インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
トーナメント戦当日。
各国からのIS関係者も訪れるこの大会。ISスポーツ委員会や企業からも多くの人間が良い人材、最近の傾向、他のISを間近で見る機会だと参加している。
その中には当然、デュノア社の息のかかった者も訪れており、アリーナの見学席から目を光らせていた。
トーナメント表の第一試合に、一夏と箒のペアと、ラウラとシャルロットのペアの文字が浮かんでいた。
「……思ったより早くぶつかったね」
まさか一回戦とは思わなかった。
シャルロットの呟きに、ISを纏ったラウラが答える。
「願ったり叶ったりだ。遠慮はしない」
「うん。約束通り、箒はボクが抑えるから、ボーデヴィッヒさんは好きに戦って」
「言われるまでもない」
握手もしなければ互いを讃えることもない。目線も合わせないし、作戦もない。
だが、それで良い。
今必要なのは、戦う意思のみだ。
一夏は深い溜息を吐いた。
シャルロットからラウラの事情は聞く事はできなかったが、彼女が自分を恨んでいるのは理解している。悪意を向けられて平気でいられるほど、一夏は鈍感ではない。
「…………」
それでも、受け止めねばならないのだろう。
シャルロットのように、預かり知らぬ所でも、自分の所為で誰かが傷付いてしまったのであれば、それを受け止める覚悟が必要だ。
「一夏?」
一夏の様子がいつもと違う様子に箒は声を掛けるが、一夏は何でもないと首を振った。
「行こう」
このトーナメント戦後に、千冬に白式の情報を聞くつもりだ。
だが、先ずは目の前のことに集中しよう。
「なぁ、箒。我儘で悪いんだが、ラウラと一対一で戦わせてくれないか?」
「……何故だ?」
箒はISの腕に自信を持ってるわけではない。生身での試合なら兎も角、ISを使った場合は自分よりも上手い人間がゴロゴロいるからだ。
ラウラの相手をしないとなると、必然的にシャルロットが相手となる。本来ならどちらが相手でも、一夏と協力し合っても勝てるか分からない相手だ。それを一人でとなると、どのくらい耐えられるかも予想出来ない。
「いや、多分、シャルルも本気で手を出してこないよ」
「……何故そう断言出来る?」
一夏は顔を上げて向こうを見た。
ラウラがいるであろう方向を、自分の敵がいる方向を見る。
「これは、俺とラウラの戦いだから」
色んな世界の人が見てるとか、学園のイベントとか、優勝とか、そんなことはどうでも良くて。
これは一夏とラウラに必要な戦い。
互いの思いをぶつける為の儀式。
「……分かった」
箒は一夏の思いを汲み取り頷いた。
自身の告げた優勝は、一夏の覚悟に比べたらあまりにも小さな物に思えた。
「なぁ、一夏」
「ん?」
箒は小さく微笑んだ。
「なら、前に言った優勝とかは別に良いから、今度、一緒に買い物に行こう」
「欲しい物でもあるのか?」
「今度臨海学校があるからな。お前も準備が必要だろう」
「ああ、確かに、そうだな」
箒と一つの約束を交わし、ISを展開する。
ラウラと戦う為に。
自分と戦う為に、飛ぶ。
ブザーが鳴り、一夏達とシャルロット達は飛び出した。
一夏とラウラは真っ直ぐ飛んでぶつかり合う。
一夏の零落白夜が一撃必殺の武器であるのはラウラも承知済みだ。対して、ラウラにもAICという秘密兵器がある。相手の動きを止められることができるそれは、問答無用で相手を攻撃出来る。
しかし、それでは意味がない。
戦うことにこそ、意味があるのだから。
「織斑一夏!」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
互いの刃が交差した。
「熱いねぇ」
「全くだな」
箒とシャルロットもぶつかり合ったが本気ではない。シャルロットは銃が得意である為、本気であるなら牽制しながら武器を次々と入れ替えて、相手を撹乱させて落とす戦闘スタイルだ。
「ボク達は……どうしようか?」
「何もしないわけにもいくまい」
二人の決着が着くまで、ある意味暇である。
