たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第五話 疑問

 ベル・クラネル

 

 Lv.1

 

 力:I82→H130

 

 耐久:I13→I95

 

 器用:I96→H145

 

 敏捷:H172→G262

 

 魔力:I0

 

 《魔法》

 

 【 】

 

 《スキル》

 

 【 】

 

 

 

 

 

「「「………………………………」」」

 

 すっかり日が落ちた、多くのオラリオの街の住民の多くが夕食を食べ騒いでいる頃、とある教会の隠し部屋は、恐ろしいまでの沈黙が満ちていた。

 教会の隠し部屋の中にいる者達の視線の先には、とある人物の【ステイタス】が記された用紙が一枚。

 それに記載された内容は、あまりにも馬鹿げていたものであった。

 

「―――え、っと……神様。も、もしかして書き間違えちゃったとか?」

 

 恐る恐ると言った様子で、ベルが神様―――ヘスティアが持つ用紙を指差しながら問いかける。

 

「間違えちゃいないよ。これは本当にベル君の【ステイタス】だよ。それとも何だい? 君はボクが読み書きも出来ないとでも思って―――」

「熟練度上昇トータル260オーバーか……これはまた、随分な成長だな」

 

 用紙にベルの【ステイタス】を書いていた頃から何かイラついた雰囲気を漂わせていたヘスティアは、ベルの言葉にむっ、と頬を膨れさせると、噛み付くように文句を言おうとしたが、シロの感心したような声がそれを抑え込んだ。

 

「あ、え、で、でも。これは、ちょっと有り得ない数字だと……思って……」

 

 ヘスティアとシロの間で視線を巡らせていたベルだったが、最終的に【ステイタス】が記された用紙に視線を向け、ぼそぼそと口の中で呟きながら首を捻った。ヘスティアは、そんなベルから手に持つ用紙を隠すようにして胸の下で腕を組んだ。視線が用紙から胸へと移ったことで顔を赤くして慌て出すベルを、ヘスティアは何故ベルが慌てているのか分からないまま、睨みつけていた。

 シロはそんな様子を苦笑しながら見ていたが、スッと二人から視線を逸らすと、考えを巡らすように鷹のように鋭い目を細めた。

 

(想像以上だ。【憧憬一途(リアリス・フレーぜ)】か……ここまで伸びるとは流石に予想できなかったな。しかし、『耐久』と『敏捷』の伸びが大きいのは、やはりダンジョンを出た後に少しばかり俺が稽古をつけてやったせいか?)

 

 ダンジョンではゴブリンの攻撃を一度しかもらわなかったため、シロは『耐久』上昇を目的とした稽古をベルにつけてやったのだ。稽古の内容はシロの攻撃をベルが避け続けるという簡単なものであった。が、ベルがシロの攻撃を完璧に避ける事は結局最後まで出来ず、僅か十数分程度の稽古が終わった後、そこにはベルの屍が転がっていた……。

 

「ベル、戸惑うのは無理はないが、事実は事実だ。素直に受け止めておけ。別に悪いことでもない。まあ、成長期とでも思っておけばいい」

「せ、成長期って……【ステイタス】に成長期なんてあるんですか?」

 

 戸惑うベルにシロは肩をすくませると、半眼に頬を膨らませ態度で不機嫌であることを示しているヘスティアの背中を小突いた。ヘスティアは「ぶ~」と頬袋から空気を抜くと、唇を尖らせそっぽを向いた。

 

「ふ~んっ! だ。知らないやいそんな事。実際こんなに成長しているんだからあるんじゃないのかいっ!?」

 

 そっぽを向いたまま「ぎゃ~」とばかりに怒り混じりの声を上げるヘスティアに、やれやれと苦笑を浮かべたシロは、おろおろとするベルの頭に手を置くと、乱暴に撫で始めた。

 

「わっ?! わわっ! し、シロさん?」

「確かに戸惑うのはわかるが、【ステイタス】が上がるのはいい事だ。ここは素直に喜んでおけ。折角今から『豊穣の女主人』亭に行くんだ。もしかしたら憧れのヴァレンシュタインと会えるかもしれないのだぞ。強くなったお前でも見せつけてやれ」

