たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第七話 崩壊

「―――っ、ぁ」

 

 意識が覚醒した際、始めに感じたのは酷い倦怠感だった。

 目が覚めていると言うのに、瞼を上げる事さえ億劫に感じる程の粘りついた泥のような疲労が、身体の内側を浸しているかのような。

 それでいて意識は完全に目覚めているため、意識と身体の()()が余りにも酷く、シロは立ち上がる処か声を上げることすら一苦労といった状態であった。

 あらゆるモノが身体から抜け落ちたような感覚もあり。

 酷い空腹と喉の乾きも感じられる。

 無意識に、口の中に微かに感じるポーションをあの独特の味を追うように舌を伸ばす。

 同時に、何故口の中にポーションの味があるのかという疑問が浮かぶが、極度の精神的、肉体的疲労がそれを深く突き詰める事を妨害していた。

 このまままた、ゆっくりと意識を失ってしまいたい。

 余りにも強いその誘惑は、しかし―――

 

『―――■■■■■■■■■ッッ!!!』

 

 何か膜が掛かっているような違和感を感じる耳であっても、ハッキリと聴こえる何かの咆哮が、ゆっくりしていられる状況でないことを強制的に理解させた。

 

「っ―――一体、なに、が」

 

 シロの最後の記憶は、アイズを後ろへと投げつけた瞬間目の前が暗くなった所で消えていた。

 下からナニかが来ていることは直前とはいえ気付いていたことから、その(アイズを後ろに投げた)後の対応も考えていたにも関わらず、下から来たナニかに食われたと思った時には、既に意識が消えてしまっていた。

 そして、次に目を覚ました時が、今のこの状態であった。

 

「ナニと、戦って……?」

 

 地面に手をつき、老人のようにゆっくりとした動きで身体を起こしたシロは、肌を震わせる戦闘の余波によるものだろう衝撃と、【ロキ・ファミリア】の団員達の声と対抗するように響く()()かの咆哮が聞こえてくる方向に顔を向けた。

 

「―――――――――ぁ、あ?」

 

 そして、ソレを見た。

 黒いナニかで出来た5つの有り得ない―――有ってはならないモノを。

 

「バーサー、かー……?」

 

 漆黒に染まった見上げるような巨躯が握る巨大な大剣が横に薙ぎ払われ、ガレスとティオナが耐える事も出来ずに大量の土砂と共に吹き飛ばされていく。

 

「せい、バー?」

 

 アイズ、ベートと言う都市でも最上位の近接戦闘能力を持つ二人を相手にしながら、その悉くを避わし、受け止め、そして黒いナニかで形作られていてもわかる華奢とも言える身体で、僅かな隙を見逃さず長剣を一振りして確実にダメージを与える黒い剣士。

 

「らん、サー?」

 

 ティオネが斧槍(ハルバード)による強力な一撃を振るい、その際に生じる僅かな隙をフィンが両手に握る二槍を持って埋める。間断なく、そして隙のないその攻撃を、獣染みた俊敏さと練り上げられた槍捌きによりその悉くを踏破し、攻撃に転じる漆黒の槍兵。

 

「あさ、シン?」

 

 守りに徹する椿の身体を、嘲笑うかのように振るわれる長大な刀により削るように切り刻む長髪の黒い和装の男。幾度も振るわれる致命の斬撃を必死に耐え抜く椿が耐えられるのは、時折後方から放たれるレフィーヤの魔法による力によるもの。人一人を軽く包む極太の光線が、幾度も椿の命に届きそうになった一撃を防ぎ止めていた。

 

「っ? アサシンが、二人?」

 

 リヴェリアの魔法が放たれる。都市最上位に位置する魔導師たる彼女が放つ魔法により、周囲に破壊が撒き散らされる。

 砕ける地面。

 吹き上がる土埃。

 宙に浮く大量の土砂と岩の固まり。

 その影に、漆黒に濡れた痩身の男の姿があった。

 散らばる土砂に紛れ、吹き飛ぶ岩を足場に移動しながらサポーター達に囲まれたリヴェリアへと迫る。

 それに、リヴェリアも、サポーターも気付いていない。

 だが、一人のサポーターが迫る黒い影に目を向けるなど気付いている様子がないにも関わらず、手に握った魔剣を放つ。

 威力よりも範囲に片寄ったその魔剣の一振りは、不可視の衝撃を周囲一帯に放ち、忍び寄っていた痩身の影を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が、起きているっ―――!?」

「きゃっ―――!?」

 

 目に飛び込んできた余りの光景に、シロが身体と精神を蝕む疲労を忘れて思わず声を上げると、隣から小さな悲鳴が聞こえた。

 直ぐ隣にいた存在に気付いていなかったことに、シロが自分がどれだけ動転しているのかを理解し、混乱しかけている思考を落ち着かせるため深く息を吐きながらその声の主を見上げた。

 

