インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》   作:ひわたり

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結び、結ばれ

 

月日が経ち、季節が巡る。

 

そんな中、最近の空の様子は少しおかしかった。

永時からしてみれば空は普段からおかしいといえばおかしいのだが、それは空から永時に対しての感想でもある。そして、エリザから言わせれば二人共常日頃からおかしいと言えた。

兎も角、空は普段とは違う行動を取っていた。

本を読むのではなく、式を書き始めたのだ。

白い紙にびっしりと数式を埋め尽くし、書けなくなれば次の紙に手を出す。それは書き表すという作業ではなく、実際に式として書くことにより、自身の頭を整理する為の行動のようであった。紙に書くというアナログ作業が頭に刺激を与える。だから、パソコンには一切触れることはなかった。

永時が病室へ入った時、床一面数式で埋められた紙で散らばっているのには流石に驚いた。そんな中で空は一心不乱に紙に書き殴っている。

「…………」

永時は紙を拾い集めただけで声は掛けなかった。それ程に空は集中していたようだし、あまりにも真剣であった為に、それを途切れさせたくはなかった。

食事も片手間ですることが多くなり、永時は彼女が食べ易い料理を中心に作ることにした。

会話も少なく、紙と向かい続ける空を見て、もしかしたら自分も傍目から見たらこんな感じなのかと、ふと自分を重ねたりもした。

 

 

 

「ここ最近、そんな様子なんですけど、空に大きい仕事とか入ってますか?」

空に直接聞くことを憚った永時は十蔵に電話で聞いた。本人に聞けば良いだろうにと呆れながらも十蔵は答える。

『いや、ここ最近は治療に専念させたいと仕事を止めている。特別な仕事もない筈だが』

「そうですか」

では、彼女の様子は何なのだろう。

『ああ、いや、待て。もしかしたら、アレと関係があるかもしれん』

「アレとは?」

『色々な材料とか、工場の手配を頼まれてな。彼女の個人的な注文で、金も彼女が出している』

「何か作ってるということですか?」

『一応確認してみたが、どうもパワードスーツの類らしい』

パワードスーツと聞き、何となく合点はいく。

「パワードスーツですか。まあ確かに、歩けるとは言え限度がありますから、体の補助機能を付けたい気持ちは分かりますね」

空は車椅子が無ければマトモに動くこともできない。そういった機能の機会を欲するのも当然と思えた。

『だがどうも、彼女独自の構成らしくてな。作ってる側も何なのか理解し切れんそうだ』

「当たり前といえば当たり前ですね」

言われた通りに操作して、作るだけなら出来るかもしれないが、それを理解するとなると遥かに困難になる。

『あと確認したいんだが、そこの病院って工場なんてあったか?』

十蔵は自分が間抜けなことを聞いてると思いつつも尋ねてみると、ありますよと軽い返事が返ってきた。あるのかよと、心の中でツッコミをする。

「一応、巨大コンピューターが主で、小さめの工場がありますよ。ココ建てた時に友人が何かあった時に便利だって作っていったヤツですけど」

地下の研究室の奥にそれは置いてある。巨大システム自体は永時も多様に活用するが、工場の方までは流石に手を出していない。

何で僕にそれが必要と思ったかは分からないですがと言うと、電話口の向こうから小さく笑い声が聞こえた。

『お前は突飛なアイディアを出すこともあるからな。それに対応させたいなら付けといても良いだろうって思ったんだろう。だがまあ、そうか。だからだな』

「まさか、その機械関係が送られてくるんですか?」

『そのまさかだよ。物としては大した量でもない。組み立てとか細かい調整は自分の手で行いたいんだろうさ』

今更だが、空は科学者だ。

体の弱さからてっきりアイディアやデータの専門かと思い込んでいたが、作る方もいけるのかもしれない。

『多分、組み立てはお前がやらされると思うぞ』

「え」

思わぬ言葉に、永時の口が開いてしまった。

 

 

