たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 この章で起承転結の「承」の部分が終わります。
 次章から「転」の話が始まりますが、「転」は三つの章を予定しています。
 何とか今年中に出来たら良いなぁ……。
 それでは、たとえ全てを忘れても
 第二部第三章 瞬激の巌流島 最終話 瞬激の巌流島
 お楽しみください。

 皆様の感想と評価が力となります。
 もしよろしければ、お暇なときにでも頂ければ幸いです。 


最終話 瞬激の巌流島

 

 ―――英霊【エミヤ】は、根本的に一つの魔術しか使えない。

 それ以外にも使えるように見えるのは、ただそう見えるだけでしかなく。

 【解析】も【強化】も【投影】も―――結局はただのそれ(ただ一つの魔術)派生(劣化版)でしかなかった。

 しかし、その中の一つに―――彼が使える【魔術(劣化版)】でしかない筈の中の一つに、面白いもの(魔術)があった。

 【投影、装填(トリガー・オフ)】―――【解析】、【強化】、【投影】。

 その全てを組み合わせ、混ぜ合わせ、解け合わせた【魔術】。

 【解析】により、『刀剣』からその過去(記憶)の使用者の技術―――技能を理解し。

 【強化】により、足りない肉体的な不足を補足。

 【投影】により、『刀剣』の記憶を再現。

 単純に【解析】によって、本来使用不能な筈な【宝具】の単純な解放だけに収まらない。

 技術の集大成―――【技】の再現さえ可能とする反則的な【魔術】。

 とは言え、それにも限界はある。

 単純な【宝具】の解放だけであっても、本来の使用者によるものと比べ、その開放率(破壊力)は6~7割でしかない。それも良い方であり。悪ければ、その再現率は半分も切ることもある。

 そして、それは【投影、装填(トリガー・オフ)】もまた、そうである。

 それは単純な【宝具】の解放よりも難しく。

 また、再現率も高くはない。

 良くて6割。

 悪ければ3割もいかないであろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 【宝具】―――ではなく。

 【技】の完全再現というものは。

 どれだけ詳細に【解析】したとしても、如何に限界を越えてまで【強化】したとしても、細胞の一つ一つさえ【投影】したとしても―――技術の、いや、その者の人生の集大成とも言える【技】を完全再現すること等、出来よう筈もなかった。

 故に、彼は―――英霊【エミヤ】の霊基を持つ男は考えた。

 ならば、【技】―――ではなく、それを振るえるその者自身を再現することは出来ないか、と。

 馬鹿な考えである。

 【宝具】どころか【技】どころか―――その者(英雄)自身? 

 木の上にある果実が欲しいからといって、その木ごと手に入れようとするようなものだ。

 話にならない。

 だが、その男はそんな馬鹿な考えを捨てなかった。

 考えて―――考えて―――悩んで―――悩んで―――そして、一つの結論に至った。

 欲しいのは、【英雄】そのものではない。

 【英雄】が振るう【一撃】。

 それがほしいのだ、と。

 そう、一撃でいいのだ。

 【英雄】が全力で【一撃】を振る事さえ出来得るのならば、それで良いのだ。

 元より長期戦は考えてはいない。

 【一撃】―――たった一瞬だけ。

 あの【英雄】の全力の一撃が振るえる時さえあれば、それで十分。

 それには、何が必要か?

 前提として必要なのは、あの英雄が振るう刀。

 それも、ただの刀では駄目だ。

 あの英雄が高みに至った時に使用していたモノが必要である。

 幸いにも、それに該当するであろうモノには心当たりがあった。

 以前、己の根本と繋がった(霊基再臨)した際に、見た(感じた)()()()中に、それはあった。

 一際遠くに見えたあの背中に、それがあるという感覚があった。

 ならば、次の問題は、もし首尾良くその刀を手にした時に、どうやって完全にあの英雄を再現するのか、という点だ。

 現界の時間を削ることにより、少しでも再現率にリソースを使用する?

 少しはましになるかもしれないが、誤差程度でしかないだろう。

 では、どうする?

 そんな事は―――決まっている。

 【魔術】とは―――無から有を産み出しているかのように見えるが、実際にはそれに見合う()()かを支払っている。

 時間や魔力、触媒や生け贄―――対価となるナニかを。

 【奇跡】に等しいナニかを求めるとするのならば、それに見合うだけの対価が必要である。

 ならば、選択肢は一つしかない。

 

 分の悪い―――悪すぎる賭けであった。

 いや、分が悪いどころではない。

 殆ど不可能に近い賭けであった。

 最早賭けというには馬鹿らしく、自殺と変わりはしない。

 

 ……では、何故、そんな方法を選んだのか。

 失敗すれば無駄死に。

 成功しても確実に死ぬ。

 何故?

