インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》   作:ひわたり

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誰かがいた。
ハッキリとしない白黒の世界。
出来の悪い古い映画を見せられているような、壊れた映像。
誰かが、そこにいる。
ベッドの上で寝ている彼女は、いつも不機嫌そうだった。
彼女はよく本を読んだ。
僕は彼女の為に本を幾つも渡していた。とても難しい本を何冊も、何十冊も、何百冊も読み上げる。
誰も分からないような、そんな数式を書き上げながら、彼女は今日もベッドの上にいる。
僕はその子に色々とした。笑わない彼女の笑顔を見たかった。
彼女の真似をして沢山の物を学んだ。
そんな事をしている内に、彼女は呆れながらも僕と話してくれるようになった。
相変わらず、笑うことはなかったけれど。
それでも、彼女が笑う時が一つだけあった。
ずっと笑わなかった彼女が、その時だけは、笑顔を見せた。
夢を語る姿に、その笑顔は、とても綺麗で。

『空を、飛びたいんだ』

彼女の命が尽きるまで、それは叶えられるだろうか。






君との再会

 

 

虚ろげな意識の中。

暖かな雨が落ちてきた。

冷たい雨でもなく、それでも海のように、少しだけ塩っぱくて。

微かな視界で、彼女を見た。僕を抱えて泣く彼女を見た。

「…………ト」

声が掠れる。体も思うように動かない。

それでも、僕は彼女に伝えなければならないことがある。

シャルロットに、伝えなきゃ。

「……泣かないでよ、シャルロット」

泣かないで。

これが僕の選択だったんだ。

これが僕の結末だったんだ。

それだけの話だ。

僕が勝手に動いて、勝手に進んで、勝手に落ちただけだ。

ただ、それだけなんだよ。

他に道はあった。僕はそれを捨てた。その結果、左目と左腕を失ったけれど、僕はそれでも良かったんだ。

だって、生きて、君に会えたから。

「……君が泣いてると、僕も悲しくなるからさ」

君の泣き顔は見たくない。

君の悲しむ顔は嫌だよ。

「僕は君の笑顔が好きだから」

君の笑顔が見たい。

君に、笑っていて欲しい。

「笑っていてよ、シャルロット」

そうしたら、僕も、幸せだから。

 

…………。

 

……。

 

