インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
千冬に呼び出されたシャルロットは、人気のない場所で彼女と向かい合っていた。
暫く無言の時が続き、痺れを切らそうとしたシャルロットが口を開く前に、千冬が口を開いた。
「なぁ、シャルロット。お前、シャルルが好きか?」
千冬のストレートな質問に、シャルロットは恥ずかしがることなく、臆することなく答える。
「はい」
家族として。
人として。
一人の男として、シャルロットはシャルルが好きだった。
偽りもないその気持ちに、真っ直ぐさと真摯さを見て、千冬は静かに目を瞑る。
「なら、手放すな」
千冬の言葉が、浮ついた助言でないことは分かる。だが、その真意は掴めない。
「シャルルの……『彼』の記憶が完全に戻ることはない。断片的には戻ったとしても、完全には戻らない」
「それは」
シャルロットは思ったことを、そのまま口にした。
「それは、千冬さんの願いですか?」
その言葉に千冬は目を開いた。僅かに揺れ動く瞳が、彼女の感情を表しているようであった。
「理屈的に不可能だ」
だけど。
「私の願いでもある」
思い出して欲しい。思い出して欲しくない。相反する気持ちは、天秤のように傾きながら交互に揺れていた。
「だが兎も角、仮に記憶が戻れば、絶対にシャルルは混乱する。見た目には変わらずとも、絶対に」
だから、目を離すな。
「それが分かるのも、それを知ることができるのも、シャルロット。お前だけだ」
千冬は頭を下げた。
彼女が頭を下げるという行為に、シャルロットは目を丸くして驚いた。それに構わず、千冬は言葉を零す。
その思いを口にする。
「お前がシャルルを助けてやってくれ」
どうか、どうか。
「彼の家族で、在り続けてくれ」
それだけが、彼女の願いだった。
▽
僕は短い時間で仕事を上がった。
というより、上がらさせられた。
部屋の準備もあったり、初日という理由もあったが、実際は人質の件で気を遣われただけだろう。
折角IS学園に来たのだから、間近で生のISを見てみたかったのだが。これまで殴られたり剣を突き付けられたりと碌な思い出がないし。
「悪いね、一夏くん。手伝ってもらって」
「いえ、このくらいなら」
放課後、一夏くんが手が不自由なら不便だろうと手伝いに来てくれた。シャルロットは千冬さんに呼ばれたようで、同室であった一夏くんに頼んだそうだ。
シャルロットの私物はキャリーバッグに入っていたので、それは僕が運ぶ。一夏くんには買っておいた僕の服なんかや、軽い掃除を頼んでおいた。
「うまいものだね。僕は家事がさっぱりだから、素直に尊敬するよ」
片腕が利かなくなった分。ただでさえ出来ない家事が余計に出来なくなったのは辛い。
「照れますね。ここだけの話、千冬姉は家だとグータラですから、俺が自然とやってただけなんですけどね」
「ああ、何か食事とかに気を遣いそうにないね。自分のことを蔑ろにするというか」
「分かります?こういう話すると、大抵はちゃんとしてそうって返事が来るんですけどね」
何となく想像つく。僕とシャルロットの関係に近い所があるかもしれない。
「シャルロットから、ある程度は聞いてるんだっけ?」
シャルロットは一夏くんの情報を得る為に色々と話してしまったそうだ。人の事を言えないけど、随分と危険な賭けに出たと思う。
「ええ、少しは。シャルルさんが目を失った理由は知りましたけど、腕まで無くしてるなんて」
「これは逃げる時に必要だったからね」
「必要、で切り捨てられるのが凄いですよ」
異常だろうね、と僕は内心同意した。
痛みを感じないわけでもない。怖さはある。それでも実行してしまえるのは、やはり何処か壊れているのだろうか。
家族の為なら、自分さえ捨てられる。
家族で、僕は一夏くんに一つ尋ねた。
「一夏くんて千冬さんの事好き?」
もちろん変な意味ではない。一夏くんもそれは分かっているようで、素直に答えてくれた。
「へ?そりゃあ、嫌いじゃありませんよ。たった一人の家族ですし」
「束さんは?」
