偵察に赴くベアトリーチェだったが……!?
異世界グランズニールは、人の足でも三日程度で一周見て回れる程度の海に浮かぶ小さな島だ。気候も穏やかで時間もゆったりと流れるような感覚に陥るほど平穏。
ただし、【ブレイクニュース】という存在さえいなければ。
「【亜人】からの【クエスト】って言われてもなぁ」
Lv.99でカンストした銀髪真紅の【剣聖女】ベアトリーチェは、愚痴を零しながら平原を歩いていた。普段から付き合いのある【白魔女】の乳牛メガネや断崖絶壁(笑)な【殴僧侶】と【パーティ】を組んでいる訳ではなく、【ソロ】での活動だった。
「東海岸の港に新種の【ブレイクニュース】がやって来てずーっと居着いてるから追い払ってくれって……そんな無茶苦茶な」
グランズニールに元々いた住人達【亜人】。彼らは自分達で解決できない案件をたまに人間達へ依頼する事がある。それが【クエスト】だ。
「まったく、宿屋街の奴らはみんな怖気づいてちゃって。私だってそうしたかったのに、名が知られていると白羽の矢を当てられて溜まったもんじゃないよ」
偵察してくるだけだから、と渋々と了解したのはいいが、実際に東海岸に着いた途端早くも後悔した。
「これが噂の新種の【ブレイクニュース】……【ベルトコンベア】か」
噂の【ブレイクニュース】はベアトリーチェの一キロ程先にあった。
豆腐のような形をした灰色の直方体で、大きさは縦500メートルで横300メートル、高さは200メートルくらいだろうか。そんな匣状の上面から巨大なストローのような円筒が伸びている。直方体の下部にはパイプのような管が二本伸びており、一方は海水を吸い上げる人間の口のようにも見え、もう一方は排泄物を垂れ流す肛門にも見えた。
「うっわ、島の原型がないじゃん」
【ベルトコンベア】がごきゅごきゅと大音量を響かせながら海水を飲み、ジャバジャバと汚水を吐き出している。おかげで海は黒く濁り、海面には魚の死骸がプカプカと浮かんでいた。
直方体の身体の体内ではガチャコン!と何やら部品を組み立てるような騒音が響き、その度に匣状上面の巨大なストローから黒煙がもくもくと空へ立ち上っている。
「これ生物っていうより、魂を手に入れちゃった『工場』みたいだなあ」
【ブレイクニュース】は魂を持った逆説と称される個体群。ある環境で生まれた一個体でありながら、その環境を生み出すほどに成長する。
そんな例に漏れず、【ベルトコンベア】を中心に、半径数キロは既に死の汚染地帯と化していた。上空からパラパラと降る小雨は透明ではなく黒く濁り、その酸性雨の影響で草原だったはずの大地は見渡す限りの荒野と化している。
「……確かにこれは放っておいたらまずいな」
一度戻って作戦会議をしようかとも思ったが、見たところ自分の意思を持っていないタイプの【ブレイクニュース】に思える。接近していても敵意を感じない。非生物型【ブレイクニュース】に特有の、こちらが何もしなければ害を向けてこないタイプの気がする。
ゆっくりと【ベルトコンベア】に近寄ると、直方体の側面の一部にシャッターのような開閉口があった。シャッターの横にはレバーまである。
「敵意はなさそうだし、大丈夫かな?えい」
レバーを引くと、ギギギギと金属の擦れる爪がぞわぞわするような音を響かせながら、【ベルトコンベア】の体内に通じる入口が空いた。
【照明魔法】を発動してアホ毛を点灯させながら、一歩体内に踏み出した時だった。
ガシャン!!と、先ほどまでとは打って変わり、シャッターが勢い良く降ろされた。
「閉じ込められた…!?」
慌ててシャッターをぶち破ろうとしたベアトリーチェだったが、背後から無数の足音が聞こえた。
振り返ったその先にはいたのは―――――
「ベアトリーチェが帰って来ない」
体長4メートル弱の巨体を持つ【イベリコオーク】のぶーぶーは、ベアトリーチェのために用意した夕飯(全て生肉)を我慢しながら寂しそうな顔をしていた。
そんなぶーぶーの前に、掌サイズの小さな妖精、ストリオーナがやって来た。
「なんじゃ、まだ飯を食っておらんかったのか」
「ベアトリーチェと夕飯食べる約束してたのに、来ないの」
「ん?さっきまでわしは宿屋街におったが、あやつなら東海岸の【ブレイクニュース】を退治に出かけたぞ」
