たとえ全てを忘れても 作:五朗
さて、助っ人はだれでしょうか?
ガタゴトと、馬が引く荷馬車の車輪が、石や道のへこみに引っ掛かる度に周囲の他の乗客と一緒に体が浮き上がっては落ちていく。クッションなんて贅沢な物などないため、その度に固い板へとお尻が幾度も、それこそ数えきれないほど叩きつけられれば、いくらレベル2の冒険者であっても肉体的にも精神的にもきついものがある。
出発する前に比べて、何だかお尻が
あの日―――拠点を【アポロン・ファミリア】に襲われた日。
【アポロン・ファミリア】に対し宣戦布告を告げた後、ベルは後ろ髪を引かれながらもヘスティアと別行動を取ることとなった。それは勿論勝つためのものであり。強くなるための行動だった。
方法はあの時と同じ。
都市最強の一角と呼ばれる【アイズ・ヴァレンシュタイン】から修行をつけてもらうこと。
それが非常識であること。
まともに取り合ってもらえない可能性が高いことを承知で、ベルは【ロキ・ファミリア】の
最初、門番により止められ、自分の願い―――アイズ・ヴァレンシュタインへの面会を願い出た時も、内心では難しいというよりも、確実に断られるだろうとは思っていたのだが、何故か断られたり、非難されたりもせず。それどころか何処と無く優しく声をかけられて、暫く外で待たされた後で、拍子抜けな程簡単にベルはアイズと会うことができた。
直ぐにベルはもう一度修行をつけてくれとアイズに願い、例え断られようとも何度もお願いしようと、そう決意しながら口にした願いに対し、二つ返事で了承されたことも予想外―――というよりも、ただただ信じられなかった。
流石にこれはおかしいと、自分から願い出ながらベルはアイズに理由を問い質したが、何故だか黙り込まれてしまい。一緒にいたティオネやティオナから誤魔化され、結局何故あそこまで簡単に協力してくれるのか、それも何の見返りもなく手を貸してくれるのか、その理由について最後までベルは聞くことはできなかった。
「―――ティオネさんやティオナさんも、それに他の人達もどうして……」
鍛えてくれたのはアイズだけではなく、ティオネやティオナからもベルは手解きを受けていた。修行以外にも、【ロキ・ファミリア】の団員の人から色々とアドバイスを貰う等、同じファミリアどころか主神同士が仲が悪い筈の【ロキ・ファミリア】の団員達が、何故か皆ベルに協力的であった。
修行の日々は強くなること以外に余計な事を考えている余裕がなかったため、疑問に思いながらもその理由について考える事はなかったのだが。ぽっかりと空いたこの移動時間に、その疑問について考えてしまうのも仕方のないことだった。
とはいえ、幾ら考えてもヒントの一つもないことから、どれだけベルが頭を捻ろうともその
脳裏に浮かぶのは、最後に目にしたアイズの複雑な感情を宿した瞳だけ。
修行を終え、ヘスティアの下へと戻る前に、お礼を口に深々と頭を下げた先で、自分を見つめる何時も通りのあの美しい黄金の瞳の中に宿っていたのは、ベルの見間違いでなければ、あれは―――
「―――アイズさんは、何で、あんな目をしていたのか、な……」
ポツリと呟かれた疑問の声に応える者はいる筈もなく。
ただ車輪が地面を削る音だけが響くなか、窓の向こうに小さな影が見えた。
「あ―――あれって」
まだまだ遠い。
しかし、それでもそのシルエットだけでもそれが何であるかが分かる。
あちこち欠けて壊れてはいるが、未だ十分にその使用に耐えうる姿を見せる城壁の奥には、城の如き城塞の姿も見えた。
「あれが、『シュリーム古城跡地』」
もう間もなく、ベルは
正確にはその近くにあるアグリスという町に。そこには先に集合している筈の【ヘスティア・ファミリア】の団員達―――他のファミリアから移籍してくれた仲間と、そして助っ人がいると出発前にベルはヘスティアから聞かされていた。
それを思い出し。
ふと、そう言えば、とベルは今更ながらに疑問に思った。
「―――助っ人って、誰なんだろ?」
思い出されるのは、出発する直前に助っ人について訪ねた際のヘスティアの顔であった。
あれは、何と言えばいいのだろうか。
笑っているような、困っているような、そんな微妙でおかしな顔で。
声も同じく色々な感情が混じった複雑なもので「まあ、会ってのお楽しみで」と言われただけで、ヒントも何もなく。
