達と同様に、目を見開き眼前で繰り広げられる戦いに意識を奪われている姿。だが、彼女のそれは、他の団員たちとは少しばかり違ったものがあった。

 それは、ダンジョンを震わせる程の戦いを繰り広げる二人の男の一人が、自分の良く知る人物であったからこそ。

 でも、それは有り得ない光景な筈であった。

 何せ、その彼と戦っているのは都市最強のあの猛者(オッタル)だ。

 そんな男と、戦える筈の男ではない。

 確かに、そのレベルから考えられない強さを持っていたが、それでも彼がまともに戦えるような相手ではない。

 いや、そもそも何故彼がオッタルと戦っているのか。

 混乱する意識の中、戦闘はその激しさを増す。

 かなり離れているここにも、その余波が感じられ始めた。

 爆音じみた剣戟による衝撃から放たれた人為的な強風がレフィーヤの全身を叩く。

 内蔵さえ震わせるような衝撃が身体を貫き通り過ぎると、レフィーヤの口から呆然と言葉が零れおちる。

 

「なんで、シロさんが……」

 

 

 

 




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