 死にたいからか?

 未だここ(この世界)にいるのが間違いであると考えているから、それ()を選ぶのか?

 

 …………

 

 ―――違う。

 そうじゃない。

 そうでは、なかった。

 確かに、そんな考えが―――想いがあったのは否定はしない。

 一時期は、本当にそう願ってもいた。

 だが、もうそんな考えは捨てた。

 いや、()()()()()()()()()()()()()

 気付いてしまったから。

 知ってしまった。

 私が―――俺が―――オレが……どれだけあいつらの事を大切に思っているのかを。

 離れたくないと。

 一緒にいたいと。

 共に、最後までいたいと、そう願ってしまっていることに。

 では、何故、それならばそんな(確実な死が待つ)方法を取ろうとしているのか。

 それは―――決まっている。

 ()()()()()()()()()()()()()

 アレ(佐々木小次郎)は強すぎた。

 単純な技―――技術のみで【英霊】の領域へと至る程の化け物の力は、かつて(第五次聖杯戦争)とは違い。その束縛を無くした今では、下手をすれば超長距離からの広範囲狙撃であっても仕留めることが出来ないかもしれない程に―――そこまで、あの(佐々木小次郎)は極まっていた。

 何よりも最悪なことに、あの男のクラスは【アサシン】である。

 ここを逃せば、捕らえる事すら難しくなってしまう。

 倒すならば、今ここしかない。

 ここでしか、倒す機会はなかった。

 

 だが……逃げ出す事なら、不可能ではなかった。

 ベルと、ヘスティアを連れ、ここ(オラリオ)から逃げ出すことは、不可能ではなかった。

 やろうと思えば、今でもそれは可能であった。

 

 ―――しかし、それは出来ない。

 

 見てしまったから。

 ベルと―――ヘスティアのあの姿(選び進む姿)を見て、迷ってしまった時点で、オレの選択肢は一つしかなくなっていた。

 追い詰め、追い込まれ。

 友を、仲間を引き離されても、それでも諦めず。

 前へ進むことを誓い。

 僅かな可能性を目指し進むあいつ(ベル)の姿を見てしまえば、もう、逃げることは選べなかった。

 だから、今―――オレはここにいる。

 ()()に指摘された通りに、見て見ぬ振りをしていたから、迷っていたために、掴めなかったあの背中()を。最後の最後で漸く認めた事で掴めた事から、手にすることが出来たあの一振り。

 事ここに至れば、最早戻ることなど出来はしない。

 結果はどうあれ、結末は決まってしまった。

 後悔はある。

 未練など、我ながら情けないほどに感じている。

 ―――あの日、あの時、交わした彼女との約束は―――……オレは果たす事が出来ていたのだろうか……。

 

 ……覚悟はしていた。

 

 何時か、こんな時が来るのでは、と……。

 

 それでも、ああ―――だけど、もう、迷いすら捨て去った筈なのに……。

 

 やっぱり―――

 

 ―――死にたく……ないなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼天に僅かな雲が流れる空の下、向かい合うは二人の剣士。

 紺色の雅であった陣羽織の残骸を身に纏うは、激戦を潜り抜けたとは思えぬ程に衰えを見せない。いや、それどころか益々精気を溢れさせる程に意気を見せる男の剣士。

 対するは、恐ろしき妖刀を手に下げし、薄い桃を思わせる色の髪を持つ女。大輪の花を思わせるその容姿は、しかしその瞳を見た時に強制的に理解させられる。彼の者は、その手にするモノ(妖刀)と同じく美しくも恐ろしき女の剣士。

 両者の間にある距離は十数M。

 男は城を背に、女は破壊された城壁の向こうに広がる荒野を背に。

 向かい合っている。

 互いに既に間合いの中。

 瞬く間もなく踏み越えられるその距離を前に、互いに笑み(威嚇)を向け合う両者。

 一秒―――十秒―――暫くの間向かい合う二人。

 そして―――。

 偶然か必然か、だらりと互いに己の獲物()を右手にぶらりと垂れ下げた姿(構え)を見せていた二人は、まるで示し合わせたかのように動き出す。 

 佐々木小次郎は、隙を晒すかのような相手に背中を見せながら、両手に掴んだ長い刀身を持つ刀を眼前まで引き上げた、どのような構えとも評せられない奇妙なる構えを。

 宮本武蔵は、右の横顔に添えるかのように、顔の高さにまで両手で握った柄を引き上げた、八相の構えに似た構えを。

 両者が構え―――二対の瞳が交じり。

 まず、(剣士)が口を開いた。

 

