たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第三話 秘剣VS絶剣

「ッ――――――クソ!!?」

 

 叫び出したい程の怒りと焦燥を短い罵りに抑えながら、廃墟が広がる中を駆けていく影が一つあった。赤い外套を翼のように翻しながら飛ぶように駆け抜ける先には、爆音や衝撃、土煙が立ち上る戦場。都市(オラリオ)の片すみ、忘れられたかのように静まり返っている筈の、普段は人気のない廃墟の広がる一角は、今や悲鳴や戦声が響き渡る喧騒に満ちている。

 後数十―――いや、十数秒もあればその戦場の中心へと辿り着く―――その間際。

 

「―――!!?」

 

 突如として背中を突き刺すような寒気に襲われたと同時に、シロは背後へと飛びすさった。

 急激なブレーキと共に背後へと飛んだ衝撃により、踏み蹴られた瓦礫が砕け周囲に煙幕のように土煙が立ち上る。

 視界を朧に隠す土煙の中、既に投影した双剣を構えていたシロは、目の前に立ち塞がる煙の向こうに立つ存在に、知らず沸き上がってきた不安を圧し殺すように喉を鳴らした。

 速く駆けつけなければという焦りと不安の中、それでも身体が動かないのは、目の前の存在が他に気をとられた瞬間、終わってしまう存在だと最大の警鐘を鳴らしているからだ。

 状況から見て―――いや、己へと向けられる透明な殺意とでも言うべきものからして、時間稼ぎではなく、自分に用があることを察したシロは、ある予感と共に覚悟を決めるように双剣を握る手に力を込めた。

 

「いや―――助かった」

 

 一陣の風が吹き、舞い上がる土煙が吹き飛ばされる。

 ざあっ、と音を立てて風が吹き抜けた後、そこに立っていたのは、陣羽織で身を包み、異様に長い刀身を持つ刀を片手に下げた男であった。

 口元に涼やかな笑みをたたえながら立つその男は、殺意をみなぎらせ臨戦体勢を見せるシロを前にしているとは思えないほどに自然体でそこに立ち、立ち塞がっていた。

 

「貴様に遠方から弓矢で事に当たられていれば、少しばかり厄介な事になっていたかもしれんからな」

「っ―――何故、貴様がここにいるッ」

 

 一見すれば隙だらけにしか見えない姿でありながら、何処からどう打ち込もうと返り討ちにあう姿しか想像できない男に対し、シロが震えそうになる声を抑えながら怒声混じりの疑問の声を上げる。

 大の大人であっても竦み上がる威勢を前にしながらも、泰然とした様子を欠片も崩さない男は、鼻で笑うように小さく息を漏らすと、ゆっくりと、足を一歩シロへと進めた。

 

「―――っく」

「察していながらそれを口にするとは、随分と余裕があるようだな」

 

 思わず一歩後ずさりしてしまったシロへと、手にした刀を向けることも構えることもせずに、無造作に足をまた一歩進める。

 

「なに、画策したのはあのアポロンとやらだが、頼んだのは私だ」

「お前が、何故っ」

「決まっているだろう」

 

 後退りしかけた足を無理矢理に前へと出したシロが、小さく、深く息を吐きながら双剣を構え直す。

 男の言う通り、時間はない。

 どうにかして、この場を潜り抜けてヘスティア達の下へと―――【アポロン・ファミリア】に襲撃されているベル達の下へと駆け付けなければ。

 そう、改めて覚悟を決めるシロの前で、刀を手に立つ男は笑った。

 

「いい加減、決着を着けようと思ってな」

 

 そう、男が口にした瞬間、剣の気配をした殺意がシロの全身を貫いた。

 

()()()()()()()初戦となるのか再戦となるのかは分からんが……さて、始めるとするか―――」

「佐々木―――小次郎ぉおおおおッ!!!」

 

 殺意に圧され、身を縛る鎖となりかけた恐れを振り払うように、咆哮を上げシロが襲いかかるのを、相も変わらず刀を構えずぶらりと片手に下げたまま迎え撃つ佐々木小次郎は、眼前へと迫った相手へと笑みと共に戦いの始まりを告げた。

 

「―――死合を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロがそれを知ることが出来たのは偶然でしかなかった。