「ん?じゃあ、ベアトリーチェは戦っている最中ってこと?」
「人間最強クラスとはいえ、わしも把握してない新種らしいからのぅ。もしかしたら捕えられて食べられておるかもな」
「…………ッッ!?」
「まぁあんな小娘などどうでもいいわ。飯にしよう、ぶーぶー」
「いや、ストリオーナは先に食べてていいよ」
「食べんのか?」
「うん、ベアトリーチェを助けに行かなくちゃ」
ストリオーナを肩に乗せ、彼女の言葉に従いぶーぶーが東海岸にやって来ると、【ベルトコンベア】の異様はすぐに分かった。
何しろ大きく、そして島が汚染されて風景が別世界のようだった。
「ぼくはぶーぶー。ねえ、【ベルトコンベア】。ちょっと聞きたい事があるの」
ぶーぶーが【ベルトコンベア】へ50メートルぐらいの距離に近づいた時だった。
【ベルトコンベア】の入り口のシャッターが開き、中から物陰が飛び出してきた。
反射的にぶーぶーは腰のベルトに提げている【兵輝】を引っ掴む。
向かい来る者の正体は鎧の甲冑を纏った騎士だった。数にして6体。1メートルほどの鉈のようにも見える刃物を握りしめ、盾も持たずに両手で振りかぶって突撃して来る。ぶーぶーを取り囲むように全方位に散らばろうとする動きだった。
だが、甘い。
巨大な丸太、あるいは鉄骨のように太い金属塊を片手で振り回すぶーぶーにとって、一薙ぎで突破できる陣形を包囲網とは呼ばなかった。
工夫なんてなく、ただその剛腕で叩き潰す。その場で一回転するように【兵輝】を振り回すと、鎧騎士が粉々に砕け散りながら残骸となって吹き飛ばされる。
鎧の中は空っぽで、ただ歯車が散っていく。
「?」
「これは人間じゃない……魂のない【ギミック】じゃ!!」
ぶーぶーには馴染みがなかったが、自身も【ブレイクニュース】の一角であるストリオーナはすぐに勘づいた。
「【ギミック】は【迷宮】内部に発生するモンスター。本来ならば地上にはおらん。恐らくだが、【ベルトコンベア】は自身の体内で【ギミック】を生産できるやつなんだろう」
「そんな事より、ベアトリーチェについて聞かなきゃ」
そう言ってぶーぶーが【ベルトコンベア】に再び視線を移した。その視界の奥に、シャッターの内部、つまり【ベルトコンベア】の体内が見えた。
「―――――ベアトリーチェ!?」
【ベルトコンベア】の体内に、ベアトリーチェが監禁されていた。気を失った彼女の全身に注射針のようなものが無数に突き刺さっており、伸びるチューブは点滴のパックではなくスパコンのような巨大な演算機器だった。
残念ながらぶーぶーにそういった知識はなかったが、【ベルトコンベア】の動きで全てを察する。
シャッターの内部から、新たな【ギミック】が現れたのだ。
「……そう。ベアトリーチェを誘拐してるんだね。放してくれないんだ」
「おそらく動力源にしておるのじゃろう。我らグランズニールの住人に【魔法】は使えぬ。じゃが、【精神力】を吸い取ってオカルト的なパワーを高める事はできる。例えば、【ギミック】を強化したり、などな」
ぶーぶーは【ベルトコンベア】を睨み返す。自分の意思を持たないタイプの種族かと思ったが、違う。なまじ野生の直感に優れるぶーぶーだからこそ、明確な敵意を感じ取った。
この女は俺の餌だ、とっとと帰れ。でなければ殺すぞ、と。
「――――ちょっと、怒るよ」
ぶーぶーを纏う雰囲気が変わった。平熱から一瞬で沸騰する。牙を剥きだし、口角を釣り上げ、全身の筋肉をミシミシと張って自慢の【兵輝】を構える。
対する【ベルトコンベア】も、次の一手は歩兵ではなかった。
鋼の巨躯に、無数の車輪。大砲のような筒が鼻のように伸びる不恰好な容姿。
ぶーぶーは知らなかったが、それは車体表面に爆発反応装甲を施された第三世代戦車であった。
数にして5機。一斉砲撃がぶーぶーを襲った。
120mmの滑腔砲が火を噴いた。
咄嗟に【兵輝】ではたき落そうとしたぶーぶーだったが、砲弾に触れた瞬間に爆発に呑まれた。
滑腔砲から発射されたのは感圧式の榴弾だ。防御は不能、回避するしかない。
直撃を受けながらも咄嗟に後方へ転がって勢いを殺し、荒い呼吸をしながら体勢を立て直す。
しかし、一歩踏み出そうとしたその瞬間、カチッと何かを踏んだ音がした。
