…最終話にかけた時間が半月。エピローグにかけた時間が一日。書き物ってのは本当によく解らない。
「あらシャルティアさん。どうされたのですか?」
「…王都に用がありんしたからついでに寄っただけでありんす」
「言ってくださればおもてなしさせて頂きましたのに」
「く、くひゃっ。わらわは無粋な女ではありんせんの。『それ』の調教で忙しいのでありんしょう? すぐにお暇しんす」
王城……というよりか王女城といったほうがもはや正しいようなこの場所。シャルティアは自分が管理している組織の視察に向かうついで、黄金の姫に会いに来たのだ。しかしいざ久しぶりにあってみれば、なんとも面白い状態になっているではないか。
「調教だなんて……これは二人の信頼の証です。ねえクライム」
「はいラナー様!」
「鎖付きの首輪が信頼?」
「ええ」
「くく、本当に見ていて飽きんせんな、ぬしは」
「他人の色恋など気にしても仕方ないですよ。スレイプニルに蹴られても知りませんよ? それよりシャルティアさんの方はどうなんですか」
「ふふん、万事問題ありんせん。ゴリラなどもはや敵にもなっていんせん。くふ、くふふ……心で繋がっているのでありんすよ」
二人きりの時には『サトル様』と呼ぶ許しを得たシャルティア。既に彼女とアルベドには覆すのが難しい程に差がついていた。毎夜藁人形に五寸釘を打ち込む音が響くナザリック。アインズ・ウール・ゴウン七不思議にでも登録されそうな怪奇現象だが、その真相は誰もが知っていたため、謎にはなりえない。
「では今後もナザリックのために励みなんし。わらわはもう行きんす」
「ええ、またいらしてください。歓迎いたしますよ……えいっ」
「わうんっ! …はっ、はっ、はっ」
クライムの今の姿がどういうもので、ナニがどうなっているかは省略しよう。とにかくラナーは今の環境に非常に満足しており、クライムもクライムで一応幸せなのかもしれない。少なくとも世紀の美女の犬になりたい男など掃いて捨てるほどいるだろうし、望んでもそんな立場になれるわけがないことを思えば、役得な部分だってあるだろう。
「さてさて…」
随分と整備がなされた王都の街並みをシャルティアは練り歩く。昼夜構わずアンデッドが作業しているのだから、効率という面では人間を遥かに上回っていることは間違いない。優雅に日傘を差しながら、目的の建物を目指す。
「ふふ、ふふ……ああ、なんて素晴らしいのでありんしょう。世界が輝いているかのよう!」
シャルティアがここまで浮ついているのには訳がある。それは『お椀』からの報告――豊胸薬の試作品ができたとの報告を受けたためだ。まだ人間種にしか効果はないらしいが、研究が進めばいずれ吸血鬼にだって効くだろう。そんな都合の良い妄想をしながら、彼女はハミングしながら通りを歩く。
「シャルティア」
「ふん、ふん、ふん~」
「…シャルティア」
「…ん? おや……アルシェ?」
「ん」
そんな彼女の目の前に、まったく予想もしていなかった人物が現れる。帝国で別れ、それからまったく沙汰もなかったアルシェだ。鳥籠を抜け出せたのかも知らないシャルティアだったが、目の前の少女の様子を見て薄く微笑む。ああこれは自分が好きな眼だ、と。
「どうしんしたの? こんなところで」
「約束」
「約束?」
「ナザリック地下大墳墓の情報……もうとっくに知ってるだろうけど」
「ぷっ、くっ…! あっはははは! これだけ名が出回っていて、『情報』! 律儀にも程がありんしょう!?」
「でも、約束したから」
腹を抱えて笑い転げるシャルティア。嘲っているようにも見えるが、その表情には柔らかいものが垣間見える。
「わらわに会いたかったという方が、まだしも理由としてはありんしょうに! く、ふふっ!」
「それもある」
「…ふむ。何故?」
「ただ会いたかったから……ダメ?」
「くふ、愛い奴ではありんせんか」
本気とも冗談ともつかないアルシェの言に、シャルティアはますます口元を緩める。小鳥はもう既になく、立派な鷹が空を羽ばたいていた。それが嬉しくて。そしてそんな彼女の前に更なる闖入者が現れた。