 あの戦い(黒いゴライアスとの戦い)の後、シロは他のサーヴァント達も受肉している可能性が高いと、その情報を手に入れるために動いた。

 最初シロは、他のサーヴァント達はまだダンジョンにいると考えたことから、その痕跡を探すためダンジョンを探索することにした。結果としてそれは無駄に終わった。例え痕跡があったとしても、ダンジョンは時間経過と共に修復することから、多少の痕跡があったとしても直ぐにその痕跡は消えてしまうことになる。次に問題となるのが、ダンジョンそのものの広大さである。街一つ優に飲み込む程の巨大な階層が何十も連なっているのだ。そこからたった数騎のサーヴァントを探し出すことは殆ど不可能に近い。

 そう結論に至ったシロは、地上に上がり何人かの情報屋に接触すると、現界したと思料されたサーヴァント達の特徴を伝え、それに対する目撃情報の入手を依頼した。

 無駄になるだろうとのその依頼は、しかし直後に回答を得られた。

 それは、数週間前に【アポロン・ファミリア】がその依頼された者の内の一人に良く似た男とトラブルを起こしたと言うものであった。驚愕と共に詳しい話を確認すると、8割はデマであろうとの前置きと共に提供された情報は、確かに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 【アポロン・ファミリア】と揉め事を起こしたという男は、東の国から来た者達と良く似た服を着ており、背中には長い剣を背負っていたという。目を奪われるような美男子であり、優雅な雰囲気を身に纏ったその男は、信じられないことに【アポロン・ファミリア】団長であるヒュアキントスを含めた十数人の冒険者を相手に、傷一つ受けることなくそのすべてを制圧したそうだ。その後、【アポロン・ファミリア】の主神であるアポロンが現れ、倒れた団員共々その男を連れて帰ったという。

 【アポロン・ファミリア】の団長ヒュアキントスのレベルは3である。他の団員達もレベル2の者はそれなりに存在している中、レベル5や6なら兎も角、それ以外の者がそんな化け物達を相手にたった一人で制圧できるような事はあり得ない。そして、そんな異装なレベル5や6の男など、聞いたことのないその情報屋は、実際に何かは起きたのだろうが、その殆どはデマであると判断したのであるが、シロは違う。

 シロの知るその男であれば、そんな事は容易にやってのけるだろう。

 逸る思いを抑え、更にその男や【アポロン・ファミリア】についての最近の情報を確認してみれば、返って来たのは―――『最近、【ヘスティア・ファミリア】とトラブルになっている』というものであった。

 嫌な予感―――いや、それは最早確信に近いものであった。

 掴みかかる勢いでもって更に情報を求めると、返ってきたのは最悪とも言えるものであった。

 昨夜開かれた【アポロン・ファミリア】主催の『神の宴』において、アポロンがヘスティアに対し【戦争遊戯(ウォーゲーム)】を挑んだとの情報であった。

 それを耳にした瞬間、シロは【ヘスティア・ファミリア】のある廃教会の下まで駆け出していた。

 しかし、それは既に遅きを逸していた。

 情報屋の店を飛び出した瞬間、目に映ったのは都市の一角から立ち上る煙と微かに聞こえる戦闘音。そして、その聞こえてくる方角が何処なのかを瞬時にして悟ったシロは、予感が当たっていたことを理解した。

 瞬間駆け出したシロは、普段の冷静さを何処かに置き忘れたように、ただ一刻も速く辿り着くことだけを頭に走り。

 そして、出会ってしまった。

 最悪な状況とタイミング―――否。

 探していた男の手によって、逆に誘き寄せられてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ―――ォオオオオオオオオオ!!」

 

 降り下ろし、薙ぎ払い、突き出す。

 一瞬にして二閃三閃と振るわれる双剣。

 目視叶わぬ刃の嵐となって襲いかかる死の斬撃を前に立ち塞がるのは、長い―――武器として扱うには不便に過ぎる程に長すぎる刀身を持つ刀を手に下げる一人の男。常人―――否、上級と呼ばれる冒険者であっても、成すすべなく切り刻まれかねない連撃を前に、自然体を崩さず、更には手にした剣を構えもしない男はしかし、結果として言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――っッ!!??」

 

