たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 登場人物の言葉使いに違和感があればご指摘ください。
 一応wikiで調べた限り、小次郎の一人称は「私」なので、基本それを基準とするつもりです。


第一話 招待状

 しんと静まった夜の闇の中に、微かに虫の音が響いていた。

 耳を澄ませば、ひび割れ崩れた石畳の道に生えた草を進む、小さな動物の足音も聞こえる。

 しかし街の喧騒は遠く聞こえず、同じ城壁の中にありながら、全く違う世界のようにここは静かだった。

 日が沈み、もう随分と時間が経った。

 光源は二つ。

 腰掛けた、膝上程の瓦礫の前で焚いている焚き火の炎と、雲一つない夜空に輝く星と月だけ。

 それで十分。

 人と代わりない今でも、不自由のない程の明かりはある。

 約束の時間はとっくに過ぎていた。

 約束を忘れたり破ったりする相手ではないことは十分に知っている。

 だから、何かあったのは確実だろう。

 だけど、来られないような大きな問題なら、誰か人を寄越すだろうから、きっとそこまで大事な事ではないのだろう。多分、どこぞの神からまた何やら無茶ぶりを受けたとか、そんな所だ。

 晩御飯は早めに取っているから、少しぐらい待つのは苦ではない。 

 そもそもこちらの方からお願いして来てもらうのだ、それにこれまでも色々と世話になってもいる。文句を言うのは筋違いだろう。

 とは言え、あちらはそうは思わないだろう。

 そこらの連中とは違って、常識神と言うのも憚られる程には良い神であるのだから。

 

「―――やあ、ヘスティア。待たせてすまなかったね」

「いや、構わないよ。こちらから呼び出したんだしね―――ミアハ」

 

 焚き火の炎が照らす光と闇の狭間から姿を現したのは、少し息を切らした男神の姿だった。

 群青色の長い長髪に柔和な笑みを浮かべた、性格破綻者ばかりの神には珍しい常識を持った神で、ヘスティアの親しい友人の一()だ。薬剤系の派閥の主神で、これまでも色々と便宜を払ってくれており。

 自分を除いて唯一()()()()()()()()()でもある。

 いや、ある意味では自分よりも詳しいのかもしれない。

 砕けた石畳の残骸を踏みしめながら、近付いてきたミアハに焚き火を挟んだ向こうにある瓦礫を指差す。暗くなる前に、近くに転がっていた瓦礫の中から腰かけるのに都合の良い大きさの物を転がして来ていたのだ。座り心地は決して良いとは言えないが、地べたに座るよりかはましだろう。

 

「ああ、すまないね」

「食事は?」

 

 礼を言って指差した瓦礫の上に腰掛けたミアハに声を掛ける。まさかミアハが食事にかまけて約束を忘れているなんては思ってはいない。何か用事が出来たのだろうと察してはいるが、それがどの程度のものまでは流石に分からない。一応こちらから声をかけたのだからと、少しは準備はしてきた。 

 とは言え、お酒とそのつまみ程度で、食事にしては少し心許ない。

 

「軽くつまんできたから大丈夫さ」

 

 ふぅ、と小さく一息つきながら肩を竦めたミアハに、少し申し訳なく思いながら用意していた酒とつまみを焚き火の前に出す。

 

「また、ディアンケヒトから無茶ぶりでもされたのかい?」

「はは……ポーションの納期を早めろと言われたよ。ま、何とかなったけど大変だった」

「ああ、それは……その、別に急ぎという訳じゃなかったから、また別の日でも良かったんだけど」

 

 準備していたカップの一つに酒を注ぎ、それをミアハに手渡しながらも申し訳なく思う。

 

「いや、折角のお誘いだからね。君から誘われるのは久々だったし……で、用事はなんだい? 酒場でもなくこんなところで話そうだなんて」

「―――……分かっているんだろう」

 

 これまでもミアハを呼び出して一緒に酒を飲む事は何度もあった。大体は何やら愚痴めいた事をボクが一方的にまくし立てるばかりだったけど、ミアハは特に怒ることも無く笑いながら相手をしてくれた。

 だから、わかる。

 お互いに。

 

「……君のところのベルくんが、【アポロン・ファミリア】とやり合ったって話じゃ―――」

「ついさっきの話だろうそれ……。もう噂になっているのかい……まあ、それも無視できる話じゃないけど、違うよ」

「ああ……そうだね」

 

