たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第六話 届かない想い

「ダンジョン遠征ごくろうさんっ! 今日は宴やぁっ!! 飲めぇ~~ッ!!」

「「「「「乾杯ッ!!」」」」」

 

 『豊穣の女主人』亭の中央の席に集まり宴会を始めた一団は、『ファミリア』の主なのだろうスレンダーな体型の女性―――神ロキの声と共に、【ロキ・ファミリア】が手に持った杯を打ち合わせ宴会を始めた。やはりオラリオで一二を争う【ファミリア】ということで注目されることに慣れているのか、【ロキ・ファミリア】は『豊穣の女主人』亭にいる他の客たちからの注目を一身に浴びているにもかかわらず、気にする様子を一切見せず次々に酒の入った杯を空けている。その中には、勿論ベルの想い人であるアイズ・ヴァレンシュタインの姿もあった。

 

「―――で、声は掛けないのか?」

「ちょっ、そ、そんなこと出来るわけないじゃないですかっ!?」

 

 ぼ~、と呆けた顔でアイズ・ヴァレンシュタインの姿を見つめていたベルに、笑い混じりの声をかけるが、思いのほか大きな声で反論してきた。直ぐにベルはビクリと肩を一度上下に揺らし慌ててアイズがこちらに気付いていないことを確認し、再度こちらに非難がましい視線を向けてきた。ベルの剣幕に肩を竦めて呆れたようなため息を吐き、こちらはどうかと横目でチラリとヘスティアを伺うと。

 

「むぅ~~~。な、なんだよ?」

「ん? 何だ?」

「ふ、ふんっ、だ!」

 

 どうやら予想通りご機嫌は斜めであるようだ。ロキ・ファミリアが店に入ってくると、ロキに見つからないようにか、姿を隠すように外套をすっぽりと被ったヘスティアは、不貞腐れたように、顔をテーブルに触れかねない位置まで俯かせている。その理由が、先程から女性の冒険者にセクハラをしている神ロキによるものか、それともベルの視線を独り占めしているアイズ・ヴァレンシュタインによるものによるかは分からないが。むくれながらそっぽを向くヘスティアと、自分達(ヘスティアとシロ)をそっちのけにヴァレンシュタインに夢中のベルの姿に、自然と苦笑を浮かべテーブルの残った酒に手を伸ばした時だった。

 【ロキ・ファミリア】からその声が上がったのは。

 

 

「そうだ、アイズ! お前のあの話を聞かせてやれよっ!」

 

 

 酒に手を伸ばす手が止まったのは、特に理由があるわけではなかった。

 強いて言うならば、何か、予感を感じたのだろう。 

 自然と、視線が声が聞こえてきた方向へと向く。どうやら声を上げたのは、ベルが慕うアイズと同じテーブルに座る獣人の男のようだ。その獣人の歳の頃は、十七、八ぐらいか、少年の域を脱し、青年に掛かったくらいに見える。一見すれば細く見える体躯だが、細かな動きからでもその肉体に秘められた強大な力を感じ取れた。しかし、その力に反し、動作に甘さが見える。まだ二十を超えていないのであれば、十分すぎる程の領域だろう。だが、その身に宿っているだろう力からしてみれば、それは余りにも大きなズレ(、、)に感じられた。

 しかし、問題はそこではない。

 視線を獣人の青年から外し、向かいに座るベルに向ける。やはり予想の通り、酷く青ざめたベルがそこにはいた。どうやらヴァレンシュタインに言い寄る男の姿に危機感を覚えているのだろう。

 ここで発破を掛けるか、それともここですっぱり諦めさせるか一瞬頭に浮かぶが、直ぐに鼻を鳴らし浮かんだ考えを散らす。

 人の想いに口出しするのは流石に野暮が過ぎる。

 惚れた女が男と話している姿を見るのは気分がいいものではないだろう、と、ベルに声をかけようと口を開き―――

 

「あれだって、ほらよっ、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロスがいただろうが。その最後の一匹。お前が五階層で仕留めたやつだよっ! そん時の話だってっ! あのトマト野郎の話をよっ!」

 

 ―――そのまま閉じた。

 

「ミノタウロスって、十七階層で集団で襲ってきたけど、返り討ちにしたらソッコー逃げ出したあの?」

「そうそれっ! あの内の一匹がそれこそ奇跡みてぇにどんどん上に上っていったわけよ! あんときゃ泡食ったぜぇっ! こっちは遠征帰りで疲れてるってのによっ! 最後になって追いかけっこだっ!」

