たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 あ、あれ……おかしいな?
 
 こんなに長くなるつもりじゃ……。


第三話 胸に宿る灯火

 ―――あれ(謎の髑髏との邂逅)から、どうやって帰ってきたのかは朧気だった。

 気付けば、僕は【ロキ・ファミリア】の野営地に戻っていて。そして、僕たちの為に【ロキ・ファミリア】が貸してくれた天幕の中の中心に正座させられた僕は、ぐるりと周囲を取り囲んだリリや神様達に説教を受けていた。

 ただ、その説教も僕が気落ちしていると気付くと、直ぐに切り上げられて、明日以降の予定を立てた後、休む事になった。

 そして翌日、18階層の天井にある水晶群に明かりが点り、『朝』が来て、僕たちは『街』に来ていた。

 世界で最も深い場所にある『街』―――『リヴィラの街』と呼ばれる冒険者による冒険者のための街。18階層の南部に位置する湖沼地帯に浮かぶ島の上に、その『街』はあった。

 何故、僕たちがダンジョンを脱出することなく『街』へと行くことになっているかのだが、それは昨日の事である。

 昨日の夜に話し合った予定では、二日後にここ(18階層)を出る【ロキ・ファミリア】に合わせ、僕たちもダンジョンから脱出する事に決まった。

 神様達の話では、17階層の階層主は、どうやら既に倒されているようなので、直ぐに出発しても問題はなかったのだが。安全を優先し、【ロキ・ファミリア】の遠征隊の後に出発することへと決まったのだ。

 その話し合いの最中、僕が遭遇した階層主(ゴライアス)を、神様達が来るまでの間に誰が一体倒したのかと言う話題が上がったけれど、僕は何故かあの事(黒衣を着た髑髏)の事を話すことはなかった。

 あの時(ゴライアスに襲われた時)も、あの森の中での事(忠告? 警告? された時)も、その何れもが、本当にあった事なのか、今でも自信がないからだ。

 そうして、ある程度今後の予定が定まると、一日空いた明日は、せっかくだからとここ(18階層)にあるという『街』に行くと言うことに決まり。僕達は翌日の朝、失った装備の補充と観光を併せ、『リヴィラの街』へと赴くこととなった。リリや神様達は街に行くことが決まると、まだ見ぬ『冒険者の街』を夢想して楽しみにしていたけれど、僕は森の一件もあり、どうしても心から楽しむことが出来そうになかった。 

 そして翌日である今日、【ロキ・ファミリア】の野営地から出発して『街』へと向かうのは、僕とリリ、ヴェルフ、そして神様と一応の和解をした【タケミカヅチ・ファミリア】の団員たち3人、そしてヘルメス様と彼の【ファミリア】の団長であるアスフィさんの2人に加え、【ロキ・ファミリア】から案内(暇潰し)としてティオナさんとティオネさんを加わった11人と大所帯となった。僕としては、ほんの少しだけアイズさんが来ることを期待していたけれど、何故かここ(18階層)に着いてから今まで一度も目にすることはなかった。神様は、話し合いの場にはいたと言っていたから、いるのは確実なのだろうけれども。ここまで会えないのは、まるで避けられているようで……。

 そうして騒がしくも楽しげに『リヴィラの街』へと赴いた僕達は、法外な値段の商品や、雑多で独特な景観を持つ『街』とその成り立ち等のお話。他にも地上では考えられない景色を案内してくれたりと楽しむこととなったけれど―――僕は笑顔を浮かべる中で、心の奥には未だにあの時の森の中の闇に囚われていた。

 

 ―――貴様は、英雄に成るべきではない

 

 人とも魔物とも、そして神様達とも違う、異様な雰囲気を纏ったナニかから言われた言葉、僕の中に未だに渦を巻いて囁き続けている。

 ―――『英雄に成るべきではない』、か……。

 『英雄に成れない』と言われるのは分かる。

 実際そうも言われた。

 けれど、『英雄に成るべきではない』とは、一体?

 『資質』は―――才能とかそういうものだと思う。

 じゃあ、『資格』って何?

 『地位』とか『血筋』とかそういうものなのだろうか?

 でも、そんな感じでもないような……。 

 そもそもあの人? は一体誰なのだろう?

 何で、僕を助けてくれたのか、多分、はっきりとは覚えてはいないけど、17階層でゴライアスから襲われた時に助けてくれたのも……。

 何もかもがわからないし、明らかに自分の許容量を越えるものが、次から次へと溢れ出るようにして襲いかかり、既に一周回って落ち着いているようにさえ感じられる。

 本当に、ダンジョンで【タケミカヅチ・ファミリア】からモンスターを押し付けられ、遭難してから嵐の中を逝くように様々な出来事があった。

 

 ダンジョンでの遭難。

 中層への進出。

 階層主(ゴライアス)との遭遇。

 【ロキ・ファミリア】での保護。

 ダンジョンでの神様との再会。

 そして―――シロサンノ……。 

 

 一つだけでも抱えきれないのに、それが幾つも重なって……。

 

