たとえ全てを忘れても 作:五朗
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『っ―――ぁ……ここ、は?』
『っ!!? ベル君ッ!! 起きたのかいベル君っ!!』
『ぁ、ああ~ベル様ぁあああ!! 良かったっ!! 目を覚ましたんですねぇ』
『神、様? リリ?』
『覚えているかい? 君は―――』
『―――ここはギルドの医務室ですっ!! ベル様はあのミノタウロスを倒したあと気絶されていたんですっ!!』
『ミノ、タウロス? そっ、か……僕はあの後……』
『そうだよ、君は見事たった一人であのミノタウロスを打ち倒したあと、気絶して、それからあのヴァレン某に背負われてここに運び込まれたってわけさ』
『あ、はは……格好、つかない、なぁ……』
『っっ―――そんな、そんなことありませんっ!! ベル様はっ! ベル様はっ!!』
『リリは、大丈夫?』
『っ……ふぅ、それはこちらのセリフですよ、ベル様』
『―――っベル君が目を覚ましたって!?』
『エイナさん? あ、と……その、ご心配お掛けしま、した?』
『―――っ、はぁ……あなたと言う人は……もう、一体どれだけ心配をかけて』
『ご、ごめんなさい』
『
『―――君っ』
『っ!! す、すみませ―――』
『ぇ? あの、それって、どういう―――』
『何でもないさ、そうさ、何でもない。君が心配することじゃないよ』
『でも、神様っ、それって―――』
『大丈夫だっ!!』
『っ!?』
『大丈夫っ、大丈夫なんだっ―――絶対に、
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『……っふあ―――ふぅ……う~ん、ちょっと早かったかな? まだ眠いや……あれ? 神様? いない……
『神様ぁ~……朝ごはんは昨日の残り、で……』
『っ―――ぁ―――』
『神、様?』
『っ――――――シロ、君っ』
『っ!?』
『何でっ、どうしてっ―――!?』
『
『―――っ!?』
『こんなっ―――これじゃあっ、まるで君が―――君がっ本当に……』
『――――――』
『死んで、しまったみたいじゃないかっ……』
『っ?!!』
『お願いだよ……シロ君―――早く、帰ってきておくれよぉ……』
「―――っ!!? ~~っッ?!??!」
「わっ!?」
目を覚ました瞬間、まず感じたのは全身に広がるとてつもない痛み、だった。
飛び起きようとした身体はしかし、指先一本まで苛む痛みと疲労によって押さえ込まれ、ただ口から声にならない悲鳴を上げさせる結果となった。
しかし、それによって
「わっ、わっ、っと起きたっ!! 起きたよアルゴノゥト君がっ!!」
「ちょっと、うるさいわよ。それに『アルゴノゥト』ってあなた―――って、あら本当、起きたんだ」
「っあ……こ、こは?」
痛みと言う何よりも雄弁な答えが、これが夢でも幻ではない事を伝えてはいるが、ベルはそれでも今の状況が―――自分が
咄嗟に―――誰に問うものではなく、ただ自然と口から溢れたその言葉に、ベルの傍で飛び上がって喜びを示していたアマゾネスの少女―――ティオナが天幕に入ってきた姉であるティオネから顔を離すと、満面の笑顔を浮かべたその顔で口を開いて答える。
「ここは【ロキ・ファミリア】の拠点だよっ! えっと、場所は―――」
「―――『
「『
これが間違いのない現実である事が、ゆっくりと、しかしハッキリと自覚出来るようになると共に、落ちそうになっていた瞼を唐突に開いたベルは、自分が連れていた二人―――リリとヴェルフの安否について口をついて出た。
痛む体の事等感じないかのように、起き上がってティオネ達に掴み掛からんばかりの勢いのベルの姿に、慌ててティオナが起き上がろうとするその肩を優しく押さえ込みながら視線を隣へと向けた。
