たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第十一話 秘剣VS剣姫

『―――【戦争遊戯(ウォー・ゲーム)】に参加したい?』

 

『……うん』

 

『アイズ、それがどういう事なのかは、君も分かっている筈だ』

 

『そう、だね。分かっている……でもフィン―――』

 

『なら、僕の答えも分かりきっているだろ』

 

『っ、それ、は……』

 

『僕たち―――【ロキ・ファミリア】はここオラリオの最大派閥の一つ。それがたった一人でも、それもただの構成員ではなく、【ファミリア】の顔の一つでもある君―――【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが手を貸すとなれば、周りからどう思われると思うか、君は本当に理解しているのかい?』

 

『う、ん……』

 

『精々出来るとしたら、今君たちがしていることを見て見ぬふりをすることぐらいだ』

 

『気付いてた、の?』

 

『気付いていないとでも?』

 

『……』

 

『それに何よりも、あのロキがそれを許すと?』

 

『っ』

 

『だから、許可は出せない』

 

『ッそれ、で―――』

 

『―――だけど』

 

『―――も……え?』

 

『少し、状況が変わった』

 

『どう、いうこと?』

 

『……()()()()の裏付けがようやく取れてね。信じがたい……いや、信じたくないはない、か……』

 

『フィン?』

 

『オッタルが敗北した』

 

『―――ッ!!!?』

 

『相手は【アポロン・ファミリア】の人間だ。少なくとも関わりのある人物』

 

『有り得ない』

 

『だけど、事実だ。言っただろう『裏付けが取れた』、と』

 

『でも、一体誰が、そんな人なんて。いる筈が―――』

 

『可能性がある者は、いる』

 

『それ、は……』

 

『一番可能性があるとしたらオッタルと同格である【ナイト・オブ・ナイト】だけど、ね。でも、僕たちはもっと身近でその可能性があるものを知っている』

 

『っ―――【ランサー】……』

 

『あの港での戦い。結局最後まで実力を隠していたけど、僕の目から見て、()()()()()レベル7はある』

 

『少なくとも?』

 

『そう、少なくとも、だ。僕たちの方も全力は出していなかったとはいえ、レベル6が5人も揃っていながら一撃も与えられなかった。それにあの存在感と言えばいいのか、かつての【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】の彼等―――レベル8や9の頂きに立つ者に……』

 

『そんな―――』

 

『……ないとは言えない。アイズ、君が戦争遊戯(ウォー・ゲーム)に参加すると言うのならば、そんな化物と戦う可能性があると言うことだ』

 

『……』

 

『僕としては、いや、皆もそうだろうが、そんな化物が出てくるかもしれない戦いに、君を行かせる事に許可を出すことはしたくはない』

 

『っ』

 

『だけど、その男を無視することも、また出来ない』

 

『なにか、分かっていることはないの?』

 

『……色々と調べてみたところ、【ランサー】とは違う者のようだね。『槍』ではなく『剣』を、それも刀身が長い特徴的な剣を使う男らしいが。残念ながらそれ以外にまとものな情報はないのが現状だ』

 

『そうなんだ』

 

『……今回の戦争遊戯(ウォー・ゲーム)のルールを見れば、あのアポロンからしていくつか可笑しな点が見られてね。特に助っ人についての文言だ。ロキから色々と状況を確認したけど、あのアポロンがあんな譲歩するような条件を付ける筈がない。それだけ負けない自信があると言うことは、それはつまり―――』

 

『問題のその人が出てくる可能性がある、と』

 

『そう言うことだ。だけど、その男がそもそも今回の戦争遊戯(ウォー・ゲーム)に出てくるのかがわからない点だね。残念ながら【ヘスティア・ファミリア】の実力は【アポロン・ファミリア】に比べ様々な点で差が有りすぎる。しかも色々と工作されているようで、現状【ヘスティア・ファミリア】の戦力は更に大幅に下がっているようだ。そんな状況で今回の戦争遊戯(ウォー・ゲーム)に、過剰戦力とも言える例の男がわざわざ出てきて戦ってくれるとは思えない』

 

『だから、私が参加することによって』

 

『問題の男を引きずり出す』

 

『……』

 

『―――最近の都市(オラリオ)の状況は目まぐるしく変わっている。表面的には変わらないようだけど、モンスターと人間とのハイブリットに、堕ちた精霊。そしてその精霊から生まれたと思われる謎の黒い人形。そして『ランサー』と名乗る謎の強者。敵なのか味方なのか全くわからない現状で、一番怖いのが何もわからない状況で戦いとなることだ。一番良いのは、今回の戦争遊戯(ウォー・ゲーム)で、その問題の男が僕たちとは関係のない相手と戦って、色々と見せてくれる事だけど。さっきも言った通り、今の【ヘスティア・ファミリア】ではその可能性も低いからね。ならば、と……そういう事だよ』

 

『……フィンは今の【ヘスティア・ファミリア】では【アポロン・ファミリア】に敵わないと言うけど、あのファミリアには、シロさんが―――』

 

『―――アイズ。君が彼の生存を信じているのは知っている。僕もその可能性は否定しない。だけど、この現状でも姿を見せない彼が、この戦争遊戯(ウォー・ゲーム)に出てくるとは言い切れない』

 

『っ』

 