 一体、僕は、どうしたいのだろうか……。

 

 一体、僕は、どうなりたいのだろうか……。

 

 何を、わからない……。

 

 何も、考えられ―――――――――

 

「やぁ、ベルくん」

「……ぇ、あ、と……ヘルメス、様?」

 

 何時の間に、目の前にいたのだろうか、木に寄りかかってぼうっと座り込んでいた僕の前に立っていたヘルメス様が、にこりと笑いながら僕を見下ろしていた。

 

「いやぁ~、街にいた時もそうだったが、どうかしたのかい?」

「え、あ……その、何でもないです」

「ほう、そうか。しかし、みんなも心配していたようだが……天幕から抜け出してこんな所で一人、本当は何かあったのではないのかな?」

 

 ヘルメス様の言葉に、上の空だった街にいた時の事を朧気ながら思い出す。

 神様達から色々と話しかけてくれたのにも関わらず、楽しむどころか録に返事も出来ずに、結局僕の体調が悪いと思われて、予定よりも早く街から切り上げてしまうことになってしまった。

 戻って直ぐに天幕で休むように言われたのに、それなのに、今はこうして抜け出してこんな所にいる。

 僕は一体何をやっているのだろうか……。

 

「それは―――」

「まあいいか。君も色々とあるだろうしね。それで、ベル君ちょっといいかな?」

 

 言い訳なのか、それとも相談をしようとしたのか、僕の口から言葉が形となる前に、それはヘルメス様によって遮られる事になった。 

 

「え、っと。なんでしょうか?」

「少し、君とお話がしたくてね」

 

 ぐっ、と顔を近付かせて、ヘルメス様は笑いながら僕に手を伸ばしてくる。

 

「話し、ですか? 僕と?」

「ああ、君とだ」

「えっと、構いませんけど。話って一体な―――」

 

 反射的にその手を取って立ち上がった僕が、了承の返事を返すと、ヘルメス様は勢い良く両手を顔の前で叩いた。

 

「よしっ!! 決まったっ! それじゃあ行こうかっ! 今なら丁度いいっ!」

「え、ちょっ―――ヘルメス様っ?!」

「はっはっはっはっ―――!」

 

 手を掴まれると、そのまま無理矢理身体を引き起こされると、僕はヘルメス様に引き連れられるようにして森の奥へと連れ行かれてしまった。

 何故、この時行き先を良く聞かなかったのか、直ぐに僕は後悔することとなった……。

 

 

 

 

 

 

「―――な、何でコンナコトニ……」

 

 ヘルメス様に話があると森の奥まで連れていかれて行く中、何度もその話について尋ねたが、その度に「後で」と断られるまま付いていった結果―――僕はこの世の天国に最も近い光景を見た。

 そう、色々な意味で天国に近い光景だった。

 ヘルメス様に言われるがまま付いていった先には、滝壺のある川の近くで、そこには様々な乙女達がその柔肌を露にして――――――……。

 思い出しただけで顔中に血が上る光景を頭を振って無理矢理追い出す。

 下手に思い出せば、何処からか血を吹き出して意識を失ってしまいかねない。

 そうなれば、今も追いかけてくる追跡者から捕まって―――

 

『べっ―――ベルく~んッ!!? き、君だけでもにげるんだー』

 

 水色の髪をした―――確か【ヘルメス・ファミリア】の団長をしているアスフィさん、だったかに捕まり壮絶な勢いで殴られながら叫ぶ、主神である筈のヘルメス様の最後の姿が思い浮かんでくる。

 

「な、なんで僕はあんなに素直についていって……」

 

 本当に後悔先に立たずと言ったところで、これからの事を思い絶望する。

 しかし―――

 

「で、でも……」

 

 最後に見た光景が、あれならば、例え死んでも……。 

 あの時、ヘルメス様に言われるがまま木に上って見た先。そのあまりの美しい光景に目を奪われて、それでも何とか我を取り戻して覗きをやめようとヘルメス様を説得する途中。唐突に折れた枝と共に落ちた先で見たのは―――

 

「最後にアイズさんの姿が見れたし……」

 

 それも、一糸纏わぬ、あの女神のごとき姿を見れたのだから―――

 

「って、僕は一体何を―――っ!?」

 

 またも知らぬ間に思い出して頭に血が上るのを感じながら、必死に脳裏に焼き付いた光景を追い出そうと頭を振る。

 ここ(18階層)に来て、やっと会えたと思ったら覗きの現場で、僕は一体これからどんな顔をしてアイズさんに―――いや、そもそも本当に生きてまた会えるのかどうか……。

 ヘルメス様の惨状を思い出し、全身を襲う寒気により、上った血の気も一気に冷え込んでしまう。

 

「で、結局ここは一体何処なんだろう……」

 