「あの人は正直苦手ですね……。羊の皮を被った狼みたいな感じで……」
そうなのかと、漠然と想像する。どうも、僕の中で束さんのイメージが固まらない。実際に会ってないからだろうけれど。
「答え難かったら良いけど、一夏くんのご両親は?」
「別に構いませんけど、両親の事はまるで覚えてないですね。物心付いた時から千冬姉だけでしたし、写真も残ってなかったみたいで」
「そうなんだ」
フランスの時から思っていたが、僕が言えた立場ではないが、やはり複雑な家庭環境らしい。
……しかし、一夏くんが記憶にない時からとなると。
「住む場所とかお金とかどうしてたんだい?」
「家は元からありましたし、近所の人達に助けてもらっていましたから。箒の家族にはよくお世話になりました。今思えば、千冬姉も大変だったんだと思ってます。何かで恩返し出来れば、とも考えているんですけどね……」
「一夏くんの歳なら、まだ自分の道を考えていくだけで良いと思うよ。余裕が出てきたら、周りに返していけば良いさ」
何て、偉そうには言っているけれど。言うのは容易いが、実行するのは難しい。
僕は返せたのだろうか。返せているだろうか。セリーヌさん、僕は少しでも返せていますか。
かつての僕の家族は、どうだったのだろうか。
そんな話をしていると、暫くしてシャルロットが帰って来た。
「ただいま。一夏、ありがとう」
「おかえり」
「これぐらい、どうって事ないよ」
そういえば、と一夏くんが思い出したように振り返った。
「シャルルさん、浴場使います?」
「浴場?部屋のシャワーじゃなくて?」
「ええ、大浴場があるんですよ。普段女性しか使えないんですけど、ついこの前、時間指定で男性も使えるようになりまして」
IS学園のように女性がほぼ占める割合が多いと、トイレでも浴室でも肩身が狭いのは仕方がない。
「一々、お湯を張る手間も省けるし、足も伸ばせるんで気持ち良いですよ」
「成程、それは魅力的だね」
ゆったりお風呂に浸かるなんてのもなかったし、今夜にでも早速使ってみようか。
また明日と一夏くんが去り、シャルロットと二人きりになる。
「浴場入りたい?」
「そうだね。そっちの方が疲れ取れそうだし」
「背中流してあげようか?」
「いや、そこまでしてもらわなくても」
片腕がなくて不便ではあるが、一人で体くらい洗えないと今後困るだろう。
まだ短時間であるが、ふとした時に無いのだと気付く時が多々ある。本を手に取った時もそうだし、物を取っている時に他の物を取ろうとする時もそうだ。
大切な物は無くしてから気付くというが、初めて手の有り難さというか、失った大きさを思わさせられる。
それでも後悔はないけれど。
「いいなら、いいんだけど」
シャルロットはあっさりと引いた。
「じゃあ、夕食でも作ろうか?」
「ああ、良いね」
「嬉しそうだね」
久し振りのシャルロットの料理だ。テンションが上がらない筈がない。結構楽しみにしていたんだ。そりゃあ嬉しくもなる。
何となく気恥ずかしかったから、本人には口に出して言わなかった。
「手伝おうか?」
「いや、結構です」
真顔で断られた。手がある無しに関わらず、素の反応である。うん、分かってたけどね。
「お皿くらいなら良いよ」
「了解です」
どうだろうと、変わらないものもあるのだろう。こんな何気ない時間が懐かしく感じた。
ご飯を食べ終えた後、シャルロットに浴場の場所を教えてもらう。
一応、誰か入ってないか先にシャルロットに確認して貰った。誰もいないとの返事が来たので、心置きなく入らせてもらう。
ドアを引けば、篭った室内の独特の湿気を全身に感じる。湯気でやや白くなる光景の中、意外と広い浴室が広がっていた。無駄にテンションが高くなる。いつか温泉旅行とか行っても楽しいかもしれない。
「……で、どうして一緒に入ってるんですかね?」
「入らないとも言ってないよ」
僕が体を洗う横で、シャルロットも身体を洗っていた。
僕は出来るだけシャルロットが視界に入らないように気を付ける。いくら前は裸を見たことがあるとはいえ、流石に成長したシャルロットの裸体は色んな意味で刺激が強い。
