たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第六話 現れたる英雄

「―――来るぞッ!!」

 

 フィンの声に合わせるかのように、5つの影が襲いかかってくる。

 一塊にではなく、それぞれバラバラに別れるように襲いかかってくる彼らに対し、考える暇のなかったフィンは、殆ど反射的な―――本能的とでも言うべきか、判断で団員達に指示を出した。

 

「ガレスとティオナはあのデカイのをやれっ! アイズとベートは剣士をっ! リヴェリアはサポーターと組んで細いのをっ! レフィーヤは椿とあの東方風の剣士をっ! ティオネは僕とあの槍兵をやるぞッ!!」

「応ッ!!」

「はいっ!」

「了解っ!!」

 

 フィンの指示に従い、自分が相対する敵へと向かって駆け出す。

 フィンもまた、自分が戦うべき敵へと向かって走り出そうとするが、後方で転がったまま動かないシロの姿を視界の端で確認すると、リヴェリアへと合流するため走っていたサポーターの一人に指示を出した。

 

「ナルヴィはシロの下へ行けっ!」

「えっ―――っはいっ!!」

 

 フィンの新たな指示に慌てて足を止めた結果、前へと転がりそうになるも、何とか態勢を整えることが出来たナルヴィは、急いで向かう先を変更し地面へと倒れ込んだままのシロの下へと走り出した。

 自分の指示に従ってシロへと駆け寄るナルヴィの後ろ姿を確認することなく。指示を出した後、直ぐに自分の選んだ敵へと視線を向けたフィンの前には、既にティオネと戦闘に入った槍兵の姿があった。

 

「ッ―――ちょっ、と!? こい―――つッ!!??」

 

 接敵した槍兵に対し、レベル6に至ったその人外の身体能力を持ってティオネが斧槍(ハルバード)を振り回す。

 まともに食らわずとも、かするだけでも身を削りかねないその破壊力。

 受けるは敵わず避けるも難し、その暴風の如き攻勢は、しかし掠りもしない。

 降り下ろし、振り上げ、袈裟斬り、突き―――秒の間に振るわれる無数の斬撃。

 深層のモンスターであっても粉微塵に砕き潰す連撃だが、槍兵はその悉くを避わしてのける。 

 それも大袈裟に避けるではなく。

 ダメージを食らわないギリギリを見極めた無駄を省いた回避のそれは、人の技術のそれと言うよりも――――――

 

『ッアアアアアアア』

「―――ッ!?」

 

 ――――――獣ッ!!?

 

 一瞬の隙とも言えない攻撃と攻撃の境に出来た僅かな間隙。

 それを見逃すことなくティオネへと黒い槍先が襲いかかる。

 その攻めては、回避の際に感じた獣染みたそれと同様。

 まるで獣が牙を向いて飛びかかってきたかのような、人との相対に感じるそれよりも重く鋭いものであった。

 

「ヅ―――!?」

 

 あまりにも鋭く速いその一撃が、咄嗟に前に掲げた斧槍(ハルバード)へと突き立てられる。槍から受けた衝撃は予想のそれよりも遥かに強く、ティオネはその場に止まることが出来ず後ろへと吹き飛ばされてしまう。

 強制的に浮かされる身体。

 ()()()()()()()()()()()()()()と気付いた時には既に遅く。

 地をはうような低い姿勢で既に槍を構えていた槍兵の姿に、ティオネの背筋に脳裏を冷たい死の感触が撫でた。

 

「やらせないッ!!」

 

 しかし、それは形になる前にティオネの背後から姿を現したフィンの槍の一撃を持って防がれることとなった。

 両手に掴んだ銀の槍(不壊属性の槍)金の槍(自身の愛槍)を持って殆ど不意打ちの勢いでもって槍兵へと襲いかかったフィンであったが、自身の振るった槍の悉くが一つとして虚を突いた筈の槍兵の身体に掠りもしなかったことに、口許を僅かにヒクつかせながらも、背後へと飛びすさって改めて距離を取る。

 

「団長っ!」

「油断するなっ! 甘くはないぞっ!!」

 

 色々な歓喜の感情を含ませたティオネの声に対し、フィンは顔を向けることなく黒い槍兵らしき敵へと鋭い視線を向けていた。

 甘くない―――どころではない。

 フィンは盛大に舌打ちを鳴らしたい気持ちを、その絶大な意思力を持って噛み潰しながら改めて眼前の黒い槍兵を見る。

 180Cぐらいだろうその身体は、その全てを黒い泥でできているかのように黒く塗りつぶされている。服や顔立ち、武器ですらも黒いナニかで出来ているため、その詳細は全くわからない。

 だが、あの一瞬の相対でわかったこともある。

 それはこれ(・・)が人間を模していること。

 使用している武器らしきものは、棒ではなくやはり槍であること。

 そして明らかに術理をもってその槍を振るっていること。

 だが何より――――――

 

「速―――ガッ!!」

 

 速く、そして何よりも強かった。

 

「団長っ!? ――――――ッてめぇっなに団長に手ぇだしてやがんだぁッ!!」

 

 注視していたのも関わらず、反応が遅れた。

 胸部中心より僅かに左寄り。

 心臓を狙ったその一撃は、反射的に持ち上げた銀の槍の柄に当たり防ぐことが出来た。

 狙ってやったものではない。

 偶然上げた場所に黒い槍兵の振るった穂先が当たっただけ。

 刃が身体を突き破ることは防げたが、押し込まれた自分が持つ槍が身体に突き込むのは止められなかった。

 内臓を押し上げる衝撃にえずきながら吹き飛ばされるフィンの姿を目にしたティオネが、言葉を荒々しく崩しながら追い討ちをかけようとする黒い槍兵へと襲いかかる。

 吹き飛ぶフィンへと追い討ちをかけようと目の前を通り過ぎ行く黒い槍兵へ対し、斧槍(ハルバード)を全力をもって降り下ろす。

 止まって避けるか、止まって受けるか、それとも後ろへと飛び退くのか。

 

