たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第四話 覇剣VS秘剣

 

 

 

「――――――お、っタル?」

 

 

 

 粉塵舞い沈黙が満ちていた戦場に、戸惑いを含んだ疑問の声が上がる。

 向かい合う二人の男。

 陣羽織を羽織った長すぎる刀身の刀を持つ男と、二Mはあるだろう覇気を身にまとった巌の如き身体を持つ巨大な大剣を持つ男。

 その一人の男の名を口にしたシロは、自身に刻まれた傷を忘れる程の戸惑いと驚愕をもって、まるで己を守るかのように立ち塞がる男の背中を見ていた。

 

「な、ぜ?」

「―――貴様との決着はまだ着いてはいない」

 

 シロの疑問の声に、オッタルは視線を向けることなく答える。

 その答えに対し、あっけに取られたように口を開いた姿で固まるシロを他所に、その言葉を耳にした小次郎から抗議の声が上がる。

 

「それはこちらの言い分なのであるがな。とは言え、言葉でこの場を譲ってくれるような相手ではないようであるが……私は引くつもりはないぞ」

「―――引く、だと……逃がすと、思っているのか?」

 

 涼しげな笑みを口許にたたえたまま、しかしその目は欠片も笑ってはいない小次郎の視線を受けたオッタルはしかし、マグマが吹き上がる直前の火山の如き怒気を発する唸り声に似た声を上げた。

 常人ならば気を失ってしまう程のその苛立ちと憤怒が混じった声を前に、小次郎は小さく首を傾けて疑問の視線を向ける。

 

「さて、何かしたか?」

「貴様だろう……っ」

 

 大剣の柄を、声が怒りで震える程の強さを持って握りしめたオッタルが、一歩小次郎へと足を進める。

 

「フレイヤ様の御体に触れた無礼者はッ!!」

「―――ほう、気付いていたのか?」

 

 大気が怯えて震えるかのような怒声を向けられながらも、泰然自若と変わらぬ様子を見せる小次郎は、ただ浮かべる笑みを面白そうなものへと変えただけであった。

 

「ッ―――貴様ぁっ!!」

「いや、()()()()()()、ではないようだな。ただ、勘が良いだけか」

 