「ああっ!! 落ち着いてっ、大丈夫だよ。ほら、隣で寝ているよ二人とも。大丈夫、怪我は酷かったけどアルゴノゥト君の方が重症だったんだから」
「え? あ、っリリ……ヴェルフ……」
ティオナの言葉に、押さえつけられながらゆっくりと顔を視線の先、自身の隣へと向けると、先程までの騒ぎ声が不快だったのか、それとも全身を苛む痛みによるものか、二人とも眉間に皺を寄せた顔で小さく唸りながらも、それでも生きて隣に寝ているのをベルは確認した。
「っ、良かっ、た―――本当に、良かった」
「もう、君って子は、自分の方が重症なのに、人の心配の方が先って」
「あ、はは……すみません。えっと、そのそれで、何で、僕、【ロキ・ファミリア】の拠点なんかに……あっ! もしかして『ゴライアス』から僕達を―――」
「―――天幕の前にいたのよ」
「え?」
ベルは自分の意識が落ちる寸前―――迫る階層主であるゴライアスの姿を思う。
最後の最後に一撃を食らわせてやるも、倒すことはできず。その目の前で意識を失うところだった。絶対に回避が出来る筈のない死があった。
なのに、今自分は目を覚まし、生きている。
なら、答えは一つしかない。
誰かが助けてくれたのだ。
自分達が【ロキ・ファミリア】の拠点にいると言うことは、つまり彼らが助けてくれたと言うことで。
そんなベルの予想はしかし、ティオネの言葉によって裏切られることになった。
「それは、どういう?」
「言葉通りの意味よ。そうね、たしか階層主が復活したのか、戦闘音が聞こえて暫くしてからね。団員の一人が天幕の前で倒れているあなた達を見つけたのは。ぼろぼろで今すぐ死にそうな姿で、直ぐに団長の指示で治療したわけだけど、で、私からも聞きたいんだけど、あなたどうやってここまで来たの?」
「どう、やって?」
ティオナに押さえ込まれているベルの傍まで歩いてきたティオネが、屈み込んで覗き込んでくる。
じっと見つめてくるその瞳に中には、疑惑がありありと浮かんでいた。
そんな目を向けられている張本人たるベルは、しかしティオネの言っている意味が分からずただ首を傾げるしかなかった。
「その、意味がちょっと」
「っはぁ……つまり、あなたはね。私たち【ロキ・ファミリア】の冒険者が警戒する中を潜り抜け、天幕の前まで辿り着いていたのよ。見つけた団員も、哨戒していた団員じゃなくて、あなた達が倒れていた天幕から出た団員が、よ」
「え? それって」
ティオネの話を聞き、ようやく上手く回らないベルの頭でも彼女の言いたいことが分かってきた。つまり、ティオネはベル達が自分達で天幕まで来たのではなく、誰かに―――何者かに連れてこられた筈だと言いたいのだ。
それも、【ロキ・ファミリア】の団員が警戒する中を、負傷者を三人も連れて誰にも気付かれずに潜り抜けてきた何者か、又は何者等から、だ。
「そう、有り得ないのよ。そんな今にも死にかけな状態で、私たちの団員の警戒網を潜り抜けて天幕まで来るなんて不可能に決まってる。そう、
「っ」
ベルの考えの通り、ティオネが言葉にしてそれを口にする。
じっと自分を見下ろしてくるティオネの目に敵意はなく、ただ疑問と戸惑い、そして警戒が宿っていた。
「はっきり聞くけど、あなたをここまで届けてくれた相手、覚えてない?」
「えっと、僕は―――」
ベルが落ち着いたのを理解したのか、ティオナが押さえ込んでいた手を引っ込めてティオネの横に腰を下ろした。ティオネの疑問はティオナも思っていたのだろう。口を挟むことなく、考え込み黙り込んだベルをティオネと共に見下ろしてた。
双子の姉妹の視線を感じながらも、ベルは気絶する前の記憶を思い出そうとする。