「っ、サポーターの……」

「は、はいっ。ナルヴィ・ロールです。良かった、気付かれたんですねっ!」

 

 【ロキ・ファミリア】と黒い敵との、その壮絶な戦いに目を奪われていたナルヴィは、目を覚ましたシロの声に小さく悲鳴を上げるも、直ぐに気を取り直すと地面に膝をつき視線を合わせてきた。

 

「助けて、くれたのか?」

「あ、はい。団長の指示で、えっと、そのすみません。無理矢理口の中にポーションを突っ込んでしまって、その……」

 

 苦笑いを浮かべたナルヴィの視線が、地面を転がる数本の空ビンへと向けられる。

 

「いや、お陰で助かった。それで、状況が全く把握できない―――が、悠長に話を聞いている暇は無さそうだな」

「っ―――そう、ですね。あの、あなたの力なら―――」

 

 小さく首を横に振りながら、シロが万全とは程遠い身体を、それでも何の痛痒を感じさせない動きで立ち上がらせると、戦場に挑むようにその鋭い視線を激戦を繰り広げる戦いへと向けた。

 その姿に、ナルヴィが期待を込めた視線を向けながら参戦を願う言葉を向けたが。

 

「……いや、残念だが、どうやらオレが参戦しているような時間はなくなったようだ」

「え? それは―――」

 

 言葉半ばに否定を向けられたナルヴィが、その疑問を呈するよりも前に答えが姿を現した。

 

『―――ガアアアアアアアアアッ!!!』

 

「っまさか!?」

「ここで、これか……」

 

 何十もの割れ鐘を鳴らしたかのような不快な咆哮が響き渡り。60階層へと続く連絡路から文字通り数えきれない程の食人花や芋虫型のモンスターが溢れ出してきた。

 ナルヴィの疑問の声で上げる悲鳴を背中に聞きながら、シロは眉間に刻んだ皺を更に深める。 

 

「ど、どうしたらっ!? 団長のところへ? いやでも? ああっもうっ!!?」

「落ち着け」

 

 ナルヴィが黒い槍兵と戦うフィンと地面に置かれた自分の荷物の間で視線を何度も移動させながら、両手で頭を挟むようにして混乱を露に声を上げるのに対し、シロが顔を向けずに動揺を欠片も感じさせない声で言葉短く注意を促す。

 

「っ―――分かっていますよっ!? でもっ、こんなの―――」

 

 しかし、ナルヴィは落ち着く処か、自分と周囲の状況に対する苛立ちを抑える事が出来ず。混乱に怒りを加えた荒げた声でシロに反発するように返事を返す。

 

「……ポーションは、どれだけある?」

「え?」

 

 それを、シロの落ち着いた声で向けられた問いかけが、ぐしゃぐしゃになりかけていたナルヴィの思考を一時落ち着かせた。

 

「ポーションだ。魔力―――精神力を回復させるアイテムなら何でもいい。何かあるか?」

「え、あっ、それなら幾つか―――でも、何で?」

 

 その小さな間隙に滑り込ませるように、シロが続けて問いかけを投げ掛けると、ナルヴィは反射的に荷物へと視線を向けながらその問いに答えながら疑問の声を上げた。

 

「説明している時間はないっ。全て渡せっ! その後はリヴェリアと合流してフィンの指示に従えっ!」

「っ―――で、でも」

「時間がないっ!! 問答している暇などないぞっ!!?」

「はっ、はいっ!!?」

 

 しかしシロはその疑問に答える事はせずに、ただ視線も向けずに空いた手をナルヴィに向けた。

 ナルヴィは荷物と向けられたシロの手の間を行ったり来たりさせながら、躊躇していたが肩越しに向けられた視線と声に反射的に頷いてしまう。

 

「……やるしか、ない……か」

 

 直ぐに視線を前へと、【ロキ・ファミリア】と黒い敵が激戦を繰り広げる場へと土煙を上げながら迫る津波の如き緑の塊を睨み付けたシロが、背中から聞こえてくるガチャガチャと荷物からナルヴィがポーション等を取り出す音を聞きながら小さく呟く。

 

「可能性は五分―――いや、良くて三といった所か」

 

 苦しげに聞こえるその呟きからは、自信の程は感じられず。深く刻まれた眉間の皺からも楽観的な考えは全く抱かせてくれない。

 その通りである。

 目が覚めてから現状が全く把握出来ていない中で、ただ状況が悪化の一途を辿っているとしかわからない今、シロがこの短い時間で考えたついた作戦とも言えないそれは、殆ど賭けのようなものであった。

 しかし、神でも歴戦の軍師でもないシロの頭で考え付いたのは、そんな運に頼るようなものでしかなく。

 シロは【投影】した黒い弓を握る手に、苛立ちや不安を握り潰すように強く力を込めた。

 

「あまり運には自信がないんだが……贅沢は言えんか……」  

 

 精神力を回復させるポーション等のアイテムを纏めた袋をナルヴィから渡されたシロが、リヴェリアと合流するため駆けていくその背中を一度チラリと見ると、小さく溜め息をつきながら手渡されたモノを、早速飲み干した精神力を回復させるポーションの空ビンと共に足元に転がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――勿論っ―――このまま倒してしまっても構わないっ!! さあっ、踏ん張りどころだっ! 全力を尽くせッ!!!

