たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第九話 決着

 

 ―――人の形をした嵐がそこにはあった。

 2Mに勝る巨大な体躯を持ちながら、高レベルの冒険者であっても目視が難しい速度で動くそれは、最早人とは呼べそうになかった。

 手にした大剣が振るわれる度に豪風が吹き荒れ、大通路の硬い岸壁すら削られている。それがその場にとどまらず、広い筈の大通路が狭く感じる程に瞬く間に移動しては、人力による竜巻が巻き起こっていた。

 そんな人外の嵐の中心では、例え鋼鉄すらものの数秒も持たないだろう。

 その―――筈なのに。

 

「オオオオオァアアアアアッ!!!」

「―――ッ!!」

 

 嵐の中心で、一人の騎士が舞っていた。

 両手には剣が。

 白と黒の特徴的な剣。

 一対の双剣を持って、その男―――シロは抗うことが出来る筈のない嵐を受け止めていた。

 文字通り目にも止まらない速度で振るわれる大剣。

 人一人分の重量と大きさがあるだろう大剣を、小枝のように振るうそれは、受け止めずとも傍を通りすぎるだけで常人ならば圧死しかねないものがあった。

 それを、シロは手にした双剣をもって時に逸らし、時に避け―――未だその身体に血が流れることはなかった。

 受け止められるわけがない剣を逸らし、避け続ける。

 ()()()()()()()()()()()()()()()オッタルの豪剣を凌ぎ続ける。

 ()()()()から確かに、シロはオッタルの剣をかわしてはいた。

 だが、それは端か見ても危うげで、何時終わっても不思議ではない不安感がそこにはあった。

 しかし、今のシロからはそんなものは感じられない。

 確かに今も変わらず防戦一方に見える。

 その筈なのに、妙な安心感―――いや、安定感がそこにはあった。

 違いには、何か理由がある。 

 この戦いを目にしている者の中には、その理由の一端に気付いている者もいたが、その全てを知る事は出来ようはずがなかった。

 確かに、明らかにシロは先程までよりもその身体能力が向上しているように見えた。

 端から見ていたからこそ、その変化は顕著に感じられた。

 確かに以前もその身体能力はレベル1とは思えないものだった。

 3―――いや、下手をしなくともレベル4の上位にすら届いていただろう。

 だが、今のそれは、文字通り比較にならない。

 このオラリオにすら一握りしかいない筈の高位冒険者―――レベル5や6にすら匹敵する力が感じられていた。

 信じられない。

 驚異的で、奇跡すら叶わない現実とは思えない異常で異端な現象だ。

 だが、それでもオッタル(レベル7)には到底及ばない筈だった。

 足掻くことはできるだろうが、それだけだ。

 それほどまでに、オッタル(最強)は圧倒的な筈であった。

 なのに、シロは未だ拮抗を続けている。

 それには―――大きく二つの要因があった。

 一つは―――シロが新たに獲得―――いや、取り戻したといった方が正確なのだろうか。

 神との契約による得た【スキル】ではなく。

 英霊エミヤが所持するスキル。

 ―――【心眼(真)】。

 修行・鍛練によって培われた末に獲るというスキルにまで至った洞察力。

 僅かでも逆転の可能性があるのならば、その手段を手繰り寄せることができる力。

 以前までは、ただ勘と反射で何とか綱渡りのように凌いでいた攻撃は、【心眼(真)】というスキルに至った洞察力により、隔絶した身体能力から繰り出される連続するその致命の一撃の尽くを受け続けた。

 とはいえ、やはり基本となる身体能力には断絶ともいえる差がそこにはあり。

 オッタルが被弾を覚悟して攻めれば何時かは受け止めることは叶わなくなるだろう。

 故の、もう一つの要因。

 確かに【心眼(真)】の力は大きい。

 だが、オッタルとシロが互角に渡り合えるのは、もう一つの力こそが大きかった。

 

「―――ヅ!?」

 

 オッタルの苛立ちが含まれた舌打ちが響く。

 攻めきれず、あと一歩という僅かな差を埋めるために強引に前に出た際に、置かれたように差し出された剣先。

 初めのように強引に突破すれば問題はない。

 障害にもならない筈のそれを、無理矢理にかわす。

 一瞬にも満たない僅かな間に、既にシロはそこから離れていた。

 それを追うオッタルの腕には、血を流す一筋の傷が。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 これが要因。