『僕も、その確信があれば、君にこんな説明をしなくてもすんだんだけどね。さっきも言ったけど、今回の戦争遊戯(ウォー・ゲーム)で【アポロン・ファミリア】が隠しているだろう相手は、十中八九あのオッタルを倒した相手だ』

 

『……』

 

『情報が欲しいとは言ったけれど、だからと言って無茶をしてほしいわけじゃない。それどころか、内心では僕もロキも今回の戦争遊戯(ウォー・ゲーム)に関わることは反対している』

 

『じゃあ、なんで?』

 

『……君と同じだ』

 

『え?』

 

()には、色々と借りがありすぎるからね』

 

『フィン……』

 

『……念押しになるけど、参加自体は許可しよう。だけど、幾つか条件がある』

 

『それは?』

 

『一つは問題の男が出てくるまでは、出来るだけ戦闘に参加しないこと。少し手を貸すのはいいけど、積極的な戦いは避けることだ。元からこの戦いは【ヘスティア・ファミリア】のものだからね』

 

『うん』

 

『そして、何よりも絶対に無理はしないこと』

 

『無理はしないこと……』

 

『分かっているだろうとは思うけど。相手の実力は未知数だ。無理に戦わなくてもいい。逃げて時間を稼ぐだけでも、【ヘスティア・ファミリア】の力にもなるしね。まともにやりあう必要もない。だから―――』

 

『大丈夫。無理はしないから。だから安心してフィン』

 

『頼むよアイズ。君に何かあれば、ロキやリヴェリア達に何をされるかわからないんだからね』

 

『うん。約束する。絶対に無茶は―――』

 

 

 

 

 

 ―――ごめんなさいフィン。約束、守れないかもしれない……

 

 『アサシン』と名乗りながらも、剣を構える事もせずに、だらりとその長い刀身が特徴的な剣を右手に下げた小次郎と名乗る男を前に、アイズは無意識のまま下がりかける足を何とかその場に押し止めていた。

 愛剣の柄を握る手に力が篭りすぎているのか、カタカタとその切っ先が揺れている。

 開いた口から短い吐息が何度も繰り返し吐いては吸ってが続くのを、神経質な思いで苛立つのを感じながら、全身をもって対峙する相手に集中する。

 

「―――来ないのか?」

「っ」

 

 小首を傾げながらそう尋ねる小次郎に、反射的に飛び出しそうになった意識を深く息を吸い込み押し止める。

 まるで自分が小さく矮小になったかのように思えてしまう。

 巨壁や巨大な山を前にしたかのような圧迫感。

 この感覚に、アイズは覚えがあった。

 幼い頃、フィンやガレスに手解きを受けていた時に感じた圧倒的な実力差から来る不安。

 初めて階層主を前にした時に感じた恐怖。

 8年前、あの戦いにおいて相手にもされなかったレベル7―――【静寂】のアルフィアとの対峙で感じた絶望。

 そして、つい先日相対した『ランサー』を名乗る男から感じた、言葉に出来ない謎めいた恐れ。

 それらと同じようなものを、アイズは目の前の男から感じていた。

 しかし、だからと言ってこのまま足を止めていられる訳ではなく。

 震える身体を覚悟を持って止めると、アイズは小次郎を睨み付けると共に、その覚悟の程を示すかのように踏み込んだ地面を砕きながら一気に前へと駆け出した。

 

「はぁあああ!!」

 

 咆哮一閃。

 目視不可の一閃を、小次郎が剣を下げたままの右腕ごと腹を両断せんと横に走らせる。

 振った瞬間、確信する。

 

 ―――殺った!

 

 数多の死線、戦いを潜り抜けてきたアイズの直感がそう告げ。

 

「―――ぇ?」

 

 直後、小次郎を見失った。

 勢いよく振り抜いた剣先に、何かを斬り裂いた感覚はなく。

 勢い余って泳ぎそうになった体勢を何とか押し止めながら、無意識のまま、剣を手元に戻し―――

 

「ッ、がぁ??!!」

 

 不可知の先から首元に伸びた剣線を、たまたま引き寄せていたデスペレートの刀身が受け止めた。

 しかし、意思外からの衝撃と、驚愕にその勢いを止めるまでは出来ず、その場に留まれず吹き飛ばされてしまう。

 慌てて周囲を確認すると、先程まで自分のいた場所を、剣を振り抜いた姿のままこちらを見る小次郎の姿が。

 

「ほう、あれを受けるか」

「いつ、のまに……」

 

 無意識のまま、喉元を剣から手を放した左手でなぞる。

 未だそこに首があるのが不思議に思いながら、先程の一閃を思う。

 

 死んでいた。

 

 防げたのは、本当に偶然だった。

 引き寄せた剣の先に、たまたま相手の剣が当たっただけのこと。

 

「ならば、遠慮は無用か」

「ッッ!!?」

 

 警戒していた。

 油断など欠片もなく、最大限にその動静を注意していた。

 その、筈なのに。

 

「あ―――あああぁああああッ!!!??」

 

 ()()()()

 直後の行動は、ただの本能―――直感だった。

 幼い子供がそうするように。恐ろしい何かを近づかせないために、出鱈目に周囲を攻撃する。

 目標はない。

 見えないからだ。

 不可視の亡霊に怯えるかのように、愛剣(デスペレート)を振り回す。

 大地を震わせる衝撃波を持って周囲を揺るがす剣風は、しかしただ恐慌に陥ったからではなかった。

 