 そうして、何とか落ち着かせた気持ちのまま周囲を見渡す。

 あの時、覗きがバレて思わず逃げ出した先、後ろから見張りをしていただろう女性の団員たちの追呼の声から反射的に逃れた結果、完全に迷ってしまった。

 昨日の夜のように、楽園と呼ばれる18階層にもモンスターがいて、何度もモンスターの声から遠ざかるように走っているうちに完全に道を失ってしまい。

 

「喉も乾いたし……ど、何処か水場は……」

 

 その僕の声に応えたのだろうか、微かに水音が聞こえた気がした。

 それは川のせせらぎとは違って、水を掬ってそれが落ちる、明らかに自然のそれではない音で。

 人気のないこの状況から、それが人ではなくモンスターの手によるものの可能性が高かったが、疲労と喉の乾きから僕は、その可能性を考えながらも自然と足を、音が聞こえる方向へ向け動かしていた。

 そうして水音が聞こえる方向へ、まるで誘われるようにふらふらと僕は足を動かしていき。

 鬱蒼と生い茂る藪を越えた先で、僕は妖精を見た。

 湖の中、水と戯れる妖精を……。

 ぱしゃり、ぱしゃりと水をその白く細い指先と手のひらを使って掬いとり。陶磁器のように白い滑らかな肌へとつたわせていく。

 その、あまりにも非現実的で、幻想的な光景に、僕は魅入られたように立ち尽くし―――

 

「っ―――誰だッ!!?」

 

 直後、僕の真横に立っていた樹の丁度顔の高さに、短刀が突き刺さ―――穿たれ。僕は一気に死の一歩手前(覗きの現行犯)という現実に引き戻される事となった。

 あと少しそれていれば、地面に落ちたコップのように自分の顔面が砕けていただろう様を想像し、獅子を前にした兎のように声もなく硬直している僕に、胸を片手で隠しながらこちらを睨み付けていた妖精―――リューさんが戸惑ったような声を上げた。

 

「クラ、ネルさん?」

「す、すす―――すいませんでしたぁあああああああ!!!」

 

 リューさんが僕を呼ぶ声に、反射的に飛び上がると、そのまま空中で何時しか慣れてしまった土下座の姿勢を取ると、地面に接地すると同時に謝罪の声をあげる。

 

「ほっ、本当に覗くつもりはなかったんですっ!! ただ喉が乾いて、それで水の音が聞こえたからふらふらとっ! そ、それで、そうしたらそこにリューさんがってっ!? す、すいません言い訳ばかりで! ほ、本当に僕は―――」

「……わかりましたから、まずは後ろを向いてもらえますか」

 

 地面に顔面を押し付けながら、怒濤の如き勢いで謝罪の言葉を発していると、その勢いに押されたのか、リューさんは溜め息混じりの声で僕に告げてきた。

 

「はっ―――はいっ!!」

 

 慌てて立ち上がって後ろを振り向いた僕は、頭の中で何度も自分に対し文句を口にする。

 あれだけヘルメス様に覗きはやめましょうと口にしていながら、今度は自分一人で覗きを行うなんてっ!?

 そりゃ偶然かもしれないけど、そんなの覗かれた人には関係ないことでっ!?

 ああっ! 僕は一体何をしているんだっ!?

 と、現実ではビシリと直立不動でいながら、脳内では地面を転がり回りながら叫んでいると、着替え終わったリューさんが声をかけて現実に引き戻してくれた。

 

「もうこちらを向いても大丈夫ですよ」

「―――ぅ……は、はい」

 

 死刑宣告を受ける罪人の心地で、ゆっくりと振り返った僕の前に、昨日の夜に見た戦闘衣(バトル・クロス)を身に纏ったリューさんが立っていた。昨日とは違い、フードは被ってはいないため、その美しい面立ちは露になっている。急いで着替えたためか、肌にはまだ水気があり、髪の先からは雫が滴っていた。

 濡れた雰囲気を身に纏うリューさんは、何時もの凛々しい印象に併せ、何処か妖しい妖艶さも漂わせていて。

 

「クラネルさん?」

「は―――はいぃぃ!?」

 

 思わず見惚れてしまっていた僕の意識が、訝しげなリューさんの声で再起動する。

 反射的に直立不動となった僕の困惑した目で見ていたリューさんだったけど、気をとり直すように小さく咳払いをすると口を開いた。

 

「それでは、弁明を聞きましょうか」

「ぅ―――は、はい」

 

 避けられない運命を前に、思わず上がった唸り声を押し殺し、僕はリューさんにこれまでの経緯について話し始めた。

 最初はヘルメス様との覗きを誤魔化そうかとも思ったけれど、直ぐにこちらを見つめるリューさんの目を前にして、黙っていることは出来ず、気付けば街から帰ってきてからこれまでの事を全て話してしまっていた。

 そうして、リューさんに事の発端から今までの事を全て伝え終えると、

 

「そう、ですか……」

 

 と、激怒することもなく、ただ口許に手を当てて俯き、何か考え込み始めたのだった。

 

「あの、リューさん?」

「クラネルさん」

「はっ、はいっ!!?」

 