 もっとも単純で大きな要因。

 ()だ。

 魔剣を初めとした切れ味に特化した剣であっても、まともに剣筋を通さなければオッタルの出鱈目な耐久力を越えることはできなかった。

 だが、今シロが振るう一対の双剣はそんなものを嘲笑うかのように、まるで幼子の肌を切り裂くかのように、容易にオッタルの身体を刻んでいた。

 冷たい刃が身体を切り裂く感覚。

 それはオッタルが久しく感じていなかったものだった。

 いや、初めてと言ってもよかったかもしれない。

 これまでも刺され、切られ、抉られた経験は幾度もあった。

 だが、()()は違う。

 シロが振るう剣によるものはそのどれとも違った。

 それは、振るう者の技量の多寡によるものではない。

 ()だ。

 シロの持つ剣が、あまりにも違いすぎた。

 刃の鋭さや刀身の硬さなどの、そんな単純な話ではない。

 もっと根本的。

 存在―――()が余りにも違った。

 まるで、そう―――人と神との違いのように。 

 似ているが、根本で違う。

 剣であるのに、まるで生きて呼吸しているかのような。

 器物では感じられない筈の、意志すら感じられる存在感。

 シロは確かに強くなった。

 劇的とすら言ってもいい。

 だが、それでもその身体能力はあらゆる面においてオッタルには到底及ぶことはなかった。

 確かに、まるで予知能力でもあるかのような回避によって、オッタルは攻めきれずにはいたが。それは時間をかけるか強引に攻めればどうとでもなるものではあった。

 しかし、シロの持つ剣。

 それが強大な壁となってオッタルを阻む。

 ただ一対の双剣が、レベル7(最強)を封じ込んでいた。

 それは異常であった。

 桁違いの耐久力。

 人外の頑強さを誇るそれを、容易に切り裂くその力。

 その未知なる存在を前に、オッタルは―――。

 

 

 

「―――ハ」

 

 

 

 嗤った。

 微かに、小さく口許を歪ます程度のそれではあったが。

 確かにオッタルは笑った。

 その笑いは次第に。

 時間がたつ毎に大きくなり。

 遂には―――。

 

 

 

「ははは―――ハハハハハハハハハッ!!!」

 

 

 

 咆哮染みた大笑となった。

 

「―――ッ!!?」

 

 人外の嵐の如き剣激の圧力が、更に増した。

 速く、強く。

 しかし緻密に。

 大剣は鋭く、的確で、精緻なコントロールの下振るわれながら、その攻め立ては獣染みた狂暴さの密度が増していた。

 

 ―――喜!!

 

 それが、オッタルの全身から放たれていた。

 久しく感じなかった刃の冷たさを全身に感じながら。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何よりも、この剣だ。

 鍛え上げた―――高め続けた身体を容易に切り裂く剣。

 格上の相手。

 この感覚。

 懐かしい。

 ―――()()

 確かに俺は今―――挑んでいる。

 それが、嬉しい。

 オッタルは内から沸き上がってくる感情を止めることはせずに、その口から咆哮として放ち続けた。

 

「ッ―――オオオオオァアアアアア!!」

 

 それに、シロも応えるように咆哮をあげる。

 オッタルの獣染みたそれではなく。

 鋼のような意思の下放たれるそれは、圧力を増し続けるオッタルの剣を、それでも確かに凌ぎ続けた。

 それだけでなく、時にはわざと見せた隙に反応したオッタルに応じその身を切り裂くことすらあった。

 オッタルが攻め、シロが守る。

 しかしシロは未だ無傷であり、オッタルは全身から血を流している。

 オッタルが有利であるようで、シロが有利のようでもある。

 血を流しているオッタルが不利に見えるが、一撃でももらえば逆転どころかそこで決着が着きかねないのだ。

 多少の負傷など当てにはならない。

 時間ですらどちらに味方しているか判断がつかなかった。

 耐久・持久共に圧倒的にオッタルが上ではあるが、浅いが全身からの出血は少なくない。いくら人外染みた強さを誇るオッタルとはいえ、血液量に限界はある。

 時間がどちらに有利に働くかはわからない。

 一進一退が続く。 

 何処まであるかわからない綱渡りをしているかのような戦い。

 戦いが始まってからまだ幾らも経ってはいないというのに、巨大な筈の大通路は最早見る影もなく破壊され尽くしている。

 観戦すら命がけの戦いに、割って入れるものなどいない。

 

「シロオオオオォォオオオオオオオオオオオオッッ!!?」

「オオオオオッタルッ!!!」

 

 

 

 ――――――――――――筈だった。

 

  

 

 

「「―――ッ!!??」」

 

 

 

 

 磁石の同極同士が反発したかのように、何の前触れもなくオッタルとシロが分かたれた。

 と、同時に先ほどまでシロたちがいた場所に()()()()が降り下ろされた。

 

 

 

「―――ゴライアス」

 

 

 巨大な拳が岩盤を砕く音が響くなか、誰かが口にした呟きが奇妙なほど広く響いた。

 それに応えるように。

 階層主(ゴライアス)が吠えた。

 

 

 ―――オオオオオオオオオオオッ!!

