インフィニット・ストラトス Re:Dead《完結》 作:ひわたり
束とクロエ。
千冬とシャルロット。
そして、シャルルと一夏とマドカ。
広いアリーナの中心で、一定の距離を保ったまま向かい合う。
「…………」
シャルロットはシャルルの元へと駆け寄った。
「やぁ、シャルロット。無事で何よりだ」
「そんなことより、シャルル。これは一体……」
「原因はコレだからね」
シャルルは軽くカプセルに入った脳を叩いた後、全員を見渡した。
「家族会議でも開きましょうか」
束はクロエを後方へ下げさせてから微笑を浮かべて尋ねる。
「その必要性を感じないけれど?」
「束さんと千冬さんの意見が正反対なのは知っていますよ。だからこそ、家族としての話し合いが必要じゃないですかね」
永時を生かすにしろ、死なすにしろ、納得出来ずとも話し合うべきだ。
シャルルはそう考える。
「貴方達は結局、自分だけでしか考えてこなかった。そうしてここまで来てしまった」
織斑永時でないシャルルはそう考える。
「必要ないな。コイツは既に私達の母親でもない」
千冬の断言に、一夏が眉を寄せる。
「千冬姉……」
「一夏、お前は自分を利用した奴を、命まで利用した奴を親だと思えるのか?」
例え実の親であっても、そんな人間は親の資格はない。
千冬はそう断言し、話し合う姿勢を見せない。束もまた、それを否定することはなく、同じく戦闘態勢のままだ。
そんな二人の様子を見て、マドカが小さく呟く。
「……想像以上に拗れてるな」
「予想通りだけど、まあ、どうしようかね」
話し合う素振りさえ見せない彼女達に、シャルルも苦笑いしか浮かばない。
「穏便に済ませられませんかね」
それでも尚、シャルルは説得を試みた。
「何故そこまで気を遣う?」
「知り合いが争ってれば止めるでしょう」
「それだけか」
「それだけですよ」
親しい知り合いが戦おうとしている。だから止める。
それだけのシンプルな理由。
束と千冬、二人の殺気を軽く受け流すシャルルを見て、シャルロット達は内心ヒヤヒヤしていた。
「命を守りたいなら私側につくべきだと思うが?」
千冬の言葉に首を振る。
「言ったでしょう。戦いを止めるのが僕達の第一目的です。もちろん、命は渡したくありませんけどね」
命を第一優先にしない所が、正しくシャルルだなと嘆息する。
「……話にならない。話は必要ない。私の意見は変わらない」
束の心は動かない。
最早そんな事では止まれない。
「そうだな。もう手遅れだ」
千冬は束から目を逸らすことなく一夏へ告げた。
「一夏。これは、とーさんの生死を掛けた戦いなんだ。どちら側につく気もないと言うのなら、黙ってそこで見ていろ」
剣呑な雰囲気を感じ取り、シャルルがシャルロットへ顔を向ける。
「シャルロット、ISは?」
「ない。取られてそのまま」
「だろうね。なら、危ないから、下がっていて」
シャルルの無くなった左腕を、シャルロットはしっかりと握った。
「……嫌だよ」
確かに、戦う力はない。
家を燃やされたあの日と同じ無力だ。
だけど、それでも。
「離さない。離れたくない。……離さないで」
「……分かった」
シャルロットの願いに、シャルルは頷いた。
「ありがとう」
とても心強いと、心の底からそう思った。
「マドカ、体は?」
シャルルは横目でマドカに問う。
「問題ない。もし、事が起きれば、予定通りにする」
「宜しく」
話し終えたシャルルに束の声が届いた。
「シャルルくん、満足した?」
「したと思います?」
しないだろうねと、束は冷たく微笑んだ。
「結局、話し合いになんかならないんだよ。そもそもする気なんてないんだ」
「でも、僕は貴方達を止める」
「無理だよ、君じゃあ、無理だ」
だからごめんねと、束は笑った。
「私の為に死んで」
パチンと束が指を鳴らす。
クロエがそれに反応し、ISを展開。そして、一つの物を展開した。
巨大な棺桶のような箱。
その中に入っていたのは。
「とーさんの肉体……!?」
千冬が驚きに、皆が反応する。
ボロボロの状態のまま保存されている織斑永時の肉体。アレが、一夏と千冬の父親であり、空の夫であり、シャルルの元となった人間の姿。
「束、貴様……!」
クロエは箱の脇にあるスイッチを起動させた。
電子音が鳴り、空気が何かの波に揺れる。
「これは……!」
千冬と一夏が目を見開く。
その感覚に覚えがあった。
「…………っ」
シャルルは息を呑み
そのまま人形のように倒れた。
地面にぶつかる寸前でシャルロットが抱き抱える。
「シャルル!?」
彼の力をなくした手から、脳が入ったカプセルが零れ落ちた。全身に力がなく、目も口も開きっ放しで機能していない。呼吸も、心音も止まっていた。