 じっと何やら考え込むリューさんに、思わず声を掛けてしまうと、返ってきた声に自分から声を掛けたにも関わらずびっくりして驚いてしまう。

 リューさんは、そんな僕を笑うことなく、またじっとその綺麗な瞳で見つめると、小さく溜め息をつきながらも、その整った口許を開いた。

 

「言い訳をするなとは言いませんが、あまり自分を貶めるのは感心しません。確かに正直な所はあなたの美徳ですが、それも過ぎれば卑下する事と同義となります。そういうところは、あなたの欠点でもあるのですよ」

「は、はい……?」

 

 怒っているような心配しているような、それでいて忠告めいたその言葉に戸惑う僕に、リューさんは少しだけ苦笑いを浮かべた。

 

「野営地の場所が分からないと言いましたね。それでしたら近くまで送りましょう」

「え? いいんですか?」

「ええ。ですが、その前に、少し寄るところがありますが、構いませんか?」

 

 そう言って、リューさんは小さく小首を傾げた。

 自然なその仕草は、何時もの凛々しいリューさんにしては何だか可愛らしくて、思わず見惚れてしまってしまったが、僕は直ぐに割れに帰って勢い良く頷いた。

 

「―――ぁ、と、そ、そんな全然気にしないでください。本当にリューさんには助けてもらってばかりで……依頼を受けたからといって、こんな所にまで……」

「いいんですよ。私もそろそろここへ来るつもりでしたし」

 

 勢い良く頭を下げた僕に苦笑を浮かべたリューさんは、視線だけで周囲を軽く見渡した。

 

「え、ここに、ですか?」

「……もしかして、神ヘルメスから何も聞いていないのですか?」

「は、はい。特にリューさんの事は……ヘルメス様にリューさんが野営地にいないことを聞いた時も、はぐらかされて……」

 

 少し訝しげなリューさんの言葉に、僕はヘルメス様との会話を出来るだけ思い出そうとするが、リューさんについての話はやはり特に聞いてはいなかった。

 

「そう、ですか……神ヘルメスが……」

「あの、どうしてリューさんは野営地にいなかったんですか?」

 

 僕の言葉に、何か思案するように顎先に指を当てながら考え込むリューさんに、思わず聞いてしまう。

 昨日の夜、僕に声を掛けた後、リューさんは忽然と【ロキ・ファミリア】の野営地から姿を消していた。

 まるで、逃げ出すかのように。

 

「……そう、ですね。良い機会です。何時かは知ることになるのでしょうから。それなら、私の口から教えていた方が、後悔もないと思いますし」

「あの、リューさん?」

 

 僕の言葉に顔を上げたリューさんは、暫く逡巡するように眉根を寄せた後、気持ちを固めるように一つ頷いて見せた。

 

「ベルさん。私はギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に乗っているんです」

「―――ぇ?」

 

 僕の目を見つめながらそう言ったリューさんの顔は真剣で、その言葉が冗談の類いではないことを言外に伝えていた。

 だから、僕はその言葉に何の言葉を返す事も出来ず、ただ呆けたように開いた口からか細い吐息のような驚きの声を漏らすことしか出来ないでいた。

 

「冒険者の地位も剥奪され、一時は賞金すら懸けられていたのですよ」

「そんな、リューさんがそんなこと」

 

 する筈がない、される筈がない―――僕はどちらを口にしようとしたのかは自分でも分からない。

 結局それが形になる前に、リューさんに断言されてしまったから。

 

「事実です。私の素性を知る者が現れれば、何れ知られてしまいますから―――それなら、今、私の口から事実をお伝えします」

 

 そう言って、リューさんは僕に背を向けて歩き出した。

 

「……正義と秩序を司る神アストレアが率いる【アストレア・ファミリア】。今はもうないその【ファミリア】に、私は所属していました」

「【アストレア・ファミリア】……」

 

 リューさんが昔所属していた【ファミリア】。

 思わず口にする。

 何処かで、その【ファミリア】の名前を聞いた覚えがある。

 直接耳にしたのではなく、誰かが話をしていた中で聞こえた名前……。

 あれは、どんな話題だっただろうか。

 

「私達の【ファミリア】は、迷宮の探索以外にも、都市の平和を守るための活動を行っていました。そのため、大小様々な相手から恨みを買うことになりましたが、それでも、私達の【ファミリア】は決して怯むことはなく……あの最悪の日ですら乗り越える事ができました……」

「最悪の日……?」

 

 リューさんが口にした『最悪の日』がどんな日なのかは、僕には分からない。

 けど、何処か誇らしげにそう口にした口調から、その日はリューさんにとって、とても重大な時だったのを思わせた。

 

「ですがある日、私達は敵対していた【ファミリア】の一団の罠に掛かり、私を除いた全員が……。遺体すら回収することも出来ず、残った遺品だけを私はこの18階層に埋めました」

「あ―――」

 

 生い茂る木々の間に出来た、小さなトンネルを進みながら話すリューさんの背を追って、ようやく抜けた先の光景に、僕は言葉を失った。

 ここが、目的地なのだろう。

 僕の前に立つリューさんの背中越しに見えたのは、お墓、だった。

 