 ミアハの顔が、何処と無く心苦しそうに見えるのは、見間違いじゃないだろう。

 互いに避けていた話題。

 そう、彼についての話だ。

 

「シロくん―――生きてたよ」

「―――ッ」

 

 ボクの言葉に、ミアハの顔が傍から見ても分かる程に強張った。

 それは、驚いたと言うものじゃなくて、明らかに何かを怖れるようなものだった。

 だけどそれは直ぐに見間違えのように、その顔から消えてしまい。ミアハは何時もの微笑を浮かべた顔でボクに向けてきた。

 

「……そうか……おめでとう、と言った方が良いかい?」

「やっぱり、嬉しそうじゃないね」

 

 強張った顔を隠しながらのその物言いに、思わず浮かべた苦笑をそのままに、少し責めるような口調になってしまう。

 

「君には悪いとは思っているが……やはり私はアレの事を認められない―――いや、()()()()()()()()()と言った方が正しいか……」

「そっか……」

 

 隠す事も誤魔化す事もなく、ミアハはハッキリとボクの目から視線をそらすことなく告げてくる。

 それを、ボクは真っ直ぐに受け止めた。

 

「これも何度も言うが、ヘスティアこそ()()を手放すつもりはないのか?」

「アレ、じゃないよ。シロくんだ」

 

 両手でお酒が入ったカップを掴みながら、ミアハが詰めるようにそう言ってくるのを、首を横に振って拒絶する。もう、何度となく繰り返してきた問いと答え。ミアハもわかっているだろうに、話す度に何度となく繰り返してきた。

 

「……ヘスティア、何故そうまで拘る。彼方から姿を消したんだ。もう放っておけばいいだろう」

 

 ミアハの握るカップに満ちたお酒の水面が大きく波打っている。まるでミアハの今の心情を現しているかのように。

 それだけ、ボクを心配してくれている事を嬉しく思いながら、それでもやっぱりボクの答えは決まっている。

 

「そうもいかないよ。シロくんはボクの【ファミリア】だ」

「君は分かっていないッ!」

 

 思わず、といった感じにミアハの声が荒がった。だけど直ぐに彼は、恥じ入るように顔を左右に振ると、少し中身を溢してしまったカップへと視線を落とした。

 

「そうだね。多分、ボクはきっと、君程までにわかってはいないのかもしれない」

「そう思うのならば―――っ!?」

 

 そんなミアハに、悲しさと申し訳無さ感じながら答えると、彼はこちらに視線を向けることなく、カップの水面の波を押さえるように両手に強く力を込めながら声を上げた。

 

「だけど、それでも―――とボクは言うよ」

「ッ―――っ…………はぁ……」

 

 思わず、と顔を上げたミアハに向けたボクの顔を見た彼は、その焦燥に満ちた目を、避けるように逸らすと、重苦しい溜息をついた。

 

「ごめん」

「強情だと、わかってはいたんだが……」

 

 思わず口にしたボクの謝罪に、ミアハは顔を俯かせたまま、視線だけ向けて苦いものが含んだ声で呟いた。

 それにボクは、小さく苦笑を浮かべながら困ったように首を傾げる。

 

「そうかな?」

「天界にいた頃よりも悪化してはいないかい?」

「はは―――かもしれないね」

 

 お酒を一口含んで顔を上げたミアハに、目を細め笑みを返す。

 

「ふぅ……で、私に用とは? アレ―――彼の事だとは分かるが、一体私に何を? 私がどう思っているのかは知っているだろう?」

 

 反射的に目を怒らせたボクに、小さく肩をすくめたミアハが言葉を言い直す。

 

「そうだね。だけど―――うん、だからこそ、シロくんが頼るのは君だと思ったから」

「……は?」

 

 あまり見ない間抜けな顔を晒したミアハが、ぽかんと開いた口元から口に含んでいた酒を溢すのを見て見ぬ振りをしながらボクは話を続ける。

 

「多分―――ううん。きっと、シロくんは何があってもボクを頼ろうとはしないと思う。だけど、何かあった時、力を借りたいと思った時のその相手は、きっと君だろうねミアハ」

「……何故、私だと?」

 

