インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》   作:ひわたり

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歩むの距離

 

「永時」

エレベーターで研究室まで降りて来た空は、車椅子でそのまま永時の前に進んで行く。

「何だい、空」

何か用かと聞く永時だが、用事の内容は凡その予想が付いていた。

「屋上へ連れて行って」

「ああ、了解」

既にいつもの習慣となっていることに、永時は了承の意を示し、椅子から離れて彼女の車椅子を運んで行った。

 

 

あの日から、空は永時の名を呼び、永時は空の名を呼ぶようになった。

どちらが何かを言ったわけでもなく、名前で呼ぶようにお願いしたわけでも無い。自然と二人は名前で呼び合っただけだった。

加えて、その日から屋上に行くことが習慣となった。

昼に見る時もあるし、偶には夜の星を見上げる事もある。

雨の日はもちろん無理だが、晴れの時は必ずと言っていい程、空は永時に頼んで屋上へと登った。

一応歩ける空だが、あの足取りで階段は危険であったし、永時もそれは承知している。庭からでも見上げる事はできるのだが、風が気持ち良いからと空は屋上に拘った。特に反対する理由もなかったので、永時とそれに従っている。

屋上へ出た二人は特に何かをしているわけではない。

二人して広い空を見上げてるだけだ。長時間見るためにシートを広げて寝転がることもある。そうしてるだけの、何でもない時間を二人は過ごした。

病室へ戻れば互いに研究書に没頭し、空が眠っている間は永時が研究を続けていた。

そうして日常を過ごし、幾ばくかの月日が経っていった。

 

 

「永時」

「おや、十蔵さん。お久し振りです」

今日の分の書物の配送を受け取りに行くと、それに混じって十蔵が姿を見せた。

「どうぞ、お上りください」

「いや、すぐに行くから大丈夫だ。アレから様子はどうだ?」

書物の中には空への資料もあるが、永時が頼んだ資料も運ばれている。バックアップするという言葉通り、永時の希望も政府からの支援で叶えられている。

これは永時が十蔵に頼んで、定期的に持って来て貰うようにしたものだ。おかげで荷物が二倍になり、永時もエリザも力仕事で悲鳴を上げている。

特に、初日の悲鳴は酷かった。

『くっ!何故こんなことに!』

『永時さんが物量考えずに注文するからですよ!』

『頑張れー』

その日は一日中荷物の山との戦闘が続いたのであった。

その日の出来事を思い出し、少しだけ遠い目をする永時に十蔵は首を傾げた。

「いやあ、流石不治の病というか、未知の病というか。体質と言ってしまえばおしまいですが、今の時点では手立てがないですね」

「やはりか……」

「ええ、精々進行を遅らせる程度です。生きるだけなら十年は保障出来ますがね」

顔を俯かせていた十蔵がバッと顔を上げた。信じられないといった表情に、やっぱりかと、永時は内心呟いた。

「最初、空と僕に寿命は十年とか言ってましたけど、嘘でしょう。僕は手を打った上で十年と判断しました。恐らく、初めは……」

「ああ、すまん。その通りだ。医者と患者に余計な負担を掛けさせるなと、上からの命令でな」

「本当の想定は?」

十蔵は頭を掻き、バツが悪そうに答えた。

「三年。それが限界だった」

永時は盛大に溜息を吐き、腕を組んで少し険しい目つきで十蔵を見た。

「貴方も政府の人間ですから命令どうのと無茶は言いませんがね。命に関わる、そういう重要なことは隠さないでください」

「すまなかった」

十蔵は頭を下げた。

政界に生きる人間が簡単に頭を下げることは出来ないが、十蔵に関してはそれだけ永時を信用しており、頭を下げるに値する人間である証明でもあった。

「しかし、そこまで出来るとは……何をしたんだ?」

「薬の調合とか血液とか……まあ色々ですよ」

簡単に言ってのけるが、その徒労と労力は計り知れないものだろう。

それは永時の注文を受けていた十蔵が一番よく知っていた。書物の他に、沢山の薬品と血液や細胞。無茶な要求とさえなるものも含め、ありとあらゆる物を永時は求めた。

空が見てない所で、永時の研究は常人の想像を絶する量と作業となっていた。研究に明け暮れくるう日々に、あまりにも無茶な活動をしていた為に、時にそれをエリザが注意までしていたりもする。

