インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
シャルロットの練習相手は専らデータや物が相手であったが、ある日、実際の試合形式をしようと言われた。
特に反論する理由もなく、シャルロットはいつも通りに頷いた。
「相手はどなたですか?」
シャルロットの問い掛けに一つの影が見える。
「私よ」
デュノア社長の妻。
シャルルに怪我を負わせ、骨を折った本人。
「…………」
ぞわりと、心の中から黒い感情が溢れるのを、シャルロットは感じた。
専用の試合場。
広く設けられた場所で互いが既にISを纏った状態で飛ぶ。
シャルロットが発射口で準備をしていると、向こうから秘密回線が回ってきた。
『こんにちは、泥棒猫の娘さん。貴方を直接殴れるなんて良い機会だわ』
挑発のつもりか。或いは本音か。
別にどちらでも構わなかった。
「それは、こちらの台詞です」
……お母さんが死んだ後に、貴方がちゃんとデュノアを捕まえておけばこんなことにはならなかった。
貴方がいなければシャルルは骨を折ることも目を失うこともなかった。
社長も含め、敵だ。
貴方が、貴方さえ、貴方達が。
敵。
「許さない」
ブザーが鳴り、シャルロットが飛ぶ。
敵を倒す為に、その翼に憎しみを乗せて。
▽
シャルルはベッドに寝転がって新聞を読んでいた。
今の見張りは女性であり、椅子に座って足を組んでいる。生真面目な性格なのか、特に何をするわけでもなく、ただシャルルを静かに観察している。
シャルルはチラリと女性に目を向けて問う。
「……肩凝りません?」
シャルルの質問に
「いえ、特には」
素っ気ない返事で答えた。明らかに会話を続ける気がない雰囲気に、シャルルは肩を竦めて新聞へと戻る。
今日がISの入学式だそうで、男性操縦者の効果も相まって、割と大きな記事で書かれていた。
「ISを動かしたことってあります?」
「ある」
この質問には返答が来ないと思っていたので少々意外であったが、女性はあると答えた。
それは今もISを所持しており、武力を持ってお前を見張っていると言ってきてるのか。それとも、単なる質問への答えなのか。
「それは凄いですね。やっぱりデュノア社の商品でですか?」
「だとしたら何か問題?」
「いや、無いですけど……」
シャルルは苦笑いを浮かべるが、女性はやはりぶっきらぼうのままだ。
「…………」
女性はシャルルへの警戒心が強かった。
実はこの女性も家を燃やした日に運転手としてあの場に居た。シャルルの自らを殺そうとする狂気はこの目で見ている。あの時のシャルルと、今のシャルルが同一人物と言われても違和感を覚えているのが彼女だ。
この『シャルル』と、あの時の『彼』は本当に同じ人間なのか。
警戒心を隠す気もなく、女性はシャルルを見ている。
その視線に、シャルルは居心地悪そうに座り直した。
「実際にISを動かしてみてどうでした?」
この空気が嫌なのか、尚もシャルルは諦めずに尋ねてくる。
「聞いてどうするの?戦闘力や攻撃範囲とかなら……」
そんなこと聞いてもどうしようも無いだろうと、そう言おうとして、先にシャルルが首を振った。
「いえいえ、僕が聞いてるのはそういうことでは無いですよ」
「?」
「空を飛ぶって、どんな気持ちですか?」
純粋な質問。
空を飛んで楽しかったのか。
どんな気持ちだったのか。
それを、シャルルは問い掛けた。
だが、それこそ。
「……それこそ、そんなの聞いてどうするの」
聞いた所で男であるシャルルが乗れるわけでも無い。羨ましいと思おうと思わないだろうと、その結果に変化は無い。
「僕は別にスポーツとか、戦闘とか、試合だとか、そんなISには興味ないんです。そりゃあ、多少は羨ましいですけど、僕が乗れなくても別に良いんですよ」
羽ばたけるのなら。
自由に空を駆け巡り。
何ものにも縛られない場所へ。
「だって」
だって、アレは。
「ISは女の子を羽ばたかせる物でしょう」
シャルルの断言。
確信を持った発言。
しかし、それに女性は眉を潜める。
そんな事は聞いた事がない。確かに女性にしか操れない物であるが、ISの開発者である篠ノ之束も、そんな事を言った記述はないのだ。
白騎士事件という、どう見ても兵器として応用出来る使い方の発表。そしてコアを467個生成しての逃亡。
宇宙へ進出できるマルチフォームとは銘打っていたが、誰も女の子を羽ばたかせるなど、そんな夢見がちなことを言ったこともなければ聞いたこともない。
「どこでそんなことを聞いたか知らないけど、そんな子供みたいな理由なんてないでしょう」
女性の返答に、シャルルは目を瞬かせた。
そうなのかと、本気で信じられていないような顔だ。女性も彼が本気で言っていたのが分かり、故に女性も少し混乱した。
「……あれ?いや、そうですか。どっかで聞いた気がするんだけどな……」
はて、と頭を捻るシャルル。
演技でもない様子に女性は小さく溜息を吐いた。
「少なくとも、世間では既にISをスポーツとして使っているし、軍でも兵器として使われている。それが現実よ」
「そうなんですよね」
それが残念だと、息を吐く。
「せめて、シャルロットには普通に空を飛ぶ楽しさを感じて欲しいものです」
誰かと試合とか、戦う道具とか、そんなことではなく。
ISを使って、純粋に空を飛ぶ楽しさを知って欲しかった。
▽
シャルロットが飛ぶ。
剣銃弾の嵐を掻い潜り、相手のデュノア夫人とぶつかり合う。