様々な疑問と不安を抱きながら、ベルはもうすぐ出会うだろう助っ人に思いを馳せながら、箱馬車の中その身体を揺らしていた。
「―――で、結論から聞こうか」
黄昏の館の中にある一室。
都市最強の一角たる【ロキ・ファミリア】の指針を定める場である団長に用意されたその部屋の中には、最高幹部の3人の姿があった。
その子供のような体格と姿から、一見すれば不格好のように見えながら、どことなくしっくりとくる不思議な感覚を見るものに与える大きく重厚な執務机に肘を付き、交差した手の甲に額を当てながら、団長であるフィンが、顔を俯かせたまま机の前に立つリヴェリアに声をかける。
その声は重苦しく、部屋の中は魔導灯により明るく照らされている筈なのに、フィンのその声も合わせ薄暗く感じられた。
それをリヴェリアも感じているのだろう。躊躇うように息を吸った後、微かに震える声で手にした信じられない。信じ難いその情報を口にした。
「……真実だった」
「っ―――……流石に、それは予想外だったな」
「はっ! 真実、真実のう……ま、誰も信じんだろがな」
額に組んだ両手の甲を押し付けるようにして当てながら、フィンは呻くような声を上げる。それを横に、ガレスも苦笑にしては苦すぎる声でそう愚痴めいた声をこぼす。
「だろうね。僕も正直今でも信じられないよ」
「だが―――」
ため息混じりの現実を否定する言葉は、しかし、リヴェリアの声よりも前に自身の言葉によって正される。
「ああ、わかっている。別に疑ってはいないさ。ただ、問題は―――」
「誰がやったか、か」
あの男が、そこらの有象無象相手に遅れを取るどころか、苦戦する姿さえ想像がつかないのだ。それこそ深層の階層主ぐらいしか相手にならないような男なのだから。
「そう。で、肝心のそこはわかってるのかい?」
微かに上げられた顔から覗く鋭い視線が、リヴェリアに向けられる。言葉の強さの割に、期待が感じられないのは気の所為ではないだろう。
普通ならば大々的に広めるようなその事件だが、この事に気付いている者はそう多くはない。
何よりその内容が、その男がどれ程の男であるかを知っているからこそ信じられないのだ。
「……詳しい情報はない。戦いの詳細も相手の情報も殆ど。ただ、その男は長い剣を使う剣士だそうだ」
「剣、剣か。あの男相手では、ただの剣では文字通り歯が立たないから……『魔剣』か?」
文字通り化物の如き耐久力を思い、歯を剥くように口元を歪めながらフィンが誰に言うでもなく自問する。
魔法を放つ魔剣ではなく、切れ味を上げる付与的な力を持つ魔剣の可能性を考える。
「いや、あの男が『魔剣』の一本や二本で倒れるような柔な奴ではないのは貴様も良く知っていよう」
確認するようなそんな自問の声に、ガレスの助言が投げられ。それをフィンは頷きとともに受け入れる。
「だね。でも、それじゃあ……」
「未確認の『レベル7』、か?」
顎に手を当てながら、ぽつりとリヴェリアの口から思考から溢れた言葉の一つが落ちる。
可能性としては否定できない。
「流石に、それは……」
しかし、その可能性はあまりにも小さく。微かに柔らかくなった言葉と共にフィンがリヴェリアのその言葉を首を横に振るとともに否定する。
「しかし、それでは他に可能性としては―――あの時のように」
フィンのその姿に、小さく額に皺を寄せながら、リヴェリアはあの暗黒時代の最後の戦いを思い出しながら一つの可能性を口にするが。その声は自分の言葉でありながら信じていないように聞こえていた。
「いや、流石にもうあの時のような生き残りが出てくる事はない、とは思うけど」
それは本人も自覚しているのだろう。フィンの言葉を、リヴェリアは反論せずに受け入れていた。
その二人のやり取りを、腕を組んで聞いていたガレスが、組んでいた両手を解くと共に、激しく後頭部を苛立つように掻きながら胡乱な目をフィンに向けた。
「では、なんじゃ。他に何かあるか?」
「ある、というか。僕達はつい最近そんな相手と戦ったじゃないか」
「「!?」」
フィンの小さな、しかし確かな確信を抱いた言葉を受けた二人の脳裏に、稲妻めいた勢いで同じ男の姿が過ぎった。
「―――『ランサー』」
青い、身体の線が浮き上がる服を全身に包んだ野獣めいた眼光と雰囲気を持つ男の姿。