 小次郎が何をもってそう判断したのかは不明ではあるが、その言葉は正しかった。

 事実、オッタルは昨夜、敬愛するフレイヤの髪にいつの間にか差されていた花に気付いたのは宴が終わってから。当の本神の言葉により、初めて気付いたのだった。

 己の気付かぬ内に、誰も触れさせぬとばかりに常に気を張っていたにも関わらずそれを破られていた。

 当のフレイヤは気にする様子も、失態を犯したオッタルを咎める言葉を向けはしなかったが、それで気にしないような者は【フレイヤ・ファミリア】にはいる筈もなく。

 団長であるオッタルは自害しかねない程の怒りで、気が狂わんばかりに己を責めた。

 全てが終わってから気付いたが、何時かはわかっていた。

 『神の宴』の間に行われたのは確実ではあるが、それが何処の者なのか、参加していた【ファミリア】の者なのか、それ以外の者なのか全くわからない。

 差されていた花もそこらを見れば見つかるような珍しいものではなく、下手人を特定するようなモノは何もなかった。

 だが、最強たる戦士であるオッタルには確信があった。

 それは超能力染みた直感から、何の根拠もなく感じていた。

 下手人は【アポロン・ファミリア】の関係者である、と。

 オッタルの知る限り【アポロン・ファミリア】に、己に気付かせずにこのような事を成し遂げられる者は一人もいない。

 いや、例えオラリオの全てを見渡したとしても、全く気付かせずにと条件を付ければただの一人もいなかった。

 中堅のファミリアでしかない【アポロン・ファミリア】であれば、尚更いるはずがない。

 しかし、オッタルは半ば確信を持って断言していた。

 【アポロン・ファミリア】の中に、フレイヤ()の断りもなくその身体に触れた愚か者がいる、と。

 大地を震わせるほどのオッタルのその怒りは、己とその禁忌を犯した者へと向けられ、その視線と意識は昨夜から【アポロン・ファミリア】へと向けられていた。

 だから、早朝から【アポロン・ファミリア】が【ヘスティア・ファミリア】の拠点へと向かうのも、そしてベル・クラネルを襲撃する様も見ていた。

 だが、その中に己の目的の者がいなかったことから介入はせずにただ見ていただけであった。

 そんな時であった、唐突に、何の前触れもなく一つの気配が生まれたのは。

 それは、高速でここ(ベル・クラネルの下)までやってこようとする者の近くへと現れた。

 直後、何の根拠もなく理解した。

 ()()()()、と。

 離れているとは言え、一瞬前にも己に欠片も気配を感じさせなかったこの者こそが、フレイヤ様の御体に無断で触れた大罪人であると。

 それを理解した瞬間には、既にオッタルはその場へと駆けつけていた。

 しかし、到着し目にしたものを前に、オッタルは直ぐには飛び出せずにいた。

 目の前で行われる戦いに、割り込むことができなかった。

 それは死んだとも聞いていた筈の(シロ)が生きているのを目にしたからではない。

 一対一の戦いに割り込むことを忌避したからでもない。

 ただ、単純に割り込めなかったのだ。

 最強だと唄われる男である筈のオッタルが、足を踏み入れる事が出来ない程の戦いがそこにはあった。

 そうオッタルが躊躇している間に、長くもあり、短くもあった戦いはシロの敗北という決着をもって終了した。

 そして、小次郎のとどめの(首を刈る)一撃を前に、ようやくオッタルは飛び込むことが出来た。

 

「貴様は許されざる事をしてのけた―――その報いを受けろ」

「ほう、それは楽しみだ」

「―――ッ!!」

 

 ふっ、と小次郎が鼻で笑った瞬間、戦いの火蓋は切られた。

 2Mを越す巨体からは信じがたい速度で小次郎の前まで移動したオッタルは、その突進の速度を加えた斬撃を大上段から一息で振り下ろす。当たれば人など真っ二つ処か形すら残らないだろう一撃は、しかし小次郎の身体をすり抜けるようにして地面へと突き刺さる。

 直後、爆音と衝撃が周囲に響く。

 地面が捲り上がり、周囲に散らばる瓦礫が散弾のように周りへと飛び散る。

 詠唱した魔法染みた威力を持つ一撃は、例え避わしたとしてもその衝撃をもって逃げた者に襲いかかり、ダメージを受けずにはいられいない不可避の一撃―――であった筈だった。

 

「っ、オオ?!」

「―――まるでバーサーカーであるな」

 

 すっ、と差し出されるような刃の一撃が、首元まで迫ってくるのを、直前に気付いたオッタルが剣では間に合わぬと反射的に手を差し出してそれを防ぐ。

 鋭い刃を前に、抜き身の腕を差し出せば、肉を裂かれる血が吹き出るものであるが、規格外という存在がいる。

 そしてオッタルはその中でも更に上位に位置する存在だ。

 レベル7に加え、積み重ねられた耐久力は高価な防具にも優る。

 僅かに皮膚を裂き、微かに血を滲ませるだけで小次郎の一撃を防いだオッタルは、咄嗟に背後に飛び距離を取った。

 

「硬いな」

「―――死ね」

 

 小次郎の面白げな笑いに対し、牙を剥き出しにオッタルは躍りかかる。

 先の一撃と同じ。

 飛びかかり大上段の一撃。

 違いは一つ。

 この一撃に込められた力と殺意は、先の倍以上であること。

 先程の攻防で(小次郎)の回避能力が高く、攻撃も避けがたいと判断したオッタルが選んだ答えはシンプルなものであった。

 被弾覚悟の一撃。

 相手の攻撃は何の痛痒にもなってはいない―――が、オッタルは歴戦の戦士としての直感が告げていた。

 この男に時間を与えてはならない、と。

 その直感に従い、オッタルは最速最短の判断を下す。

 一撃でもって殺す、と。

 