 一寸の隙間もないかのように振るわれる連撃―――しかしその結果は無惨なもの。ひらひらと、まるで舞い踊るかのように口元に笑みを浮かべたままの男―――小次郎は、その服の端すらかすらせる事もなく、その尽くを避わし尽くしていた。

 どう見ても避ける隙間などない間を、タイミングを、しかし通り抜けるかのようにしてその全てを潜り抜ける。

 その姿はまるで、ひらひらと舞う蝶を、子供が手を振り回して捕まえようとしているかのようであった。

 

「化け―――物めっ!!?」

「この程度か?」

 

 攻め立てているにも関わらず、追い詰められているかのような思いに襲われたシロは、それを振り払おうとするも、ため息のような小次郎の声が聞こえた瞬間、首元に鋭く磨がれた氷の先を当てられたかのような心地がすると同時に、体勢が崩れるのも構わずに、ただその場からの退避に全てを掛けた。

 

「―――ほう、勘は悪くはないようだ」

「な、ぁ……」

 

 何時その手にしている刀を振るったのかが分からなかった。

 見ていた筈だった。

 常に視界に入れ、警戒は欠片も怠っていなかった―――筈であったにも関わらず。

 小次郎の刀は振り抜かれていた。

 咄嗟の退避で得た距離は十M程、常人には遠いが、シロと小次郎に取ってはないも同然の距離である。当然間合いであり、他に気を取られているような暇などない。

 それを承知していながらも、シロは動揺を抑えられずにいた。

 避けた筈であった。

 直感に従い僅かな躊躇いもなくただ逃げる事だけに全てを傾けた。

 無様といってもいい、追撃すら頭から外した逃走であったにも関わらず、避け損なった。

 致命傷ではない。

 重症でもないだろう。

 しかし、決して軽くはない傷が、胸部に斜めに走っていた。胸当てすら切り裂き、その奥に守られた肉を切り裂いていた。

 

「何故、貴様がアポロンと手を組んでいるっ!? 何故だっ! 佐々木小次郎ぉおッ!?」

「言った筈だ。貴様と戦うためだ、と」

 

 咆哮のような疑問の声に、変わらず穏やかとも言える声音で答える小次郎は、小さく息を吐きながらシロに向き直る。

 

「決着を着けるためだとな―――なぁ、弓兵(アーチャー)―――いや、違ったか?」

「……そうだ、オレは『弓兵(アーチャー)』ではないっ」

 

 ベルが【アポロン・ファミリア】と戦っているのだろう。遠ざかっていく戦闘音に焦燥が募っていくが、それを圧し殺すように双剣を握る手に力を込め、シロは立ち塞がる小次郎を睨み付ける。

 

「ああ、確かにそうであるようだ。だが、構うまい」

「なに?」

 

 小さく肩を竦めて見せた小次郎は、その目を細め手にした刃よりも鋭い視線でもってシロを貫いた。

 

「残滓であろうと紛い物であろうとも構うまい。些か―――いや、随分と落ちるが、まあ良い」

「何故、そこまで拘るっ、いや、相手はしよう。元からそのつもりだっ! だが、今は見逃せ、必ず後で―――」

 

 記憶―――否、『記録(知識)』にある小次郎からは感じられなかった執着にも似た向けられる思いを前に、シロが遠ざかっていながらも尚も耳に届く戦闘の音に、すがるような声を上げるが、それを小次郎は首を横に振り断じる。

 

「―――それは出来ん。いくらアポロンの策に乗っただけとはいえ、こちらから願った事でもあるしな。ここで貴様とは決着を着ける」

「……どうあっても、退かんと言うのだなッ」

 

 彼我の差は、既に身に染みて理解していた。

 逃げようとしても、ただ隙を晒すだけでしかないこともわかっている。

 しかし、それがわかっていながら、理解していながらも、焦燥と動揺はやはり抑えるには大き過ぎた。

 だからと言って、この場で睨み合っている暇などなく。どう考えたとしても、結論としてここを抜けるにはどうあってもこの目の前の男を対処しなければならないという現実を前に、シロは身を切られるような焦燥と怒りを解き放つかのように咆哮を上げた。

 

「さあ、これ以上の問答は無用。話であればこれ(戦い)にて決めよう」

「ッ―――小次郎おおぉッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにぼっとしてんのよ!!」

「え―――ぅあ、ご、ごめんねダフネちゃん」

 

