インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》   作:ひわたり

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君の名前

シャルルは山を登り、開けた場所へと出た。

木々の葉がなく、ぽっかりと空いた場所から月明かりが差し込む。海を一望出来るその場所に、彼女はいた。

「……こうして会話するのは初めてだね」

シャルルは足を止めて、篠ノ之束へと声を掛けた。

「…………」

束は黙ったままシャルルへと振り返る。その表情は無表情で、何かを読み取ることは出来ない。

「…………」

シャルルはスッと短く息を吸い、彼女へ会話する為の、初めての一言を発した。

「初めまして、篠ノ之束さん」

束は挨拶を受けて、スカートの両端を摘む。小さく足を折り曲げて、貴族のように、恭しく頭を下げた。

「初めまして、シャルルさん」

シャルルは一歩、篠ノ之束に近付いた。

「さて、不躾で申し訳ないけれど、一つ質問がある」

「何かな?」

シャルルは束の瞳を真っ直ぐ見た。

互いが互いの瞳に自分を見る。

 

「君は何者だ?」

 

ザアッと、一陣の風が吹き抜けた。

 

 

銀の福音の停止を確認。

銀の福音に圧倒されていたが、一夏の第二形態移行への成功と、箒の紅椿の能力により勝利した。銀の福音の搭乗者も無事であると、連絡が入った。

一夏達の勝利の報を聞き、千冬は大きく息を吐いた。それが安堵の溜息であるのは自身でも疑いがなく、そのことに苦笑する。

そこに、コンコンとドアがノックされた。

一夏達が帰ってくるには少し早いと、どうぞと声を掛けた。

「失礼するよ」

ドアを開けて入ってきたのは初老の男性。轡木十蔵だった。

IS学園では用務員の扱いとなっているが、実質上は彼がこの学園を運営している。世間の目を隠す為に彼の妻が理事長となっている。しかし、本当の理事長は十蔵であり、その実力や手腕を持つ男だ。

「十蔵さん、どうして此処へ」

千冬は彼の登場に驚いたが、仮にシャルルが此処に居たら更に驚いたことだろう。

十蔵の顔と、病院で出会った日本大使館の者と名乗った男の顔が同じなのだから。

「なに、彼女がまた無茶なことをしたと聞いたからね。政府も動かしたようだし、少し様子を見に来たんだよ。全部終わったようだがね」

「それは、御足労を」

十蔵は中へと上がり、千冬が淹れたお茶を啜る。

「……彼はどうしてる?」

千冬が顔を伏せ、小さく、しかしハッキリと言葉を紡いだ。

「彼女に会いに行きました」

「そうか……」

窓を見れば、月が浮かんでいる。

「どの選択が正しいのか……分からんな」

「十蔵さん……」

すると、少し廊下から足音が近付いてきた。

ヤケに大きな足音だと思っていると、ノックもなくドアが開かれる。入ってきたのは息を荒くした一夏と、一夏に無理矢理連れて来られた形のシャルロットだった。

「千冬姉!」

叫んでから、来客が居ることに気が付いた。

「あ……す、すみません」

「構わんよ」

十蔵は落ち着きを払って答える。

「ねぇ、一夏。何なの急に……」

シャルロットもシャルロットで一夏の行動に混乱しているようだ。一夏が口を開いた所で、十蔵から言葉が落ちる。

「白式の中で、雪羅の中で、何かを見たのかね?織斑一夏くん」

「…………!」

「いや、何かではないか。誰かを、見たんだね」

直接的に言われ、一夏が目を見開いた。

「来なさい、一夏くん。それに、シャルロットくんも」

「十蔵さん」

千冬が僅かに眉を寄せて、少しだけ責めるような口調で名を呼ぶ。十蔵は手を上げて千冬を制した。

「此処にいる全員は知る権利がある」

十蔵は場所を開け、二人を導いた。

「教えてあげよう。全てを」

 

 

 