 

 発破を掛けるフィンの声と共に、戦意をみなぎらせたアイズ達が黒い敵―――サーヴァントと思しき相手へと向かって挑みかかる姿を見て、シロは厳しく固めていた口許を微かに緩めた。

 しかし、直ぐに引き締めると、ポーションにより急速に回復した精神力―――魔力に意識を向けた。

 

(―――さて、やるか)

 

 心の中で、小さく決心の声を上げると共に、詠唱を始めた。

 

「―――【投影(トレース)開始(オン)】」

 

 シロの詠唱と共に、背後の空中に無数の剣が姿を現していく。

 硬く、鋭く―――そして何よりも見るものが見れば一目でわかるその秘めた力。

 シロが【投影】したものは、只の剣には非ず。

 通常の剣ではなく、一振りすれば魔法が放たれる『魔剣』であった。

 ただの武器ではなく、魔力が込められたその剣の中には、ものによれば位階の低い宝具を越える力がありながら、【投影】に消費される魔力量は比べるまでもなく低く。

 単純な破壊力だけで考えれば、下手な宝具を【投影】するよりも効率が比較にならないほどに良かった。

  幸い―――と言っていいのかどうかは分からないが、シロの保有する魔力量は、どういった理由かは不明であるが、彼が()()()()()()()()()()()()に比べ、比較的多くなってはいた。

 しかしそれであっても、ただの剣と比べれば消費する魔力は多く、十数本程度ならば兎も角、二十、三十となれば、一日がかりであってもその負担は大きいものとなっていた。

 だからこそ―――

 

「―――っ」

 

 足元に転がしていた袋から取り出したポーションを飲み干し、後ろに放り投げる。

 瞬時に回復した精神力(魔力)を使用し、更に魔剣を投影していく。

 あちらの世界であっても、魔力を回復させる方法は幾つかあった。

 宝石等に込めていた魔力や、第三者からの任意的、強制的な供給。

 他にも別の所から持ってくるなどといった方法が幾つもあるが、この世界ではシロが知る限りでは、精神力(魔力)の短期的な回復方法として最も利用されかつ簡単な方法があった。

 それが飲むだけで精神力(魔力)を回復させるポーションと呼ばれるもの。

 幸いなことに、他の魔導師が精神力で使用する【魔法】と同じく、シロが【魔術】で消費した魔力も回復させることが出来きた。

 このことは、【強化】が出来るようになった時にシロは直ぐに確認していた。

 どういった理屈で回復できるのか、この世界の魔導師が言う『精神力』とシロの知る『魔力』が同一なのか、それとも違うものなのか等、疑問は幾つも浮かぶが、問題なく使えるのなら構わないと、シロは深く知ろうとはしなかった。

 魔力を限界まで使用し、底を着けばポーションで回復―――回復したら、それがなくなるまで『魔剣』を【投影】する。

 それを何度も―――準備したポーションがなくなるまで繰り返す。

 そして、遂に―――

 

「―――っ、これが最後か」

 

 右手に持つポーションが入った瓶に視線を向ける。

 渡された精神力を回復させる上級かつ高額である筈のアイテムの数は十と幾つか、その最後の一つを手にしたシロは、一気にそれを飲み干すと、それを他と同じく後ろへと放り捨てた。

 放物線を描きながら飛ぶ上級ポーションであることを示すかのように精緻な紋様を刻まれた空瓶。それを無造作に放り捨てられて行く中空には、数十―――いや、百にも届いているだろう無数の『魔剣』が、主の命を待つ忠臣のように、その切っ先を戦場へと向けた姿で静止していた。

 そしてカツン、と放り投げた最後の瓶が、地面に転がっていた空いた瓶へとぶつかる音が辺りに小さく響き。

 

「【投影、(トレース)】」

 

 シロが最後の投影を始めた。

 それは、これまでの【投影】とは違った。

 目を閉ざし、意識を心の奥底へと沈めるような雰囲気を纏わせたその姿は、大魔法を放つ前のリヴェリアのような気配を感じさせた。

 そして、その感覚は間違いではなかった。

 今、シロが【投影】しようとするのは『魔剣』ではなかった。

 シロの『記録』に刻まれた一振りの剣。

 螺旋を描いた伝説に語られる【宝具】―――その剣を自身の奥底から呼び起こしていた。

 

「【―――開始(オン)】」

 

