魔界の瘴気立ち篭めし洞窟の奥深く。血風吹き荒れる死闘は未だ続いていた。
王子たちの前に立ちはだかりしは“轟雷のフールフール”。その異名の通り雷霆を全身に纏い、触れる者すべてを万雷で撃ち滅ぼす最強の魔神だ。
両腕から繰り出さる攻撃は余りに重く、生半可な戦士ではその前に立つことさえ不可能。遠巻きに沈めようにもさすが魔神と言うべきか攻撃をするや反撃の轟雷が即座に降り注ぐ。その圧倒的なまでの戦闘力はまさに“魔神”と呼ぶにふさわしい。
そしてその身のみならず眷属やグレーターデーモンを始めとした高位魔族を引き連れていたことが、この戦いをますます困難なものにしていた。
しかし一方の王子軍も負けてはいなかった。亡国の危機に立ち上がった王子とその元へと集いし英雄たち。彼・彼女らは幾多の死線を共に乗り越え、今では固い絆で結ばれるようになっていた。魔神を敵に回した今回の戦いもその結束は変わらない。己が役割を果たしながら仲間を信じ、敵の猛攻に耐えつつ戦線を堅持していた。
そんな最中――
「あーもー! しつっこいわね、いい加減落ちなさい!」
敵陣を切り裂くように弓騎兵が一騎、メイジデーモンめがけて馬を走らせた。お嬢様然とした美貌に、フリルをふんだんに散りばめた可憐なドレスと見紛う鎧――月影の弓騎兵リオンだ。
「影月七連矢!」
その細腕に似合わぬ巧みさで放たれた七本の矢がメイジデーモンに殺到、寸分違わず急所を刺し貫いていく。たまらず膝をつく異形。伝説の海賊ミネルバや伏龍の軍師アイシャによる繰り返しの攻撃が効いていたのだろう、リオンのソレがとどめとなりメイジデーモンは塵芥に帰した。
「ふー、やっと倒せた……」
リオンが肩で息をつく。全身は汗にまみれ、握力もほとんど残っていない。戦端が開かれた直後から右翼を支え続けた弓騎兵の疲労は極に達しようとしていた。
でもそれはみんなも同じだし、もうひと踏ん張り――とリオンが自分に言い聞かせ持ち場へと戻ろうとした時だった。
「撤退ですってぇ!?」
突然やって来た王子の伝令に眦をつり上げてみせた麗しき弓騎兵は、やにわに馬首を翻した。そしてそのまま本陣へと駆け込み険しい顔つきで戦場を見つめる主を怒鳴りつける。
「ちょっと! どういうことよ、あたしだけ下がれとか!」
「…………」
「それはお前が一番分かってるはずだ――って分かんないわよ、そんなの!」
仲間が戦っている中、自分だけが引き上げることを良しとしない彼女に対し、王子は無言のままその手首を掴んだ。
「あっ……」
弓が、その手からこぼれ落ちる。
「こ、これは違うの、王子が強く握るから……」
「…………」
王子が首を振る。リオンの疲労の蓄積をちゃんと把握していると言わんばかりに。そして付け加えた。右翼はお前じゃないと支えられなかった、良くやった、と。その一言に、リオンの胸はいっぱいになる。
「……そこまで言うんなら下がるけど……。ご褒美、たっぷりくれるんでしょうね」
もちろんだ、何でも言え、と応じる王子。
「何でも!? ほ、ほんとに!?」
頷く王子に、「そ、それじゃ……」と口にしかけたリオンはしかし黙りこんだ。それだけでなく湯気でも吹かんばかりにどんどん顔を赤くしていく。
「…………」
「どどどうした言ってみろって? そ……、そんなのこんなところで言えるわけないじゃない……! お、女の子がはしたない……」
しどろもどろになりながら弓を拾い上げたリオンはそのまま逃げるように馬を走らせ本陣から姿を消した。
「…………」
無言のまま首を傾げる王子。
その王子の反応に、一連のやり取りを傍で見ていた政務官アンナはこっそりため息をついた。
あれだけ分かりやすくアピールしたにも関わらずこのリアクションでは彼女も報われまい、と……。
「それはともかく」
とアンナは状況整理を始めた。
「右翼はリオンさんの働きもあり、敵を掃討することに成功しました。左翼から攻め込んできているソードデーモンはコーネリアさんが抑えてくれています。肝心の魔神はジェリウスさんが。イリスさんの結界によってともに安定しています」