生徒達も見ているし、教師も居る。オマケに今日は外部の人間も試合観戦している状況だ。何もせずにボーッとしているだけにもいかないだろう。
「ま、ご指導宜しく頼む。フランス代表殿」
「格好だけで恐縮だけどね」
そして、シャルロットと箒も試合を開始した。
「…………っ」
「…………!」
ラウラと一夏は言葉を交わさない。ただ撃ち、斬り、攻撃するのみ。
ラウラは軍人だ。
鍛え方からして違う。一夏のエネルギーは一撃毎に減っていく。
一夏は歯噛みした。自分の弱さに苦しむ。相手との実力の差は明らかだ。
「…………!」
だからこそ、切札はこの一振り。
当てればそれで終わらせられる、実力をもひっくり返せる。
一夏は弱い。自分の弱さを自覚していた。
だから、一夏には零落白夜が必要だった。
通常の戦いで、いつもの試合で勝負するのは良い。そこで負けても構わない。
だが、負けられない戦いは必ず存在する。
今の自分が実力で他のISに勝てる程強くはないと、自覚していた。
だから、この剣が。
自らの覚悟を表す、折れない剣で。
「俺は……!」
ラウラに勝つ。
ISの高速戦闘。空中という立体戦場。戦闘経験の差と、武器の差。
一夏が勝てる隙は
「お前が……!」
ラウラが感情に囚われている、一点にあった。
彼女が見せた、隙とも言えない、一瞬の緩み。感情の隙間。
「!」
そこを、一夏の零落白夜が突いた。
ラウラのエネルギーが急激に失われていく。
会場がどよめきと歓声で包み込まれる。
「…………っ」
負ける。
負ける……。
負ける?
たかが一撃。
されど一撃。
この一撃が、その全て。
「…………」
私が、私は、何の為に。
ここで負けては、全てが終わってしまう。負けるわけにはいかないんだ。だって、私は教官から教え込まれたのだから。
私の負けは、教官の教えを否定することに繋がる。
それは出来ない。それだけは出来ない。私が教官を汚すことなどあってはならない。
教官。私は、貴方に。貴方を。
貴方のような、力があれば。
「……!?」
瞬間、ラウラの機体から黒い影が溢れ出た。
それはラウラを飲み込み、別の形を作っていく。
「何だ……!?」
一夏を始め、シャルロットと箒も自体の異常に気付く。アリーナでは緊急避難の放送が流れた。
「ぐわっ!」
一夏が弾き飛ばされる。
シャルロットが落ちてくる一夏を支えながら、箒と共にラウラであった物から距離を取った。
「何だあれは……?」
姿の変わったISを見て箒が戸惑いの声を上げる。
「……今の動き」
一夏の瞳に感情が渦巻く。それを見たシャルロットがわざと強く肩を叩き、それを払った。驚いた一夏と目を合わせ、努めて冷静に問い掛ける。
「一夏、アレがなんだか分かる?」
「……アレ自体は分からないけど、あの動きは分かる」
幼い頃からずっと見てきた。間違える筈もない。
「アレは、千冬姉の動きだ」
IS。他人の動きをトレース。
昔シャルルに聞かされた膨大な知識の中から、一つの答えを導き出す。
「VTシステム」
「……?」
「モンドグロッソ優勝者である織斑先生の動きを取り込むシステムだよ。搭乗者に異常を引き起こすから、条約で禁止された筈だけどね」
それが目の前でラウラのISに組み込まれていた。
誰が、何の目的で。
「今はそんなこと考えてる暇はない。ラウラを助けないと」
「君を恨んでるラウラを助けるのかい?」
「それとこれは別問題だ」
仕方ないなと、シャルロットも武器を構える。
「嗾けた手前、ボクも協力するよ」
そこで通信が入ってきた。
『おい馬鹿者共、何やる気になってる。こちらで対処するから下がれ』
千冬の声に、一夏は言い返した。
「ごめん、千冬姉。これを引き起こした原因は俺にもある。だから、やらせてくれ」
『巫山戯るな。教師として許可出来ん』
「向こうはやる気満々みたいですけどね……!」
ラウラが、VTシステムが突っ込んでくる。三人が散開すると、真っ直ぐ一夏だけを追いかけて来た。狙いが一夏に絞られているのは、まだ微かにラウラの意思が残っているからだろうか。
それならば、まだ勝機がある。
「一夏、エネルギーは、零落白夜はまだ使える?」