 

 

 それはまるで怒っているかのような。

 そんな咆哮だった。

 ここはオレの城だと。

 何を好きに暴れているのだと。

 そんな怒りを感じる巨大な咆哮だった。

 嘆きの壁から身を乗りだし、一気にその巨体を露にする。

 その巨眼の視線の先には二人の男。

 離れた位置にいる二人の中、ゴライアスが先に手を伸ばしたのは最も近くにいた男。

 ―――オッタルであった。

 怪物としての咆哮を上げながら、再度高く腕を上げオッタルに迫るゴライアス。

 振り上げる腕は更に高く、込められる力もまた最初よりも強く。

 今度こそ叩き潰さんとの狂暴な意思を持って。

 だらりと大剣を片手にぶら下げながら、歯を噛み砕かんばかりに噛み締めたオッタル(獲物)へ目掛け。

 動かない()()()()()()()()()()()()()()オッタルへ向けてその人一人はあろうかという巨大な拳を降り下ろした。

 

「「「「―――――――――ッッ!!??」」」」

 

 轟音。

 地響き。

 舞い上がる粉塵。

 形にならない悲鳴。

 オッタルは動かなかった。

 頭上から迫る巨大な岩染みた拳を避けるでもなくその場で立ち尽くすかのように微動だにしなかった。

 それはオッタルとシロの戦いを見ていた全員がその目で確認していた。

 その場にいたほぼ全ての者の頭に、つぶれた死骸の映像が浮かぶ。

 あのオッタル(最強)であるとわかっていても、目の前で起きた光景はそれだけの衝撃を【ロキ・ファミリア】の面々に与えていた。

 だが、例外もいる。

 降り下ろされた巨大な拳。

 響き渡った轟音の中に―――何かが潰れるような音は聞こえてはいなかった事を把握していた者たちだ。

 その内の一人であるシロが、現れた第三勢力であるゴライアスではなく、その降り下ろされた拳の先に視線を向けたまま微動だにしない。

 両手に構えた双剣は未だに一欠片も油断は見られなかった。

 その視線の先で、舞い上がっていた粉塵が晴れていき、結果が現れた。

 

「「「「―――ぇ?」」」」

 

 空気が漏れたような小さな声。

 それは驚愕の色は薄く、ただ困惑が強く感じられた。

 

「ふんっ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その光景に、ガレスが腕を組みながら小さく鼻をならした。

 低階層とはいえ階層主である。

 ただの拳の降り下ろしとはいえ、先ほど響き渡った轟音やオッタルの足元に広がった地面に刻まれたひび割れからも、その恐ろしいまでの衝撃は想像できる。

 城の城門さえ破壊しかねない威力の攻撃だ。

 それを片手で受け止める姿は、まるで現実感が感じられなかった。

 

 ―――オ……オオォォォ

 

 ゴライアスも何が起きているのかわからないのか、何処か子供染みた様子で首を傾げている。

 

「―――邪魔をするな」

 

 そこに込められたのは、直接向けられた者ではないにも関わらず、攻略組に組み込まれた【ロキ・ファミリア】の精鋭達の心胆を震わせる程の怒気が込められていた。

 決して荒げているわけではない。

 どちらかといえば静かに聞こえる程の呟きにしか思えないその声は、しかし階層主であるゴライアスの背筋を凍らせるだけの危険性を孕んでいた。

 咄嗟に後ろに下がろうとするゴライアスだったが、直ぐにつんのめるかのように前屈みとなってしまう。

 慌て、困惑を露に顔を上げるゴライアスの視線の先に、オッタルの姿が。

 オッタルは自身の数倍、いや数十倍はあるだろうゴライアスの拳を掴んでいた。

 

 ―――ッッが、Gaaaaaaaaaaッ!!??!!