「それでも根本的解決にはなってない。細胞全体があまりに弱過ぎる」

永時の顔に笑みはない。

自分に言い聞かせるように語る姿は、彼が本気になっている証でもある。

「……少し、窶れたか?」

「そう見えますか?」

自分のことはイマイチ分からないのでと、永時は自分の顔を摩った。

「まあ、彼女に色々と試していると、まるで人体実験してるような気持ちになることもあるので、少しばかり苦しくなることもありますがね」

「あまり無理をするなよ。お前が倒れたら元も子もない」

十蔵はそう言って紙袋を手渡してきた。

「酒は呑むと聞いたからな。それでも呑んで英気を養ってくれ」

「ありがとうございます」

紙袋の隙間から見えた酒瓶に、永時は思わず声を上げた。

「お、フランスのワインじゃないですか。しかも、僕が研究を行ってた所の近くですね」

「ああ。聞いたが、お前の功績を残そうと、新しい病院を建てるらしいじゃないか。エリザがそこの院長として候補に挙がってるとか」

「あー、まあ、本当はそんなことをしてもらいたくも無かったんですけどね。押しに押されて、仕方なく」

苦笑いで頰を掻く永時は、本当に微妙そうな顔をしていた。

「お前って、善意の押し付けに弱いよな」

「自覚してるんで言わんでくださいよ」

二人して笑い合っていると、凛とした鈴の音のような声が割って入る。

「あら、どうせならエイジ病院とかいう名前にでもして貰えば?」

車椅子で姿を現した空だった。永時はその軽口に軽口で返す。

「そんな痒くなるようなのは御免だよ、僕は」

「名前を残してもらえるなんて名誉じゃない」

「そんなことの為にしたわけでもないからねぇ」

「相変わらず、欲も名誉も得ようとしないのね。少しくらい持ちなさいよ」

「性格ですからね」

永時はスイッと紙袋を空の目の前へ差し出した。

「空はワインを呑むかい?」

「そもそもお酒なんて呑んだことないわ。何年病院生活と思ってるの。病院内でアルコール勧めてきたのなんて永時が初めてよ」

呆れと興味が混ざった顔で紙袋を受け取り、ワインのラベルをしげしげと見つめた。

その間に十蔵が声を掛ける。

「おい、永時」

「ああ、もう行かれますか?空、少し見送りに行ってくるよ」

永時が振り返り伝えると、空は紙袋を膝の上に乗せてヒラヒラと手を振った。

「この荷物に助手の文句が飛んでくる前に早く戻ってきなさいよ」

「空は文句は言わないのかい?」

「手が滑ってワインが割れたら大変ね」

「オーケー、すぐ戻ろう」

空の歪んだ笑みに、永時は爽やかな笑顔で返した。空がそのままワインを投げるジェスチャーに走ったので、両手を広げて落ち着けと宥める。

一連の流れを見た後に車の前まで行った十蔵は、何とも言い難い渋い顔で永時に振り返った。

「永時お前、彼女に何をした?」

「はい?だから薬の投与とか……」

「危ない薬じゃないだろうな」

「何故そんな」

ガシッと肩が掴まれ、思いの外強い力に冷や汗を掻く。

「あんなに楽しそうに、しかも饒舌に喋る彼女は初めてだ」

「確かに、癖のある人ですけどね」

「その癖の所為で私がどれだけ苦労してきたと……!」

震える十蔵に、多分揉み消しとか失言とか対応とか色々苦労してきたんだろうなと察する永時。

「おい、何故哀れんだ目で見てくる」

「おっと失敬」

失礼しましたと笑顔の仮面を被る永時である。そういえば、此奴も相当癖のある奴だったと、十蔵は溜息を吐いた。

「取り敢えず、仲良くやってそうで何よりだ」

車に乗り込もうとした十蔵に、永時は声を掛けた。

「十蔵さん」

そして、疑問を一つ投げ掛ける。

「僕の所へ連れてきたのは、空を少しでも自由にさせる為ですか?」

ずっと政府に使われ続ける彼女を。

誰かに利用され続けられるだけの空に。

少しでも解放してやる為に。

「さぁ、どうかな」

そう言って、十蔵は少しだけ笑って帰って行った。あのまま仕事へ戻るのだろう。それには空の報告書も含まれる。

「……仕事熱心だことで」

永時は長い息を吐いて、眩しく輝く太陽を見上げた。

 

 

「お腹空いた」

空が本を閉じて一言。

隣で椅子に座って本を読んでいた永時は、ポンと本を閉じて尋ねた。

「出前は?」

「永時は昼ご飯どうするの?」

永時は何故僕のことを聞くのだと首を傾げながら答える。

「僕かい?昨日の残りでも食べようかと思ってるけど」

「それって何?」

「ロールキャベツ」

うーんと腕を組んで悩む空に永時は首を傾げるばかりだ。

「まあいいや。永時」

「何」

「私もそれ食べる」

永時目を瞬かせた。一体どういう心変わりだと聞いてみるが、何となくという曖昧な返答が来ただけだった。

「あまり量はないから、少なくてもいいかい?」

本人が食べたいと言うのなら止めることもない。ただ、あまり物なだけに量は保障できなかった。

胃が小さく、小食な空は頷いて了承の意を示した。

「寧ろ、その方が有難いわ」

「じゃあ、温め直してこようか」

永時が立ち上がると、空もベットから這い出て車椅子へと乗り込んだ。永時は一人で行くつもりだったのだが、ついてくるのかと空の行動を意外に思った。

「じゃ、行きましょう」

「はい、お姫様」

当たり前のように言う空に、永時は素直にそれに従った。

空はついてきたが、特に手は出さない。というよりと出せない。お湯一つ沸かしたことがない彼女は、永時の動きをジッと見えいるだけだ。永時が振り返っても犬のようにジッと見てくるだけなので、やり難いと思いつつもロールキャベツを温め直した。

「味見してみる?」

「してみる」

永時は小さく小分けした物を小皿に乗せ、空への手渡す。空はそれを両手で受け取り、食べて一つ頷いた。

「うん、やっぱり美味しいね、貴方の料理」

「口にあったようで何より。温かさはどう?」

「これで良いよ」

ねぇ、永時とそのまま言葉が続く。

「貴方は毎日料理してるの?」

「別に趣味でもないけど、気分転換になるしね。たまにエリザさんの分も作ったりしてるよ」

「なら、これから私の分もお願いしても良い?」

永時は鍋から視線を外して空を見た。特に揶揄っている様子もなく、どうやら本気で言ってるようだと判断する。

「構わないよ。でも、出前は良いのかい?」

「貴方の料理の方が早いし、食べたい時に食べられるじゃない」

それに、温かい。

小さく紡がれた言葉が、微かに永時の耳へ届いた。

「じゃあ、これからは空の分まで作るとしよう。もし食べたい物があったら言ってくれ」

「ありがとう」

素直な空は、これはこれで慣れないなと、永時は内心呟くのだった。

 

 

 

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