大和型戦艦 一番艦 大和 推して参るっ!   作:しゅーがく

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第50話  準備

 

 ボケーッといつものように私室でお茶を飲みながら本を読んでいた。いつもと変わらない。近くにヲ級が居て、護衛の誰かが居て、外は騒がしい。

そんな日が続くと思っていた。だが、そんなことはあり得ない。何故なら"この世界"は戦争をしていて、今日もどこかで"死人"が出ている。大概は海で果てる者たちばかりだ。

 

「ふぁーぁ」

 

 口を大きく開けてあくびをして、少し背を伸ばす。この時の俺は、あることを忘れていた。完全に忘れていた。

もう綺麗さっぱり。まぁ今までに霞の件やらストーカーのことやらで考えている暇もなかったし、そもそもゆきにその日のうちに報告しなかった俺が悪い訳だが……。

 湯呑の中身が空になったので、そのまま俺は床にゴロンと転がる床と言っても畳なので、頭が着地した瞬間に藺草の香りが鼻にスッと入ってきた。

いつ匂ってもいい匂いだ。どこかの上質な畳なんだろうか。俺がここに入るように言われた時には既にあったから分からない。武蔵やゆきに聞けば分かるだろうか。

 

「完っ全に忘れてたァァァ!!!」

 

「うぉ!? なんだ?!」

 

 瞼がだんだんと重くなっていくのを感じていると、突然俺の私室に武蔵が入ってきた。叫びながら。若干キャラ崩壊している気がしなくもないが、それはいつものことだ。それは置いておいて、何を忘れていたのだろうか。俺のところに来て言うことだから、どうせしょうもないことだろう。俺関連のことだったならば、別に怒ることもないしな。そもそも俺がその件について知らなかったとしても、特に何があるという訳でもあるまい。

 だが、武蔵の様子を見ている限り、そういう感じでもないみたいだ。

ここまで狼狽えているのも初めて見た気がするし、そもそも冷や汗が尋常じゃない。とりあえず俺は武蔵にタオルを渡して一息。座るように促し、俺も寝転がっていたがすぐに起き上がった。

 

「んで? 何を忘れていたんだ?」

 

 そう切り出すと、武蔵は汗で若干眼鏡を曇らせながら神妙な表情で言った。

 

「この前の北方方面での一件を提督には報告しただろう?」

 

「そうだな」

 

 そういえば報告したな。ゆきに『ここに屑がいる!!』とか言われた気がするが……。

 

「それで終わったと思っていたんだ……」

 

 ブワッと冷や汗が出てきた。ヤバい。これは本当にヤバい奴だ。

 

「北方棲姫たちには報告に行ってないぞ」

 

 ヤベー、マジでヤベー。

 一抹の静寂の後、俺と武蔵は顔を見合わせて『どうしよう』と言い合うのであった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 数分間フリーズしていたが、すぐに俺と武蔵は再起動。話を聞いていた護衛の1人、浜風が出てきて武蔵の横に座った。

どうやら話があるみたいだ。

 

「その件に関して、すぐに報告に行くことを提案します」

 

「それは分かっている」

 

 それは分かっているのだ。だがそこからが問題なのだ。北方棲姫に報告に行き、その後はどうする。彼女たちまるっとここに来るつもりでいるのだ。そんなことをすれば、ヲ級やタ級たちを隠すことは出来ても、もう定員オーバーどころの騒ぎじゃなくなる。呉第二一号鎮守府の艦娘よりも明らかに人数が超えてしまう。そればかりか、収まるかも定かではない。

 

「あいつらはそのままここに居座るつもりなんだぞ? 何も準備しないまま行くのは愚行だ」

 

「同意見だ。提督に報告し、対策を考えないどうしようもないところが多すぎる」

 

 俺と武蔵は浜風の案を却下する。考え無しに行動するのは問題なのだ。ならばどうするのか。

もう1人出てきた。今度は霞だ。

 

「上の人間に対策を考えてもらうことに関しては同意するわ。だけど、どうするの? 司令官に話しても、どこまでできるかなんてたかが知れてるわ」

 

 言い草が酷いが、だいたいはその通りなのだ。いくらゆきに言っても、恐らく出来ることに限度があり、それも北方棲姫をどうにかするに至るまでにはならない。

 ……待てよ。ゆきでどうにかならないのなら……。

他に手を俺は思いついた。

 

「一度ゆきに話を持ち掛けた後、別の人のところに行こう」

 

「どういうことだ?」

 

「あの人ならどうにかしてくれるかもしれない」

 

 武蔵と浜風、霞が首を傾げる。誰だか分からないのも無理ない。接点はこの鎮守府の中では、俺とゆきくらいしかないのだ。

 

「都築提督だ」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 最初に俺と武蔵はゆきのところに来ていた。武蔵はそもそも秘書艦なんだから戻ってきたという方が正しいが、今それは置いておこう。

 ゆきがそれとなく真面目に執務を片付けるようになって、毎日毎日書類との格闘しかしていなかった執務室も、俺が来た時にはかなり落ち着いていた。どうやら武蔵は、今日までに消印しないと不味い書類を纏めて提出し終わった後で俺の部屋に来たみたいだな。

 定位置で呑気にコーヒーを啜っているゆきに、俺と武蔵は詰め寄っていく。それに驚いたゆきは何かを察したのか、残っていたコーヒーを一気飲みしてカップを置いた。

 

「武蔵と大和が揃って、私のところに来るなんて……何かあったの?」

 

 ニコニコとしているが、恐らく直感的に俺たちが切り出す話のことは察しているかもしれない。

 