ある日、永時が病室へ赴くと、そこに空の姿がなかった。

車椅子もないことから、彼女が何処かへ行ったのは明らかだった。トイレなどへ行ってる様子もない。となれば、自主的に何処かへ行ったことになる。空の行動パターンは少ない。永時を探しているか、気分転換へ何処かへ行っているかが主な二つだ。そして、晴れの日は高確率で大空を見上げている。

「……庭かな」

最近は引き篭もりだった空だが、久し振りに動いたようだ。

永時は空の居場所に当たりをつけて足を向けた。

「…………」

日当たりの良いベンチの前。草花の匂いが香る中、風に身を寄せながら、空はそこにいた。

両腕を伸ばし、雲を掴むように天へ手を広げる。

「…………」

背中に乗っていた時も、多分ああしていたのだろうと。そんなことを思った。

「ねぇ、永時」

気配で分かったのか、空は頭上を見上げたまま彼に話しかけた。

「私には夢があるんだ」

空が永時へ振り返る。

一陣の風が吹き抜けて、空の長い白髪を揺らした。

 

「空を、飛びたいんだ」

 

空は笑っていた。

純粋に笑う彼女の姿が、そこにはあった。

ずっと不機嫌で。

ずっと不貞腐れていて。

ずっとぶっきらぼうで。

笑っていても陰りがあり。

殻に閉じ篭れもしなかった。

そんな空が、笑っていた。

幸せそうに笑っていた。

その笑顔はとても印象的で。

「私は、必ず、空を飛ぶ」

車椅子に乗った少女が宣言する。

体が弱く、碌に走れもしないくせに、健康体でも不可能なことを宣っている。

それでも、その笑顔は眩しくて。

「笑う?」

空の問いを、永時は聞き返す。

「笑って欲しいかい?」

「笑ってみなよ」

空の挑発めいた返し。

だから、永時は笑ってやった。

「あはははははははは!!」

笑ってやった。

大笑いしてやった。指をさして腹を抱えて笑ってやった。

それでも、彼女の笑顔には勝てない。人生で心の底から笑ったことはなかったのだと、今更気がついた。

「ふん」

近付いてきた空に脛を蹴られた。

「痛い」

威力のない蹴り。

頼りない細い足。

それを受けて、大袈裟に痛がって見せた。

「人体の急所を的確に狙ったね……」

そこだけは評価しようと偉そうに言えば、空は意地悪そうに答える。

「金的じゃないだけ有難く思えば」

「女の子がそんな言葉言うもんじゃないよ」

「もう女の子っていう歳じゃないってば」

「貧相な体でよく言うよ」

本当に、弱々しく細い体だ。少女と見間違えるほどに、そして、少女のそれよりも弱々しく。少し触れただけで壊れてしまいそうなほどに怖い。

よくそんな体で、ずっと一人で耐えて来たものだ。感心と同時に呆れてしまう。どうしてここまで一人で頑張ってきてしまったのか。

手助けしてくれる人も居ただろうに。

応援してくれる人もいただろうに。

孤独が怖いくせに一人で居たがって。そして痛くて。辛くて。悲しくて。

壁を築いて、そんな人達も見えなくなってしまったのだろうか。

だから、彼女は見上げるしかなかったのだろうか。

「えい」

今度は金的を狙ってきたので、軽く躱す。冗談の蹴りは簡単に躱せた。

「グラマーになって見返してやる!」

「それは絶対に無理だね」

今度は本気で鼻で笑い飛ばす。保障付きで担当医として断言した。

どう足掻いてもそれは不可能だ。空を飛ぶよりも難しい。

「死ね」

どうやら空にとって体の事は思いの外コンプレックスだったようで、本気の殺気を感じた。

車椅子を引いて距離を開け、勢い良く回してスピードを上げて永時へと突っ込んでくる。

「あっ」

途中、石に弾かれてバランスを崩した。

「わ!馬鹿!」

永時は反射的に飛び出し、空が地面へとぶつかる前に受け止めた。代わりに着ていた白衣が犠牲となったが、代償として仕方がない。

「空、大丈夫?」

「……うん、ありがとう」

空は永時の腕の中で頷いた。

クスクスと笑うので、何がおかしいのかと聞く。

「……私を馬鹿呼ばわりしたのは、永時が初めてだよ」