 構わない―――どれであっても全て叩き潰すッ

 

 斧槍(ハルバード)の柄を握りつぶす勢いでもって降り下ろすティオナの前で、黒い槍兵は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!!??」

 

 更に速く、鋭くとでも言うかのように、ティオネの目の前で一瞬その姿がブレたと思った時には既に降り下ろした斧槍(ハルバード)は大地を深く砕くも対象の姿はそこにはなく。

 つまりそれは―――

 

「団長っ!?」

「冷静に対応しろっ!! 闇雲にやれば喰われるぞっ!!?」

 

 ティオネの悲鳴染みた声に、何とかといった様子ではあるが、槍兵と二つの槍を使って渡り合っていたフィンが、忠告の声を上げる。

 しかしその声は枯れており、焦燥が色濃く感じられた。

 その様子にティオネは身体と心を焼く感情の炎を、熱を持つ息と共に吐き出すと、小さく頭を振って武器を構え直す。

 

「っふ――――――頼りにさせてもらうよ」

「っっっ―――はいっ!!」

 

 一瞬で気を整えたティオネの姿に頼もしさを感じ、相対する槍兵に対する警戒と緊張はそのままに、フィンが口許に笑みを浮かべながら声を上げると、ティオネのハートマークが飛び交っているように感じるほどの声音が応じた。 

 目にハートマークが浮かんでいるかのように見えた様子だったティオネだったが、瞬きを一つする間にその目を戦士のそれへと変えると、フィンと黒い槍兵を挟み込む位置へと移動した。

 背後に着かれた事に警戒してか、フィンを攻める手を黒い槍兵は一旦収めた。そして、ゆっくりと摺り足で後ずさるようにしてフィンとティオネを同時に視界へと納められる位置へと移動した。

 改めて相対する黒い槍兵とフィンとティオネ。

 激しい攻防の間に出来た凪のようなその隙で、槍兵に対する警戒と共に、フィンは周囲の様子を伺った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ―――のっ?!」

「ヅっ―――ッの野郎ッ!!?」

 

 5体の影の中でも一番小さな―――小柄と言ってもいい相手へと対峙したベートとアイズの二人は、共に近接戦闘型であり、手数と速度を生かした似たような戦闘スタイルであった。

 互いにレベル6であり、単独でも超級の戦闘力を持つ二人ではあったが、共同しての戦闘もそれなりの数があったことからも、互いの力を削ぐようなへまをすることはなく、フィンの指示に従い組んだ二人の連携には隙はなかった。

 だが―――

 

『―――ハアアアアアッ!!』

「ヅ―――っ!!?」

「ガッ―――ァ?!」

 

 隙とも言えない二人の連携に生じた僅かな間隙。

 そこへ黒い剣士の一撃が降り下ろされた。

 咄嗟の判断で受け止めるのではなく躱すことを同時に選んだ二人であったが、空間を抉るような勢いをもって降り下ろされるその漆黒に染まった長剣の一撃は、ベートとアイズの予想を越え速く―――何よりも重かった。

 二人の間を通り抜けるように降り下ろされた剣をぎりぎりに避わしてのけるも、反撃に移ろうとする意識に被せるように生じた()()()()()()()()()()()が襲いかかる。

 不可視の衝撃は二人の内蔵を殴り付け、肺の空気を無理矢理押し出しながら身体を吹き飛ばす。

 

「っ、舐めんじゃねぇっ!!」

 

 だが、意識と内蔵を揺らされながらも、吹き飛ぶ最中で態勢を整え足から地面へと下りたベートが、咆哮と共に黒い剣士へと襲いかかる。

 吹き飛ばされながらも、魔剣を銀靴(フロスヴィルト)へ充填していたベートは、炎を纏ったその蹴撃を黒い剣士へと叩き込まんとする。

 地面を抉るその足による加速により、既に身体は地面から離れベートは宙を駆け抜ける。銀靴(フロスヴィルト)が纏った炎が空中に線を描く。

 その行く先には長剣を構えた黒い剣士の姿が。

 

「ぶっ飛びやがれぇえええええッ!!」

 

 弾丸と化したベートの敵へと突き刺し燃やし尽くさんとする業火を纏う銀靴(フロスヴィルト)が、上級冒険者でも黙視が難しい程の速度で、文字通り飛ぶ勢いでもって瞬く間に黒い剣士の眼前へと迫る。

 その一撃は深層のモンスターですら一撃で砕きうる力を秘めた一撃。

 単純な破壊力では魔導師の長文詠唱による魔法にも匹敵しかねない一撃である。

 

『―――アアアアアアアアアッ!!』

 

 対し、黒い剣士は両手に持つ漆黒の長剣を大上段に構えたそれを降り下ろす事で応えた。

 振り上げ、降り下ろす。

 単純極まりないそれは、炎も風も、水も雷も何もかも纏っていない単純な上段からの降り下ろし。

 だがそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、非常識極まりない一撃へと変わる。

 

「ッが、アアアアアッ!?!」

 