 時間にして僅か数秒。

 しかし、その集中力と消費した魔力量は、これまで【投影】した『魔剣』とは比べ物にならず。

 また、その力もまた桁違いのものであった。

 ゆっくりと閉ざしていた瞼を開き、シロは右手に感じる確かな形へと視線を向けた。

 視線の先―――そこには、一つの伝説があった。

 螺旋を描く通常の剣とは異なる形状のそれは、しかし見るものを圧倒する存在感と内包する力を周囲に見せつけていた。

 

「―――これで、準備は整った」

 

 寸分の間違いもなく、『記録(記憶)』通りのその剣を目にし、シロが小さく覚悟を決めるように呟くと、右手に掴むその【宝具】を握り直した。

 その持ち方は明らかに剣を掴むそれではなく、弓に矢をつがえるような持ち方で。

 それが正解であるというように、シロは無言のまま右手に掴んだ【宝具】を左に握る弓の弦の元まで持ち上げると―――

 

I am the bone of my sword(我が骨子は捻じれ狂う)

 

 詠唱を唱えると共に、一気に剣を弦へとつがえ後ろへと引く。

 すると、一振りの剣が絞られるように捻り―――縮み―――歪な一本の矢へと変化した。

 ギリギリと引き絞られる弦の先。

 矢へと変化された剣の切っ先を中心に、魔力が渦を巻き始めていく。

 周囲に漂う魔力を引き込み、巻き上げ―――奪うように、喰らうように。

 シロを中心に空間が悲鳴を上げているかのような勢いで、()が貪り尽くさんと魔力を貪欲に取り込んでいく。

 突如として発生した魔力異常。

 急激な魔力の減少と反比例して一ヶ所に異常に集中するその現象は、この場(59階層)にいる全てのものの意識すら強引に引き寄せる。

 そう、それは薄氷を踏むような戦闘を続けるフィン達であっても無視するには余りあるものであり。

 また、その急激な魔力の高まりの異常さを示すかのように、近付いているとはいえ、未だ遠く離れている位置にいるモンスターの群れの意識もまた、明らかにそちらへ向けられていた。

 そして、フィン達と戦う意識があるのかすらわからない、黒い敵も同じく。

 その視線? 意識? 

 それが、明らかに僅かに、しかし確かに相対しているフィン達から逸れた。

 その―――僅かな間隙を見逃さず。

 シロは声を上げた。

 

「フィンッ!! ―――今だッ!!」

「ッ―――放てッ!!」

 

 シロの声に被せる勢いでもって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 フィンの指示と同時、放たれる二つの魔法。

 それは、フィンの狙い通り5体の黒い敵を纏めて吹き飛ばすことに成功した。

 シロの声を聞いた時から、フィンは少しずつバラバラに離れて戦っていたアイズ達を、互いの戦闘域が重なりあわないギリギリの位置へと移動させていた。

 同時に、リヴェリアとレフィーヤに範囲攻撃が出来る魔法の準備をさせ、それをシロの合図と共に敵に直接ではなく、その前―――足下へと放つよう事前に指示していたのだ。

 結果としてそれは正解であった。

 黒い敵との戦いの中で、フィンは範囲魔法であってもまともにダメージを与えるのは難しいと考え。そこでダメージを与えることを端から切り捨てることにし、代わりに相手との距離を取るために使用して、出来た隙で退避すると言う目論見を立てた。

 そしてその目論見は当たり、リヴェリアとレフィーヤの魔法により大量の土砂と衝撃が黒い敵と【ロキ・ファミリア】の間に一瞬の断絶を作る事に成功。

 フィン達は瞬時に反転し58階層へと続く連絡路を目指し走り出し―――――― 

 

「「「――――――ッ??!!」」」

 

 走り出そうとしていた足が無意識に止まり掛ける。

 彼らの目に飛び込んできたのは異常極まりない光景。

 黒い弓を引くシロの頭上には、それこそ何十―――いや、百を越えるだろう剣が切っ先をこちらへ向けて空中に静止していた。

 シロが無数の見えない軍勢を率いているかのような光景であるが、しかし、フィン等【ロキ・ファミリア】の意識を奪うのは、空中に浮かぶその無数の剣群ではなく、弓につがえらえれた歪な矢であった。

 先程から感じていた異常な魔力の集束の中心たるそれは、今や目に見える形で空間すら捻れ歪めさせていた。

 これまで数多の修羅場を潜り抜けていたフィン達の本能が全力で告げていた―――近寄るなッ!! と。

 ()()に近付くなと、本能よりも根本的な―――魂からの絶叫染みた警告の声に、無意識に足が止まり掛ける。

 しかし、その足が止まる直前―――緩まる速度をフィンの声が叱咤した。

 

「――――――ッ!!! 止まるなぁッ!! 走れぇええええッ!!!!」

「「「――――――ッッ!!??」」」

 

