インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》   作:ひわたり

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迷える心

 

 

更織楯無。

暗部に関わる家系だと名乗る彼女は、一夏の護衛や裏世界のことなどにも精通すると一夏へと伝える。

「私の話を信じる?」

楯無の問いに、一夏はすんなりと答える。

「信じますよ」

「あら、随分と素直ね」

「千冬姉から多少なりとも聞いていましたので」

真実を聞かされた後、更織家についても千冬から聞いていた。現在の一夏の護衛を務めており、油断するなとも言われている。

「なら、話は早いわ」

楯無が一歩踏み出す。

「実を言うとね、一夏くん。貴方の服に盗聴器があったの」

「……は」

盗聴器と聞き、一瞬何を言っているのかとすぐに理解出来ない。

「着けたのは私」

「……な、何故そんなことを!?」

「いつでも守れるようにってのはあったけどね。それにしても、警戒心をもっと強く持った方が良いよ」

楯無は笑顔を消して、一夏の顔を真正面から見た。

「貴方の価値を貴方は知るべき。世界初の男性操縦者よ。こんなことしてくる輩なんて普通にいるし、それ以上のことをしてくる人間なんてわんさかと居るわ」

「…………っ」

ぐうの音も出ないとはこの事だ。

一般人であった一夏に警戒心を持てと言ったのは、シャルルを含めてこれで二人目だ。

実際に意識を即座に切り替えるなど無茶な話ではあるが、こんなことになると楯無は盗聴器を見せ付けた。

自分にそんな物が付けられているとは思っていなかったし、テレビの中の話だけとも考えていた。だから、その現実を見せられて、何も出来ていなかったのだと歯噛みするしかない。

「……俺に価値なんて無いですよ」

男性がISを動かせないのは、その機能を除いて武器などに使用している為。特別なのは雪羅のコアだ。男でも動かせる機能を持つコアだから、一夏でも動かせるだけ。

「でも、世間では違うわ」

意図的ではないにしろ、一夏は世界を騙したことになった。

何故、束が一夏を利用したかは分からない。身近で歳としても利用し易かったからなのか。

それとも、家族だからこそなのか。

それは束にしか分からない。

「……では、あの話も聞いてたんですか?」

「まあね。千冬さんのことだから気付いては居たんでしょうけど」

他人には決して口外出来ない話だ。一夏を巻き込むと考えたから、護衛である楯無にも真実を伝えたのかもしれない。

「私も巻き込まれた感じだけどね」

だからこその提案よ、と楯無は続けた。

「私は暗部の人間で、貴方を守る為に動いている。私を信用するかは貴方に任せるけど、その上で問うわ」

貴方は、どうしたい?