何よりも印象にあるのは、その男が手にしていた。深層のモンスターすら可愛く思える程に禍々しい気配を纏った長く、紅い槍。
本名かどうかはわからない。
ただ、フィンの直感は、あの時あの男が名乗った『ランサー』とは、本当の名ではないと告げていた。
「あ奴か……」
「だが、情報によれば長い剣だと聞いたが。あの男の使っていたのは紅い槍だった」
リヴェリアが手に入れた情報では、間違いなく使っていた武器は剣だという。特徴的な長い刀身の剣であると。
「そうだね。だから、あの男ではないけど、もしかしたら似たような奴が他にいるのかもしれない」
「あの男と同等の、か」
自分で口にしながら、リヴェリアのその顔はどうにも信じられない。いや、信じたくないと言った、その内心を現すかのように苦々しいものであった。
「それは何とも心が踊るのう」
「そんな悠長な事を言っていられるか」
「だね」
好戦的な声を上げるガレス。
だが、その裏には無理矢理鼓舞するような勢いも隠れていたのは、非難の声を上げたリヴェリアも気付いていた。
弱音を上げるかのようなそんな二人を見るフィンの目もまた、力は感じられなかった。
フィンも同じだからだ。
あの、港で起きた事件においての最後の戦い。
そこで、フィン達は『ランサー』と名乗る男と戦った。
―――違う。
あれは、戦いなどと言うものではなかった。
ただ、遊ばれただけ。
最強と持て囃されていながら、フィン達は―――最強戦力である筈のレベル6が複数いながらも、敵として見られてはいなかった。
例えその時近接主体であるティオネとティオナがいなかったとは言え、あの場にはガレスもフィンもそれにベートにアイズすらいたのだ。この四人が相手となれば、あのオッタルが相手であってもそれなり以上に戦えた筈であった。
そうでありながら、しかしあの『ランサー』を名乗る男を相手にするには、それでも不十分であったのだ。
アイズやベートですら影すら追えない速度に、フィンの勘すら手に余る技量。それに加え、速度に特化しているのかと思えば、あのガレスと一瞬とは言え拮抗できる程の力の持ち主であり。あらゆるもので、悉く上をいかれながら、最後までこちらに大した怪我の一つすらさせずに戦いは終わった。
あれを『遊ばれた』以外に言えるだろうか。
文字通り相手にならなかったのだ。
【ロキ・ファミリア】である自分達が、だ。
「……それと同等の相手、か」
「考えたくない、というよりも想像が着かないな」
あの時、魔導師であるリヴェリアは一人後方に位置していたからこそ、直接戦っていたフィン達に見えなかったものも見えていた。これまで数多く、それこそ数え切れない程の様々な戦場を見てきたからこそ理解させられた。
相手と自分達の力の差を。
だが問題は、その力の差だった。
これまでも様々な力の差を感じてきた。
モンスターからも、冒険者からも。
文字通りレベルというものがあるのだ。
差というものは、ある意味でわかりやすく感じやすいものだった。
なのに、あの男から感じたソレは、ハッキリと感じられるのにも関わらず、
単純にレベルや身体能力の差ではない。
言語化出来ない漠然としたナニか。
そんな差が、あの男から感じられた。
「とは言え無視は出来ない」
「だから、手を貸したのか?」
フィンの声により、思考の海から顔を上げたリヴェリアが反射的に疑問を上げた。
その問いに、フィンは顔を左右に振って否定する。
「それとこれとは別だよ」
「ま、借りは色々とあるからのう」
顎を撫でながら、ガレスが男臭い笑みを浮かべる。
それに対し、リヴェリアは口の端を噛みながら顔を伏せた。
それを横目に見ながら、フィンは遠くを見るように目を細めた。
「借りばかり増えるのはあまりいい気がしないからね。本人に返そうと思っても、一体何処にいるかわからないし」
「……本当にわからないのか?」
疑わしげなリヴェリアの声と視線に、フィンは肩を竦めて返す。
「ああ、かなりの重症を負ってはいるだろうけど、生きているだろうね。あそこから生還したほどだし」
「では―――」
リヴェリアの力が籠もった瞳に向かって、フィンが頷く。
「彼のことだ、確実に出てくるだろうね。だけど、それがどのタイミングなのかはわからない」
「っ―――……どうみる、この
彼が現れる可能性は高い。