 炎の弾丸と化した筈のベートを、黒い剣士が地面へと叩き落とした。

 無理矢理力技で進行方向を下へと変更されたベートにより、地面は燃やし砕かれ大きく陥没した。

 地面へと叩き落とされたベートを中心に広がるクレーター。

 その中央で地面の中に埋まったベートの意識は揺れてはいたが消えてはいなかった。

 しかし、受けた衝撃は大きく。

 立ち上がる処か指一本すら動かすことが難しい状態であった。

 

「っ――――――ぁ」

 

 無理矢理口を開き、息を―――酸素を肺へと送る。

 肉体が抗議を上げるように全身から悲鳴染みた痛みが走るが、ベートはそれを無視する。

 と、同時に身体の状態を確認した。

 

(―――痛みは酷ぇが折れてはいねぇ。罅は確実だが支障はない―――が)

 

 一見してベートが一方的に打ち負けたように見えるが、だが、そうではなかった。

 確かにベートの受けたダメージの方が遥かに大きい。

 しかし、黒い剣士の方もまた、無傷ではなかった。

 深層の大型のモンスターすら葬り去るだろう一撃である。

 打ち勝ったとしても対峙した際の衝撃は計り知れない。

 それを物語るように、黒い剣士は足下にいる身動きが出来ないでいるベートへの止めを刺すことなく身を苛んでいるであろう衝撃が身体から抜けるのを待つように動かないでいた。

 これが一対一の戦いならば、軍配は黒い剣士へと上がったであろうが、これはそうではない。

 そしてこんな隙を見逃すような者はこの場にいる筈がなかった。

 

「はあああああああああああああああっ!!」

『――――――ッッ!!?』

 

 身体から衝撃が抜けるのを待っていた黒い剣士へと、風を纏い弾丸と化したアイズが襲いかかる。 

 その二発目の弾丸は、流石に打ち落とすことは不可能であった。

 しかし、それでも黒い剣士は持ち上げた長剣を盾として、アイズの愛剣(デスペレード)を受け止めた。

 ベートの蹴撃を受けたダメージが抜けていない筈なのに、黒い剣士はアイズの一撃を確と受け止め踏み止まる。

 その事実に目を疑ったアイズだが、直ぐに気を気を取り直すと共に咆哮を上げた。

 

「ああああああああああああああぁぁぁッ!!?」

『ッグ?!!』

 

 咆哮と共に出力を上げたことから、身に纏う暴風のそれは最早削岩機の如き威力をもって周囲を削り吹き飛ばす。

 その力は凄まじく、流石の黒い剣士もその場に止まることは出来ず強風に吹かれる木の葉のように吹き飛ばされてしまう。

 

「っは―――これ、なら」

「っが、そ―――油断すんなアイズっ!!」

 

 地面を削り大量の土煙を上げながら吹き飛んでいった黒い剣士の姿と手に残る確かな手応えにより、アイズの口から荒い呼吸と共に喜色の混じった声が漏れる。

 だが、そんなアイズに対し、先ほどの嵐の如き一撃に巻き込まれたのか、地面へと叩きつけられていた位置から随分と離れた場所で身体を起こしていたベートの叱咤の声が飛んだ。

 

「ベートさ―――っ!?」

 

 その通りだと。

 ベートの声に咄嗟に振り返ろうとしていたアイズの目に、立ち上る土煙を吹き飛ばしながら迫り来る黒い剣士の姿が映った。

 慌てて剣を構えるが、既に黒い剣士は目の前で長剣を上段に振りかぶっている。

 その動きからはダメージを受けている様子は見られない。

 迎撃の体勢が整っていないアイズに向かって、剣が降り下ろされる。

 その間際―――

 

「ぼっとしてんじゃねぇっ!!」

 

 横から飛びかかってきたベートの炎を纏った銀靴(フロスヴィルト)の一撃が今度は迎撃されることなく黒い剣士の脇腹を抉った。

 爆発音と爆炎と共に吹き飛んだ黒い剣士は、しかし地面を削り長く深い二つの線を大地に刻みながらも倒れることはなかった。

 ベートの魔剣を充填した銀靴(フロスヴィルト)による一撃を食らってなお立ち続けるその姿に、アイズは爆炎と爆風に煽られ目の前に垂れた金の髪に隠された金瞳を動揺に震わせた。

 

「びびってんじゃねえぞアイズっ!! 確実にダメージは入っているッ!!」

「―――っ!!」

 

 敏感にアイズの動揺を感じ取ったのか、ベートが叱咤の声を上げる。

 その声にはっ、と気を取り直し改めて黒い剣士を見直したアイズの目が、黒い剣士の身体を構成している黒いナニかが僅かに溢れているのを見てとった。

 アイズは自身が弱気になっていたことを恥じるかのように一瞬だけ強く目を瞑り直ぐに目を開いた。

 その時にはもう、アイズの瞳には硬い意思が宿っており、剣を握る手にも力が込められていた。

 気を取り直したアイズの様子に、ベートは両手に不壊属性(デュランダル)の双剣を持つと、隣に来たアイズに対し視線を向けずに声を張り上げた。

 

「行くぞアイズッ!! とっとこいつをぶち殺すぞッ!!」

「はいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ――――――これは手前の手に余る相手だ」 

 