 フィンの悲鳴のようなその声に、皆の止まりかけた足が加速した。

 それでも一秒でも早く連絡路へとたどり着く必要があると分かっていながらも、遠回りに避けるように大袈裟なほど大きく回り込むようにしてシロを避けて駆け抜けていった。

 シロの姿が、視界から外れ、あの異常極まりない矢の姿が完全に見えなくなると、ようやくフィン達の心に少しの落ち着きが戻るが、事態は決して猶予があるわけでもなく、彼らの足は更に加速していく。

 そんな中、足が遅いレベル4を中心にして駆ける【ロキ・ファミリア】の中で、一人椿だけが、未だ未練を残しているかのように背後に―――シロへと意識を向けていた。

 その頭にあるのは、シロが弓につがえている矢―――ではなく。

 空中に静止する無数の剣群。

 百を越えるだろうその中に見つけた、有り得ないものに―――であった。

 椿はその光景を見た瞬間、それが何なのかわかっていた。

 百を越える空中に静止する無数の剣―――その全てが『魔剣』である、と。

 それも、見渡す限りのそのどれもが、『魔剣』の中でも選りすぐりの一級品であることを。

 だが、それは確かに異常で目を疑う光景であるが、ただそれだけであったのならば、椿もシロが弓につがえる矢へと意識と興味を奪われていた筈であったが……。

 そうではなかった。 

 何故なら―――見つけてしまったのだ。

 空中に静止する無数の剣の中に、自分が打ち上げた『魔剣』の姿を。

 ただ見つけただけならば良い。

 問題はそこではなく。

 その見つけた()()()()()()椿()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 同じ刀が二振り。

 単に似ているだけでは、絶対にない。

 椿は確信していた。

 その空中に静止する『魔剣』は自分の打ち上げたモノであり。

 今も手に持つそれであると。

 理解不能で意味がわからない。

 ()()()()()()()()

 贋作? という考えが浮かぶが、即座に否定。

 見間違える筈がない。

 あれは確かに自分が打ち上げた『魔剣』である。

 では、何故?

 答えの出ない疑問の嵐に、椿の駆ける足が動揺でふらついてしまう。

 このままでは知らず足を止めてしまう恐れがあった。

 だが、そんな椿の疑問や思考は、直後に起きた極大の衝撃により文字通り吹き飛ぶこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間に合うか―――っ!?」

 

 フィン達が自分を追い越し駆け抜けていくのを横目にしたシロは、もうもうと沸き上がる土埃を睨み付けながら小さく自問する。

 懸念していたフィン達の離脱は、彼らの連携と作戦により成し遂げられ、無事に黒い敵(サーヴァント)から離れる事に成功した。

 だが、未だ黒い敵(サーヴァント)達は健在であり、レフィーヤ達レベル4の足に合わせた速度で走る彼らでは、連絡路に辿り着く前に追い付かれてしまうだろう。

 それを防ぐための考えはあるが、それは賭けに近いものであり。

 シロ的には出来ればそれを行う前に、フィン達には連絡路へと辿り着いてもらいたかったのだが―――。

 

「やはり、無理か」

 

 舞い上がる土埃の一角が吹き飛び、そこに立つ巨大な黒い影―――バーサーカーの姿を確認したシロは、何かを耐えるように眉間に皺を一度深く刻むと、覚悟を決めるように目を閉じ―――開き。

 

「【―――停止解凍(フリーズアウト)】」

 

 自身が率いる百を越える剣群に命令を下した。

 

「【全投影連続掃射(ソードバレルフルオープン)】ッ!!!」  

     

 瞬間―――59階層という地下深くに、剣の雨が降り注いだ。

 それは空を切り裂き、舞い上がる土砂を吹き飛ばし、緑の巨大な津波の如く押し寄せていたモンスターの群れを抉り、貫き地面へと突き刺さっていく。

 向けられる先は広く集中することはなく、シロを始点に、60階層に続く連絡路へと広がるように降り注ぐ剣の雨は、しかしやはりと言うか、一本足りとも黒い敵(サーヴァント)の体を傷つける事は出来ずに弾かれ避わされてしまうが、その足をフィン達へと向けさせることを止めることには成功した。

 そして、もとよりそれがシロの狙い。

 一瞬でも良い。

 奴等の足が止まれば、そこへ―――

 

「【偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)】ッ!!」

 

 本命(偽・螺旋剣)を叩き込む予定であったっ!!

