インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》   作:ひわたり

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喜びと絶望

 

空が二人目の子供を妊娠した。

千冬は弟か妹が出来ると無邪気に喜んでいたが、大人達は出産の日がタイムリミットだと認識していた。

 

そして、まだお腹が大きくなる前の時期。

「……完成した」

遂に、それは完成した。

空が最後のデータを打ち込み、それが姿を見せる。地下の研究室で、それが完成した。

白く光る機体。

「これが……」

永時が呟き、空が頷く。

 

「これが、インフィニット・ストラトス」

 

永時という名を取り『無限』を表し、空の名をそのまま『空』で示す。

果てしない空を飛べる翼として名付けられた。

起動実験は庭で行われた。

エリザは邪魔をしないと病院の中に引っ込んだままだ。誘われはしたのだが、家族でするべきだと気を遣ったのだ。

その為、庭に永時と千冬。そして待機状態のISを持った空だけがいた。

空が深呼吸して、目を開いて静かに呟く。

「行くよ」

緊張の一瞬。

ISが光り空の体を包み込む。

全身装甲で覆われた空が、ふわりと浮かび上がる。感心する間も無く、急スピードで空が旋回した。永時達は突風を受け、周りの葉が風で煽られてけたたましい音を立てた。落ち葉が舞い上がり、まるで羽の様に空の後を追って行く。

「……飛んだ」

「ああ、成功だ」

永時は急運動をして大丈夫かと連絡を入れようと無線を動かす。

「おい空……」

『永時!ちーちゃん!』

キーンと耳を突くような大声が無線機から聞こえてきた。

『凄い!飛んでる!私、空中を、空を、宇宙を飛べる!』

興奮に満ちた声。

永時は興奮して体は大丈夫かと心配になったが、それを言うのは野暮であると、彼女を抑えようとはしなかった。

『凄い!凄い!やっぱり私は天才だね!!』

「そうだね」

『永時も天才だよ!!』

「ありがとう」

燥ぐ彼女に、寧ろ永時は苦笑いを浮かべていた。楽しそうに宙を舞う空を見ていれば、彼女の今までの苦労が報われたというものである。

しかし、大人らしかぬ喜び様に、流石に笑ってしまった。

「かーさん、楽しそうだね」

「そうだねぇ」

千冬は空を目で追いながら冷静に観察していた。こういう所は自分に似たんだろうなと、そんなことを思う。

「やっぱり、夢が叶うのは嬉しいものなんだよ」

「とーさんの夢が叶った時も、嬉しかった?」

「そうだねぇ」

永時は夢を持った。

夢見たのは、空の笑顔。

「嬉しいよ。凄くね」

今までのどんなことよりも嬉しいと、永時は笑った。

今までの偽物の笑顔ではなくて。

心の底から、本当に笑うことができた。

 

 

出産日。

一夏と名付けられた男の子が産まれる日であり、空の命日を決める運命の日。

陣痛が始まってから戦いは始まった。

空と話し合った結果、永時が使用することにしたのは柳韻夫妻から作られた肉体。時間を掛けて調整し育てた肉体は、既に小学生くらいまで成長させている。

「グラマーになる!?」

「……一応、肉体構造としては」

緊張感を感じさせない空の反応に、永時は少しだけ余分な力を抜くことが出来た。

「結局、名前はどうしたの?」

新しい戸籍作成の為に事前に空が十蔵へ伝えていた筈だと聞いてみる。色んな候補があったが、自分の名前になるからと空が決めていた。

戸籍は柳韻の娘という扱いになる為、性も篠ノ之に戻る。織斑でなくなることを空は少し渋ったが、体が大きくなればまた合法的に永時と結婚出来るかと手を打った。

「名前はね」

空は答えた。

ISのように二人を掛け合わせた名前。

二人の想いを束ねて来た。

そこから名前を付けた。

「篠ノ之束」

それが、空の新しい名前。

 