「オオオオオオオオオオオォオォオオオッッ!!!」

「……これは運が良い」

 

 深層のモンスターでさえ一撃で撃ち殺すオッタルの一撃。

 ベテランと呼ばれる冒険者ですら目視すら叶わぬ速度で襲いかかるオッタルのその様は、まるで防ぎようのない災害のようであり。抗うことの無意味さを、相対する者に叩きつける。

 だが、小次郎はそれを前にしても、やはり変わらぬ姿で。

 ただ、その口許に浮かべた笑みだけを深くして襲いかかる人の形の災害に相対する。

 

「ぬっ!?」

 

 抜き胴。

 上段から雷の如く振り下ろされた一撃を前に、小次郎の取った行動は後ろでも横でもなく。

 前へ。

 雷速で落ちる一撃へと自ら進み、オッタルの横を駆け抜けた。

 駆け抜ける直後、添えられたように置かれた物干し竿の刃が、オッタルの脇腹をその長い刀身でもって撫で斬るも、その人外の耐久力を越えることは出来ず、僅かに皮膚を切り裂いただけで終わってしまう。

 噴火のように、地が震えマグマの代わりに土砂が巻き上がる中を走り抜けた小次郎は、振り落ちる砂を払いながらオッタルへと笑いかけた。

 

「いや、見事な一撃。清々しい程に」

「ッ」

 

 大地を掘り起こす一撃を前にして、それでも変わらぬ様子で立つ小次郎の姿に、オッタルの口から苛立ちが混じる舌打ちが鳴らされる。

 大気が震えるほどの殺気を向けられながらも、尚も小次郎の様子は変わらず。それどころか、その機嫌は先程よりも良くなっているようにも見えた。

 

「これならば試しに十分」

「―――なん、だと」

 

 小次郎が口にした言葉を前に、オッタルは一瞬何を言われたか分からなかったかのように無言になり。

 直後、小さく呟くように恐ろしいまでに平坦な声を漏らした。

 

「いやなに。貴様に似た男がいてな。当時は全く相手にならなかった故に、何とかならないものかと考えていたのだが……運が良い」

「……」

 

 無言のまま、小次郎の話に耳を傾けるように立つオッタル。

 だが、その身に纏う雰囲気は。

 大気に伝わる感情は更に強く、濃く成り始め。

 

「試そうと思っていたものが幾つかある。全て試す前に、死ぬでないぞ」

「――――――死ね」

 

 笑いながらそう小次郎が口にした瞬間、既にその眼前には両手で大剣を大上段で構えたオッタルが立っていた。

 そして宣言と共に振り下ろされた一撃は、大魔法もかくやといった破壊を周囲に振り撒いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ、ぁ……」

 

 大地を、大気を震わせる衝撃が、身体を貫き全身を大きく震わせる。

 内臓を掴んで震わせるような、重い衝撃は、深々と切り刻まれた身体に対し、耐えるのには酷すぎたものであった。

 既に戦いの中心から大分離れているにもかかわらず、ここまで戦いの影響が感じられるのは、それほどまでに激しい戦いだからだろう。

 小次郎とオッタル。

 どちらも最強と呼ばれたとしても、何ら差し障りもない強者である。

 規格外の戦士二人による戦いだ。

 周囲への影響など考えるまでもなく凄まじいものであると直ぐにわかるものだ。

 ただ、その決着がどうなるか。

 それだけはわからない。

 どちらが優勢なのかすら、想像できないのだから。

 単純な破壊力、身体能力だけを見れば、どれだけ凄まじい技量を持つ相手であっても、オッタルが負ける筈はないと思われるが、相手が相手である。

 小次郎の至った領域(剣の頂)は、肉体の―――身体能力の差を覆しうる程のものだ。

 どちらも等しく規格外。

 故に、どのような結果となるかは、どれだけ考えようともわかりはしない。

 その結果(決着)に興味がないと言えば嘘にはなるが、あの場にとどまれば僅かに拾った命すら、あっと言う間に消え失せてしまう。そんなリスクを背負ってまで、悠長に観戦するような暇も理由も、シロにはありはしない。

