インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
僕はシャルロットと手を繋いで出掛けていた。
シャルロットは明日、フランスに飛び立つ。
不安はあるし、止めたい気持ちは正直今もある。でも、止められない。止めたくないとも思う。
父親との決別はシャルロットが進む為にも必要だから。
「シャルル。アイス溶けちゃうよ」
「ああ、ごめん。ボーッとしてたよ」
溶けかけてたアイスを舐めとる。
「指に垂れたら舐めとってあげるのに」
「いや、良いから」
ノリはいつも通りだった。僕としてもその方が有難い。真実を聞いて、シャルロットがどう思ったかは深くは聞かなかった。
シャルロットは僕の左側でくっつきながら楽しそうに笑っている。
「…………」
別にこれが最後となるわけでもない、とも思うが、束さんに脳が渡った場合ではその限りではない。
壊れた脳に魂があるのか。あるとしても、僕にある魂のように欠けていないのか。そうなった場合は移し替えも失敗するだろう。
リスクは束さん自身の方が理解しているに違いない。だけど、理性で止まれない。もう彼女は引き返せないのだ。
「…………」
永時さんなら、それを止められるのだろうか。
あの時、彼は何と言ったのだろうか。
僕はそれを伝えられるのだろうか。
「ねぇねぇ、シャルル」
服を見に店へ訪れると、シャルロットが変なのを持ち出してきた。
白猫の着ぐるみだ。
「これ可愛いね!」
「……う、うん」
いや、そんな物どこで着るのさ。精々パジャマ代わりだろうけど、夏真っ盛りなのに無理でしょ。
いや、今は可愛いと言って興味が惹かれてるだけだから買う気なんて
「買い物カゴどこかな」
……買うんかい!
「ちょ、シャルロット。それ買うの?」
「え?うん」
何で不思議そうな顔で返してくるんですか。はっ、まさか僕に着せるとか言わないよね。そうなったら全力で逃げるよ。一夏くんにIS使うように頼んでも逃げ切るよ。
「暑そうなのに買うの?」
「そりゃあ、シャルルを誘惑す……可愛いからね、部屋着とか冬にでも使うよ」
不穏な言葉が聞こえた気がする。いいや、この場はスルーしよう。ごめんな、未来の僕。
シャルロットは本当に楽しそうだ。
楽しそうで。
だから僕は、聞かなければならない。
「……ねぇ、シャルロット」
「ん?」
服を見ている彼女に、僕は真面目な話をした。
「デュノア社長に会って、どうするの?」
変な事を考えてはいないと思うが、その心中を僕は推し量れていない。
「さぁ、正直、私もどうしたいかと考えてるわけじゃないんだ」
シャルロットは服を見ながらそう答えた。
「シャルルを酷い目に合わせて怒ってる気持ちはあるよ。彼が来なければ、今もフランスで平和に暮らせていたんだとも思う」
そうだろう。あのままずっと、何も知らないまま、真実を知らないまま暮らしていただろう。
静かな田舎の町で、ずっと、シャルロットと一緒に。
「結果論だけど、シャルルは永時さんの魂を持っているから、何れは束さんが襲いに来たかもしれない」
僕はシャルロットに出会って良かったのだろうか。
「私にも友達が出来たしさ。IS学園へ来た事は悪い事じゃなかったと思うよ」
僕との出会いがシャルロットの人生を狂わせた。
セリーヌさんが亡くなるのは必然だったのかもしれないが、町の人達と協力し合って生きていったかもしれない。
デュノア社長も手を出さなかったかもしれない。
そしたら、きっと、普通に暮らして、誰かと過ごして。
それで普通の人生を歩めたのだと。
そう思うと。
僕は。
「だからさ、シャルル」
シャルロットは服を置いて、僕の頰に触れた。
冷たく濡れていた頰に触れた。
その涙を優しく拭ってくれる。
「泣かないでよ、シャルル」
彼女は静かに微笑んだ。
「……君が泣いてると、私も悲しくなるから」
触れた手は温かかった。
「私は君の笑顔が好きだから」
シャルロットは温かかった。
「だから、笑っていて」
だから、僕も笑えた。
きっと笑顔でいられた。
「うん、ありがとう」
ありがとう、シャルロット。
僕と出会ってくれて、ありがとう。
だから、もう一度必ず会おう。
▽
数日後。
シャルロットはフランスへ飛び立った。日本へ来た時とは違う心持ち。
シャルロットは実際、どうしたいかは考えていない。
父親とどう向かい合えば良いのかは分からない。
しかし、必要な決別だと。覚悟を決めて、彼女はフランスの大地へ降り立った。
「久し振りだな、シャルロット」
「こんにちは、社長」
通された社長室に、デュノア社長が座っていた。
その脇には体格の大きい男が長物を持って控えている。ISを持つ女性でないことに、シャルロットは少しだけ違和感を持った。
一先ずその思考は脇に置き、会話を切り出す。
「データは持ってきた。シャルルに会わせて」
体裁として、シャルルはまだデュノア社に捕まっていることになっている。そしてシャルロットはシャルルが脱出している事実を知らない事になっている。