疲労困憊で、階層主のいる階層へと入る前後から、既に記憶は怪しかったが、それでもベルは必死に思い出そうとしていた。
ティオネの質問に答える、というよりも自分が気になっていたからだ。
霞が掛かっている記憶の中、消え行く意識の間際、自分は確かにナニか―――誰かを見た。
闇に沈む、意識と視界の中、最後に映ったのは、白い―――。
「―――死、神」
「「え?」」
ポロリと、何とはなしに溢れたベルのその言葉に、ティオネとティオナが同時に戸惑った声を返した。
「っあ、そ、そのっ! 気絶する寸前、見た気が、したんです」
「……何をよ」
自分で口にしながら、その言葉に自分で驚いた様子を見せたベルだったが、ティオネの続きを促す言葉に瞼を閉じ、再度思い出そうとする。
闇の中、浮かび上がるのは黒いローブで全身を覆った何者かの後ろ姿と、微かに見えた、白い―――。
「その……黒いローブで全身を隠した……白い骸骨の顔をした人を―――」
「白い骸骨って……」
呆れたようなティオネの声に、ベルは横になったまま苦笑いを返す。
「その、骸骨っていっても、そう見えただけで、もしかしたら仮面でも被っていたのかも……」
「まあ、普通に考えたらそうよね」
神様が地上を闊歩しているような時代だ。何処かには動く骸骨もいるかもしれないが、そう簡単には信じられるものではなく。それならば、
「……ま、いいわ。嘘を言っているようにも感じられないし。何者かにここまで連れてこられたと言うのはわかったわ。目が覚めたら教えてくれって団長に言われてたし。ちょっと行ってくるから、あなたはここでもう少し休んでおきなさい」
「あ、その、お礼を―――っッ!!?」
じっとベルを見下ろしていたティオネだったが、じっと見返してくる赤い瞳に得心がいったのか、小さく頷くと膝を伸ばし立ち上がった。ちらりとニコニコと能天気に笑ってる自身の双子の妹を見た後、体を翻し、先ほど入ってきたばかりの天幕の入り口へと顔を向けた。
そのまま出ていこうとするティオネの背に、慌ててベルが立ち上がろうとするも、直ぐ様横に腰を下ろしていたティオナが手を伸ばし立ち上がろうとしていた彼の体を押さえつけた。
男女の差以上に、負傷に加え隔絶したレベルの差から、ピクリとも体が動かない中、必死に視線だけを入り口へと向かうティオネの背中へと向けるベル。
「ほらっ、駄目だよアルゴノゥト君。リヴェリアが治療してくれたけど、まだまだ治りきっていないんだから。もう少し休んでおかないと」
「っ、大丈夫で―――って、『アルゴノゥト』君? その、それって―――」
せめてお礼だけでも、自分が出向いて言わなければという思いのまま何とか立ち上がろうとしていたベルだったが、にこにこ笑いながら自分を押さえ込むティオナの言葉の中に、良くわからない言葉を捉え、思わず疑問の声を上げた。
「気にしないで良いわよ。そこの馬鹿が勝手に言っているだけだから。はぁ、いいからあなたはじっとして、そこで大人しく休んでいなさい」
幸か不幸か、そのベルの言葉に入り口の前で立ち止まったティオネが、背中を向けたまま呆れた声音でベルに注意を向けた。
「っ、でも、せめてお礼だけでも」
「……お礼、か」
ティオネの言葉を聞き、しかしそれでもと声を上げたベルの言葉に、入り口に手を伸ばした姿で動きを止めたティオネが小さく口の中で、その言葉を呟く。
「え? あの……」
動きを止めたティオネに、思わず戸惑った声をあげるベル。
数秒の無言の間が過ぎ。
ベルが続いて言葉を発しようとするも、それを遮るようにティオネが先に口を開いた。
「そんなの必要ないわよ」
「え?」
「―――借りを、返しているだけよ」
背中を向けたまま拒否の言葉を返すティオネ。しかし、最後の言葉を上手く聞き取れなかったベルが、もう一度尋ねようと口を開こうとするも―――。