「【二天一流】―――宮本武蔵」

 

 続いて、(剣士)が口を開いた。

 

「我流ここに至り【巌流】を名乗らせてもらう―――【巌流】―――佐々木小次郎」

 

 互いに名乗りを上げ―――再び時が止まったかのように動かなくなる二人。

 時と共に、緊張感は加速度的に高まり。 

 それを見つめる第三者である筈の者達―――常人を越えている筈の冒険者であっても、その覇気に飲み込まれるかのように気を失うものが散見される程で。

 高まり続ける緊張感と、両者が発する剣気は留まることを知らず。

 両者にある空間が捻れ千切れてしまうのではという妄想すら現実に成りかねないほどに高まった―――その瞬間。

 何が切っ掛けだったのか。

 蒼天に浮かぶ朧の月が、小次郎が背にする城の真上に位置した瞬間。

  

 ―――小次郎が動いた(潮合が極まった)

 

 それは最早速い遅いといった次元の話ではなく。

 音速―――光速といった区別ですらなく。

 世界の狭間を潜り抜けるかのような不可解な―――空間跳躍染みたその一歩。

 その一歩で、小次郎は武蔵の前に現れた。

 それを追う視線はない。

 現人類における頂点に位置するオッタルでさえ、小次郎が動いたことすら気付いていない程であり。

 対する武蔵ですらも、その視線は小次郎の姿を捕らえてはいなかった。

 

 秘剣―――燕返し

 

 そうして、振るわれるのは一刀にして三刀。

 避ける事は叶わず。

 防ぐ事も叶わぬ必殺たる秘剣。

 未だ小次郎の姿を捉えられぬ武蔵に、それを凌ぐ術など―――

 

 ――――――ッ!!?

 

 小次郎の―――頭上に―――武蔵が振り下ろす一刀が―――

 

 後の先―――ではない。

 先の先。

 ()()()()()()()()()()()()()

 先の先―――小次郎が動く直前。

 その間際に、武蔵は剣を振り下ろしていた。

 未来予知染みた、その直感に従い振り下ろされしその一刀は、狙い違わず小次郎の面へと落ちていこうとしている。

 避ける事は出来ない。

 そう判断した小次郎。

 故に―――逸らす。

 三刀のうち二刀。

 それを持って迫り来る武蔵の一刀を逸らす。

 そして、同時に残りの一刀をもって武蔵の首を落とす。

 時が―――一瞬が永遠にまで引き伸ばされているかのように感じる世界の中。

 小次郎は二刀を持って武蔵の一振りを逸らしにかかる。

 受ける事は不可能。

 見ろ―――あの一刀を。

 振り抜かれる軌跡を。

 世界が斬り分けられる様を。

 如何なる盾も、如何なる矛もあれを防ぐ事は叶わない。

 故に―――逸らす。

 ミリすら足りぬ。

 コンマすら荒く感じる程の精緻なる刀捌きを持って、武蔵の一刀を逸らす。

 ほんの一ミリ。

 いや、一コンマでも構わない。

 逸らす事が叶えば、死にはしない。

 腕の一本やニ本は失うかもしれないが、それで十分―――大戦果である。

 既に小次郎のその技量は、人の域をとうに越え。

 神すら瞠目する領域にまで至っていた。

 魔法―――いや、神の振るう【アルカナム】染みたその技量ならば、空間すら断絶させる武蔵の一刀ですら、逸らされる可能性はあった。

 そう―――武蔵が振るう刀が、ただの業物であるならば。

 いや、それが例え宝具に匹敵し得るものであったとしても、極まりに極まった今の佐々木小次郎ならば、逸らして見せたかもしれなかった。

 小次郎の選択に―――技には欠片も誤りはなく。

 ただ一つ誤算があったとするのならば―――今、武蔵が振るいし刀は、ただの刀ではなく。

 数多ある【妖刀】の中であっても、並ぶモノなど神代のそれも含めても僅かしかないだろう【大妖刀】―――【明神斬村正】である事で。

 小次郎の振るう二刀が、武蔵が振り下ろす刀―――【明神斬村正】の刃に触れ―――

 