「それが、この場所です」

「……綺麗な、ところですね」

「ええ、彼女達も、ここが大好きだった」

 

 自然と、そう口にした僕に、リューさんは背中を向けていても分かるくらいの、優しい声で小さく頷いた。

 木々で出来た小さなトンネルを抜けた先にあったのは、森の中にある細い木立と水晶で出来た小さな隙間。

 その中心に、枝葉の隙間から差し込む光の下に、枝を十字に縛って地面に刺しただけの、簡素なお墓が幾つもあった。

 知らず、足は前へ動いていて、気付けばリューさんの隣に僕は立っていた。

 無言のまま、隣に立つ僕に向かって、気を使ったのか、「冗談混じりで、死んだらここに埋めてくれと言っていた」と口にしたリューさんの口許は笑っていたけれど、懐かしげに細められたその目からは、今にも弱々しく揺らめいて……。

 

「こうして、彼女達に花を手向けるため、時折ミア母さんに暇を貰っているんです」

 

 リューさんは用意していた白い花を一輪ずつ、十はあるだろうお墓の前に、一つ一つ丁寧に置いていきながら話を続ける。

 僕はその姿を黙って見続けた。

 そうして、最後にリューさんは小鞄(ポーチ)から取り出したお酒の入った瓶で、特定のお墓に注いだ後、空になった空き瓶を戻すと、お墓に背中を向け、僕に向き直った。

 

「……仲間を全て失った私は、それからアストレア様に全てを告げた後、何度も懇願してこの都市から去ってもらいました」

「え? そ、それはどうして―――」

 

 僕に向き直ったリューさんは、過去を思い出すように数秒目を閉じた後、言葉と共にその瞳を開いた。

 その口から放たれた言葉に、僕が疑問を返したが、そうじゃない。

 本当は、何となくわかっていた。

 リューさんのこれまでの話から、その理由を―――僕は―――。

 

「逃げて欲しかった―――違う。いいえ、そんなものじゃなかった。私はただ、見てほしくなかっただけ……」

 

 拳を握りしめながら、口許を歪めながらそう口にするリューさんの顔は、怒りに歪んでいるように見えて、何処か悲しげでもあった。

 

「心を黒く染める激情を抑えることもせず、ただ復讐に身を浸す醜い私のことを、アストレア様に見てほしくなかっただけ……」

 

 ふっと、拳に込めていた力を抜いたリューさんは、微かに顔を上げる。

 差し込む光に目を眩しげに細めるリューさんの目には、今何が映っているのだろうか。

 

「……彼の組織(仲間の敵)は、強大でした。しかし、私は止まれませんでした―――いいえ、そんな事欠片も考えられなかった。たった一人で挑むには大きすぎる相手……だからといって諦められる筈もなく……私は手段を選ばなくなりました」

 

 きっと、その過程で多くの恨みを買ったのだろう事は、世間知らずの僕でも何となくだけど思い浮かぶ。

 英雄譚では、たった一人で強大な組織を壊滅させるお話は幾つもある。

 でも、そんなのは結局お伽噺でしかない事を、僕はもう知っている。

 無邪気にそう信じられるほど、現実が甘くはないことを僕は身に染みていた。

 だから、それでもそれを成し遂げたリューさんが、一体何を犠牲にしたのか、手段を選ばなかったとこの人が言うほどの事が、何なのか想像すら出来ない。

 

「……それで、リューさんはその後……」

「……死ぬ筈でした。誰もいない暗い路地裏で、誰にも見送られずに……」

 

 自嘲するようにそう口にして目を伏せるリューさんの顔は、その気持ちを露すかのように差した影で黒く隠されて良く見えなかった。

 

「だけど……そこで、私は……」

 

 でも、リューさんが小さく、顔を上げた時、見えた顔は何処か優しげで。

 僕を見る目は、僕ではない何かを見つめているように遠く、眩しそうに細められていた。

 

「シルに、助けられました」

 

 ふっと、力が抜けたように、一瞬浮かんだその笑みは直ぐに消えてしまって。

 あまりにも儚いその笑みを、僕は見逃してしまった。

 

「シルはミア母さんに頼み込み、私は『豊穣の女主人』で働くことになって……まあ、地毛を強引に染められるとか色々とありましたが……それからは―――」

 

 「色々とありましたが……」と今に続いていると続けたリューさんは、これで終わりですと言うように最後に小さく首を横に振った。

 そうして、何も言えず立ち尽くしていた僕の姿に、罪悪感を感じたように微かに苦しげな顔をすると小さく頭を下げてきた。

 

「耳を汚すような話をしてしまったようで、すみませんクラネルさん」

「っ―――そんな事ありませんっ! そんなこ、と……」

 

 頭を下げるリューさんの姿が、不意に歪み始めた。

 声もつっかえて、上手く形に出来ない。

 