 だからこそ、オッタルと小次郎の戦いが始まると直ぐに、シロはその場から直ぐに離れた。

 致命傷ではなくとも、重症には違いなく。それどころか、下手に動けば取り返しのつかなくなる程の傷である。直ぐに治療しなければならないが、シロが所持していた緊急用のポーションは不幸なことに、対策していたにも関わらず戦闘の余波で使い物にならなくなっており。応急の治療として、精々僅かに出血を押さえるための止血程度しかできないでいた。

 早急に本格的な治療が必要であった。

 しかし、戦闘による疲労と出血により、意識が定かとならなくなったシロが進む先には、何処かの治療院があるような場所ではなく。廃墟が広がる何もない一角へと、その足は向けられていた。

 向かう先には、つい先程まである【ファミリア】が拠点としていた、廃墟となった教会があった。 

 もうそこには何もなく、そして誰もいない。

 シロも、その事を知っているにも関わらず、進む足がそちらへと向けられているのは、既に意識が正常ではないからであろう。止血をしたとはいえ、流れ出た血は多く、また未だ血は止まってはいない。

 刻一刻と死がにじり寄る中、シロは霞がかった意識のまま進んでいた。

 もう、何か考えて歩いているのではなかった。

 ただ、身体が動くまま、心が望むままに、シロの体は無意識に歩を進めていた。

 そんな時間は長くは続く筈もなく。

 ゆっくりと、しかし確実にシロの歩みが落ちていき。

 それが止まった時、全てが終わってしまう。

 その―――筈であった。

 不意に、シロの足が止まった。

 しかし、それは力が尽きたからではなく。

 シロの前に立つ者によって、その歩みは止められていた。

 手を伸ばせば触れられる距離で立ち塞がるように立つ男は、複雑な感情が入り交じった目でシロを見下ろしていた。

 

「―――ここで、会ってしまうか……」

 

 既に明確な意識のないシロの、靄がかかった視界には、立ち塞がる男の姿はハッキリと映ってはいない。ただ、男であるというのはわかる程度で、それ以外は全く判然としない。

 服装も顔も、微かに聞こえる声も既に形が崩れ声音すらわかっていない。

 

「っ、シロ、君は―――何故」

「―――っ、あ」

 

 止めてしまった足は、まるで石化したかのように動かず。何かの切っ掛けがあれば、体も意識も完全に手元から離れ全てが終わってしまうと、本能的に悟っているのか、シロはまるで挑みかかるような目で、目の前に立つ男に視線を向けた。

 

「……そこまで」

 

 追い詰められた獣が、最後の抵抗とばかりに襲いかかる間際のような眼差しを受けながら、それでもシロの前に立つ男は、明確な意識すらないとわかっていながらも、その口からは問いかけのための言葉が出ていた。

 

「何故、そこまで―――もう、良いだろう。辛いだけだ、苦しいだけの筈だ……」

 

 まともな答えどころか、反応すらないだろうとわかっていながらも、男は問いかけていた。

 

「……どうして―――君はまだ、歩もうとする」

 

 しかし、

 

「―――まって、る」

「っ!?」

 

 ごぼりと、血塊と共に吐き出された、明確な応えが、男へと返された。

 驚愕に開かれた目の前で、やはり定かではない意識の眼差しを向けてくるシロが、それでも声を上げていた。

 

かぞ、く(ヘスティア達)が、まって――――――いる……」

「―――っぅ!!?」

 

 力のない。

 囁き声にすら負けてしまう、そんな呟きにも届かない声なのに。

 男の耳には、間近に落ちた雷の音よりも大きく、そして激しい痛みにも似た衝撃を全身に与えた。

 呻き声のような叫びを、男は喉奥で漏らすと、まるで諦めたかのように、降参するかのように天を仰いだ。

 そして、天を仰ぎ見る姿勢で、肺の中の全てを吐き出すかのような深々としたため息を一つつくと、懐から何かを取りだし、それをシロの口の中へと押し込み、その中身を流し込んだ。

