インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
大分足が良くなってきた頃。
「今日の新聞だぞ」
「あ、どうも。ありがとうございます」
スキンヘッドの男がドアから入ってきて新聞を投げて渡してきた。綺麗に撮り畳んでいた新聞がクルクルと回って僕の手に収まる。
僕は新聞の一面から読み始め、最後まで読んでいく。スキンヘッドの男は僕に目を向けずに煙草を吸い始めた。
僕は新聞を指差して尋ねる。
「……デュノア社のことが載ってますけど、見ました?」
「ああ、見たよ」
見出しは『デュノア社で世界で二番目の男性操縦者発見か』となっていた。内容を読んだが、要領を得ないボヤけた記事だった。
「シャルロットの顔写真も無いですし、随分と誤魔化した言い回しですね」
「お前は限定された情報しか入ってきてないから分からないだろうが、世界中で第二の男性操縦者を名乗る人物が爆発的に増えていてな。企業も一般人も御構い無しだ」
「その中に本物は」
「勿論いないさ。だから、この記事の発表もこんな物に成らざるを得ない」
事実、シャルロットが男性操縦者であるのは偽りである。デュノア社長の蛮行に付き合うとは、フランス政府もそこまでして男性操縦者の情報を得たかったのだろうか。
「発表してしまった手前引く事ができなかったが、今では寧ろ男性操縦者と名乗る事はマイナスイメージだ。織斑一夏が本物かどうかも怪しいって意見が出てくるくらいだからな」
それこそ、何を馬鹿なという話である。
「織斑一夏がISを纏う姿は全世界で公開されている筈ですがね」
「それ程、疑心暗鬼になってるって事だよ」
IS学園へ行き、一夏くんと接触するなら男性操縦者の方が都合良いだろうが、ここまで来ると世間の体裁が悪い。
「シャルロットはいつ頃IS学園へ?」
「今夜発つ。でまあ、それでだな」
男が頬を掻きながら小さく言った。
「もし何か伝言があれば、伝えておくぞ」
……それは。
「それは、駄目でしょう。貴方にとって都合が良くない。危険だ」
僕の言葉に、彼は苦虫を潰したような顔をした。
「分かってるよ、そんなこと」
男は再び煙草をふかした。
「けどよ、あの嬢ちゃんが飛び立ってしまえば、少なくとも卒業までは会えなくなる。ただでさえ、あんな出来事の後に会えてないんだ。そんな酷い話ないだろ」
この男には家族がいた。
もうすぐ小学生に上がる娘もいる。親心を持つ為に、罪の意識に苛まれているようだ。
「シャルロットが女とばれたら、こっちにすぐに帰ってくるかもしれませんよ」
「そんなことになったら、それこそどうなるか分からんじゃないか」
……そうだろう。分かっている。
だけど無理だ。
「いえ、やはりお気持ちだけ頂いておきます。貴方にも家族がいるからこそ、私も無理です」
「……そうかい」
家族の話を出されてしまえば、向こうも口を閉じざるを得なかった。
この人には悪いが、僕は完全にはこの人を信用していない。
それに……。
「大丈夫ですよ。シャルロットは上手くやります」
それに、これからやることを考えれば、これ以上近付くわけにもいかないだろう。
結局、ここまで来たということは、シャルロットは動かなかったのだ。
彼女の性格を考えれば当然かもしれない。それは仕方ない。シャルロットの判断だ。
寧ろ、何もしないという選択を選んでくれたことを僕は安心している。
それ以外の選択を取るということは、誰かを犠牲にするということだから。シャルロットはそんな真似をしなくて良い。
そんな馬鹿な真似をするのは、僕だけで良い。
だから、僕は次の手を取る。
「…………」
…………。
ああ、そうか。
「すみません、やっぱり、一言だけお願いして良いですか?」
「おう?いきなり意見変えたな。別に良いけど、言い忘れてたことでもあったのか?」
「そんな所です」
もし僕が死んでしまったら、これが遺言となる。いくら何でも最後の言葉が、泣かないで、では寂し過ぎるだろう。
「伝えて欲しい言葉は……」
僕はその一言を紡ぎ、男が頷く。
「了解だ」
願わくば、この言葉が遺言にならないことを祈るが。
さて、どうなるか。
「……いや、やっぱり伝言じゃちゃんと思いは伝わんねぇな。手紙書け手紙」
「いや、そこまでしなくて良いですってば」
再び男に世話焼きスイッチが入ったようで、僕はそれを抑えるのに苦労するのだった。
彼が何度も言ったように、やはり軍や警察ではないから。
だから、甘過ぎる。
彼と交代の時間でサングラスの男が入ってくる。
見た目からして、およそ30代前だろう。彼は会話らしい会話をしない。それでも僅かなコミュニケーションは取ってくる。
「本だ」
大きい鞄を机の上へ置く。
ドスンと重々しい音が鳴った。どうやら相当な量が入っているらしい。ジッパーを開けると中からデータのプログラムに関する本から研究書までギッシリと詰まっていた。
「正直、ここまで持ってきてくれるとは思っていませんでした」
希望は出したが、それが全て通るとは予想外だ。前に頼んだ時から非常に多くの書物を持ってきてくれた。
「そうか」
素っ気なく答える男に問い掛ける。
「これ、社長の許可は得たのですか?」
「そのぐらいは此方の独断だ。正確に言えば、俺の独断となる」
「成程」
男は椅子にも座ることなく、壁に背を預けて立ったままの姿勢に収まる。椅子を勧めてみたが、結構だと断られた。これもいつものことなので、僕はそのまま読書を開始する。