しかし、問題はその後。
リヴェリアの眉間に刻まれた深い苦悩の印が、その困難の程を暗に示していた。
「【ヘスティア・ファミリア】に分が悪すぎる。元の構成員の人数もレベルも、何よりも経験に差が有りすぎる。あの子は確かに規格外かもしれないが、普通に考えれば勝機はない」
「だが、あいつがいれ、ばっ……」
反射的にリヴェリアの口から反論が出るが、しかしそれは尻すぼみに弱くなり。視線が落ちると共に、その声は小さく消えてしまった。
「そう、
「謎の剣士、か」
そもそもの問題であり、話題にして問題の中心にいる男。
その男と【アポロン・ファミリア】に繋がりがあるのは、もはや確信に近かった。
「手に入った情報が確かなら、その剣士は連続して『シロ』と『オッタル』を撃破している」
「……今一度聞いても信じられんな」
その二人の強さをよく知っているからこそ、その意味を、恐ろしさを知るガレスは引き攣った頬を噛み潰しながら呟く。
「残念だけど、今の僕達の手には余る相手だね」
「っ、
フィンの、ため息混じりのある意味で敗北宣言染みたその言葉に、激昂した非難の声をリヴェリアが発する。
重厚な机に両の手を叩き付け、噛み付く勢いで顔を寄せてくるリヴェリアに、フィンは静かな視線で受け止めた。
「……僕も行かせたくはなかったよ」
「そう言うのならば何故だッ!? あの男と同等かもしれん奴が相手かもしれんのだっ!? いや、まず間違いないだろうっ! あのオッタルを倒しているのだっ!? いくらあの子でも相手にならんぞっ!?」
フィンの冷えた声と言葉に比例するかのように、リヴェリアの声と熱は上がっていく。
「わかっている」
「だからっ!! なら何故―――」
「リヴェリア、落ち着かんか」
今にも机の上に置かれたリヴェリアの手が、フィンに向かって伸びかねんとした時、横から伸びたガレスの手が二人の間に割り込んできた。
「っ、ガレスッ!? っ……はぁ……すまない」
「いや、僕も君の気持ちも心配もわかっているよ。だけど……」
ガレスの強い視線と言葉により我に返ったリヴェリアが、一度深く息を吸い、吐くと共にいくぶんか落ち着いた声で、余計な熱と共に謝罪の言葉をフィンへと向けた。
それに対し、小さく笑みを返したフィンは、チラリと自身の手に、右手の親指に視線を落とすと、ポツリと呟いた。
「疼いたんだ」
「なに?」
訝しげに眉を寄せたリヴェリアに顔を向けることなく、フィンは自身の親指から視線を外すことなく言葉を続ける。
「行かせた方が良い。そう感じてしまったんだ」
「……お前の『勘』が、そう告げたのか」
「ああ」
フィンの『勘』が、どれ程のものかを知るリヴェリアは、向けられた視線と言葉を受け止めると、何かを無言で飲み込むように深く大きく息を吸った後、倍近い大きさの息を吐いた。
「……はぁ」
「すまない」
「いや、私もすまなかった」
フィンの謝罪が何に対してのものかを長年の付き合いから察しながら受け入れるリヴェリアの姿に、ガレスがふっ、と小さな笑みを浮かべる。その笑みを瞬きと共に振り払うと、ガレスはフィンに声を向けた。
「しかしフィンよ。色々と大丈夫なのか?」
「何だいガレス、君らしくもない」
からかうようなフィンの口調に、鼻を鳴らしながらガレスは口の端を曲げた。
「ふんっ、心配にもなるわい。幾らルール上は問題ないとは言え、【ロキ・ファミリア】の看板の一人が顔を突っ込むのだ。修行に手を貸す程度とは全く違うものだと儂でも分かるぞ」
「ま、一応ロキの許可は取ってある」
「はぁ、あのロキが良く許したのう。あそこの神とはかなり仲が悪いと思っておったが」
かの神と自分達の主神との仲の悪さは、ガレスの耳にも届いていた。と、言うよりも、特に酒の席で本神の口から直接聞いた事が何度となくあった。
「ま、そこは色々とあるんだろう。嫌いな奴に貸しをつけるというのは中々面白いものがあるし、ね」
「趣味がわるいのう」
にっこりと、まるで無邪気な子供のような笑みを浮かべるフィンに、引いた声と顔を向けるガレス。
「ははは……まあ、でも他にも理由があるとは思うけど」
「それは?」
「さあ? 流石にそこまではわからないよ。それこそ『神のみぞ知る』だね」
「はぁ……ま、そういうものかの」