「……む」
背中が上手く洗えない。あと、使ってる右腕も洗えない。
「くっ……!」
頑張ってみるが、体の硬さが変わるわけもなく、肩と腕が痛いだけに終わる。
「…………」
視線を感じたので振り返ってみると、シャルロットとばっちり目が合った。
「背中、流そうか?」
ほら見ろと言わんばかりの質問に
「……お願いします」
僕は頭を下げたのだった。
シャルロットにタオルを手渡して洗ってもらう。手の届かなかった所が綺麗に洗われていく。
「そういえば、前にもこんなことあったね」
「洗う方?洗われる方?」
「両方」
お互いに精神が弱ってる時にお互いを洗った。体を清める、という行為は大切な行為だけれど、無防備な状態で相手に体を任すというのは、それだけの信頼が無ければ出来ない行為だとも思う。
「ねぇ、シャルル」
「何?」
だから、シャルロットの言葉は、何処かで予想が着いていた。
シャルロットが手を回して抱きついてくる。分け隔てる布一枚さえなく、体と体の体温が重なり合った。鼓動が聞こえ、彼女の柔らかさを直に感じる。
「私、シャルルが好きだよ」
それを、僕は、多分知っていた。
「家族としても、人としても、一人の男としても、私はシャルルが好き」
知っていたから、返答することができなかった。その代わりに、僕は別の事を聞いた。
「……さっき、千冬さんに会って、何かあった?」
「うん、まあ、そんなところ」
そうだろうな。シャルロットがいきなり告白をしてくる理由など、何かあったとしか思えない。
だって、きっと彼女自身も、僕の答えに予想が付いているのだから。
「僕はシャルロットが好きだよ」
でも、それは。
「家族として、人としても」
だけど。
「……でも、一人の女としては、正直、分からない」
僕は僕が分からない。
僕は僕を信じられない。
僕が僕のままでいられるか分からない。
シャルルである僕は、人との関わりに壁を感じていた。薄いガラスの壁から外を眺めているような、そんな錯覚。少し力を入れてしまえば壊れるのだろうが、それは同時に、シャルルである僕自身を失いそうで。
シャルロットを好きな気持ちに偽りはない。
だが、それがどのような好意なのか判断し切れない。
過去の僕は、過去の『彼』は誰かを好きになったことがあるのだろうか。
誰かを愛したことがあるのだろうか。
あの少女を、どうしたのだろう。
「うん、知ってる」
それでもと、シャルロットは続けた。
「私の気持ちを知っておいて欲しかった」
「シャルロット」
「答えはいらないよ。だけど、覚えておいて。私は君が好きだから。記憶何て関係なく、私はシャルルが好きだから」
それだけは忘れないで。
それは願いで、想いで、祈りで。
僕は卑怯なのだろう。
シャルロットの気持ちが変わらないと思っていて、恐らくそれに間違いはない。だから、答えを保留にしようとしている。シャルロットの気持ちを断ろうとも、家族として過ごしていけるとも分かっている。
僕の記憶。
かつてシャルロットは僕に思い出さなければならないと言った。それに頷きはしたが、当時はそこまで真剣にも思わなかった。今の家族がいて、シャルロットがいて、僕にはそれで充分だったから。この時ならば、多分シャルロットの気持ちにも答えていただろう。
だけど、今は違う。
僕は自分で思い出したいと思っている。思い出さなければならないと思っている。
束さんに、何かを伝えなければと、そう思っていて。
シャルルという僕が産まれた理由はそこにある。根拠も理由もないのに、確信を得ていた。
僕は束さんの何だったのか。千冬さんの何だったのか。シャルロットの何でありたいのか。
シャルルでいたいのか、それとも『彼』でありたいのか。
「シャルロット」
僕は、或いは『彼』は、何かを間違えたのだ。
大事な何かを間違えて、だから、今こうなっている。
それを僕は正さなくてはならないのだろう。
「いつか、答えを見つけるから」
「うん」
「だから、待っていて」
それでも、僕は彼女の手を離したくはなかった。
僕はどこまでも卑怯だった。