「何か―――」
「っ良いから、あなたはそこで休んでおきなさいっ。それとも何? 強制的に眠らされたいのかしら?」
明らかに不機嫌な様子を見せるティオネの気色ばんだ声色に、思わず言い掛けた言葉を悲鳴へと変えたベルは、そのまま小さく縮みこもってしまう。
「ぴぃっ! わ―――わかりましたぁっ!!」
「あはは、もう、ティオネったら」
ぷるぷると全身を震わせながら小さくなっているベルを苦笑いで見下ろしていたティオナが、今にも外へと出ようとするティオネへ向かってむくれた顔を向ける。
「―――はぁ……じゃ、私は行くから。何かあればそこの馬鹿に言いなさい」
そんな妹の様子を見ずとも感じていたティオネは、気持ちを切り替えるように小さくため息を吐くと、震えるベルに背中越しに最後に言葉を向けた後、そのまま天幕から外へと出ていった。
ダンジョン18階層にある
そこの17階層へ続く連絡路近く、南端部に広がる森の中、その一角に設けられた【ロキ・ファミリア】の野営地の奥、幾つも設置されている天幕の中でも一回り大きな幕屋の中では、重苦しい雰囲気が満たされていた。
あの、59階層での戦いから七日後。
【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】の一団は、
その場にいて実際に戦ったフィン達ですら、未だに現実感を感じられない程の様々な出来事が目まぐるしく起きたあの戦いの後、直ぐ様彼らはそこから退却した。
取り残された者への救出を叫ぶ反対の意見もあったが、59階層の崩落が何処まで影響があるのか、また、最後に現れた白い謎のモンスターが
反対を叫んでいた者達も、自分達の状況や周りの、特にレベルが低いサポーターとして付いてきた団員達の消耗具合からそれ以上の反発を口にすることもできず、フィンの決定に従う事とした。
そうして、50階層で待機していた残りの団員達と合流後、フィンは僅かな休息を取ると、直ぐに帰還への行動を始めた。
それには、50階層までの退却には消極的な賛成を示していた者からの反対の意見も出たが、全員の消耗度合い、不確定要素の多々、そして
アイズ等最上級の冒険者ならば兎も角、低い『耐異常』しか持たない冒険者にとって厄災に等しい、そんな大群に襲われた結果、【ロキ・ファミリア】の団員の半数以上、【ヘファイストス・ファミリア】にあっては団長である椿と他数名を除くほぼ全員が『毒』により倒れる事になってしまった。
そうして、そのままの帰還が不可能と判断したフィンは、
「「「――――――」」」
一家族が十分に住めるぐらいの広さがあるこの天幕の中には、【ロキ・ファミリア】の最高幹部であるフィン等三人しかいないにも関わらず、その場を狭く感じる程の重苦しい雰囲気に満ちていた。
先程、ティオネから保護した三人の内、ベル・クラネルが目を覚ましたという報告が上がった。
何時もならば何かにつけ、フィンの傍にいようとするティオネも、この場に満ちる雰囲気に気圧されたのか、報告を終えると直ぐにその場から立ち去っていった。
「―――ふぅ」
報告を受けている間も、その後も続いていた沈黙は、フィンの小さなため息と共に破れる事となった。
「じゃあ、
何処か苦笑いを含んだようなフィンのその言葉に、円陣を組むように丸くなって顔を突き合わせていたガレスがじろりと尖った視線を向けた。
「どうもこうもないじゃろうが。冒険者は相互不可侵とはいえ、非常時でもない現状で死にかけの者を見過ごすわけもいかんじゃろ。それに―――あの小僧があ奴の【ファミリア】の者だと言うのならば、
「―――おい」