長い付き合いではあるが、それでも計り知れないのが『神』であり己達の主神である。それが頼もしくもあり、恐ろしくもある。
「今更何を言っても既に事態は僕たちの手を離れている。後はもう全て彼等の手に委ねられている」
フィンはそう口にしながら何かを掴むようにして掲げた右手を見上げ。
パッ、と何かを放り投げるかのようにその右手を勢い良く開いた。
「そう―――『賽は投げられた』、だ」
その日、常に活気に満ち溢れている
日も昇らぬ内から、待てないとばかりに競い合うかのように、何処かしこから呼び声が響き始め。太陽が姿を見せる頃には、もはや都市中が様々な声で溢れ返っていた。
それら声の多くは熱が籠ってはいたが、しかしそれは未だ爆発する前の底に燻るかのような前兆のようなもので。彼ら彼女らはナニかを待ちわびるかのように、その身体を震わせていた。
そうして、爆発寸前の熱気と興奮が満ちる中、日が中天に近付く頃合いに、都市の中央にあるギルド本部前に(許可なく)設置された舞台から、魔石製品の拡声器を片手に持った褐色の肌の青年の声が響きだした。
『―――え~、大変お待たせしました。そろそろ頃合いと思いますので、そろそろ始めようかと思います。今回の
無断で何の許可を受けていないにも関わらず、まるで正式な実況のような装いでステージ上で声を張り上げる実況者を名乗る青年が、拡声器を持っていない手を、自身の隣に座る己の所属する主神である神へと向ける。青年の手に誘導されるように、ギルド本部前に集まった人々の視線が、その主神へと向けられると、その神は座っていた椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、その被った巨大な像の仮面から唯一見える口許を笑み形に一瞬変化させた後、拡声器もなしに都市中に聞こえなかねない大音声で宣言した。
「―――俺が、ガネーシャだッ!!!」
『はいっ、ということでよろしくお願いしま~す!』
ぱちぱちと、ガネーシャの何時もの宣言と共に拍手が響く中、それを見下ろす者がいた。
「おー、おー盛り上がっとるなぁ」
細められた目を更に細めながら、その神は地上にひしめくように見える群衆と、そこから感じられる熱気に口の端をぐにゃりと曲げて笑い声を響かせていた。
ギルド本部―――白亜の巨塔たる『バベル』の三十階には、今多くの神が集っていた。
自身の【ファミリア】の本部で眷族達と共にする神や、酒場で冒険者達に紛れている神もいるが、多くの神は今はここ―――『バベル』において
その神々の中には、この
神々が多く集う中、それ以外はその神達の世話をするギルドの職員しかいない中、ただ一人ギルド員ではない神の眷族であるアスフィが、己の主神の横で、居心地を悪そうに周囲を見渡していた。
「っ、ヘルメス様、私が本当にここにいて良いのですか?」
「構わないとも、実際誰も文句を言っていないだろ?」
隣から心配そうに見上げてくる
時刻は正午を目前にしていることを示している。
「……頃合いか」
一つ頷いたヘルメスは、懐中時計から視線を外すと何もない宙へと顔を上げ、口を開いた。
「それじゃあ、ウラノス、『力』の行使の許可を頼むよ」
その声は空気だけではなく、別のナニかを震わせこの場にはいない者へとその意思を伝え。
そしてそれは、数秒の間を置き、答えられた。
【―――許可する】
ギルド本部から響いたその神威が籠った【声】は、一瞬にしてオラリオ中に存在する神々へと同時にその意思を伝え、宣言を聞き届けた全ての神々が一斉にその指を弾き鳴らした。
瞬間、都市のあらゆる場所に円形の窓が浮き上がった。
数える事も馬鹿らしくなる程の数と、様々な大きさのその窓は、下界において限定的ではあるが行使が許されている『
彼らはその『鏡』を見ることによって、離れた土地で行われるこれからの『
ギルド本部前に作られた
『それでは、
拡声器の声が響き渡る中、同じ映像が浮かぶ様々な酒場の中でも同じく声が響き渡っていた。
「いいかぁ! もういいかぁ!? 賭けを締め切るぞぉおおッ!!?」
酒場では承認と結託して行われる冒険者主導の賭博が行われていた。賭けの内容は勿論この
つい先程も、何処ぞの冒険者が10万もの大金を賭けたように、それなりの数の者が【ヘスティア・ファミリア】の勝利を願っていた。