「……っ」

体の痛みに、僕は目を覚ました。

目を覚ましたという、生きているという事実に、まず何よりも驚いた。

だけど、ここは何処だろう。

もしここがデュノア社管轄の何処かであったのなら、僕のやったことはまるで無駄骨となってしまうのだが。

清潔なベッドと清潔な服。

最初に目を覚ました時もこんな感じだったと、変に懐かしんでしまった。

何かを見ていた気がする。

遠く、儚く、届かない。

決して手に触れられない何かを、見ていた気がする。

「……起きたか」

脇から懐かしい声が聞こえた。

視線を動かすと、千冬さんが壁際の椅子に座っていた。

「おはよう、千冬さん」

僕の挨拶に、千冬さんは目を瞑った。

「…………。確かに、もう一度会う約束はしたが、こんな再会は望んでなかったぞ」

「うん、それは、ごめん」

僕は素直に頭を下げた。

「…………はぁ」

小さな息は、深い溜息へ変わった。どうも呆れられているらしい。

ベッドの脇に、見慣れた金髪があった。

僕を抱き締めるような、そんな体勢で寝ているシャルロット。

静かな寝息を立てている彼女の髪をそっと撫でる。久し振りに髪に触ったなと、頰が自然と綻んだ。

「…………」

千冬さんはそれを黙って見ていた。

人前でずっとやっているのも羞恥心があるので、手を止める。

千冬さんがいて、シャルロットがいるということは、此処はIS学園だろうか。僕は何故こんな所にいるのだろう。

それを聞く前に、千冬さんから質問が上がる。

「……何があった。シャルロットも男性を偽って此処へ来てるんだ。理由を話さなければ退学だぞ」

「それは困るね」

本当に困ってしまう。この学園はデュノア社から逃れる一時的な避難場所でもあるのに。

「話すと、少しだけ長くなると思うけど」

「構わん。話せ」

そして、僕は包み隠すことなく全てを話した。同情を誘うとか、そんなことは、千冬さんにはいらないだろう。必要な情報だけを抜き取り伝える。

僕が語り終えるまで、千冬さんはずっと黙って聞いていた。

「……以上です」

「成程」

千冬さんは一度頷いて、最初の一言目の感想を放った。

「馬鹿だな、お前」

「ええ、まったく」

火事の所から初手でミスをしているし、詰めも甘い。脱出の選択肢だって、他人を気遣って成功を潰していた。馬鹿と言われても仕方ない。

「馬鹿は死んでも治らんな」

死んでも。

確かに、僕は死んでもおかしくなかった。

なのに、僕は生きている。

「千冬さん」

今度は僕からの質問だ。

「どうして僕が此処にいるのか、分かる?」

あの状況で、あの状態で、何故生き残れたのか。

あの海の中、運良く海岸へ上がったとも思えない。オマケに、ここは日本だ。どうして此処まで移動しているのかも不明。

僕は一体、何に助けられた。

「…………」

千冬さんは暫く黙っていたが、やがて口を開き、その名を呟く。

「篠ノ之束」

篠ノ之束。ISの設計者。

「……何故、その人が、僕を?」

「分からないか?」

「…………」

分からない。今の『僕』では分かることが出来ない。

「でも、幾ら何でも、例えISを作れる天才でも。僕の危機に偶然、側にいるなんてあり得ない」

「私もそう思うよ」

まあつまり、と答えが続く。

「ずっと、見てたんだろうな」

「……ずっと?」

「そう、ずっと」

ずっとずっと、見てきて。

絶対に手を出さないと決めていて。

それなら見放せば良いのに、それも出来なくて。

だから見ているしか出来なくて。

だけど、彼が本当に死んでしまいそうになった。

なってしまった。

手を伸ばしてしまった。

「中途半端なんだ、アイツは」

完全に離れることも、完全にくっつくこともできず。ただそこにいることしか出来なくて。

千冬は大きく息を吐いた。感情の全てを代わりのように、息を吐き出した。

「千冬さん」

僕は彼女に声を掛けた。

「僕は貴方と、そして篠ノ之束と、会ったことがあるんですか?」

「いいや」

僕の質問を、千冬さんは否定し、断言した。

「確かに、あの時が初対面だよ『シャルル』。私はお前を知らないし、お前も私を知らないだろう」

「でも……」

「仮に」

尚も続けようとした言葉を遮られる。

「仮に、お前が何かを。別の記憶を見たのであれば、それは『お前』ではない」

お前であってはならないのだと、まるで懇願のように。私の言葉を否定するなと、その目が語る。

「束のことは忘れろ。アイツは影を追い求めてるだけだ。『シャルル』には関係のない話だ」

拒絶するような言葉。

それは正しいのだろう。

先程、分かるかと問われ、分からないと答えた。多分、それが全てなのだ。『僕』では決して分からない領域なのだ。

それは理解する。

だけど

「それは、無理です」

僕は、拒絶を拒絶した。

僕の言葉に千冬さんが睨んでくる。

凄い威圧感だったけれど、引くワケにはいかなかった。

篠ノ之束はずっと僕を見てきたと言った。それで納得した部分もある。