ISには絶対防御という物が存在する。どんなことをしても命の保証はされている。
故に全力でぶつかり会えるのだが、その試合が試験運転とは思えぬ程に鬼気迫るものとなっているのは、互いの感情が抑え切れていない証拠だろう。
IS経験では圧倒的に夫人が有利だ。
その為、夫人はこの生意気な女を潰そうと、そう考えていた。
自分から夫を奪った女の娘。
今もなお、彼は自分を見てくれない。どれだけ従順でも、どれだけ尽くしても、彼は自分に振り向かない。
何故、何故、何故。
妬ましい。まだ彼の感情は別の所にある。それはどれに向けられている。それを潰してやる。そうすれば、彼は私だけを見てくれる。
歪んだ感情は歪んだ思想を生む。
一度それを魅入られてしまえば抜け出すのは困難だ。
だから、夫人は戦った。
まず、この盗人の娘を葬る為に。
精神までグチャグチャにしてしまおうと、そう考えて。
「…………!」
なのに、押されている。
まだIS経験が幼いシャルロットに押されている。
何故。
そして彼女は、シャルロットの瞳の奥にある暗い炎を見た。
私は撃つ。
銃を展開して撃ち続ける。
遠慮はいらない。考慮は知らない。
ただ目の前の敵を倒す為に。
それだけに全力を尽くす。
「…………っ」
冷静に、冷静に。
あの時のシャルルのように。
どんな状況でも思考を回せ。思考を止めるな。視界に囚われ過ぎるな。
こいつはシャルルを攻撃した。
シャルルを傷付けた。
このISさえなければ、私たちは逃げだせたのかもしれないのに。
コレさえ、いなければ。
最初は夫人が優勢だった。
しかし、途中から逆転し始める。恐ろしいほどの吸収速度と応用。それは周囲を圧倒するほどに、鋭く、素早く、冷たく。
「……っ」
夫人の持つ銃が、カチリと音だけを立てた。
弾切れ。
致命的な隙。
私の一撃が、夫人を地面へ突き落とした。
練習場にブザーが鳴り響く。勝者にデュノアの文字が映し出された。
「…………」
周りが何かを言っている。だが、私の耳には何も届いていない。
暗い気持ちで、黒い思考が頭を巡る。
今この場で、この夫人を人質に取ればどうなるか。
貴重なISと妻の命だ。デュノア社長も何かしらのアクションを起こす筈である。
今の自分になら、ISを身に纏う自分なら、それが可能だと判断した。そう、これを身につけている限り、暴力による報復が可能なのだ。
私は静かに地面に降り立つ。ISを展開したまま夫人の元へ歩み寄って行く。一歩一歩進んで行く。
夫人のエネルギーは既に無い。後は絶対防御という命の命綱のみ。
「…………」
……ああ、そうだ。どうせ人質に取るのなら、シャルルと同じ目に合わせよう。それだけのことを、それ以上のことをしたんだ。だから、構わないよね。
彼女の首に向かって手を伸ばす。
人質として使い、痛みつけて、骨を折り、その目を潰して。
苦しめて苦しめて苦しめて。
そして
「…………」
殺す。
そう言おうとして、あの時の場面を思い出した。
『シャルロットに手を出したら、殺す』
あの眼を思い出す。
殺意の込められた眼を思い出す。
今の自分は、あの時の彼と同じ眼をしているのだろうか。
彼が持った殺意。
私を守る為に放った気迫。
彼は守る為に。
私を守る為に、その殺意を。
「…………っ」
……なら、私は?
私は何の為に、こんなことを。
シャルルを、守る為に?
守れる?
私は彼を守れたのだろうか。
『泣かないでよ』
泣いてないよ、シャルル。
ねぇ、シャルル。
私は君を助けようとした。助けようと動いて、あのザマだった。後悔してもし切れない。
あの電話を受け取った時に、私は逃げるべきだったのだろうか。
でも、そうしたら、貴方は死んでいたかもしれない。
私は、どうするべきだったのだろう。
どうするべきなのだろうか。
どれが正解だったの。
分からないよ。
私はシャルルと違って頭が良くないから。
分からないよ、シャルル。
『空を飛ぶってどうなんだろうね』
シャルルはISに、空を飛ぶことだけを、その自由を見た。
戦うことも、試合も、兵器も、全部興味がなくて。
ただ単純に、空を飛ぶことだけを見上げて。
ねぇ、シャルル。
泣かないよ。
でも……。
泣いてないけど、でも、悲しいよ。寂しいよ。
一人は、嫌だよ。
「…………」
私は手を引いた。
引いて、視線を上に上げる。見上げた先はドームで覆われていた。
ISを身につけていても、私は地面に立っていた。地面に立って、一人ここにいる。檻の中でここにいる。
私は飛べるだろうか。
空の中へ。
彼と共に。
「…………ありがとうございました」
試合後の形式的な挨拶をして踵を返した。
「待ちなさい!私は、私はまだ……!」
彼女の言葉に振り返る。
怒りと憎しみの目が私を見ていた。そして、泣きそうで、絶望に満ちていて。まだ終わりたくないと、訴えていて。
そうかと、一つ理解する。
母親と同様に、彼女もまた、あの男に本当に愛されなかったのだ。独り善がりの愛情に埋もれて動けなくなって。それでも必死にもがいていて。
それは酷く独善的で。
私も一つ間違っていれば、彼女のようになっていたのだろう。
「救われないですね、貴方は」
私は背を向けて歩き出した。
私は進む。
前に向かって。
アレはもうあの男から愛情は無いのだろう。人質としての価値も無い。哀れな人だ。
ISを解く。
これは暴力に使われるべきではないから。
これは、空を飛ぶ為の物だから。
だから、進もう。
彼と共に飛ぶ為に。