 

 ぐしゃり、と乾いた音と湿った音が混ざった奇妙な音が響き、ゴライアスの悲痛な悲鳴が上がった。

 拳を握りつぶされながらも、未だ握りしめられたままのゴライアスが、反撃をするでもなく、まるで小さな子供のように逃げ出そうと後ずさりをしようとするが、地面を掻くだけで一歩たりとも動けずにいた。

 それでも何とか目の前の化け物から逃げ出そうとするが、地面が抉られ粉塵が舞うばかり。

 

「邪魔だと―――言っているッ!!!」

 

 オッタルの、明らかに苛立ちが込められた声と共に、ゴライアスの巨体が空を飛んだ(・・・・・)

 一瞬、大通路の時間が止まったかのように感じたのは、先ほどの光景(ゴライアスの拳を受け止めた)よりも現実感のない光景ゆえか。

 オッタルがゴライアスの拳を掴んでいた腕を一振りした瞬間、まるで人形のようにゴライアスの巨体が宙を飛んだのだ。

 そして飛んでいく先にはシロの姿が。

 構えていた筈の双剣はだらりと下へ向けられて、その姿はまるで呆然と立ち尽くしているかのようだった。

 それも無理はないだろう。

 2階建ての家屋に匹敵するゴライアスの巨体が飛んできているのだ。

 思わず思考も身体も動けなくなるのは仕方がないことだ。

 だが、これは現実、数秒もしないうちにこのままではシロはゴライアスに押し潰されてしまう。

 悲鳴が響く。

 警告の声が上がる。

 それでも、シロは動かない。

 押し潰されるシロの無惨な姿が頭に過り、誰もが数秒後に現れるだろうその光景に顔を歪めた。

 そして、ゴライアスとシロの身体が重なり―――――――――

 

 

 

 

 

 とある世界、とある國に干将・莫耶と呼ばれる剣があった。

 『呉越春秋』に初めて記されたその双剣は、刀匠が己の身と妻の身体をもってその剣を鍛え上げたことから夫婦剣とも呼ばれた。打ち上げられた後も、様々な伝承や伝説に語り継がれることとなるその双剣は、人が造り上げた剣の中でも最上の一振りであるのは間違いはないだろう。

 夫婦剣の別名の通り、この剣には互いに引き合う性質があるという他に、怪異に対する絶大な威力を発揮する【退魔の剣】という特性を持つ。

 とある世界の英霊は、この双剣を魔術によって複製し頻繁に使用してはいたが、その英霊の異形とも言える特性をもってしてもそのオリジナル全ての能力を発揮することはできなかった。

 その要因は、その英霊が未熟であるとか複製した剣が本物に劣っていたというような理由ではなく。

 ただ単純に、根本的なものであった。

 偽物であるからだ。

 その英霊の能力は文字通り規格外。

 刀剣の類いであれば、その使い手であっても間違いかねない程の複製を造り出せる力を持っていた。

 だが、どれだけ似ていても。

 姿や形どころか構成物や造り上げた経緯から、それが辿った年月まで再現したとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あまりにも当たり前で根本的な話。

 その英霊が作り上げるものは贋作だ。

 本物があるからこそ出来るものである。

 伝説に刻まれる程の剣であるからこそ、贋作であったとしても強大な力が振えるのだ。

 偽物は何処までいっても偽物でしかない。

 全くの同一であるにも関わらず、本物があるがゆえに何処までいっても偽物。

 

 

 

 ―――では、()()()()()()()

 

 

 

 ここに、一人の男がいる。

 刀剣の類いであればどんなものであっても、一目見るだけで本物と同一のモノを造り上げることができる男である。

 そんな男がもし、とある剣の複製を誰もその剣を知らない場所で振るったとすれば、それを見たものたちはその剣を本物だと思うだろう。

 偽物など頭に浮かぶこともない筈だ。

 何しろ本物がどれかなど知らないからだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな、誰もが知っている筈の、それこそ()()()()()()()()()程の神剣、名剣、魔剣であったとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なればこそ、その力は絶大である。

 

 

  

 

 

 剣を、振り上げた。

 右手に握った白い陰剣莫耶を振り上げる。

 眼前には巨大な壁にしか見えない巨人ゴライアス。

 ダンジョンの一つの階層を守る階層主と呼ばれる()()()()()だ。

 人が投げ飛ばしたとは思えない速度で迫るそれは、ぶつかれば只ではすまない。

 吹き飛ばされる前に潰されてまともな形すら残らないだろう。

 だがそれを理解していながら、シロの心中は穏やかであった。

 振り上げた刀身に刻まれた水波の模様の如く、どこまでも静かで深い。

 焦りや動揺など、何処にもない。

 ただ自然なままに。

 振り上げた剣を―――

 