 袖で口元を拭いながら、ミアハは困惑が抜け切れていない顔に疑問を浮かべる。それに、ボクは指を一本立てるとフフンと鼻を鳴らして応えた。

 

「それは、ボクが一番シロくんを知っているからだろうね」

「意味が、良く分からないんだが?」

 

 首を大きく傾げるミアハに、シロくんの事を思いながら口を開く。

 

「シロくんが力を借りようとする時は、きっと彼が追い詰められたギリギリの所だと思う。自分の力だけじゃどうしようもなくて、だけど死んでもいられない。きっとそんな時だと思う」

「なら―――」

 

 普通なら、そんな時はきっと仲間を頼るのだろう。 

 だけど、うん。

 シロくんは、きっとそうはしないだろう。

 最後の最期まで、ボクを頼ろうとはしないだろう。 

それは、ボクが頼りないとか、力にならないとかじゃなくて。

 単純に、ただ……。

 

「君はシロくんを嫌っている。いや、恐れている」

「っ」 

 

 浮かんだ言葉を、一つ瞬きして打ち消すと、ミアハに視線を向ける。

 特に責めているつもりはないのだけど、ミアハはバツが悪そうに顔を背けてしまう。自分であんな風に口にしながら、そんな顔をするのだから、人が良すぎると思わず苦笑が浮かんでしまう。

 

「でも、それでもシロくんが助けを求めたら、絶対に君は助けてくれるだろ」

「なっ―――」

 

 からかうような口調に、でも目とその声は何処までも真剣に。

 

「嫌っていても、恐れていても、どれだけ嫌だろうと、絶対に君は手を伸ばしてきた相手の手を振り払うことはない」

「…………」

 

 ボクの言葉に、ミアハは肯定も否定もしない。ただ、ボクの目を逸らすことなく真っ直ぐに見つめてくる。

 それに、ボクも真っ直ぐに見つめ返す。

 

「だよね―――ミアハ」

「そんな事は―――」

 

 断定するボクの言葉に、ミアハが口を開こうとする―――が。

 

「ない―――かい?」

「……わからないさ。実際に起きないと。流石の私でも答えを出せる気がしない」

 

 すっ、とミアハは視線をカップの水面に落とす。カップの水面は、もう随分と下がりきっていて、最早波打つことはない。

 

「そうかな……」

「だから、か……」

 

 呟くようなボクの声に、ミアハはカップから視線を剥がすことなく口を開くいた。

 

「…………」

だから(・・・)、私を呼んだのかヘスティア」

 

 無言のままのボクに、ようやっと顔を上げたミアハが責めるような視線を向けてくる。

 眦を上げながらのその視線はしかし、怒りや苛立ちといったものは感じられなかった。

 

「…………」

「全く、酷い神だよ君って奴は……」

 

 そう言って、ミアハは底に少しだけ残っていたお酒が入ったカップを呷った。

 

「悪いね」

「しかし、無駄になるとは思うがね。彼は強い。強すぎるほどに。そんな彼が私に助けを求めてくるとは到底思えないのだが」

 

 ボクの謝罪に苦笑を返したミアハが、その感情を浮かべたまま言葉を放つ。

 それを否定するつもりはない。

 シロくんの強さは―――異常とも言えるあの強さはよく知っている。

 そう、よく知っている。

 でも―――。

 

「そうだね。シロくんは強い。ボクの力なんて必要ないほどに……だけど―――」

「ヘスティア?」 

 

 言い淀むボクに、ミアハが声をかけてくる。

 

「最近、何か予感がするんだ」

「予感?」

 

 それに、ボクは答えにならない言葉を返す。

 疑問に質問を返す。

 

「君は感じないかい?」

「……すまないが日々の忙しさに頭が回らなくてね。貧乏暇なしさ」

 

 それに、ミアハは少しだけ考え込むよう目を閉じて見せたけど、何も思い浮かばなかったのか顔を横に振る。

 

「あはは―――それはこっちもだよ」

 

 ミアハの返事に、笑い声で頷きを返す。同じくと口にしたけれど、困窮している訳ではない。

 それどころか余裕はある方だろう。

 借金は変わらず莫大だけど、ヘファイストスは余り強くは言っては来ないし。

 それに―――。

 

「……力になれるかどうか、わからない」

 