 ―――……

 

 ()()()()

 

 何の停滞も―――抵抗もなく。

 何もない空を斬るかのように、武蔵の一刀は振り抜かれ。

 小次郎の振るう備前長船長光(物干し竿)は斬られた。

 三刀の内二刀が斬られたことにより、世界の修復か辻褄合わせなのかどうか―――武蔵の首を落とすために振るわれていた残りの一刀もまた、斬られたかのようにその刀身を断たれた。

 

 ぁぁ―――敗けた、か……

 

 刀が断たれたと感じた(理解した)と同時に、小次郎は敗北を悟った。

 ここ、ここに至り、最早これ以上打つ手はないと―――理解(観念)したのだ。

 沸き上がるのは、虚無感のようでいて、何処か満足感も感じる奇妙なものであり。

 悔しさはある。

 怒りも不満もない訳ではないが、それでも何処かそれは清々しいものであり。

 小次郎は、その敗北を受け入れた。

 その口元を、悔しげに噛み締めるのでもなく、何時もと変わらず。

 飄々とした笑みを浮かべながら、小次郎は頭上から落ちてくる(敗北)を受け入れた。

 受け入れた。

 

 受け―――入れた。

 

 ―――受け―――入れた―――。

 

 受け――――――――――――

 

 引き伸ばされた時は―――

 

 ――――――入れ―――――――――

 

 ―――未だ解けず。

 

 受け入れている筈の(敗北)は、未だ頭上に位置している。

 

 何故?

 

 何故だ?

 

 私は、受け入れている。

 

 認めている。

 

 敗北を。

 

 全力を持って―――全霊をもって挑み、そして破れたのだ。

 

 これ以上、何を抗おうとしているのか。

 

 時が止まったかのように、引き伸ばされた一瞬の中。

 

 小次郎は未練がましく、無様なまでに往生際悪く足掻こうとする己の中にあるモノはナニかと、何だと思ったその時、ふと、広く視界を捉えていた(俯瞰する目)が捉えたのは―――一人の少女の姿。

 

 神に祈るかのように握る両の手は、一体どれだけの力が込められているのか。爪が深く、皮膚どころか肉にすら突き立ってしまっているのではと思うほどにまで強く握られ。間から漏れた血が伝って地面に雫となって落ちていっている。

 振るえる身体を支える足も、生まれたての小鹿の方がまだましな程に弱々しく。今にも崩れ落ちそうな様子で。

 こちら(決闘)を見つめるその瞳は、不安と恐怖に揺れ動きながらも、溢れ出した涙で溺れ。録な視界を保ってはいないだろうに、それでも顔を俯かせる事も、逸らす事もせずに真っ直ぐにこちら(決闘)をその瞳に捕らえて。

 

 ―――何を

 

 私は―――何を―――

 

 何を、諦めている(敗北を認めている)のだ。

 

 おい―――(佐々木小次郎)よ。

 

 貴様は、何と言った。

 

 あの娘に向かって、何と言った。

 

 勝つと―――そう口にした筈だ。

 

 『物語の敗北』も、『未来の敗北(予言)』も―――そして『宮本武蔵』をも、同時に切り捨ててやろう―――

 

 そう口にしたのは誰だッ!!!

 

 貴様だろうが―――佐々木小次郎ッッ!!!!

 

 敗北を認める?

 

 潔く受け入れる?

 

 馬鹿か、貴様は?

 

 何を、考えているのだ貴様(佐々木小次郎)はッ!!!

 

 ここで、敗ければどうなる?

 

 愚かにも敗ければどうなるのか、貴様はわかっているのかッ!!

 

 (佐々木小次郎)の敗北は、あの娘の予言の成就(心の死)を意味する。

 

 それを、貴様(佐々木小次郎)は認めるのか?

 

 許容出来るのか?

 

 あの娘(カサンドラ)願い(希望)を、斬り捨てて、それでも貴様は認められるのかッ!!!?

 

 否だッ!!

 

 認められる筈がないッ!!!

 

 諦められる筈があるものかッ!!

 

 だが―――どうする!?

 

 どうすれば良い?

 

 最早刀は斬られ、武蔵の一刀は間近。

 

 避ける事も防ぐ事も、何もかも出来はしない。

 

 それでも―――そうであっても、諦められる筈がない―――受け入れられる筈もないっ!!

