たとえ全てを忘れても   作:五朗

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第八話 謎

 シロが去った『豊穣の女主人』亭には、小波のようなざわめきに満ちていた。その音の大半は動揺に彩られている。この場にいる者達は、シロとロキとの会話を聞いていたが、誰もがそれをまともに受け止めた者はいなかった。

 例え、それが自分たちの常識を崩すようなことであったとしても。

 各々のテーブルの上で交わされる言葉、しかし、彼らの視線は常に一方へと向けられている。

 その視線の先にある【ロキ・ファミリア】のメンバーたちは、意識がない以外大した怪我がないことを確認したベートを横に転がすと、自分たちの主神であるロキを取り囲むようにしていた。それは答えを求め賢者にすがる愚者にも、救いを求め救世主に群がる無力な者のようにも見えた。オラリオで一二を争うと称えられる【ファミリア】の多くが、不安気な顔をしていた。ダンジョンの奥底において、様々なモンスターや迷宮に挑んできた猛者たちが、それほどまでに恐れているのは自分たちの理解から外れた存在である男に対してであった。

 ロキを取り囲む【ロキ・ファミリア】のメンバーの一人、年若いエルフの少女が恐る恐るといった様子でロキに話しかける。

 

「あ、あの……さ、さっきのは、嘘、ですよね」

「……何がやレフィーヤ?」

 

 ダルそうに椅子に浅く座り背もたれにダラリと寄りかかったロキが、視線だけをエルフの少女―――レフィーヤに向けた。

 

「っ、そ、その、あの男の人が、れ、Lv.1だなんて……」

「嘘やないよ」

 

 躊躇いもないその言葉に、耳を澄ませてその会話を聞いていた『豊穣の女主人』亭にいる者達から驚愕の声を飲み込む唸り声じみた音が響いた。

 ベートがやられた時、あの男が(Lv.1)を言っていたと考えていた者は多かった。いや、ほぼ全員が油断させるために虚偽を口にしたのだと思っていた。

 そうでなければ、有り得ないからだ。

 それほどまでに、レベルの差とは絶対的なものであった。

 レベルが一つ違うだけで、文字通り赤子と大人程の差が生まれる。

 それが二つであれば最早万が一にも勝ち目はなく。

 三つであれば絶望でしかない。

 そして四つであれば、それは最早確定された未来でしかない―――筈であった。

 

「ど、どうして、うそじゃ、ないって……」

「そんなん決まっとるやろ。ウチ()らに子供(人間)達の嘘が分からんはずがないやないか」

「あ」

 

 ロキの言葉に、彼らは納得するしかなかった。

 その通り、神に人間は嘘は付けない。

 正確には、人間に神は騙せない。

 神には、人が真実を言っているのか嘘を言っているのかは分かるのだ。ほぼ全ての神の力を封じられていたとしても、彼ら神々には人の嘘を見破ることは容易いことであった。

 

「で、でも―――」

「ベートさんはLv.5です。あの人の言った事が本当なら、どうやったらLv.1で気絶させることができるんですか?」

「あ、アイズさんっ!?」

 

 レフィーヤを遮るように、一歩前に出たアイズが何処か熱の篭った視線でロキを見下ろしていた。

 背もたれに寄りかかっていた身体を起こすと、ロキはチラリと【ロキ・ファミリア】の団長である小人族(パルゥム)―――フィンへと視線を向けた。

 

「さてな? うちはそういった事に詳しゅうないんで。ま、あんたなら、なんか分かってんとちゃう?」

 

 視線がロキからフィンへと移る。

 無言のままフィンは店の横に転がっているベートへ視線を移すと、暫らくじっと考え込んでいた。

 

「……ベートの顎」

「え?」

 

 フィンがポツリと呟いた言葉に、皆疑問を一瞬浮かべたが、直ぐに視線をベートの顎へと向けた。

 

「一番先、少し、薄皮一枚ってとこかな、引っ掻いたような跡があると思うけど」

「―――えっと、あ、ほんとだ」

 