「しっ、シロさんっ! そ、そんなっ、ぼ、僕なんてまだ―――」

「ヘスティアもいつまでむくれている。さっさと準備しろ。今日はベルが張り切ってくれたお陰で懐も暖かい。久しぶりに外食に行くぞ」

「うう~っ! で、でもねシロくん」

「何だ? 折角の外食だというのに、ヘスティアは一人寂しく夕食を取りたいのか?」

 

 シロの言葉に暫らく拳をブルブルと震わせながら俯いていたヘスティアだったが、ばっ、と勢い良く顔を上げるとシロに指を突きつけた。

 

「わっ、わかったよ! もうっ! そんなに虐めないでもいいじゃないかっ! シロくんのば~かっ!」

 

 ダンダンっ、と床を何度も踏みながらシロを罵倒したヘスティアは、そのまま背中を向けるとズンズンと足音を鳴らし部屋の奥にあるクローゼットへと向かった。ヘスティアは中から特注の外套(コート)を取り出し素早く着込むと、中からもう一つ黒い外套(コート)を取り出した。ヘスティアは数秒程手に持った黒い外套(コート)を見つめていたが、顔を向けないまま手に持ったコートをシロへと差し出した。

 

「ほ、ほら、シロくんもさっさと着たらどうだい」

「―――ああ」

 

 口元を笑みの形にしたシロがヘスティアからコートを受け取る。むくれたままそっぽを向いたヘスティアは、シロがコートを受け取ると、そのままベルたちに顔を向けずにドアへと向かって歩き始めた。シロとベルはそんなヘスティアの背中を見つめ、その背中が勢い良く閉まるドアの向こうへと消えると、互いに顔を見合わせ困ったような笑みを交わしあった。

 

「―――さて、それでは俺たちも行くか」

「あ、は、はいっ」

 

 未だ衝撃による振動が止まらないドアへと歩いていくシロを、ベルが慌てて追いかけようとした時であった。

 

「ん?」

 

 足元からカサリという音が聞こえてきたのは。

 足を止めたベルが音が聞こえてきた方向―――足元へと視線を向ける。

 

「これって」

 

 身体を屈め、つま先の前に落ちていた一枚の紙をベルは拾う。

 拾った紙に視線を落としたベルは、そこに書かれていたものを見てそれが何か直ぐに理解すると、テーブルの上に置こうとした、が。

 

「―――あれ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「かんぱ~いっ!!」」」

 

 すっかり日が沈み、夜の帳が落ちたオラリオの街の中。仕事を終えた労働者とダンジョンから戻ってきた冒険者達の声が響く商店街の一角。酒場を中心としたそこに、『豊穣の女主人』亭はあった。周りにある他の商店と同じ石造りのそこは、二階建てのやけに奥行のある建物であった。店の大きさで言うならば、酒場の中では一番大きなお店だろう大きさがある。

 『豊穣の女主人』亭は、入口脇にカフェテラスが設けられおり、内装もシックな装いであり、こじゃれてはいるが、それでも酒場としての雰囲気はきちんと感じられた。その理由は、カウンターの中には、恰幅の良いドワーフの女性が、豪快な笑い声を上げながら明らかに個人では消費しきれないだろう量の料理をカウンターに一人座る客に振舞う女将と思われる女性が醸し出す雰囲気故だろう。女将と思われる女性の他には、厨房で料理を作るものや店内をくるくると踊るように回っている少女達の姿がある。少女たちは、猫耳をはやした獣人のキャットピープルやヒューマン、それと珍しいことに酒場で働くとは到底プライドが許さないであろう筈のエルフの姿もあった。