「お望みならいくらでも呼んであげるよ」

そんな風に呼んでくれる人も、彼女にはいなかったのだろうから。

そのまま二人で重なり合ったまま、白く流れる雲を見上げた。

「…………空を飛ぶ、か」

体の弱い彼女が見続けた夢。

動けずに見上げた空には、鳥が自由に飛んでいた。

壁に囲まれた彼女は、自由の羽を欲した。

「それは、届きそうなのか?」

あの数式はその為のものだとは想像がついた。

そして同時に、それは未完成なのだとも分かっていた。

「君の命が尽きるまで、それは叶えられるのか?」

「さぁ、それは分からない」

そんなことは分からない。

将来のことなど、未来のことなんて誰にも分かりはしないから。

「だけど、届くかもしれない」

空は夢へと手を伸ばす。

「貴方となら、永時となら、届く気がする」

そこまでの距離は分からないけれど。

見えているだけで、果てしなく長い距離かもしれないけれど。

それでも。

「良いよ、空」

永時も同じ様に手を伸ばした。

「君の夢が叶う様に、僕も手伝おう」

空と共に手を伸ばす。

「約束しよう、空。君の夢を叶えるその時まで、僕は君の側に居る」

永時は小指を立てて、彼女の手に重ねる。

「指きりでもしようか」

「子供みたいな契約ね」

「夢なんてそんなものさ」

「確かに、そうだね」

空は笑って、永時の小指に自らの小指を絡めた。

「お願い、永時」

どうか、夢を叶えてください。

 

 

ゆびきりげんまん。

うそついたらはりせんぼんのます。

ゆびきった。

 

 

 

 

後日、病院に訪れた十蔵は永時の前で渋い顔をしていた。

「……それで?」

永時は口にした単語をもう一度述べる。

「結婚した」

聞き間違いでなかったことに頭痛を覚え、思わず叫んだ。

「極端過ぎるだろお前ら!」

混乱する十蔵に、お茶を淹れてきたエリザが呆れ気味に同調した。

「十蔵さん、何を言っても無駄です。コレが凡人と天才の差ってヤツですよ」

「何かそこはかとなく馬鹿にされてる気がするんだけど」

「よくお分かりで」

何かエリザの目が冷たいと、永時は冷や汗をかいた。いきなり結婚届の証人になってくれとお願いされれば冷たい目にもなるだろう。

「柳韻さんはそれで良かったんですか?」

十蔵の質問に、同じ机でお茶を啜っていた篠ノ之柳韻が反応した。

篠ノ之柳韻。空の兄である。

十蔵よりと体格の良い体。永時と然程変わらぬ年齢であるにも関わらず、貫禄のある風体をしている。

「本人達の問題で、私がとやかく言う問題でもありませんから。寧ろ、空が結婚出来たという事実の方が驚きで……」

柳韻は遠い目をして語った。

家族である彼の苦労は計り知れない。色々な意味で。十蔵にはそれが痛い程理解できた。

「なぁ、永時くん。本当に空なんかで良いのか?君にはもっと良い人が出来ると思うんだが」

寧ろ、永時を気遣う立場に立っている柳韻であった。

「ええ、だからこその結婚ですし。……ねぇ、空」

全員で永時の視線を追うと、ドアの方に呆れた顔の空が居た。

「揃って何の話してるかと、思えば……」

「良いじゃないか、皆が心配してくれてるんだから」

「私の心配じゃなくて、貴方の心配という所がポイントだと思うの」

「人徳かな」

「自分で言う事でもないじゃない」

空が指で上を指す。屋上へ連れて行ってくれとの合図だ。

「皆いるから話せば良いのに」

「病院は静かにするべきよ」

「それは御尤も」

少しだけ失礼しますと言って、永時は空の車椅子を押して出て行った。

「……変わってないな」

「結婚なんて形式上とか言ってましたからね」

「まあ、ある意味お似合いだけどな」

マイペースな二人に、周りは呆れながら見送ったのだった。

 






季節は巡る。

巡り巡る。

回り回って。

その時は着実に近づいて行く。
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