風が吹き抜けた。

長い髪を揺らし、葉が落ちる。

舞い散る葉の中を踊る様に、束は軽やかな舞いで動いた。

「その話は長くなるから、先に気になったことから聴いてもいいんだよ?」

「……なら、確認をしていこうか」

シャルルは踊る束を目で追いながら口を動かす。

「君はISを作成した。千冬さんと協力し、まあ、完全な協力関係とは言い難いけれど、物事を進めて行った。その頃から、亡国機業と束さんは敵対関係にあった」

くるくると、束が舞う。スカートが広がり、空気を巻き込んでいく。

「一夏くんが誘拐されたのは、多分亡国機業側の餌。身内を大切にする篠ノ之束を釣ろうとした罠だった。結果、束さんは引っかからなかった」

身内を人質に取ろうとも篠ノ之束は動かない。人では効果はない。弱点はないと判断された。

「千冬さんはドイツ軍に行ったりしたけど、協力関係を結ぶ為に利用。軍も一枚岩ではないけれど、ドイツのIS部隊を味方に引き入れることには成功した」

それはラウラを見ていればよく分かる。部隊の隊長である彼女は千冬を心酔していた。軍隊故に上官の命令は絶対だろうが、少なくとも、信頼関係は築けていた。

「そして、君は一夏くんを守るどころか、寧ろ利用し始める。男性操縦者という特大の餌と、白式という束さんが手を出したIS。世界は混乱し、亡国機業もその波に飲まれた。直接的に出してきたのは鈴さんと一夏くんが戦った時のイベントの無人機」

シャルルは一夏達からの人伝でしか聞いていないが、それがただの事故でないのは想像に難くない。

「人が居ないISは聞いたことがない。亡国機業だと推測出来るけれど、未登録のコアであったり、無人ということもあるから、重大な情報だと思う。だけど、それを簡単に見せつけてくる行為。ただの無鉄砲な策だったのか、牽制なのか、僕には判断つかない。束さんや千冬さんには伝わるものがあったんだろうと思う」

そして、シャルロットが、デュノア社が来た。

「大企業とは言え、一企業の一生徒だ。今のことを振り返ればインパクトもないし、頼りない。ここに亡国機業が関わるなんて、普通見落とす」

だが、そこに亡国機業が関わっていたことに、束と千冬は気付いた。

何故か。

「僕が居たから、僕を見ていたから、気付いたのか?」

ピタリと、束の足が止まる。

笑顔のまま彼女は月を見上げた。

「どうやら、一夏くん達が銀の福音に勝ったみたいだね。おめでとう」

「…………」

銀の福音。

IS。

「IS学園を設立したのは、君の意思か?」

「まあね。他にも十蔵さんの手を借りてさ。色んな人は利用してきたけど、彼には頭が上がらないよ」

十蔵さんとは誰だと一瞬だけ考えたが、IS学園の用務員の人の名前だったと当たりをつける。

「しかし、IS学園か。アレだけISが集まる場所を作るなんて、思い切ったことをしたものだ。学園が反乱でも起こしたら、アレだけの数のISを止める力は他の国にないのに」

「だからこその出力の調整があるんだよ。軍事の物とは大分異なる。それに、所詮は若い学生だし、色んな国の人間だもの。仮にそうなったとしても、意思統一出来る筈ないでしょう?」