 

 嫌な予感がどんどんと大きくなっていく。

 残念な事にこういった勘が外れたことはない。

 その原因だろう獣人の男の話を聞きながら、視線はベルに向けたまま動かさない。ベルは先程からあからさまに見られているにも関わらず、全くこちらに気付いた様子もなく、青ざめた顔をますます悪くさせながらも、獣人の男に顔を向けている。いや、違う。獣人の男ではない。視線の先には金砂の髪の主。アイズ・ヴァレンシュタインだ。青ざめた顔で、身体を震わせ荒い息をしながら不安気な目で見つめている。

 獣人の男の話と、ベルの様子からもう間違いはないだろう。

 自分の話に興奮する男の声と小さく縮こまり震えるベルの姿。

 脳裏に、つい先日の光景が蘇る。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインとの出会いを熱く語るベル。

 

 まだ少年の域を脱しない柔らかな頬を赤く染め、赤い瞳をきらきらと輝かせながら、興奮気味に憧れの少女との出会いを。

 

 想いを。

 

 あまりに恥ずかしくなって、お礼も言えず逃げ出してしまったと。

 

 憧れを。

 

 助けてくれたあの人に少しでも近付きたいと、強くなりたいと硬い決意を秘めた言葉を口にした。

 

 ただただ、純粋な想いに満ちていた。

 

「―――んで、だ。俺らがやっと五階層でそのミノを追い詰めた時にな、いたんだよ。いかにも駆け出しって感じのひょろくせぇ冒険者(ガキ)が!」

 

 ガタン! とテーブルが音を立てて揺れた。

 揺れる瞳でヴァレンシュタインへと向けていた顔をテーブルにぶつける勢いで伏せたのだ。

 ぎりぎりとテーブルに額を押し付けているベルは、泣いているように押し殺した息を漏らしていた。

 ヘスティアは、【ロキ・ファミリア】に怒鳴り込むかベルを慰めるかどうしようか迷っている。

 

「抱腹もんだったぜっ! 兎みてぇによ、壁にべたぁって引っ付いてっ、顔引きつらせてこっちが泣けるぐれぇに震えててなっ! もう可哀相で可哀相でっ!」

 

 ギャハハ、と汚い声で笑いながら、獣人の男がヴァレンシュタインに言い寄っている。

 テーブルから荒い息が聞こえる。

 熱が感じられる程に荒く、苦しげな息が。 

 

「ふ~ん? で、そいで、その冒険者は助かったんか?」

「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なぁ?」

 

 再度テーブルが音を立て揺れた。

 テーブルに顔を押し付けたままベルは視線だけを獣人の男―――いや、ヴァレンシュタインに向ける。

 ……どうやらヴァレンシュタインは男の話が口に合わないようだ。

 不快気に眉根を寄せている。

 だが、男は気にしていないのか、それとも気付いていないのか。笑いすぎて痛みが出たのか腹を押さえながら、相槌を打った女―――【ロキ・ファミリア】の主神だろうロキに顔を向けた。

 

「んでよ。そん時にそいつ、あのくっせー牛の血を頭から浴びちまってよぉ―――っっ!! ま、真っ赤なトマトみてぇになっちまったんだよぉ! っくく―――ひぃっ、っっぁあ! 腹いてぇっ!」

「うわぁ……」

「なあアイズ。あれは狙ってやったんだよな。頼む、狙ったって言ってくれ。な、そうだよなっ! なっ!」

「……そんなこと、ないです」

 

 ヴァレンシュタインが、俯きながら答える。

 笑いすぎて目元に浮かんだ涙を拭いながら、獣人の男がヴァレンシュタインに詰め寄る。【ロキ・ファミリア】の他のメンバーも失笑を堪えられず、クスクスとした声が上がっていた。周囲からも、話を横耳で聞いていた部外者から堪えきれなかった笑いが吹き出る音がそこかしこから上がっている。

 ベルを見る。

 ヴァレンシュタインに向けていた視線は、再びテーブルへと押し付けられていた。

 動きはない。

 凍りついたように動かない。

 ヘスティアは、咬み殺さんばかりの目で獣人の男を睨みつけていた。今にも殴りかかりそうだが、その両手はベルの両肩に置かれている。今すぐに怒鳴り込むことはないだろう。

 一度、深呼吸する。

 まだ、駄目だ。

 

