姉妹はプリキュア!   作:琉命

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 とりあえずお互いに自己紹介をして、分からないことだらけではあるけれど、祐巳はメップルさんをミップルさんのところへ連れて行ってあげたいと思った。幸いというか何というか、現時刻はまだ五時前で夕食の時間まで余裕がある。

「それで、ミップルさん……のところに行きたいんだよね?」

「連れて行ってくれるメポ?」

 希望の芽が出たと見て、メップルさんは目を輝かせた。彼にとってミップルさんはそこまで大事な子なんだろう。

「うん……いいよ」

 メップルさんの希望に満ち溢れた表情を見て、祐巳は頷いた。

 キッチンでお料理をしているお母さんに一言告げて、祐巳はメップルさんを持って家を出る。さっき言っていた通り、メップルさんはミップルさんの気配を感じることが出来るらしい。

 ゆえに道中はメップルさんの指示に従って進むこととなった。けれど、その案内というのが思いの外酷かった。

 

「そこを右に曲がるメポ!」

「う、うん」

「あ、やっぱり左メポ!」

「ええーっ!」

「あ、じゃなくて、まっすぐメポ!」

 

 これである。

 案内係が右往左往するせいで、あっちへ行っては戻ってきて、こっちへ行っては戻ってきてとてんてこまい。惨憺たる有様だ。挙げ句の果てにメップルさんは、よその御宅の塀を見てここを真っ直ぐ進めと言い出した。

「まっすぐって、行き止まりじゃない! む、無理だよ!」

 塀を乗り越えて、人様のお庭を横切り、敷地を踏み荒らせ、と。メップルさんにそんなつもりはないだろうけど、つまりはそういうことだ。もちろん、祐巳は拒否した。一般庶民とはいえ、幼稚舎からずっとリリアンに通い淑女として育てられてきた祐巳に、そのような非常識な振る舞いなど出来るわけがない。

「ううううっ」

「あああ、な、泣かないで!」

 可愛らしい見た目のメップルに泣き落とされる祐巳。非常識な行いはすまいという良心との間で、祐巳は板挟みになってしまった。どうしたらよいものかと思考を巡らす。

 しかし、祐巳が思いつくことは一つしかなかった。

「ごめんなさい、通り道になるけど・・・許してえっ」

 決断して即ダッシュ。祐巳は懸命の走りで反対側までまわりこむ。早くミップルさんに会いたいメップルさんは不満げだったけれど、これが祐巳にとっては最善の策だった。というかそれが当たり前である。

 まあ、時間を食ってしまう分は、祐巳が走ればいい。

 こうなったら最後まで付き合ってあげよう。

 祐巳は覚悟を決めて、メップルさんを抱えてどこまでも走った。

 

 ーー

 

 あれからどれくらい時間が経っただろうか。暗くなりゆく夕空には月がにわかに顔を出し、日は既に沈みかけていた。

 メップルさんを連れた祐巳は、街の外れにある遊園地にまでやってきていた。平日の夕方という時間帯のせいか人通りもまばらだ。

 

「ふう……。ねえ、メップルさん。遊園地まできちゃったけど、ここでいいの?」

「何かおかしいメポ……。でも方向は間違いないはずメポ」

「じゃあ、もう少し進んでみよっか、メップルさん」

 入場無料の遊園地だから、お金を持って来なかった祐巳でも心配はない。そそくさと入場し、周りを見渡してミップルさんと思しきものを探しながら歩みを進める。

 そういえば遊園地にも暫く行っていないな、なんて他愛もないことを考えつつ。入口からしばらく歩いて、ジェットコースターだとかメリーゴーランドとか遊園地の花形ともいえるアトラクションが立ち並ぶエリアに差し掛かったところで、突如メップルの表情が一段と険しくなった。

「むっ!」

「ど、どうしたの?」

「ミップルとは違う何かの気配を感じるメポ!」

「け、気配って、何の……?」

 祐巳と出逢ってからのメップルさんはずっと元気に振舞っていたのに、恐怖を噛み殺した悲壮的な表情を浮かべていて少し不安になる。

 すると、祐巳の恐怖を煽るように、突然風に乗って男性の声が聞こえた。

「ここで行き止まりだよ、お嬢さん」

「え……?」

 驚いて周りを見渡してみるも、思い当たる人の姿はない。聞き間違いかと思い掛けた時、唐突に空から図体の大きな男性が舞い降りてきた。

「きゃあっ!」

 白塗りの顔で歌舞伎役者を思わせるような風貌の怪しげな男が、祐巳の前に突如立ち塞がってきたのだ。祐巳が悲鳴を上げてしまうのも致し方ない。

「ふふ、探したぞ」

 祐巳が怯えているのも構わず、男が言った。

 探した。

 ーー何を?