「ああ、そうだね」

シャルルも直前までそう思っていた。

今回の事件が起きるまでは。

「ところで、暴走した銀の福音には、人が乗っていたらしいね」

つまり、人はただのISを動かす歯車代わりとされていた。

無人機よりも遙かに強力に動いたそれは、果たして銀の福音だけに適応されるのか。

それがIS学園全体のISに可能ならば。

一人の意思によって動かせるのならば。

それは、世界で最大の戦力となる。

「IS学園は他の国にも、日本の国にも、法律が適応されない。独自のルールにより基いている」

シャルルの言葉に、束は笑う。

純粋に笑う。

悪意なく笑う。

「戦争でも起こす気か?」

かつての白騎士事件。

世界の戦力を凌駕した一体のIS。

そのIS全てが、篠ノ之束一人の手によって自由に操れるとするならば。

「そこまでするつもりはないよ。いや、正確に言うなら、そこまでならなければ良いかな」

ただね、と続ける。

「手段は幾らあっても良いんだよ」

全てを利用する。

世界も、身内も、ISも。

その全てを利用しても、欲しい物。

「だけど」

だけど、シャルルだけは利用しなかった。

「なぁ、束さん」

シャルルは再び問い掛ける。

「君は何者なんだ」

シャルルはある程度の記憶の欠片を集めた。

その欠片達の中に、千冬の姿も、一夏の姿もあった。

だが、その中に束の姿はなかった。

シャルルを知っている筈の彼女の姿が、そこまでしてもシャルルに手を出そうとしなかった彼女の姿が見えない。

「僕は何だ」

千冬は最初に会った時初めましてと言った。後に確認しても、初めてだと言い張った。

シャルルとして出会って初めてだと、そう考えた。それで一度は納得した。

そして、束も同じく初めましてと返した。

だがもしそこに、初めましてに、また別の意味があるのなら。

「僕は何者なんだ」

束は一歩シャルルに近付いた。

「ねぇ、君はISのコアの正体を知ってる?」

 

 

 

「俺は気を失っている時と、第二形態移行の時、二人の女性と出会った」

一夏は自身の体験を語る。

気を失っていた時は白い少女と出会い、そして次に、黒髪の女性と出会った。

「アレは精神世界と似て非なる場所だった」

異質な空間。

仮にアレが精神世界と似た状況なのであれば、誰の意思と邂逅したのか。

黒髪の女性と出会った時、彼女は問い掛けてきた。

『何故、力を欲する』

一夏は力を求めた。

人を救える力を求めた。

そして、第二形態移行へと移ることが出来た。

「なら、アレは、白式の……雪羅の意思になる」

あの白い少女が何者かは分からない。しかし、あの黒髪の女性はどこか見覚えがあった。あの独特の雰囲気は、一夏のよく知る人物。

「あの人は、千冬姉に酷似していた」

一夏の目が千冬を捉える。千冬は少し目線をズラし、十蔵の方へと目を向けた。

「なら、何故シャルロットくんを此処へ?」

「あの世界には、もう一人居たんです」

少女がいて、女性がいて、そしてもう一人。

微かで、消えてしまいそうな程に薄い気配。幽霊のような、いるのかいないのかさえ分からぬ存在。

だが、一夏は一度感じた。

ラウラとの精神世界の時に、一度同じくらいの気配を感じていた。

「あの世界には、シャルルさんもいた」

アレが女性と同一の存在であるならば、シャルルと似て非なる存在。

あの女性が千冬であって千冬でないように。感じた気配もまた、シャルルであってシャルルでない。

そうなると、あの白い少女もまた同じだ。

「何なんだ。ISって何なんだ?」

根本の疑問。

既に誰しもが疑わずに使っている技術の塊。

その根幹を、一夏は問う。

「一夏」

千冬が静かに訊ね返した。

「ISのエネルギーは何処から来ると思う?」

何をと言おうとして、千冬が言葉を重ねた。

「人の命が危機に瀕する時、命が奪われる程の暴力を防ぐエネルギーは何処から来ると思う?」

混乱する一夏の横で、シャルロットが目を瞑る。その思考の中で得た答えを口にした。

「まさか、ISのコアは……」

 

 