ここまで来れば、後に必要なのは時間。

一夏を取り出した後が勝負。

長時間に及ぶ格闘の中、エリザが声を上げる。

「取り出した瞬間、臍の緒を切ります!一夏くんの方は任せてください!」

「分かった!頼む!」

そして、空は一夏を産んだ。

出血量が激しく、やはり体が耐え切れなかったことを知る。

そして、ISを起動させ、魂の移し替えが始まった。

「…………っ」

外部からの端末でコードを確認していく。一瞬で移り変わる数字と文字の羅列。

もう修正は効かない。

何か一つ穴があれば、その瞬間に空の死は確定する。それは祈りにも似た感情で。

手を出すことの出来ない数時間。

永時は離れることなく、ジッと空とデータを確認し続けた。

数パーセントの処理を実際の時間よりもずっと長く感じながら、永久にも似た時を過ごした。

一度魂を移り替えを行えば、肉体は死んでも魂はISに移動し続ける。途中で中断したり、証明に穴があればその瞬間に死が決定される。

時間は流れる。

カチカチとなる時計の針がやけに大きく感じられた。

「…………」

処理が終わる。

ISは魂だけでなく、外部からの操作が可能なように電気でも活動出来るよう組んである。

コアへ近付くほど科学分野の数式から、魂というオカルトやファンタジーの数式へと移り行く。コアの中心部は最早永時でしか理解出来ない領域でもあった。

外部操作からISを待機状態に戻すと、ISを外された空が、空だったものが姿を見せた。

正に人形のように横たわっている。

そこから生気はなく、魂のない肉体がそこにはあった。

これはもう、死体だ。

「………………」

ぐらりと永時の視界が揺れる。

自分が空を殺したかのような錯覚に膝をついた。顔を俯かせ震える。

「……いや」

永時は確かに空を殺したのだ。

空という人を殺して、新しい人を生かそうとしているのだ。

それは生き続きであり。

まるで輪廻のようで。

本当の生死ではないのだろう。

その行いは間違いなく永時の手で行われた。

行われてしまった。

全ての原因は自分だと自覚していた。

「…………」

長い長い息を吐く。

永時は立ち上がり、待機状態のISを握り締める。今、空の魂はこの中にあった。この中でなお生き続けている。

魂のみの存在となって、この中にいる。

空の体は後に十蔵に報告して葬式と同じ様に処理をする予定だ。そうすれば世間体としても空は死ぬこととなる。

永時は休憩を取らず、そのまま新しい肉体を取り出して、空だった体の横へ寝かせた。新しい肉体の年齢は千冬とほぼ変わらない。異常もなく、普通の人と変わらない体だ。

ISを起動させ、空の魂を体へと移し込む。

数時間の戦いが再び始まる。

理論上はこれで良い。

しかし、魂というものを、本当に全て理解出来たのかと、不安が過る。

もしも、コレで目覚めなかったら。

もしも、不完全で動けなかったら。

もしも、別人となってしまっていたのなら。

『貴方は誰?』

もしそう言われたら、耐えられるのだろうか。

最愛の人を失ったという事実を。

自分の理論の破綻を。

新しい命を、受け入れられるのだろうか。

「…………」

処理が終わる。

その時が来る。

永時が外部操作でIS操作をしようとすると、ISが動いてそれを止めた。

「……っ」

永時の動きを手で制し、自分でやるからと身を起こす。

ISを解除し、少女が目を見開いた。

顔を上げて永時の顔を真っ直ぐに見つめ、優しく微笑んだ。

「おはよう、永時」

名を呼んでくれた。

空と同じ笑顔。

それだけで、永時は救われた。

「おはよう……束」

魂の証明は実証された。

 

 

束として活動し始めて数日が経過した。

「何度見ても……かーさんだと分かってても、慣れない……」

千冬の言葉に束は頬を膨らませた。

「私は私だよ。小さくなっても私」

ほら、と千冬から貰ったウサギ耳を装着してみせる。

「この体でも似合うでしょ?寧ろ小さくなった分良くなったでしょ?」

「いや、白かった方が良い」

ズバリと容赦無く答える千冬に、精神的ダメージを受けた束はよろめいた。

「流石ちーちゃん。辛辣だね……」

一夏はエリザが地下室で異常がないか検査している。魂の移し替えは一夏を離した後に行ったが、それ以前の起動は一夏をお腹の中に入れていた状態で行っていたのだ。

そうは言っても、一夏の体が作られる前に行ったことなので影響はないと見ている。念の為の調査だ。

その為、やることのない千冬と束は外で二人してのんびりしていた。

「……ん」

遠くから車の音が聞こえて束が振り返る。

如何にも高そうな黒塗りの車が入ってきて停車した。中から出てきたのは十蔵と永時。喪服を身に付けた二人は、会話をしながら病院の中へと入って行く。千冬と束はその後を追いかけた。

「形だけとはいえ、葬式ってヤツは凄く疲れるね」

この日は織斑空の葬式だった。

空が体を移し替えたのは永時を始め、エリザと十蔵、そして柳韻しか知らない。仮に知ったとしても、それを信じる者はいないだろう。

兎も角、業界や政界でも多大な影響を与えていた空の死は、衝撃を持って迎えられた。主治医であり、夫でもあり、別分野だが天才と評される永時は様々な人間に引っ張り凧である。