「…………」

その問いに一夏は答えられない。

あれからずっと考えていたことだ。考えて、考え抜いても、答えなど出なかった。

「一応言っておくけどね。誰も犠牲にしないなんて、無理よ」

楯無の静かで優しい声は、一夏の心を抉った。

「全員が同じ考えと目的なら良いかもしれないけどさ。皆が皆違う方を見てるんだよ」

だから、誰かが死ぬしかない。

「だから、諦めろと!?誰かが死ぬのを受け入れろって言うんですか!」

立ち上がり叫んだ一夏に

「そうだよ」

楯無は容赦なく言葉の冷水をぶちまけた。

「既に選択は限られている。誰もが幸せになるなんて選択は存在しないし、新しく出てくることもない」

それが受け入れられないならここで目を逸らすべきなのだ。何も見なかったフリをして日常へ戻れば良い。一夏の性格を考えるのなら、その方が幸せかもしれない。

それもまた選択の一つ。

「私はその上で提案するよ、織斑一夏くん」

楯無は一歩一夏に歩み寄る。

「暗部としては、篠ノ之束に永時の脳を渡すわけにはいかない」

世界は既に亡国機業側と篠ノ之束側に分かれている。

脳を取られれば亡国機業は衰退するだろうが潰れはしないだろう。元はそういう世界に技術や知識などを精通させる組織なのだから。

だが、束に脳が渡った場合、容赦無く亡国機業を潰すだろう。その上で永時を生き返らせるかもしれないし、失敗するかもしれない。だが、問題はそこではない。

「篠ノ之束に全世界が傾くのが問題なのよ」

表ではISを開発した束は天才と持て囃されたり、天災と騒がれたりと、兎に角名前は大きく広がっている。

表向きでは名前ばかり大きいが、裏ではそのバランスは平等に成り立っている。

「篠ノ之束が亡国機業を潰すだけならまだ良いの。でも、本人は興味がなくとも、脳が篠ノ之束の手に渡れば、世界の勢力は全て篠ノ之束一人に集約してしまう」

束は既に権力者だ。そこへ、永時という存在が加われば脅威となる。ISを開発したように、とんでもない発明や知識が開発されるかもしれない。

生死が覆るかもしれない。

ISで混乱している世界に、それはあまりにも致命的。

「それは非常に宜しくない状況なの。だから、一夏くん」

楯無は真剣な目で言った。

「少なくとも、脳を篠ノ之束に渡さないことに協力してもらえないかしら」

永時の脳を殺せと言っているわけでもない。

シャルルをどうしろとも言わない。

言わば保留の考え。

亡国機業から奪うだけ奪い、後はそれをどうするかは先送りにするということ。

「……それは」

一夏は小さな声で尋ねた。

「それは、貴方達が永時さんの脳を管理するということですか」

亡国機業から奪い、自分たちがその知識を使うということではないか。一夏の鋭い目に、楯無は肩を竦める。

「少なくとも、私はそのつもりはないわ。本家ではどうかは知らないけど」

「……もし、そうなら、協力は出来ません」

「私は脳を持っていくつもりも、使うつもりもないわ。本家にもまだ連絡はしていない。そこまで無粋ではないもの。ただ、大人の社会は複雑なのよ」

私だってどう動けば良いのか分からないのよ、と楯無は愚痴を零した。

「ただ、動かないわけにもいかないでしょう。私も、貴方も」

考えておいてねと出ていく楯無を見送り、一夏は再びベッドに腰掛けた。

「…………」

目を抑えて動かない。

動けない。

雁字搦めでどうしようもなく、思考の迷路に取り残される。

コンコンとノックの音が鳴るが、反応を返せなかった。ドアが開いた音がして、足音が近づいてくる。

「一夏?」

「どうしたの?」

声からして、いつもの皆だと一夏は分かった。別にと答える一夏に、箒達は顔を見合わせた。

「臨海学校が終わった時から様子がおかしいが、何かあったのか?」

何か。

あった。あり過ぎて困る程に。

どうすれば良いのか分からない程に。

「…………」

箒は真実を知らないのだろう。

束の正体も、ISを作った理由も。全部知らない。ただ、ISを開発して、家族をバラバラにした彼女を恨んでて。

それだけで。

「……皆」

一夏は小さく呟いた。

「夏休みの間、IS学園から離れていてくれ」

「……一夏さん?それは、どうして」

「何かが起きるかもしれないから」

一夏の答えに、ラウラの表情が険しくなる。

「危険なことでも起きるのか」

「分からない。だけど、用心しておくに越したことはない」

「一夏。これを見て」

鈴の声に顔を上げる。鈴が持っていた一枚の紙の文字が目に入った。一夏に見せながら鈴が読み上げる。

「……『寮の工事及び学内点検の為、一週間学園内の立ち入りを禁ず』。コレと何か関係ある?」

流石千冬姉と内心呟いた。

生徒達を学園から離れさせて、安全確保と共に束の戦力を少しでも削った。

もし束が脳を手に入れたのなら、学園にいるシャルルを狙いに来るのは必須。その時の為の対応だろう。

一週間。

その期間に事態は終局する。

「……そうだな」

「何が起こるのか知らないが、手伝うぞ」

「そうですわ。私達の力をお貸しします」

何が起こっているのか彼女達は知らない。それでも、一夏の様子から、とんでもないことが起きているのだけは分かる。だからこそ、少しでも役に立ちたいと申し出た。

「……ありがとう」

それだけで一夏は救われた。

「でも、大丈夫だ。これは俺がやらなきゃいけないことだから」

一夏は立ち上がる。

自分がやらなければならないことだと。そう決心して。

織斑家の家族として、向き合わねばならない。

「俺は、織斑一夏だからな」

まだどうすれば良いのかは分からないけれど。

今生きてる大切な人達を守ろうと。

一夏は、そう決断した。

 