「っふ―――何であなたが泣いているのですか」

「わ、わかりませんっ―――わかりませんがっ、でも、リューさんっ! そんな言い方はしないでくださいっ! 僕は、そんな事―――」

 

 僕の様子に、顔を上げたリューさんが一瞬呆気に取られた後、溢すように小さく吹き出した後に、何処か困ったように首を傾げた。

 僕は自分でも何で泣いているのか分からず、逃げるよう顔を背けながら、恥ずかしいやら情けないやらとごちゃごちゃとする気持ちを振り払うかのように、こぼれる涙を乱暴に両手で拭い去った。

 

「そう、ですね。あなたはそういう人だ……」

「リュー、さん?」

 

 ようやく濡れた顔を拭き終えた僕が顔を上げると、リューさんは僕を見つめながら、でも、僕を見ずに別の何かを見ているような遠い目をしていた。

 

「ちっとも似てなんかいないのに、あなたは……」

「えっと……その……」

「っ、すいません。少し……昔を思い出してしまって」

 

 その、あまりにも優しい視線に耐えきれず僕が声を上げると、はっと我に帰った様子を見せた後、リューさんは恥じるように目を伏せてしまう。

 

「昔って……その、亡くなった……」

「ええ……」

 

 リューさんのその様子と言葉に、故人の事だと思わず口にすると、リューさんは小さく頷いて肯定して見せた。

 その弱々しい姿に、つい、僕は質問をしてしまった。

 

「あの、どんな人達だったんですか?」

「どんな、ですか? それは、一言では、ええ、一言では語りきれない程に無茶苦茶な人達でした」

 

 質問してしまった後、流石に礼儀知らずだったかと内心慌てていたが、リューさんは抵抗する様子もなく、昔を思い出すように宙を一瞬見つめると、予想していた言葉のどれとも違う事を語り始めた。

 

「む、無茶苦茶、ですか?」

「ええ、突拍子のないことを口走っては突撃する者もいれば、淑やかさの欠片もなく、男の前だというのに下着一枚になる品性のない者もいたり、ダンジョンで生き残るためだと、スライムを無理矢理飲ませたりする者も―――」

「す、スライムを……」

 

 あれを飲ませるとは、それもリューさんに……。

 一瞬、スライムで顔中がべとべとになったリューさんの姿が脳裏に浮かび、自分の想像ながら思わず顔に血が上りだす。

 慌てて浮かんだ想像(イメージ)を振り払わんと、頭を勢い良く振り回す僕に、幸いにもリューさんは気付かなかった。

 ……たぶん。

 

「ええ、酷い人達でした……ですが、最高の仲間でした」

「す、凄い人達だったんですね」

 

 何とか浮かんでいた想像を振り払うことに成功した僕は、荒げそうになる声を何とか落ち着かせて、リューさんの言葉に頷いて見せる。

 

「ええ、私にとって、彼女達は皆【英雄】です」

 

 その僕に、誇らしげに口元を微かに曲げたリューさんがあの言葉(・・・・)を口にした。

 

「英、雄……」

「クラネルさん?」

 

 その言葉が切っ掛けに、僕の脳裏に強制的にあの夢幻のような夜の事が思い起こされた。

 僕の様子がおかしい事に気付いたリューさんが、訝しげに声を掛けてくる。

 だから、反射的に僕は思わず聞いてしまった。

 

「……リューさん」

「はい?」

「リューさんにとって、【英雄】は、どんな人、でしょうか……」

「……そう、ですね……」

 

 唐突な僕のその質問を疑問に思った筈だけど、何かを感じたのか、リューさんは何も聞かずに、ただ静かに熟考した後、応えてくれた。

 

「―――『諦めない者』でしょうか」

「『諦めない者』……」

 

 確たる答えのようで、何処か曖昧なその答えに、僕は微かに不満が入った声を上げてしまう。

 しかし、リューさんはそんな僕の不満に気付かずに、遠い過去を思い出しながら誰ともなく何かを呟いていた。

 

「私にとって、あの時、あの場所で戦っていた者全員が、きっと英雄だったのでしょう……」

「リューさん?」

「っ、すいません。変な答えで」

 

 一人物思いに耽るようなリューさんの姿に、つい声を掛けてしまう。

 僕の声に我に帰ったリューさんは、咳払いを一つすると、自分でも確たる答えではないと感じていたのか、誤魔化すように頬を掻きながらすまなそうに小さく頭を下げた。 

 その姿に、僕は慌てて両手を左右に振る。 

 

「い、いえ、そんな事は」

「そう、ですか……ですが、何故、そんな質問を」

「それは―――」

 

 顔を上げたリューさんの質問に、僕は一瞬あの日の事を、あの人? のことを口にしようとしたけれど。

 

「す、少し気になって、それだけ……ただ、それだけなんです」

「そう、ですか……」

 

 結局、それは口から出ることなく、ただ、誤魔化すような言葉を、下手くそな笑みと共に口にしていた。

 

「…………」

「クラネルさん」

 