『ああ』
通信をしながら移動を繰り返す。
「なら、一夏のそれに賭けよう。織斑先生の動きは捉え切れないかもしれないけど、ラウラの意思が残ってるなら、そこが隙になると思う。一夏はその一撃だけに集中して。箒はボクと」
『ああ、任せろ』
仮想の千冬が相手であっても、そこにはラウラの意識が介入している。そして、此方は三人体制であり、一夏の一撃で終わらせられる。
当然、楽ではないのも承知だ。
『二人共、力を貸してくれ』
『ああ』
「もちろん」
四つの翼が空を舞った。
「あの馬鹿者共……!」
千冬は舌打ちをして、汎用機を借りて出ようとした。
そこへ通信が鳴る。他の教員達からかと思って出てみると、予想とは違う声が鼓膜を震わせた。
『やぁ、ちーちゃん』
「束……!」
篠ノ之束。
ISの創設者にして自由人。天災とも呼ばれる彼女が、通信の向こうにいる。
「まさか貴様の仕業か」
『まさか?それこそ、まさか。そんな筈ないよ。あんな、ちーちゃんの出来損ないを私が使う筈ないじゃない』
束はからかったり、敢えて誤魔化したりして人の反応を楽しむ節がある。しかし、珍しくこの時は明確に否定した。
『いっくんを観察したい誰か、ドイツ軍にいる何者かが仕込んだんでしょ。でも、悪いけど、いっくんに止めさせてあげてくれないかな』
「馬鹿を言うな。何故そんな……」
『お願い、ちーちゃん』
千冬の言葉を遮ってまで、束が頼み込んだ。
『お願い』
何故そこまでと、疑問が浮かぶ。
こんな切実な声を聞いたのはいつ以来だろうか。どうしてかと考えて、一つの予測に行き着く。
「束、お前……あの人と会ったのか」
『…………』
答えはない。それが、何よりも明確な返答だった。
「……此処へ、連れて来たのか」
『……うん』
小さな、とても小さな返事。
「……馬鹿が」
『ごめんね。後は任せたよ』
謝罪だけを残し通信が切れた。
切れた通信を握った千冬は、静かな悲しみに暮れた表情を浮かべていた。
箒が動き、シャルロットが牽制する。
少しでも、僅かでも、動きを制限する。
一夏の剣に全てを賭けて、一夏はラウラへ飛び込んでいく。
「ラウラ!!」
瞬時加速。
光を刺すような軌道で、相打ち覚悟の突き。
それはVTシステムを貫き、そして、ラウラと一夏は光に包まれた。
「……!?」
一夏の体が不意に軽くなる。
慌てて周囲を見渡せば、虹色の粒子を散りばめたような空間に浮かんでいる。上も下も分からない場所で、不思議と近くにラウラがいるのを感じた。
「……ラウラ、そこにいるのか?」
この空間を一夏は知らない。
精神世界と呼ばれる、ISを持つもの同士が、波長が合うもの同士が惹かれ合うと出現すると言われる、不可思議な現象。
一夏はそんな中で、ラウラに呼び掛けた。
「ラウラ、目を覚ませ!」
一夏の叫びに、ぼんやりとした声が返ってくる。
「織斑……一夏……?」
ラウラの声と同時に、膨大な記憶と意思が襲ってきた。
ラウラの出生。
試験管ベイビーの実験体。
ISの実験。
ナノマシン。
ドイツ軍。
人造人間であるラウラは、様々な実験体として使用されてきた。ISの適合試験も行われ、ナノマシンをも体に宿す。体と思考が追いつかず、ドイツ軍に入隊するものの、落ちこぼれとしての日々を過ごしてきた。
そんな中、ドイツ軍に千冬がやってきた。
彼女の指導の下、ラウラは体のポテンシャルを発揮。部隊のトップに立つ実力を身に付けることに成功する。
「……あぁ」
一夏は全て分かった。
何故、ラウラが千冬に執着したのか。
何故、一夏に恨みを持っていたのか。
全てを理解した。
「ラウラ、お前は」
「あぁ……本当は、分かっていた」
いつの間にか、一夏の目の前にラウラがいた。
眼帯が取れ、適合の際に生じてしまった金色の瞳が悲しげに揺れる。
「私は空っぽだったんだ」
実験を繰り返し、物として扱われた日々。
実力を伸ばせず、人としての存在も見つけられなかった。
千冬だけが自分を見てくれた。千冬がそこから救い上げてくれた。千冬が、千冬だけが、生きている意味を教えてくれた。
「教官は、私の生きる理由だったんだ」