僕が目覚めたあの日。

山から、火から、死の場所から逃げたあの日。

あの日からずっと、誰かの声が聞こえていた気がした。

ごめんなさいと、ずっと謝っていた。

「僕は、彼女に伝えなければならない言葉がある」

シャルロットと出会ったあの時、僕はその答えを言っていた。

言った筈なんだ。

それを思い出せないけど、でもそれは、きっと彼女に必要な言葉なんだ。

「その答えを思い出せないけど、それでも、伝えなきゃならない」

だって。

「『僕』はきっと、その為に生まれてきたから」

確信を持った答え。

千冬さんは暫く何も言わなかった。

僕も何も喋らない。

静かな時だけが刻まれていく。

「……シャルル・デュノアは退学とする」

「千冬さん」

「その代わり」

千冬さんは声を強くして、そのまま続けた。

「その代わり、シャルロット・デュノアの転入手続きをする。部屋もお前と同室としよう」

「……僕が此処にいて良いの?」

IS学園はISを学ぶ学生達の場だ。

ISも動かせない男の僕が、此処にいて良いのだろうか。

「住む場所も金もないのだろう。臨時教師として、お前を雇ってやる。上には話を通す。主にISの設計や仕組みについて、お前に任せる」

「…………」

「ISを知ってるだろう。人並み以上に、深く知っている筈だ」

「……そう、だね」

機械系の知識を吸収した時、ISの知識も全て引っ張り出した。普通の一般人が知らぬ所まで、その知識は見えている。

「もうそいつが、シャルロットが『シャルル』である必要はないだろう」

シャルルはもう、此処にいるのだから。

「だが、その代わりと言ってはなんだが、此方からの要求がある」

「もちろん、聞こう」

そこまで僕達の為に動いてくれるのだ。可能な限り要求は飲む。

「お前が此処へ来たことはデュノア社には伝えるな。より正確に言うのなら、シャルロットとデュノア社の関係を続けて貰う」

シャルルは逃げ出したが、向こうは死んだ者と考えているだろう。あの海の中、腕をなくして、大量の血液を失った人間が生きている道理はない。

しかし、実際にシャルルは生きて、シャルロットの元へ帰った。

シャルルを取り返したシャルロットがデュノア社に従う理由はない。

だが、千冬さんはシャルロットとデュノア社の繋がりを断つなと要求してきた。

「それは」

サングラスの男の言葉を思い出す。

「それは、亡国機業が関係しているから?」

千冬が目を細めた。

刀のように研ぎ澄まされた瞳に、その向こうに殺意を垣間見る。

「どこで、その名を?」

「とある人から」

千冬さんは目を閉じる。殺意は消えていた。

「関わるな……と言いたい所だが、シャルロットの立場を利用する手前、そこに関しては何とも言えん」

「……僕が突っ込んだら、都合が悪いですか?」

「さあ、どうかな。何が正解かも分からん」

千冬さんの言葉からして、彼女から真相を聞き出すのは難しいかもしれない。迷っている面もあるのだろうが『僕』と『彼』を完全に別人扱いしている。

「束さんには、何処かで会えますかね」

なら、今現在で全てを知っているのは篠ノ之束だろう。僕を助けてくれたのだから、嫌われてはいないと思うのだが。

「難しいだろうな。奴がどこにいるかは想像付かん。すぐ近くかもしれないし、既に全然別の国にいるかもしれん」

連絡を貰うのも一方的だからなと、千冬さんは少し愚痴に似た口調で言った。

「多分近くにいても、話すかどうかはその時次第だろう」

「僕の命を助けてくれたのに?」

「それとこれとは別問題だ」

千冬さんが静かに立ち上がった。

「束は、怖いんだよ。お前と会うことが。お前と話すことが」

怖い。

その理由を想像してみる。

僕で考えれば、シャルロットが記憶喪失になったようなものだろうか。

その状態の彼女に会ったら、きっと、彼女はこう言うだろう。

『貴方は誰?』

ああ、それは、とても苦しくて。

とても、怖いな。

「……千冬さんは、僕と話すのは怖くないんですね」

「私は束と友人だ。そして、お前とも、友人だ」

それ以上でもそれ以下でもないよと、そう告げて、千冬さんはドアを開けた。

「ああ、そうだ。シャルル」

千冬さんは振り返ることなく、一言だけを残して行った。

「これ以上、女の子を悲しませるなよ」

颯爽と去る姿は非常にクールだった。

「……格好良いなぁ」

一夏くんが千冬さんに憧れるのも分かる気がする。自分というものを持っているだけに、それが確立されてて引き立っている。

「そう思わない?シャルロット」

僕は右手でシャルロットの頭を撫でた。

もぞりと、シャルロットの頭が動く。彼女が途中から起きていたのは知っていたし、千冬さんも気付いていただろう。

「…………」

殆ど布団に隠れた顔から、夜空に似た瞳が僕を写した。

「学園生活はどうだい?女子校のようなものだから、男装してたら色々大変だったとは思うけどさ。異国の地だから、友人とか作り放題でしょ。これを機に、友人を増やして……」

