インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
僕とシャルロットは並んで海へ行った。
シャルロットは結局、オレンジ色の水着を選んで身につけていた。僕は黒い膝丈の水着を着て、上には長袖のパーカーを羽織っている。取り敢えず、海に入る予定もないので、のんびり過ごす予定だ。
「だからシャルロット。僕のことは気にせず遊んで来なよ」
なかなか僕から離れようとしないので、グイグイと肩を押してやる。
「えー」
ぷーと頰を膨らませてくるが、そんなことは無視をして行って来なさいと手を振った。
「じゃあ、後で少し付き合ってね」
「分かったよ。指切りでもしようか?」
「そこまでしなくても良いよ。じゃあ、また後でね」
また何やら約束させられてしまったが、特に問題もないだろう。
暫くやることも無いのでフラフラとしている。何人かの生徒に話し掛けられもしたが、他の子に呼ばれて遊びへと出掛けた。
そういえば泳ぐ事は出来たのだろうかと首を傾げるが、どちらにせよ片腕を無くした状態では碌に泳げはしない。
そうやってのんびりしていると、一つの人影が近寄って来た。
「どうも、シャルルさん……」
やたら窶れた一夏くんがいた。
「どうしたんだい?」
「いや、流石にこの状況は疲れまして……」
特に一夏くんを狙う女の子は可愛い娘多いしね。刺激も強いだろう。
「僕は避難所代わりかい?」
「許可して頂ければ」
「同じ男のよしみとして許可しよう」
「ありがとうございます」
へへーと、大袈裟に頭を下げる一夏くんであった。そんなに大変だったのだろうか。
僕は一夏くんを連れて海の家へ行き、適当な飲み物を注文して外の丸テーブルに座ることにする。一夏くんが中で買ってきますよと言ってくれたので、僕はそのまま外の椅子に座って待つことにした。
少し経つと、ドリンクを持ってきた一夏くんがやってきた。
お金を渡して、男二人で海を見ながら飲み物を啜る。
「一夏くん、カメラ持ってるんだね」
「ええ、撮ります?」
防水仕様のカメラを掲げてくるが、別に良いやと首を振る。途中で思い返し、首の動きを止めた。
「……ああ、いや。後でシャルロットと一緒に撮ってくれない?」
「良いですよ」
ずっと前に、写真でも撮っておけば良かったと後悔したことを思い出した。結局、思い出は全て燃えてしまったのだし、また一から撮り直すのも良いだろう。
「シャルロットもシャルルさんのこと好きですけど、結構シャルルさんもシャルロットのこと好きですよね」
多分その好きに深い意味はなく、思った通りのことを言っているだけだろうけれど、一夏くんからもそう見えるのかとなかなか衝撃的な発言である。
「何で口を開いて飲み物を流しながらこっち見てるんですか」
「おっと失敬」
あまりの衝撃に品のない行動をしてしまった。反省。
「僕がシャルロットを好きなように見えるかい?」
「え、違うんですか?」
「いや、好きだけどさ」
僕自身、別にそこに疑いは持ってない。ただ、第三者から見てそう思えるのか気になっただけだ。
「だって、シャルロットとの距離がやたら近いし、甘えてくる彼女に甘えさせてあげてるじゃないですか。家族だってのは知ってますけど、単純にそれだけじゃないってのは見てて分かりますよ。周りも普通に気付いていると思いますよ?」
マジっすか。あの一夏くんからそう思われてるのが一番衝撃だよ。寧ろ、その考えをどうして自分に適応出来ないのだい、君は。
「何で憐れみを込めた視線送ってくるんです?」
「いや、別に」
ズズーッとドリンクを飲んで誤魔化した。
「もしかして、二人って付き合ってるんですか?」
「随分とグイグイ来るね」
「近しい友人がそうなってたら流石に気になりますし、シャルルさんとシャルロットさんの境遇も知ってますから」