「コアのエネルギーは、搭乗者の魂」

束は歌うように答えた。

「魂は生きている間では使い切れない程に巨大なエネルギーを持つ。半永久的な莫大なエネルギー。ISでも、そのエネルギーの出力を間違えると壊れてしまうほどに膨大」

「魂?そんな物を信じろと?」

シャルルの言葉に、束は苦笑いをした。

「信じられない?それはどちらかといえば、私の台詞なんだけどね。まあいいや」

束が軽く腕を振り上げる。

「魂のエネルギーを示すと、こんな感じだよ」

束が近くにあった木を殴りつけた。まるで木の板を割るかのように、簡単にやった動作は、太い木の幹をヘシ折った。

葉を散らし、倒れて地響きを鳴らす。唐突な光景を前に、シャルルは目を見開いて言葉をなくした。

「もっとも、生身でこれが出来るのは、私とちーちゃんくらいかな。特例で、君もだけどね」

「僕が?」

そう言われて思い出す。かつて家を燃やされた日。ISに殴りつけられても耐えられていた自身の体を思い出した。

「もっとも、これはコツがいるよ。君は使い切れてないし、普段は寧ろ、普通の人よりも弱いし、体力もない筈だ」

何故そこまで知っているのか。

そう問う前に、束が一歩シャルルへ近付いた。

「ねぇ、君はどう思う?」

シャルルの言いたい事に構わず、束は尋ねた。

「魂は人の体の何処にあると思う?」

「何を」

「君なら分かるかな?分からないかな?」

魂が肉体に宿るのならば。

生命装置の心臓にあるのか。

思考する脳にあるのか。

体という器そのものにあるのか。

「君なら、魂の方程式を解けるのかな」

手の届かない領域に、貴方は届くのだろうか。

「この写真を覚えてる?」

束は一歩、彼に近付いた。

束が取り出したのは一枚の写真。

「それは……」

最初の記憶。

死から逃げ出したあの時。

病院で、日本大使館の男から見せられた一枚の写真。

家族の写真。

 

 

「これのどれが彼だか分かるかね?」

十蔵の言葉に一夏は混乱した。

シャルルの性別と年齢を考えれば答えは一つしかないからだ。

「この赤ん坊でしょう?」

母親に抱かれた小さな男の子。一夏が指差した赤ん坊に、十蔵は小さく笑った。

「それは、君だよ」

「え?」

その答えに更に混乱する。

「その赤ん坊は、君自身だ。織斑一夏くん」

そして、と幼い少女に指が向けられる。

「この子は織斑千冬くんだ」

一夏とシャルロットの視線が千冬へと向けられた。千冬は何も言わず、視線を逸らす。

「そして、この女性」

赤ん坊を抱いた女性。

車椅子に乗り、長い白髪の、若い女性。

「君達の母親。名を織斑空」

もっとも、と続く。

「今は、篠ノ之束と名乗っているがね」

言葉の衝撃が一夏達を襲った。

何を言っているのか理解出来ない。

明らかに容姿も年齢も合わない。

それなのに、彼は言った。

母親だと。

織斑空という人物であり、篠ノ之束という人物なのだと。

彼はそう語って。

「そして、この男性。彼こそが、君達の父親」

そして、記憶をなくし。

シャルルと名付けられた。

 

「織斑永時」

 

「この人が、貴方」

ドクリと、心臓が波打った。

頭を抑える。

頭痛がする。

記憶が混濁する。

彼女は何を言っている。

篠ノ之束は何を言った。

織斑空は何を語った。

シャルルは何を聞いた。

「…………っ」

心臓が木霊する。

世界が歪む。

自分が壊れる。

そして。

 

 

「その人が……シャルルが、一夏と千冬さんの父親であるというのなら」

シャルロットは言葉を出す。

容姿が違うとか、年齢が合わないとか、そんなものは全てどうでもいい。

そんなことよりも、許せないことがある。

「家族であるなら、何故あの人を捨てたんですか!!」

シャルロットは立ち上がり、叫んだ。

心の底から叫んだ。

シャルルを愛する故の怒りを、彼女達にぶつけた。

あの日、シャルロットは彼を救った。

それは動かしようもない事実だから。

正体が分かっていたのなら、いつでも助けに来ることも、迎えることもできた筈なのに。

「シャルロット」

千冬が口を開く。

瞑っていた目を見開いた。

「言い訳はしない」

彼を捨てたことを。

彼を見捨てたことは確かなのだから。

「だから、話そう」

何があったのか、全てを。

 

 

「…………」

完全に思い出すことはない。

千冬はそう語った。

なら、そこで終わりではない。

まだその先がある。

「僕は」

織斑永時。

その名は確かに聞いたことがあった。

思い出した。

病院での時に、その名で呼ばれたことを。

しかし、シャルルはそれを自身の名と認識出来なかった。

自分の物と出来なかった。

つまり、そこには理由がある。

「僕は何なんだ、織斑空」

シャルルは織斑永時であって、異なる存在。

「良いよ」

篠ノ之束が、織斑空が笑う。

悲しげに、微笑んだ。

 

「何があったのかを、全て話してあげる」

 

 

その真実を。

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