「シャルル」

シャルロットが抱き着いて、胸に顔を埋めてきた。背中に両腕を回されて、ぎゅっと力を込めてくる。

「シャルル」

その手は震えていて。

体が震えていて。

声も、震えていて。

悲しませるなと言われてすぐに、僕はこの娘を泣かせてしまったようだ。

誰よりも大切な家族を、悲しませてしまった。

「シャルロット」

僕は右腕だけで抱き締め返した。両腕がないのを、左腕を切り落としたことを、この時に初めて後悔した。

「僕は生きてるよ」

「……うん」

「君の側にいるよ」

「うん」

「此処にいるから」

「うん」

だから、だからさ。

「泣かないでよ、シャルロット」

君が泣いてると、僕も悲しいから。

君の悲しむ顔は見たくないから。

君の笑顔が見たいから。

「笑っていてよ」

シャルロットが幸せであることが、それだけで良い。

「……シャルル、指切り、覚えてる?」

「覚えてるよ」

離れないと約束して、離れてしまった。僕達の意思ではないけれど、約束を違えたことに違いはない。

何より、僕は死を選ぼうとした。

誤った選択へ手を伸ばした。

それは約束を破った事と同意義だ。

「だから、お願い事、一つ」

シャルロットの体が離れる。

泣きそうな顔で、でも涙は流さずに、笑って見せた。

精一杯の笑顔で、シャルロットは笑った。

「側にいて、ずっと、側に」

それは指切りの約束と同じで、正反対で。

離れないという約束を。

側にいるという約束に。

「うん、約束する」

僕とシャルロットは小指を絡めて、約束を交わした。

今度は間違えはしないと誓って。

 

 

 

 

「……そういうわけだ。あの人には手を出すなよ、更識」

人気のない教室の中で、千冬は目の前にいる青髪の少女を見る。

「ええ、織斑先生のお願いであれば、勿論反対する理由もありません」

更識楯無。ISの生徒会長にして、暗部で務める一家の娘。

IS学園は世界中から学生が集まる場所であり、その中には様々な事情を抱えている者もいる。教員の目が届かない場所では、更識家のように生徒に混じって動いている者もいた。

「個人的には、篠ノ之博士と織斑先生が御執心というだけに、興味は惹かれますけどね」

「奴の素性を暴こうとすれば、脅しではなく、殺害されても文句は言えんぞ」

もっとも、と付け加える。

「絶対に知る事は出来ないけどな」

「絶対、ですか」

そこまで言い切れるのかと、楯無は逆に首を傾げた。確かに、篠ノ之束が関わる時点で碌な事ではないのは承知だが、情報がそこまで消されてるのだろうか。

「本人が思い出す事は」

「無いよ」

希望でも推測でもなく、それは無いと千冬は述べる。

「欠片を記憶に見る事はあるかもしれん。だが、全てを見る事は不可能だ」

楯無は千冬の顔を見た。

目を伏せるような仕草は何処か悲しそうで、幼い少女を思わせた。

「それより、一夏の様子は?」

「精神世界から帰ってきても異常は無さそうですね。一瞬、精神世界が爆発的に広がったのは、意見が重なったから……綺麗な言い方をすれば、心が重なったからでしょう」

「そうか」

楯無は一夏達の情報から、彼等が精神世界で千冬の存在を、そしてシャルルの存在を感じたと言っていたのを知っている。

しかし、それを突っ込む事はしなかった。

「VTシステム。亡国機業だと思うか?」

「さあ、何とも。一夏君と白式の情報を得たい誰かさんは、それこそ千差万別にいますし」

「更識家もか?」

「ノーコメントで」

千冬の揶揄いに、楯無は笑顔で流した。

「まあ良い。今度は一夏を少し一人部屋にして様子を見よう。周りの変化でまた考える」

「ちょっかいだしても?」

「好きにしろ」

千冬は先に教室から出て行った。

残された楯無は机の上に腰掛け、思考を巡らせる。

「……一夏君と同じくらい、シャルルって人が大切なのかな」

三人の関係を予測し、精神世界の事を考えてみると、もしかして身内なのかと予測してみる。

「…………」

精神世界がまず滅多に起きない現象であるのは前提だが、波長が合えば精神世界に巻き込まれたり触れることは可能だ。

一夏とラウラの意識共有は千冬の事だった。

それなら、精神世界で千冬を感知できた理由も分かる。

「……だけど」

なら、シャルルは何だ。

仮に身内でも、ラウラの意思はそこには無いし、一夏だって此処にシャルルが居たとは思ってもない筈だ。

オマケにシャルルはISを所持して無い上に、男で動かせることもない。

「……謎ね」

一体、彼は何なのか。

興味はあるが、好奇心が致命傷になり得ると、それ以上考えるのを止めた。

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