「シャルル!どうしたの!」
「おい、しっかりしろ!」
シャルロットとマドカが必死に語りかける。反応はない。
一夏はその横で、その感覚を思い出す。
「精神世界……?」
かつて味わったその感覚を思い出した。
「くーちゃん、どう?」
皆が慌てる中、束はクロエに問う。彼女の質問にクロエは首を振った。
「駄目です。肉体は空のままですね」
「やっぱり直接やらないと引っ張り切れないか」
シャルロットはシャルルを抱いたまま束を睨みつけて叫んだ。
「何をした!いったい、この人に何をした!!」
シャルロットの怒号に束は平然と答えた。
「元の肉体を使って魂を戻そうとしたんだよ」
ISの共鳴、魂の共鳴による精神世界の応用。
永時の肉体という器を使い、シャルルの体と脳にある魂を引き入れようとした。三つの点が作用したのには成功したが、魂を完全に引き込むことは出来なかった。
「シャルルくんが何か考えて動くのは予想してたからね。手を打って、これ以上動けなくさせて貰ったよ」
魂も引き込めれば楽だったけどねと、束は口を歪ませた。
「さあ、シャルルの体と永時の脳をこっちに……」
束が一歩踏み出そうとして
「束!!!」
千冬の一閃が走った。
ISを使わない肉体のみでの全力攻撃。
鋭い刃は束の体に振り下ろす前に、束の手が柄に当たることにより止められる。
激しい衝撃は地面へ伝わり亀裂を作った。
「貴様は!貴様は何処まで堕ちれば気が済むのだ!」
ギリギリと尚も力を込める。
千冬の今までに見せたことのない激しい感情とは逆に、束は氷のように冷たい無表情。
「他人を利用し、友人を利用し、家族を利用し、果てはとーさん自身を使うだと!?そこまで人を捨てたか!そこまで自分を捨てたか!!」
「それでもまだ足りない」
束が拳を振り上げて殴り付ける。直前で千冬はガードをしたが、数メートル後方へ押しやられた。
「まだ足りない。だから、まだ止まれない」
だからまだ、彼の犠牲が必要なのだ。
シャルルの犠牲が必要だ。
「束!!」
再び千冬は束に斬りかかり、束はそれを受け止めた。
「…………っ」
一夏はその光景を見て震えていた。
人と人が生身でぶつかり合う、本物の殺し合い。
互いに遠慮も無ければ躊躇もない。
そんな中に、自分が踏み入れるなど……。
「シャルル!シャルル!」
一夏の後ろでシャルロットが必死にシャルルに呼び掛けている。しかし、彼からは反応が返ってこない。今、彼の魂は精神世界に囚われている。
どうすれば良いのか分からない。
分からない。
「一夏!」
マドカの叫びに、一夏は反射的にISを展開した。瞬間、何かに吹き飛ばされる。
「ぐおっ!」
一夏はそのまま旋回し、空中からそれを見た。
「……無人機!?」
そこに居たのは三体の無人機。
一体はそのまま一夏へ向かい、残りの二体がシャルロット達の方へと飛んだ。
シャルロットはシャルルだけは離すまいと抱き締める。
「……チッ!」
マドカはISを使い、シャルロット達へ向かう無人機を阻んだ。
その内に、一体の無人機が脳を掻っ攫う。
「……無人機はVTシステム量産の為の物だと思っていたが、まさか篠ノ之束が使うとはな」
マドカの愚痴に束は千冬と相対しながら答えた。
「いくら機械の方の知識があるといっても、永時の脳は医療や人体特化だよ。機械関係で永時に作れる物が、私に作れないわけがない」
互いの分野は互いから学んだのだ。どちらも相応に優れた技術を持ち、そして互い以上の物を作れない。
「君は何でそっちについてるのかな?」
「特に理由などない」
束は愛した人だから生き返らせたい。
千冬は親だからこそ死なせたい。
一夏は息子だからこそ皆を守りたい。
「敢えて言うなら、娘だからな」
例え偽りの子供で、偽りの父親であっても。
「だから助ける。それだけだ」
「勇ましいことだね。だけど、脳は私の物だ」
脳を奪った無人機が飛び立ち、アリーナを飛び出そうとして
「!」
レーザーの雨が無人機を貫いた。
「一夏!」
「一夏さん!」
そのまま無人機を鈴と箒が畳み掛け、落ちる脳をラウラが捕まえた。
ビットを操っていたセシリアも姿を見せ、一気に落とす。
「皆……!?」
無人機の相手をしながら驚く一夏。
無人機を破壊した四人は一夏を襲うISとマドカが相手をしているISに、手分けして攻撃を仕掛けた。
「どうしてここへ!?」
「乙女の勘ですわ!」
「隠し事とは水臭いぞ」
「正直、何をやってるのか知らないけど、手伝うわよ!」
皆が答え、箒の視線は束へと向かった。
「姉さん!これはどういうことだ!?」
束は舌打ちをして、千冬の攻撃を捌き続ける。千冬は力任せに束を弾き飛ばし、大きく後退して一夏とマドカに纏わり付く無人機を一掃した。
