インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
僕が目覚めた時、清潔感のある部屋に寝かされていた。
大仰な施設と設備。そしてそれが自分の体へ繋がっていることに驚いてしまう。
……こんな物を装着したのは初めてだ。
そうやって変に感心していると、目覚めたことを知った女性の医者と看護師が慌しくやってきた。
「大丈夫かい?意識はあるかな?」
……大丈夫も何も、わけがわからない。
僕は一番の疑問を口にした。
「僕は、誰ですか?」
その後、様々な検査を何日間も掛けて行われた。
僕は殆どの記憶を失っていた。
周りの状況は疎か、自分の名前すら思い出せない。僅かに思い出せるのは炎に包まれた光景だけ。
それを思い出そうとすると、体が勝手に震え、穴という穴から汗が吹き出てくる。制御不能な体は、まるで自分ではないようだ。
医者の言葉を借りるなら、幼い心が受け入れ難い現実を無かったことにしているそうだ。生きる為に、心が壊れる前に、記憶を無くしたのだろう。
「……ふーん」
どこか他人事に思いながら、僕は頷いた。
話によると、飛行機事故が起きたらしい。大きな飛行機ではなかった為、大規模な火災に発展はしなかったものの、僕以外の人間は全て亡くなってしまったそうだ。
「見舞い客に紛れ込んでくる記者とかも来る可能性もある。どんな事が君の記憶を刺激するか分からないから、暫くは面会謝絶になるわ。最も怖いのは、パニックを起こすこと。だから、くれぐれも知らない人に話し掛けられても答えないように。無理矢理連れて行かれそうになったら、大声を出すのよ」
そんな幼い子供でもあるまいしとは思わなくもなかったが、本当にパニックを起こしたらどうなるかも想像に難くない。
僕は医者の言葉に素直に頷いた。
後日、日本大使館の人物と名乗る人間が見舞いに訪れる。
医者の許可を得た上で、また、トラウマを思い出す覚悟で、彼の持ってきた家族の写真などを見てみる。
「何か思い出せるかい?」
「…………」
写真に写っていたのは若い夫婦と、小さな女の子。そして赤ん坊。
「……いいえ」
僕は答えた。
「思い出せません」
他人の写真を見せられているのと全く変わらなかった。結果、警戒していた割に何も起こることなく終わってしまった。
「……そうか」
僕が何も思い出さなかったことを、大使館の男は残念そうで、そしてどこか安心したような顔をしていた。
話に聞くと、僕に身寄りは居ないらしい。どうしてかと突っ込んでも曖昧な返答しか来なかった。飛行機の事故で死んでしまったのだろうか。
兎に角、僕を預かる人が居ないというのは、向こうにとっては非常に問題だそうだ。
退院までには結論を出すと、大使館の男は語った。
「ご迷惑をお掛けします」
僕の謝罪に、大使館の男は何とも微妙な顔をした。
一応、大使館の男から僕の素性や家族構成なども聞かされた。
しかし、教えられた自分の名前はどうもピンと来ない。格好良い言い方をすれば、記憶を失う前の僕と記憶を失った後の僕は別人なのだ。
僕が記憶を失う原因となった飛行機事故については、詳しく教えてくれなかった。トラウマを引き起こす話であると同時に、聞いていて気持ちの良い話でないのも事実だ。生き残りが僕だけとの情報は貰えたが、細かいことについては全く教えてくれなかった。
確かに、現状でも思い出そうとしたり炎を見るだけで汗が噴き出て、震えが止まらなくなるくらいなので、その判断は正しいのだろう。
病院内なら歩く事を許可された頃。
「暇だ……」
元気になってくると、当然暇も持て余すようになった。
暇潰しにと探した本や新聞は全てフランス語で読めるわけもない。精々、絵本でフランス語が勉強出来るくらいか。
言語と言えば、話すのにも苦労する。
医者と大使館の男は日本語が話せたのだが、病院内にいる患者が日本語を話せるわけもなく、コミュニケーションの取れない現状にストレスすら溜まるほどだ。
日がな1日、こうして屋上で空を見上げているか、言葉も分からないテレビを見ているだけだ。
テレビで何となく知ったが、最近はインフィニット・ストラトスとやらが流行ってるらしい。流行ってるというか、色んな問題を起こした後に、スポーツとしてどうたらこうたらという曖昧な情報しか得られないが。