 続ける言葉も思い浮かばず、ただ顔に張り付けた笑みを浮かべていた僕に、一歩近付いてきたリューさんが心配気に声を掛けて来てくれる。

 

「あっ、はい。何ですか?」

「何か、悩んでいる事があるのですか?」

 

 もう一歩前へと足を進めながら、リューさんが僕の瞳をまっすぐに見つめる。

 手を伸ばせば、届く程の距離で、リューさんの揺るがない瞳に、苦しそうに歪ませた僕の顔が映っていた。

 

「っ―――それは……」

「無理に、聞き出そうとは思いません。ですが……」

 

 リューさんは僕に手を伸ばし掛けていた手を、何か思い悩むように一瞬揺らめかせた後、ゆっくりとその手を元の位置にまで引き戻し。戸惑う僕に向かって、労るように優しく語りかけてきた。

 

「えっと……あの?」

「自信を、持ってください」

「―――っ、う……」

 

 リューさんのその言葉に―――「自信を持て」という言葉に、僕の心臓がどくりと脈打った。

 反射的に、口から飛び出しそうになった否定の言葉を、無理矢理飲み込む。

 僕のその様子に気付いていた筈だったけど、リューさんはその事について何も言わず。ただ、僕のこれまでの軌跡について話し始めた。

 

「あなたは、冒険者になって僅かな間で、レベル2へと至り、絶望的な状況の中、決して諦めることなく仲間と共にここまで辿り着いた。普通では出来ません。偉業とも言っても良い」

「そんな、事は……ない、ですよ」

 

 偉業―――何て、そんな格好いいものではなかった。

 そんな事は、自分だからこそ良くわかる。

 泣いて、叫んで、震えて、ただ、逃げ出せないだけで―――無我夢中でただ突き進んだ先の結果でしかなかった。

 でも、僕のそんな思いをリューさんは、ゆっくりと首を横に振って否定する。

 

「いいえ。そんな事はあります」

「でも、僕がもっと強かったら、もっと頭が良かったのなら、皆をあんなに危ない目に……」

 

 脳裏に浮かぶのは、金と赤の憧憬。

 もし、あの人だったという思い。

 きっと、もっと上手く、上等な結果になっていた筈。

 それこそ、物語のような結末で……。

 そんな事を自分で考えて、自分で勝手に落ち込む僕を、リューさんの揺るぎない声が引き戻す。

 

「しかし、今、貴方達は生きてここにいる。それが全てです」

「―――っ」

 

 生きている。

 そう、みんな、生きている。

 自分も、みんな(リリやヴェルフ)も、苦しくて、文字通り死にそうだったけど、それでも生きてい、今ここにいる。

 それは、否定しようもない事実であり―――僕も、胸を張って言えるもの。

 でも、やっぱり―――……その度に過るのは、あの人だったのならと言う、もしもの話し……。

 

「……それに―――そう、ですね」

「?」

 

 一瞬晴れた曇った顔が、またも沈むのを見たリューさんは、一度自分の手を見下ろすと、ふっと、息を溢すように口を開いた。

 

「貴方を含めて、三人だけなんですよ」

「え?」

 

 リューさんの口にした言葉の意味が分からず、僕が思わず問うように声を上げる。

 顔を上げた僕の前で、リューさんは木々を仰ぎ見るようにして見上げていた。

 

「クラネルさん……私がここ―――オラリオに来た理由はですね。ここでなら何かを見つけられる―――いえ、尊敬しあえる仲間が見つかるのではないかと思ってやって来たんです」

 

 僕に顔を向けず、木々を見上げるようにして、別の遠くを見つめるような目で、リューさんは自身の過去について語り始めた。 

 

「私の故郷は、他の多くのエルフと同じく、自分達(エルフ)以外を認めず、下等なものと見なして他を排斥するような者達ばかりが住むような里でした。小さな頃は、そんな事に疑問を感じることすらなかったのですが、何時の日か、ふと私は、そんな同胞達こそが、実のところ最も醜い存在なのではないかと思い始めました」

 

 それは、リューさんが里を飛び出しここ(オラリオ)へ辿り着くまでの軌跡。

 リュー・リオンというエルフの歴史。

 

「それからは、もうどうしようもありませんでした。逃げ出すようにして里を飛び出し、見知らぬ外の世界をさ迷い歩き、そうして最後に、様々な種族が集まると聞くここ―――オラリオに辿り着きました」

 

 希望を持って、期待を抱いてやってきたオラリオで、リューさんは色んな出会いがあったのだろう。

 その中に、かつての【ファミリア】がいて、『豊穣の女主人』の人達がいて、そしてその中に、僕もいる。

 笑みを含みながら語っていたリューさんの顔が下へ、僕へと向けられた時、その顔には、何処か呆れたような雰囲気が微かに混じっていた。

 

「色々な事がありました。怒って、泣いて、笑って、迷って……幾つもの出会いと別れがあって……ですが、それだけの経験をしながらも、私は結局変われなかったんですよ」

 

 ふっ、と小さく鼻で笑ったのは、自分自身の事なのだろう。 

 