 

 放たれた歪に歪められた魔剣は、即座に音速を越えて空間を抉り削りながら突き進む。

 向かう先は、一番厄介で危険な敵である黒い巨人(バーサーカー)

 数百M程度の距離を、瞬く間も無く抉り突き進む魔弾は、そうして狙い違わず――――――

 

『■■■■■■■ッッ!!!??』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 サーヴァントと思われる敵が五体に加え、無数の新種のモンスター。

 それを前にしたシロは、このまま戦えば確実に全滅するという結論に至った。

 どんなに上手く奇跡が重なったとしても、少なくともレベル4の者達は全滅するしかないという結論は、奇しくもフィンと同じ考えであった。

 故に、シロは直ぐに戦うのではなく、ここからの脱出に意識を向けたが、それもまた困難極まりないものであった。

 新種のモンスターだけならば何も問題はないが、サーヴァントのようなあの黒い敵。

 それが問題だった。

 ベートやアイズならば兎も角、レフィーヤ等サポーターの足では、一旦距離を取ったとしてもどんなに全力で走っても絶対に追い付かれる。

 ある意味で詰んでしまった盤面。

 それを前に、しかしシロは決してレフィーヤ等(レベル4)を見捨てるような考えは欠片も浮かべることはなかった。

 しかし、悠長に考えている暇などはなく。

 一秒毎にあらゆる希望と猶予が削られていくのを感じながら、思考を駆け巡らせていたシロの脳裏に引っ掛かったのは――――――。

 『精霊の女』と戦っていた際、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それを思い出したシロは、思い付いた―――思い付いてしまったその考えに、自分で考えた事ながらそのあまりの馬鹿げた作戦とも言えない自爆的なそれに対し、知らず苦笑を浮かべてしまった程であった。

 しかし、全員で助かる道はそれ以外になく。

 他の方法を考えている暇などもなかったことから、シロは直ぐに決断し行動を起こした。

 シロの思い付いたそれは、綱渡りをするかのような、そんな前段階が幾つもあったが、それもフィンの適切な判断により上手く行き、無事最終段階まで至ることとなった。

 そして、この作戦の鍵となる偽・螺旋剣(カラドボルグ)を59階層と60階層を隔てる地面へと打ち込む事に成功したシロは、それが60階層へと突き抜ける前に――――――

 

 

 

「―――【壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)】」 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 直後に起きたそれは、何十年とダンジョンへと挑み続けた歴戦の冒険者である筈のフィン達であってさえ、比較するもの(経験)がないほどの衝撃であった。

 爆発音はあったのだろう。

 しかし、そのあまりの威力と衝撃の大きさゆえに、完全に人の可聴域を越えたそれを捕らえられたものはおらず。

 爆心地からかなりの距離があった筈のフィン達の背中を。その不可視の巨人の手(衝撃)により吹き飛ばし、意識すら弾き飛ばした。

 悲鳴すら上げる事もできず、背後からの衝撃に吹き飛ばされ地面を何十Mも転がっていったフィンは、しかしレベル6という人外の領域の肉体により、それでも霞掛かる意識と衝撃が収まらない身体を無理矢理起こし、背後へと視線を向け―――。

 ―――それを見た。

 

「――――――なっ???!!!」

 

 巨大な―――いや、広大な穴がそこにはあった。

 直径にして一体どれだけ―――少なくとも数百Mは下らない大きさのその巨大な穴は、フィンの目から見ても底が感じられず。間違いなく下の階層―――60階層まで至っているだろう事を予想させた。

 階層を貫く穴はこれまでも幾つも見てきた。

 それこそ51階層からは、砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)による階層を貫く攻撃すら受けてきた身である。

 しかし、今目の前にあるこの穴に比べれば、そんなものは毛穴程度にしか感じられない。

 そんな非現実めいた光景()がフィンの目の前に広がっていた。

 今すぐにでも58階層へと目指さなければならないにも関わらず、呆然と立ち尽くすフィンの視界に、こちらへと走るシロの姿が映る。

 そこでようやっと我を取り戻したフィンが、思わずシロへと「何をした!?」と声を上げ掛けるも。

 それを制するように放たれたシロの声により、喉まで上がりかけた言葉を飲み込んでしまうことになった。

 

「――――――走れええええぇぇぇええええッ!!!!」

 

 そのシロの必死な声に、フィンが戸惑う間も無く。

 フィンの目の前にその理由が飛び込んできた。

 走るシロの背後。

 開いた大穴から――――――

 

「――――――ッッ!!!????」

 

 ビキリッ―――と罅が。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッッッ―――――――――ニゲロオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!????」

 

 それは最早命令ではなく悲鳴―――絶叫だった。

 その光景は、幸いと言って良いのか、全員が見ていたため誰も文句も言わず、フィンの声を合図にするかのように、一斉にただ悲鳴を上げ走り出した。

 ひたすらに、必死に走る彼らは、現実とは思えない悪夢染みた現状に足を止めることなく、冒険者として築いてきた本能に従い限界を越えた力で身体を動かしていた。

 シロの声を切っ掛けにしたかのように、穴から生まれるように広がる罅割れの数は増し続け。やがて59階層を支える大地に余すことなく入った罅割れは、フィンが感じた致命的という直感の通り。それは修復される様子どころか、少しずつ、しかし確実にそのズレは大きく広がっていき。

 遂にそれは始まった。

 