自身の知識を呼び起こす作業に没頭する。
「……一つ、聞いてもいいですか?」
僕は完全に集中する前に、男に一つだけ尋ねた。
「貴方に家族はいますか?」
「いないな」
「……そうですか」
たったそれだけの短いやり取り。
そして僕は本に意識身向けた。文字に意識を向けた。意味に意思を向けた。
無限の知識を引き摺り起こす為に。
▽
空港でシャルロットはゲートから一度振り返る。
そこに彼の姿はない。そんなことは分かっていたが、それでも振り返ったのは彼女の持つ思い故だろう。
結局、シャルロットは何も出来なかった。何もしないという選択肢を選んだ。
IS学園への手続きは済んでおり、この飛行機に乗って飛び立てば、再びこの土地に足を降ろすことは難しくなる。
仮に織斑一夏の情報を得たとして、それでシャルルを解放してくれるのか。所詮は口約束。反故にされる可能性は高い。そのまま操り人形のように踊らされる未来もある。
「…………」
周りには私服姿のデュノア社の人間がいる。シャルロットが行くまでの見張り役だが、その中に女性の姿はない。つまり、IS使いはこの場に存在しないということだ。
今、待機状態にISはシャルロットの手の中にある。
なら、今しかないのか。
他の何かを犠牲にしてまでシャルルを救うのは、今しか。これが最後のチャンス。
グッと、震える手を握り締めて
「嬢ちゃん」
話し掛けられ、びくりと体が跳ねた。
見上げると、家が燃やされたあの日、シャルロットを捕まえていたスキンヘッドの男がいた。
「あの時はすまなかったな」
「……いえ」
今更言っても栓のないことだ。
シャルロットは目線を逸らして小さく呟く。
「……それだけですか?」
「あー、まあ、そうだな。こんな事した手前で言うのも烏滸がましいけど、頑張れ」
そう言って、男は手を差し出した。シャルロットは逡巡した後にその手を握り、握手を返す。
ISを起動させようか迷っていたシャルロットは、そこで一度起動させない方へと傾いた。
IS所持特別許可証と専門のゲートを通り、飛行機の中へと進んで行く。男は彼女の後ろ姿を見送った。
「お前、あの娘がそこまで心配だったのか?」
仲間の一人が話し掛けてきたが、目線は変えずに返した。
「そりゃあ、可哀想だろうがよ。実際に高校生になったばかりの娘にはキツイぜ。俺の娘もあんな事になったら……」
「お前の娘話は長いから止めろ」
「チッ、まだ話してねえだろうが」
飛行機が動き出し、空へと走る。シャルロットは日本へと向けて飛び立った。
男が振り返り、いつも通りの変わらぬ顔で言った。
「取り敢えず仕事は終わりだ。一服しようぜ」
「ああ、良いね」
男達はゾロゾロと歩き去った。
大きな空港内でそれを気に留めるものはいない。誰もが日常の中で歩いていた。
シャルロットは飛行機の中に乗り込んだ後、席に着く。
ファーストクラスの席を用意されており、随分と贅沢なものだと広い座席に身を沈める。
「…………」
手の中に握られた紙を開いた。
男が握手の際、渡してきた紙だ。小さく折り畳まれたそれは、シャルルの筆跡で、一言だけ刻まれていた。
『これからの生活を楽しんで』
その紙を両手で握り締めて、祈る様に額を当てた。目を瞑り歯を食い縛る。
「…………っ」
ここまで何もしなかった。
何も出来なかった。
最後にここで暴れてしまおうかと思った。
その行為は必ず自分自身を苦しめると知っている。
シャルロットの心を見抜いていたかのように、シャルルは一言だけを寄越した。
もう何もしなくていいと。
「シャルル……」
そして、一人でも生きて行けと、そう言っていて。
「シャルル……!」
今すぐにでもシャルルに会いたかった。
会って、抱き締めて、抱き返して欲しい。
焦がれる程の想いはシャルル自身の言葉により抑えつけられる。
IS学園に行けばフランス政府やデュノア社と交流を断とうとも、彼らは手出しをする事が出来なくなる。その間、シャルロットが逃げ出してしまえば追いかけてくる事も難しい。それこそ、覚悟を持てば、自分の正体をバラしてしまえば、デュノア社と政府への批判が高まるからだ。世間はシャルロットの味方をするだろう。
切り札はシャルロットの方にある。
そう、シャルルの命を気にしなければ。
「……生きてて」
シャルロットは願う。
神などという曖昧なものではなく、シャルルに願う。
「生きてよ、シャルル」
その祈りは届くのか。
それでもシャルロットは望む。
生きて、もう一度会いたいと。
切に願う。
この祈りが届くことはないかもしれない。
だが、それでも、叶うのなら。
もう一度、彼と。
▽
シャルロットの身は日本へ運ばれた。
降り立ったIS学園。
世界中から人が集まる場所。
ここに唯一の男性操縦者である織斑一夏がいる。
門の前に一人の女性が立っていた。
長い漆黒の髪。切れ目ながら強い瞳。堂々とした立ち姿。
織斑千冬がそこにいた。
「転入予定の生徒だな。ようこそ、IS学園へ」
シャルロットは深々と頭を下げる。
しっかりと前を見据え、名を名乗る。
『シャルロット』は女性名だ。故に、登録の際に偽名を作る必要があった。
シャルロットが迷わずに選んだ名前。
呼び慣れて、聴き慣れて、何度も口にした名を。
名付けられた名を『彼』は宣言した。
「シャルル・デュノアです。これから宜しくお願いします」