 背後からの苛立ちが混じった声を当てられ、例えその苛立ちが向けられる先が自分ではないとわかっていながらも、縮こまる身体を抑えきれないまま、慌てて連れられてきた負傷者達に意識を戻す。

 

「っ、うあ……くそっ、あの餓鬼がぁ」

「―――」

 

 作戦は単純なものであった。

 【ヘスティア・ファミリア】の拠点である廃教会の前で早朝から待ち伏せ、出てきたところを押さえる。ただそれだけ。しかし、それで十分な筈であった。新進気鋭と唄われる話題の新鋭(ルーキー)であったとしても、団員がたった二人―――最近では一人しかいないと言われている【ファミリア】が相手である。数十人はいる中規模の【アポロン・ファミリア】に加え、何やら【ソーマ・ファミリア】の団員も何人か参加しているとも聞く。単純な数だけでも、殆ど抵抗することも出来ず身柄を抑えられると、私も含めて全員がそう思っていた。

 だけど、いざ蓋を開けてみればとんでもない。

 出入り口に潜んでいた団員達の攻撃を避わし、主神を連れて逃げ出した後も、次々に襲いかかる団員達の攻撃を潜り抜けるだけでなく、【魔法】を放ち反撃すらする始末。

 レベル1が大半であるとはいえ、レベル2でしかない筈の、それも冒険者になって一年も経っていない新人(ルーキー)が成し遂げられるようなモノでは決してない。

 実力を騙っている、神に媚をうって裏技でレベルを上げた―――侮りがあった。

 嫉妬が多分にあったとはいえ、油断や慢心があったとしても、それでも数は力であり、同格の筈のレベル2もそれなりにいた筈であった。

 しかし、未だに捕らえることは出来ず、それどころかこちらが受ける被害は増加する一方。

 詠唱のない異常な程の速射性を誇る【魔法】に加え、レベル3にも匹敵しかねない速度。

 お荷物(主神)を抱えているという負担(ハンデ)がありながら、それでも未だ戦い抜くその実力は本物であると、嫌でも思い知らされていた。

 奮闘している。

 驚異的とも言ってもいい。

 しかし、それであっても時間の問題でしかない。

 この襲撃には団長(ヒュアキントス)も加わっており、そうでなくとも間断なく襲いかかる団員達の前に集中力も体力も続かないだろう。

 話を耳にすると、どうやら何人か助けに入っている者達もいるそうであるが、それも焼け石に水でしかない。

 避けられない結果として、絶対にあの少年(ベル・クラネル)は捕まるだろう。

 ここにいる誰もがそう確信している。

 私も、それは間違いない、確かにそう思ってはいる。

 だけど―――。

 そう、だけど。

 嫌な予感は未だに消えないでいた。

 数日前に見た夢。

 その光景が頭から離れない。

 

 ―――月を飛び越え、太陽を呑む兎。

 

 斬られ、叩かれ、殴られ叩きつけられながらも、何度も立ち上がり。

 そして最後は高く飛び上がり太陽を呑み込んでしまった兎。

 それがただの夢でないことを、(カサンドラ)は知っている。

 誰もが信じてはくれないけれど、それは起きるだろう何かを示すモノであると。

 私は知っている。

 誰も、信じてはくれないけれど―――。

 いや、違う。

 ()()()()()()()

 初めて、信じてくれる人が現れた。

 

『―――信じるとも』

 

 あの人は何時もと変わらず、小さな笑みを口元に湛えながらそう口にしてくれた。

 

 

 

 私は何時の頃からか、不思議な夢を見始めていた。

 それは、私が『恩恵』を得た後に見るようになったのか、それともその前からなのかはわからない。

 私が見る『夢』―――そう、それは夢であることは違いないのだけれど、何かを暗示させるものであって。事実、その『夢』を見て暫くした後は、その『夢』を思わせるような事が、どうやっても起きてしまう。

 それが、予知夢―――予言のようなものであると気付くのには、そう時間は掛からなかった。

 見る『夢』が良いものばかりであったのなら良かったけれど。

 でもそんな事はなく。

 見る『夢』はその真逆。

 全てが悪い『夢』ばかり。

 自分自身で自由に操ることが出来ず、更には見る『夢』の全ては悪いものだけ。

 悪夢が現実となるような恐ろしさに、一時は眠る事がとても怖かった。

 ……だけど、一番辛かったのはそんなことではなかった。

 そう、一番辛かったのは……。

 