「「「――――――ッッ!!!!???」」」 

 

 地面が大きく一度グラリと揺れ―――割れた。 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロが考えた策は単純極まりないなものだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな単純なもの。 

 しかし他の者なら思い付くどころか考える事すら出来ないそれを、幸い―――不幸なことにシロは思い付いてしまい、そして彼には実行する能力があった。 

 地面表層に投影した魔剣を広範囲にばら撒き、続いて一発でそれに匹敵又は越える力を持つ宝具を地中に向け放つ。

 そして、それが60階層に抜ける前に()()

 宝具の爆破という極大のその力は、自身が開けた穴を通り(地表)へと向かうが、それを同時に起爆させた百を超す魔剣の爆破が無理矢理押さえ込む。

 例え百を超す魔剣の一斉起爆と言えど、宝具のそれを完全に抑えることは出来ないが、それでも、その大部分は押し込まれ上から横へと力は流れ。 

 結果として59階層全体に致命的な損傷を与えることとなる。

 この自爆としか言いようのない策であるが、シロにとって最悪は、爆破しても地面は微動だにしない事か、又は、逆に地面が一気に破壊―――崩壊し落下と言う結果であったが、幸いそんな最悪な結果にはならなかった。 

 とは言え、余裕があるわけでは決してない。

 

「―――っ」   

 

 鋭いその舌打ちは、思いの外強く弾かれたが、それを耳にする事ができたのは本人たるシロですら不可能であった。

 周囲に響く地面が裂ける音に砕け散り60階層へと地面が落下する音。 

 それに加え、噴火よろしく爆発と共に爆心地から吹き上がった大量の土砂が、遥か上空にある天井にぶつかった衝撃音。 

 最早人の声では、例え隣で絶叫したとしても聞こえないだろう。

 そもそも、鼓膜が未だ正常に作用しているのかも分からない。 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――っ、一騎ぐらいはと思ったが、やはりそう容易くはないかっ!?」 

 

 何百Mはあるだろう遥か上空にある天井に叩きつけられ、何百何千もの欠片と砕けた大地の成れの果ての上に、シロの目は確かに五つの黒い姿を捕らえていた。

 それが見間違いだと思えるほど、シロは楽観的ではない。 

 予想はしていたが、現実を前にすると流石に堪えるものがあった。

 だが、それも予想の内には入っていた事や、【ロキ・ファミリア】の移動速度も順調で、あと少しで全員が連絡路に辿り着くところもあって、シロは何とかなったかと一息着きそうになる。

 だが、そうであっても油断など欠片もしない。

 59階層が崩落しているのも考えれば、油断などしている暇などない。

 それに相手も相手だ。

 こんな状況であっても、ナニかをしてくる可能性もある。 

 それを訴えるように、この麻痺しているだろう聴覚にも聞こえてしまう咆哮が響――――――。

 

 

 

 

 

 ダンジョンが、哭いた――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここまで、幾つもの異常事態(イレギュラー)が発生していた。

 その何れもが規格外。

 どれ一つとっても未知が溢れるダンジョンに挑む冒険者であったとしても一生に一度も会うこともないようなそれが、短い間に幾つも生じた59階層は、完全に異界と化した場であり、最早何が起きてもおかしくはなかった。

 しかし、次に起きた事は、それは何かに反したものでも、規格から外れたものでもなく。

 正しく決められたこと(システム)として定められていた事であった。

 だが、それは不幸なことに、広く伝わっているものではなく。

 知る者が限られ、更に知ったとしても試すことは難しく、その真偽を確かめる術も難しいものであり。

 つまるところ、それをシロが知らなくとも仕方のないことで。

 だからこそ、それ(悲劇)は起こった。

 黒に堕ちた英霊の咆哮ではない。

 無機質な声で、音としか判別できない高音域で、しかしダンジョンは確かに哭いていた。

 鋼鉄に鋭い刃を力の限り強く突き立て引き裂いたよう()でありながら、ナニかを訴えかける()とも感じられる。

 知らないものにすれば、明らかな異常事態であるそれは、知るものであれば、設定された機能が始まる前触れでしかなく。

 崩れ落ちていく大地に揺れ、全てが壊れ逝く59階層の中、それは生まれ落ちた。

 最初にそれに気付いたのは、背後を―――周囲の警戒を未だ怠らずにしていたシロであった。

 この大崩壊の中でも確かに聞こえた、高音域のナニかが哭く声が響いた直後。

 天井から、壁から這い出てきたソレを。

 ソレは、細く、そして巨大だった。

 三Mは超すだろうその巨躯はしかし、異常なほどに細く。良く観察すればそれは細いのではなく、ただ肉がないのだと気付いただろう。ソレには肉はないにも等しく体つきは筋張っており、その一見華奢にも感じられる身体はしかし、不可思議な紫紺に輝く装甲のような『殻』に覆われており決して脆弱には感じられない。そして、その不気味な身体を支える四肢もまた異形であり、細長く延びたそれは、正常なそれではないことを示すかのように逆関節に作られ。また、腰からは長い、四Mはあろうかという硬質な尻尾も伸びていた。