 ボクが色々と頭で考えていると、力ない声が耳に届いた。

 目を、意識を前に、ミアハに向けると、彼は申し訳無さそうな顔をボクに向けていた。

 

「そっか―――それで十分だよ」

「……そこまでするのは、最初の眷属だからか? それとも、神としての」

 

 自然と浮かんだ笑みを向けて応えると、ミアハは少し躊躇した後、口を開いた。

 向けられたその疑問に、ボクは目を細めながら自分自身に意識を向ける。

 何故、ボクはこうまでシロくんに拘るのか。

 ミアハにああ言ったけど、ボクもシロくんの危うさを、恐ろしさを、その内にあるモノのおぞましさには気付いている。

 

「残念ながらそんな大層なものじゃないよ」

「なら、何故―――ヘスティア、君は……」

 

 だけど、それでもボクがシロくんを手放さないのは―――。 

 離れようとする彼に手を伸ばすのは―――。 

 それは―――。

 

「はは……なに、こう口にするのは何とも気恥ずかしいものだけど―――」   

 

 頬を指先でかきながら、視線を上に向ける。

 夜空を見上げる。

 雲一つない空。

 月と満天の星が眩しい程に輝いている。

 変わらない。

 ずっと―――ずっと昔から変わらないもの。

 そう言えば、あの時もこんな綺麗な夜空だった気がする。

 シロくんに手を伸ばしたあの夜と―――。

 その時に、抱いた思い。

 今、この胸に宿るものが、その時と同じものなのかはわからない。

 けど―――

 

 

「―――大事な家族なんだ、大切に思うのは当たり前だろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン18階層での死闘から4日。

 あれだけの事件が起きたというのに、(地上)は変わらず喧騒と平和に満ちていた。普通の冒険者の数年分の冒険を、数日に押し込めたかのような激流の如き日々を潜り抜けたからには、暫くは平和に過ごすことが出来るのではないかと無意識に思ってしまうのは、甘えなのだろうか。

 そんな考えが浮かぶほどに、騒動は向こうから叩きつけるかのように襲ってきた。

 きっかけは、ダンジョンからの脱出から3日目。

 ベルくん達が祝賀会として赴いた、南のメインストリートにある繁華街の片隅。そこにある『焔蜂亭』という酒場で起きた。

 何やらそこでの祝賀会の最中、たまたまその酒場にいた【アポロン・ファミリア】と思われるエンブレムを着けた団員にボクの事を馬鹿にされ喧嘩になったそうだ。今のベルくんならそこらの冒険者に負けることはない筈だけど。最悪な事に、そこには【アポロン・ファミリア】の団長であるレベル3の冒険者―――ヒュアキントスがいたそうなのだ。

 奮戦するも敢えなく破れてしまったベルくん達一行。

 帰って怪我の説明をする彼らに、叱りながらもボクのためを思って戦ってくれた事に嬉しく思いながらも、後でアポロンの奴から何か言われるだろうなと予想しながら、それでもボクは特に気にすることはなかった。

 今回の一件は偶々。

 偶然に過ぎないことで、ちょっとした失敗談の一つにしか過ぎないと思っていた。この後、ベルくんには内緒でミアハに用事があるから、そこに意識が向けられていたことも、今になっては言い訳でしかない。

 あの男神の性癖を考えれば、何時かそんな日が来ることくらい予想できていた筈なのに……。

 

「―――で、これがその招待状かい?」

「は、はい」

 

 ボクの顔が強張っているのを見て、ベルくんが申し訳なさそうな顔をしている。それに気付き、いけないと小さく顔を横に振ると、もう一度机の上に置かれた招待状を見下ろす。

 一見してわかる上質な紙に施された封蝋。そこには誰からのものなのかがわかるための紀章が押されている。

 弓矢と太陽のエンブレム。

 思い出したくもないのに、直ぐに誰のものかがわかってしまう。

 【アポロン・ファミリア】のものだ。

 この内容が、昨日の一件についての文句ならば気にしはしないが、これを受け取った際の相手の言葉を聞く限りそういうものではないだろう。

 わざわざ【宴】の招待状と言っているのだから当たり前だ。

 問題は、どういうつもりなのか、という事だ。

 相手が相手だから、色々と考えられるけれど、共通するのはどれもろくでもない事であるということだけ。

 ちらりと視線を招待状から上に上げると、椅子の上に縮こまるベルくんの姿が目に入る。

 微かに震えて見えるのは、申し訳なさと怒られるのではないかという怯えからだろうか。

 思わず吐きかけた溜め息を飲み込む。

 