 【ロキ・ファミリア】ではなくともレベル5にまで至っている椿は、フィンの指示に戸惑うことも躊躇することもなく東方風の剣士へと向かって行った。

 東方風―――そう、フィンは口にしたが、身体処か服も武器ですら黒い泥のようなナニかで出来ているそれの詳細は全くわからない。

 しかし、その東方出身の冒険者が身に着けている着物を着たシルエットに良く似ていることから、咄嗟にフィンはそう口にしたのだろう。

 それを、椿は対峙しながら「正解だ」と内心で同意していた。

 それは接敵したことから相手を間近で見れたことからではなく、東方風の剣士が振るう武器を見て同意したものであった。

 それは長い―――剣と言うには余りにも長かった。 

 近くで見れば明らかである。 

 フィンが剣士と称したのは、遠目の上、更にこの東方風の剣士の武器の持ち方によって判断したのだろう。

 しかし黒一色で染まったそれは、何も知らない者が見ればただの長い棒だと勘違いしてしまうかもしれない。

 それほどにその東方風の剣士が持つ剣は長かった。

 

(―――いや、剣ではなく刀だったか)

 

 冒険者が主に使う剣とは違う、頼りなく感じてしまうほどに細く華奢に見える武器ではあるが、それが誤りだと椿は知っていた。

 刀と言う武器の恐ろしさは、自らも打ったことがあるからこそ、それこそ東方出身の冒険者よりも知っているかもしれない。

 頑強さや一撃の威力でいえば、刀は剣に劣っているかもしれないが、それを補って余りある力が刀にはある。

 それは―――

 

「―――っと、これ、は?!!」

 

 鍛冶師であるが、いや、だからこそレベル5にまで到達した椿の潜った修羅場は桁違いであった。

 自ら打ち上げた武器の試し切りのため、ダンジョンに挑んだ結果ではあるが、身に付けた技量や身体能力は他の上級冒険者に勝るとも劣らない。

 だが、何よりも戦ってきた相手の種類が違った。

 試し切りのため、時には水棲のモンスターを相手にするため態々海にまで挑んだ事があるほどである。

 しかし、今剣撃を交わすこの相手(東方風の剣士)は、そのどれとも違った。 

 これまでに戦ってきたのはモンスターだけでなく、時には人とも争った事がある。

 特に【暗黒期】と呼ばれたあの時代では、モンスターよりも人を斬った数の方が多かったかもしれない程に。

 そんな経験を元にしても――――――

 

「化け―――物かっ―――こい、つ!!?」

 

 今眼前で刀を振る東方風の剣士の技量(・・)は尋常ではなかった。

 

『―――――――――』

「っ、のっ?!」

 

 相手が東方風―――刀を使うと知った時、椿は用意した武器の中から選んだのは同じ刀であった。

 勿論相手の長すぎる刀身を持つ刀とは違う常識的な寸法の刀である。

 事前に用意していた武器はそれなりに数と種類はあったが、殆どが対モンスターを想定しており威力重視。つまりは一撃が重い代償に取り回しが悪かった。

 勿論椿はそうであっても上手く使える自身はあったが、これまでの経験からか東方風の剣士を見た瞬間選んだのは一撃の威力は低くとも軽く取り回しが良い刀の一振り。

 そしてそれは間違いではなかった。

 ただ一つ。

 

(っ――――――死??!!)

 

 相手の技量が想像の遥か先へとあったことであった。

 1秒の間に交わした十を越える斬撃。

 一つ受けた際に感じたのは軽さ―――少なくとも力では自身が上回っていること。

 二つ受けた際に感じたのは速さ―――特に切り返しの速さが尋常ではなく、また、その動きから速さでは相手が一枚上手であること。

 三つ受けた際に感じたのは絶望―――重さ速さといった話ではなく、それを使った技量の高さが自身とは比べ物にならないと言うこと。

 下手にこれまで幾つもの修羅場を潜り、鍛冶師として様々な冒険者を見てきたからこそわかる。

 こいつ(この東方風の剣士)の技量の底知れなさを。

 四つ受けた時には、既に追い詰められていた。

 五つ受けた際には、最早防戦一方。

 無理矢理力ずくで振り払おうとすれば、絶対に僅かな隙を見逃されずに斬り殺される。

 逃げようにも僅かでも意識を逸らせば受けきれない。

 六から九まで受けられたのはもう偶然と言うよりも奇跡であった。

 そしてそんな奇跡は長くは続かない。 

 十―――黒い刀の刃先が、自身の首に滑り込まんとするのを意識だけが伸びたような感覚の中、ただ動かない身体で見ていた椿が死を確信した時―――

 

「【アルクス・レイ】ッ!!」

 

 一条の極太の光の線が、椿に届かんとした死へと割り込んだ。

 

「椿さんッ!?」

「来るなっ!!」

 

 文字通りあと一瞬でも遅ければ、確実に椿は死んでいた。

 自分の首がまだ繋がっていることを確認するように片手で首を触っていた椿は、背後から駆け寄ろうとするレフィーヤに気付くと直ぐに制止した。

 慌てて立ち止まり戸惑った顔を向けるレフィーヤに、椿は背中を向けたまま盛大に土埃を上げる剣士がいた場所をその片眼にて睨み付けていた。

 

「先程は助かったっ!! が、まだ終わってはおらんっ!?」

「え?」

 

 レフィーヤの目には、東方風の剣士は自分が放った魔法に飲み込まれる様子が映っていた。

 避けられるタイミングでもなく、また逃げた姿は確認できなかった。

 故に、椿の言葉に疑問を抱いたが、レフィーヤは反論することも油断をすることもなかった。

 レフィーヤとて、今までに幾つもの修羅場を乗り越えてきたのである。

 自身の魔法を喰らって無傷であった者も経験している。

 だからこそ、椿の言葉に素直に従い、土埃が舞う場所を睨み付け警戒を怠らなかった。

 

 しかし―――

 