 フィンの言葉にとととっ、とベートの元に駆け寄ったアマゾネスの少女―――ティオナが確認して頷いてみせた。

 

「あの? それが一体―――?」

「っ―――まさか!?」

 

 レフィーヤとアイズが同時に声を上げる。

 一方は疑問を、一方は驚愕を。

 同じく、『豊穣の女主人』亭の中も二つに分かれた。フィンの言葉の意味が分からず困惑する者と、何が起きたか理解した者に。

 理解した者。その中の一人であるエルフの女性、女神もかくやといった美しさを持つエルフ―――リヴェリアが口を開く。

 

「つまり、こういうことか。あの男はベートの攻撃を避けると同時に、薄皮一枚かする程度にベートの顎に衝撃を与え、脳を揺らし気絶させた、と」

「そういうことだね」

「そうか―――有り得ない」

 

 一つ頷いた直後、直ぐさまリヴェリアは否定した。

 

「ベートは性格は何だが、こと身体能力についてだけは【ロキ・ファミリア】の中でもトップクラスだ。その力で拳を振るわれたのなら、フィン、たとえ貴方といえどそんな事(カウンター)は容易ではない筈だ」

「確かに」

 

 リヴェリアの言葉に、フィンは否定せず頷いて見せた。

 

「ベートの一撃を避けて、それに加えあご先を薄皮一枚だけ擦るように殴るなんて真似は難しいだろうね」

「それなのに、あの男(Lv.1)がそれを成したと?」

「……現実に、彼はやった」

「それは―――」

 

 言葉に詰まるリヴェリアに、フィンは告げる。

 

「それも、ただ顎を殴っただけという話じゃない。Lv.1がLv.5の顎をただ殴っただけじゃ、逆に殴った方の拳が砕けてしまう。あの時のベートは、酒に酔っていたし、慢心や油断も多分にあった。だけど、ベートはLV.5。このオラリオの中でもトップクラスの実力者だ。どれだけのハンデがあったとしても、Lv.1の攻撃が効く筈がない」

「そうだ。蟻に噛まれて痛みは感じるだろうが、それで象が気絶することはありえないのと同じくらい。ありえないことだ」

「僕もそう思うよ。だから、彼は何か特別な【スキル】を持ってるのかもしれないね」

「あっ」

 

 フィンのその言葉に、納得の色が含まれた声が上がる。

 【スキル】人に発現する様々な力を有する【魔法】とは違う埒外の力。似通ったスキルは多いが、中には規格外とも言えるレアスキルもある。シロがそのレアスキルの持ち主であるかもしれない。

 具体的にコレといったものは浮かばないが、何らかのスキルの力を使ったのだとすれば、もしかしたら、万が一、億が一にも有りうるかもしれない。

 

「まあ、でも、そんな(レアスキル)があったとしても、彼がとてつもない実力者であることは間違いない」

「それは、どういうこと?」

 

 アイズの質問に、フィンは思い出すように瞼を閉じた。

 

「実の所、僕は彼がベートを殴る瞬間は見えていなかった」

「え? でも、少しだけど見えたって」

「ん~それも一応嘘じゃないんだけど、そうだね。言うなれば動いた後に動いたと分かった、と言った方がいいかな?」

「……どういうこと?」

 

 フィンに向けられる視線の全てに、疑問符が浮かぶ。

 

「僕が見えたのは、彼が拳を自分の元に戻す瞬間だけ。気付いた時には既にベートは攻撃された後だったんだよ」

「っ、つまり、それだけ動きが早かったんですか?」

「違う」

 

 Lv.6―――それも勇者(ブレイバー)と名高い【ロキ・ファミリア】の団長であるフィン・ディムナでさえ見えぬ神速の拳を放つLv.1を想像し、レフィーヤが声を震わせるが、フィンは首を横に振って否定した。

 

「起こりがなかったんだよ。彼の動きには」

「起こり、ですか?」

「……一体どれだけの修練を積んだんだろうね。まるで一つの流れのような動きだった。余りにも自然に過ぎて、ベートが倒れた後で、彼が攻撃したのだと分かったんだよ」

 