 

 

「「「「―――――――――――――――」」」」

 

 

 

 ――――――降り下ろした。

 

 

 

 その光景を、その場にいた全員が見ていた。

 ここ(大通路)に来てから、目を疑う光景は幾つも見ていた彼らだったが、今見た光景はその中でも一二を争うのは間違いはなかった。

 何せあのゴライアスが。

 階層主であり、それに応じた強靭な耐久力を持つはずの強大で巨大なモンスターが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それが長い詠唱によって放たれた魔法であればわかる。

 レベル6であるアイズのような規格外のスキルによるものでも知る者がいれば納得はできる。

 だが、何の詠唱も、風や炎が舞い上がる等といった何かのスキルが推測できるような片鱗も見せず。

 ただ単純に剣を降り下ろしただけで、あのゴライアスを真っ二つに斬り別けるなど、彼らの理解を遥かに越えていた。

 あのオッタルでさえ、予想外の光景に目を奪われていた。

 だからこそ、そんな隙をシロが見逃すはずがなかった。

 頭頂部から股下まで真っ直ぐに切り分けたことから、ゴライアスの魔石も綺麗に二つに分断されていた。

 急所たる魔石を切り裂かれたことから、ゴライアスの体はその巨体に見合うだけの大量の灰と化して大通路を満たした。

 先ほどから何度も上がった粉塵など比べ物にならない量の視界を塞ぐ灰が舞い上がり、雲海の中に沈んでしまったかのような光景が広がる。

 その霧の中、オッタルは動かずその場で大剣を構えていた。

 直感があった。

 決着が近い、と。

 何処から、どんな攻撃がこようとも迎撃できる心地で大剣を構える。

 気配はない。

 見事なまでに気配を隠している。

 まるで雲中に溶け込んだかのようだ。

 気配を僅かも感じ取れない中、それでも沸き上がる笑みを押さえることができず口許を歪めるオッタルの耳が、微かな異音を捉えた。

 鋭く、空気を切り裂く音。

 その音が何の音であるか理解するよりも先に、オッタルは剣を振るっていた。

 衝撃。

 

 投剣っ!?

 

 一対の双剣を一振りで弾き飛ばしたオッタルは、手に確かに残る衝撃を確かめながら困惑していた。

 今自分が弾き飛ばした剣は、間違いなく先程までシロが振るっていた双剣であった。

 自分の身体を切り裂く力を持つ規格外の剣。

 それを手放した?

 オッタルの記憶ではシロの手元には既に武器はない。

 あの双剣をどうやって取り出したかはわからないが、少なくとも他に剣は確認できず、またあの双剣のように何処からか取り出したとしても、あれほどの剣がまだあるとは考えにくい。

 双剣を弾き飛ばすと同時に、オッタルがシロの行動を不審に感じ、ほんの僅か、戦闘から思考が外れた瞬間。

 それを見越したかのように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――――ッ!!!??」

 

 ほんの僅か。

 油断とも言えない思考が微かにずれた隙間を狙うかのようなその攻撃は、完全にオッタルの虚を突いた。

 オッタルの先ほどの思考の通りであれば、今飛んでくる双剣は、あの異常な双剣とは違う筈で、それならば身体で受けても問題はないと思われた。

 しかし、オッタルの研ぎ澄まされた直感がそれを否定した。

 降り下ろした大剣を、身体に悲鳴を上げさせながらも無理矢理に振り上げる。

 刹那―――盾のように持ち上げた大剣に双剣が叩きつけられた。

 

「ぐっ―――!!」

 

 ただ投げつけれた剣であるにも関わらず、あのゴライアスの拳すら軽々と受け止め微動だにしなかったオッタルの全身に広がる確かな衝撃。

 手に伝わる重さと感じる異音。

 咄嗟に大剣を投げ捨てるように振り投げると、双剣と共に宙を飛んだ大剣が乾いた破砕音と共にその刀身が砕けた。

 無手となるオッタル。

 だがその心に些かの動揺もない。

 ある筈がない。

 自身に見合うような武器はなく、素手の方が寧ろオッタルの戦闘力は高い。

 故に、オッタルは破壊された武器(・・・・・・・)を全くと言っていいほど気にすることはなかった。

 拳を構え、未だ周囲を漂い視界を塞ぐ灰の奥を睨み付ける。

 気配は―――わからない。

 剣を投擲してきたことから離れているとは思うが、敵は常識外の強者。

 あらゆる想定を思考に、何が起きても対応できるよう心掛ける。

 と、集中を高めるオッタルの耳が、

 

 ―――鶴翼、欠落ヲ落ヲ不ラズ(シンギ ムケツニシテバンジャク)

 

 シロの声を捉えた。

 

 ―――呪文?