「―――そこっ!!」

 

 僅かな違和感。

 周囲に轟く風から感じた違和感の先へと向けて剣を振り抜く。

 

「見事」

「っ―――く、ぅ!」

 

 剣から感じた風を斬ったかのような感覚。

 しかしそれが超絶的な技巧により受け止められたのではなく()()()()()()と感じながらも、そのままの勢いをもってようやく補足した小次郎を逃がすまいと、嵐のような剣戟を振るう。

 

「はああああああああ」

「技量は申し分なく、動きも良い―――が」

 

 しかし、当たらない。

 剣で受けるどころか、体捌きだけで振るう全ての剣が避けられる。

 当たっていると勘違いしそうなくらいのぎりぎりで避けながら、受ければ確実に死にかねない剣を前にして、まるで散歩しているかのような様子と口調で小次郎は評定するかのような言葉を口にし。

 

「っっ?!!?」

 

 剣を振るった。

 二度目の奇跡。

 頭に過ったのは先程の一閃。

 首を切り離す一撃を思い、反射的に左前に置いた刀身に、鋭い一撃が当たる。

 右か左かの二分の一の賭けに、アイズは勝った。

 だが、安心など出来る筈はない。

 見えていたわけではない。

 分かっていたわけではない。

 先も含めて、小次郎の剣を二度受けたアイズは理解した。

 

 次元が、違う。

 

 始まってまだ一分も経ってはいない。

 受けた剣も二度だけ。

 しかし、それで十分だった。

 アイズが相手―――小次郎との差を理解するのには。

 

「【テンペスト】ッッ!!!?」

 

 自分を中心に風を生む。

 石壁すら破壊する程の凶悪な風が、アイズを中心に吹き出した。

 指定はなく、ただ周囲にいるもの全てが対象の全方位へ向けての風の噴出。

 

「っ、は、ぁ……」

 

 全身に冷えた汗が吹き出していた。

 まるで全速力で駆け続けたかのような疲労感は、体力ではなく精神を消耗した故。

 視界の先には、先程まで手を伸ばせば届く位置にいた小次郎が、遥か遠く、風の威力の圏外に立っていた。

 荒れる息を何とか整えながら、アイズは思考する。

 先の僅かな攻防で理解した。

 自分(アイズ)と小次郎との戦力差を。

 文字通り、次元が違った。

 ここまで力の差を感じたのは、子供の頃を含めても初めてかもしれない。

 本当に弱かった時とは違い、強くなった今だからこそ、相手の技量の程がわかるようになったからこそ知ることが出来た―――出来てしまった恐怖。

 もし、技量をレベルで言い現せるとしたら、レベル7? 8か9―――いや、もしかしたら……。

 そう、考えてしまうほどの、超絶的な技量。

 オッタルから感じたそれとも違う。

 あの【静寂】のアルフィアから感じたそれとも違う。

 次元違いの技量。

 押さえつけていた筈の震えが、また身体を震わせる。

 小次郎の姿は遠い。

 とは言え油断は出来る筈もなく。

 瞬く間も無く彼ならばこの距離を踏み越える事は可能だろう。

 想像以上の相手の強さに、焦り逸る思考を何とか落ち着かせながらも、同時に冷静に思考を回す。

 絶望的な差を感じるのは初めてではないのだ。

 死を覚悟したことも一度や二度ではない。

 早鐘のように打ち鳴らされる心臓を感じながらも、この僅かな接敵で得た情報から相手を解体する。

 一番問題なのは何よりもその超絶的な技量。

 レベルやステータスから換算できないその単純な剣の技量が何よりも厄介で危険。

 次に速度。

 アイズの知る誰よりも―――モンスターを含めその全てと比べても桁違いの速さ。

 レベル6の自分ですら目視叶わぬその速さは、レベルで言えば確実に7以上。下手をすれば8や9の領域にあるのかもしれない。

 隔絶した剣の技量と、桁違いの速度。

 それだけで最早相手にならないとばかりに判断がつけられる。少し考える頭があれば、戦うなどもっての他。撤退一択しかない。

 アイズの思考はそう冷静に告げていた。

 だが、アイズの瞳に見える光に、陰りはなかった。

 これまでの経験が。

 物心着くかつかないかの幼い頃から続く戦いの日々が、経験が―――。

 違和感という形でアイズに突破口を示していた。

 最初に感じた違和感は、最初の一撃を受けた際。

 全くの偶然から受けた一撃に、アイズは吹き飛ばされた―――が、別に力で押し負けたわけではない。どちらかといえば、体のバランスが崩れ、そのまま倒れるように吹き飛ばされた感覚だった。

 その時に感じた違和感がはっきりと形となったのは、再度剣を受けた時。

 身が凍りつくような鋭く速い剣線であったが―――軽かった。

 弱いという意味での軽さではない。

 死を感じさせるあの一撃から、受ければ間違いなく上級冒険者(レベル6)の肉体すら切り裂いて見せただろうが、違和感はそれだけの『力』を感じさせながら、実際に受けて感じた()は想像よりも遥かに弱く。

 レベルで言えば中級冒険者(レベル3、4)どころか下級冒険者(レベル1、2)とすら思える程で。

 つい先日まで訓練に付き合っていたベル・クラネル(レベル2)と比べても、同程度の『力』しか感じられなかった。

 そして、次に感じたのは、先程の『風』に対する対応。

 確かに先の『風』は、石壁すら破壊する威力はあったが、上級冒険者とは言わなくとも、中級冒険者ぐらいの『耐久力』があれば、無視できる程の威力しかなかった。

 にも関わらず、大袈裟な程までに遠く大きく回避を取った。

 先程の『風』に比べれば、巨岩さえ切り裂く(アイズ・ヴァレンシュタイン)の剣の尽くを舐めるように避けながら、何故、あんな大袈裟といっても良いほどな回避を?

