執務室を追い出された俺は、鎮守府の中を歩き回る。
すれ違う艦娘は俺のことを二度見し、艦娘じゃない誰かも二度見をする。視線が刺さる刺さる。
居心地が悪いことこの上なしだ。
俺は視線を気にしながらも、あてなしに歩いていると、資料室の前に来ていた。案内された時に通ったし、少し興味があったので中に入った。
中は独特な匂いが立ち込め、数人が棚を見ていた。俺もその中に混じり、本を見る。
そんな時、俺から割と近いところで背伸びしている人影が見えた。なんだろうと思って近づいてみると、鳳翔が辞書並みに分厚い本を持ち上げて戻そうとしているのだ。だが、背が届かないのか、収まる様子はない。
見てられなくなったので、俺は手を出した。俺は鳳翔に声をかけたのだ。
「届かないなら無理したらダメだ。貸して」
「え?」
少し戸惑いながらも鳳翔は、俺に本を手渡す。
それを受け取ると、間が空いているところに本を入れた。
「ここで良かった?」
「えっ、あ、はい。そこで大丈夫です」
混乱しているのか、変な反応をして見せた鳳翔に俺は声をかける。
「誰か分からないよな……。俺は大和」
「大和……さん? あの大和型戦艦の?」
「そんなところだ」
そう訊いてくる鳳翔に、俺は戦艦の方の名前を名乗った。
さっき提督に言われたのもあるが、人とのしての名前を言うのは控えようと思ったのだ。
「艦娘ですよね?」
「"娘"かはさておき、大和だ」
目をパチクリさせる鳳翔はどうやら信じられてないのかもしれない。
そんな鳳翔は、俺にある事を訊く。
「私には、そのっ……と、殿方にしか見えないのですっが……」
鳳翔は顔を真っ赤にして言う。
「殿方?……あぁ、男の事か。俺は男だけど?」
そういった刹那、真っ赤だった鳳翔の顔はさらに赤くなる。手をモジモジとさせ、小さい声で『何故艦娘が殿方に?』と言っているが、その反応は間違っていない。否、普通の反応だろう。多分。
「私、そのっ……殿方とお話した事がありませんので、なんと言っていいのやらっ……」
仕方のない事なんだろうが、これはこれでやり辛い。
「そうなのか?」
「はい。殿方は政府の保護下にありますからね。鉄と油、泥と汗が臭う軍隊なら尚更、お目にかかることなんてありません」
さっきはどもりながら話していたのに、急に流暢になった。
鉄と油、泥と汗の臭いっていうと、男の力仕事を連想するが、こちらの世界では違うようだ。
それもそうだろう。男性保護法なんて法律が作られるくらいだ。今まで男性が担ってきた仕事を女性がやるのは当然だろう。
「そんなものか?」
「はい」
そんな会話をしていると、後ろから声がした。
ここは資料室。俺の解釈が間違ってなければ、ここは図書館みたいなものだろう。ここで静かにするのはマナーだ。そんなところで声を出すなんて、必要最低限しかない。
場所から考えると、用事があるのは鳳翔の方だろうな。
「鳳翔さん。終わりましたか?……って、どなたですか?」
やはり鳳翔だったみたいだ。それに、俺にも話しかけてきているみたいだから、振り返る。
そこに居たのは、鳳翔同様にすぐに分かる。
「俺は大和だが?」
名乗ったのは戦艦の方だ。多分、この世界での自己紹介は大体が戦艦の方になるだろうな。
「遂に我が鎮守府にも念願の大和さんがっ……といいたいところですが、私は貴方のような大和さんを見たことがありません。どの護送旅団から逸れたんですか?」
半分くらい理解できなかったが、俺はこの艦娘が誰だか分かる。というか、艦これをやっていたのなら知らない筈がない。艦これをやっていたのなら、艦娘全員の特徴を把握する事は普通のことだ。
俺の目の前で、顔を赤らめながら睨むのは加賀だ。
「護送旅団? 何だそれ」
「政府の保護下にある男性を、移送する為にあるコンボイですよ」
「あぁ……」
ここで、変な風に回答すると嫌な予感しかしないので、適当に話を合わせておく。
そんな俺に、加賀は機関銃の如く質問をしてくる。
「護送旅団番号を教えて下さい。すぐに引き取りに来てもらいますから。それと何故、大和を名乗ったか。あと、今の年齢。身長と体重、好きな女性の好み、スリーサイズ……」
みるみる赤かった加賀の顔が、更に赤くなっていく。
それとツッコミをさせてくれ。質問の内容がどんどん私的になっていっていた。歳と身長体重訊いて、好みのタイプを訊くまでは目を瞑ろう。だが、スリーサイズってなんだよ。
男に使うものなのか? というか、何処測るんだよ。胸囲とウエストとヒップってか?