 

クロエは料理が下手くそである。

今日作った物も焦げが酷く、見た目だけでなく味も良くない品物だ。

「……どうぞ、晩御飯です」

「ありがとう」

束は短く礼を述べて、片手でご飯を摘みながらパソコンに向かい合っていた。

「味付けが上手くできず、申し訳ありません」

味付けだけの問題ではないが、クロエは頭を下げて謝った。

「ん、別に良いよ」

今の束にとって、ご飯とは栄養の摂取と腹を満たすだけのもの。味などはどうでも良かった。

「どうせ、何食べても同じだし」

もう味なんて分からない。

永時と食べていた料理の美味しさなんて、もう味わえないから。

あの時の時間は戻らないから。

「…………」

いや、違う。

取り戻すのだ。

あの時を、あの時間を。あの幸福を。

永時を取り戻す。

その為にここまできた。何もかも犠牲にしてここまできた。

「計画はもうすぐだよ」

「今度こそ、決着ですね」

物事は束の思い通りに動いている。

全ての仕掛けは亡国機業を見つけ出す為のもの。

永時の脳を見つけ出す為。

長い長い時間を費やして、漸くここまで漕ぎ着けた。

「今、全ては私の掌の上」

シャルロットには一夏と雪羅のデータを渡し済みだ。それもバラしても構わない範囲のデータだが、知らぬ者達からは魅力的なデータに見えるだろう。

しかし、それは紐付きのデータだ。

データを移送しただけで場所が割れる。

後はデュノア社がそれを受け継ぎ、亡国機業の元まで案内してくれるだろう。

物理的にデータを亡国機業へ渡すことになろうとも、千冬達がそれを追いかけるに違いない。彼女達の動きを追うのは容易い。

後は、千冬達の手に渡る前に脳を回収するだけ。

「……何かイレギュラーさえ起こらなければ」

「イレギュラー……織斑一夏ですか?」

魂の移し替えには雪羅のコアが必要となる。脳を回収した後は、シャルルの霊と一夏からコアを奪い取らなければならない。

「いや、そこは大した問題じゃないよ」

一夏は束にとって脅威には成り得ない。千冬のように何かを背負って来なかった彼は、良くも悪くも普通だ。強さの限界は見えている。覚悟も遠く及びはしない。

「私が恐れてるのは、シャルルの方」

「彼が?失礼ですが、彼と比べるのであれば、織斑一夏の方が余程脅威に値すると思いますが」

一度接触したが、身の危機管理もなければマトモに戦う術すら知らない。魂のエネルギーも碌に使えないシャルルを警戒する必要すら思えない。

「戦いとかでは別に怖くもなんともないよ。寧ろ一般人よりも弱いくらいだしね」

「ならば何故?」

「一番恐れていたのは、彼が死のうとすること」

永時の魂の影響か、死を恐れようとしない彼は、寧ろ死を求める節さえあった。シャルルが死ねば、当然永時の死に繋がる。それでは全てが台無しだ。

だが、シャルロットの影響によりシャルルは生きる事を願うようになった。

この前の相対でそれは確実なものと判明した。

「シャルルが自分から死に行く要素は無くなった」

一番の恐怖は無くなった。

なら、二番目は何か。

「シャルルは永時の魂を持っている。その片鱗は、偶に顔を見せていた」

例えば、デュノア社長に抵抗した時。

例えば、自分の腕を切り落として脱出した時。

永時の冷たく冷酷な思考を持つ場面が少なからず束は目撃している。

「今回のことで、シャルルが永時の思考を持つのなら、どんな手を打ってくるか分からない」

束は永時の事をよく知っている。

よく知っているだけに、彼の深い底を見抜けていないことも理解している。

「その点、ちーちゃんとかいっくんは楽なんだよ。何をしてくるかは簡単に分かるからね」

「……ですが、彼はもう普通の人と変わらないでしょう?そこまで警戒する必要はあるのですか」

「しておくことに越したことはないんだよ。『彼』の場合はね」

だから、打てる手は打っておこう。

束はそう言ってパソコンに向かい合う。

その顔に笑顔はなかった。

 

 

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