「ま、もらったものはどうしようもないしね。それに前の【宴】から随分経った。一ヶ月ちょっとかな? そろそろだとは思ったけど……ふ~ん……」

「あの、神様?」

 

 招待状を開き、その中身を読んでいると、自然と口許がもにょりと動く。

 面白そうだと笑えばいいのかと、それとも狙いは何だと不機嫌さを見せればいいのか自分でもわからず、浮かんだものはそのどちらでもない奇妙なものであった。

 それを見たベルくんが戸惑った声をあげるのに、視線と意識を招待状から離す。

 

「あ~……そう言えば、この招待状を持ってきたのは、やっぱり、この紀章と同じエンブレムを付けた子達だったのかい?」

「え? あ、はい。鋭い目をした髪の短い女性と、あと垂れ目の髪の長い女性で……確かエイナさんがダフネさんとカサンドラさんって言うレベル2の冒険者だって教えてくれました」

 

 ぴらぴらと招待状を揺らすと、ベル君は首を捻りながらその時の事を思い出しながら口を開いた。

 ヘファイストスの所で引きこもっていた時とは違い、今では外で働いてもいる事から、噂はそれなりに耳にする。その中には、都市の有力な冒険者の話もあった。

 そして、その名は以前何度か耳にしたことがあった。

 

「ああ、それなら【アポロン・ファミリア】の子達で間違いない」

「―――あ、あと」

 

 うんうんとボクが頷いていると、ベル君は忘れていた事を思い出したように「そう言えば」と話を続けて口を開いた。 

 

「ん? 他にも誰かいたのかい?」

「その、招待状を渡してきた時にはいなかったんですが。ギルド本部から出た後。他にもう一人、男の人と一緒にいたのを見ました」

 

 ボクが続きを促すと、ベル君の口から新しい情報が提供される。

 男と一緒。

 まあ、あの男神のファミリアは、性癖によるものかどうかは分からないが、女よりも男の方が多いから、同じ団員だとは思うけれど。一緒に、ではなく本部の外で、と言うところが妙に引っ掛かった。

 

「ふぅん……」

「でも多分、あの男の人は同じファミリアの人じゃないと思います」

 

 自分なりに予想をたてて考えていると、ベル君の言葉が耳に入ってきた。

 多分、と言いながら、何処か確信を持っているようなそんな声に、顔を上げて視線を向ける。

 

「どうしてそう思ったんだい?」

「後ろ姿しか見えなかったから、エンブレムを付けていたかは分からないけど、格好が全然違いましたし。それに―――」

 

 ボクの言葉に、瞼を閉じて記憶を辿るベル君は、思い出せるだけの記憶の欠片を口にした後、目を開けるとどうもはっきりしない顔をしながら首を一つ傾げた。

 

「それに?」

「う~……雰囲気、というか」

 

 合いの手を入れるボクに、ベル君はもにゅもにゅと口元を動かしながら応えるけれど、やっぱりはっきりとした言葉ではなくて。

 

「雰囲気かい? 格好が違うって、どんな姿だったんだい?」

「青みがかった綺麗な長い髪を後ろで縛っていました。でも、肩幅とかから男の人だというのは間違いないと思います。それで、服はその、ああ、タケミカヅチ様達が着ているような服装でした。それと、背中に凄く長い剣を背負っていました」

 

 見えない雰囲気とやらではなくて、その男とやらの姿形を尋ねると、そこは直ぐに答えてくれた。渡されたその情報に、ボクも思わず口元が歪んでしまう。

 タケのように、異国からここ(オラリオ)にやってくる神に着いてきたり、武者修行とやらでダンジョンに挑む子供達はそれなりにいる。ベル君の話からして、多分タケのファミリアの子達と同郷の子だとは思う。 

 

「ふ~ん。確かに変な雰囲気を感じさせそうな奴だな。で、そいつは、【アポロン・ファミリア】の二人とはどんな感じだったんだい?」

「え? え~と……それは……」

 