 ―――誰も、信じてくれない。

 

 私がどれだけ声高に叫んでも。

 怒って、泣いて、すがって、何を口にしようと、誰も信じてくれない。

 親友(ダフネちゃん)ですら、信じてくれなかった。

 起きることはわかっている。

 だけど何とかしようとしても、一人じゃ何もできない。

 結局『(予言)』は変えられず、『悪夢』は現実となる。

 それが何度も何度も続いた。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もなんどもなんどもなんどもなんどもナンドモナンドモナンドモナンドモナンドモ―――

 

 

 まるで、世界に拒絶されているかのように。

 

 

 誰も―――信じてくれない。

 だけど、それでも私は『(予言)』を見る度に声を上げる。

 それが、定められた役割のように、私は叫ぶ(予言する)

 いずれ来る未来を。

 襲いかかる脅威を。

 現実となる悪夢を。

 私は、叫ぶ(予言する)

 だから、また、私は口にした。

 あの子には手を出さない方がいい―――と。

 悪いことが起きる、と。

 そう言えば、何時も決まって返ってくる。

 

 『信じられるか』

 

 『根拠は?』

 

 『夢を見た? 意味がわからない』

 

 ああ、誰も信じてくれない。

 だけど私は見たのだ。

 兎が跳んで、飛んで―――翔んで、そしてついには太陽を呑み込むのを。

 それが何を意味しているのかは、アポロン様が何をしようとしているかを知っていれば容易に想像できる。

 このままじゃいけない。

 どうにかしなければ。

 だけど、やっぱり誰も信じてはくれない。

 どれだけ声を上げようとも誰も耳を傾けてくれない。

 それをわかっていながら、理解しながらも声を上げる。

 諦念に沈んだ声で、溺れるような悲鳴(予言)を告げるも、誰も信じてはくれない。

 

 誰も―――だれも……ダレモ……。

 

『―――信じるとも』

 

 ああ―――だけど……。

 そう、だけど、あの人はそう言ってくれた。

 誰も彼もが信じてくれない。

 聞く耳すら持ってはくれない私の言葉を。

 まだ出会って一月すら経っていない私の言葉を、変わらず、何時もの様子で、何でもないことのように、私の『(予言)』を信じてくれた。

 小次郎さんだけ。

 あの人だけが、私の『(予言)』を信じてくれた。

 信じてくれた―――だけど、私の申し出に小次郎さんは首を横に振った。

 アポロン様にあの子から手を引かせる協力を願う私に、小次郎さんはすまなさそうに謝って、私の願いを断った。

 この一件には、小次郎さんも加わっているから。

 小次郎さんが、会いたい人を呼び寄せるために、この騒動が必要なのだという。

 だから、信じるけれど、力にはなれないと言った。

 困った。

 悲しかった。

 だけど、辛くはなかった。

 今回も、私の『(予言)』は現実となるかもしれない。

 どんな結果になるかはわからない。

 それでも、私はもう、気にしないことにした。

 だって、信じてくれた。

 世界から拒絶されたように。

 一人取り残されたような私に、『信じる』と言ってくれた人がいたのだから。

 それで十分。

 十分すぎる。

 

 ―――だけど。

 

 胸の奥。

 錆びた刃先で引っ掛かれるような、ざらついた痛みは何なのだろうか。

 後ろから追いかけられているように感じるこの焦燥は、何なのだろうか。

 

 『夢』を―――見た。

 

 昨日、『神の宴』が終わり。

 襲撃開始の前の僅かな時間にとった仮眠に。

 私は、『夢』を見た。

 奇妙な、『夢』だった。

 砂嵐のように、何かが見えているはずなのに、黒い砂粒みたいなものが邪魔をして、何も見えない。

 そんな不思議で奇妙で―――そして嫌な『夢』。

 だけど、最後。

 『夢』の終わり。

 一瞬だけ、黒い砂嵐の隙間に見えた光景(イメージ)があった。

 

 幾重にも連なり長く、長く延びる巨大な樹木の枝。

 

 その無数にある枝の一つ。

 

 切り取られ、落ち行く枝。

 

 その枝先には、満開に咲き誇る。

 