腕を組み、歯軋りでもしかねない顰めっ面で発していたガレスの言葉を、俯いたまま黙り込んでいたリヴェリアの圧し殺した声が止めた。
「
垂れた緑髪の間から、刃物のようにギラついた視線がガレスを突き刺す。
刺すようなそんな視線を、ガレスは鼻を鳴らして散らすと、僅かに視線を逸らしながら言葉を返した。
「なんじゃ、事実であろうが。それとも何か、あの状態で奴がまだ生きてい―――」
「―――ガレスっ」
ガレスの言葉を遮ったのは、今度はフィンであった。
上段から叩き切るような鋭く重い声に、ガレスは勢いの余り口から出そうになった言葉を思い返すと、恥じるように目を瞑り唸り声を上げた。
「っ、むぅ……すまん」
「……いや、僕も急に声を粗げてすまない。リヴェリアも―――」
「……ああ、すまなかった」
各自が謝りつつも、しかし互いに視線を合わせることもなく。
また、重苦しい沈黙が満ちる。
再度始まった沈黙は、しかし今度は長く続く事はなく、またもフィンの言葉によって破られることになった。
「それで、改めて言うけど、彼らをどうするか、だけど。まあ、最低でも全員が目覚めるまでは保護は続ける。あの子の事もそうだけど、あの三人の中には、【ヘファイストス・ファミリア】の団員もいるそうだからね。そう簡単に放り出せるような事は出来ないよ」
「なに? そんな者がおったのか?」
フィンのその言葉に、ガレスが何処か戸惑ったような声を上げた。
もし、そんな者がいたのだとすると、もっと騒ぐ者がいて自分の耳にまで入っていた筈だったからだ。しかし、そんな事はなく。ガレスが知ったのは、今この場、フィンの口からであった。
「赤髪の背の高い彼がそうだよ。『毒』を受けなかった【ヘファイストス・ファミリア】の団員が言っていたが……確か―――ヴェルフ、だったかな……」
「ほう、そうか。ふむ、【ヘファイストス・ファミリア】と言えばじゃが、あ奴はどうだ?」
ヴェルフ、か―――と小さく口の中で呟きながら、しかしガレスの脳裏には別の事へと意識が向けられていた。
「椿の事かい?」
ティオナとはまた方向性は違うが、いつも明け透けで落ち込むような姿を見せない【ヘファイストス・ファミリア】の団長が、長い付き合いのあるフィン達ですら見たこともない姿を晒しているのだ。
気にならない筈がない。
「うむ。
「変わらずだ。一応保護した三人の中に【ヘファイストス・ファミリア】の者がいることを伝えたけどね。返事もなく天幕の中で黙り込んだまま、剣をいじくっていたよ」
「ふむ、確かあ奴とも親しかったらしいからな。無理もない、か……」
親しい者を亡くし、自身の中に閉じ籠る者は珍しくはない。
だが、ガレスの知る限り椿にそんな弱さを感じたことはなかった。
しかし、現実に椿は一人、同じ【ヘファイストス・ファミリア】が意識もない状態で保護されたにも関わらず、未だ自分の天幕に籠ったまま姿を見せないでいる。
もしや、何か特別な関係だったのかと、らしからぬ邪推を思い浮かべてしまうガレスに、リヴェリアがまたも圧し殺した声を向けてきた。
「ガレス」
「む、なんじゃリヴェリア」
「その言い方はやめろ」
低い、それでいて鋭いその声に、ガレスは若干の苛立ちを込めた声を返す。
「……何をだ」
「まるであいつが―――シロが死んだかのような言い方をだっ」
「死んだかのような、か。何じゃお前。まさかまだ奴が生きているとでも言いたいのか?」
組んだ腕を、自身の指先で苛立ちを示すかのように叩きながら、ガレスが挑発的とも言える言葉をリヴェリアへ投げ掛ける。
その、何時ものじゃれあいのようなそれとは全く違う。
何処か責めるようなそのガレスの言葉に、伏せていた顔を勢いよく上げたリヴェリアが、緑に燃える瞳を突きつけた。
「っッ!!?」