 

 オッタルが油断なく視線を回らせ周囲を確認する。

 確かに声は聞こえる、だが、オッタルの驚異的な五感をもってしても、どうやってか前から後ろから右、左と、声が響き位置が特定できない。

 

 ―――心技、泰山ニ至リ(チカラ ヤマヲヌキ)

 

 オッタルがシロの位置を特定しようと気配を探る中、シロの詠唱は朗々と白煙の中を漂う。

 

 ―――心技 黄河ヲ渡ル(ツルギ ミズヲワカツ)

 

 何とかシロの位置を捉えようとするが、一向に位置を特定できなかったオッタルは、直ぐに躊躇することなく声や気配による特定を放棄すると、単純な方策に打って出た。

 つまり―――

 

「ッオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 自身の足下に拳を叩きつけ、その風圧でもって周囲の白煙を吹き飛ばしたのだ。

 隕石が衝突したかのような衝撃と轟音が響き渡る。

 その一撃は足下の岩盤を容易に砕き、オッタルを中心に地盤沈下を引きおこすと共に大量の瓦礫と嵐の如き暴風が発生。人が吹き飛ばされかねない風の暴威が周囲に漂っていた灰による雲を吹き飛ばした。

 

 ―――唯名 別天ニ納メ(セイメイ リキュウニトドキ)

 

「っ―――何処だ」

 

 視界が一気に明けると同時にシロの姿を探すオッタルだったが、ぐるりと見回した中に見つけることはできなかった。

 捉えた人影は離れており、その全てが【ロキ・ファミリア】の面々だけ。

 あのエルフの女(レフィーヤ)も、いつの間にかガレス等と共に他の団員達と固まって離れた位置にいた。

 そこまで確認できるのに、肝心のシロの姿が捉えられない。

 大通路には視線を遮るようなものはない。

 しかし、ぐるりと見回してもシロの姿は何処にもなかった。

 霧が晴れてから数秒も経っていない。

 逃げてはいない。

 確信がある。

 だが、その姿が捉えられない。

 沸き上がった苛立ちに眉間に深い皺が刻まれ。

 ゾクリと背筋が泡立つ気配に顔を上げ―――その姿を捉えた。

 あの巨人であるゴライアスでも手が届かないだろう大通路の高い天井。

 そこに、シロの姿があった。

 まるで飛び立つ直前のように、天井についた足を曲げ(オッタル)見上げる(見下ろす)シロ。

 その両手には、巨大で異形な剣が一対。

 黒と白の大剣を翼のように構えたシロが、

 

 ―――両雄、共ニ命ヲ別ツ(ワレラ トモニテンヲイダカズ)っ!! 

 

 最後の詠唱と共に地上(オッタル)へと目掛け飛び出した。

 オッタルは、何時以来だろうか。

 ()()()()()()()()()()()に身体を震わせていた。

 恐怖―――それはある。

 だが、それに混ざる歓喜が確かにあった。

 一瞬それが何か分からなかった程に久方ぶりの武者震いに、オッタルの全身から闘気が溢れだす。

 今にも自身も飛び出そうとする本能に、しかしオッタルの鍛え上げ研ぎ澄まされた戦士としての理性がそれを押し止めた。

 

 ―――アレは駄目だ、と。

 

 シロが持つ双剣。

 巨大な翼にも見えるその異様な双剣から感じる力は、先ほどまでシロが振るっていた双剣のそれを明らかに凌駕していた。

 下手に受ければ両断される。

 大剣が手元にあれば、一瞬で砕けるだろうがそれでも受ける事で僅かな空白(チャンス)が掴めただろうが、そのための剣はもう手元にはない。

 防御も攻撃も致命―――ならば一旦引く。

 刹那にもない思考で躊躇なく引く(逃げる)ことを決めたオッタルが、足に力を込めようとし―――

 

 ―――ッッ!!??