 違和感―――というかチグハグ?

 何もかもバラバラだ。

 今の時代(神時代)における『強さ』とは『ステータス』である。

 偉業を成し遂げ、神の手により『ステータス』を上げ『レベル』を上げる。

 『ステータス』が『レベル』が上がれば、見た目は変わらずとも、鍛えていなくとも女子供の腕力が、『レベル』の低い鍛え上げた肉体を持つ男を力ずくで押さえ込むことさえ可能となる。

 だから、あれだけの『敏捷』を見せた小次郎から感じた『力』の差が、違和感としてアイズに訴えていた。

 『レベル』に、『ステータス』に寄らない―――考えられない『強さ』。

 異端で恐ろしい『強さ』ではあるが―――それ故に弱点もある。

 『ステータス』による『強さ』を持つ冒険者にはない『弱点』。

 それは―――。

 

「―――【テンペスト】」

 

 風を呼ぶ。

 不可視の風を纏い、小次郎に向き直る。

 圧倒的な『技量』と『敏捷』を持つ小次郎の弱点。

 アイズの唯一の勝利への道は、小次郎のその『耐久』の低さ。

 確定ではない。

 何故ならば、未だアイズの手は小次郎の体どころかその服の一片にすら届いていないのだから。

 しかし、確信があった。

 これまでの数多の経験が、アイズに告げていた。

 小次郎の『耐久』は低い。

 レベルで言えば1か2か。

 まぐれ当たりでなくとも、全力の一撃ならばかするだけでも倒し得る、と。

 

「ほう……」

 

 アイズの覚悟を感じたのか、小次郎の口の端が僅かに持ち上がる。

 轟く風音と小次郎から放たれる剣気が、ぎりぎりと二人の間の空間を軋み上げ。

 

「っあああああああああ!!」

 

 横一線。

 離れた位置から剣を振り抜き。

 高速の風の一閃を、アイズが小次郎目掛け飛ばし、戦いが再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――おい、アポロン」

 

 腹の底から溢れだそうとする()()を押さえ込もうとした結果、感情を押し潰したような低い声色となったロキの呼び声が、想像を越えた光景(映像)を前にしてざわめく会場の中で、奇妙なほどに広く響き渡った。

 普段の様子から明らかに違う雰囲気とその様に、ざわついていた周囲の神々も口をつぐみ、ロキとその視線の先にいるアポロンに意識を向けた。

 そして会場にいる多くの神々の視線と意識を向けられる中、ロキはその目を瞑ったかのように細められた瞳の奥に、底冷えする光を宿しながらアポロンを見つめていた。

 

「なんだいロキ? 何か言いたげな様子で! はっはっは、まあ、何か言いたいのは私もなんだがね!? オラリオ最大派閥の一角が、こんな弱小【ファミリア】同士のいさかいに嘴を突っ込むとは酷いじゃないか! それもあの【剣姫(アイズ・ヴァレンシュタイン)】を出してくるなんて!? ああっ! 全く大変な事になってしまっているじゃないか!!?」

「うるさいわ」

 

 全身を使った大袈裟な仕草で、芝居のような台詞を一言でバッサリと切り捨てたロキに向けて、アポロンはニヤケタ目を鏡へと、そこに映し出されている光景へと向けた。

 

「―――ふふ。わかっているよ。彼が何者か、それを知りたいんだね」

「……うちだけやない。ここにいるもん―――いや、いまやオラリオにいるもん全員が知りたがっとる。あいつは何者か? ってな」

「う~ん。どうしようかなぁ?」

 

 周囲からの無言の期待を気持ち良さそうに受け止めながら、アポロンがわざとらしく体を揺らしているのを見たロキが、苛立たしげに床を蹴りつける。

 

「おい」

「はは―――わかっているよ。そんなに怖い顔をしなくとも、教えようとも」

「ほんなら、さっさと教えてもらおうか―――あの男(佐々木小次郎)は何者かを」

 

 会場にいるほぼ全ての視線がアポロンに向けられる。

 アポロンはその視線を受け入れるかのように両手を大きく開いた後、会場にいくつも浮かぶ鏡の中から一際大きな鏡を指差すと、声高らかに叫んだ。

 

「私の可愛い【ファミリア(子供)】さっ!!―――と言いたけれど、残念ながらまだそうではなくてね。今のところ我が【ファミリア】のお客と言ったところかな」

「客ぅ?」

 

 肩を竦めながらため息をつくアポロンに、ロキの訝しげな声が上がった。

 周囲の神々も不思議そうに首を傾げている。

 そんな中、舞台のようにロキとアポロンが向き合う中に、声と共に割り込む者がいた。

 

「じゃあ、彼は一体何処の子なんだい?」

「君も興味津々だねヘルメス」

 

 突然の乱入者を、口許に笑みを浮かべながら受け入れたアポロンは、何時ものように飄々とした姿を見せながらも、油断のない目をしたヘルメスに対し、呆れたような口調で笑いかけた。