「シャルティア!」
「…おや、ティアでありんすか。そういえば随分と久しぶりに見んしたな」
「もう少しこっちに来るべきそうすべき。ベッドが寂しい」
「…下僕が主人に命令するなんて、お仕置きが必要でありんすか?」
「ばっちこい」
通りで二人の美少女が話していれば当然目立つ。そして噂が人の間を駆け巡るよりも早く、それを目敏く見つけた忍者が一人。シャルティアがナザリックに戻ってからというもの、一人で慰める日々が続いていたのだ。主人の気配を感じれば、それはもう狂犬のように駆けつけてくるのは必然でしかない――そしてその仲間も。
「っち、どこ行ったんだあのバカ忍者……ゲェーッ! お嬢!」
「げぇ、とは随分でありんすな」
「じょ、冗談冗談、ははは……で、どったのこんなとこで?」
「ちょいと野暮用でありんす。それよりぬしがいるということは…」
「あ、うん。この馬鹿が急に消えたから手分けして探してたんだけど……あ、きたきた」
遠目から駆けてくるイビルアイの姿に手を振って合図するクレマンティーヌ。彼女も彼女でかなり『蒼の薔薇』に馴染んでいるようだ。以前あった壁のようなものはもう見られない。法国との因縁が完全になくなったことが影響しているのは事実だが、それだけではないこともまた真実だろう。
「シャルティア! …と、そっちは誰だ?」
「イーちゃんイーちゃん。あれはお嬢の……で、……の、……なのよ」
「なに?」
ラキュースとガガーランは別の方向を探しているためいまだ姿は見えず、此処に集っているのは現在五人。シャルティア、アルシェ、イビルアイ、クレマンティーヌ、ティア。面識の無いアルシェを見て疑問の声をあげるイビルアイであったが、それを制止したのは意外にもクレマンティーヌ。兄が死んで――復活はしたが――彼女はかなり穏やかになったのだ。
そして制止の理由といえば、アルシェに対する勘違い。彼女はいまだにアルシェの事を絶倫絶技の淫猥少女だと信じてやまないのだ。シャルティアを一晩でぞっこんにさせた百戦錬磨の女だと。
だが――ここでそんな事を口に出すのは愚策だろう。狂気が治まったのはいいが、迂闊で調子に乗った発言はまだ治っていないようである。
「…な、なに?」
「じー…」
「こいつがそんな…?」
クレマンティーヌはイビルアイの耳元で呟いただけだったが、元暗殺集団のトップであるティアが小声とはいえそれを拾えない筈もない。粘着質な眼でアルシェを見つめ、イビルアイも思うところがあるかのように視線を向ける。
「いま、暇?」
「…忙しくはない」
「ちょっとツラ貸せや……へぶっ!」
「何を言ってるんだお前は! すまん、こいつは少し変態なところがあってな」
アルシェの肩に腕を乗せ、そのまま宿へ連れ込もうとするティア。流れるようにイビルアイがカカト落しを決め、彼女を地に沈めた。泥だらけの顔で、ちょっとテクを教えてもらうつもりなだけだと言い訳を繰り返すティア。いや、それがダメなんだろという突っ込みがクレマンティーヌから入った。
「そういえばアルシェ。ぬし、今はどうしていんすの? 妹がいたと記憶していんしたが」
「信頼できるところに預けてある。お金に余裕もできたから」
ワーカー稼業では妹達の世話をすることなどできない。悩んだ結果、元使用人兼友人のところに預ける事となったのだ。金銭的にあまり余裕がない彼に、その援助と母親の病気を治せる高位の神官への繋ぎを約束して。人間的には心配していないが、魔眼持ちでわりとイケメンで病弱な母親を治すために奮闘し、そして魔法も使える将来有望な男なだけに違う意味では心配しているようだが。
「なるほど。なら少しナザリックに寄っていきなんし。ぬし、それなりに希少なタレント持ちでありんしょう? 至高の御方が色々と調べているようでありんすから、役に立ちなんし。充分すぎる褒美も貰えんしょう」
「…いいの?」
「拒否権などありんせん」