確かに、いつの間にか僕達の事情に一夏くんを巻き込む形になってしまっている。何かと気になるのも仕方ないか。
「付き合ってはいないね。というか、家族でもあるし、その前提から考えると色々と特殊だし」
更に僕自身が色々と抱えているから、一般とは言い難いけれど。
「記憶喪失で、シャルロットと出会って、家族として迎えてくれて。それからシャルロットのお母さんが死んだり、今回のことに巻き込まれたりとか、色々あったけどさ」
でもシャルロットと会えて良かったと、笑えることが出来た。
「記憶、戻ったんですか?」
「いや、全然……とも言い難いか。記憶の断片を見るようになってね。最近は頭痛も激しくて困る」
「大丈夫なんですか?」
「どうしようもないから、どうもしてないよ。シャルロットにだけは悟られないようにしてるけど、誤魔化せてるかどうか」
昨夜の事もあったし、僕の事をよく見ているから、多分殆ど誤魔化せていないんだろうけれど。
思わず苦笑いが浮かんだ。
「それで……記憶が蘇ったら、シャルルさんは消えてしまうんですか?」
一夏くんは真剣な目で問いてきた。だから僕も素直に答える。
「消える可能性もあるし、消えない可能性もある。あと、単純に、あまりよろしくない記憶だからね」
引鉄を引く感触だけは、ヤケに鮮明に思い出せた。泣く少女の顔は、瞼の裏にこびり付いていて。
「……シャルルさん」
一夏くんが真っ直ぐな瞳で僕を見る。
「貴方が過去に何をしたのか、何者かは知りません」
ですが、と続く。
「貴方がシャルルさんである限り、僕達から、シャルロットから遠ざからないと約束して下さい」
……そういう所は、本当に鋭いね、一夏くんは。
「分かったよ。約束しよう」
そう言って、僕は小指を出した。指切り。
一度、一夏くんとはまた会おうと約束をした。
そして今、また一つ、新しい契約を結ぶ。
「一夏くん」
僕は懺悔のように口にする。
「僕は僕が分からないからさ」
いや、分からないのとは少し違うか。
「僕は僕を信用出来ない」
シャルルという僕を維持できるのか。
「シャルルのままでいられる保障はないんだ」
既に、シャルルではない『彼』の存在が大きくなっているのを感じる。それも含めてシャルルであれたのだろうけれど、僕の中のバランスが崩れている気がした。
「でも、シャルロットのことが好きなんでしょう?」
ああ、簡単に言ってくれるね、一夏くん。
「好きだね」
多分、物事はそれくらい単純の方が良い。
「家族として、人として……」
そして。
「一人の女性として、シャルロットが好きだよ」
でも僕は、僕が消えてしまったら、シャルロットの想いまで巻き込んでしまうから。
「だから、僕は、怖いんだよ」
僕は飲み物を飲み切って立ち上がる。
「一夏くん」
少しだけ笑って、伝えた。
「君は大切な人を守れるような強さを持ってくれ」
僕と同じ過ちは繰り返すなよ、いっくん。
▽
一夏はシャルルの背中を見送って、彼の背中が完全に見えなくなった所で深く溜息を吐いた。
ドリンクを全て飲み切り、入口の方から中を覗く。窓の下、壁際に座る彼女達に声を掛けた。
「……だから、興味本意で聞くなって言ったじゃないか」
そこにいたのはいつものメンバー。
「……うん、反省してる」
箒、鈴、セシリアの三人は頭を抱えていた。軍人経験があって色んな人を見たことがあるラウラは、少し瞳を伏せているだけだ。
「……ごちそうさま」
そして、シャルロットは飲み物を飲み終えて、小さく息を吐いた。
スッと顔を上げて、小さく微笑んで一夏に顔を向ける。
「ありがとう、一夏。ごめんね、嫌な役割押し付けちゃったね」
「いや、俺は良いけどさ……」
そもそも、この提案を持ち掛けたのはシャルロットだった。
