出撃以外で外出をしなくなった俺のことを心配した矢矧らが俺の私室を訪れた。事の顛末全ては知らないものの、割と近くにいることの多かった彼女たちは、ある程度事情を知っている。
並んで座る矢矧たちは、お茶を用意して戻って来た俺を見てもなかなか口を開こうとはしなかった。
「どうしたんだよ、雁首揃えて」
「あ、いや……その……」
「そういえば全員揃ってるみたいだけど、出撃とかないのか??」
「……たまたまなかったの。軽巡も駆逐艦も人数いるからね」
「そっか」
無言が数秒続くと、正座から立ち膝になって机を挟んで反対側にいた霞が身を乗り出してきた。その表情はいつものような勝ち気で自信気なものではなく、どこか心が下向きになっていような。
「大和、貴方……
「霞……俺は別に気にしてないぞ」
気にしてないは嘘になるが、出先で巻き込まれる奴のことを考えて出てないだけなのだ。来てはないが、雪風だってここ最近遊んでないし会ってすらない。砲撃されて以来、絶対巻き込まれると思って距離を置いているのだ。それは浜風と磯風にも伝えてあるし、本人にも言ってある。しかしそれが堪えないかと聞かれれば、そんな訳がないだろうと。
そもそもコロラドがあそこまで攻撃的になっている理由が分からないのだ。この世界の異常性に慣れた気はするのだが、それ以上にコロラドの攻撃性に疑問を持つ。
「……全く。彼女に理由を聞き出そうにも、欧米艦とつるんでなければ居場所が分からないから、私たちも接触し辛いのよ。大和が何かしたとは思えないけど……。そういえば、この前埠頭であった事故って」
当時のことを俺は思い出す。
※※※
埠頭で起きた事故。北方海域から帰って来てすぐ、雪風と岸壁で釣りをしている時に起きたものだ。ボケーっと俺と雪風、浜風で釣りをしていると、北方海域でレベリングをしていたコロラドら第二艦隊が帰還。丁度、埠頭の横を通る時に起こったのだ。
それまでの間にも度々襲撃は受けていたので、雪風もコロラドのことは認知していた。新入りであり、レベリング中であることは知っていた。その上、俺が度々襲撃を受けているのも目前で目撃することもあった。しかし、雪風自身はコロラドと話したこともあり、普通の艦娘だということは分かっていたらしい。
『ヤマトじゃない。こんなところで黄昏れて、駆逐艦に付き添われるなんて滑稽ね』
『黄昏れてるように見えるか?? どう見ても釣りしてるだろうが』
『ま、そんなことはどうでもいいんだけどね。そろそろ私のビッグ7としての力に畏敬し、震えるといいわ』
『あーはいはいすごいすごい』
『貴方ねぇ……』
適当にあしらうことを覚えた俺は、コロラドのつっかかりも受け流していたんだが、この時に事件は起こった。
『ふ、ふふん。貴方、よくこの駆逐艦と遊んでいるようじゃない』
『それがどうかしたか??』
第二艦隊の連中がコロラドを引き止めようとするが、上手く行くことはなかった。小さい躰で器用に伸ばされた手を交わし、言葉は無視していた。
『なんだか犯罪のニオイがするわね。古今東西、今も昔も女性が多かったから表面に出てこなかっただけで、男性による犯罪もあったわ。あら、ここに艦娘限定の小児性愛者がいるわね』
うん?? 何言ってるの、この戦艦。隣で釣りをしている雪風も目が点になっている。というか、コロラドの言っていることが分かるのだろうか。というか知っているのか?? リアクション見る限り知らないようだな。
『何言ってんだ……』
『言い逃れは出来ないわよ。正義の名の下に裁きを受けるがいいわ!!』
『ちょ、おまッ?!?!』
突然駆動し始めたコロラドの艤装は、主砲が俺を目標に指向し始めた。しかしどうだ。コロラドの様子がおかしい。
『え? ちょ、待って!! 何で?!?!』
『待て待て待て待てッ!!』
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!』
砲撃が繰り出され、座っていた近くの岸壁に着弾。砂煙が晴れる頃には、鎮守府内での爆発ということもあってか、近くの艦娘や憲兵がやってきた。しかし、どう見ても事故だ。それは撃たれた俺からしてもそうだし、近くにいた第二艦隊の連中も証言した。
この事故の調査は当事者と目撃者のみの事情聴取と、コロラドの艤装検査等が行われることとなった。
当事者は俺とコロラド、雪風。目撃者は当時の第二艦隊所属の艦娘たち。トントンと処理が進み、第二艦隊とコロラド、俺の証言で事故であると処理されるのかと思われた。
事情聴取で雪風があることを言った。それはコロラドの発言だった。
北方海域からの帰還中、岸壁で釣りをしていた俺と雪風を発見したコロラドはそのまま接触を図った。俺と雪風は岸壁に座り、コロラドは艤装によって海上に浮いている状況だ。その状況下でコロラドが俺に対する攻撃的な発言をしていたことを指摘した。それが本人がどのような意図で言ったにしろ、俺とコロラドでしか分からないやり取りを聞いていた雪風は、コロラドが俺に対して攻撃の意思とも取れることを口にしていた、と証言したのだ。
雪風の証言によって事故で処理されそうになっていたものが、一度事件としての捜査も始められたのだ。
