インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
それぞれの向かう道
学園に帰った僕達。
真実を知って、過去を知った。
僕自身のことを知った。
色々と思うところはあるけれど、セリーヌさんが亡くなった時のように、僕達の事情とは関係なく時は過ぎて行く。
夏休みに入り、生徒達は帰省し始めた。
学園に残る生徒もいるが、外国の生徒達なんかは久し振りに母国へ帰るので嬉しそうだ。
いつものメンバーは日本に残るようだが、学生らしく遊び尽くして満喫するつもりらしい。
というより、一夏くんを狙って動くらしい。頑張れ一夏くん。君の戦いは始まったばかりだ。
とまあ、僕からすれば、シャルルという僕からすれば一夏くんは息子ではなく、気兼ねなく話せる友人であり生徒である。話を聞いたからと、関係が変わるわけはない。
向こうは向こうで複雑そうだったが、彼なりの結論を出してくれればそれで良いだろう。
「……先生、何か更にボロボロになってませんか?」
相変わらず人気のない研究室で、簪さんは僕を見てそう述べた。
元から左目と左腕がない状態に加え、右足の怪我を負ってしまったので松葉杖をついている。おまけに吹き飛ばされた衝撃で擦り傷が多数だ。包帯巻かれて絆創膏を張れば、そりゃあボロボロと評するだろう。
ちなみに怪我を治療してくれたのは学園にいたエリザさんだ。フランスの病院にいた彼女が学園にいてビックリしたが、彼女なりの行動理念があるに違いない。
彼女の内心も色々と複雑ではあるだろうけれど、僕を永時さんではなく、ちゃんとシャルルと扱ってくれたことは有難かった。
「臨海学校で何があったんですか?」
「まあ、色々と」
「色々とですか」
まあ良いですけどと、細かい所までは突っ込んで来なかった。説明し切れるものでもないので、その方が助かる。
「ところで、自作ISの調子はどうだい?」
「……アドバイスありがとうございました。あんな簡単な場所を見落とすなんて思いませんでした」
役立ったのなら良いけれど、ISの式を見て刺激されちゃったから、余計な口出しをしてしまったかもしれないと心配もあった。
「ごめんね、変な口出ししちゃって」
「いえ、寧ろ感謝しています」
自分の愚かさ加減を知らされましたしと、小さく続ける。
どうしよう、僕のアドバイスが精神的にダメージを与えてしまったかもしれない。
謝ろうと口を開く前に簪さんが顔を上げた。
「そこで、宜しければ、これからもアドバイスをお願い出来ないでしょうか」
意外なお願いに僕は目を丸くする。
「え、でも、良いのかい?」
一人で完成させると息巻いていた。姉に勝つ為に、或いはその劣等感を拭う為に、頑張っていたのに。
「はい。正直、限界は感じていました。必死に一人で頑張り続けても、完成もいつになるかは分かりません」
簪さんは立ち上がり頭を下げてきた。
「どうか、宜しくお願いします」
そこまで頼まれては断れない。生徒の前向きな希望を叶えるのも教師の役目だし。
「良いよ」
僕の了承に、簪は笑顔を浮かべた。
綺麗な笑顔だと思う。彼女の笑った顔を見たのはこれが初めてかもしれない。それを人前で見せられれば、もっと交友関係も広がるだろうに。
「でも、一つ条件」
僕は一つ指を立てる。
「何でしょう」
「いつかで良いから、一夏くんや楯無さんとちゃんと向かい合って話してみなさい。今すぐじゃなくて良いからさ」
一人でただ考えているよりも、それはきっと必要なことだ。人に臆病な簪さんには難しいことかもしれない。それでも、自分の中で悪意や想像だけを肥大化させていくよりは、よっぽどマシだ。
「……考えておきます」
簪さんは少しだけ目を伏せてそう答えた。今はそれで良い。前向きに考えてくれるだけで、彼女もきっといつか進めるようになるだろう。
「では、これから宜しくお願いします。師匠」
……何故に師匠?