『――――――』

「え?」

 

 ―――それでも、それ(東方風の剣士)にとってはそんなもの(レフィーヤの警戒)は意味のないものであった。

 レフィーヤが気付けたのは、偶然か、それともこれまで潜り抜けた修羅場で磨かれた勘故か。

 ふと、本当に何となくといった感じでレフィーヤが顔を横に向けた時には、既にそれ(東方風の剣士)は刀を振りかぶっていた。

 

 逃走―――魔法の詠唱―――反撃――――――

 

 同時に幾つもの選択しが脳裏に浮かぶが、そのどれも行動に移すことは出来ないと、それも同時に感じていたレフィーヤが凍りついたように固まるなか。

 ただ呆けたような声を一言漏らし―――東方風の剣士が刀をレフィーヤの首に降り下ろ――――――

 

「させるかぁあああああっ!!」

 

 ―――す直前、椿が振り下ろした()()()()()から放たれた真空の鎌鼬が東方風の剣士を襲った。

 

「きゃあっ!?」

 

 剣士とレフィーヤの間に滑り込むように突き進む真空の刃。

 その不可視の斬撃により、レフィーヤは吹き飛ばされ地面をごろごろと転がってしまうが、死地の脱出に成功することができた。

 レフィーヤは先ほどの椿がそうしたように、地面に膝を着いたまま自身の首がまだ繋がっていることを確かめるように杖を持つ手とは逆の手で首筋を撫でながら顔を上げると、そこには椿の背中があった。

 

「さっそく借りは返させてもらったぞ」

「っは、はい。た、助かりました」

 

 慌てて立ち上がったレフィーヤに、顔を向けることなく東方風の剣士と対峙する椿が笑い混じりの声をかける。

 思わず反射的に頭を下げるレフィーヤに対し、椿はしかし、直ぐに硬い声で指示を出した。

 

「命拾いしたところだが、すまんがまたぞろ命を賭けてもらうぞ」

「え?」

 

 椿の背中越しにだらりと長い刀を片手に垂らした隙だらけにみえる格好で立つ東方風の剣士を見ていたレフィーヤは、その言葉にびくりと声を上げた。

 レフィーヤの戸惑いを背中に感じながら、油断なく東方風の剣士を動きに注視していた椿は、先ほどの刹那の攻防を思い出していた。

 

「単独であたれば直ぐに殺されるぞ。速度もそうだがなんだあの技量? 最早人の域を越えとるぞ。手前では足下にも及ばん」

「っ」

 

 自身より上―――レベル5の椿の敗北宣言とも言える言葉に、レフィーヤが思わず息を飲む。

 そして同時に先程間際まで感じた死の気配に身体を震わせる、が。

 

「だが、お主の魔法なら有効だ」

「え?」

 

 続いた椿の言葉により目を見開かせた。

 じっと敵を睨み付けている椿の視線を辿った先には、東方風の剣士の姿がある。

 だらりと片手に剣を持って立つその姿は、余裕すら感じられたが、同時にまた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そしてそれが間違いではないことが、東方風の剣士の身体から明らかに土や石とは違う黒いナニかの欠片が落ちたのを目にし、確信を抱く。

 

「何とか時間を稼ぐ。幸いにも耐久はそこまで高くはないようだ。とにかく数だ。ありったけの魔法を打ち込め」

「はいっ!!」

 

 決して倒せない敵ではない。

 その確信を胸に、椿の言葉に強く応じたレフィーヤが、手に握った杖を強く握りしめる。

 

「いい返事だっ!! それでは手前の命預けるぞっ!!」

 

 レフィーヤの声に応じるように、椿は口許に好戦的な笑みを浮かべると東方風の剣士へと向かって駆け出した。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ―――のぉおっ!!?」

 

 まるで蜘蛛の幽霊だと、怖気を感じながらいつの間にか目の前に来ていたその黒い痩身の男へとラウルは剣を振るった。

 人と言うよりも蜘蛛や蠍といった昆虫染みた動きをするその黒い痩身の男は、動きの奇っ怪さだけでなく。少し目を、気を逸らせば何時の間にか姿を見失ってしまうような気配の薄さがあった。

 もしも自分一人だけで相手をしていたのならば、直ぐに首でも切られて殺されてしまっていただろう。

 幸いにも、5人のサポーターの内一人を除いた4人に合わせ、副団長(リヴェリア)の5人で対しているため、例え自分が見失ったとしても他の者がサポートしてくれた。

 しかし、4人のレベル4に魔導師とはいえレベル6の副団長がいるにも関わらず、相対するこの黒い痩身の男(化け物)との戦いは拮抗が続いていた。

 幸い―――と言っていいのか、黒い痩身の男の動きの速さや隠密の能力は手に負えないが、力―――攻撃力といった点に限れば一撃を受ければお仕舞いと言うような理不尽な力は感じられなかった。

 しかしそれでも、黒い痩身の男の動きは捕らえにくく手数は多く、そしてその攻撃の初動もまた捉えることは難しかった。

 故に防戦一方となり、少しずつ削られるようにダメージがリヴェリアの盾となっているサポーター達の身体に蓄積していっていた。

 だが、そんな身を削られている彼らの意思が揺れることはなかった。

 それは自分達が都市最強の一角である【ロキ・ファミリア】の一員であるという誇りの他に、何よりも背後にいるリヴェリアへの信頼の厚さ故であった。

 そしてそんな彼らの信頼にリヴェリアも応える。

 

「―――【ヴェール・ブレス】ッ」

 