 抵抗する意思も力もないシロは、喉へと流し込まれるそれを力なく飲み込むと同時に意識を失った。

 それを確認した男は、力が抜け倒れかかるシロの身体を受け止めると、そのまま支えるようにして、引きずるように歩き始めた。苦痛によるものか、それとも自身の無力を嘆くものによるものか、苦悶の表情を浮かべるシロの顔をちらりと横目で見た男は、小さなため息を溢すと同時、苦笑いを浮かべていた口を開いた。

 

「全く……君には負けたよ―――ヘスティア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 大地を破壊する一撃が振り下ろされ、巨大なクレーターが産み出される。

 発生した衝撃が周囲を轟かせ、砕かれた瓦礫が粉塵となって周囲を包み込む。

 その中を、切り裂くようにして進む影が、大剣を振り下ろしたばかりのオッタル前へと現れ、数十もの斬撃の嵐を生み出すと同時その場から消え去ってしまう。

 

「む、うっ?!」

 

 反撃すら許さない刹那の攻撃。

 意識が反撃へと向けられた時には、敵は既に遠く、身体には無数の切り傷が。

 昂る意識を落ち着かせるように、大剣を振り払い周囲の粉塵を吹き飛ばす。

 一振りで吹き飛ばされた粉塵の向こうに立つのは、一人の剣士。

 陣羽織に身を包んだ頂上たる剣技を振るう男―――小次郎は変わらず微かな笑みを口許に湛えたまま、自身で産み出したクレーターの中心に立つオッタルを見下ろしている。

 対峙する二人。

 戦いが始まってから未だそう時間は経ってはいない。

 しかし、二人の様子は随分と変化していた。

 小次郎が身に纏った陣羽織は、まるで獣に襲われたかのように無惨にもボロボロとなっている。しかし、それを身に着ける身体には、未だ一片の傷さえついてはおらず、血、処か痣の一つすら見てとれなかった。

 それに対し、オッタルはまさに満身創痍。

 防具は切り刻まれ外れてしまい。もう身体には衣服しか身に付けておらず、その服すら殆どまともな形は残ってはいない。代わりにその身体は赤く自身の血で塗り固められていた。

 しかし、全身を己の血で赤く染め上げられているにも関わらず、オッタルの顔には何ら焦りも追い詰められた様子は伺うことはできなかった。

 事実、オッタルは確かに傷ついてはいるが、追い詰めはされてはいない。

 何故ならば、オッタルは血は流してはいたが、その出血は続いてはいなかったからだ。

 先程斬られた場所も、既に傷は塞がり出血は止まっている。それはオッタルの人外染みた回復力の力だけでなく、規格外の耐久力により、小次郎の攻撃による傷が僅かに肉を斬る程度で抑えられているからだった。

 一見すれば、オッタルが追い詰められているかのように見えるが、実際は未だ膠着状態。

 オッタルの耐久力を前に、文字通り刃がたたない小次郎が、逆に一撃をもらえば終わってしまうと考えれば、追い詰められているとも見れるかもしれない。

 だが、自身を見下ろす小次郎を睨み付けるオッタル自身は、表には出してはいないが、確かな焦燥を感じていた。

 

 ―――届かない。

 

 己の刃が(小次郎)に届く想像(イメージ)が全く思い浮かばないのだ。

 確かに小次郎の攻撃は僅かに肉を斬るだけ、少々血は流すが直ぐに傷は塞がり戦闘に支障はないように思う。

 しかし、何時からかオッタルは切り込まれる刃から、まるで己の魂を凍らせるかのような冷たさを感じていた。

 それが何を意味しているのか、予感させているのかを、歴戦の戦士たるオッタルは本能的に悟っていた。

 故に、オッタルはこれ以上相手に時間を与えることは危険であると判断し。

 だからこそ、次の一撃で終わらせると決めた。

 