だから、一夏が許せない。
本当は、モンドグロッソとか、そんなのは言い訳だった。
一夏の話をした時、千冬は笑っていたのだ。幸せそうに、今まで見たこともないような顔で笑っていた。
自分には、絶対に見せない笑顔で。
だから、一夏が許せなかった。
自分から千冬を奪って行く存在が、許せなかった。
「ラウラ。お前にとって、千冬姉は、初めて接してくれる『家族』だったんだな」
「……そう、なのだろうな」
一夏にとって、千冬は大切な家族であり、憧れの存在であり、そして。
「俺にとっての、最大の、後悔の象徴だ」
誘拐されたあの日。
千冬は助けに来た。
全てを捨てて助けに来た。
一夏はそれを喜び、感謝し。
そして、何故助けに来たのだと、そう思って。
「俺が誘拐されなければ、俺が強ければ、俺さえいなければ……」
千冬はきっと、完璧でいられた筈なのに。
何で俺なんかを助けたのか。何故助けた。
見捨ててくれた方が、いっそ。
「俺達は、正反対で、似た者同士だ」
「私の歪んだ思いが、このシステムを起動させてしまったのだな」
「お前は悪くない」
そんなことはないさと、ラウラは笑った。
「私は結局、空っぽの心を満たしてくれるモノを、求めていただけなんだ」
「なら、一緒に探そう」
一夏が手を伸ばす。
「ここにはさ、楽しい人達も、強い人達も沢山いる。皆、悩んだりしてるのは一緒だ」
だから
「探そう。お前がラウラ・ボーデヴィッヒである意味を」
「ああ……。ありがとう、織斑一夏」
ラウラが一夏の手を取る。
光がさらに広がり、そして、二人は感じ取った。
近くにいる千冬の感覚を。
そして、この学園の外に、誰かがいるのを。
「……これはっ」
精神世界が消える瞬間、一夏が目を見開く。
「この人は……!」
精神世界が崩壊した。
「…………!」
光が消えて、一夏とラウラが地面へ落ちた。
ラウラのISからはVTシステムが崩壊し、ラウラの制御下に戻っている。互いのシールドエネルギーは無くなっており、精神は酷く磨耗していた。
「……今の、は……!」
落ちそうな意識の中、駆け寄ってくる箒とシャルロットが目に入る。一夏は必死に手を伸ばし、彼女に叫んだ。
「……シャルロット!」
本名を呼ぶ。そのことに意識が向かない程に思考が回らず、焦っていた。
「早く、海の方へ……!岩場に……!」
感じた、人の気配は。
「シャルルさんが、そこにいる!」
「……!!」
シャルロットは迷わなかった。
その場で急旋回。アリーナを飛び出し、学園の外へと回る。使用区域外とか学則とか、そんな言葉は頭から消えていた。
一夏の様子からして良くないことは確かだ。
何故シャルルがいたのが分かったのか。
あの現象は何だったのか。
そんなことは、今は全てどうでもいい。
シャルルが近くにいるのなら、今すぐに会いたい。
「シャルル……!」
会いたい。
シャルル。
ただ、それだけの思いで。
「…………!!」
岩場にある人影。
寝かされるように横たえられた姿。
それがシャルルだと遠目でも分かり。
「シャルル!!」
シャルロットはその隣へ降り立った。
「………………っ」
降り立って、膝から崩れ落ちた。
シャルルは目を瞑っている。
胸が上下しているのは、呼吸をしている証だ。
だけど、そこには左目がない。
左腕も、ない。
服の隙間から見える全身に、多くの傷跡が残されていた。
この短期間で、シャルルは多くのモノを失っていた。
「あ……あ……」
視界が暗くなる。
頭から血の気が一気に下りた。
手足が震え、体が震える。ガタガタと震えて制御できない。歯がガチガチと鳴り、手を伸ばすのすら困難となる。
それでも、手を伸ばす。
彼に触れる為に、手を伸ばす。
シャルロットはシャルルの頭を抱え、胸に抱き締めた。
「あぁ……!」
後悔と、反省と、絶望が心に渦巻いた。その重みが、耐え切れず。
心が壊れる音がした。
今まで必死に誤魔化していたものが。
今までずっと耐えてきたものが。
延々と我慢していた何かが、崩壊する。
「ああああ……!!」
……私は。
私は何をしていたのだろう。
私は何をしていた?