 黒い痩身の男との先頭に入って直ぐに詠唱を始めていた呪文を完成させ、その効果を周囲にいるラウル達へと向ける。

 【ヴェール・ブレス】―――リヴェリアの使用する魔法の第二階位魔法。

 物理、魔力属性に対する抵抗力を共に上昇させるだけでなく、僅かにであるが回復効果も併せ持つ魔法である。

 緑の風が駆け抜けた直後、また姿を見失った黒い痩身の男に対して周囲を警戒していたラウルの目が、隣で同じく警戒をしていたクルスの横をすり抜けるようにして通り過ぎ、再度別の魔法の詠唱に入ったリヴェリアへと飛びかかろうとする影を捕らえた。

 

「ここは―――通さないっす!!」

 

 リヴェリアの前に飛び込むようにして、ラウルは黒い痩身の男の前に立ちふさがった。

 迎撃では間に合わないと直感的に悟り、ただ進行を妨害することにだけ意識を傾けていたことから、進行を妨害された黒い痩身の男の振るった黒い短剣の一撃を防ぐことはできなかった。

 

「っぐ?!」

 

 咄嗟に刃に対し腕を割り込ませることに成功したが、直後感じる鋭い痛みに噛み締めた口から苦痛の声が漏れる。

 だが―――

 

「舐めるんじゃないっすッ!!」

 

 片手に短剣の先が突き刺さったまま大きく腕を振るい、黒い痩身の男の手から武器を奪う。

 そして裂帛の声と共に、もう片方の手にある剣を振るった。

 

『――――――っ』

 

 まともに狙った訳ではない大降りの一撃を食らってくれるような、そんな安い相手ではやはりなく。

 黒い痩身の男は、しかし武器を奪われた事で警戒したのか、ラウルの一撃に対し大きく背後に飛び退いた。

 そして、それを見たラウルは既に口を開いていた。

 

「―――斉射ッ!!」

「「「了―――解ッ!!」」」

『ッ――――――ギッ?!』

 

 後ろへと飛び退いた黒い痩身の男の足が地面に着く直前―――ラウルの合図と共に一斉にサポーター達が振るった魔剣が放たれる。

 風が、炎が、水が周囲を包み込む。

 黒い痩身の男を中心に広がる爆発が大気を震わせる。

 タイミングはこれ以上はなく。

 またこれだけの威力。

 確かな手応えも感じたことから、ラウル達の気が一瞬抜けてしまう―――だが、歴戦の冒険者であるリヴェリアは違った。

 サポーター達による魔剣の一斉掃射による爆発が、黒い痩身の男を飲み込んでも、口ずさむ詠唱は止めはせずに―――。

 

『――――――シャアアアアアアアァァァァッ!!!』

「なっ―――」

 

 土埃を舞い上げる場所へと目と意識を奪われていたラウルの眼前に何時の間にか現れた黒い痩身の男が、昆虫染みた声を上げながら手に持つ短剣を突きだしていた。

 地面すれすれからかち上げるようなその一突きは、正確にラウルの喉元へと向かっていた。

 確殺の一撃は―――しかし―――

 

「―――【ウィン・フィンブルヴェトル】ッ!!」

 

 ―――極寒の三条の吹雪により遮られる事となった。

 ラウルの傍を囲むように突き進む槍の如き三つの吹雪は、咄嗟に回避へと移った黒い痩身の男の身体を僅かに掠めるといった結果となる。

 完全な不意打ちでありながら、回避を成功させた黒い痩身の男の姿に、警戒を更に高めたリヴェリア。しかし、離れた位置で腰を落としこちらを覗き見る痩身の男の身体から、ナニかが欠けて落ちているのを見つけた。

 

「ラウルこの調子でやるぞ。油断なく落ち着いて対処しろ。焦らずこのまま魔法と魔剣で押し潰すっ!!」

「「「「っはい」」」っす!」

 

 リヴェリアの戦意に満ちた声に、身体と心を奮い立たせながら、ラウル達は一斉に声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――こっ、の!!」

『――――――ッ!』

 

 ティオネと共に黒い槍兵の猛攻を防ぐ中、時折距離が開いた時を見計らい周囲を伺っていたフィンは、団員達と他の黒い敵との交戦状況の推移を確認していた。

 

(―――一進一退と言ったところか。僕らとアイズ達はほぼ互角に対し、リヴェリアと椿はやや押している)

 

 リヴェリアと椿達が相手をしている黒い敵は、自分達が相手をしているのも含めどうやら遠距離の攻撃方法を持っていないらしく。魔法という遠距離の攻撃方法を持つリヴェリアとレフィーヤのお陰で、若干ではあるが優位に進めているように感じられた。反面、これと言った遠距離の攻撃方法を持たない自分とアイズ達は、有効な手段が今のところないため、互角とは言い切れないが、何とか劣勢とまでは追い込まれてはいなかった。

 これならば、時間は掛かるだろうが、リヴェリアと椿達が黒い敵(奴等)を何とか下した後、合流すれば倒すことは不可能ではない――――――そう――――――。

 

「――――――がああああああああっ?!」

「っああああぁあ?!!」

 

『■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!』

 

 ―――()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の可聴音を越える、最早咆哮ではなく階層主のハウル染みた声と共に振るわれた無造作とも言える一振りにより、ガレスとティオナが大量の土砂と共に吹き飛ばされていく。

 近接戦に特化している者達の中で、【ロキ・ファミリア】―――いや、都市でも最強の耐久と力を有したガレスと力だけでなく速度もあるティオナの二人。

 上手くはまれば相性の良い階層主であっても二人だけでも十分に相手取れる力を持つ筈だが、そんなガレス達がただの一振りで、その場に踏み止まることもできずに吹き飛ばされていっていた。