 少々の逡巡の後、祐巳はその言葉の意味にはっと気がつき、ほっと一安心して笑顔すら見せた。

「あ、もしかして、この子の飼い主さんですか?」

 幼稚舎からずっと、人畜無害な天使たちの楽園に通っている祐巳は、当然男性との関わりが父と弟以外にはほとんどない。そのためか、彼が危険だという考えにいたらず、メップルを探す飼い主さんか何かだと思ってしまったのである。

「ち、違うメポ! 近づいたらダメメポ!」

 そんな祐巳の考えを否定したのはその男ではなく、手元にいるメップルさんだった。

「え?」

 聞き返す祐巳だが、その答えはすぐに判明した。

「ははは、平和ボケもいい所だな」

 男の鋭い眼光が、祐巳とメップルを突き刺す。その唯ならぬ敵意を感じ取り、祐巳はようやく自分の考えが間違っていたと気付いた。

 祐巳はメップルを守るようにして後ずさる。

「あ、貴女は誰ですか」

「……我が名はピーサード。そいつを頂きに来た」

  そいつとは言うまでもなくメップルさんのことだろう。メップルのことはまだよく知らない祐巳だが、彼にメップルを渡してはいけないと思った。なにより、メップルさん自身がそれを嫌がっているのだ。

 抵抗の意思を見て取ったのだろう。ピーサードと名乗った男は、鬼のような形相で祐巳を睨みつける。

「おとなしくそれを渡せ」

 一歩一歩とピーサードが迫り来る。

「ひっ……」

 生まれてはじめて男性の悪意と威圧をその身に受け、祐巳は怯えでその場から動くことができなかった。

 

「逃げるメポっ!」

「っ……うん!」 

 メップルのその一言がなければ、未だ嘗て感じたことのない恐怖で逃げることすら叶わなかった。けれど、メップルさんの一声で祐巳は一瞬だけでも正気を取り戻したのだ。祐巳はようやくピーサードに背を向け、リリアン生としての矜持をも忘れ無我夢中で駈け出す。

 ーーしかし。

 

「遅い」

 帰宅部所属でスポーツの嗜みのない祐巳の脚力では逃げきれるわけもなく、10秒と持たずにピーサードに回り込まれてしまった。

「ひっ!」

「全く、手を焼かせるんじゃない」

 ピーサードが手を伸ばしてくる。凶器は持っておらず完全に素手ではあったが、運動すらほとんどしていない女子高生が大人の男性の力に勝る道理はない。

「嫌っ!」

 迫り来る男の鬼気迫る表情に、祐巳の心は再び恐怖に占められた。逃げないと本当にまずい。本能で理解した祐巳は必死にその伸ばされた手をかいくぐり、再び駆け出そうとするも、足がもつれて転んでしまう。反動で、決して放すまいと握っていたメップルは祐巳の手から解放され、数メートル先に落ちてしまった。

「あっ! め、メップルさん!」

 慌てて拾おうとするが、そのわずかな隙をピーサードは見逃さない。俊敏な動きで跳躍し、祐巳より先にメップルさんを回収してしまった。

「さあ、捕まえたぞ。石はどこだ」

 その手に力を篭め、メップルさんを苦しめている。言葉の意味は分からなかったが、メップルさんが危ないということだけは分かる。けれど、メップルさんを助けるにはどうしたらいいのか。

 僅かな時間で懸命に思考を巡らせるが、妙案は浮かばない。駄目だ……手の打ちようがない。

 祐巳は絶望に打ちひしがれ、もはや苦しんでいるメップルさんを見ていることしかできなかった。

 

「何をしているの!」

 そんな殺伐とした空気の中、凛としたお声がその場に響き渡った。

 緊迫しきった状況であったため、祐巳はその声に驚愕し、勢いよく振り返る。そして更なる驚愕に襲われた。

 だって、そこにいたのは私立リリアン女学園高等部二年、紅薔薇のつぼみ、小笠原祥子さまの御姿だったから。

 

 --

 

「さ、祥子さまっ!?」

 思わず、はしたなくも大きな声を上げてしまった祐巳を、一体誰が責められよう。ただでさえ全く理解できないままこの危険な状況に陥っているというのに、まさかそこに憧れの祥子さままで現れたらパニックになるのも当然だ。

