インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
シャルルが目覚める少し前。
大会後、シャルロットは訪れていたデュノア社の者と現状を報告する予定だった。一夏から直接情報を得た後の予定であったが、もうその必要もない。
大会は少し後に再開されている。一夏のペアとラウラのペアはこの時点で戦闘不能の為、大会への参加は無かった。
保健室とは別に、重症患者を運ぶ医務室がある。
通常、ISの絶対防御がある為なかなか使用される機会のない部屋だが、様々な国際事情もありこの部屋も完備されている。
シャルルの傷は完全に塞がっている。というより、手術して治療されていた形跡があった。
その為、ベッドに寝かし、点滴のみで様子を見ることになる。
「後はよろしくお願いします」
「ええ。……と言っても、ここまで綺麗な施術だと、することないけどね」
そう言って、女医は笑った。
この時にシャルルが目覚めていれば、最初に病院へ運ばれた日に、自分を担当していた医者だと気付いたことだろう。
「厄介毎に巻き込まれるのは、性分かね」
「……寧ろ、厄介な物を抱えている女と関わり過ぎなんですよ、彼は」
女医が笑い、千冬が溜息を吐く。
ベッドで寝かされたシャルルを見ていたシャルロットが立ち上がる。その顔は決意に満ちた顔をしていて、千冬はそれを察した。
「待て、シャルロット」
「どいていただけますか、織斑先生」
ドアの前に立ち塞がった千冬。シャルロットは怯むことなく対応する。
シャルルという弱点がなくなった今、彼女を止める術はない。
「いや、退かない。お前、デュノア社との繋がりがあるだろう。大方、内容は一夏を探れとか、そんな物の筈だ」
何故、とはシャルロットは問わなかった。
シャルロットという本名を知っていて、シャルルを見ても動揺はしていない千冬だ。どの程度かは分からないが、凡その所は知っているに違いない。
千冬が敵だとは思わないが、完全な味方でもないというのがシャルロットの見解である。
「それが、何か」
「お前はシャルルを人質に取られていた。そうだな?」
シャルルを取り返した。
なら、もう従う必要はない。
「シャルロット、シャルルの存在は隠せ。情報はまだ掴めていないと報告し、デュノア社との関係は続けてくれ」
「嫌です」
間髪入れず拒絶の言葉が放たれる。
「デュノア社とはこれまでです。もう関わらない」
「シャルロット」
「貴方まで、彼を利用するつもりですか」
容赦のないシャルロットの質問に、グッと千冬が言葉を詰まらせる。
「それならば、私は許しません」
シャルロットは待機状態であるISを掲げる。
千冬が生身でISと拮抗できることはラウラから聞いている。それを疑ってもいない。
しかし、生身は生身。
「今ここで暴れて、シャルルを連れて逃げ出します」
爆発物を防ぐ手立てはない。ISなら即座にシャルルを連れ去ることが可能だ。行く当てなど無いが、それでも、これ以上誰かに利用されながら生きていくより何倍もマシだ。
「落ち着け、シャルロット。私は敵になるつもりはない」
「彼を利用するなら同じこと」
シャルロットは一歩下がる。千冬との距離を離し、少しでも優位に立つ。
「私達は利用された。その結果がコレですよ」
シャルルの左目と左腕の損失。
引き裂かれた二人の時間。
破壊された人生。
「もう良いでしょう……!」
もう、これ以上は。
「私達を放っておいてよ!」
「それは無理だね」
背後から声。
反応し切れない。
シャルロットは背中から床に叩き付けられた。
首に当てられたのはスタンガンのような物。
「ISを展開する前に君を気絶させられる。下手な動きはしないで」
冷たく響く声。
赤く靡く髪。
派手な衣装に、緊迫した場面とは不釣り合いな兎耳。
「篠ノ之束……!」
ISの創設者が、そこにいた。
「束、お前、ここに居たのか。あの時居なかったじゃないか」
「精神世界の領域くらい計算してるよ」
千冬の言葉にも、束は淡々と答えた。
シャルロットは一夏から束のひととなりを聞いている。身内にはとてもテンション高く接してくる人物だが、他人には酷く冷たいと。
しかし、今この状況は、冷たいの一言で表されるものではない。