「59階層そのものが崩落したのだぞ。18階層であったそれとも比較にならんっ。それにもし生きていたとしても、59階層よりも下へと装備も何もない状態で落ちて、ここまで生きてこれるとでも本当に思っているのかッ!?」
普段の冷静で落ち着いた様子からは考えられないリヴェリアのその姿を、他の団員達が見たとしても、直ぐに本人だとは思われない。そんな鬼気迫る顔を向けられながらも、ガレスはどこ吹く風とばかりに泰然自若としていた。
そんなガレスの様子の何かが琴線に触れたのか、リヴェリアは声を粗げながらガレスへと詰め寄ろうとする。
「ガレスッ―――貴様ぁああっ!!?」
「やめろ二人共ッ!!」
「「―――っっ」」
しかし、伸ばされたリヴェリアの指先がガレスへと触れる直前、フィンの裂帛の声が押し止めた。
腐れ縁とも言える程の付き合いがある中でも、あまり聞いたことのない程のフィンのその声に、思わず身体を固めてしまうリヴェリアとガレスの二人。
動きを止めたのを確認したフィンは、小さくため息を吐きながらガレスへと視線を向けた。
「ガレス。確かに彼の陥った状況は絶望的だ。しかし僕達は彼の死をこの目で見たわけでもない。君らしくないぞ。そんな悲観的な言葉を言うのは」
「む、う……すまん。確かにそうだ、いかんな。やはり少し疲れているのかもしれん。リヴェリア……」
「……っ、いや。お互い様だ……もう七日も過ぎたというのに……まだ冷静になれていないようだ」
落ち着いたフィンの言葉に、自分でも言い過ぎたと理解していたガレスは、組んでいた腕をほどくと、リヴェリアに向かってしっかりと頭を下げた。
同じように、フィンの声で頭に上っていた血がある程度落ちたのか、瞼を閉じ、自身の行動を省みたリヴェリアが頭を下げるガレスに、自分も同じように頭を下げた。
「無理もない。かく言う僕も、そんなに冷静とは言えないからね。未だ自分の目で見た事が信じられない」
「ああ、あまりにも連続で
少しではあるが、溜め込んでいたモノを吐き出したためか、何処か張り詰めていた気配を漂わせていた二人から、若干の緩みが生まれたのを確認したフィンが、自身の抱えている思いも少し溢すと、リヴェリアもそれに同意するように小さく顎を引くようにして頷いた。
「そうだね。だけど、無理矢理にでも切り替えなければならない。少なくとも、
「そうじゃ、な……で、ならばどうする?」
それぞれが少しではあるが、溜め込んでいたモノを吐き出し。ある程度回りが良くなった頭で切り替えるように言うフィンに、今度はガレスが問いかけた。
「……何をだい?」
「ベル・クラネルと言ったか、あの小僧に伝えるのか?」
何を言っているのか、と言うよりも、どれの事を言っているのかと視線を向けるフィンに、ガレスは天幕の向こう。ここから少し離れた位置に設置されている彼らが寝かされているだろう方向に視線を向けながら、具体的な言葉を返す。
「どう言えと? 『君の【ファミリア】のシロという男が、59階層で階層主以上に危険なモンスターを単独で倒したと思ったら、倒したと思ったモンスターに飲み込まれてしまい。やられたかと思えば吐き出され。吐き出したモンスターは苦しんで泥のような何かへと変わると、そこから正体不明の黒い
「それは―――」
苦笑い、と言うよりも、どんな表情を浮かべれば良いのか分からずたまたま浮かんだ顔、という微妙な表情をしたフィンが口にした言葉に、問いかけたガレスが返す言葉を見つけられず黙り込んでしまう。
改めて端的に言われても、何を言っているのかわからない。
自分がこの目で、耳で、身体で体験したというにも関わらず、未だに信じられないのだ。
何しろ前提からおかしい。
レベル1の者がどうやれば未踏破階層に行けるというのだ。