 

「……あれだけの力を見せているのだから、神ならば誰しもが興味を持ってしまうよ。で、教えてくれるかな? 君のところの子ではないということは、じゃあ、何処の所属(どの【ファミリア】の子)なんだい?」

 

 ヘルメスの顔は、笑いながらも目は全く笑ってはいなかった。

 普段ならば、いや、修羅場であっても形だけでも余裕を見せていたヘルメスが、見せかけすら用意せずに、焦りのような様子すら感じさせる姿で、アポロンに詰め寄るような口調で問いかける。

 

「……あれだけの力―――かつての【ヘラ・ファミリア】や【ゼウス・ファミリア】の英雄たちに匹敵するほどの子供なんて、噂ですら聞いたことがないなんて普通じゃない」

「ああ、そうだね。全く普通じゃないよ(小次郎)は」

「……で、どうなん?」

 

 そんなヘルメスに対し、喜色を浮かべた顔で頷くアポロン。

 それらを遠巻きに見ていたロキが、苛立ちが色濃く感じられる声でアポロンに続きを促す。

 アポロンを睨み付けながらも、その視線の片隅では鏡に映し出される光景を見ていた。

 鏡には、アイズと小次郎が激しく争っている映像が映し出されている。 

 否―――正確には()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()

 

「どう、とは?」

 

 映像(アイズと小次郎の戦い)も気になるが、アポロンの話も気になる。

 あっちこっちに神々の視線が散らばる中、耳だけはアポロンの言葉を一つも漏らすまいと集中していた。

 

「レベルや……あの男のレベルぐらい、言っても問題ないやろ」

 

 ロキが真っ直ぐに切り込んだ。

 基本的にレベルは公開されている。

 神の中には眷族のレベルを申告していない者もいるが、スキル等とは違い基本的には公にしても問題ないとされていた。

 だからこそ、ロキのその言葉に対しどんな答えが返ってくるのかその場にいた神々は期待していた。

 

 レベル6だろうか?

 いやいや、あの【剣姫】がああも追い詰められているのだ、レベル7でも可笑しくない。

 いやしかし、そんな者がいるなんて聞いたこともないぞ。

 黙っていた?

 あのアポロンが?

 もしかして、レベルじゃなくて何か特別なスキルを持っているとかか?

 

 ざわざわと神々がそれぞれの考えを口にする中、一瞬周囲に優越感に満ちた視線を向けたアポロンが、何でもないかのようにその答えを口にした。

 

「ゼロだよ」

「「「は?」」」

 

 その瞬間、会場内の空気が疑問で埋め尽くされた。

 ヘスティアも思わずといった様子で、(映像)から視線を外してアポロンへとその目を向けていた。

 誰もが先ほど耳にした言葉を信じられず、聞き間違いだと思う中、アポロンがようやく自分へと視線を向けたヘスティアに歪んだ笑みを浮かべた。  

 

「ああ、ヘスティア。確か君のところの子で、【最強のレベル0】と呼ばれている子がいたね。残念ながらその称号は取り下げてもらわなくては」

 

 追い詰めるように一歩ヘスティアに向かって足を進ませようとしたアポロンに対し、立ち塞がるかのように立ったヘルメスが、ぽりぽりと頬を指でかきながらひきつった声と顔を向けた。

 

「あ~……聞き間違いかな。今、レベルが0と聞こえたんだけど」

「聞き間違いじゃないよヘルメス。間違いなく(佐々木小次郎)のレベルは0―――神による『恩恵』は欠片もない」

「はは―――」

 

 何も嘘をついてはいないとばかりに笑いながら大袈裟に肩を竦めて見せたアポロンに対し、何を言えばいいのか分からないとばかりに、固まった顔でヘルメスが乾いた笑い声を上げた瞬間。

 

「そんな訳あるかぁああっ!!? アイズをあんなに風に追い詰める男が『レベル0』ぉおお?! 有り得へんやろっ!!」

 

 ロキが怒声を張り上げながら映像を映し出す鏡を指差した。

 映し出された映像の中では、アイズと小次郎が戦っていた。

 最初の激突の後、仕切り直しとばかりに再度小次郎に挑みかかったアイズは、しかし【剣姫】の二つ名の由来となったその剣技を見せることはなかった。近すぎず遠すぎない距離を保持し、攻撃の手段としては剣ではなく『風』を使っている。

 それも剣のように鋭い『風』ではなく、あの精緻巧妙なアイズとは思えない程に大雑把で纏まりがない『風』をだ。

 構えることなく剣を片手に垂れ下げながら立つ小次郎に向け、斬り倒す『風』でなく、吹き砕く『風』を使って攻撃を繰り返し。それを難なく避ける小次郎が、その神速の動きで接近しようとすれば、アイズは全方位に向け『風』を放ちその接近を阻止するを繰り返していた。

 その戦いの様子は、最早尋常な『戦い』とは思えなかった。

 本人(小次郎)にはそのつもりはないのだろうが、一見すればまるでアイズをなぶっているかのようにも見えていた。

 あの【剣姫】を―――アイズ・ヴァレンシュタインをああも一方的に追い詰めている男がレベル0。

 改めてその光景を見た神達の視線が、アポロンに向けられる。

 

 冗談だろ、と。

 