これらのことがあり、周囲の艦娘や憲兵が過剰反応を起こした。日頃から何かしらの難癖を聞かされている俺と、俺を見ればすぐにそのような発言を繰り返すコロラド。俺たちを引き離さんとする動きが、すぐに始まった。大和と武蔵は顕著で、出歩く際にはどちらが付くようになってしまった。しかめっ面でいるもんだから、怖がる艦娘たちが続出。憲兵たちの警備が強化され、巡回のペースが早くなったり等も起きた。
周りがうるさくなったことで、俺は次第に部屋から出ていかなくなってしまった、という訳だった。
※※※
このような状況でも、軍上層部から任を受けて護衛に就いている矢矧たちの視点だと、少し違って見えていたのかもしれない。こうして、俺の目の前に全員が揃ってコロラドを非難するようなことを言わないことからしてもそうだ。
俺は少し考え、矢矧たちに説明を始めた。
「あれは事故だ」
「提督や事件担当者は事件の可能性がある、って」
「事故だ」
聞き返してきた矢矧に、俺は繰り返して伝える。
「確かにコロラドは、俺の顔を見るなり悪口を吐きまくる奴だ。それは皆も覚えがあるだろう」
「そうね。ここに集まっている護衛の皆は、誰しもが見聞きしてるわ」
「あぁ。確かに皆にとって、コロラドの行動は異常だろう」
コロラドの行動は異常なのだ。俺からすれば、異常ではないと思える。流石に顔を合わす度に悪口を言うような人はいなかったが。それでも、"この世界"のことを加味したら異常の一言に尽きる。
男性が極端に少ない世界。深海棲艦との戦争理由は男性の取り合い。種の生存闘争の真っ只中。政府の保護下に置かれ、その上人数も国家人口の数%以下とも言われている相手に対し、"この世界"の住民ならばそのような対応をすることが異常も異常なのだ。しかし、俺も小さい世界に生きているため、もしかしたらもっと普通に接するような女性もいるかもしれないし、男性は不要だと訴える女性もまたいるかもしれない。
艦娘という集団からみれば、その例外すらもいる可能性がある。そもそも艦娘ってどうやって建造されているのか、俺には分かっていないからな。しかし、この世界の道徳と常識が刷り込まれているというのなら、まずないのかもしれない。
「だが、あの事故の時、俺は見ていた」
「……見ていた??」
「そうだ。いつものように得意気に俺のことを貶しているコロラドは、殺意なんて放ってなかった。確かに雪風が証言したような、攻撃的な発言はしていた。その場で攻撃を連想するような発言もしていた」
「ならどうして??」
「あの時、コロラドの艤装は待機状態だった。そりゃそうだ。深海棲艦が接近している訳でも、敵性艦隊と接触している訳でも、演習中でもない。ただの帰還途中だった。敵もいない穏やかな海だ。そんな中、今にも攻撃が開始できるような安全装置が解除された艤装で、非武装の味方に接触するなんて、まるで近海で戦闘が起きていなければ起こりえない状況」
そう。あの時、近付いて何時ものように煽ってきたコロラドの艤装は待機状態だったのだ。おそらく提督や捜査関係者からも知らされていない情報を聞いた皆に、少し動揺が走る。そして、磯風が呟くように言った。
「ならば、コロラドの艤装が誤作動を起こした、と?」
「当時、突如戦闘状態に入った艤装と安全装置が解除されたことに気付いたコロラドが、大慌てで艤装を止めようとしていた。そして誤射直後に、コロラドは抵抗することなく第二艦隊に取り押さえられた」
浜風は細くしなやかな人差し指を顎に当て、これまでのことを踏まえて雪風の証言について口に出した。
「では雪風の証言は……」
「いつもの暴言。きっと雪風は、その時あったことを包み隠さず言っただけに過ぎない筈だ。それにきっと雪風も報告していると思うぞ。俺と同じように、コロラドに殺意はなく、艤装の誤作動が原因だったのではないか、と」
コロラドと俺が中心にある事故で起きたことは、俺が話したことで以上なのだ。しかし、鎮守府内には根も葉もない噂が飛び交っている。
コロラドが俺と顔を合わせる度に暴言を吐き、貶していたことは周知の事実だったのだ。それに、関係者にしか分からないことを公表していない現状、コロラドへの風当たりが強くなってきている。
こうやって引き篭もる原因の第一に、コロラドの風当たりがあったのだ。俺が出歩いてコロラドと接触した場合、確実に彼女は憎まれ口を叩く。それを俺は適当に流す。当人たちはそれだけなのだ。しかし、周囲はどうだろう。誤射の件がはっきり公表されていない以上、憶測が飛び交うのは当然。深くを知らない当事者や関係者以外は、コロラドを非難するのだ。それは俺も目の前で見ているし、止めもした。
「浜風の考え通りだ。雪風も同様の証言をしている。しかし、艤装の検査が済むまでは保留なんだよ。事件性の有無は、それからでなくてはハッキリしない。俺たちが事件だと言い張っても、周囲がそれを許さなかったんだ」
「……」
皆が俯いてしまった。俺は少し長く息を吐き、立ち上がった。そのまま冷蔵庫に向かい、皆の分の飲み物を出しに向かった。
この時、俺は知らなかった。コロラドへの風当たりが強くなるのを恐れて引き籠もってはいるが、それが逆効果を生んでいることに。
この話を終わらせるまでは、数ヶ月やらのスパンを空けるつもりはありません。なので、それまではお付き合いください。
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