いや、そもそも本当に奴はレベル1だったのか―――ガレスの頭で答えのでない問いがぐるぐると回っていると、肩を竦めながらフィンが首を横に振る。
「言える筈もない。言ったとしても信じてもらえる筈もない。一応、ベートに渡したロキへの報告書へは書いてはいるが、ロキですら信じてくれるかどうか。何せ、自分の目で見て、戦った当事者である僕達ですら、未だ信じられないでいるというのに……」
「では―――」
信じられない。
それはあの場にいた全員が感じていた―――思っている事だった。
例え伝えたとしても、己の目で見た自分達ですら未だに信じられない事を言ったとしても、信じられる筈もない。
信じる信じない以前にどんな反応が返ってくるのかわからない程だ。
だから―――フィンはリヴェリアの続きを促す言葉に頷きを返しながら決定を口にした。
「ああ、彼には伝えない。それは全員に通達する。ただ、彼等の治療を終えたら、彼の意思を聞き、問題がなければ共に地上へと帰還する」
「ま、それが妥当か」
「そう、だな」
フィンの決定に、ガレスとリヴェリアの二人の頭が上下に動く。
ガレスはゆっくりと重々しく。
リヴェリアは何処か躊躇うように弱々しく。
そんな二人の姿に、悟られないよう深く―――深いため息を吐き出したフィンが天幕の天井を仰ぎ見る。
そろそろベートが地上に出て、ロキへと報告書を渡しているところだろうか。
天幕の天井を見上げながら、フィンの目には爆発と共に塞がれていく連絡路の出入り口の情景が浮かぶ。
崩れる59階層にただ一人残される事をわかっていながら、塞がれていくたった一つの
ガレスがああ言うのもわかる。
常識的に考えれば、例え希望的観測をしたとしても、彼の生存は絶望的だ。
しかし、それでもフィンは、彼が―――シロが死んでいるとは思えなかった。
自然と、親指を擦り合わせる。
ざらりと表皮同士が擦れ合う感触の中に、微かなうずきを感じたような気がした……。
ダンジョン18階層―――
そして今、そこは丁度『昼』と『夜』の境にあった。
天井にある、18階層における太陽の代わりである、唯一白い光を放つ一際巨大な水晶が周囲へと放つ光を、絞るようにゆっくりと押さえ込んでいく。
青空を模したような青い光を放つ他の水晶もまた、同調するように放つ光の勢いを弱らせていき。
今、この時、この瞬間。
そこは『昼』でも『夜』でもない。
黄昏色ではない狭間の時間。
黄昏時―――逢魔ヶ時。
この世在らざるべき者と出逢う時であると伝えられるその時。
生い茂る木々の枝葉の奥で生まれた暗闇の中に溶け込むように、その黒いローブで全身を隠した姿で、それはそこにいた。
それの視線の先には、耳を澄ませれば話し声が聞こえるほどの距離に、幾つもの天幕が張られた一団があり、周囲には慌ただしく食事の準備だろうか、幾条もの白い煙が闇に消えていく景色の中上っていく下で、何人もの人が忙しなく動いているのが確認できる。
周囲に響く音だろうか、それとも漂いだした香りに誘われてか、天幕の中からぞろぞろと人が出て来はじめた。
その中に、褐色の肌の少女に手を引かれ、天幕から出てくる少年の姿があった。
白い髪に、身体のあちらこちらに包帯を巻いたその少年が、天幕を出るとその後ろについてくるように、背の低い少女と赤髪の青年も姿を現した。
どちらとも白い髪の少年に負けず劣らずな負傷具合のようで、その足元は少し頼りなさげではあるが、それでも峠を越えたのか、今にも倒れそうな不安定感は感じられない。
天幕から出てきたその三人は、周囲からの目に戸惑いながらも、互いの無事を喜ぶように笑い合っている。
何処か柔らかな暖かさを感じるそんな光景を、そんな姿を、――――――それは、じっと、ただ、見つめ続けていた。
感想ご指摘お待ちしています。