 『豊穣の女主人』亭と銘打たれている通り、その酒場は色々と実っていた。

 この酒場で働くウエイトレスは誰もが若く美しく(女将という例外はあるが)明るかった。客層がほぼ男性冒険者であることから、彼らの狙いは彼女たちであると思われるが、鼻を伸ばすだけで誰もウエイトレスにちょっかいを出そうとしない。時折、不自然な動きでウエイトレスの尻へと手を伸ばそうとする男はいたが、男の手が少女たちの臀部に届く前に、女将の鋭い睨み付けにより断念する姿が見受けられた。ウエイトレスも慣れているのか、女将の牽制も必要なく、自分の力だけで軽く客をあしらっている者もいた。

 ともあれ、結構な繁盛を見せる店の中、シロとベル、そしてヘスティアの三人は、酒場の一番奥の席、一番目立たない位置にあるテーブルに座っていた。テーブルの上には、三人でも食べきれるかどうかわからない程の量の料理が所狭しと並べられていた。

 三人は―――正確には二人と一柱は、テーブルの中央付近で打ち合わせた醸造酒(エール)を一気に飲み干した。

 

「「―――っぷっはぁああっ!!」」

 

 ドンドン、とテーブルに空になった蒸留酒(エール)が入っていたコップを叩きつけると、ベルとヘスティアは猛然と山と盛られた料理に手をつけ始めた。

 

「んぐんぐ―――んんっ! シロくんが選んだから心配してなかったけど、これは確かに美味しいねっ! それに見た目もいい感じじゃないかっ!」

「はいっ!! ……でも、その分値段の方もいい感じです、ね」

 

 パスタをもぐもぐと食べていたベルが、先程値段を聞いた時の事を思い出し少しばかり口元を引きつらせた。

 

「あまり気にするな、と言いたいが、まあ、心配するな。今日ぐらいは、好きに飲み食いしても問題はないくらいには懐が暖かい。これもお前が頑張ってくれたおかげだ。ほら、遠慮するな」

 

 シロがパスタ(一番安い料理)ばかり食べていたベルに、大盛りの肉が乗った皿を差し出す。ベルは逡巡する様子を見せたが、直ぐに手を伸ばし受け取った。

 

「シルもまだ【ロキ・ファミリア】は来ていないと言っていただろう。今のうちから緊張していても仕方がないぞ」

 

 皿を受け取る瞬間、シロがベルの耳元で囁く。ベルは一瞬ピタリと動きを止め小さく頷くと、そそくさと席に座った。

 『豊穣の女主人』亭に着くと、シロは入店すると直ぐに駆け寄ってきたシルに【ロキ・ファミリア】について尋ねた際、シルは首を振り「まだです」と応えていた。その後突然シロに飛びついてきたキャットピープルの少女とヘスティアの間で一騒動が起きたりしたが、シロたちはそのまま予定通り『豊穣の女主人』亭で食事を取ることになった。

 サービスか、それともこのお店では普通なのか、山と盛られた料理を相手に、暫らく格闘していたヘスティアたちだったが、三分の一程まで料理が減ると、小休止とばかりに頼んだお酒を片手に会話を始めた。内容はたわいのない話ばかり。最近どこそこで安い出店を見つけたやら、バイト先でちょっと失敗したとかなどであった。そして腹も大分こなれて、最後のスパートでも掛けようかという時であった。

 ベルがふと声を上げた。

 

「そう言えば、神様に聞きたい事があったんですが」

「ん? 何だいベルくん」

 

 甘いジュースに近いワインが入ったコップを両手で持ってくぴくぴと飲んでいたヘスティアは、口からコップを外した。

 

「シロさんの【ステイタス】の事なんですが」

「シロくんがどうかしたのかい?」

「俺の【ステイタス】がどうかしたか?」

 

 シロとヘスティア両方の視線を受けたベルは、首を傾げて。

 

「えっと、正確には【ステイタス】と言うよりもシロさんの【魔力】の事なんですけど……」

「……俺の【魔力】がどうかしたか」

 

 シロが訝しげに眉をひそめると、ベルは腕を組みますます深く首を傾げた。

 

「僕が【ファミリア】に入った時に、シロさんが【ステイタス】について説明してくれた際、シロさんの【ステイタス】を見せてくれたじゃないですか」

「ああ」

「それがどうかしたのかい?」

 