 

 動かぬ身体の中で、思考が何十何百と廻る。

 

 あらゆる記憶(記録)を参照する。

 

 それは夜空に広がる無数の星の輝きの中から、望む輝きを見つけるようなもので。

 

 己ではない数多の佐々木小次郎の記憶(記録)を探っていく。

 

 数えきれぬ戦場を駆け抜けた無限にも等しい数の佐々木小次郎の戦い(記録)を追うも、見つからず。

 

 出口のない迷路を、明かりもなく進むような心地で、ひたすらにただ進み続け。

 

 そんな時、一つの、記憶(記録)が目に止まった。

 

 それは、戦いの記憶(記録)ではなかった。

 

 何処かの一室。

 

 白い、清潔さを感じさせるその部屋で、(佐々木小次郎)は、誰かと向かい合って座っていた。

 相手の顔は、良く分からない。

 男―――だろう。

 何処か、軽薄な印象を抱かせる、優男、だ。

 とは言え、記憶(記録)は色褪せたように白黒で、向かい合う相手の姿は、幻のように不確かで。

 詳細な姿は分からない。

 ただ―――互いの(会話)だけは、何とか聞こえる(分かる)その記憶(記録)の中で、その男は困ったような声で(佐々木小次郎)に話しかけていた。

 

『―――それで、ボクに聞きたい事って?』

 

『うむ、先程食堂でな。魔術師等が何やら集まって私の剣について話していてな』

 

魔術師(キャスター達)が君の剣についてって―――ああ、もしかして君のあの出鱈目な【秘剣】とやらの事かな?』

 

『出鱈目とは心外な』

 

『いや、出鱈目でしょ。何で何の魔力もなしに、刀が3本に増えるの?』

 

『そう言われてもな。増えるものは増えるものであって―――ああ、それだ』

 

『それって?』

 

『うむ、あ~……何だったか? き、きしゅ? きしゅあなんたらとか言う―――』

 

『【多元次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)】?』

 

『おおっ、それよそれ。魔術師どもが私の【秘剣】がそれによるものではないかと言っておって。少しばかり気になってな』

 

『いや、何でその時に聞かなかったのさ?』

 

『あの時口を挟めば、厄介な事になるだろうと思ってな。大方見世物にされてしまったであろう』

 

『……まあ、そうだろうね。はぁ、まぁいいか。そうだね【多元次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)】というのは、簡単に言えば平行世界の運用の事だよ』

 

『へいこうせかい?』

 

『平行世界とは、重なり合い、並び合う、無限に存在する可能性の世界の事だよ。厳密に言えば説明が難しくなるけど。まぁいいか。つまり君は【燕返し】を振るう時、それぞれ3通りの剣の振り方を、重なりあう可能性と言う名の無限の世界から引き寄せて、自分に重ねることによって3つの斬撃を放っているといるのだろうと、君が耳にした彼等(キャスター達)が話していたんだろうね』

 

『うむ―――良くわからん』

 

『はは―――そう、だね。ボクも少し気になってたんだけど。君は【燕返し】を振るう時、実際どんな感じで使っているんだい?』

 

『どう、とは?』

 

『あ~つまり、君としては、三回剣を振っている感じなのか、それとも三つの斬撃が結果として現れたから、三回剣を振ったものだと考えているのかと。まあ、所謂『卵が先か、鶏が先か』の問題に近しいものだね』

 

『ふむ。その卵なんちゃらはわからんが、私としては、そうだな―――』

 

『君としては?』

 

『―――何も考えてはいないな』

 

『へ? それは、どう言うことだい?』

 

『そのままの意味だ。剣を振るおうと考えた時には、既に振るっており。いや、そもそも剣を振ろうとする意すらないか? そうだな……先程の質問で一番近しいのは、振った結果が、三つ故に【燕返し】となっていた、としか』

 

『う、う~ん……あ~……所謂【無念無想】とか【無】の境地とか呼ばれるそんな感じ、なのかな?』

 

『さて、田舎者ゆえ教養がなくてな。私には良くわからん』

 

『君にわからなければ、ボクにも検討が着かないよ……でも、それならどうして三なんだろうね』

 

『なに?』

 

『いや、だって君がさっき言っただろう?』

 

『振ろうとする意思すらないって』

 

『確かに言ったな』

 