普段は疲れ知らずであるが、根掘り葉掘り聞いてこようとする人間の相手や、上辺だけ同情する人間の相手などは変な疲れを覚えた。

「そうするだけのことをしてたんだ。仕方あるまい」

「それはそうですけどね」

「二人共お疲れ様」

後ろから追ってきた束が労いの言葉を掛ける。

「ただいま」

「こんにちは、千冬くん。そ……束くん」

十蔵は空と言い掛けて慌てて直した。意識していないとボロが出そうだと冷や汗が出る。

「危ないね、十蔵さん」

「いや、未だに信じられないくらいだしな。それに、その容姿にまだ慣れないんだよ」

「分かるよオジさん」

うんうんと千冬が十蔵に同意する。そうだよなと、十蔵と千冬は笑い合った。幼い頃から面倒を見ていたこともあり、二人の仲は割と良かったりする。

「お茶でも飲んで行かれますか」

「いや、まだこれから挨拶回りがあるからな。すぐに出るよ」

「大変だねぇ」

呑気な束に、十蔵が眉を揉んだ。

「君の……君だった者の影響力を考えてみたまえよ」

「さぁ、周りにそこまで目を向けたこともなかったし」

「相変わらずだな」

束の答えに十蔵は苦笑いした。本当に時間がないようで、行くよと足を車へ向ける。

「ま、今度酒でも呑もう」

「ええ、また今度」

玄関から十蔵の背中を見送っていると、千冬がくいくいと永時の裾を引っ張った。

「ねぇ、とーさん。お酒って美味しいの?」

「ちーちゃんが呑んでも美味しくないと思うよ。子供の体で呑まない方が良いしね」

「そうなんだ」

父親であり、医者である永時の言葉を千冬は素直に受け入れた。

「じゃあ、大きくなったら呑んでいい?」

「うん。その時は一緒に呑もうか」

「うん!」

将来の想像図に和んでいると、あっと束が声を上げた。何事かと振り返ると、自分の掌を見つめてプルプルと震えている。

「この体じゃあお酒呑めない!」

「いやまあ、そりゃあそうだね」

偶に二人で少しお酒を飲んでいたこともあったが、束はどうやらその時間が気に入っていたようで、かなりショックを受けた顔をしていた。

「……お酌だけしてあげる」

「おつまみくらい食べなよ」

「ドリンクはコーラでね」

「風情も雰囲気もないね」

永時は喪服を脱いでいつもの白衣を身に付けた。永時が上着を脱ごうとした時に、束はそれを手伝おうと手を伸ばしたが、自分の手の小ささと身長の低さに絶望した。

「グラマーへの道は遠い……」

「ん?」

何だと振り返る永時に、何でもないと首を振る。

「永時、もっと体を成長させてくれても良かったんだよ?」

「出来なくはなかったけどさ。それをやると弱い体になっちゃうからね。強い体が欲しかったんだろう?」

「それ言われちゃうと、そうだけどさ」

束の体は筋力や構造は普通の人間と変わらない。それでも、普通に運動出来るということは、それは確かに強いということなのだ。

ただ、永時は体にあらゆる病気や症状に対する抗体を取り入れた。病気で苦しみ続けた彼女が二度と病気で苦しまないようにという永時の配慮だ。

「その体はどうだい?問題は?」

「まだ馴染まないかな。色々とやろうとする度に、前の体との違和感を感じるよ」

「それは完全に記憶を引き継げたという意味ではとても良いことなんだけどね」

違和感を感じるということは前の体の感覚があるということだ。細部まで引き継ぎ出来た証である。

「じゃあ、永時も帰って来たし、エリザに定期点検でも頼もうかな」

「僕がやらなくて良いのかい?」

「疲れてるんでしょう?どうせ問題ないから大丈夫」

「無闇に大丈夫っていうのも、医者としてはどうかと思うけどね」

でも今日ぐらいは良いかと、地下へ行く束を見送った。

そういえば千冬は何処へ行ったのかと探そうとすれば、束と入れ替わりに千冬が中へと入ってくる。

「お疲れ様」

その手には湯呑みがあり、緑茶が中に入っていた。わざわざ作ってくれたのかと驚き、笑顔でそれを受け取った。

「ありがとう、千冬」

「どう致しまして」

その時、玄関の方で物音がした。

十蔵が忘れ物でもしたかと思い立ち上がる。

「ごめん、ちーちゃん。後で飲むね」

「うん」

永時は断りを入れてから部屋を出て玄関の方へ向かう。エリザは地下室にいるので受付には誰もいない状態だ。

「……どなたですか?」

そこにいたのはスーツを着た男達だった。

永時の直感が危険だと感じ取った。

「織斑永時さん」

彼等の手の中にあった黒光りする物を見て、身を引こうとして。

「!!」

パシュンと、小さな音と同時に、永時の太腿に穴が空いた。

永時は痛みに叫べば誰かが来てしまうと、歯を食い縛り、悲鳴を咬み殺す。

それでも激痛から足を床に突いて動けなくなった。

「貴方を誘拐します」

彼の宣言に、永時は成程と理解する。

足は動かずとも思考は回る。

恐らく、彼等は空と永時の研究データを欲してやってきたのだ。二人の研究は世界に影響を与える程大きいのは事実だ。

空が死んだ今、全ての研究データは夫である永時へ渡った。そう考えるのは自然で、そして、ショックが大きいであろう葬式の日を狙ってきた。

「…………」

だがまさか、ここまで力に訴えてくるとは。

「……とーさん?」

幼い声に、ハッと永時は振り返る。

そこには千冬が立っていた。

血を流す永時を見て、呆然としている。

反射的に男達へ再度振り返れば、銃口が千冬へと向いていた。

「やめろ!!」

叫び声と小さな銃声が重なり。

 

一発の凶弾が線を描く。

 

千冬の体に、幼い彼女の体には大き過ぎる穴が開いた。

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