「――――阿呆!!無闇に――――」
ストリオーナの声は間に合わなかった。
地面から右足を上げた直後、大地から爆炎という名の間欠泉が噴き上がった。
直撃だった。
全長4メートル弱はあるぶーぶーの巨体が空中に打ち上げられる。そのままひっくり返って地面に激突する。だが、転がった先にも地雷はあった。爆発が七回、八回とドミノのように連鎖し、ぶーぶーが吹き飛ばされていく。
ぶーぶーには知る由もなかったが、それは地雷と呼ばれる感圧式の爆弾だった。どれもこれも未知。全てが初見殺しのフィールドだった。
「う、ぐぅぅぅぅ……」
頑丈な身体を持つ【イベリコオーク】と言えど重症だった。皮膚が焼き焦げ毛皮が剥がれ落ちたせいで、柔らかい肉が丸出しになっている。
あれだけの爆風を喰らい五体満足にいられるのは流石と言えたが、しかし右足首の関節が外れてあらぬ方向を向いていた。片足ではもう走る事すらままならない。
「これは【トラップ】じゃ!!おそらく人間の元いた世界で使われる兵器、スマート地雷とかいうやつじゃ……だが、おかしい。【トラップ】も【迷宮】内部に存在するはず。どうして地上にあるんじゃ!?」
「ぶーぶーに言われても分からない」
戦車は容赦しない。5機全てが次弾の装填を終え、再び射撃姿勢に入る。
「まずいぞ。地雷原上で一斉砲撃……わしの【赤き狂熱の砂嵐】も、非生物の【ギミック】には効果はない。助けてやれん!!」
「大丈夫。地面から風が吹くのなら、利用しちゃおう」
ぶーぶーは【兵輝】を地面に置き、スケボーに乗るような要領で地面を蹴って滑った。すぐに地雷を踏み抜いて、爆炎が噴き上がる。
「いくよ」
その爆風を巨大な【兵輝】で押し付けて、まるで波に乗るサーフィンのようにぶーぶーが空を舞った。
戦車の一斉砲撃を、空へ跳んで回避する。着地と同時、再び地雷を踏んで空へ舞い上がる。
ぴょんぴょんと地面を飛び跳ね、爆炎を纏いながらぶーぶーが戦車へ向けて接近する。ぶーぶーの肩に乗るストリオーナも上機嫌に叫ぶ。
「こりゃ面白い。こんな無茶苦茶な波に乗れる器用さなんて、桁外れの情報処理能力を持つお主でしか成立せんよ。波乗りなんて初めてじゃろうに、ベクトルの流し方から平衡感覚に至るまで完璧じゃ」
「ぶーぶーは馬鹿だから難しい話をされてもピンと来ない」
地雷原上を爆風で波乗りし、戦車の頭上にまで飛び跳ねたぶーぶーは、【兵輝】を上から振り下ろして戦車を串刺しにする。
「ん、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
戦車を【兵輝】に引っかけたまま、勢いよく振り回した。戦車をまとめて薙ぎ払い、砲塔をへし折り、上下をひっくり返して無力化する。
「さあ、【ベルトコンベア】。降参してベアトリーチェを返してくれるかな?」
ぶーぶーがギロリと灰色の直方体を睨みつける。
しかし【ベルトコンベア】の姿勢は変わらない。
次の瞬間、【ベルトコンベア】の頭上が真っ二つに割れた。開閉扉のようにパックリ空いた天井から、バタバタバタバタと何か空気を叩く音が響いて来た。
「?」
「これは……ヘリコプターというやつじゃ!!」
【ベルトコンベア】から、計12機もの鋼のトンボが飛び出した。機体側面のドアは開けっ放しであり、固定機関銃としてガトリング砲の銃口がこちらを覗いている。
高度20m近くを滞空し、ガトリング砲のシリンダーが唸りを上げて回転し始める。
「来るぞ!!」
ストリオーナから警告されたが、ぶーぶーには初見の敵なのでどう構えていいのかも分からない。
毎分4000発、それが12機。すなわち、1秒で800発。
直後、鋼の鉛色がぶーぶーの視界全てを染め上げた。
咄嗟に盾のように構えた【兵輝】が、ガリガリと音を立てて悲鳴を上げる。衝撃はもちろんの事だが、火花が散って熱を生み、じりじりと熱せられていく。このままでは火傷して思わず手を離してしまいかねない。
その上、右足を痛めた状態では踏ん張りがきかないため、ずるずるとその巨体が地面を滑る。地雷を踏み抜いたら終わりだ。
どうしようもなかった。そもそもぶーぶーは走れない。発射された弾丸を目で追う優れた動体視力を持ちながら、しかしそれを活かせないのならば意味はない。