『そこだよ。振ろうとする意思すらないなら、()()()()()()()()()()?』

 

『―――』

 

『【燕返し】が元々三つの斬撃からなるモノだとしても、【宝具】として三回と確定しているものじゃない筈だよね』

 

『それは―――』

 

『まあ、何となくだけど予想は出来るけどね』

 

『ほう、それは?』

 

『多分だけど、それが限界なんだよ』

 

『限界?』

 

『きっと君の限界が三回なんだ。それ以上は無理だと無意識のまま制限を掛けてるんだろうね』

 

『―――つまり、三回を越えて放てば、体が保たない故に、無意識のまま放つ斬撃が三つに留まっていると』

 

『推測だけどね。でも、そう間違ってはいないと思うな』

 

『――――――』

 

『どうかしたかい?』

 

『では、もし、その限界とやらを越えるとしたら、どうすれば良いのだろうか?』

 

『え? いや、自分で言ってなんだけど、さっきのは本当にただの憶測と言うか、妄想と言うか―――』

 

『……』

 

『―――はぁ……そうだね。君が【燕返し】は無意識のまま放っているのだと言うのなら―――』

 

『言うのならば?』 

 

『意識して使うしかないんじゃないかな?』

 

『……』

 

『いやいやいやいや!? 無言のまま刀に手を掛けないでよっ?!』

 

『巫山戯―――』

 

『巫山戯てなんかないよ。言っただろ。三回で留まっているのが、無意識で制限を掛けているんじゃないかって。なら、それを越えるのなら、確たる意志を持って挑まないと駄目なんじゃないかと思ってね』

 

『それは―――つまり、()()()()()()()()()()()()()()と?』

 

『……まあ、そういう事だね』

 

『また、無茶を言う。目を閉じたまま、目を開けろと言うようなものではないか』

 

『はは、確かに』

 

『禅問答の様な話だが―――ふむ……』

 

『まあ、流石の君でも不可能とは思うけど、例え出来るとしても使わないでね。きっと三回と言うのが境界なんだと思う。そこから僅かでも越えれば、きっと無事ではすまない。下手をすれば、霊基すら砕けかねない』

 

『それは怖いな』

 

『―――だけど、そうだね。もし、本当に君が限界を越えたその時は―――』

 

『―――』

 

 

 

 

 

        君は、正しく【無限の剣を極めた剣士】となるのだろうね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   (佐々木小次郎)は勝とう

 

 ―――ぉ  

  

 肉が弾け

 

 だから、泣くなカサンドラ

 

 ―――ぉぉ

 

 骨が砕け

 

   決して変えられないと何度となく打ちのめされながら

 

 ―――オォォ

 

 血が沸騰し

 

 それでも私を信じ、逸らさず見つめるその瞳に応えられるのならば

 

 ―――オオオオオオオオォォォォォォォォ

 

 霊基が軋みを上げ

 

   私は全てを越えてみせよう

 

 ―――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 一点の曇りなく澄み渡りし「 」なる己の内を―――明確なる意を持って修め

 

 

    佐々木小次郎()では越えられないと言うのならば―――

 

  

    (名も無き農民の亡霊)が越えてみせようッ!!!

 

 

 

 雄々オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()が、真に宮本武蔵であるとは、定かではなかった。

 造り上げた(投影した)本人(シロ)だけでなく。

 そのモノ自身(投影されたモノ)ですら、確たる証拠を見せることは出来なかったであろう。

 言葉を発し、瞳には意志がある。

 しかし、それが真たる証しとなるかは分からなかった。

 また、ソレが()()()()()()()であるのかも、また重要であった。

 少なくとも、「 」には至っているだろう領域にあるのは間違いはない。

 空間跳躍染みた小次郎の先の先を取るだけでなく。

 引き伸ばされし一瞬において、空間を断絶させながら進ませる一刀からして、それは間違いはないだろう。

 

 無念無想

 

 無の境地

 

 「 」の領域

 

 数多の言葉で称させる頂にて振るわれしその一刀の最中。

 

 武蔵の胸中に思考(意志)はなく。

 

 故に、その時意識に浮かんだソレは何と表せれば良いのか。

 

 

 それは、何時、何処で、誰が口にしたのか覚えてすらいない言葉で……

 

 

 

 『―――一を越え零を極めようとする貴様にとって最高の相手とは、零の反対である無限を極めた剣士だろう』

 

 