「少し前にあった北方海域での件なんだが、俺たちの方では話はまとまっただろう?」

 

「そうだねぇ。確かに報告は受けたけど、どうするのかまでは決めてなかったね~」

 

 気の抜けた話し方で、ゆきは話を進める。

 

「しかも北方棲姫は近くまで来ていて、報告もしていなかったと」

 

「つまりはそういうことだ」

 

 椅子に浅く座り、うーんと唸って考え始めたゆきは目を閉じた。そして数秒後、ゆきは目を開く。

 

「鎮守府に呼び込むと、恐らく上層部にも他の憲兵にも隠せなくなるのは分かるよね?」

 

「勿論」

 

「……仕方ないなぁ。ここは大和が作ってくれた"貸"を使うしかないかもね」

 

 一瞬、ゆきが何を言っているのか分からなかった。だが、それが何を意味しているのかは分かる。さっきまで俺が考えていたことで、武蔵にも唯一の方法として提示したものだったからだ。

 

「とりあえず大和は北方棲姫を探しに行って、報告してきてよ。今日の執務はもう終わってるから、今から私は都築少将に話してみる」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ゆきが冷静な対応をしていたことに驚きつつ、俺は執務室から私室へと戻っていっていた。

 あれから数日は経っているので、恐らく北方棲姫たちの民族大移動張りの深海棲艦大移動は既に完了している可能性が高い。防衛網を掻い潜って四国付近まで接近、無人島に上陸している可能性はおおいにある。それを探すのは骨が折れるが、探さなければ話が進まない。

 私室の扉を開き、先ずは何をするのかを確認する。

ゆきからは『今から探しに行って報告』と言われているので、一言言って艦隊編成をして出撃することは出来るはずだ。とりあえず、俺が出来ることはそれくらいだろう。

 

「おかえりなさいませ」

 

「あぁ。……ヲ級」

 

「はい?」

 

「護衛は今誰が?」

 

 俺の私室に居座っているヲ級に、そんな風に話しかける。今居る護衛は誰か、と。

 

「朝霜が居ます」

 

「他にはいないのか」

 

「はい。雪風さんは今日はまだ来ていませんし、出撃予定もなかったと思いますけど」

 

 少し考え、俺はあることを思いつく。

朝霜は絶対だとして、雪風は後で探して誘えば良い。他の3人をどうするかなんて、もうあの人らの中から選ぶしかないだろうな。俺はニヤッと笑いそうになるのを我慢し、ヲ級に今起きていることの顛末を伝えることにした。

 そもそも武蔵が俺にそのことを伝えた時にも傍にいた上に、事件の全貌は俺から聞いているヲ級からしてみれば今更なものでもあった。

だが、ヲ級は関係者の口から出てくる言葉を聞いて咀嚼して理解をする。

 

「大事のように見えて大事ではない案件だと思いますよ。ですが、その後が大事になりますよね。どこに居てもらうかなんて、貸を使ってもどうにかなるとは思えませんが」

 

「打てる手を打っておく、という意味でゆきも行動を開始している」

 

 いつになく真剣な表情をしているヲ級に、俺は態度は崩さずに話を続けた。

 

「ま、ヲ級には現状を伝えただけだ。それに気になることも、この件で出てきた。そっちの情報はぶっちゃけどうでもいいから後回しにする」

 

 この話をしている最中、俺はあることを思い出していた。それはタ級たちの件だ。確か連行してきてからも、艤装が保管されている個体が居る。イ・ハ級だ。現在は単独で深海棲艦のさらなる情報を集めるべく、深海棲艦のある程度大きな基地に潜入中らしい。詳しくは知らないが、ゆきが報酬に俺を引き合いに出したらすぐに乗ったとのこと。想像通りな上、俺も慣れてきているためか、あまり驚いていない。

 

「てな訳で、すぐに艦隊を編成して北方棲姫を探しに行く。留守番は頼んだ」

 

「え? あ、行ってらっしゃいませ」

 

 俺はすぐに立ち上がり、艦隊編成に入れようと思っている艦娘を探しに私室を出て行くことにした。

出て行ってからすぐに、ヲ級が後から追いかけてきたのは言うまでもないだろう。さっきは武蔵が居たから来なかったが、今は俺だけだ。ヲ級も仕事を思い出して追いかけてきたんだろうな。

 まもなくして、北方棲姫を探しに行くための艦隊編成が完了する。

予定していた初霜は追いかけてきたヲ級と共に合流し、要件を知っているので説明省略すぐに同行することを承認した。雪風も案外すぐに見つかり、話をするとついて行くと言ったので3人は確保。その後、足柄と夕立を強引に加えてから近くを通りかかった加賀に声を掛けて6人編成が完了した。

 出撃は昼になり、ゆきには簡易的に出撃する旨を伝えて即出撃。近海の無人島を回る任務に俺たちは出発するのだった。

 

「はぁ……また面倒ごとに巻き込まれたわ」

 

 そんな足柄のつぶやきが聞こえていた俺は心の中で手を合わせて拝むのだった。

なんだかんだ言って付いて来てくれた足柄に感謝。

 





 前回の投稿から1ヵ月ほど経っていますが、大丈夫です。生きてます。

 ということで、久々に投稿します。
今回を節目に、物語を更に前進させていきますのでご覚悟を!!
とはいうものの、そうでもないのが本作ですよね。シリアスな展開かと思いきや、ギャグオチだったりしますし。というかずっとそんな感じですからね。

 ご意見ご感想お待ちしています。

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