 ―――一輪の、花……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最早何度剣を振ったのかすらわからない。

 そんな事に思考を割けるほどの余裕など、爪の先もありはしない。

 始まりから今まで、常に崖の縁。

 一手でも誤れば、刹那でも気を緩めれば、そこで終わり。

 不可視の刃をもって首と胴が切り離されてしまう。

 両手に掴んだ双剣だけでは足りない。

 剣を振りながら幾度となく剣を投影―――射出。

 剣弾の嵐の中、斬りかかるも、その全てがかすらせることすら出来ずに無意味に空を切り裂くのみで終わる。

 知っていた筈だった。

 『記憶』ではない。

 『記録』の知識であるが、知っていた筈だった。

 この男の強さを。

 何かを―――偉業を成し遂げた『英雄』ではなく。

 最強の剣士の敵役(ライバル)として描かれた幻想の存在。

 それに近いとしてその『名』を与えられた名もなき『亡霊』。

 だがそれは、逆に言えば幻想である筈の存在(最強のライバル)として相応しいと認められた存在でもあるということ。

 偉業でもなく力でもなく、二つとしてない異能ではなく。

 磨き上げた剣技の頂き故に、相応しいと選ばれたその強さを、本当の意味でオレは理解していなかった。

 いや、もしかしたら、実際に戦ったであろう『弓兵(アーチャー)』達ですらも知らなかったのかもしれない。

 何故ならば、彼等が戦った際、この男―――佐々木小次郎は()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 縛りが消え、自由となったこの男は、正に狭い籠の中から解き放たれた鳥のように、縦横無尽に駆ける。

 その速度は、文字通り目に止まらない。

 空間跳躍染みたその速度は、これ迄の経験と『記録』にある知識を見回しても比肩する存在が浮かばないほど。

 そんな相手を前に、未だに胴から首が離れていないのは、まだこの男が本気でオレを殺そうとしていないからでしかない。

 まるで、確かめるかのように、試すかのような攻撃はしかし、だからといって油断すら出来ず一手何かを間違えれば容易に死に至るものばかり。

 戦いが始まり、未だ数分程しか過ぎていないにも関わらず、既に気力も体力もギリギリのところまで削られていた。

 

「っ、おおおおっ!!?」

「―――期待外れとは言うまい」

「ぐっ?!!」

 

 全力をもって振り下ろした剣先を、どうやったのか理解できない技量をもって、取り回しが絶望的に難しい筈の長大な刀身の切っ先で逸らされる。

 全く振るった剣の威力を削ることなく逸らされた勢いに体が持っていかれそうになるが、置くように首の行く先に向けられた刃を避けるため、無様な程に身体を無理矢理に動かし地面に飛び込むようにして何とか避わす。

 地面を転がるも、素早く立ち上がり双剣を構えるシロの前で、しかし相対している筈の小次郎は、肩を落とすように視線すら向けずに立っていた。

 

「貴様っ」

「つまらん」

 

 隙だらけにしか見えない姿ではあるが、シロは何故か斬りかかる事も出来ず、ただ悔しげに歪めた顔のまま、小次郎を睨み付けていた。

 その様子を、横目でちらりと見ただけの小次郎は、興味を失ったように直ぐに刀を片手に下げたまま都市(オラリオ)の中心へと向かい始めた騒動へと視線を向けた。

 

「これならば、あちらへ行った方が良かったかもしれんな」

「っ、行かせると思って―――」

「貴様が、言うのか?」

 

 小次郎の言葉に、咄嗟にシロが声を上げるが、それは視線を向けられた瞬間押し潰されてしまう。

 声を上げる事も出来ず、押し黙ったシロの姿に、小次郎は大きく溜め息を吐く。

 

「もう十分だ。終わらせよう」

「舐め、るなぁっ!!?」

 

 軽く、地面に落ちたゴミを捨てるかのような物言いに、シロの激高した声が上がると同時に、小次郎の周囲に突き刺さった幾つかの剣に一斉に罅が入り。

 直後、爆発が起きた。

 

「――――――」

 

 小次郎を囲むように突き刺さっていた剣が一斉に起爆し、周囲に大量の土煙が立ち上る。

 爆破の瞬間、脱出の形跡はなかった。

 爆破させた剣の内在魔力は少なく。一斉に起爆させたとしても大した威力はなく、耐久力が高いとは言えない小次郎であっても、大したダメージを与えることは出来ないものではない。