シャルルを助ける為にと言って、学園に来るまで何も行動しなかった。学園に来てから一夏の情報を集めていながら、学園生活が、普通の日常が楽しくて、時間を無駄に使ってしまった。
その結果がコレだ。
コレで。
私の所為だ。
「あああああああっ……!!」
何で。
嘘だ。
嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ!
何で、どうして、こんな!
私の所為で、シャルルが傷付いた。
シャルルが多くのモノを失ってしまった。
嫌だ、こんな、こんな結果は。
彼が苦しんでいる間に、私はのうのうと楽しんでいたんだ。
ああ、巫山戯るな、巫山戯るな!
何で、何で、シャルルがこんな目に。
私の所為だ。
私が、私の、私なのに!
神様、どうして。
罰を与えるなら私にしてください。彼は何も悪くないんです。何でこんなことをするの。悪いのは全部私なのに。
シャルル。
ごめんごめんごめん。
嫌だ、こんな、嘘だよ。
こんなのってない。
だって、何も、シャルルは何も。
私が、私が、私が。
シャルル、シャルルが。
全部、私の……!
感情がごちゃごちゃで。
それは洪水のように止まらない。
止められない。
流されそうで、壊れそうで。
耐え切れず、もう
「……泣かないでよ、シャルロット」
小さな、小さな言葉が、それを止めた。
シャルロットの頬に、冷たく濡れた頬に、ソッと手が添えられた。
少しだけ開かれた右目。虚ろげな瞳はどこも映してはいない。
「……君が泣いてると、僕も悲しくなるからさ」
それでも、彼はシャルロットだけを見ていた。
「僕は君の笑顔が好きだから」
だから、ねぇ。
「笑っていてよ、シャルロット」
頬に添えられた手を、シャルロットは握り返す。それでも溢れる涙は止まらない。声にならない声で、シャルロットは泣き続けた。
ずっと、彼女は謝り続けた。
……ごめんなさい。
「……ル」
声が、響く。
「シャルロット・デュノア!しっかりしろ!!」
激励が轟く。
ハッと顔を上げた先、千冬がすぐ側で真っ直ぐに此方を見ていた。
「……先生、私の、名前」
千冬は確かに、シャルルではなく、シャルロットの名を呼んだ。
「今はそんなことどうでも良い。シャルルの傷は手当てされているようだが、かなり消耗が激しい。医務室へ運ぶぞ」
千冬は問答無用でシャルルを背中へ担ぎ上げた。
精神が混乱しているシャルロットには任せられないとの判断で、それは正しく冷静な思考である。
「ISを解け。目立たせたくない」
「先生……」
ISを解き、ヨロヨロと立ち上がるシャルロットに、千冬は出来るだけ優しい声で告げた。
「安心しろ。死にはせん。それに、ここは世界中から人が集まる場所で、最新の設備が整っている場所だ。医者も医療も充分だよ」
歩き出す千冬の背中を、シャルロットは覚束ない足取りでついて行く。
揺れる背中の上で、彼は小さく、そして懐かしそうに呟いた。
「……やぁ、久し振りだね」
久し振りだね、ちーちゃん。
「…………」
小さな呟きに、一瞬だけ、千冬の足が止まる。
「……怪我人は黙ってろ」
千冬は進む。
何処か泣きそうな顔は、背後にいるシャルルとシャルロットには見えなかった。
千冬は悲しげな瞳を閉じて、息を吐いた。
……束。だから、中途半端に手を出すなと言ったじゃないか。
一番傷付くのは、自分だと、分かっていただろうに。
そして、激動の一日は、悲しみの色を濃く残し幕を閉じた。