「それになぁ。まだ終わりじゃないんだよ。そのトマト野郎。アイズに助けられた直後に叫びながらどっか行っちまったんだよ! ぶっ―――くく……。う、うちのお姫様。た、助けた相手に逃げられてやんのぉっ!!」

「「―――ぷっ」」

「ぷはっ! っアハハハハッ! そ、そりゃ傑作やぁ! 流石にそれはないわぁ! ぷふっ、ぼ、冒険者怖がらせてまうなんて、アイズたんマジ萌えーっ!!」

「っくく、ふ、ふふっ……ご、ごめんな、さい……あ、アイズッ! ―――流石に我慢できなかったっ!」

「…………」

 

 ベルは、動かない。

 

 ……まだ、駄目だ。

 

「ああぁん、もうほらそんな怖い目しないの! 折角の可愛い顔が台無しよ」

 

 笑う【ロキ・ファミリア】のメンバーをヴァレンシュタインが睨みつけると、【ロキ・ファミリア】のメンバーは笑い声を上げヴァレンシュタインを宥め始めた。盛り上がる【ロキ・ファミリア】に反し、こちらは地の底にいるかのような静寂に包まれている。

 ギシリ、と椅子が軋む音がした。

 ヘスティアが、ベルの肩から手を離そうとしていた。それを、視線だけで押しとどめた。非難がましい目で睨みつけてくるヘスティアを、小さく顔を振り何とか抑える。

 獣人の男の話は続く。

 

「しかしまぁ、なんだ。久々に見たぜあんな情けねぇ野郎はな。ああもう胸糞わりぃわ。野郎のくせして泣くわ泣くわ」

「……あらぁ~」

「ほんとざまぁねえって。はんっ、泣き喚くぐれぇなら最初から冒険者になってんじゃねぇっての。ドン引きだよな。なぁ、アイズ?」

「…………」

 

 何処からか―――ミシリ、と軋む音がする。

 

「ああいう奴がいるから俺達の品位が下がるっていうかよぉ。はぁ、ほんと勘弁して欲しいよな」

「いい加減その五月蝿い口を閉じろ、ベート。元をいえばミノタウロスを逃がした我々に責があるのだ。巻き込んだ少年に謝罪することはあれ、酒の肴にするようなものではない。恥を知れ」

「ああん? はっ、流石エルフ様ってか? 誇り高いことですって。だがよ、何で俺らがそんな弱え奴を擁護しなきゃ何ねぇんだ? あんたはただてめぇの失敗を誤魔化すだけの自己満足じゃねぇか。弱えクズ野郎をクズだゴミだと言って何がわりぃ?」

「ああ、もうやめぇ。ベートもリヴェリアも酒が不味うなるわ」

 

 ―――ガリッ、と削れる音が聞こえる。

 

「へーへー、ふんっ。で、アイズはどうよ。自分の目の前で震え上がるだけの情けねぇ野郎が、俺らと同じ冒険者を名乗ってるのを?」

「……あの状況じゃ、仕方がない事だと思います」

「はっ、何だ。いい子ちゃんぶりやがって……んじゃ質問を変えるがよ。あのガキと俺、ツガイに選ぶとしたらどっちだ?」

「……ベート、酔っ払ってんの?」

「ああ黙れ、で、どうなんだ? 選べよアイズ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振るんだよ? どっちの雄に滅茶苦茶にされてぇんだ?」

「……私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」

「―――っふ、無様だな」

「黙れババァッ!! っ……、んじゃ何だ? お前はガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら受け入れるってのか?」

 

 ベルの肩が揺れる。

 明らかに意識がベートと呼ばれた獣人の男とヴァレンシュタインに向けられている。

 

「はっ、有り得ねえっ! 有り得ねぇよなそんな事ァ! 自分より弱くて軟弱で救えねぇっ! 気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎になぁ! お前の横に立つ資格なんざねぇんだよっ! それは他ならないお前が認めねぇ(・・・・・・・・・・・・)

 

 瘧のようにベルの肩が一瞬跳ね。

 

 

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

 

 

 椅子を蹴飛ばし立ち上がったベルは、弾き飛ばしたヘスティアに目もくれず店の外へと飛び出していった。突如響いた激しい音に集中する視線の中、脇目もふらず店の外へと出たベルは、夜の街の中へと姿を消していった。

 

 

 




 感想ご指摘お待ちしております。

 ……なお、明日0時第七話更新予定。
 
 予定、です。

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