「師匠、早速ここなのですが」
「はいはい」
流されるままに師匠呼びとなってしまったが、まあ好きにさせるかと、僕はそれを受け入れた。
「あと、簪さん。式で一つ弄って欲しい所があってね」
「はい」
簪さんに教えながら何となく思う。
永時さんはこんな風に誰かに教えたことはあるのかと。
敢えて言うならエリザさんだろうが、彼女は永時さんの真似をしていただけだと言う。
きっと彼は、ずっと一人だったのかもしれない。
皆が思うより、ずっと。
▽
「それで、簪さんという人とISを作っていたと」
「はい」
部屋へ帰ってきた僕は、何故かシャルロットにベッドの上で正座させられていた。
怪我してるからと床じゃなくてベッドで正座というのが、何となく優しい。
そんなシャルロットは腕を組んで仁王立ちしている。
「……私も事情を聞いて、色々と考えて悩んだんだよ」
「はい」
「そんな中で、またシャルルは傷付いてるわ。気付けば何処にもいないわで、私は焦りましたよ」
「はい」
「そしたら、シャルルは女の子と二人きりでイチャイチャしてると」
「いや、別にイチャイチャはしてないよ」
ないないと手を振れば、ぷくーっとシャルロットが頬を膨らませていた。
「むーっ」
「いや、本当だって」
何で僕が浮気したとかそんな雰囲気になっているのだか。そもそも僕とシャルロットは付き合っていないだろうに。
お互い好きで、関係は家族というも、なかなか複雑ではあるけれど。
現状、問題解決が見えていない今は告白も出来ない。
「まあ許そう」
「ありがたき幸せ」
へへーっと大袈裟に頭を下げる。何故かナデナデされた。
「……シャルルは目を離すと怪我をして帰ってくるよね」
「そうかい?」
怪我といっても、左眼左腕と、今回のことだけで、そうそう無いと思うのだが。ああ、出会った時もそうだっけ。
「だからさ、目を離すのは心配なんだよね」
シャルロットが僕の隣に腰掛けた。
「……その言い方だと、これから離れるみたいな感じだね」
「うん、少しだけ」
僕はシャルロットの肩を掴んで此方に向かせた。
「フランスへ、デュノア社長の所へ行くのか?」
「流石、鋭いね」
褒められても嬉しくない。
今回の銀の福音事件。
束さんによって引き起こされた事件は、ISを操れること、男性操縦者である一夏くんを殺せること、という二点を浮かび上がらせた。
実際は一夏くんが特別ではなく、彼の持つ雪羅のコアが特別なのだが、それを亡国機業側が分かる筈がない。
IS学園は夏休みに入り人が少なくなった。つまり、それだけ戦力が削れた状態となっている。
そして、このタイミングでシャルロットが織斑一夏と雪羅の情報を提供するのであれば、それに食い付くのは必須。
「だけど、何故シャルロットが直接フランスへ行かなきゃいけないんだ」
連絡手段などいくらでもある。
態々危険を犯してフランスへ行く必要はない。
「……それは」
シャルロットが視線を逸らす。それだけで、何となく分かった。
「……束さんよりも先に脳を回収するつもりか」
束さんは脳を手に入れたら、そこから魂を引き出して僕の魂も引き出そうとするだろう。
永時さんを生き返らそうと、僕を殺しに来る。
だから、そうなる前に脳を殺そうと、永時さんを消そうとしているのだろう。
「やめろ、危険だ」
デュノア社長に近付くことがそもそも危険。
それに加えて、亡国機業と篠ノ之束を刺激しかねない。
そんなことは許容出来ない。
「場所さえ分かれば、千冬さん達も駆け付けてくれる」
「秘密を知った者として消されるかもしれないんだぞ!」
僕は力任せにシャルロットを押し倒した。逃がさないように肩に置いた手に力を込める。
「行くなシャルロット。そんな真似などしなくて良い。情報を与えてそれで終わりだ!後は千冬さん達に任せろ!」
僕の必死な訴えに、シャルロットは微笑んでいた。
覆い被さる僕の下で、彼女は優しく笑っていた。
それがとても綺麗で。
「ねぇ、シャルル」
その手が僕の頰に触れる。
「私は、シャルルにずっと守られてきた。ずっと、ずっと。家族になってくれて、私は生きて来れた」
それは、僕だって同じだ。
「私は貴方に生きていて欲しいの、シャルル。今度は、私が君を守るから」
「……死にに行くようなものだ。やめてくれ」