 しんっ、と静まりかえる『豊穣の女主人』亭。

 フィンの口にした言葉のどれもが衝撃に過ぎて、誰しもが己の許容範囲を超える現実を前にし口を動かすこともできずにいた。

 そんな中、何処か気の抜けた、感心したような声が上がる。

 こんな状況で、そんな声を上げられるのは、ただ一人―――否、一柱。

 

 

 

「―――噂はほんまやったってことかいな」

 

 

 

 ロキが、声を、ポツリと零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畜生、畜生っ、畜生ッ、畜生! 畜生ッ!!――――――

 

 ベルは一人、闇の中を走っていた。

 白い処女雪のような麗白な髪が、星明かりに照らされ闇の中を銀の光が線を描いていく。それは地を駆け抜ける流れ星の如き速さでオラリオを駆け抜ける。地上を走る流れ星。その星が落ちる先には、強大な塔がそびえている。

 強くなるために、少しでも近づくためにベルは走る。ごうごうと耳元で風が叫ぶ音を耳にしながら、ベルはただひたすらに走り続けた。視線は真っ直ぐダンジョンへの入口へと向けられていた。

 全力で駆け抜け、そのままダンジョンへと飛び込もうとせん足が―――しかし、唐突に止まった。

 ベルの前方、そこに立ちふさがる影があったからだ。

 

「っは、っ……はぁ、あ……え? 神、さま?」

「ふっ、ふぅ……っぁ―――よ、良かった。ど、どうやら間に合ったようだね」

 

 道の真ん中で膝に手を当て息を荒げ、苦しげに顔を歪ませながらもヘスティアはベルに笑みを向けた。ベルは何故ここにヘスティアがいるのか分からず、混乱していた。

 

「ど、どうして神様がこんなところに?」

「っ、ふぅ……決まってるだろ? 君を迎えに来たんだよ」

「っ、そ、そんなの―――」

「……君は、どうするつもりだったんだい?」

 

 ようやく息が落ち着いたのか、膝についていた手を離し背を伸ばしながらヘスティアはベルに顔を向けた。

 時間帯は深夜に近づいている。こんな時間にダンジョンにもぐるような者は少ないためか、ギルドの近くには人の姿は見えなかった。人の喧騒が遠く聞こえる中、ヘスティアの質問に口ごもっていたベルが、躊躇いながらも口を開いた。

 

「そ、それは……」

「……そんな状態でダンジョンに潜れば、ただ死にに行くだけだよ」

「―――ッ! そんなのっ! そんなの! そん、なの……」

 

 先んじて口にしたヘスティアの言葉に、ベルは逃げるように俯いていた頭を勢い良く上げたが、それは直ぐに下へと落ちていく。

 

「ベルくん」

「そんなこと、分かっています。でも、僕は、強くなりたい」

 

 悲しげな、切なささえ感じさせるヘスティアの声に、地面へと逃げるように視線を落としたベルが、震える声で、それでも願いを口にした。

 

 

 

 そう、強くなりたい。

 思い出すのは、先程の光景。

 憧れの人の前で、嘲笑される過去の自分。

 笑い声が上がる度に、あの人も笑っているのではと怯え顔を上げることすら出来なかった。

 いや、笑われるぐらいなら、まだ良かったのかもしれない。

 庇われた。

 僕はまた、あの人に庇われてしまった。

 弱いから仕方がない。

 守るべき対象だと。

 あの人に、また、守られてしまった―――ッ。

 それが、とてつもなく、恥ずかしい。

 自分自身を消し去りたい程に、たまらなく恥ずかしかった。

 でも、それ以上に。

 それ以上に、殺意を覚えるほどに嫌悪を覚えるのは―――自分自身の弱さ。

 いつも、そうだ。

 僕は、守られてばかりだ。

 ここ(オラリオ)に来る前はおじいちゃんに。

 ここ(オラリオ)に来てからは、シロさんと神様に。

 僕は、ずっと守られてばかり。

 そんな、安全な場所にいて、何もせず、ただ待っているだけ。

 どうすればあの人と親しくなれるかなんて考えているだけで―――何も、何もしていないッ!