 両極に位置するものこそが、最大の敵であり、最高の好敵手。

 相手が強ければ強いほどに、それに引き上げられるように、己の力は高まることだろう。

 

 

『しかし、無限を極めた剣士など―――いる筈がないがな』

 

 

 だが、それならば……己にとって、最高の相手が無限を極めた剣士ならば―――

 

 

 無限を極めようとする剣士にとって、最高の相手とは―――零を極めた剣士(宮本武蔵)であるということで―――

 

 

 

 

 

 

 一瞬が永遠に引き伸ばされ

 

 

 凍り付いた時の中

 

 

 動くものの無き世界(宮本武蔵の視界)

 

 

 一つの銀線が

 

 否―――二つの―――四つの―――十の―――百の―――千の―――万の―――十万の―――百万の―――一千万の―――億の―――兆の―――京の―――

 

 無数の銀閃が、重なり合い、歪み、砕け、崩れ―――全てが無へと消えていく。

 

 何も―――ナニもなくなってしまう。

 

 音も―――色も―――世界も―――

 

 全て覆い尽くされ

 

 何も―――見えなくなって

 

 それは、まるで―――

 

      

 夜空に浮かび、煌々と夜の闇を照らしていた筈の月が、唐突に消えてしまったかのようで―――

 

 

 

 

 

 

 

        

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ぇ?」

 

 最初にそれに気付いたのは、【アポロン・ファミリア】の団員の一人であった。

 小次郎と武蔵。

 その決闘を、彼は位置的には、どちらかと言えば武蔵の後ろに立って見ていた。

 互いに名乗りを上げ、暫くの間睨みあっていたかと思えば、瞬きもせずに見ていた筈なのに、気付いた時には十数Mはあっただろう両者の距離は、二、三Mの距離にまで狭まり。そして、それぞれが構えていた剣は、互いに振り抜かれた形で両者ともに固まっていた。

 まるで、自分がその一瞬だけ気を失っていたかのような、まるで世界から取り残されたような感覚さえ感じてしまう、そんな戦いの最中が見えなかった(分からなかった)武蔵と小次郎の決闘に対し。しかし、彼が声を上げたのは決闘の中身が見えなかった(分からなかった)事が原因ではなく。

 小次郎の背―――後ろに奇妙なモノ? が見えたからで。

 それは、空の彼方にまで伸びる線であり。

 線? は城の丁度真ん中辺りを走り、そのまま上へ上へと伸びていて。

 最初、彼はその線がただの目の錯覚かと思っていたのだが、それが目の錯覚ではないことを、直後―――その目で、耳で、全身で理解した。

 

「「「――――――――――――ッッッ!!!!」」」

 

 その場にいた者達全てから、一斉に息を飲む無言の驚愕の声が上がった。

 空へと上る線。

 それに()()()()城が、その線へと向かって轟音を立てながら崩れ始めたのだ。

 その様子は、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()結果―――切り口へと沈み込むようにして崩壊していくかのような。

 いや―――正しくそうなのだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 目の錯覚に見えてしまう―――思いたい空へと伸びる線。

 まさしくそれは、剣線であり。

 つまり―――

 

「「「―――ぁ」」」

 

 また、誰かが声を上げた。

 線を―――剣線の()を見上げていた者達の誰かが、声を上げたのだろう。

 それも仕方がない。

 ()()()()()()()()()()()()

 空の彼方まで伸びるその剣線の行き着く先には、朧に浮かぶ月の姿があり。

 剣線はそこまで延びていて。

 

 つまり――――――

 

「―――月が―――割れて――――――」

 

 皆が見上げる空の彼方。

 青空に浮かぶ朧月が、確かに二つに分かれていた。

 幻などではない。

 現に城は断ち斬られ。

 崩れ廃墟と化している。

 ならば、あの月も確かに断たれているのだろう。

 最早【魔法】等と言った話ではない。

 神が振るいし【奇跡(アルカナム)】にも匹敵するだろう一斬。

 あんなモノ、防ぎようなどある筈もなく。

 それを成したのは、位置的に―――あの宮本武蔵と名乗った女であり。

 それはつまり――――――。

 

 世界に刻まれた跡を見た者達が、それが意味する事を理解し。

 この決闘の結末を思った―――その時。

 

 

 ―――――――――

 

 