 

 死神に心臓を捕まれたかのような悪寒と同時に、オッタルの耳が自身に迫る4つの風切り音を捉えた。

 自分を中心に、四方から逃げ場を塞ぎながら迫る音。

 その音に聞き覚えはある。

 ついさっき聞いたのだから、間違いようがない。

 だが、それはあり得ないはずだった。

 何故ならば、それを投擲したのは今まさに迫るシロの筈なのだから。

 他に誰かいる?

 しかし、先程周囲を見た時にそれらしい者の姿は確認できなかった。

 では、誰が―――ッ、それがどうしたっ!!

 混乱しかける思考を殴り付ける。

 そんなことを考えている暇などない。

 もう、逃げ場はない。

 前後左右だけでなく、上も押さえられている。

 剣で受けた感触からも、あの飛んでくる双剣もまた、受ければ致命傷は免れない。

 しかし、手元には武器はなく、防ぐ手段はなかった。

 

 ―――敗北

  

 オッタルの頭にその一文が浮かび、

 

 ―――オッタル

 

 それを女神(フレイヤ)(姿)が掻き消した。 

 

「おおオオオオオオオオオオオOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!!」

 

 オッタルの咆哮が、人の域を失い獣のそれとなった。

 火山の噴火を思わせる爆発的な力の増加と共に吹き上がる熱気。

 巨体のオッタルの身体が、更に膨れ上がるようにその身を更に大きく、強固に形造(かたちつく)られる。

 内側から弾け飛んだ衣服の下からは、鋼鉄の鎧すら足下にも及ばない程の耐久力を誇る()()が現れ、その下の肉体は人の限界を遥かに凌駕していた。

 ()()()()()()()()()オッタルが、咆哮と共にアダマンタイトすら砕く拳を双剣を振り下ろすシロへと目掛け振り抜いた。

 直後―――

 

「「「「きゃあああああああああ!!??」」」」

「「「「わあああああああああっ!!??」」」」

 

 ―――大通路が揺れた。

 双剣と拳が衝突。

 発生した衝撃は爆音と共に大通路の全てを揺るがした。

 まるで巨人に捕まれ振り回されているかのような揺れが大通路を襲う。

 【ロキ・ファミリア】の団員たちは悲鳴を上げながら地面にすがり付くように倒れ込んでいた。

 そしてその地震の震源地である大通路の中心では、オッタルとシロの姿が重なっている。

 

「GAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaッッ!!!!」

「オオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 咆哮が交わる中、両者の力は拮抗していた。

 それは考えられないことであった。

 いくらシロが強くなったとはいえ、未だ身体能力の全てはオッタルが遥かに凌駕している。

 力も、耐久力も速さすら。

 シロが先程までオッタルと対等に渡り合えているかのように見えていたのは、神との契約によって得るスキルとは別種である、霊基に刻まれたスキルにまで至った膨大な経験から得た【心眼】の力と、様々な要因から本物へと至った贋作である双剣(宝具)の力ゆえ。

 単純なぶつかり合いでは直ぐにシロが押し負けてしまう筈であった。

 それが覆ったのは、それもまたシロの力故に。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 単純であるが、そこに至るまで大小様々な布石を打ち、必殺のここにまで至った。

 逃げ場を失えば、オッタルは確実に攻めてくる。

 だが、何処まで強くなろうとも、四方から迫る内のどちらか一方しか対応は出来ない。

 そうなれば、残った方の斬撃がオッタルを下す。

 シロの予想では、ここで詰みであった筈であった。

 だが、それをオッタルはその身体をもってして覆した。

 【獣化】。

 幾つかのデメリットはあるが、それを補って余る耐久や力、速さなど肉体的能力を爆発的に増加させる獣人の奥の手。

 その力は凄まじく、レベルを上げた強さにも匹敵しかねない。

 それをオッタル(レベル7)が使う。

 想像を越える力は、シロの読みを確かに覆した。

 アダマンタイトすら砕く拳は、(しか)と強化された双剣を受け止めてみせていた。

 無視した四方からの双剣の投擲は、鋼鉄すら遥かに凌ぐ肉体が耐えてみせた。

 確実な死を、その肉体のみで凌いでみせた。

 しかし、代償もまた大きかった。

 桁違いに引き上げられた耐久力を持つ肉体だが、双剣は皮膚を切り裂きその金属染みた肉体すら貫いた。

 だが、致命傷には届かなかった。

 刃は肉で留まり、骨や内蔵にまでは届いてはいないが、それでも重症は間違いない。

 シロが振るう大剣へと強化された双剣を受け止める拳も、半ば押し斬られ無理矢理力で押さえ込んでいる状態でしかなかった。

 両者ともに限界であり。

 ここでも薄氷を踏むかの如く状況となっていた。

 その微妙な均衡を保つ天秤は、刹那の後どちらにも傾きかねない。

 そしてこの均衡は、長くは続かない。

 数秒処か、瞬く間にそれはどちらかに傾くだろう。

 シロかオッタルか。

 天秤の両皿に乗せられた二人()