 

「―――ちょっと、こいつっ?!!」

 

 ごろごろと土埃を上げながら地面を転がっていたティオナだったが、転がる勢いでもって飛び上がるようにして立ち上がると、吹き飛ばされるも体勢を崩さずに地面に深い二つの線を描きながら後方へと引き離されていたガレスに引きつった顔を向ける。

 

「っああそうだの! こいつはっ―――」

 

『■■■■■■■■■■■■ッッ!!!』

 

 十数Mも強制的に引き離された距離を、瞬時に踏み潰しながら眼前に迫った黒い巨躯が、空がのし掛かってくるような圧力と共に黒い歪な大剣を振り下ろしてきた。

 

「っくおおお?!!」

「ガレスッ?! っこのおぉおお!!」

 

 戦斧を両手で掲げて受け止めたガレスだったが、その頑強な肉体と不壊武器(デュランダル)製の武器は耐えるも、両足が踏みしめる土台は耐える事が出来なかった。

 足元に亀裂が入ったかと思えば、衝撃と破壊音と共にガレスの下半身が地面に打ち込まれ、埋まっていた岩や土が放射線状に吹き上げられた。

 低身長のガレスの身体が、更に半分程にまで縮んで見える。

 顔をしかめ、直ぐに身体を抜け出そうとするガレスだが、それよりも速く黒い巨人が、今度はその黒い大剣を横へと薙ぎ払おうとしていた。

 それを止めようとティオナが飛びかかる。

 両手に掴む大双刃(ウルガ)を跳躍に回転の遠心力を加えた威力をもって、無防備な背中に叩き込む。

 超硬金属(アダマンタイト)を大量に用いた超重量のその一撃は、これまであらゆるモンスターの分厚い皮膚を貫き骨を砕いてきた必殺の一撃。

 だが――――――

 

「――――――ッ?!!」

 

『■■■■■ッ!!!』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 背中に受けた致命の筈の一撃に対し、ただ煩わしげに視線を向けた黒い巨人が、ガレスを薙ぎ払わんとしていた大剣の向ける先をティオナに向ける。

 戦いが始まってから何度となく打ち込む機会があり、ティオナは既にこの黒い巨人に軽く十を越えた数の全力を込めた一撃を喰らわせていた。

 しかし、そのどれもが決定打になる処か、何の痛痒を感じさせる事すら出来ないでいるのが現状であった。

 自分の全力の攻撃が全く通じていないことに、悔しげに歯を噛み締めるティオナが、振り下ろされんとする黒い大剣に殆ど意地のような気持ちで立ち向かわんと大双刃(ウルガ)を構える。

 

「どっせいッ!!!」

 

 だがそれを、今度は地面から抜け出してきたガレスが止める。

 両手に握った戦斧を、ティオナと同じく黒い巨人のがら空きの背中に叩き込む。

 やはりそこは同じレベル6であっても、積み重なってきた経験値が違うのか、黒い巨人の体勢が大きく崩れる。ティオナの頭上に振り下ろされんとしていた黒い大剣は狙いを大きく外し、ただ地面に大きな穴を開けただけとなった。

 そして、自分の横に隙だらけの横顔を見たティオナは、口許に凶悪な笑みを浮かべると共に、その顔面に大双刃(ウルガ)を叩き込んだ。

 

『ッ■■■!!』

 

 体勢を崩していたことからか、今度の一撃は耐える事ができず顔を中心に一回転しながら吹き飛んでいく黒い巨躯。

 大量の土煙を上げながら地面へと叩きつけられた黒い巨人は、しかし―――やはりと言えば良いのか、直ぐに何の痛手を感じない動きで立ち上がった。

 

「ねぇ、あれってただ効いていないように見えるだけで、実際は結構効いてたりしてないかな?」

「ふんっ、わかりきった事を聞くでない」

 

 肩で息をしながら、両手にある大双刃(ウルガ)の先端を地面に突き立てたティオナが、何処か笑っているようにも聴こえる声でガレスに問いかける。

 それを黒い巨人を睨み付けながら、ガレスは手に未だに残る、打ち込んだ際の衝撃と感触を感じながら吐き捨てるように言い放つ。

 

「何で出来ておるんだあの身体はっ。頑丈にも程があるぞっ!? いや、頑強にしても異常すぎるっ―――これは何かからくりがあるぞ……」

「からくりって?」

「それがわかれば苦労はせんわい。ただそれが無くとも――――――」

 

『―――■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!!』

 

 声だけで周囲の地面に罅を刻む。

 階層主のハウルの如き咆哮と共に、黒い巨人が駆け出してくる。

 モンスターというよりも、巨大な自然現象―――人型の嵐のような暴力の化身が迫る感覚に、押さえ込めない震えを感じながらガレスは、血の味が混ざる唾を喉を鳴らして飲み下す。

 

 (―――冒険者で言えば確実にレベル6以上ッ!? オッタルに匹敵っ?! いや、下手をすればっ!!?)