「さ、流石は織斑先生……」
「ってか、生身でって……」
千冬の強さに少し引いた彼女達だった。
束は静かに箒を見据えた。
「……ほーきちゃんは何も知らないでしょ。関わる理由もないよ」
「何も知らないからと見過ごせない。家族をバラバラにしただけじゃなく、一夏まで傷付けようとして、一体何を考えている!?どうする気なんだ!?」
箒は怒りを見せた。その怒りに、束は長い息を吐いた。
長く深い息を吐いた。
「関係ない。今ならまだ見過ごすよ」
だから。
「サッサと目の前から消えて」
普段の束とは程遠い冷たい目。
本気の殺気。
今まではずっと、束からは好意しか向けられなかった。それがどんな形であれ、好意には違いなかった。
だが、今は違う。
自分に向けられた初めての殺意に、箒の体は氷のように冷たく固くなった。
「…………っ」
動けない。誰だこの人はと、受け入れられない。
頭の中で危険だと、警鐘が鳴る。
動けない。怖くて体が震える。心は冷たく凍り付く。
「その程度の覚悟で、私の前に立つな」
束が一歩踏み出す。
「私の道を阻むな」
箒達の足は自然と一歩後退した。
「私を止めるな!!」
千冬はラウラから脳のカプセルを奪い取ると、剣を構えた。束に見えるように剣を突きつける。
「終わりだ、この愚か者」
今ここで全て終わらせる。
「千冬姉!」
一夏が止めようとして、剣は振り下ろされて
「!」
激しい音で防がれた。
誰かが何かしたわけではない。
脳のカプセルが剣を止めたのだ。
「……くそっ、当然と言えば当然か」
亡国機業にとって大事な情報源だ。唯一の品物に防御装置をつけていない筈がない。
だが、機械の技術ならその殆どがISを応用した技術の筈。
「一夏!」
千冬は一夏に向かってカプセルを投げた。一夏は慌ててそれを受け止める。
「一夏、お前がやれ」
「は」
一夏は一瞬、千冬が何を言っているのか理解出来なかった。
「私の攻撃で貫けなくとも、お前の、雪羅の雪片弍型なら貫ける筈だ」
全てのエネルギーを殺す剣。
それを使えば、そのカプセルであろうと紙同然。
それならば、殺せる。
織斑永時を死なせられる。
「お前がやるんだ一夏!死なせてやれ!それで全て終わりだ!」
「そんな……!そんな事できるわけないだろ!!」
「やるんだ!!」
一夏の叫びに、千冬は痛いくらいの声で叫んだ。
「それが、その人が、それで生きてると思うか!!人間としての生だと思うのか!!」
「…………ッ」
持っているそれは、ただの脳みそで。
生きているのかも分からない。
生きていても、こんな生などあって良いのか。
生き続ける事が死よりも辛い状態に、救いを与えるには。
「死なせてやってくれ……!」
千冬の目から一筋の涙が溢れた。
「頼むから……!」
もう、その人を楽にしてやってくれと。
懇願して。
そして、一夏は、どうすればいいのか分からなくて。
「その必要はないよ」
酷く甘く、優しい声が鼓膜を震わす。
「だって生き返らせられるんだもの」
束は微笑んでいた。
微笑んで、笑って。
「だから、いっくん」
その人を返して。
甘い誘惑が刺激する。
差し伸ばされた手がそこにある。
「お、俺は……」
ガチャリと、一夏の後頭部に銃が突き付けられた。
「あ、あんた何を!」
一夏に照準を合わせたマドカに鈴が抗議の声を上げる。
「織斑一夏。良心が、正義心が邪魔をするというのなら、それを取っ払ってやる」
マドカは淡々と述べた。
「私の中にあるナノマシンは元は亡国機業の監視用だが、シャルルが設定を変更させて、従う対象をシャルル変更した」
「何を……」
「つまり、私はシャルルを助ける為に最優先に動く。だから、私はお前を脅してでもシャルルを助ける」
剣を抜け、織斑一夏。
「それがシャルルを助ける最良の手段だ」
忠誠心の薄いマドカの中には、亡国機業の監視用ナノマシンが体内にあった。マドカは都合の悪いことや隠し事を言わないことによって上手く亡国機業を避けてきたが、最後の脳を奪うのまでは実行できない。
その為、シャルルはナノマシンの設定を書き換えた。完全に書き換えるのは不可能だった為、命令に従う対象を亡国機業からシャルルへと変更させたのだ。
それは、一夏も知っている。
つまり、マドカはこう言っているのだ。
マドカが脅すのも、一夏がそれに仕方なく従い脳を殺すのも、全てはシャルルの責任であると。
「マドカ……」
一夏は振り返らずに問う。
「それは、シャルルさんがそうしろと言ったのか」
誰にも責任を負わせずに、自分だけで背負う為に。
「お前は黙って剣を、その脳に刺せば良い」
それだけで良い。
「俺は…………」