シャルロットは両腕を伸ばして、僕の体を包んだ。僕の体は自然と下がり、彼女と重なり合う。
シャルロットの鼓動が聞こえた。
「ごめんね。でも、これはケジメだから」
シャルロット・デュノアとして。
家族として。
もう一度、父親と相対するべきだから。
「だから、許して」
過去と決別する為に。
今を乗り越える為に。
新しい一歩を踏み出す為に。
「私は、行くよ」
その覚悟を聞いてしまった。
その柔い体に、小さな体に、その内に秘めた熱を感じ取ってしまった。
「…………っ」
心を決めた彼女を僕は止められない。シャルロットにとって、生きる為に必要なのだと、そう言わせてしまったのだから。
僕にはもう、何も出来ない。
「……分かった」
シャルロットを抱き締める。
愛しい彼女を抱き締める。
僕にはそれだけしか出来なかった。
▽
一夏はベッドで仰向けになっていた。
仰向けになって、目を瞑り、深い思考の中に潜る。
千冬と十蔵から聞いた過去の話。
自らの両親の秘密。
ISの正体。
そして、これからのこと。
『だから、私と手を組め、シャルロット・デュノア』
あの時、シャルロットはその手を取った。
千冬は永時に死を与える為に。
シャルロットはシャルルを生かす為に。
目的は違えど結果は同じだ。
だから、彼女達は手を取った。
「…………」
しかし、一夏はその手を取れなかった。
シャルルを死なすことは以ての外だが、脳だけとは言え、実の父を殺すことに頷くことは出来なかった。
例え他人の命であっても肯定することは出来ないのだろう。普通の人間として、人殺しに許容出来ないのは当たり前のことだ。
亡国機業は永時の脳を道具として使い続けたい。
束は織斑永時を生き返らせたい。
千冬は織斑永時を死なせたい。
十蔵達は脳を取り返したいが、後のことは家族に任せるつもりだとのこと。
そして、シャルロットはシャルルを生かしたい。
なら、自分は?
「……くそっ」
考えても結論が出ない。出せる筈がない。
誰かが死ぬことを認めたくなかった。永時とシャルルのどちらかが一方しか生きられない事実の前に、一夏の足は止まってしまう。
魂のコピーは不可能かと考えてみるが、やれるものならその選択を選んでいるだろう。そもそも、永時にしか魂の証明も式も完成させられない。
魂をエネルギーとして使う。魂を移し替える。
その二点以外、残された人間にはどうしようもないことなのだ。
どうしようもない。
ならば、このまま何もせずに見てるだけか。
「それは、嫌だ」
束が戦い、千冬が抗い、家族がそこで争っている。
それを黙って見ていられるほど薄情でもなく、自らの中にある正義感が許さない。
でも、何が出来るのか。
何をすれば良いのか。
一夏にはそれが分からない。
「悩んでるね、少年」
「!?」
聞こえな声に慌てて起き上がる。
そこには、初見と書かれた扇子を広げた、ショートカットの女生徒がいた。
「考え事は良いけど、鍵くらいかけなきゃ不用心だよ。ノックの音にも気付かないなら尚更ね」
「……貴方は?」
「私?このIS学園の生徒会長よ」
宜しくねと、更織楯無は笑った。
カツン、カツンと通路に足音が鳴る。
歩いていた少女は一つのドアの前に立ち、ノックをした後に開いた。
「何か用か?」
無愛想な声に、中にいた男が答える。
「相変わらず生意気な口だな」
「色んな所に飛ばして仕事してきて、此処へ来たらまた仕事の話。嫌にもなる」
少女の愚痴に男は肩を竦めた。
「まあ、そう言うな。お前の目的にも関係あることだ」
ピクリと少女の眉が動く。
「織斑一夏と織斑千冬か」
「ああ。近日中に織斑一夏の情報がデュノア社から来るらしい。お前もその場に招待しよう」
「……成程。私は念の為のボディーガードというわけだ。それまでは自由にしていても構わないな?」
「もちろんだ」
「じゃあ、これで」
「ああ、宜しく頼むよ。M」
少女はドアを閉めて廊下を歩く。梯子を登り、天井を開けた。激しい突風が体を叩きつける。月が出ている夜空を見上げ、その漆黒の瞳に光を写した。
飛行船の上へ出た少女はISを展開し、翼を纏う。
「……織斑永時。いや、シャルルか」
小さく名を呟いた少女は空を飛んだ。
織斑マドカは、日本へ向けて飛翔した。