「加賀さん? 軍人による男性に対するその行為は、懲罰対象ですよ?」
「あっ……も、申し訳ありません」
「え? あ、あぁ」
全く状況の飲めない俺に、加賀が深々と頭を下げる。そして顔を上げざまに『スゥー』と音を立てた。
「ん?」
「こらっ! 加賀さんっ?!」
何だか状況が読めないが、加賀はとんでもない事をしたみたいだ。
いや、本当に全く分からない。
怒った鳳翔に加賀は捕まり、どこかに行ってしまったので、俺は移動する事にした。
ーーーーー
ーーー
ー
資料室を一通り見た俺は、鎮守府の本部棟の中を歩いていた。
今から執務室に戻って、提督から話を聴いてもいいのだが、執務をやっているだろうから遠慮しているところだ。
さっき居た資料室では終始視線を感じていたが、廊下に出てみてもそれは変わらない。
何だか後を付けられているような、そんな感じがしているのだ。
思い返せば、この方後ろを見ていない。振り返る事が無かったのだ。
(なら、振り返ってみようか)
俺はそう思い、後ろを振り返ってみる。
そうすると、やはり艦娘が俺の後を付けていた。
青葉だ。青葉がメモ帳とペンを持って、俺の後をつけているのだ。そしてその遠くには、艦娘ではないが人影が見える。
俺が後ろを振り返ったのを、待ってましたと言わんばかりに、青葉がこっちに走り寄ってくる。
「どもども~。新顔ですよね? 私は青葉です! 取材、いいですか?」
「取材?」
そう俺が声を出したら、急に青葉が後ろを向いてしまった。
何ならゴソゴソとし始めたが、何なんだろうと思いつつ待っていると、此方を振り返ったのだ。
ゴソゴソしていたのはどうやら、髪の毛をセットでもしていたんだろう。ショートパンツのポケットから櫛が出ている。
「えぇ! そりゃ、新鋭艦が出たら広報して、皆に早く知ってもらうためですからね!」
何だか鼻息の荒いようにも感じるが、まぁ答えよう。早く馴染めるのなら、有り難い。
「先ず最初に、貴方? のお名前は?」
「大和だ」
「大和さんですかー! 遂に司令官の悲願も叶ったという事ですね!」
あの提督、俺を建造することが悲願だった訳ではないと思うんだが。
「青葉の見たところ、記憶にある大和さんとは”かなり”異なった容姿をしていらっしゃいますが?」
「そうだな。……まぁ、俺は男だしなぁ」
その刹那、青葉の後ろの方に居た人影が、とんでもないスピードで此方に走ってきた。
そして、青葉の腕を掴む。
「エッ? 何ですか?!」
「うぇっへっへっ……さぁ~青葉ちゃ~ん? “ブタ箱”へ行きましょうねぇ?」
こっちに来て青葉の腕を掴んだのは、どうやら憲兵のようだ。腕にしっかりと腕章が付けられている。
だが、そんな腕章をつけた憲兵がとんでもなくだらしない顔をしている。
黙って静かにしていれば、かなりの美人だと思うんだけど。
「えー?! 何でですかっ?! 青葉はまだ保護法に触れるようなことは何も?!」
「憲兵が”ブタ箱”行きと言ったら、そうなのよ~。うふふっ」
青葉の腕を抑えながら、憲兵は無線機か何かで誰かと話したかと思うと、目の前に居る憲兵同様にとんでもないスピードで憲兵(以下略)が走ってきたのだ。
しかも、表情はそこの憲兵同様。俺のいた世界では、女性がしてはいけないような表情をしている。
「ちょっ?! 大和さーん!! 助けてぇーーー!!!」
「「「問答無用っ!!! うらy……保護法違反よー!!」」」
憲兵たちに担がれて、青葉はどこかへ行ってしまった。
その代わりに残ったのは、青葉の後ろを歩いていた憲兵。艦娘なら名前を出せば容易に想像できるだろうが、憲兵はそうはいかないだろう。端的に説明する(唐突のメタ発言)。
一言で言えば、スレンダー。少し茶がかった黒いロングストレート。軍服がとてつもなくミスマッチだが、とても美人だ。
「さぁ、大和……だったかしら?」
「え? あ、はい」
イマイチ状況を飲み込めていないように振る舞う。
青葉が理不尽に連れて行かれた事は分かっている。
「危なかったところを助けてあげたわ! それにあのまま行ってたら、確実に食われてたわよ?」
聞き返したかったが止めておく。俺の本能が止めておけと言ったからだ。
そんな風に考えを巡らせていると、憲兵が話しかけてくる。しかも、段々と近づいてくる。
「危なかったわね? でも、もう安心よ! 私が助けてあげたんだからね?!」
ツンデレと何かが混ざった風に言われても、俺は反応に困る。
「お礼とか、別にいいわ! 何にも! 当然の事をしただけよ?!」
ジリジリと近づいてくる。