 

 武者震い―――とは言い切れない震えを、戦斧を握る手に力を込めることで無理矢理押さえ込む。

 確実に自身を越える―――いや、レベル6を越えた理外の力と耐久力。

 何とか此れまで持たせられたのは、この黒い巨人が攻撃のみに偏重して自分の身体を省みていないお陰であった。

 それがこちらの攻撃が一切通じていない、その異常極まりない耐久力に対する自信故だろうが、効かなくとも相手は肉体を持ち二本の足で大地に立っている。

 上手くやれば、先程のように体勢を崩すことも吹き飛ばすことも可能。

 しかし、それは結局のところ時間稼ぎでしかなく。

 

(っ―――突破口が見えんっ!? このままでは―――)

 

 少しずつ足元が崩れていくような感覚。

 確実に追い詰められていっているのを感じる。

 己はまだ何とか持たせられるが、ティオナは既に限界に近い。

 そして、ティオナが倒れれば、この危ういバランスで保っている均衡は一気に崩れる。

 そうなれば、己だけでなく、他の黒い敵と相対している仲間達の均衡も崩れてしまう。

 

 敗北へと。

 

『■■■■■■■■■■■■ッッ!!!』

「ッオオオオオオオオ!!」

「ヤアアアアアアア!!」

 

 確実に迫る敗北を寒気と共に背中に感じながらも、ガレスはティオナと共に咆哮を上げる。

 頭の良くない己が何を考えようとも、この場を乗り越えることは難しい。

 しかし、自分には仲間がいる。

 故に、ガレスはもう思考の全てを捨てると、ただ一人の戦士としてこの戦いのみに集中すると決め、闘争に思考と身体を染め上げ駆け出した。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(っ――――――一体規格外に過ぎる奴がいるっ!? 例えリヴェリアと椿が加わっても、アレ(黒い巨人)を倒せる方法が思い浮かばないっ!? っ、いやまて、別に倒す必要はない。何とか引き離して逃げる隙を――――――)

 

 ガレスとティオナが相手をしている黒い敵の中でも、全く別のモノ―――規格外としか言い様のない黒い巨人の事を考え、何とかこの場を潜り抜ける状況を作り出そうと、自身もぎりぎりの戦いの中、戦闘と同時に思考を回していたフィン。

 全体的に戦況は一進一退。

 大きすぎる問題(黒い巨人)はあるが、今すぐに全滅と言った逼迫した状況ではない。

 とはいえ決して楽観ができる状況でもない中、フィンはこの死地から逃げ出す算段を立て始める。

 

(―――そう、倒す必要はない。何処まで追ってくるかはわからないが、ここ(59階層)から出られれば、引き離せる方法は幾つもある。なら、リヴェリアの手が空けば、魔法で広範囲に―――)

 

 そして、か細いが何とか出来るかもしれない手段に手を伸ばしかけた時であった。

 

『『『――――――ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』』』

 

 ()()()()へと続く連絡路から、雪崩打つように咆哮と共に押し寄せてくる、食人花と新種の芋虫型のモンスターの大量の姿が現れたのは。 

 

「――――――なぁッ??!!」

 

 フィンの口から、思わず悲鳴染みた驚愕の声が上がる。

 声だけでなく、思考すら悲鳴を上げていた。

 

(馬鹿なッ!!? くそっ!! 最悪だッ!!??)

 

 口汚く思考であるが、自身が陥った状況を罵るフィンは、掴みかけていた希望が儚く砕ける音を幻聞した。

 あれ等(食人花等)が、黒い敵に対してどんな対応を取るかは分からないが、確実に混乱が起きる。

 そしてその混乱は、確実にこちらに不利なものとなる。

 せめてリヴェリア達の手が空いていたら、先程考えていた方法でその混乱に乗じて逃げ出す事も出来たかもしれなかったが、まだ誰一人としてあの黒い敵を倒してのけた者達はいない。

 

(っ―――どうするっ!!?)

 

 絶望が、フィンの身体を染め上げ始める。

 思考にノイズが混じり始め、肉体にかかっていた疲労が一気にその重みを増した。

 他の者達も気付いたのだろう。

 戸惑いや「何で?」「どうして?」といった悲鳴のような疑問の声も上がっている。

 状況が更に悪化したことを強制的に理解させる仲間の声に、フィンも同じように声を上げたくなったその時――――――

 

 

 

「―――フィンッ!! 時間を稼げッ!!!」

 

 

 

 絶望を切り裂くように、何時しか思考から外していた一人の男の声が、フィンの耳と絶望に染まりそうになっていた思考を打ち払った。

 

「ッ!?」

 

 眼前まで迫っていた黒い槍兵の攻撃をティオネと共に打ち払い、生じた僅かな間隙で小さな体躯を利用して相手の内側に入り込み蹴りを叩き込む。

 攻撃は片手で防がれるも、勢いは殺せずに吹き飛んでいく黒い槍兵。

 上手く相手から距離ができるのを確認し、警戒しながらも僅かに視線を声の聞こえてきた方向に向ける。

 視界の端に微かに引っ掛かる位置には、先程の声の主が片手に黒い弓を持ち立つ姿があった。

 

「切っ掛けはオレが作るッ! その後は全力で58階層を目指せッ!!」

 

 黒い弓を持つ男―――シロの声に、フィンは口許に小さく、しかし決して悪いものではない笑みを浮かべると、周囲で戦う皆に聴こえるように声を張り上げた。

 

「みんな聞こえたなッ!! 何とか時間を稼いでとっととここから脱出するッ!!」

「っはい!」

「了―――解!」

「わかっ―――た!」

「チィッ!」

 

 自分の声に応じる中にも、全員が全員完全に賛成といったものではなく、小さな不満を聞き取ったフィンは、自身もまた、槍を握る手に改めて力を込めると、周囲と―――何よりも自分に向かって声を張り上げた。

 

「勿論っ―――このまま倒してしまっても構わないっ!! さあっ、踏ん張りどころだっ! 全力を尽くせッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




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