「―――フ」

 

 オッタルの覚悟を悟ったのか、小次郎は小さく笑うと、挑発するかのような眼差しを向けた後、クレーターの縁から背後へと飛び離れた。それに誘われるように、オッタルはゆっくりと自らが作り出したクレーターから歩いて出ると、先程自身を見下ろしていた小次郎が立っていた位置に立った。

 その視線が向けられた先には、20Mほど離れた位置に立つ小次郎の姿が。

 対峙する二人。

 最初に動いたのはオッタルだった。

 大剣の柄を握り直すと、それを大きく上へとかかげるように持ち上げた。

 そして、ゆっくりと口を開くと―――『詠唱』を始めた。 

 

月銀(ぎん)の慈悲、黄金の原野―――】

 

 ミシリ、と空間がきしむ音が響く。

 詠唱と共に、オッタルから放たれる増大した圧力に耐えられなかった岩や瓦礫が声なき悲鳴を上げて砂へと砕け散る。

 

【この身は戦の猛猪(おう)を拝命せし】

 

 掲げられた大剣の柄が、込められた力に耐えられないとばかりにきしみを上げる。

 天を突かんとばかりに上げられた刀身に力が満ちていく。

 

【駆け抜けよ、女神の真意を乗せて】

 

 振り下ろされれば、下層の階層主さえ討ち滅ぼす絶対破砕の一撃。

 全てを制する覇王の一撃。

 それを今、強大なるモンスターではなく、ただ一人の男へと振り下ろさんとしていた。

 受け止められる筈のない。

 必死の一振りを目にしながら、しかし、相対する男に―――小次郎に追い詰められた様は欠片もなく。

 どころか、その口許には変わらず涼やかな笑みが浮かんでいた。

 天災のごとき一撃を前に、小次郎は相手に背中を向けるかのような奇妙なる構えをもって対峙する。

 一見すれば隙だらけにしか見えないその構えを前に、オッタルの大剣を握る力が増す。

 その構えを―――そこから繰り出される()()()()()()を、オッタルはシロの敗北と言う形で目にした。

 シロと小次郎との一戦を、オッタルは見ていた。

 故に、シロが破れた小次郎の、この構えから放たれた技も目撃していた。

 だが、目にしていながら、最強の戦士たるオッタルでさえ、その技を見切れてはいなかった。

 ただ、目視叶わぬほどの速度による連撃であることしかわからない。

 少なくとも3つの斬撃。

 それも、ただの斬撃ではない。

 ただ一刀だけでも避け難い、至高の頂に至っているだろう剣士が振るう()()()()()()

 それが三つ同時に振るわれるかのような連撃。

 放たれれば防ぐも避けるも困難極まりない。

 ならば、振るわれる前に終わらせるしかない。

 そう、事は単純。

 殺られる前に殺る。

 ただ、それだけ。

 これまでの攻防により、小次郎の耐久力は高くない事は分かっている。ならば、直撃でなくとも、全力の一撃の余波だけでも勝ちうる。

 その確信を持って、オッタルは最後の詠唱を唱える。

 己の最大の一撃を。

 唯一の魔法を。

 

【――――――ヒルディスヴィーニ】

 

 振り下ろされる大剣。

 カチリ、と心と身体の動きが合わさったかのような、会心の一振りであった。

 確殺の意をもった、そのオッタルの目に―――

 

       ―――秘剣

 

 振り下ろされんとする大剣の真下に、小次郎が突如現れ。

 

 ――――――燕返し 

 

 オッタルの目に()()()()()()()()()

 時が引き伸ばされたかのような、奇妙な感覚の中、オッタルは理解してしまった。

 

 ―――届かん

 