「あの里の者達と同じように、他は汚いとばかりに、仲間以外には顔を見せず、肌も見せず―――それどころか善意を持って差しのべられた手さえ払い除けてしまう始末」

 

 右手を自身の顔の前まで持ち上げたリューさんは、開いていた手を握り締めて拳を作る。

 ふるふると微かに震えている事から、全力で握りしめているのが端から見ても分かってしまう。

 その込めている力の分、自分自身が情けなく感じているのだろう。

 

「恥じて嫌った里のエルフと変わらない、結局は自ら壁を造り他を拒絶する下らないエルフでしかなかった」

「そんな―――」

「―――ですが」

 

 吐き捨てるようなそんな言葉を否定したくて、口を開いた僕に、リューさんは拳へと向けていた視線を移した。

 その目には、自分を卑下するような光ではなく、何処か眩しげなものを見るような、優しくて暖かい光が灯っていて。

 開いた口が、自然と閉じていく中、リューさんは、改めて僕に向き直った。

 

「こんなエルフでも、振り払わなかった人が三人いた」

「あ……」

 

 そう言って、握りしめていた右手を花が咲くようにゆっくりと開くと、リューさんは両手を伸ばし、戸惑う僕の両手を包み込むようにして握ってくれた。

 

「これで、二度目、ですね」

「―――僕が、ナイフをなくした時……」

「ええ、あれが最初でした」

 

 細い指先と、冷たく心地よい感触。

 反射的に思い出すのは、初めてリューさんに触れた時。

 自然と口から出た言葉に対し、リューさんが顎を引くようにして頷いてみせる。

 

「クラネルさん。あなたは、確かにまだまだ弱くて未熟です。何もかもが足りません」

「う、うぅ……」

 

 拳一つ程しかない、互いの吐息すら感じられる距離で、まっすぐに僕を見つめながら話しかけてくるリューさん。僕はその距離と、自然と薫るリューさんの香りや吐息を感じ、赤くなっていく顔と恥ずかしさから、背けたくなる顔をうなり声と共に押さえ込む。

 

「しかし、そんな事は当たり前なんです。最初から、強い人なんて何処にもいないのですから。焦る気持ちはわかります。ですが、逸る気持ちを押さえて、少し周りを見てください」

 

 でも、僕のそんな気持ちを知ってか知らずか、リューさんは笑いもせずに、ただ真っ直ぐに見つめながら、訴えるように語り続ける。

 もっと、周りをみてください、と。

 忠告のような、警告のような、でも、何処か違う。

 

「あなたがここまで辿り着けたのは、決してあなた一人だけの力ではない筈です」

 

 仕方がないなぁ、とでも言うような、優しさと親しみが込められた、暖かい言葉。

 

「あなたの力が必要な時はきっとあります。ですが、全て一人でやる必要なんて、ないんですよ」

 

 両手を包み込む、リューさんの手に力が込められる。

 

「―――っ」

 

 リューさんの白くて細い指先が、僕の手の甲をなぞる。

 撫でるように、ゆっくりと動く指先に、くすぐったさと恥ずかしさを感じて、つい、顔を下へと逃がしてしまう。

 

「何よりも、あなたは『強さ』よりもっと得難いものを、既に持っているのですから」

「『強さ』よりも、得難いもの……それは―――」

 

 でも、次に聞こえた言葉に、はっとすがるように顔を上げて、それが何なのか求める僕に対し、リューさんはからかう様に首を傾げると、笑い混じりの声で告げてきた。

 

「それは、きっと言葉には出来ないものなんでしょう」

「えぇ~……」

「ふふ……」

 

 思わずがっくりと肩を落として無念の声を上げる僕の耳に、くすぐるような、そんなリューさんの吐息を漏らすような笑い声が聞こえて、思わず顔を上げた僕の目に飛び込んできたのは。

 

「―――っ」

「それが、私があなたの手を振り払わなかった理由かもしれません」

 

 今までに見たことのない顔で笑うリューさんの姿で。

 神様やリリが見せる、大輪の華のようなそんな笑顔じゃなくて―――。

 

「クラネルさん。あなたは、尊敬に値するヒューマンだ」

「―――ぁ」

 

 更にぐっと近付いたリューさんの笑った顔が、僕の瞳一杯に広がる。

 太陽に向かって大きく花開くそれではなく。

 月光の下、楚々として花開く―――清純とした華のような。

 淡く溶けるようなその笑顔に、魅入られるように僕は見惚れて。

 

「こんな駄目なエルフからの尊敬ですが、少しは、自信は持てましたか?」

 

 そう言って小首を傾げたリューさんに、僕は暫くの間返事を返す事が出来ずにいたけれど。

 でも、リューさんの言葉に、確かに僕の中で何かが灯ったのを感じていた……。

 

 

 

 

 

 




 感想ご指摘お待ちしています。
 
 本当は、もう一つエピソードが入る予定だったんですけど、気付けば一万字越えていたので、あの子の登場は次にへと……。
 

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