 その結果は―――

 

 

 

「GAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaSィィイイイイRォオオオオオオッッ!!!!」

「オオオオオオオオオオオッタルルゥウウウウウウウッッ!!!!」

 

  

 

 ダンジョンが崩れる(天秤が砕ける)という結果となった。

 

 

 

「「――――――――――――ッッッ!!!??」」

 

 

 オッタルとシロを中心に、ぽっかりと巨大な穴が出現した。

 開かれた穴の奥には一欠片の光も見えず、一体何処まで続いているのか見当もつかない。

 半径20Mをも越えるだろうその巨大な穴は、大量の瓦礫と共に二人を闇の奥へと引き込もうとする。

 硬く厚い筈の岩盤が、シロとオッタルとの常識外のぶつかり合いにより限界を越えたのだろう。

 それはまるで、ダンジョンが二人の戦いに耐えきれず、無理矢理排除しようとするかのような光景であった。

 地面ごと強制的に分かたれた二人は、崩れ落ちる地面だった瓦礫を蹴りつけ穴から脱出しようと試みるも、まるでそれを妨害するかのように天井から幾つもの瓦礫が雨の様に降り落ちてきていた。

 それが何らかの罠であったのなら、二人とも陥ることはなかっただろうが、綱渡り染みたギリギリの戦いの最中、踏み締めるための足場自体が崩れ落ちるという意識外の事態に、流石の二人も逃げ出すことは出来なかった。

 崩れ落ちる足場。

 何の前触れもなく中空に放り出された二人の身体は、降りしきる瓦礫の山と共に消えていき、既に大通路に残った【ロキ・ファミリア】の団員たちの目には捕らえられない。

 何が起こったのか把握することが出来ず、ただ見ているしかできないでいた彼等の前では、二人が落ちていった穴が見る間に塞がっていく。

 

「――――――ッ―――シロさんっ!!?」

 

 目の前の光景が理解できず、目を見開くだけで微動だにしなかったレフィーヤが、目に見える速度で小さくなっていく穴に気付くや否や、咄嗟に駆け出そうと伏せていた身体を起き上がらせた。

 手を伸ばし、最早数M程までの小ささにまで塞がってしまった穴へと震える身体を押して立ち上がる。

 

「馬鹿者が―――っ」

 

 その姿に気付いたガレスが舌打ちをしながら止めようと手を伸ばすが、レフィーヤが駆け出した時には既に穴は塞がってしまっていた。

 駆け出した勢いのまま、塞がった穴の中心に辿り着くレフィーヤ。

 先程まで繰り広げられていた、まるで神話の戦いのような戦場の中心で暫く立ち尽くしていたレフィーヤは、そのまま力尽きたかのように膝を折ると、塞がってしまった地面に手を着いた。

 

「シロ、さん」

 

 手を着いた地面に語りかけるかのように呟く。

 

「シロさんっ―――シロさんっ!」

 

 地面に爪を立て穴を掘るように手を動かすが、固い岩肌染みた地面は余りにも硬く、あっという間にその白魚のような指や爪が割れて血に染まってしまう。

 

「っ―――やめんかッ!!!」

 

 後ろからガレスが地面から引き剥がすように狂ったように穴を掘ろうとするその身体を引き上げるが、構わずレフィーヤは地面へと手を伸ばしたまま叫び続けていた。

 

 

 

「シロさんっ! シロさんッ!!」

 

 

 

 レフィーヤの悲痛な叫びに応える者はおらず。

 

 

 

「―――シロさんッッ!!!」

 

 

 

 ただ静まり返った大通路の中を虚しく響き渡るだけであった。

 

 

 

 

 

 

 




 感想ご指摘お待ちしています。
 
 次はエピローグとなりますが、その次はこの物語の設定を載せようと思っています。
 主人公の設定と、Fate世界とダンまち世界の強さの設定です。
 私は初期の初期からFateをやっていましたので(初めてやったPCゲームがFate~CD版とマブラヴ~CD版でした)どうしてもFateを優遇してしまいますので、その点はすみません。
 それでも出来るだけ変にならなよう注意しようと思っています。

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