 小次郎が、物干し竿を振り切った姿勢を元に戻すと、無言のまま歩き出した。

 向かう先には、一人の少女(カサンドラ)の姿があった。

 一歩、二歩と歩き、同じく構えを解いた武蔵に、最早意識を向けず。物干し竿を鞘に修めないまま、そのまま歩き続け、両者の距離が、最初の立ち会いの時と同じ、十数M程離れた時。

 武蔵が、口を開いた。

 

「先程の剣―――名を、聞いても」

 

 静まり返ったその場において、唯一響いていた小次郎の足音が止まった。

 足を止めた小次郎は、振り返る事はせず、ただ、一瞬だけ物干し竿の切っ先へと視線を向けた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「名、か……そうだな」

 

 そして、じらすかのように、緩やかな動きで空を見上げ、割れた月を細めた目で見つめ―――武蔵の問いに、小次郎は答えた。

 

「秘剣―――【月落とし】とでも名付けようか」

「【月落とし】」

 

 小次郎の視線を追うように、武蔵もまた、己が断った朧月を見上げながら、その『名』を口にすると、朧の月が、歪み、蕩け―――()()()()()()()()()()()()()()()光景を見て―――

 

 

「御美事―――佐々木小次郎」

 

 

 ―――その、口許を歪め。

 

 

()()()()()()()

 

 

 佐々木小次郎の勝利を称えた。

 その言葉が切っ掛けとなったかのように、武蔵の身体から光が零れ出した。

 黄金の欠片のような光は、武蔵の全身から流れ出ていき。

 時と共に、武蔵の輪郭が周囲と同化するかのように朧となっていく。

 その姿と、また予想に反する小次郎の勝利に対し、何度目となるのか、戸惑いと驚愕と、様々な感情が沸くのと同時、声無き悲鳴染みた絶叫が轟く中。

 武蔵の敗北を認めた言葉を背中に受けた小次郎は、笑うのでもなく嬉しがることもなく。何時もと変わらぬ飄々とした様子のまま、視線だけを、再度抜き身のままの己の剣―――物干し竿の先へと見やり。

 

 

「そして―――()()()()()()()()()()()

 

 

 そう小次郎が口にすると同時、物干し竿の刀身の三分の一程の長さが、思い出したかのように断ち斬られて地面へと落ちていった。

 地面へ軽い音を立てながら断たれた切っ先が突き刺さると、それはまるで幻であったかのように解けて消えてしまい。

 何が起きているのか。

 何を言っているのか意味が分からず、周囲がただただ押し黙る中、小次郎は武蔵を背に歩みを再開させた。

 黄金の光に包まれるかのようにして、その姿を薄れさせていく武蔵に向かって、ベル達が駆け寄っていくのを背中に、小次郎は一歩ずつ、確かめるかのように歩き。

 そして、少女(カサンドラ)の前まで辿り着いた小次郎は、その足を止め。

 ぼろぼろと大粒の涙を流し、何度もしゃくりを上げながら仰ぎ見てくるカサンドラを見下ろして。

 小次郎は、何時ものように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「どうだカサンドラ。私は宮本武蔵(定められた結末)に勝ったぞ」

 

 

 

 飄々と、何時もと変わらない姿で笑って見せた。

 

 

 

 

 





 感想ご指摘お待ちしています。

 なお、この宮本武蔵は、下総の国終了後、零に至った武蔵で、カオスを斬った武蔵ではありません。
 オリジナル要素(新しい秘剣)―――が嫌いな人は、すみませんでした。

 【月落とし】の内容は、燕返しと原理は同じなのですが、その数が桁違いなだけです。小次郎にとっての一足一刀の間合い―――半径約十M程度の空間内を無限の斬撃で埋め尽くし、類似の剣の使い手である沖田総司の【無明三段突き】と同じく事象飽和を引き起こす()()
 注~これでも宝具ではありません。完全に限界を越えた技なので、使った後のほぼ無制限の燕返しと違い代償が酷い。蘇生レベルの治療を受けなければ回復しない。
 注~今回の戦いで小次郎が消滅しているのは、技の代償以外にも理由(原因)があります。それについては、次のエピローグに記載する予定です。
 ※ 沖田の剣先にだけ起きる局所的なのとは違い、文字通り半径十メートルと桁違いの範囲と、重なる斬撃も桁が違うことから、威力もまた比べ物にならない。

 オリジナルの技や宝具等は、自分も出来るだけそういうのを出さないようにしたいのですが、気付けば書いていて……嫌いな人は本当にすみませんでしたm(__)m。
 

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