 先に放った筈であった。

 既に振り下ろしている筈であった。

 しかし、それでも届かない事を、オッタルは悟った。

 小次郎が後に放った斬撃が先に届く。

 そう確信するも、引き伸ばされた時の中、思考に身体はついてはいけず。瞬き一つすら出来ない。

 オッタルの一振りは、未だその行程を半分も過ぎてはいないどころか、その切っ先はまだ天を向いている。

 逆に、小次郎の放つ三つの斬撃は、既にオッタルの身体に届かんとしていた。

 一刀にして三刀。

 オッタルは勘違いしていたことを理解した。

 高速の連撃ではない。

 そんな次元の話ではなかった。

 文字通り一刀が三刀へと増えていた。

 これが魔法なのか、それとも何かのスキルなのか、それはわからない。

 ただ一つわかるのは、このままでは己の命がここで終わると言うことだけ。

 襲いかかってくる三つの刀の内二つは、振り下ろそうとする大剣を握る二本の腕を、挟み込むような軌跡を描いている。

 そして三刀目は、命を断たんとオッタルの太い首へと伸びていた。

 これまでの斬撃であるのならば、何の痛痒もなかった筈である。

 目算通り、受けながら必死の一撃を打ち込めばいい。

 しかし、オッタルの直感は告げていた。

 確実な『死』を。

 猶予は僅か。

 この奇跡のような時間で出来るのは、一手のみ。

 即ち、引くか、このままか。

 だが、どちらを選んでもこの(囲み)からは逃れられないとも、直感は告げていた。

 『死』を前にした永劫にも感じる時の中、オッタルが選んだのは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一際巨大な衝撃が(オラリオ)を震わせた。

 遠く離れた住民ですら、その体を震わせるほどの衝撃に思わず顔を上げ周囲を見回す程のそれを放った中心では、噴火後の火口めいた粉塵が舞う巨大なクレーターがあった。

 生物の気配が感じられない破壊の跡に、しかし、二つの人影があった。

 一つは、その両の足で立ち。

 一つは、血を流し地に倒れ伏していた。

 勝者と敗者。

 明確なる結果を告げるその光景。

 それを目にしたのは―――

 

「―――そんな、まさか」

「……」

 

 一柱の男神とその眷族の女。 

 ヘルメスとアスフィであった。

 翼の生えたサンダルをはき空を飛ぶアスフィにヘルメスは抱えられながら、その有り得ざる光景を二人は上空から見下ろしていた。動揺を収められないままに、ゆっくりと地面へと降り立つ。

 百Mはあるだろう巨大なクレーターの中に降り立った二人は、受け止められない現実を前に石のように固まっていた。

 そんな二人の姿を横目で見た勝者たる男は、手に持ったその長すぎる刀身の刀を器用に背中に背負った鞘に収めると、戦場跡へ背を向けた。

 

「―――知り合いならば急いだ方が良い。運が良ければ、命とそこに落ちた腕も着けることも出来るのではないか?」

 

 小次郎のその言葉に、びくりと身体を震わせたアスフィは、慌てて周囲を見渡すと、離れた位置に転がっている刀身が砕けた柄の残骸を握りしめる肘から先が切断された二本の腕を見つけた。

 ポーチから回復薬を取り出しながら、俯せに血を流し倒れるオッタルに駆け寄るアスフィをよそに、立ち去ろうとする小次郎に背中へ向けて、ヘルメスが声をかける。

 

「―――一つ、いいかな?」

「何だ?」

 

 普段のふざけたような雰囲気を欠片も感じさせない。怒りとすら感じられるほどの真剣さを持った声を背に受け、小次郎は足を止めて応えるも、その顔はヘルメスへとは向けられていない。

 

「君は、一体何者だい」

 

 ヘルメスの問いに、小次郎は一瞬考え込むように黙った後、一歩足を前に出すと同時に、その問いに応えた。

 

 

「―――佐々木小次郎」

 

 

 




 感想ご指摘お待ちしています。
 
 ちょこちょこと忙しくなっているため、すみませんがペースが落ちると思います。
 ですが、投稿はしますので、出来れば気長にお待ちください。

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