インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
鏡となりて
織斑千冬。
その名前をIS界で知らぬ者はいない。
シャルロットも当然知っていたが、それはISを学んだからではない。昔、シャルルが会ったと話していたのを聞いたことがあるからだ。
この人を味方に引き込めば強いだろうかと考えるが、誰が敵か味方かも分からない状況で軽々に動くのは得策ではない。千冬がシャルルのことを覚えている保障もなく、他人の為に動く理由もないだろう。
「こいつはラウラ・ボーデヴィッヒ。お前と同じ転入生だ。教室に入ったら二人共自己紹介しろ」
シャルロットの目の前に小柄な銀髪の少女が立っていた。肌白く、幼げな少女には似合わない眼帯を付けている。ラウラ・ボーデヴィッヒと紹介された少女は、特に挨拶をしようともせず、軽く頭を下げただけだった。
日本語には一人称を表す言葉が多くある。シャルロットはシャルルが日本語の時に、自身を何と言っていたかを思い出しながら挨拶した。
「ボクはシャルル・デュノア。宜しく、ボーデヴィッヒさん」
「別に仲良くする気もない」
冷たい返答にシャルロットは苦笑いする。千冬は呆れながら、諦めてるように溜息を吐いた。
IS学園は内外関わらず広い作りであり、最新の技術も使用されていることもあり非常に近代的で綺麗だ。
こんな状態じゃなければ楽しめただろうにと内心で愚痴を零しながら、先導する千冬に着いて行き教室の前まで行く。
「合図したら入ってこい」
千冬だけが先に教室に入り、一時的に外で待たされる。
「…………」
「…………」
沈黙が痛い。短い時間でも、何故だか非常に長く感じた。
「二人共、入れ」
解放の合図が来たのでドアを開けて中へ入る。
女性らしい匂いが充満する空気の中、一人そこに異物がいる。女性だらけの空間にいる唯一の男性。
整った顔立ちで黒髪を生やし、千冬と何処と無く似た雰囲気を持つ少年。
織斑一夏がそこに居た。
シャルロットのターゲットが、そこに居る。
「シャルル・デュノアです。宜しくお願いします」
シャルロットの紹介に、女生徒達が男だ美形だと騒ぎ立てる。喧しくなった教室に、シャルロットは平然と受け流した。
「…………」
一夏がシャルロットの姿を見て、正確には男が入ってきたのを見て驚いている。
シャルロットはそんな一夏を見て、少しだけ胸に黒い感情が渦巻いた。
この人が、織斑一夏がISを動かさなければ、あのまま暮らせていたのに。
あの人里離れた家で、シャルルと二人で静かに暮らせていた筈なのに。
こうなっていなければ、今頃はシャルロットも普通の高校へ通っていただろう。お金に悩むシャルルと一緒に、同じ喫茶店でアルバイトでもしていたかもしれない。その日にあった出来事を話し、何の取り留めのない話をして。ご飯を食べて、空を見上げて。それだけで良かった。
ただ、それだけを望んだのに。
この人さえ、織斑一夏さえ、いなければ。
「お前が……!」
ハッと気付けば、一緒に入ってきたラウラが一夏を殴ろうと手を振り上げていた。
まるでシャルロットの心を代弁したかのように。
自身の暗い心が映し出されたようで。
それをまざまざと見せつけられて。
「……っ」
その手を止めた。
反射的に。
攻撃の手を止められたラウラは、シャルロットに手首を掴まれたまま睨み付けた。
「何故止める」
事情を知らない癖にと、赤目が雄弁に語る。
そんなことは知らないと、シャルロットは心の中で言い返す。
貴方の事情など知る由もない。でも、貴方も私の事情を知らないだろう、と。
どんな思いで此処にいるのか。
どんな理由を抱えているのか。
貴方のことを知らないように、私の苦しみも知るまい。
だけど。
「そんなことをしても、何の解決にならない」
織斑一夏だって好きでISを動かしたわけではない。男性操縦者というレッテルを貼られ、彼の人生は大きく狂ってしまった。男性操縦者が生まれたことで人生が狂った者もいる。シャルロットもその一人だ。
ラウラが恨んでいるのは男性操縦者か、織斑一夏自身かは分からない。
けれど、彼を殴っても何も変わりはしないのだ。
だからシャルロットは言う。
暗い鏡に。
自分の心に。
自分自身に。
「それはただの自己満足だよ」
それが確かな現実なのだと、宣言した。
運命だと無慈悲で簡素な一言で片付けたくはないけれど。
それでも世界はどうしようもなく動いている。母親の死と同意義であり、不変の変革もまた同じように。
男性操縦者の存在もまた、もうどうしようもない確定的な流れなのだ。
「……チッ」
ラウラが舌打ちをして手を振り解く。
ラウラの行動により教室内は一時騒然となったが、授業の開始時刻はすぐそこへと迫っている。
「デュノアだっけ?俺は、織斑一夏、宜しくな。さっきは助かったよ」
悪意のない笑顔に、シャルロットも笑顔で返す。普通に笑えて返せたと自分で思った。
