インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》   作:ひわたり

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人の成り立ち

僕がシャルルと名付けられてから数ヶ月。

僕は時々、自分の具合を尋ねてみたが、大丈夫や問題ないという返答しか返ってこなかった。事故に遭って記憶をなくした時点で大丈夫も何もないのだが、余計な刺激を与えない為に秘密にされているであろうことは容易に想像がつく。

未だ退院の目処は付いていないが、僕の知識は飛躍的に伸びていた。既にフランス語は完全と言えるくらいに話せるようになったし、読書も筆記も出来る。

「何で教えてた私より難しい言葉を知ってるのかな」

「そんなことを言われても」

僕の先生であるシャルロットは、あっさりと彼女の知識を追い抜いてしまった事が不愉快らしく、ぷりぷりと怒っていた。

体の調子が戻ると、知識や言語の量が一気に増えた。吸収率が良かったのか、或いは元々知っていた可能性もある。

兎に角、これで暇潰しの幅が広がった僕は、偶に見舞いに来るシャルロットに図書館で本を借りてくるようにお願いするのが日課になっていた。

「ねぇ、シャルル。いっつも君は難しい本を読んでるね」

「知識を増やすのは楽しいよ?」

「否定はしないけど、天才ってものを間近で見てる気分だよ」

「僕が天才だったら、ISを作った篠ノ之束さんは神様じゃないか」

あんな、世代を超えた物など、僕には作れそうにない。

「あれは天災だよ」

天才から天災と返してくる辺り、シャルロットも大分日本語を覚えたと思う。

病室で本が入った鞄をシャルロットが渡して来たので、それを受け取る。代わりに、読み終わった本をシャルロットへと手渡した。

このやり取りにも慣れたもので自然な動作で出来る。借りる期限の都合もあるが、それにしたって割とシャルロットが訪れる割合が多い。たまに母親であるセリーヌさんと一緒に来る時もあるが、すぐに何処かへ行ってしまう。大人がいては気が休まらないと気を遣っているのだろうか。

兎に角、シャルロットが来ている間、必然的に彼女を無碍にすることはできない。とは言っても、僕に出来ることは彼女の話を聞くくらいしか出来ないのだが。

「シャルロット。前にも言ったと思うけれど、僕の所に来ないで友達と遊べば?」

「前にも言ったけど、友達と呼べる子が出来たらそうするよ」

シャルロットに友人が少ないというのは、本人の談である。それを事実と思わせられるように、彼女は割と僕の所へやってきた。

最初に僕は、助けた人間がどうなったのか、言葉が分からない可哀想な外国人、という考えで来ているのだと思っていた。

だが、どうも他に友人がいないのが最も大きい理由らしい。

話していてやたら楽しそうな顔をしていると思っていたが、他に気軽に話せる人間が居なかったのだろう。不憫である。

「僕で孤独を紛らわすのも違うと思うけれど」

「え?私達、もう友達でしょ?」

「…………まあ、そうだけど」

……人の善意に漬け込んでからに。

少し口の端が浮かんでいるのを見ると、分かってて言っているようだ。質が悪いよ、シャルロット。

「それに、私が本を持ってこなかったら、誰が持ってくるの?」

「すみません、これからも宜しくお願い致します」

「分かれば宜しい」

それは困ると素直に謝れば、彼女はまだ成長過程の胸を偉そうに張った。

「…………」

しかし、僕は彼女の事情を知らない。

話している感じから、特別人嫌いというわけでもなく、コミュニケーション能力もある。寧ろ、話し好きであったり、可愛い物好きであったりするようだ。人間性に問題があることもない。人として好ましい部類に入る。

意図的に友人関係を築いていないとなると、僕が口出しできるものでもない。

また、僕を友達扱いしている事から、シャルロット自身は好んで友達を作っていないわけでもないのだろう。

「…………」

……そうなると、問題なのは家庭か。それとも社会的な地位か。

何も知らない僕だからこそ、この関係が成り立っているのかもしれない。

「考え事?」

「君の事について考えてた」

「それ、口説いてる?」

「子供を口説く気はないよ」

「残念」

彼女は笑った。

愛情に飢えていないようだが、人との交流に飢えている節がある。

彼女の事情に突っ込むべきか否か。

「それよりさ、シャルル。例の件考えてくれた?」

例の件と言われると、一つの事が頭に浮かぶ。

「君達の家族になるという話なら、一度断った筈だけれど」

 

いつ頃だったか、シャルロットの母親であるセリーヌさんが再び見舞いに訪れた日があった。

「私達の家族にならない?」

僕は目を点にした。

身内がいない僕であったが、そのことを命の恩人とは言え、第三者が知っているとは思わなかった。

怪我の状態や費用など、てっきり全て秘密裏に大使館に回るものと思っていたのだが。

「…………」

……ああ、でも、家族がいないとか記憶喪失とかは、シャルロットに自分から漏らしていたなと思い出した。

「いえ、そこまでご迷惑をお掛けすることはできません」

僕はその場で提案を蹴ったのである。

 

 