 その異形を司る頭部もまた一際恐ろしげであり。草食獣とも肉食獣とも違う。しかし確かに獣の頭骸骨に似たその頭部に空いた二つの眼窩に宿るのは、紅い―――朱い血溜まりのような灯火で。

 

 毒々しい赤い輝きを宿すそれが―――二つ、四つ、十―――二十――――――。

 

 舞い上がる土砂。

 周囲を満たす視界を閉じる土煙と轟音の中に一瞬―――しかし確かに見た(不吉)は三十は軽く越え。 

 背筋を刺す新たな悪寒に、シロは反射的に今にも連絡路に飛び込もうとする【ロキ・ファミリア】等一団を見る。

 半分近くは既に連絡路に至っている。

 残りはサポーターとその援護に着くティオナ等数人だけ。

 あとほんの僅か。

 十秒もいらない。

 たった数秒もあれば全員が連絡路に辿り着けた。

 だが、シロは己の直感に従った。

 魔力は既に限界に近く、ポーションによる回復があれど、解消できていない肉体的なダメージが刻まれた身体に鞭を打ち、両手に双剣を投影。

 そして、それを直感に従い前方に―――今にも連絡路に飛び込もうとする一人の冒険者―――レフィーヤの背中に向けて投擲した。

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ――――――!!!!???」

 

 自分が何を叫んでいるのか自分でもわからなかった。

 声を上げているのは理解して(わかって)いる。

 しかし、それが何を形作っているのかがわからない。

 誰かの名前なのか。

 何かの警告なのか。

 怒声か。

 悲鳴か。

 それとも、ただ、形のない声だけを上げているのか。

 なにも、わからない。

 その声を押す感情もまた、自分のことなのに何もわからない。

 怒りか悲しみか。

 ただ、あまりのその感情の大きさとぐちゃぐちゃの混ざり具合に、最早別の新しい感情ではないかと考えてしまうほどで。

 ただ、冷たい。

 あまりにも硬く否定できない光景(現実)を翡翠の瞳に映すだけで。

 幾つもの出来事が淡々と―――同時に起きて。

 その全てを把握することは、フィンですら出来なかっただろう。

 崩壊する59階層を駆け抜け、何とか58階層へと続く連絡路へ飛び込み、直ぐに他の者の状況を確認するため後ろを振り返ったそこには、最後を走っていたレフィーヤが今にも連絡路に足を踏み入れようとする姿が。

 その姿に、間に合ったとかという安堵と、後はあいつだけだと少しの不安を含んだ、しかし確かな信頼を宿しながら、まだ少し離れた位置で駆け寄ってくるあいつの姿に目を向け。

 そこで、レフィーヤの背に向けて剣を投げるあいつの姿を見た。

 一瞬の空白。

 有り得ない光景に意識すら掻き消えたその僅かな間隙に、ソレは現れた。

 魔法のようにレフィーヤの真後ろに現れたそれは、初めて見るモンスターで。

 全身が骨で出来たかのようなその異形のモンスターは、既に()をレフィーヤの背へと伸ばしており、それに向けられた本人も、既に連絡路に入った者もその殆どが気付いておらず。

 フィンやガレス、アイズといった私を含めた数人しか気付いていなかった。

 そして何よりも問題なのが、その事(レフィーヤの窮地)に気付いた誰もが何も出来ないでいたこと。

 ただ、見ている事しか出来ない中。

 今にもレフィーヤの命を奪わんとしていたソレの姿が消えた。

 そう感じる程の速度でいつの間にか離れた位置に移動していたソレは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 崩壊し崩れ落ちていく59階層の中、向かい合う七Mの『鎧を纏った恐竜の化石のようなモンスター』と両手に双剣を握った男。

 それが示す事を信じられず。

 

 認められず。

 

 私は声を上げ―――――――――

 

 立ち尽くすだけだった私の視線に気付いたのか、こちらをチラリと見たあいつは。

 

 厳しく引き締められたその顔を、一瞬―――ほんの少しだけ、困ったような、申し訳なさそうな、そんな苦笑を浮かべて、その口を―――

 

 

 

 ―――壊れた(ブロークン)

 

 

 

 小さく動かして。

 

 

 

 ―――幻想(ファンタズム)

 

 

 

 直後、連絡路の出入り口直上が爆発し、瞬く間も無く塞がった。

 砕けた岩と壁が衝撃と共に崩れ落ち、連絡路(こちら)59階層(あちら)を断絶する。

 吹き荒れる衝撃と土砂に、縋り付くようにして耐えていた意識が奪われ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に私が目を覚ました時、あいつの姿は何処にもなく―――それ以降も見ることはなかった。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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