 確かに珍しい姿だ。

 と、そこで思い出すのは【アポロン・ファミリア】の子達のこと。 

 確かあそこの【ファミリア】は、皆同じような服を着せていたような気がした。だから、そこに異装を着た男がいたことが、ベル君に引っ掛かったのかもしれない。

 とは言え、それもただの可能性にすぎない。

 それに、そんな異装を着た男が【アポロン・ファミリア】に入ったと言うのなら、噂好きの神の誰かが噂の一つや二つ広めている筈。

 そんな噂の欠片すら聞いたことがないと言うのなら、その男とやらは【アポロン・ファミリア】の子ではなく、単純にその二人の知り合いと言うだけなのかもしれない。

 だから、招待状を持ってきた子達とその男とやらが、どんな感じだったのかと聞いてみると、何やらベル君の顔がみるみると赤くなっていくではないか。

 

「ん? どうかしたかいベル君?」

「多分、その、凄く仲が良いと思います」

 

 ぽりぽりとその真っ赤に染まった頬を掻き、視線をあちらこちらに散らしながら答えるベル君の姿にボクの憮然とした視線が向けられる。

 

「何だか煮えきらないね。どうしたんだい?」

「その……」

 

 詰め寄るボクに、ベル君は観念したように視線をテーブルの上へと落とすと、躊躇いながら、と言うよりも恥ずかしがりながらその口を動かした。

 

「その?」

「腕を、組んでいました」

「腕を? んん?」

「男の人の腕を片方ずつ、【アポロン・ファミリア】の二人が抱きつくようにして、その……」

「……あ~……そっか」

「……はい」

 

 体を縮こませながら、真っ赤になったベル君がそう口にするのを視界に映して、ボクは口元に苦笑を浮かべてしまう。

 その恥ずかしがりように、からかいたくなる欲求が生まれるが、それをいかんいかんと顔を左右に振って雑念を散らす。

 ベル君の恥ずかしがりようから見て、単純に手を繋いでいたと言うよりも、もっと親密な関係を思わせるようなものだったのだろう。

 なら、ますます良くわからなくなってしまう。

 基本、色恋沙汰やら結婚やらは、同じ【ファミリア】の中か、それとも仲の良い【ファミリア】間で行われる。特に【アポロン・ファミリア】の子供達は、あの変態が己の好みで選んできた子達ばかりである。他の【ファミリア】の子との付き合いを許すようには思えない。

 だけど、その男とやらの格好がどうも引っ掛かる。

 

「異装の男、か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最速でレベル2になったと聞いていたから、もっとギラギラとした奴だと思っていたけれど、実際に会ってみればまったくそんな感じではなく。むしろ小動物を思わせるような男の子であった。

 熟練の冒険者から感じられる擦れたような様子はなく、世間知らずの田舎の子供そのものな姿に、これからの悲劇を思い、思わず帰り際に、「ご愁傷さま」と口にしてしまったのは仕方のないことだろう。

 何処か言い訳のような思いを考えながら、ギルド本部を出ると同時、ぽん、と何の気配もなく肩を誰かに叩かれた。

 

「―――ッ、誰っ!?」

 

 気配の欠片すら感じさせずに背後を取られたことに、反射的に距離を取り振り返る。

 咄嗟に身構えたウチの前には、口元に小さな笑みを浮かべ、悪戯を成功させた事を喜ぶような、何処か子供染みた、それでいて全てを達観しているかのような目をした男が、そこには立っていた。

 

「っ、小次郎っ!?」

「小次郎さんっ!」

「はっはっは―――隙だらけだぞダフネ」

 

 ウチの苛立った声と、カサンドラの喜色が混じった呼び声に、その男―――佐々木小次郎が快活な笑いを返してくる。

 

「あなた一体何処に行っていたのよっ!? 付いてくるって言ってたくせに、何時の間にかいなくなってるし!?」

「いやなに、美しい女人に誘われてな。断るのも礼を逸すると思い。まあ何……そう言う訳だ」

 

 歯を剥き出しにして怒鳴りあげるウチに対し、小次郎は忌々しいほどに、その飄々とした態度を崩すことなく肩を竦めて笑みを向けてくる。

 思わず詰めよって、襟元を捻り上げて乱暴に揺すってやろうかと一歩前に足がで掛かるも、それを遮るかのようにカサンドラがウチと小次郎の間に身体を割り込ませてきた。

 カサンドラはウチに背中を向け、小次郎に相対すると、その白く細い指先で、小次郎の男にしては細く、しかし紛れもない武人の硬い手をそっと触れると、胸元まで引き寄せた。そして、その柔らかな印象を感じさせる垂れた目で小次郎を見上げると。