「しかし、真実だ」

 

 それに対し、アポロンは溜め息をつくかのように、しかしその明らかに悦びに歪んだ様子を隠すこともせずにその笑みを口許に湛えながらロキに向けて首を横に振った。

 

「……流石の私も頷けないよアポロン。【剣姫(アイズ・ヴァレンシュタイン)】はこのオラリオでも五本の指に入る強者だ。そんな彼女をあんな風に追い詰める彼が、レベル0だなんて、到底信じられる事じゃない」

「やれやれ、神という者でありながら目の前の現実から目を逸らすなどと」

「っ―――……アポロン」

 

 最早取り繕う姿を見せず、真剣な顔で睨み付けてくるヘルメスに対し、アポロンが片手で顔を押さえながら天を仰いで見せ。その挑発的な様子に、鋭く舌打ちしたヘルメスが、その瞳の奥に剣呑な光を滾らせた。

 今にも胸元を掴みかかってきかねないヘルメスの気配に、アポロンが落ち着けとばかりに両手を前に出す。

 

「まてまて、本当に彼は正真正銘レベルは0なんだ。それに君は有り得ないというが、私達は知っている筈だ」

「何をや?」

 

 押し黙るヘルメスの代わりに、ロキが声を上げた。

 そのロキもまた、笑みを消した顔でアポロンを睨み付けていた。

 ロキとヘルメスだけでなく、会場中の視線が集中する中心で、ぐるりと周囲を見回したアポロンが口を開く。

 

「神の『恩恵』を受けることなく、私達(神々)すら驚愕する程の強さを魅せる者達のことを」

「? ……―――っ!?」

 

 一瞬しんと静まり返る会場。

 聞こえるのは(映像)から聞こえる戦闘の音だけ。

 ヘルメスとロキもまた、アポロンの言葉の意味が分からず疑問符を頭に浮かべたが、しかし直ぐにその意味に気付き、ほぼ同時にその目を見開かせた。

 

「そう、私達(神々)(佐々木小次郎)のような者達を知っている。遠い過去において、絶望に屈することなく立ち向かい、遂にはそれに打ち勝って見せた彼らのことを。そう、彼等―――」

 

 ロキとヘルメスのその様子に、我が意を得たとばかりに笑ったアポロンは、(映像)に映し出される小次郎を称えるかのように、大袈裟な仕草で指差すと、その言葉を口にした。

 

「―――【英雄】と呼ばれる者達を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――勝てない。

 

 分かっていたけど分かっていなかった。

 アイズは荒くなる呼吸を必死に押さえながら、じりじりと目減りしていく精神(マインド)を感じながら唇を強く噛み締めた。

 少しでも気を抜けば足が崩れ落ちてしまいそうだったからだ。

 まだ体力はある、魔力も底をついてはいない。

 しかし、息は上がり、眩暈を感じる。

 理由は単純でわかりきっている。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 桁の違う速度。

 目を離す処か瞬きですら隙となってしまうその速さはしかし、一番の脅威と言うわけではなかった。

 一番恐ろしいのは、その技量。

 自分とは比べ物にならない程に高いとは感じてはいたが、改めて戦ってわかるその異質さ。

 まさに次元が違った。

 二度、あの剣を向けられて生きていることが自分でも信じられない。

 三度目はないと、直感で感じているため、絶対に接近させないために放つ風とは別に、常に自身の周りを風を渦巻かせている。少しでもその風に何かが触れれば、暴風となるようなものであり、最終的なセーフティーであるそれであるが、もう何度となくそれは使用されていた。

 その仕掛けが正解だったのは、未だ自分の首と胴が離れていないことが証明していた。

 戦いが再開して、未だ10分も経ってはいない。

 互いに負傷はなく、膠着状態に見えるが、そうではないことは、二人の様子を見れば明らかであった。

 片や息も切らせるどころか汗一つ見せる事もなく飄々とした姿の小次郎に対し、全身を汗で濡らし、体を震わせながら息を切らすアイズ。

 誰がどう見ても一方的に見えるだろう。

 互いに負傷がないのは当たり前だ。

 何せどちらかが傷を負った時は、それはつまりその一方の負け()を意味するからだ。

 喉を冷たい汗が伝うのを感じながら、アイズはまだ自分の首が繋がっているのを不思議に思う。

 

 体力の前に、気力が尽きてしまう。

 

 己が追い詰められている事を冷静に理解し、アイズは決断しようとしていた。

 このままでは、あと数分もしない内に自分の首は胴体から離れてしまうだろう。

 ならば、これ以上時間を掛けるのは悪手。

 消耗をこれ以上許せば、そこで終わり。

 なら、方法は一つしかない。

 最初からわかっていた筈だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 だから、全力の―――最大の一撃を使うしかない。

 疲労と緊張で重く硬くなった身体を解すように息を吐く。

 意識を集中させ、己の身体にある力に意識を向ける。

 後を考えない。

 考える余裕も必要もない。

 体力も、気力も、魔力もこの一撃に込める。

 こちらの覚悟が伝わったのか、自然体でただ立っていたあの人(佐々木小次郎)がゆっくりと剣を持ち上げた。

 そして、奇妙な構え? を取った。

 背中を此方に向け、剣を横に眼前まで引き上げた奇妙な構え。

 初めて構えて見せたその姿に、これまで以上の寒気を感じた。

 まるで、目の前に巨大なモンスターが口を開いて―――違う、既にその口の中にいるかのような。

 そんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――そんな感覚。

 崩れ落ちそうになる足を必死に押さえ込みながら、両手に掴んだデスペレート(愛剣)を天を突き立つかのように掲げ持ち、私は怖じける気持ちを奮い立たせながらその言葉(呪文)を口にした。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】―――」