「宜しく、織斑くん。シャルルで良いよ。……織斑だと先生と混ざり易いから、一夏くんで良いかな?」
「ああ、もちろん。早速だけど、最初はISの実技で着替えなきゃならないから更衣室案内も兼ねて行こうか。時間結構ギリギリだから急ごう」
「うん」
一夏とシャルロットは軽く走りながら更衣室へ向かう。途中、多くの女生徒が騒ぎ立てていたが、こうなることは分かっていたのでシャルロットは全て無視した。
「さっきのボーデヴィッヒさんの行動、何か心当たりある?」
「さあ、サッパリだ」
会ったことがあるなら忘れないような子だけどなと、一夏は本気で分からない様子だ。
「一夏くんは初の男性操縦者だからね。知らない所で恨みが買われててもおかしくないよ」
シャルロット自身がそうであるように。
いきなりだったことで一夏もまだ自覚が薄いのだろう。恨みという言葉に多少驚いていたが、そういうこともあるのかと、表情を曇らせた。
「今考えても仕方ないことだけどね。今度ボーデヴィッヒさんと話してみれば」
「そうだな……。なんかごめんな、いきなり暗い話っていうか、いつの間にか相談みたいになってて」
「ううん、別に」
一夏は悪い人間ではないのだろう。少し話してもそれは分かる。走り終わり更衣室へ着く頃には、シャルロットの精神も大分落ち着いていた。
「ここが更衣室だ」
早く着替えないとな、と言って一夏が着替え始める。同じ男だと思っているから隠さないのは仕方ないが、シャルロットは一夏の背中に回って背中越しに話し掛けた。
「ボク、同性でも着替え見られるの恥ずかしいから、コッチ見ないでね」
「ん?ああ、気が利かなくてごめん。すぐ着替えるから出るよ」
「時間ないんでしょう?次からそうしてくれると嬉しいけど、今は別に良いよ」
男の裸を見ても別に騒ぎ立てることでもない。それこそシャルルの裸くらい見てきた。一夏の裸を見ても特に思うことはないが、一夏と比べても、やっぱりシャルルは筋肉なかったなと再確認するのだった。
「終わったよ」
「あれ、早いな」
「下に着込んでたからね」
更衣室から出て校庭へ向かう。時間ギリギリだったが間に合った。
その後、副担任である山田先生がISで止まれず突っ込んで来たり、中国の代表生とイギリスの代表生の二人相手に圧倒して見せたり、IS練習の組み分けで一夏とシャルロットに集中したりと色々あった。
「…………」
友達の少なかったシャルロットは、男性と偽るだけでこんなに人が寄ってくるものかと、ある意味人の浅ましさに若干辟易とした。
「どうかしたか?シャルル」
「いやちょっと、最近思考がブラックに染まってるなと思って」
更衣室から教室への帰り道、シャルロットは眉を揉みながら難しい顔をしていたので、一夏が心配そうに問いかけて来た。
「そうか、初日だし、大変だろうしな。辛かったら言えよ」
「ありがとう」
お礼は素直に言えた。
どうにも、シャルルと離れてから暗い方へ暗い方へと思考が沈んでしまっている。すぐに持ち直せるが、精神的に良くない状態であるのは自覚していた。
「そうだ、昼飯の時一緒に食おうぜ。食堂も案内するからさ」
「そうだね、お願いしようかな」
一夏は悪い人間ではない。
寧ろ人として好ましい部類に入る。
「…………」
でも、これから一夏との情報を奪わなければならない。彼専用のIS情報も引き抜かなければならないだろう。
それがまた、シャルロットの心を暗くさせた。
根本的な話、シャルロットは人を騙す、人を利用することが苦手なのだ。元々状況に流され易い性格だった故に、相手のことを知ることはできても、それを逆手に取ったり操作したりすることはしたことがない。
……そういうのが得意そうなのは、どちらかといえば。
「……ああ、そうか」
「?」
シャルロットは分かったと小さく呟き、一夏が不思議そうに首を傾げていたので何でもないと首を振った。
こういうのはシャルルが向いている。つまりは、身も心もシャルルを真似なければならないということであり、シャルロットは自然とそれをやろうとしていたのだろう。自分でそのことに気付いて、そして思う。
だったら、シャルルも心の何処かで、こんな暗い気持ちを背負っていたのだろうか。
▽
僕は本を閉じた。
グッと背筋を伸ばし、凝り固まった体を解す。酷く痛む頭を手で抑えて天を仰いだ。消えた記憶は呼び起こされないのに、知識だけが無尽蔵に引き出されていく感覚。
一度に多くの知識を取り入れた所為か、非常に頭が痛かった。
「……ふぅ」
小さく息を吐く。
やるべきことは決めた。
後はいつ行動に移すかだけだ。
出来れば誰も巻き添えにしたくないが、現状を考える限りまず無理だろう。
それは良い。仕方のないことだと腹を括った。
足が完全治り次第動こう。その時に、僕が死ぬか生きるかが決まる。
……いや、違うか。
シャルロットの将来がこれで左右される。