たとえ全てを忘れても 作:五朗
大まかな流れは決めていますが、まだまだ話が出来ていないため、もしかしたら不定期となるかもしれませんが、その場合はどうかご容赦をお願いします。
プロローグ 女には花を、男には酒を
「―――はぁ……」
喧騒に満ちた酒場の空気の中、それに似合わない重苦しい溜め息が吐き出される。
酒精を僅かに帯びたその吐息は、誰にも聞かれることなく喧騒の中へと消えていく。
まるで見えていないように。
まるで聞こえてはいないように。
しかし、そんな事はもうとっくの昔に慣れてしまっていた。
「ふぅ……」
酒精は弱く、その分甘味は強い酒を口に含み、喉を鳴らし奥へと流れ落とす。
ゆっくりと広がる熱を吐き出すように、口から吐息を吐き出す。
今日もまた、変わらなかった。
駄目だと、そこに行ってはいけないと何度も口にした。
手を引いて、危険だと言った。
だけど、誰も信じてくれはしなかった。
理由は?
根拠は?
何故?
そんな言葉に、何時もばか正直に答えてしまう。
夢で見たと。
抽象的で、戯画的な夢。
それを、そのまま言葉にしてしまう。
誰も信じてはくれない。
どれだけ声高に叫んでも、どれだけ必死になっても。
私が感じた危機感を、確信を、誰も共有してくれない。
何度も繰り返された。
夢を見る度に繰り返した。
だけど、誰も信じてはくれない。
耳を傾けてはくれない。
一度も外したこともないその
ぼうっ、と視界が霞がかっている。
酔いが、意識を揺らす。
まるで、夢の中にいるかのように。
ゆらゆらと。
ふと、声が聞こえた。
聞きたくない、声と言葉。
「―――全くっ、今日は散々だっ!!」
「仕方ないさ、まさかあそこからモンスターが出てくるなんて思わねぇよ」
「だけどなぁ……」
今日に起きた悲劇。
幸い、誰も死ぬことはなかったけれど、重傷者が何人も出てしまった。
魔石も少なくこれといった収穫もないところで、苛立った団員が普段入らない道へと入り込んだ先でモンスターパレードにかち合ってしまったのだ。何とか逃げ出すことは出来たけれど、重傷者への治療費は笑えない程には高くついた。
予想外の痛手に、最近色々と機嫌が悪い団長の気分は更に悪くなり。
それを恐れた件の団員達が、自腹を切って酒場での宴会となったけれど、やはりそう簡単にあの団長の機嫌が良くなるわけもなく。
今もまだ、
そのエルフにも負けない美しく白い顔を、酒精で赤く染めながらも、その目は酒でも晴らせない苛立ちに歪んでいた。
きっと、今日もまた、アポロン様から例のあの子の話を聞かされたのだろう。
その身体からは、不機嫌な気配が視覚にも捉えられる程に発せられている。
誰も声をかけるような気配はなく。こういう時に場を盛り上げたりしたりするルアンも、この状態の団長には流石に近付こうとはしていない。
両手で持ったコップを持ち上げ、一口含み飲み込む。
「ふぅ……」
一体何度目のため息だろうか。
ため息をすれば幸せが逃げていくと言ったのは誰だったか?
酔っぱらった冒険者だったような、何処かの神様だったような……。
大分お酒が回ってきているようだ。
自嘲するように、小さく口許を歪め笑う。
こんな気分になるのは久々だった。何時もなら、友達がそうなる前に声をかけてくれるからだ。しかし今は、残念なことに、唯一の友人であるダフネはこの場にはいない。
前々から予定があったとかで、今日の宴には来ていないのだ。それなら私も、と言いたかったけれど、流石に当事者の一人として特に予定が入っていないのに抜けるのは無理があった。
だからこうして、一人酒場の隅でコップを傾けているだけ。
このまま静かに、黙って時間が過ぎるのを耐えれば、何時かはこんな時もおわ―――
「おい」
「え?」
ふと、自分の顔に影が差したと思った時には、そこに団長が立っていた。
その美しい顔を苛立ちに歪ませた恐ろしい姿で、私を見下ろしている。
「あ―――あの……」
「笑ったな」
「え?」
ガタガタと震える身体。
酔いなど、あっという間に消えていた。
何を言われたのか、何がそんなに気にくわなかったのか何もわからず、既に涙が込み上げてきた目元を震わせながら、私が首を傾げると、
「いまっ、私の事を笑っただろうっ!!?」
「―――ぃ!?」
酷い誤解だ。
全くの検討違い。
そう、否定したかった。
そう、声高に叫びたかった。
だけど、私の口からは形にならない声だけが漏れて、それが更に
周りからの手助けは期待できない。
唯一可能性があった
団長の手が上がった。
殴られる。
咄嗟に顔を背けたが、そんな事は大した意味はない。
団長はレベル3で、私はレベル2。
レベル差の他にも違いがありすぎる。避ける事もできないし、何処を殴られたって同じだ。
ただ、直後に来るだろう衝撃と痛みに、目を閉じながら耐える。
……耐える。
…………耐え、る?