 

 瞬間、風が剣を中心に渦を巻き―――。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】ッ!!!!」

 

 巨大な竜巻が剣を中心にして立ち上った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――……どうやらこれで終わらせるつもりのようね」

「はい」

 

 バベルの塔。

 その最上階にある女神の一室において、目の前に浮かぶ二つの鏡が映す光景の内の一つを前に、美の神であるフレイアがその様子を目にして自問するように呟くと、背後に彫像のように控えていた男が頭を下げたままそれに答えた。

 フレイアが目を向ける先。

 鏡にはアイズが両手で掲げ持つ剣を中心にして、巨大な竜巻が渦を巻いている光景が映し出されていた。

 まるで竜巻で出来た剣を構えているかのような―――いや、まるで、ではなく真実そうなのだろう。

 その【魔力】の消費量からは考えられない程の効果を見せるアイズの【魔法】―――【エアリエル】。

 肉体や武器に風を纏わせる事で防御や攻撃に使え。

 それを最大に発揮すれば、纏う肉体や武器に深刻なダメージを与える事を引き換えに膨大な力を発揮せし得る『魔法』である。

 それがどれだけ強大で巨大で規格外なのかは、今フレイアが目にしている光景が示していた。

 自然災害そのものな巨大な竜巻を、()()()()()()()()

 防御など不可能。

 触れる処か近づくだけでも引き込み飲み干し砕かれてしまう。

 その威力は既に魔法の域を越え、完全に自然災害となっていた。

 開幕時にアイズが破壊した城壁から、竜巻に向かって瓦礫が吸い込まれていき、粉微塵となって周囲に散らばっていく。

 遠巻きにアイズと小次郎の戦いを見ていた【アポロン・ファミリア】の団員達は、とっくの前に遠く離れていた。

 大地が捲れ、巨大な城壁が震える程の竜巻を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その20Mはあるだろう巨大な竜巻の刀身の先を小次郎へと向けている。

 今まさに振り下ろさんとするその姿を前に、隣に浮かぶ鏡が映すもう一つの戦いの光景を同時に見ながらフレイアが問いかける。

 

「で、どうかしら?」

「……狙いは間違ってはいないかと」

 

 何かを言い淀むようなオッタルの口調に対し、静かにフレイアが眷族の名を呼んだ。

 

「オッタル」

「―――勝てないでしょう」

 

 その平坦で冷たく固い声音に、オッタルはハッキリとした言葉で返した。

 どちらが、と問うまでもなく、どちらが勝てないと言っているのかはフレイアでなくともわかった。

 

「それは、あなたが敗北したから?」

「―――……違います」

 

 笑いを含んだその声に、小さく息を吐き出しながらオッタルは頭を振った。

 

「ふふ……じゃあ、何故そう判断したの?」

あの男(小次郎)の『耐久』は、あの技量や速さからは考えられぬほどに低いものだと、私も戦いの最中感じました」

 

 フレイアの言葉に、オッタルは無言のまま瞳を閉じた。

 暗闇に浮かぶ光景は、あの日から何度となく見た光景。

 己が及びもつかない技量だと素直に認め、しかし倒す手段はあると必勝を持って放った戦いの結果は―――。

 

「故に最後には接近戦に拘らず、あの娘(アイズ)と同じように周囲を全て凪ぎ払う手を使いましたが……」

「それでも敗れてしまった」

 

 そうだ。

 その通りだとオッタルは素直に己の敗北を受け入れていた。

 自分ではそんなつもりも気持ちもいっさいなかったと断言できた筈ではあったが、それでも結果は変わらない。

 自分はあの男(佐々木小次郎)に負け、両腕を斬り飛ばされたのだから。

 別に敗北は初めてではない。

 それどころか良く知っているとも言える。

 そう、知っている筈だった。

 あの【英雄】達と戦った事があるから知っていた。

 彼らの強さを、人の頂点たる頂を。

 しかし―――

 

「……私は、知らなかった」

「オッタル?」

 

 そう、知らなかった。

 ただ、知っていたつもりでしかなかったのだ。

 

「頂を、知っていた筈だった―――……否、知っていたつもりだった」

「……」

 

 あの男の強さを、あの女の規格外さを。

 今でも思い出せる彼らの強さ。

 未だ追い付けずにいるその領域を。

 だからこそ、勘違いしてしまっていたのだ。

 

「ですが、知っていたつもりだった『頂き』は、しかし『頂き』ではなかった」

「それほどまで?」

「はい……未だ未熟なこの身なれど、もし、奴について語るのであれば―――」

 

 必勝を確信していた。

 振り下ろす直前まで―――いいや、振り下ろしている最中であってもその確信に揺らぎはなかった。

 どんな『魔法』であれ『スキル』であっても、あそこから逆転される事など考えられなかった。

 なのに、破れた。

 それも唯一懸念があった『魔法』や『スキル』ではなく……単なる。

 そう、何の裏も仕掛けもない、ただの―――。

 

「佐々木小次郎の技量―――こと、その一点においては……既に人の域を越え」

 