「思ったよりも【ヘスティア・ファミリア】に賭ける奴がいるんだな?」
「……まあ、確か【ヘスティア・ファミリア】にはあの男がいるしな。そこに賭けてる奴がいるんじゃねぇのか?」
先程の大金を【ヘスティア・ファミリア】に賭けた男により、僅かに変化したオッズを、張り出された紙に修正されるのを眺め見ていた冒険者の一人が、酒を飲みながら隣に座る別の冒険者に声をかける。声をかけられた冒険者は、顎髭にエールの泡を付けながら、赤らんだ顔を傾げながら、アルコールにより若干揺れる思考の中から、【ヘスティア・ファミリア】に賭ける者達の根拠を推測する。
そのレベルに合わない強さにより、一時騒ぎになった男が【ヘスティア・ファミリア】には所属している筈だった。
しかし、噂によれば、その男はもう―――。
「あの男? ああ、あいつか。だけどそいつはもう死んだって聞いたが?」
「確かに最近姿を見たって聞かねぇがな。とは言え、あの男がいたとしても、数が違いすぎる。どうあっても【ヘスティア・ファミリア】に勝ち目はねぇな」
もしかしたら、その男の強さは本物かもしれない。
しかし、【アポロン・ファミリア】の戦力は100人にも届くと聞いている。
質が量をひっくり返せるこの【神時代】ではあるが、【アポロン・ファミリア】もまた中堅のファミリアである。人数もさることながら、その冒険者達の力も侮れないものだ。
質と量がそろっている【ファミリア】を相手に、多少の規格外では相手にもならない。
「だな。いや、しかしそう言えば助っ人枠に誰が来るかによるんじゃねぇか?」
「ああ? 助っ人枠? 確かにそんなのあったがよ。弱小の【ヘスティア・ファミリア】に手を貸すような所があるとおもうか? 雇う金なんてねぇだろ」
やはり【アポロン・ファミリア】に賭けて間違いないと内心で頷いていた男に向かって、そう言えば、という声が届く。助っ人枠という言葉に、安心しようとしていた心が一瞬不安で微かに揺れた。
だがそれも、少し考えれば杞憂にすぎないとわかる。
こんな勝ち目がない戦いに、好き好んで助けにはいるような奇特な冒険者などいる筈がない、と。
ならば雇うしかないが、上級冒険者が多少の金でこんな負け戦に参加する筈もなく。例え雇えるとしても、その金が用意できなければ意味がなく。そしてそんな大金を弱小ファミリアである【ヘスティア・ファミリア】が準備できる筈もない。
「ま、確かにな。しかしそれじゃ、助っ人は誰なんだか?」
「もしかしたら誰もいねぇかもしれねぇな」
敗色が濃厚な【ヘスティア・ファミリア】と、己が賭けた【アポロン・ファミリア】の勝利を思い、にやけた笑みを口許に浮かべた男が、確実な勝利の美酒を感じながら安いエールを喉へと流し込んだ。
「ベル・クラネルとの別れは済ませてきたかい?」
「……」
椅子に座り、じっと目の前に浮かぶ『鏡』へと視線を向けたまま微動だにせず、ヘスティアは背後からかけられたアポロンの声を無視した。
絶対に反応しないという強固な意思をその背中に感じたアポロンは、やれやれと肩を竦めて見せると、大袈裟に鼻を鳴らすとそのままヘスティアに背中を向け去っていった。
去っていくアポロンの気配すら無視し、真っ直ぐに『鏡』を見ていたヘスティアの背中に、また誰かの気配が立った。
「少しは落ち着いたらどう?」
「……落ち着けるわけないよ」
背中からかけられた声に、今度はヘスティアは無視することなく返事を返した。しかし視線はやはり『鏡』から離れず、映し出される光景から瞬きすら惜しむように見つめていた。
そんなヘスティアの姿に、苦笑を浮かべたヘファイストスは、そのままヘスティアの隣の椅子を引くと、そこへと腰を下ろした。
「まあ、それはこっちもそうなんだけど、ね」
「……ヘファイストスには迷惑をかけるね」
何処か、後ろめたい声がヘスティアから上がる。それを横目に見たヘファイストスは、小さく口許に笑みを浮かべると椅子の背もたれに背中を預けた。
「まあ、私も発破を掛けたような所もあるし」
そう口にするヘファイストスの目には、決意を宿した可愛い、そして男らしい自身の―――否、正確には元眷族の青年の姿が浮かぶ。今はもう、自分の眷族ではなく、この小さな女神の眷族となった青年を思い、ヘファイストスは小さく息を吐く。
「それもあるけど―――」
「ああ、あの子の事か」