「シャルロット・デュノア。何も、一夏の情報を与えろとか、定期的に連絡しろと言ってるわけじゃない。現状を維持しろと言ってるの。それだけの話」
まるで感情のない命令。テレビで束の写真などを見たことはあるが、本当に同一人物かと思わされる無表情。
「それに従う理由なんて……!」
「理由が必要?なら、私は彼を助けた。命の恩人。それで充分な理由になるでしょう」
だから従えと、束は容赦なく言い放つ。私が居なければ彼は死んでいたのだから、感謝をするなら従えと。
そんな束に、千冬は肩に手をやった。
「束、言い過ぎだ。それでは……」
「邪魔をしないで、千冬。貴方が出来ないことを私が代わりにしてるだけ」
千冬。いつものような、ちーちゃんと呼ばない彼女。
冷徹であると同時に、本気具合と、そして余裕の無さが感じ取れた。
「それが余計なことだと言っている」
「余計?だから千冬は甘いんだ。感情に捕らわれてるから、動けない」
「一番感情に捕らわれてる奴がよく言う」
ギロリと、互いの瞳が鋭く交差する。
緊張が走る空気を、パンパンと手の鳴る音が裂いた。
「はいはい、そこまで。皆、熱くなり過ぎでしょ」
女医はにっこりと笑って手を広げた。
「コーヒーでも飲んでリラックスしましょう。ね?」
「……そーだね、そうしようか!」
パッと束が笑顔でシャルロットから離れた。その変わり様に困惑していると、千冬が手を差し出してきた。
「大丈夫か、シャルロット」
「ええ、大丈夫です」
シャルロットは千冬の手を借りることなく立ち上がる。
「……貴方と篠ノ之博士は協力者ではないのですか?」
「協力者ではある。最終目標は同じだからな。ただ、その方法で相違があってな」
千冬は眉を揉んで、どうしたものかと溜息を吐く。
「どうしたのちーちゃん。ティータイムだよティータイム」
先程までの殺意は何処へやら。やたらテンションの高い様子で束は机の席へと着いた。
「…………」
普段の人格と、人が変わったような殺意。
一瞬だけ、シャルロットは束をシャルルに重ねた。
「……篠ノ之博士」
「束で良いよ。あの人の家族でしょ」
席に着きながら話すシャルロットに、束はあっさりと受け入れた。
千冬も席に着く。程なくしてコーヒーが全員分配られた。女医は席に着かず、離れた所へ行って会話を聞かないようにした。
「……では、束さん。貴方がシャルルを助けたと仰いましたね。それは感謝しています。ですが、それなら、貴方が直接此処へ連れてきても良かったのでは」
「私は彼に会いたくないんだよ」
束の答えに、シャルロットはどういうことかと首を傾げる。それを見た束は少しだけ答えを付け加えた。
「正確に言うなら、話したくない。あの時、起きる気配があったから手放したけどね」
それに、君にとっても必要だったでしょう。
そう言われて、シャルロットは言葉に詰まった。
「彼が起きる前に私は行くよ。だから、サッサと話も済ませたいんだ」
ニコニコと笑っているが、その笑顔の下には有無を言わせぬ迫力がある。
「……要求は分かりました」
シャルロットはシャルルの事で感情的になっていたが、少しだけ冷静に考えられるようになった。
織斑千冬と篠ノ之束。
モンドグロッソの優勝者という戦闘力に加え、ISをコアから作成できる頭脳の持ち主。その二人を以ってしても捉えきれない何か。
狙っている何かがある。
「デュノア社自体が目的ではないのでしょう。その裏にある、デュノア社長が動いた目的の部分が重要なのですね」
従わせたいのなら理由を話せと、シャルロットの目が語る。少なくとも、現段階で決定権はシャルロットにあった。
この二人がシャルルを人質に取る事はない。そして、シャルロットの行動が全てを決めるのだ。
「後戻りは出来んぞ」
「するつもりもありませんよ」
何であれ、シャルルの敵となるのなら、戦う覚悟は出来ていた。
千冬は小さく嘆息すると、シャルロットの目を見て聞いた。
「……亡国機業、聞いた事があるか?」
「いえ、知りません」
「細かい素性は兎も角、裏世界にその組織があると思ってくれれば良い」
「組織というより、組合というか、集りみたいなものだけどねー」
千冬の台詞を束が捕捉した。
「組合……集り、ですか?」
千冬が頷いて答える。