「お母さんは残念がってたよ?」

「そうは言っても、転がり込むのもどうかと思う」

やれやれとシャルロットは大袈裟に肩を竦めた。

「なら、君はこれからどう生きるつもり?」

シャルロットの真っ直ぐ質問に、僕はその返答を持ち合わせていなかった。

日本に帰っても身寄りはいない。

どんな人間関係であったかは不明だし、貯金もいくらなのか想像に任せるしかない。僕の年では養子になるだのという話も出てくるかどうか。

そもそも、フランスから日本にどう行くのか。

下手に飛行機に乗ればトラウマが再発する可能性がある。となると、陸路か船しかないが……。

「自立は素晴らしいと思うけど、シャルルはまず、人に頼ることを覚えた方が良いよ」

これみたいにねと、図書館の本を上げて見せてきた。

本を借りるのと家族になるのとではレベルが違うだろうと心の中で突っ込むが、彼女の言うことに一理あるのも間違いはない。

「…………」

だから、僕はそこで一歩止まる。

彼女達が優しいからこそ、僕は立ち止まってしまう。

暫く無言の間が続くが、やがて、シャルロットが大きく溜息を吐いた。

諦めたのかと視線を向けてみると、何故か彼女は決意を込めた目で僕を見ていた。

その小さな口から言葉が紡がれる。

「ねぇ、シャルル」

引き下がろうとした僕を、シャルロットが言葉で引き上げた。

「どうしてシャルルは、人の善意から逃げようとするの?」

「逃げる?」

予想しなかったことを問われ、今度は別の意味で返答に窮した。

「最初は、事故の直後だったから不安もあったと思う。言葉も知らなかったし、知り合いがいないのは見てて分かった。だから、私も助けた手前、君の所へ来るようになった」

……やはり、最初に僕の所へ来ていたのは、そういう理由か。

「そして、言葉を覚えた君は……私を遠ざけようとした」

友達と遊んでこいと。

こんな所に来なくてもよいと。

そう言って。

言い続けてたことで、それは違和感を生んだ。

「そうかな」

「惚けてる?それとも無意識?」

どちらだろうねと、僕は曖昧に笑う。

「私はシャルルを隠れて見てた時もあったけど、シャルルはずっと本や新聞、テレビやネットを見ていたね」

人と話さなかった。

言葉を覚えても、誰かとコミュニケーションを取ろうとはしなかった。

人よりも、知識と情報を多く求め続けた。

「ストーカーさんですか?」

「違いますー」

軽く茶化してみるが、シャルロットは唇を尖らせただけだった。

「……別に人嫌いでもなさそうな君が、どうして人を避けようとしているかは知らない」

「そうだろうね」

僕にも、分からないことだ。

「シャルル」

「ん?」

 

「私は、愛人の子供なんだ」

 

シャルロットが語ったのは己の出生の秘密。

シャルロットの父親はデュノア社の社長。

デュノア社というのは、フランスで最も名を挙げているIS企業の名前だ。

新聞でもよく目にするし、テレビなどでも馴染みのある言葉だ。

それだけならまだ良い。社長の子供であるだけならば問題はなかった。

だが、シャルロットは愛人との間に産まれた子供だった。

当然、それがバレれば社会的なダメージは計り知れない。今話題の大企業。その社長のスキャンダルは格好の餌となる。

女性が強い社会で、女性を敵に回すとどうなるか。ましてや、ISは女性にしか使えない品物だ。

最悪、社長はもちろん、シャルロットも含め、会社も部下達も全員無事では済まない可能性もある。会社が倒産すれば多くの人間に影響を与える。

「成程」

何故シャルロットが友人を作らないのか。そして、僕の観察をよくしていた、もとい、人間観察をよくしていたのか。更には、何故その年でよく大人な考えをしているのかが、よく分かった。

しかし、解せないことが一つある。

「どうして、それを僕に教えたの?」

そこまで分かっているのなら、そこまで分かる頭があるのなら、秘密を話すリスクが分からないわけじゃないのに。

シャルロットはジッと僕の目を見る。

夜空のような瞳は、僕の目を映し出す。

「私は勿論、お母さんもこの事はバレちゃいけない。人間関係から逃げなければいけないのは、お母さんも同じ」

人の関係に飢えているのは、シャルロットだけではない。

母親のセリーヌさんもまた、人との触れ合いを欲しているのだ。

だから、僕に家族にならないかと誘ってきた。ある意味で、とても、都合の良い人間だったから。

「こういうのは卑怯だけど、少しでも恩義を感じているのなら、私達の家族になってください」

善意から逃げるのなら。

善意で縛る。

それは卑怯で、正しい方法だった。

「危険な賭けだね」

「失う物なんて何もないもの」

既にシャルロットとセリーヌさんに、コソコソと生きていかなければならない彼女達に、普通の生活なんて出来ていない。

「私が大切なのは、お母さんだけだもの」

だからこそ、ここまで踏み出せるのか。

「どうか、お母さんを助けてください」

シャルロットはそう言って、頭を下げた。

「…………」

人に貸しを作るのが人生、とは誰の言葉だったろうか。

食べ物を作る人、服を作る人、経済を管理する人、怪我を治す人、親や友達。

誰かの手を借りなければ、人間は生きていけない。

命を続けるには、多くの労力とコストがかかるのだ。

そんな物は知らないと利己的になってしまえば、それはきっととても楽な生き方で、そして楽な死に方になるのだろう。

だけど、僕はそこまで利己的にはなれない。

僕が家族となることで、少しでも命を助けられた貸しが返せるのなら。

「僕の負けだ、シャルロット」

だから、僕は承諾した。

「家族になろう」

 

こうして僕は、新しい家族を作った。

 




シャルロットの母親の名前が公式で見当たらなかったので、ここではセリーヌとさせていただきました。
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