シャルロットの想いに一夏は驚いていたが、二人の境遇を知っていたので承諾した。たまたま、というか、一夏の近くにいて色々と狙っていた四人もこの話を聞き、ほぼ興味本位でついてきた。
四人は単純な恋愛話と思っていたので、それを誤解だと一夏が止めようとしたが、シャルロットは構わないと了承。
そして、思いの外重い話に、皆が一様に暗くなっていた。
「皆が気にする必要はないんだよ」
「いや、でもな……」
「寧ろ、私としては誰かと一緒に聞けて良かったしね」
どんな形であれ、シャルルの本音を聞くのは怖かった。だから、側に友人がいるのはとても有難かった。
「シャルルは本音を隠すから。全部隠して、私には大丈夫としか言わないからさ」
こちらが察していても、本人が進んで口にする事はあまりない。大切にされていて、それを分かっていても、それでも彼は一人で進んで行こうとしてしまうから。
「シャルロット……」
「それでも、私のやる事に変わりはないけどね」
シャルロットが立ち上がる。
「何処行くんだ?」
「ん?シャルルとデートしてくる」
ニコッとシャルロットは笑って答えた。
嘘偽りのない笑顔に、皆がキョトンとする。
「じゃあ、皆も楽しんでね。折角来たんだから、遊ばなきゃ損だよ」
バイバイと、シャルロットは手を振って店を出て行った。彼女の背中を見送った後、全員が顔を見合わせる。
「……よし、行こうか」
ラウラが真っ先に立ち上がった。
「え、ラウラ」
「私達がどうこう言っても意味のない話だ。解決するのはあの二人だろう」
ラウラはそう言って、一夏の隣に行く。
「そういうわけだから、行こうか一夏」
「え?」
目を丸くする一夏と、反射的に全員が立ち上がった。
「ちょっと!?卑怯じゃない!」
「抜け掛けですわ!」
「何を言う。私は一夏を遊びに誘っただけだ。そう、二人きりでな」
「許さんぞ!一夏、皆で遊ぶぞ!」
「え?え?俺は良いけど……」
そして、まるで連行されるように囲まれて海へと連れて行かれた。わいのわいのと周りが声を上げる中で、一夏は小さく呟く。
「何なんだこれ……」
彼の呟きを聞く者はいなかった。
「シャルルー」
背中に届いた声に、長年聞き慣れた声に、シャルルは振り返る。
シャルロットが駆け寄ってきて、勢いのままにシャルルの左側へと抱き着いた。
「えへへー」
「何だいシャルロット」
「デートしよデート」
「確かに遊ぼうと約束したけどね」
シャルロットのほにゃほにゃとした緩い笑顔に、シャルルは僅かに眉を寄せた。
「もしかして、シャルロットの仕込み?」
「正解。流石に鋭いね」
通りで一夏がヤケに食いついてくると思ったと、シャルルは溜息を吐いた。まんまと引っかかり、余計なことまで沢山口走ってしまったが、もう訂正は効かない。
ちくしょうシャルロットめと、内心悔しがる。
「ねぇ、シャルル」
「何?」
「私はシャルルが大好きだよ」
チラリと視線をシャルロットに向けると、爛々と輝いてる瞳が目に入った。
シャルルはどう?と目が問いかけてきている。
先程のこともあり、何を求めているかはシャルルも当然理解している。
「そう、ありがとう」
だが、ここでそれを返すのも癪なので、無難な返答だけで済ませた。
「ねぇ、シャルルは?」
今度は直接口に出してきた。
「秘密」
顔を背けて極力シャルロットを見ないようにする。かつ、赤い顔を見られないように精一杯背けた。
「何で?」
「何でも」
シャルロットは体をギューッと押し付けた。水着だから、当然肌の触れる面積と柔らかさはダイレクトに伝わった。一緒に風呂なども入ったが、密着の際はここまで露骨でもなかった。
「秘密ったら秘密」
ワザとだと分かるからこそ、シャルルもそれに抵抗する。
「何でー」
「何でもー」
言い合う二人が歩く足跡が砂浜に刻まれていく。
二つの影は言い合っていても、離れることはなかった。