「…ふふ。ありがとう」
なんだか通じ合っているような二人を見て、ハンカチを噛むティア。少し眉を顰めているイビルアイ。それをおかしそうに眺めながら、クレマンティーヌはシャルティアに提案した。
「お嬢も今日は暇なの?」
「モモンガ様は配下にもきっちり休暇を取らせる優しき御方。自らも三日に一回休暇を取ることで規範を示していんすの。上に立つ者がそうすれば下も倣うでありんす」
「(だらけてるだけじゃね…?)そっかー……じゃあさ、久しぶりに一緒に冒険しない? ちょっとめんどくさい依頼が入ってるんだけどさ」
「む…?」
「ついでにアルちゃんも一緒でいいからさ。勿論報酬は均等ってことで!」
「ふーむ…」
「『蒼の薔薇』と一緒ということ?」
「そそ。アルちゃんもミスリルくらいっしょ? 問題ないない。割っても破格の報酬だし。なんせ皇帝からの依頼だしー」
「おい、勝手に決めるなクレマンティーヌ。だいたい部外者をいきなりパーティに入れるのは危険だろう」
「お嬢がいれば危険もなにもないって」
「む、まあそれはそうだが…」
ティアのために提案をした――などということはなく、こんどの依頼はかなり遠方まで出向かなければいけないからだ。ぶっちゃけると足がわりである。クレマンティーヌは馬車が嫌いなのだ。
「…まぁ、退屈しのぎにはいいでありんしょう」
「さっすがお嬢!」
「まあラキュースも断りはしないだろう。アルシェといったか、お前はいいのか?」
「問題ない。装備を揃えたいからお金もほしい」
「ならいい。向かう先はドワーフの国だ。日数がかかる予定……だったが、シャルティアが居るなら日帰りも可能か」
美女美少女が話し込んでいる王都の通り。話が纏まりかけたところで、ようやく残りのメンバーが集う。
「やっと見つけた……ってシャルティア?」
「おお、久しぶりじゃねえか! お前さんもちっとは顔出せよな」
「久しぶり……マーレは?」
「わらわはナザリック地下大墳墓の階層守護者。そう易々と会えるとは思いなんし」
「お嬢の休暇はー?」
「三日に一回」
「会えるじゃねえか!」
三人がアルシェのことを説明され、そしてラキュースが勝手に決めるなと憤慨するのは様式美。決定権はわらわにある、という言葉もである。
わいわいと騒がしく、姦しく談笑する彼女達。一度宿屋に戻るということで、大所帯で歩き始める。
「そういえばピニスンはどうしていんすの?」
「宿屋のマスコットになってる。この前掘り返されそうになって泣いてたけど」
わいわいと楽しそうに、嬉しそうに談笑する彼女達。ずっと一緒にいられるわけじゃないけれど、仲間が揃えば心強いのは当然だ。
「そういやお嬢ー。この前カジッちゃんが来てたけど」
「…?」
「あ、忘れてるならいいや」
ナザリック地下大墳墓の階層守護者であっても、彼女は確かに薔薇でもあった。少なくとも、今傍から見れば間違いなく彼女達は仲間だろう。
「何故皇帝の依頼が王都の冒険者に? それに、ドワーフの国…?」
「法国の目がなくなったんでな、ここんとこ貿易が盛んになってんだ。それに帝国にはあんま強えのがいねえだろ? 結構きつい任務らしいから俺らにお鉢が回ってきたわけだ。ま、一応名目は最初の調査だけどな。人数が必要になれば騎士団が出張ってくるだろうよ」
いつも胸に期待と不安を抱えていた冒険とは違う。余暇のままごとのような冒険。けれど、彼女はそれが愛おしい。
「じゃあ――久しぶりに『蒼の薔薇』全員集合ということで!」
「リーダーお役御免」
「なんでよ!」
「ボス、締まらない」
「ん? ラキュースは中々の締まりでありん」
「こらこらこら! …はぁ。まったく変わらないなお前は」
「あははー、お嬢らしいじゃん?」
「そういや俺はもう人間ってことでいいんだよな」
「…どう見ても人間だと思う」
「いや、色々深い訳があってな…」
「では、出発しんしょうか!」
「私のセリフ…」
だから――シャルティアの冒険は、偶に続くようである
最後まで読んでくれてありがとうございます!