 しかし、目的はそこ(ダメージ)ではなかった。

 大技を出すための一瞬の隙が必要だったのだ。

 視界が塞がれたこの瞬間、シロは両手に持つ双剣を土煙が上がる中に感じる小次郎の気配に向けて投げ放つ。

 舞い上がる土煙を切り裂き突き進む双剣は、狙い間違えることなく小次郎へと襲いかかる。

 だが、視界を防がれたとしても、小次郎にとっては何の問題もない。

 眼前に迫った円盤にしか見えないほどの勢いで回転する双剣を、弾くのではなく逸らすようにして明後日の方向へと誘導する。小次郎に導かれるままに飛び去っていく双剣。

 必殺の一撃は不発に終わった―――だがそれは、シロの持つ絶技のための一手でしかなかった。

 小次郎が双剣を逸らした直後、その後ろに隠れるようにして飛んでいたもう一組の双剣が姿を現す。

 剣を振り抜いた直後に姿を現した双剣に対処できるのは、強者ひしめく都市(オラリオ)であろうとも、数える程しかいないだろう。その彼等であっても、容易に対処できるようなものではない。

 そんな状況を前に、しかし小次郎は、その凪いだ水面のような意識に一切の波紋を生まないまま、先程同じように剣先でもって弾き飛ばすこともなく誘導するようにして、双剣の勢いすら殺さず放り投げるようにしてかわしてのけた。

 神技とも呼べる技量を、何でもないことのように振るった男を前に、シロは既に行動を起こしていた。

 己の振るう技の中で、人が真似できない絶技と呼べる剣。

 前後左右そして上空から迫る絶剣。

 あのオッタル(最強)ですら追い詰めた剣をもって、シロは小次郎に挑む。

 既に準備は整った。

 後は最後の一手のみ。

 視界の端で、四方へと飛ばされた二組の双剣が、それぞればらばらに散った状態で、中心(小次郎)へとその勢いを落とさずに向かっていくのを捉える。

 それに合わせ、シロが地面を蹴ろうとする。

 その直後、土煙の中にいた気配―――小次郎が動いた。

 迫り来る剣の一つに向かって小次郎が動いたのだ。

 一瞬で飛んでくる剣の前まで移動した小次郎は、その勢いのまま迫る双剣の一つを地面へと叩き落とした。上段からの閃光の如き一閃。高い金属音と共に押し負けた双剣の一つが地面へと深々と突き刺さる。

 囲みが解けた―――が、小次郎は剣を振り下ろしたまま逃げようとはしていない。

 いや、そんな時間などない。 

 小次郎は囲みから抜けたが、既に残りの三振りの剣が、叩き落とされた剣に引き寄せられ迫っていた。三方向(左右と後)からではないが、結果として無防備となった小次郎の背中へと向けて上段、中段、下段と縦一列となって並んで襲いかかっている。

 そして、万一それらを対処したとしても、既に強化した双剣を手にしたシロが上空から獲物を狙う鷹のように迫っていた。

 小次郎は背中を向けたまま動いてはいない。

 完全に隙を晒している。

 どうあっても対処することは不可能。

 互いに引き寄せ合う力を持つ双剣―――『干将』『莫耶』を用いた絶剣。

 

 ―――鶴翼三連。

 

「――――――おおおおぉぉッ!!」

  

 確殺を持って振り下ろそうとした―――その刹那。

 シロは見た。

 背中を向けたまま、肩越しにこちらを見る小次郎の目を。

 その凪いだ水面の如き瞳を。

 同時、シロは振り下ろそうとした双剣を手元に戻す。

 攻撃ではなく防御。

 意思ではない。

 本能的―――反射的な行動。

 直後悟った。

 足りないと。

 一手―――足りないと。

 瞬間起きた事を、シロは理解できなかった。

 見えたのは、小次郎が剣を振ったという事実だけ。

 起きたのは三つの衝撃。

 小次郎の背へと迫っていた三振りの剣が一刀でもって同時に断ち斬られ。

 同時に放たれた挟み込むような二つの太刀筋が、構えていた双剣を切断し、シロの身体を深々と切り裂いた。

 切り折られた剣が魔力となって溶けるように消え、シロの体から吹き出した血液が周囲に振り撒かれる中、微かに聞こえたのは、六の斬撃という絶剣を撃ち落とした恐るべき技の名。