この機を逃さず団長をコーネリアの支援に当たらせてソードデーモンを撃破し、返す刀で魔神を討ち滅ぼすが上策――アンナはそう王子に進言した。
劣勢を耐え忍んだ結果、勝利を手繰り寄せつつあることもあってアンナの声は明るかった。しかし王子は眉根にシワを寄せたまま返事をしようとしない。
「…………」
死線をくぐるうち身についた戦場の第六感とでもいうべき勘が言っているのだ、まだ何かある――と。
「どうかされましたか……? どこか気になる点でも……?」
アンナが尋ねたその瞬間――息せき切って伝令兵が駆け込んできた。
「で、伝令っ! 魔神の眷属が、一直線に拠点へと向かっていますっ! その数、一〇っ!」
「な……」
最悪のタイミングだった。ナナリーを下げ、そしてちょうどリオンを撤退させた直後の強襲。
アンナが陣営に目を走らせる。飛来する眷属を攻撃できるのは……ミネルバと団長、そしてアイシャのみ。
一体二体ならどうにでもなるだろう。あるいは眷属でなければアイシャの超天落岩の計で落とすことも可能だ。が、相手は魔神の下僕。攻撃するやいなや天雷を返してくるという厄介な性質を備えている。アイシャのとっておきを放とうものならその分の雷が彼女に降り注ぐことになる。無理だ。
「なんてこと……。ここまで来ておきながら……」
一転しての窮地にアンナはほぞを噛んだ。が、諦めるわけにはいかない。何か他の手立てを――そう必死に頭を回転させた時だった。
「――ここは任せて。ボクの風はいつだって王子に勝利をとどける、そう約束したんだから」
王子とアンナの前に進み出たのは他でもないアイシャだった。青磁色の羽織を風にたなびかせ、その小さな体に覇気をみなぎらせながら決然とした顔つきで王子とアンナを見据える。
「しかし……」
アンナは先によぎった懸念をそのまま伝えた。アイシャの力が凄まじいだけにその分の轟雷が彼女に返る、その勢いは王子自慢のヒーラー陣でも支えることが難しいだろう、と。
「大丈夫だよ」
アイシャは力強く微笑みサーリア、イリス、そして最後にマーニーに視線を送った。
「三人ならボクを守ってくれる。そう信じてる。そしてボクが眷属を落とさなきゃ負けちゃうんだ。だから王子、下知を」
「ま、待ってください……。私には……自信がありません……」
羽扇を宙空に掲げようとしたアイシャを制止したのは、サーリアだった。
その細い体で祈りを重ね、戦士たちの傷を癒やし続けた少女。攻めにおける立役者がリオンであるならば、守りの立役者はイリスでなくサーリアだった。王子軍本陣を持ち場とし、
「ごめん……。サーリアちゃんも出ずっぱでもういっぱいいっぱいだよね……。無理言ってごめん……。でも」
「そうじゃない……、そうじゃないんです……」
アイシャのフォローにサーリアが弱々しく首を振る。
確かに疲労もある、だけどそうじゃない、と。
「怖いんです……、自分の祈りが届かずに誰かを死なせてしまうんじゃないかって……」
サーリアはその恐怖とずっと戦っていた。
王子軍の看板ヒーラーはイリスだ。いちばん大変なところは常に彼女が受け持ってくれていた。自分より幼い少女に重たいところを託さざるを得ない不甲斐なさと同時に覚えていた後ろめたい安心感。
なのに今回は自分がメインヒーラーだと王子は言う。
怖かった。
思っていた以上に誰かの命を預かるということは怖かった。その責任の重さに押し潰されそうになりながらそれでも必死に耐えたのだ。
一息ついたことで張りつめていた緊張の糸が切れ、なのに相討ちも辞さない勢いで特攻するというアイシャを自分が主体となって守るのは心が保つととても思えない。
「こんなこと言い出してごめんなさい……。でも、私のせいでアイシャさんがもし死んだらと思うと……」
「それは違うよ……! 誰もサーリアちゃんのせいだなんて言わないよ……!」
眷属の轟雷が想像以上に激しく力及ばず倒れたとしても、絶対サーリアのせいにしない自信がアイシャにはあった。が、眷属が拠点に直行してることへの焦りもあってうまく言葉がまとまらない。
どどどうしよう!?