デュノア社長は微塵も動揺した様子は見せず、事が終わってから会わせてやると葉巻に火を付けた。
「まず、ISを預かろう」
当然かと思ったシャルロットが素直に手渡す。
「勘違いしないように言っておくが、別にお前の抵抗を考えてのことではない。これから行く所がISを持ち込むなとの御達しでな」
「……私もそれについていけと?」
「そうだ」
予想していた事態の一つだが、シャルロットの身の危険度は上がった。ここでデータを送信されれば先に束に動かれてしまうので、物理的に渡しに行くのは望ましいことではあるのだが。
「準備はこちらで整えている。行くぞ」
「どこへ?」
「お前は黙ってついてくれば良い」
その後、シャルロットとデュノア社長、そして社長室にいた男が車に乗り込んだ。シャルロットのISはそのままデュノア社へ保管されてしまった。
シャルロットは助手席で、社長は後部座席。運転は男がする。この三人だけだ。
知られている人も少なければ、相当警戒をしているのだと、それだけで分かった。
長物の中身は恐らく武器の類だろうが、そうなると、銃火器や飛び道具も禁止されているのかもしれない。一応、護衛としては武器を持たないワケにもいかない為、これで妥協してもらったのだろう。
デュノア社長がそれに大人しく従っているということにも、また驚きを持った。
シャルロット達は様々な場所に止まっては、何度も車を変えた。
貧相な中古車にも乗り換えた。流石に顔を顰めていたデュノア社長だが、それにも黙って乗っていた。
この行為事態が亡国機業からの下に着くというメッセージ。
嫌ならばここで引き返せということになるのだろう。
デュノア社長とそれは理解している。理解した上で従っている。それ程に、亡国機業の、永時の知識は価値があるというのか。
「社長」
シャルロットが静かに問い掛けた。
「黙っていろと言った筈だ」
「この状況とは関係ない質問ですよ」
シャルロットは前を見たまま聞いた。
「貴方は何故、母を、セリーヌを抱いたのですか」
妻が居るにも関わらず、セリーヌを何故抱いたのか。二人が交わったから、だから自分は産まれた。
そこに愛はあったのか。
「そんなことか」
下らん、と一言返ってくる。
「女として魅力的だったから抱いた。それだけの話だ」
そこに愛などなく。ただの体だけの目的だったのだと、彼はハッキリと語った。
「そうですか」
それだけで充分だった。
不思議と、シャルロットの中には悲しみや憤怒の念は無かった。
恐らく、デュノア社長は誰かを本当に愛したことも、愛されたこともないのだろう。
金が全ての人生だったのだ。
人も愛も信用出来ず、ただ金を求めてきた。金を得て、欲望のままに物を満たし、女を抱いてきた。
その生き方を、その人生を、シャルロットは否定しない。
「…………」
ただ、自分から見たら、酷く哀れだと。
そう思った。
移動を続けながら、更に二日間、様々な場所へ動き回ったり、泊まったりを繰り返した。
最後に辿り着いたのは飛行場。
大きな飛行船の中へ導かれ、一つの簡素な部屋へ通された。
「…………」
三人が無言の中、飛行船が飛ぶ。
時刻は既に深夜を回っていた。
ノックの音と共に扉が開かれる。
「お待たせ致しました。デュノア様、此方へ」
デュノア社長、護衛の男、シャルロットの順に進んで行く。
広く清潔な空間が広がる場所へ案内され、案内の男は一礼をして出て行った。
「ようこそ、亡国機業へ」
その中央にいたのは老人だった。
頰は痩せこけ、車椅子からは薬の管が繋がっている。細い腕は何もせずとも折れそうなほど。
彼の脇には一つの台座が備えられていたが、何も乗ってはいない。
「…………」
老人の後ろに一人の少女がいた。
シャルロットはその少女に見覚えがあるような気がしたが、何処かで会った覚えもなかった。
マントを纏う少女は一瞬だけシャルロットへ目線を向けて、すぐに逸らした。
その表情でシャルロットは当たりをつける。
千冬に似ているのだと、納得した。
「初めまして。私はデュノア社の……」
「堅苦しい挨拶は良いではありませんか、デュノア社長。我々は契約を果たすのみです」
老人はそう言って手を出した。
デュノア社長はそうですなと応じ、シャルロットに目を配らせる。データを渡せということだと分かり、シャルロットはそれに従った。
「ほほう、これが……」
シャルロットから渡されたデータを車椅子の下から取り出した機械へと繋ぐ。
「成程、これは素晴らしい」
老人は口を嬉しそうに歪めた。それにデュノア社長は何処か安心したような雰囲気を出しながら一歩踏み出す。
「では、契約通りに」
「ええ。デュノア社の亡国機業への参入を認めましょう」
老人が一つのスイッチを押す。
台座の口が開き、一つの物体が上がってきた。
「…………!」
それを見てシャルロットは息を呑む。
カプセルに入ったソレ。
緑色の液体に浸された物。
穴が空いた、人間の重要器官。
束が求めて続けてきたもの。
千冬が探し続けたもの。
全ての根源。
織斑永時の脳が、そこにあった。