 どうすればいいかなんて考えている暇なんて僕にはないんだっ!

 そんな事を考える前に、やらなければいけないことはたくさんあるんだっ!

 強く―――強くならなければっ!

 あの人に追いつくためにッ!

 そのためには―――

 

 

 

「神様、僕は、強くなりたいんです。何時までもシロさんに守ってもらってばかりいたら、僕は、何時まで経っても強くなれません。だから、僕は―――」

「……一人でダンジョンに行く、と。そういうわけかい?」

「そう、です」

 

 ヘスティアの言葉にこくりと頷く。

 

「僕は、弱いです。シロさんみたいに、才能がある訳じゃない。強いわけでもない。だから、もっと、もっと……人の何倍も頑張らないと、僕は絶対にあの人に追いつけない。だから、僕は、シロさんみたいに、強くなりたいんですっ!」

 

 そうだ。

 僕はシロさんみたいに強くなりたいんだ。

 シロさんは、ここ(オラリオ)に来て、何処の【ファミリア】も門前払いをくらって、これからの事を考えて呆然としていた僕に、初めて声を掛けてくれた。冒険者になりたいという僕に、懇切丁寧に冒険者の危険性について色々と言ってくれたのに、最後は【ヘスティア・ファミリア】へ誘ってくれた。それからもずっと、シロさんは僕の事を見ていてくれる。僕が危険に陥ると何時も助けてくれて、アドバイスをくれる。勿論、何時も傍にいるわけじゃないけど……。

 親切で、優しくて、強くて、なんでも知ってて、危なくなったら駆けつけて助けてくれる。

 そう、シロさんは、物語に出てくる英雄みたいなんだ。

 きっと、シロさんみたいな人だったら、あの人の隣に堂々と立てるんだろうな。

 強く、なりたい。

 シロさんみたいに強く。

 そうなれば―――。

 

「シロさんみたいに強かったら、きっと、何でも出来るんだと思います。何だって守れてしまう。だから―――僕もそれくらい強くなりたいんですっ!」

 

 ベルの叫びが、夜のオラリオに響く。願いを、至るべき頂の姿を空へと飛ばす。深い闇は願いも祈りも等しくその懐に収めてしまう。

 シン、と静まりかえり、風が、吹いた。

 

「強い、か」

 

 ポツリと、ヘスティアが呟いた小さな声の中には、悲しみの色が多分に含まれていた。

 

「神様?」

「シロくんなら、何でも出来る、何だって守れる―――ベルくんはそう思うんだ」

「え……え、ぁ、はい……」

 

 空へと顔を向けたヘスティアが、ベルに問いかける。ベルはヘスティアの質問に戸惑いながらも頷きながら応えた。

 ベルにとって、シロはそれほどまでに強く、大きく映っていた。

 確かにシロは自分と同じLv.1で、【ステイタス】も今では殆んど変らない。

 しかし、それでも自分ではシロに勝てるとは到底思えなかった。

 それは最早【ステイタス】とは違うナニカがあるとしか思えなかった。

 ベルは、それが才能の差であると思っていた。

 

 空に、陰りが生まれた。 

 星が見えた夜空には、何時の間にか厚い雲が広がっており、周囲は夜の闇を深め始めていた。

 月と星の明かりに照らされていたヘスティアの姿が、影に覆われ。

 

 

 

「……うん、そうだね。ベルくんの言うとおり、シロくんは強い……悲しくなるほど……強いよ……」

 

 

 

 ポツリ、と空から雨粒が一つ、落ちてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 感想ご指摘お待ちしております。

 時間に余裕ができたら、少しずつ返信していこうと思います。

 皆さんの意見感想、とても嬉しいです。

 ありがとうございます。



 次回『最強のLV.0』
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