 どうして、祥子さまがここに来たのか。

 どうして、祥子さまがメップルと同じ機械? を持っているのか。

 ただ一つわかるのは、祐巳がこの危険な状況にリリアン生憧れの祥子さまを巻き込んでしまったということだけ。

 

「ど、どどどうしてっ」

 動揺の境地に達した祐巳に対し、祥子さまはひどく冷静だった。その手に持つモノを祐巳の前に掲げ、穏やかに口を開く。

「この子が、私をここまで連れてきてくれたのよ」

 この子とは――メップル同様携帯電話のような端末に謎の小動物の顔だけがある――桃色の子。

「さ、祥子さまもこれを? じゃあ、この子がミップルさん……?」

「ええ。けれど、ゆっくり話していられる状況ではないようね……」

  祥子さまはちらとピーサードに視線を向け、恐怖なのか怒りなのかはさだかではないけれど、そのお顔をゆがめた。

「あ、あの人がどういった方なのかご存知なのですか、祥子さま?」

「っ……いいえ。ただ、私たちに害をなす存在であることは確かね」

  どうやら状況の理解に苦しんでいるのは祥子さまも同じらしい。祐巳と同様に、ミップルさんに導かれてここまで来たのだろう。

  しかし、祐巳は未知の存在への恐怖を感じながらも、少しばかりの幸福感が芽生えていた。というのも、皮肉なことに、これほどまでに緊迫した雰囲気の中にあってはじめて、祐巳は祥子さまと会話をすることが出来たのだ。そうでなければ、祐巳は緊張でろくに口がきけなかっただろうから。

  そんな中、ふと祥子さまの手中にあるミップルさんと思しき桃色の体の子が本来の姿を現した。

 即座にピーサードの元のメップルさんを見つけて、悲痛な声を上げる。

「メップルーっ!」

「ミップルー!」

 祥子さまの手の中のミップル、そしてピーサードに捕えられてしまったメップルが互の名を呼び合う。それは感動の再会であり、また、永遠の別れでもあるかもしれなかった。

 

「ははははッ! ようやくもう一匹もおでましか! 探す手間が省けたよ。さあ、そちらも寄越すんだ」

 狂気すら感じる哄笑。そして、ピーサードはじわりじわりと祥子さまに迫る。

「渡しちゃダメミポ!」

 ミップルさんも必死だ。

 祥子さまは、その端正なお顔に怯えを見せ一歩引くものの、毅然とした態度で対応した。

「ち……近づかないで!」

 あの麗しい祥子さまのお顔が恐怖に歪んでいる。それでもピーサードは構わず手を伸ばす。

「さ、祥子さま……」

 そして、祥子さまのお身体にその大きな手がまさに触れようかという時。

 

「や、やめてええええッ!」

 自分だって怖いはずなのに、その様子を見て祐巳は恐怖を押し殺し、叫びながらピーサードに飛びかかった。

 祥子さまのお体に傷でもついてしまったら。

 その恐怖の方が勝ってしまったから、祐巳は飛び込んだのだった。ただ無我夢中にピーサードの身体にタックルをかまし、彼が一瞬怯んだ隙に祐巳はその腕をはたいてみせた。当然、メップルは彼の手を離れ、宙を舞う。息を切らしつつも懸命にその後を追った祐巳は、リリアン生にあるまじきスライディングでメップルを拾い上げた。

 

「はあ……はぁ……」

「サンキューメポ、助かったメポ」

 怖かった。

 冷たい汗が一筋二筋と額を流れる。激しい運動のせいか祐巳の呼吸は乱れ、すぐには立てそうにない。当然メップルさんの言葉に返事すら出来ず、祐巳は膝を地に着けたまま四つん這いの態勢を余儀なくされたのだった。

「大丈夫!?」

 そこに差し伸べられたのは、祥子さまの白く繊細なお手。穏やかな日常の中でこのような状況ともなれば、祐巳の心は歓喜の思いに染められただろう。きっと、マリア様に感謝の想いをお伝えすることだろう。けれど、今の祐巳にそのような心の余裕はないし、また身体の余裕もない。縋るようにその手を掴み、祐巳はなんとか立ち上がった。

「ありがとう、貴女のおかげで助かったわ。早く逃げましょう!」

 駆け出した祥子さまの少し汗ばんだ手に引かれて、祐巳も懸命に走り出す。今はとにかく、この危険な殿方から逃げなければならない。

 

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