申し訳なさそうな声が、ようやく『鏡』から視線を外し、ヘファイストスへと向けられたヘスティアの目には、すまなそうな感情が満ちていた。
それに対し、そんな感情は不要だとヘファイストスが片手をぱたぱたと左右に振った。
「あれはあの子が勝手に言い出した事だよ。まあ、確かに立場を考えろと追い返した足で、そのままあなたの所に行くとは思わなかったけど」
「ボクも、流石にね」
「へぇ、それは一体何のお話かな?」
「―――げ」
はは、と苦笑を浮かべると、新たに背中からかけられた声に、反射的にヘスティアはくぐもった声と共に振り返ってしまう。
視線の先には、申し訳なさそうに縮こまる
「……何だよ」
じとりとしたねめ上げる視線を受けたヘルメスは、にやにやとした笑みを口許に湛えたままヘスティアを見下ろして口を開く。
「もしかして、噂の助っ人枠の話かな? いい加減教えてくれもいいじゃないか。君と私との仲だろ。折角の紹介がご破算になったんだ。誰が助っ人枠になったかもう教えてくれてもいいだろ?」
「どうせもうすぐ分かるんだ。大人しく見ていればいいだろ」
ちっと舌打ちを一つ鳴らしたヘスティアは、そのままヘルメスから視線を切るとまた『鏡』へと視線を戻す。話すことはないと言外で伝えるヘスティアの意思を受け取りながらも、ヘルメスは変わらず笑みを浮かべた顔を一歩前へと動かした。
「少しでも早く知りたいんだよ。わかるだろ、君もこの気持ちが」
「ボクには関係ないね」
「はぁ、つれないね。そう思わないかいヘファイストス?」
つれない態度のヘスティアに、肩をすくませながら背を伸ばしたヘルメスは、そのまま視線をその隣へ。ヘスティアの横に座るヘファイストスへと向けた。
ヘルメスから向けられた視線と言葉に、ちらりと横目で視線だけを動かしたヘファイストスは、ふんっ、と小さく鼻を鳴らすと言葉短く問いの答えを返す。
「さあね」
「君ならもしかして知ってるかな? 【ヘスティア・ファミリア】の助っ人が誰なのかを」
「知ってても教えると思う?」
すっと細められた視線を向けられながら、ヘファイストスは視線を『鏡』から今度は動かさず呆れたような声音でヘルメスの問いに応えた。
疑問のような言葉の中に感じられる明確な拒絶な意思に、ヘルメスは何かを察したかのように口許に浮かべた笑みを深めた。
「ふ~ん……もしかして、君のところの誰か、とか?」
「―――さて、どうかしら」
「仕方ないか、ま、予想はるし、合ってるかどうかは見てのお楽しみにしておこうか」
はぐらかすかのようなヘファイストスの言葉に、ふふ、と口の中で一つ笑い声を上げたヘルメスは、一歩足を後ろに下げると、横でおろおろとヘファイストスとヘルメスの間で視線を行ったり来たりさせていたアスフィの肩を叩くと、ヘスティア達に背中を向けると何処かへと足を向けて動き出した。
「始まったなあ……」
「とは言っても、直ぐに何かあるわけもねぇか」
正午となり、開始を告げる銅鑼の音が響く中、【アポロン・ファミリア】の団員である弓兵の一人である男は、城壁の上に警戒として立つ仲間へと視線を向ける。
その声と目には力は感じられず。今まさに戦いが始まったファミリアの一員とは思えない士気の低さを見せていた。
だが、そんな男の様子を見ても、もう一人の男は何も文句は口にしない。何故ならば、その男も同じようにやる気がないかのように、見に纏う士気は低かったからである。
「賭けじゃ最終日がやっぱ多いみたいだな」
「大穴狙いで初日もあるけど、流石になぁ」
「で、お前は?」
「勿論最終日だ」
その二人の言葉の通り、【アポロン・ファミリア】の団員達の多くは三日ある
そういう理由から、初日の一番最初の警戒にあたるこの二人の中には、
「やっぱそうか、しかし、思ったよりもしっかりとした城壁だし。警戒するのは『魔法』だけで十分だな」
「だな、まあ、姿を現したらこれの餌食にしてやるよ」
それに加え、自分達の陣地であるこのシュリーム古城跡地に築かれた城壁は、幾つか崩れていた所はあるが、修復した今では、単文詠唱程度の『魔法』ではびくともしない程の堅牢さを感じさせていた。言葉にした通り、警戒すべきは長文詠唱による『魔法』のみであり、それもある程度の近さから撃たねば意味はない。そしてそれだけ近ければ、警戒として立つ弓兵であるこの男にとっては良い的である。