幸いだったのは、後方に【ベルトコンベア】がいるため、全方位を囲まれなかった事だった。
「後ろ……?」
「振り返っとる暇はないぞ!早く対策を考えろ!」
「できる、かも」
ぶーぶーは【兵輝】の構える角度を変え、そのまま自分の体を前方へ潜り込ませた。
射線に対して垂直に【兵輝】を合わせる盾のような構えではなく、射線と【兵輝】の角度をほとんど合わせるような構えだった。
当然、そんな構え方では上手く力を入れられず、手首に余計な負荷がかかってしまう。
「何をしておる!!自滅する気か!?」
「……難しいなぁ」
ストリオーナの話を聞かず、ぶーぶーがその姿勢を続けている時だった。
ガキキキキキキキキキ!!という、けたたましい金属の衝突音が背後から響いた。
ストリオーナが振り返ると、【ベルトコンベア】の壁面が銃弾を浴びて傷ついていた。
いや、違った。
ぶーぶーが【兵輝】で弾いた跳弾が、物の見事に全て【ベルトコンベア】に直撃しているのだ。それも、勢いが死なないよう、できるだけ射角と反射角を抑えた上で。
全てを計算し、右からやって来た銃弾を左へ受け流す。
ガトリング砲の掃射の衝撃を受けた上で、顕微鏡レベルの微細な角度修正、そして常に上空を移動して様々な方向から発射される12機の軍用ヘリに、全て演算して対応してみせる。
「なるほどな。【ベルトコンベア】は【ブレイクニュース】だが移動する事できない新種。これでは自分の体を傷つけるだけだ」
「【ベルトコンベア】、早く辞めさせた方がいいよ。これ以上やったら、君の身体に穴が空いちゃうと思うけど」
【ベルトコンベア】の壁面が割れ、コンクリートの破片のようなものが地面に飛び散っていく。跳弾によって削り取られ、このままでは本当に穴が空いてしまうかもしれない。
ピタリ、と。
気が付けば、軍用ヘリの掃射が一斉に止んでいた。
「諦めて、ベアトリーチェを返してくれる気になった?」
返答はなかった。代わりに、ガチャリとシャッターが開いて、中から気を失ったベアトリーチェが戦車の上に乗せられてやって来た。
【ベルトコンベア】は無言で語る。
悪かった、手を引いてやる。だから許してくれ、と。
「今回はもう許してあげるけど、次にまた誰かを誘拐したりしたらぶーぶーは怒るからね」
そう言い捨て、ぶーぶーはベアトリーチェを背負い、片足を引きずりながら家へと帰っていった。
「あの後、私や【白魔女】や【殴僧侶】と色々と調べたんだけど、【ベルトコンベア】ってのは【迷宮】の時空間的な内部変化のバグで生じた存在らしいよ。【ケイブ76】っていうフロアが、【迷宮】の外に弾き出されたらしいの。地上へ丸出しになった【トラップ】と【ギミック】が誤作動を起こし始めて、それを保護するために創造され発生した異質の新種。それが【ベルトコンベア】らしいのよね」
「……ぶーぶーは馬鹿だから、難しい話はピンと来ない」
ともかく、とベアトリーチェは報告を進める。
「鶏が先か卵が先かと言う話があるけど、【ベルトコンベア】に限った場合、『子どもが現れたから、その面倒を見る親が創造された』と言えるのかもしれないね」
「ふーん。じゃあ、【ベルトコンベア】も生きるのに必死だったのかもしれないね」
「私を取り込んで【精神力】を吸っていたのも、オカルト的な存在の安定性に飢えていたのかもね……嫁入り前の身体だ!ってムカついてはいたけど、ちょっと可哀想な気もしてきてるの」
「うん、でも駄目だよ」
「え?」
「どんな理由があっても、誰かを困らせたりしちゃ駄目だよ。何があっても、『誰かを困らせてる』んだからさ」
「そうだね……」
「今度から、危ない事をする時はぶーぶーも呼んでね」
「うん」
そう言うと、ベアトリーチェはニヤニヤしながらぶーぶーの腹に顔を埋めた。
「ベアトリーチェ、くすぐったい」
「うりうり」
「やーめーてー!!」
「それそれそれー」
いちゃつく二人を遠くから眺め、【白魔女】と【殴僧侶】の二人は溜め息をつきながら小さく呟いた。
「これが普通の男の子相手だったら楽な恋路だったろうにねえ」
「色々とこじらせっちゃてますからねえ」
剣と魔法の異世界ファンタジーなのに魔法要素が全然ない二次創作を書いてしまいましたが、これも原作再現という事で大目に見て頂けると幸いでございますww