 

「そ、その……お相手なら、わ、私がしますので……急にいなくならないでください。わ、私なら、そ、その……何時でもだ、大丈夫、なの……で……」

「何言ってのよカサンドラぁあ!!?」

 

 まるで駄目な男を甘やかすかのようなカサンドラのその姿に、思わずウチの口から焦りと苛立ちが微妙に混じった怒声が放たれる。

 

「ふ―――それでは、今宵の御相手をお願いしようか。春先とはいえ、まだまだ夜は肌寒い。時には人肌が恋しくなる夜もある……」

「え―――ぁ……そ、その……よろしくお願いします……」

 

 握られた手を、空いた片方の手で包むようにして、小次郎がカサンドラの手を握りながらそう口にする。意味深なその物言いと視線を受けたカサンドラは、その白い肌を真っ赤に染め上げると、恥じ入るように顔を俯かせ、しかしはっきりとその頭を上下に動かし了承を示して見せた。

 

「かっ―――カサンドラぁああ!!?」

 

 友人のある種の覚悟の決まった声と姿を目にし、口からすっとんきょうな悲鳴が上がってしまう。

 このままでは、カサンドラの貞操が、このいけすかない男に奪われてしまうと、焦りのあまりギルド本部の前だと言うことも忘れ、襲いかかりそうになった瞬間―――

 

「―――それでは、今宵の晩酌は燗で頼もうか。ああ、酒は甘めで、ツマミは辛いのを一つお願いしよう」

「―――へ?」

「―――え?」

 

 取り出そうとした武器の柄を握る手から力が抜ける。

 カサンドラからも、背中を向けているためその表情は見えないけれど、その梯子を外されたような声色からして、多分、間の抜けた顔をしているのだろう。

 ウチ達のそんな様子を、腕を君で眺めていた小次郎は、「―――ふ」とからかうような笑みを口元に浮かべると、ウチ達を置いて歩き出していく。

 

「―――昼はまだであろう? 勝手にいなくなった謝罪として、昼は私が出そう。何処か良い所はあるか?」

「こ―――このやろう……っ」

 

 からかわれたと気付き、悔しさのあまり歯を噛み締めた口元から震えた声が漏れる。握りしめられた両手も、その怒りと苛立ちの強さを示すかのように大きくぶるぶると震えていた。

 

「こ、小次郎さんっ、待ってください」

 

 小次郎の後を追うカサンドラの顔は、未だに真っ赤に染まっているまま。しかしそれは、怒りによるものではなく、羞恥によるものだろう。その様子からは、小次郎に対する苛立ちや怒りといったものは全く感じられない。

 いや、僅かにむくれているような様子はあるか?

 小次郎の後ろをついていくその姿は、まるで親の後を追う子供のようでもあり、夫に付き従う貞淑な妻のようでもあって。

 知らず、ウチの口元からため息が溢れる。

 まだ、小次郎と出会ってから2週間も経ってもいない筈なのにこのなつきよう……。

 あの子―――カサンドラにとって小次郎は憧れ―――英雄のような存在なのだろう。

 出会いからして、あのヒュアキントスから殴られそうになったところを助けられるなんて、どこぞの物語の始まりのようなものだ。

 ウチは話でしか聞いていないけれど、そこで小次郎はヒュアキントスを含めた団員の殆んどと争いとなったそうだが。小次郎はその背中に背負った剣を抜くことなく、襲いかかってきた全員を打ち倒してしまったそうだ。

 普通なら到底信じられない話である。

 ウチも最初それを聞いた時は、またカサンドラの夢物語だと真面目に取り合わなかった。

 あのヒュアキントスは、嫌な奴ではあるが、それでもその実力は本物である。それに、その場にいた他の団員達の中には、レベル2に至っている者もいたという。レベル5や6といった化物は例外として、酒が回っていたとしても、たった一人に倒されるなんて事は考えられない。だけど、事実としてヒュアキントス達は、酒場にいた団員の一人が主神(アポロン)を連れてくるまでの間に、全員が小次郎一人の手によって打ち倒されてしまっていた。

 その後、主神(アポロン)がどう口説いたのかは知らないけれど、小次郎の奴は【アポロン・ファミリア】に居座るようになった。とは言え、団員(眷族)になるのではなくて、客人扱いとなっている。あの主神(アポロン)が気に入っている奴を、特に男を眷族にしない点は不思議でならないが、一応手元にいることに満足しているのだろうか?