人間がISという機械を纏えば、空を自由に飛べるというものである。機械というより、パワードスーツという方が正しいかもしれない。
しかし、アレ一つで宇宙まで飛べるというのは、夢のある話だと思えた。
ただ、どうもISとやらは女にしか動かせないようで、定期検診の際に医者から教えられた時には少しガッカリした。
「お医者様は、ISに乗りたくないんですか?」
僕の質問に、女性の医者は少しだけ笑いながら答えた。
「私の仕事場はここだからね」
それに、と続ける。
「誰も居ない空より、地上で皆と話している方が、私は楽しいよ」
成程と納得する。
空は広く、広大で。何者にも縛られず。
そして、どこまでも孤独だ。
「…………」
僕は今日も空を見る。
僕が死んだ場所を見上げる。
過去の僕は、この広い空で焼け落ちた。
太陽に近付いた落とされた英雄。
そんな神話を、ふと思い出した。
僕の記憶は、僕に関する事だけが綺麗に落ちている。炎を見て恐怖したり、自然と飛行機を目で追ってしまうのは、潜在的に何かが残っているからなのだろうけれど。
……でも、ああ、どうせなら。
あのまま死ねば、救われたのだろうか。
『こんにちは』
後ろから声を掛けられた。
屋上には僕しかいない。つまり、話し掛けられたのは僕という事だ。
振り返ってみると、僕よりも年下と思われる、多分小学生くらいの金髪の少女が立っていた。
「……ん?」
何処かで見た事があると頭を捻る。
一瞬のフラッシュバックの記憶に、夜の中に浮かぶ彼女の姿があった。
「……ああ、あの時の天使」
『?』
日本語が分からないようで、彼女は首を傾げている。
僕もフランス語を話せないので、どうしようと困るしかない。
『…………』
天使が僕に近寄って来て、そっと僕の左目側に触れた。
火傷を負った、その傷に触れた。
『大丈夫?』
不思議と、その言葉は分かった気がした。
「大丈夫」
だから、僕はそう返した。
暫く、彼女と僕は取り留めもない話をした。
話をした、と言うのは正しくないか。お互いに言葉を教え合ったという方が近い。
下手な発音だったら首を振られ、上手く出来たら拍手をされた。雲や空、病院など、身近にある簡単な単語を教え合う。どちらかと言い出したわけでもなく、自然な流れでそうなっていた。
「えへへ」
そうやって笑う彼女は、何故かとても楽しそうだった。
そして、彼女は自分を指差す。
「シャルロット」
名前。
少女、シャルロットは名を名乗った。
「…………」
シャルロットは期待に満ちた目で僕を見てくるが、生憎と僕は名前を忘れた。教えて貰った本名も脳内からすっかり削除されている。
看護師や医者から名前を呼ばれても反応出来ないので、困ったことではあるのだが。
「あー……」
記憶喪失とか、名前の話とか、そんな難しい会話を出来るはずもなく、僕は頭を掻いて悩んでしまう。
無い、と体でジェスチャーするのも難しい。
やがて痺れを切らしたのか、或いは何となく伝わったのか、シャルロットは僕を指差して言った。
「シャルル」
「ん?」
「シャルル」
再び自分を指差し、シャルロットと言い、僕を指差してシャルルと言う。
どうやら、シャルロットは僕に名前を付けてくれたようだ。
「……シャルル」
僕が応えると、シャルロットは笑顔で拍手した。
こうして僕の名は、少なくともシャルロットとの間だけは、シャルルと決まったのだった。
少し経つと、シャルロットの母親と思われる人物がやってきた。
シャルロットと同じ金色の髪と瞳。
父親を見たわけではないが、母親似だと思えた。母親も僕に何かしら言っていたが、僕は言葉が分からない。
シャルロットが母親の裾を掴んで、恐らくはその旨を伝え、母親は僅かに驚いた顔をした。
「……あの」
僕は声をかける。
きっと、僕を病院まで連れて来てくれたのは、または連絡してくれたのは彼女達なのだ。
この命に対し、僕自身にどんな意思があろうとも、彼女達が命を救ってくれた行動をしたことに違いはない。
「ありがとうございました」
感謝の言葉。
彼女達の行動に、敬意と感謝を表して頭を下げる。
下げてから、メルシーと言った方が良かったかと思った。
「…………」
母親は言葉では答えなかった。
その代わり、僕を抱き締めてくれた。
炎とは違う、暖かな温もり。
人の温かさは安らげるのだと、僕は初めて知ったのだった。