「私は憲兵っ! 風紀を乱す者は、私が全て”ブタ箱”に入れてやるわっ!!」
「ちょ、近い」
そう言って近づいてくる憲兵に、俺は壁まで追いやられる。
そして遂に、壁ドン状態になってしまった。と言っても、俺の身長よりも結構小さい憲兵は、耳元で手をドンと出来なかったみたいだけど。
「さぁ!」
「何をして欲しいのかさっぱり分からないんだけど、そんなグイグイ来るとは思ってなかったなぁ」
そのままの体勢で俺は話す。
無理やり引き剥がす事も出来たが、俺の頭ではそれが出来ないでいた。元いた世界での常識が染み付いているからだろう。
「なら、強引に押してもいいのよ? 後ろに倒れてしまっても、私は別に構わないわ!」
空いてる手でサムズ・アップする憲兵だが、俺はそれを本能的に断る。
「そりゃ出来ないな」
「何でっ?! 来てもいいのよ?! もっとグイッと。むしろドンッて押された方が良い。押されたい。否、押して下さいお願いします」
憲兵のキャラがブレ始めたが、俺はそれも気にせず話す。
「そんな事出来るわけない。幾ら軍人とはいえ、女性だ……ろ……?」
言いながら俺はある事を思い出したのだ。
提督の言っていた一言だ。この世界の女性は、男尊女卑になる前の男性の女性に対する扱いにかなりの憧れがあるという事を。
だが、気付いた時にはもう遅かった。
息を乱した憲兵が、さらに接近してきていたのだ。
「初めて会った男がこんな人だとは思わなかったわっ……。最っ高よ! やば、涎がっ……」
見てられないと思い視線を廊下に向けると、そこには見覚えのある人が来ていた。
白い学ランを来ている人。そんな人、俺の記憶では1人しかいない。
(あ、提督。……てぇ!! なんてもの持ってんだっ!!)
そんな提督は片手に軍刀を握りしめていた。ちなみに抜刀済み。
「気付いてるかわかんないけど」
「何かしら?」
「後ろ」
そう言うと憲兵は後ろを振り返り、我に返る。
抜刀し、構えた提督がいるのだ。
「香羽(こうわ)曹長、覚悟は出来ているんだよね?」
鈍く光を放つ軍刀が音を立てる。
それを見た憲兵はとんでもない量の汗を垂らし始めた。
これは俺でも分かる。多分、男性保護法に掛かったんだろう。当の男性は分かってないが。
「提、督……。え?! 執務をされていたのではっ?!」
「今しがた終わらせたところ。そしたら憲兵が飛び込んできて、ね?」
提督の後ろには合掌している憲兵が居る。
どうやら密告のようだ。
それを見た憲兵は俺から離れ、両手を差し出す。
「さぁ、私を逮捕して。蒔ちゃん」
そう言った憲兵に手錠をかけようとした蒔ちゃんとやらの前に、提督は軍刀を振る。
それに驚いた蒔ちゃんとやらは後ろに仰け反った。
「それは出来ないね。ここで処断、打首、首切り、ギロチン、斬首、死刑だね。”ブタ箱”通り越して、”ブタ塚”行きね?」
なんという事を言うのだろうか、この提督は。俺が止めようと動き出した時には既に、軍刀は振り上げられていた。そして、振り下ろされる。
「あー神様仏様提督―! どうかお許しをー!……って、死んでない?」
振り下ろした軍刀は、首の手前で止まっていた。
それを離して鞘に仕舞った提督は、憲兵の頭を掴んだ。
「今回だけだよ? 分かった?」
「はいぃぃぃ」
「蒔田軍曹が必死に言い訳してくれた事にお礼を忘れずに。それと、2人には反省文の提出を命じる。日を跨ぐまでに私が読み終わる様に提出。原稿用紙30枚ね」
「「はいっ!!」」
そう言った提督に敬礼した憲兵2人は、走ってどっかに行ってしまった。多分、反省文を書きに行ったのだろう。
一息吐いた提督は俺に話しかける。
「初日には抜けないだろうけど、なんとかしてね? 私もいちいちこうやって来るのも嫌だから」
「分かりました」
「あー、それと敬語は無し。普通に話してくれていいよ?」
「……分かった」
そう言った提督は笑っていた。
その後は、提督がお茶でもどうだと言って、執務室に行くことになった。今日来たばかりで、ふらふらしているのも落ち着かないので有り難い。
そう思い、俺は即答して付いて行くのであった。
一体、何ヶ月振りの投稿なんでしょうね(白目)
忘れていた訳ではありませんよ? ただ、本編の方に力を入れていまして……(言い訳)
取り合えず、新話は投稿しましたので、問題なしと言うことにしておいてくださいお願いします(ドゲザ)
そして、内容は金剛君譲りのぶっ飛んだ内容ですはい。本編と雲泥の差がありますね。こっちにはシリアスの欠片もない……気が……する(←憲兵の下りを思い返す)
ご意見ご感想お待ちしています。 ちなみに、次話は未定です!(オイ)