 剣の技。

 

「―――神の領域にすら届いていると」

 

 ただ一つにより覆されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ、く」

 

 噛み締めた口許から苦痛の声が漏れる。

 全力を持って掴む(デスペレート)の柄からは、今にも砕け弾けそうな感覚が感じられていた。

 それも仕方のないことだろう。

 いくら不壊属性(デュランダル)とはいえ、巨大な竜巻を纏めるための芯としての使用など考えられてはいない。直ぐ様砕け散っていないだけでも望外である。

 1分も持たないだろう。

 元よりそんなに時間を掛けていられるような相手でもなし。

 一番の懸念であった『無視』はなかった。

 何を考えているのか、初めて構えを取って対峙の意思を示している。

 もし彼に回避に専念されれば、いくらこれ(竜巻)で周囲を凪ぎ払おうとも避けられる恐れがあった。

 だから、(佐々木小次郎)が逃げようとしないこの場が最大にして最後の機会。

 まるで小さな竜巻のように両の掌の間で暴れる剣の柄を覚悟と共に握りしめ、私は咆哮と共に(竜巻)を振り下ろす。

 

 ―――背中に感じる、冷たい感覚を振り払うように。

 

 全力を持って剣を振り下ろす。

 それは瞬きもしない内に大地へと突き刺さり、周囲全てを吹き飛ばだろう。

 全開で集中した際、時折時が遅く感じる感覚。

 それを、今、感じていた。

 意識と身体の感覚が外れ、視界の端で、ゆっくりと自分が振り下ろした剣が動いていく。

 視線の先には、奇妙な構えのまま動かない(佐々木小次郎)の姿がある。

 この引き伸ばされた世界において、現実の一秒は、一体ここではどのくらいに感じるのだろうか。

 ふと、そんな事が頭に浮かび。

 風に吹かれる砂ぼこりすら目視ではっきりと捕らえられる―――そんな時が凍ったかのような世界で。

 

 ―――ぇ?

 

 (佐々木小次郎)の姿が消え―――

 

 ―――ぁ

 

 目の、前に、彼の、背中、が―――

 

     秘剣

 

 その時、私の耳は―――その、声なき言葉を確かに聞いた。

 

 それは、レベルやステータスといった存在の外にある。

 人の域を越え―――その更に先にある領域。

 神の域にまで到達した。

 

 剣の極地の名。

 

 その()は―――

 

 

 

 ―――燕返し―――

 

 

 

 

 

 その瞬間。

 

 幾つもの出来事が同時に起きた。

 アイズの振り下ろされた竜巻を纏った剣。

 それが巨大な刀身(竜巻を纏って)でありながら、目視すら難しい速度で振り下ろされ―――その直後、小次郎の姿がアイズの目の前にあった。

 20M近くはあった間合いはしかし、小次郎にとっては無いも同然であった。

 レベル7であるオッタルさえ、何時移動したのかすらわからない程の動きでアイズの前まで移動した小次郎は、その動きに誰かが気付いた時には、既にその手に持った剣を振るっていた。

 秘剣の一刀。

 一刀にして三刀。

 ほぼ同時、ではなく全くの同時に振るわれる三刀。

 その内の一つが、下から上へ、空に伸びるかのように進む。

 刀の全てを掌握したその精緻な一刀は、暴風渦を巻くこの空間においても、一寸の狂いなく小次郎の意思通りに進んでいく。

 その先にあるのはアイズが握る剣の()()

 強大で巨大な竜巻であるほどその中心は穏やかである。

 そして同時にそこは全ての力の中心で。

 最も力が加わっている箇所でもある。

 その―――ぎりぎりの所で形を保っていた針の先よりも狭いその一点に。

 小次郎の振るう一刀の切っ先が突き刺さる。

 瞬間―――砕けた。

 何十ものガラスの器を一斉に砕いたかのような、そんな一種荘厳さすら感じられる音色が響き。

 アイズの両の手から(デスペレート)が消失した。

 掌から愛剣の存在が消えた事にアイズが気付く―――その前に、小次郎が振るいし三刀の内二刀も進んでいた。

 そうして斜め十字に下から、それぞれ二つの剣線がアイズの脇腹に刀身を滑り込ませ、それぞれが右と左の両首元から出るために。肉と内蔵を切り裂くために進もうと、その刀身をアイズの身体に潜り込ませようとした瞬間。

 

 ―――紅い猟犬が(はし)った。

 

 ()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()

 ただ、全てが終わった後の、()()()()だけが見えただけであった。

 ()()()()()()()()()()()()()は、雷の如き速度と姿で進み。

 狙い違わず佐々木小次郎の姿を飲み込んだ。

 その間近にいたアイズは、一体何が起きたのか分からないまま、視界の端に赤い光を感じた時には既に爆音が両の耳から音を奪い、全身を貫く衝撃に吹き飛ばされていた。

 アイズは自分が吹き飛ばされていると理解出来ないまま、凍った思考の中、ただ目に映る光景だけを見つめていた。

 

 砂のように砕けた刀身と、斬られた脇腹から吹き出した血が、制御を失い掻き消えていく風に巻き上げられて周囲に撒き散らされる光景を。

 

 血の霧雨が降り―――赤い雷が空を駆け―――そして、空を流星のように翔る無数の光が進む世界を。

 

  

 

 

 

 




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