「そう。つまり、亡国機業を名乗っていても、本体と全然関係のない場合もあるし、ただの末端組織の場合もある。酷い時は全く関係のない組織が名乗ってる時もある。個人からグループ、企業から政府まで、その幅は非常に大きい」
「裏では有名な組織なのですか?」
「裏の裏で牛耳ってるって言っても良いかなー」
「お前がよく言うよ」
束の気軽な発言に、千冬がやや呆れ気味で言う。
「……でも、それなら、簡単に捕まえられそうな気もしますが」
有名というからには、何処からでも手を出せそうな気もする。デュノア社に拘る理由などあるだろうか。
「集りだって言ったでしょう?どれだけ捕まえても繋がりがなくて、スカが多過ぎるんだよ。本物と呼べるのは一つのみ。本体、というよりは頭脳。私達が見つけたいのは、ただ一つ。本物の亡国機業の所にある『モノ』」
束が笑う。
しかし、その目は笑わない。
「私達は『それ』が欲しい。でも、何処にあるか分からない。常に移動してる可能性もある」
「亡国機業を名乗るだけなら安いものだからな。この学園にも何人もいるだろうさ」
サラリと千冬はとんでもない事を言ってのけたが、気に留めることもないとばかりの表情である。
「いっくん……つまり、織斑一夏のことだけど、男性操縦者の存在が出たことで亡国機業が動いた。そして、本物も動いた形跡がある。焦りもあっただろうね。そして『それ』も動いた可能性が出てきた」
千冬の瞳が一瞬束に動くのをシャルロットは見た。その瞳は少しだけ怒りが込められている。
どうやら、織斑一夏を、男性操縦者を出したのは束の意思なのだろう。ISの造り手だ。男性操縦者を出す事は不思議ではない。
「…………」
しかし、束にとって身内であるはずの一夏までも、彼女は利用するのか。
彼女の中では一夏よりも、シャルルの方が大切、なのだろうか。
「……デュノア社長が『それ』と接触した可能性があるという事ですか」
「そう。正すなら『それ』へ接触する可能性が出てきた」
接触するにはデュノア社長が任務を達成すること。
そうすれば『それ』と接触出来る。
亡国機業の手によって、莫大な金と名誉、そして様々なパイプを得る事が可能となるだろう。
「現段階で判明していて、直接『それ』への糸があるのはそこだけ。さっきも言ったけど、亡国機業を名乗るものなら幾らでもいるんだ。亡国機業という組合は『それ』から知識とか情報とかを買うだけだからね」
だから
「この糸を切らせるわけにはいかないんだよ、シャルロット・デュノア」
束の目が鋭くなる。
笑顔が消え、再び仮面が剥がれ落ちた。
「拒否をするなら、君をこの場で殺してでも留める。デュノア社に乗り込む強行手段は下策中の下策だけど、糸を切られるくらいなら、それも止む無し」
長い間、この時を待った。
それを台無しになどされたくない。
事は慎重に運びたいが、糸を切らされるより余程マシだ。
「…………」
……私を殺してでも。
ああ、篠ノ之束。
貴方は、そこまでしてでも、シャルルに手を出したくないのか。
「……最後に一つだけ、質問です」
シャルロットにとって、シャルルは大切な存在だ。
「それは、シャルルが関係しているんでしょうか」
だから、これは大切な問い。
束と千冬の目が合う。
どうするか、ということではなく、どちらが答えるか、という意味。
「……関係ある」
答えたのは、束。
「関係、あるよ」
それは逃れられない事実だと言うように、束は少しだけ瞳を伏せた。
「……良いでしょう」
シャルロットは受け入れた。
シャルルの家族である彼女は、その提案を受け入れた。
「貴方達の要求を飲みましょう」
ただし、と続ける。
「シャルルもそれを受け入れてくれれば、ですが」
「良いよ」
ニッコリと、束は再び笑顔の仮面を取り付けた。
「取り敢えず、今回は何も無かったと報告しましょう。織斑一夏と白式の情報は、貴方達から許可を得た場合、という事で宜しいですね?」
デュノア社長が動く条件は織斑一夏の情報を与えた時だ。彼女達が計画的に動いているというのなら、それに合わせるのが良いのだろう。
「そこまで理解してくれて助かるよ」
話し終えた頃には、誰も手をつけていなかったコーヒーは冷め切っていた。
シャルロットはデュノア社の社員に何も無いと偽りの報告を終え、医務室へと帰ってくる。
そこに既に束の姿は無い。
疲れを覚えたシャルロットは、シャルルの側へ行き、浅い仮眠を取るのだった。