 まあ、ヒュアキントスの機嫌が増々悪くなってはいたが……何故か最近は大分緩和しているようではあるが……。

 その理由は―――まあ、ウチも少しはわかるかもしれない。

 飄々としながらも、洒落た雰囲気を身に纏い。

 雅な所作に、美男美女が揃った【アポロン・ファミリア】に見慣れたウチ達でも、つい見惚れてしまう美しい顔立ち。

 だけど、そんなものすら吹き飛ばすほどの隔絶した―――強さ。

 アポロンが、これから暫く客人として迎え入れると言った際、試しにと団員全員と小次郎が手合わせする事となった。

 そう、全員とだ。

 中堅のファミリアの全戦力を一度に相手にすると言われたのだ。

 初めはもしやレベル5や6といった、知られていない高レベルの冒険者だと疑った。

 それも仕方のないことだ。

 この世界で強者と言えば、高レベルの者と同義である。

 多少の技量の差など意味はなさない。

 そう考えても仕方のないことだ。

 しかし、その日、ウチの―――ウチ達の常識は簡単に崩れ去ってしまうはめとなる。

 レベル5とか6処ではない。

 その真反対。

 レベル0―――神の恩恵の一つすら受けていない男に対し、ウチ達【アポロン・ファミリア】は文字通り手も足も出せず敗北を喫する事となった。

 小次郎は結局、その背中に背負った剣を一度も抜くことはなく。地面に落ちていたただの木の枝を使い、団長(ヒュアキントス)を含めた団員全員を一蹴してしまった。

 息一つ切らすことなく、倒れ尽くす団員達が転がる中、ただ一人立つその姿は、まるで―――

 

「―――ダフネ」

「―――っ、え?」

 

 背を向けたまま、顔だけを向けて小次郎がウチの名を呼ぶ。

 何を思ったのか、小次郎の後ろをついていた筈のカサンドラは、両手で抱き締めるように小次郎の腕の一つを抱え込んでいる。

 その姿に、何か言い様のないざわつきを胸に感じたウチは、気付けば駆け出していて。小次郎の空いた片方の腕を、カサンドラのように両手で抱き締めていた。

 

「だ、ダフネちゃん!?」

「べ―――別にこれはその―――そうっ、また逃げられたら困るからよっ!?」

 

 カサンドラの動揺に震えた声を対し、自分でも何を言っているのかわからない言葉が口から出てしまう。

 

「両手に花とは良いことだ」

 

 わたわたと何やら言い訳染みた、何やら弁明するような言葉を口にするウチに対し、カサンドラは小次郎の腕を抱き締める腕に力を更に込めてみせる。

 奇妙な言い様のない緊張感が、ウチとカサンドラの間に走るも、間に挟まれた小次郎は気にする様子もなく気軽な様子で歩くのを再開する。

 小次郎の動きに意識がついていかず、バランスが崩れ、身体を支えようと咄嗟に小次郎の身体に密着してしまう。ぱっと見では、細身に感じられる体つきであるが、やはり男の―――それも鍛え抜かれた硬い、鋼のような肉体が、服越しにでも感じられた。

 思わず、小次郎の腕を掴む手を、確かめるように撫でるように動かしてしまう。

 服越しに鍛えられた男の肉の感触と熱が感じられ、思考に何やら甘い霞がかかった気がして。

 

「……ダフネちゃん?」

「……えっ、あっ!!?」

 

 カサンドラの酷く冷めた声と視線を受けて我に返るも、何故か……本当にわからないけれど、小次郎の腕から手を離すことはなく、逆に力をこめてしまっていた。

 そして、逃げるようにカサンドラの視線から顔を逸らしてしまう。

 小次郎とカサンドラの視線に映らないようにした顔が熱く感じられるのは、多分、きっと気のせいでしかなくて。

 ―――決して他に何か理由があるわけがない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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