十人にも満たない【ヘスティア・ファミリア】が相手である。
もしも『魔法』を使用されたとしても、男にとっては数人程度であれば詠唱の間に十分射ち倒す事は可能であった。
それを知っているからこそ、もう一人の男も余裕を持って弓を掲げる男を見ていた―――と、その視線の端に、誰かの姿が映った。
「はっ、頼りにしてい、る……あん?」
それは城壁の向こう側。
草原が広がる開けた場所に、何時の間にか誰かが一人立っていた。
「どうした?」
「見てみろ、誰か来てるぞ?」
弓を持っていた男も、それに気付き視線を城壁の向こうへと動かし、その目を細め草原に立つ人影の姿を確かめる。
「哨戒に出た奴じゃねぇのか?」
「いや、まだ出してはいない筈だ」
男の言葉に確かに、と同意するように頷く。
哨戒に出す予定はあるが、それはまだの筈である。
そしてこの周辺に
と、言うことは、それはつまり。
「なら敵か? まさか初日のこの真っ昼間にか?」
「馬鹿か?」
思わず、とばかりに男の口から正直な感想が溢れる。
気力体力ともに全く削れていない万全な状態の今、この時に仕掛けるなんて、普通では考えられない。
それも質、量共に劣る側から攻めてくるなんて。
そんな事は有り得ない。
「誰かわかるか?」
「……いや、フードやら何やらで全くわからねぇ。ただ、多分女だ」
とは言え、現実はそれを否定している。
弓兵である男が、その弓兵故の視力によりまだ離れた、ぎりぎり男の弓の射程外に立つ人影の姿を確認する。その姿は言葉の通り、フードやらマントで身体を包み込むように隠しているため、髪の色どころか肌の色一つ確認出来ないでいた。ただ、巻き付けた布が見せる身体の線の細さから、どう見ても男とは思えなかった。
遠目でもわかる柔らかな線は、女―――それもマントやら何やらで身体を隠していても分かるほどにそのスタイルは良い。
「女? あそこの【ファミリア】に女っていたか?」
「ぎりぎりで一人か二人入ったって聞いた気が?」
最後に聞いた限りでは、試合開始ぎりぎりに加入したメンバーが何人かいて。その中には女がいたと男は思い出す。
ならば、その中の一人か、と思い至るが、そう言えばと口からぱっと思考から浮かんだ言葉が漏れる。
「そういえば助っ人枠とかあったな」
「ああ、だが助っ人なら誰だ?」
【アポロン・ファミリア】でも【ヘスティア・ファミリア】の助っ人で誰が来るのかと噂になっていたが、結局これといった人物の名は出なかった。ルール上はどんな相手でも助っ人として入れる事は出来るのだが、こんな負けの決まったような不利でしかない戦いに助っ人として入る冒険者なんている筈もなく。例え入ったとしてもレベル2が精々の金で雇われた者だろうと皆口にしていたことから、もしやあれが助っ人かと、城壁から身を乗り出す勢いで草原に立つ人影へと二人は視線を向けていた。
そんな興味津々にして、余裕を露にしていた二人の顔が、正体不明の人影が身体を隠していたマントやフードを外すのを前に、その下から現れた有り得ない姿を目にした瞬間―――
「とは言っても、助っ人で入るような奴に、大した、やつ、が……―――は?」
ポカンと間抜けに口を開いた後、同時に同じ言葉を口にした。
「「―――……うそだろ?」」
一際強く吹いた一陣の風が草原を駆け抜け、一人立つ人影が、その身を包んでいた布を取り外した勢いのまま投げ捨てたそれを遠くへと飛ばしていく。
窮屈に閉じ込められていた場所から解放されたことを喜ぶように、
そしてその黄金の髪と同じ色をした瞳を、城壁へと向けたその少女は、腰からオリハルコン製の第一等級武装の片手剣であるデスペレードを抜き放ち、その切っ先を突きつけるようにして向けた。
「―――ふぅ、苦しかった。じゃあ、始めよう、か」
そうして、その黄金の少女は。
【ロキ・ファミリア】所属の冒険者であり、今回の
「【
静かな、呟きにも似たその言葉の直後、生半可な『魔法』では崩せない筈の城壁が豪風の一撃により大きく揺れ。
同じくその光景を目にした
「「「――――――はああああああああああああああああああ!!!????」」」
感想ご指摘お待ちしています。
助っ人が誰か当てられた人はいましたか?
正直、書く直前まで実は決めていませんでした……。