何時までも来ない衝撃と痛みに、疑問が浮かび。
恐る恐ると、目を開けて顔を向けた先で。
「―――え?」
一人の男がいた。
何時、現れたのか全く分からない。
紺色の見慣れない服装。
たまに見る、東から来た人が着ているような服に身を包んだ男―――うん、男の人だ。長い羨むほどに美しい青みがかった髪に、アポロン様が自ら望んで手に入れた人ばかりがいる美女美男ばかりの団員に見慣れた私でも、はっと目を引かれる程に美しい顔立ちをした男の人。背中には、剣を背負っているようだ。右肩から剣の柄が見える。だけど、その先が足元に見えるから、とんでもなく長いのだろう。剣にしては随分と細身なようだけど。多分、あれも東から来た人が良く使う剣―――刀と呼ばれる剣の一種だと思う。
だけど、不思議。
一目見れば忘れられそうにない程の人の筈なのに、今までこんな人がいることに気付かなかった。
この酒場は貸し切りというわけでもなかったから、他にも客はいたけれど。
入ってきた時も、その後もこんな人がいた事に一度も気付かなかった。
多分、冒険者の人だとは思うけど、一体誰なのだろう。
「貴様―――っ、何者だっ」
私に振り下ろそうとしていた手を掴まれた団長が、咄嗟に振り払おうとしたが、その男の人は微動だにしない。
と、言うことは、この人は最低でもレベルは3。
もしかしたらそれ以上?
だけど、こんな人は聞いたことも見たことはない。
「―――花は愛でるものであって、手折るものではないぞ」
「なにっ」
その顔立ちと同じく美しい声で笑い混じりの声を受けて、団長が更に苛立ちを募らせた声を上げる。
同時に、男の人が手を離した瞬間、間合いを取るように背後へと飛んで距離を取った。
明らかに臨戦態勢で、その身体からは剣呑な気配が漂っている。
でも、私を含んだ他の団員達は、状況が全く把握できず何処か呆然とした様子を見せているだけ。
「私が【アポロン・ファミリア】のヒュアキントスだと知ってのことか!」
「すまないが、世情には疎くてな。お前が何処の誰かは知らないな」
酔いによるものではない要因により顔を赤く染め上げた団長が、その
その怒りを向けられていない周囲の団員達でさえ、怯えて縮こまる程の怒声を真正面に受けて、しかし、その相対者であるその男の人は全く揺らぎもしていない。
飄々とした仕草で肩を竦め、笑って応える程の余裕さえ見せている。
「何だとっ!?」
その姿に、更に激昂した団長が拳を音が鳴るほどに強く握りしめた。
今にも飛びかかりかねないそんな姿を前に、それでもその男の人は優雅とも言える雰囲気を崩そうともしない。
「……とは言え、一応名乗られたのならば、名乗るは礼儀か」
「貴様っ何処の【ファミリア】の者だっ!?」
ほっそりとした、それでも確かな武人としての指先を顎に軽く当てたその人が、何やら自問自答しているのを睨み付ける団長が、その人の所属を詰問している。
先程の団長とのやり取りからみて、最低でもレベルは3。
なら、きっと何処かの有名な【ファミリア】の団員の可能性がある。
流石の団長も、そんな所に所属している団員に簡単に喧嘩を売ったりはしないとは思うけれど。
でも、やっぱり私には、こんな冒険者の噂は全く耳にした覚えはない。
レベルが3もあれば、噂ぐらい耳にしたことはある筈なのに。
浮かんだ疑問は、周囲の他の団員達も同じなのか、困惑に満ちた目で皆がその男の人を見つめている。
団長もまた、少し冷静になったのか、戸惑うような色がその目に浮かんでいた。
私達の疑問の視線を受けたその男の人は、何やら困惑するように首を傾けると。
「ふぁみりあ? ああ、いやいや……某は何処其処の誰と言った者ではない。この身はただの田舎者。名は―――」
そう信じられない言葉を口にし。
そして―――何処か、笑うように、嬉しげに自身の名を口にした。
「―――佐々木小次郎」
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