 両手にワインがはいったコップを持ったまま、ヘスティアが戸惑ったような声を上げる。シロはコップから手を離すと、改めた様子でベルを見ていた。

 ベルはヘスティアとシロを交互に見ると、苦悩するように眉間に皺を寄せた。 

 

「その時見たシロさんの『魔力』は確かI40だった筈です。でも、今日更新したシロさんの『魔力』はI70でした」

「えっと、そう、だったかな?」

「…………」

 

 宙に視線をやって記憶を探っていた神様がぎこちなく頷くのを横目で見た後、納得いかないとばかりに顔を疑問で満たす。

 すっかり忘れていた。

 【ファミリア】に入って直ぐ、シロさんから【ステイタス】について教えられた際、シロさんは自分の『ステイタス』が写された紙を教材にして僕に色々と教えてくれた。あの時は『ステイタス』について良くわからなかったから疑問に思わなかったけど、今はそうじゃない。だからこそ、今日拾ったシロさんの『ステイタス』が書かれた紙を見て、直ぐにその異常性に気付いた。

 

「神様」

「な、何かな?」

「【ステイタス】を上げるには、該当する項目を使用しなくちゃ上がらないんですよね。『耐久』なら攻撃を受けたり、『敏捷』だと攻撃を避けたり逃げたりとか」

「そうだね」

 

 うん、と頷くヘスティア。

 そう、基本アビリティである『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』のこれら五つは、それらに該当する項目を機能させなければ成長することはない。『耐久』なら敵の攻撃を防御したり、『敏捷』なら攻撃を避けたり逃げたり、『力』なら何か重いものを持ち上げたりとか―――そして、『魔力』ならやはり『魔法』を使用する、筈なのだけど。

 だけど、シロさんは―――。

 

「じゃあ、『魔法』が使えないシロさんの『魔力』が、何で上がっているんですか?」

 

 前に見たシロさんの【ステイタス】、そして今日見たシロの【ステイタス】。どちらにも一つしかない『魔法』のスロットに使用できる魔法は書かれていなかった。

 シロさんの【ステイタス】に刻まれた『魔法』のスロットは僕と同じく一つ。そして、以前見た時と、今日偶然見たシロさんの『魔法』のスロットには何も書かれてはいない。つまり、シロさんは魔法は使えない。その、筈なのに、何故かシロさんの『魔力』は上がっていた。僕が知る限り、シロさんが何か魔法を使ったとかいう話しは聞いたこといない。

 

「……それ、は……」

 

 更に言えば、シロさんは『スキル』もない。

 ……僕と同じように。

 もしかしたら何か特別な『スキル』に目覚めていて、それを使用したことで『魔力』が上がったのでは、とか思ったけど、そんな事はなかった。

 

 ヘスティアの身体がピシリと一瞬凍りついていた。ベルはそれに気付くことなく、ヘスティアに問いかけ続ける。一度溢れた疑問は、更なる疑問を生み、ベルはまくし立てるようにヘスティアに質問を投げかけた。

 

「どうして『魔法』が使えない筈のシロさんの『魔力』の熟練度が上がってるんですか? それにそもそも『魔法』が使えないってことは、僕と同じようにH0じゃないんですか? もしかして、『魔法』が使えなくても、『魔力』を上げる方法とかあるんですか?」

「うっ、そ、それは」

「それに―――」

「―――ベル」

 

 顔を俯かせ、逃げるように小さく縮こまるヘスティアに、テーブルにのり上がるようにして質問を続けようとしたベルの声に被せるようにして、シロの鋭い声音が響く。初めて聞くシロの声色に、ベルの口だけでなく身体も止まった。直ぐにヘスティアの様子に気が付いたベルが、後悔に顔を歪め、恐る恐るといった様子でシロに顔を向けた。

 何を言うまでもなく反省しているベルに、シロは一瞬何と言おうか迷いながらも口を開けた時であった。

 

 

 

「お~いっ! 女将っ! 来たでェ~っ!」

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】がやって来たのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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