 その名は―――。

 

 ―――秘剣 燕返し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ?」

 

 逃げる白兎を追い詰めていく太陽の狩人達の争いから離れているが、大まかな状況を見渡せる高い建物の上で、その様を見下ろしていた一柱の男神が、近付いてくる自身の【ファミリア】を取りまとめる苦労人たる眷族へと向かって、視線を向けないまま問いかける。

 

「ヘルメス様……『戦いの野』に大きな動きは見られませんでした」

「へぇ、フレイヤ様は動かないつもりかな?」

 

 一瞬物言いたげな視線でヘルメスを見たアスフィだったが、それを形にすることなく得られた情報を自身の主神へと伝える。アスフィの報告を聞いたヘルメスは、今まさに追い詰められていく少年を思い、思考を巡らす。

 かの女神は執着していると言っても良いほどにあの少年―――ベル・クラネルに拘っている。

 それを知りながらヘルメスは色々とその少年にちょっかいを掛けてはいたが、一応それなりの基準(節度)をもって接していた。その考えからして、この状況は彼女の一線を越えていると訴えてはいるが、どうやら今回の一件で手を出すつもりはないように感じた。

 あの少年から興味が失われたとは思わない。

 ならば、この一件すら試練としか考えていないのかもしれない。

 それならば、彼女が手を出さないのもわかる。

 しかし、今の(ベル・クラネル)の力では、この逆境を自力で抜け出る力はない。幾つかの【ファミリア】等が手を貸しているようではあるが、焼け石に水でしかない。見たところ、【アポロン・ファミリア】の協力者として【ソーマ・ファミリア】の姿もある。

 このままでは、どうあってもこの状況を覆すことは出来はしないだろう。

 未だに姿を見せない。

 噂の彼が出てきたらどうなるかはわからないが……。

 そう、ヘルメスの思考が一度区切りをつけようとした時だった。

 

「―――ですが、一つだけ」

「ん?」

 

 アスフィが躊躇いがちに声を上げたのは。

 躊躇、と言うよりも、確信がないため断言できないといった様子で口ごもるアスフィに、顔を向けたヘルメスが無言で続きを促す。

 数度瞬きし、迷いを振り払うようにしたアスフィは、そうして口を開いた。

 

「確認は取れてはいませんが、ある男が動いたという話が」

「男―――と言うと、あの噂のシロと言う男かい?」

 

 ここで動くか、という思いと、やはり動いたかという思いと共に口を開いたヘルメスに、アスフィは小さく首を横に振った。

 

「いえ、違います」

「―――じゃあ、誰だい?」

 

 訝しげに眉根を歪めるヘルメスに向けて、アスフィは一瞬口ごもるも、直ぐにその名を口にした。

 

 

 

「それは――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃墟に、高い金属音が響き渡った。

 終わりを告げる鋭い斬撃が、断頭の刃となって倒れ伏す男の首へと振り下ろされた間際。間に滑り込むように立ち塞がった者が、長大で巨大な大剣を片手に、その確定した死を防いでみせたのだ。

 秘剣と絶剣。

 その対峙の結果、無惨に斬り落とされた敗者たる(シロ)の首を跳ねようと、止めの一撃を放った小次郎の刃を止めたのは、巨大な男であった。

 岩を削り出したかのような荒々しい肉体と、密度を持つ気配を振り撒く男は、倒れ伏すシロの前に背中を向け。死闘を終えたばかりだというにも関わらず、未だ涼しげな様子を崩さない小次郎の前に立ちふさがるように立っていた。

 そうして無言のまま対峙する二人の間に、初めて声を上げたのは死体と間違えんばかりの惨状を晒していたシロであった。

 消えゆこうとする意識を、何とか手繰り寄せながら顔を上げたシロは、そこで己の前に聳え立つ男の背中を見た。

 険しき山の如き威容を見に纏い立つ姿に、思わず目を見開いたシロの口から、その男の名が形作られた。

 

 

 

「―――お、っタル?」

 

 

 

 

 

 

 

 




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 次回 第四話 秘剣VS破剣

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