アイシャだけでなく、その場にいた全員が頭を抱えかけたその時――
「…………」
王子がサーリアを抱きしめた。幼子をあやすように優しく、そして熱を分けるかのように情熱的に。
「キャッ」
と声を上げたのはサーリアではなくイリスだった。恥ずかしいのか幼い体をくねくねとくねらせながら目を手で覆う。……指の間から抱き合うふたりをバッチリと観察しているのはまあご愛嬌といったところか。
そんなイリスと似たり寄ったりの反応をする周囲をよそに王子はますます力強くサーリアを抱きしめた。
一方のサーリアも突然のことに驚き立ちすくんだが、王子のぬくもりに癒され、その体から緊張が解けていく。
「…………」
そんなサーリアの耳元に、王子は優しく囁いた。
――サーリアが自分の力を出せれば大丈夫だということ。
――そう思うからこそメインヒーラーを任せているということ。
――アイシャに何かあれば俺が必ず守るということ。
――だから自分を信じきれないなら、サーリアを信じる俺を信じてほしいということ。
サーリアの瞳に光が戻るのを見ながら、アンナは改めて王子の存在の大きさを思い知っていた。
窮地に陥っても王子が支えてくれるからこそ皆が安心して戦うことができるのだ、と。これが私たちの王子だと魔神に高らかに宣言したいぐらいだった。
ただ、ああやって籠絡した女の子に誰かれ構わず手を出すのは本当に勘弁してほしいと心のなかで付け加えることも忘れなかったけれど。
「取り乱して申し訳ありませんでした。私……アイシャさんをちゃんと守ってみせます!」
サーリアが恥ずかしそうに、しかし力強く宣言する。
「苦しいときは私の踊りを見て。必ず元気づけてあげるから」
そう応じたのは踊り子マーニーだ。
底抜けに明るく情熱的な彼女のダンス。そのソウルフルなステップは見るものすべてを勇気づける。
「私も皆のこと守るからね!」
聖女イリスが続く。
「うん。皆お願い! ……じゃあ、いくよ!」改めてアイシャが羽扇を空にかざした。「超天落岩の計っ!」
アイシャの声とともにラッシュを開始していた眷属に巨岩が転がり落ちる。落石というより隕石とでも言うべき勢いと破壊力。その猛勢に眷属が次々と墜落していく。
が――
「あぐっ!」
轟っ! という雷鳴とともに稲妻がアイシャへと降り注ぐ。
「アイシャさん!」
サーリアが声を張り上げながらくるりとその場で回転する。
「アイシャちゃん!」
イリスも杖を掲げて聖なる祈りを捧げる。
「ありがとうふたりとも!」
癒やしの風を体に感じながらアイシャは羽扇を翻した。眷属に巨岩がまたも転がり落ちる。直後に眷属の反撃がその身を貫くが、しかしアイシャは構わず羽扇をまた翻した。
「やった! ……え?」
塵芥に帰す眷属を見届けたアイシャが弾んだ声を出す。しかしそれは途中で凍りついた。滅ぼしたはずの眷属が復活している。
違う――とアイシャは状況を理解する。
もう一〇匹、眷属がいたのだ。ラッシュを仕掛けてきた眷属の後ろに――もう一波。
「行かせない! ここはぜったいに突破させないから!」
「ダメ! アイシャさん!」
ヒールが届いていないにもかかわらず羽扇を翻したアイシャに、サーリアが悲鳴を上げる。
ピシャァンッ――!
それは非力なる人間を嘲笑う魔神の冷笑か。
雷鳴とともに煌めいた轟雷がアイシャを容赦なく打ちすえる。しかしアイシャは止まらない。仲間が必ず守ってくれるという無垢な信頼を胸に羽扇をただひたすらに翻す。
「お願い! 届いて!」
轟雷が落ちる寸前に、サーリアの祈りがアイシャを包み込んだ。
しかしすぐさまその頭上に輝いた稲光に、サーリアは声を失った。ダメ――間に合わない!
「あぅっ!」
何度となく轟雷に撃たれたアイシャがついに膝から崩れ落ちる。しかし羽扇は決して手放さず、地に四肢を突きながらも何とか堪らえようとする。それどころか傷ついた体を震わせながらもういちど立ち上がろうとさえしていた。
「どうして、そこまで……」
「だって、ここは皆が力を合わせてようやくたどり着いた場所だから……」
アイシャは言う。
「アルティアさんが、ミネルバさんが、サーリアちゃんが、マーニーちゃんが、王子が、ナナリーちゃんが、リオンちゃんが、イリスちゃんが、ナタちゃんが、ウズメちゃんが、ジェリウスさんが、コーネリアちゃんが、団長さんが、……皆がくれた場所だからっ!」
だから――
「超天落岩の計っ!」
地面に這いつくばりながらアイシャが見せた、羽扇の今一度の舞い。
「ダメ――――――ッ!」
サーリアの叫びは轟く雷鳴にかき消された。
ああ――
とサーリアがへたりこむ。
間に合わなかった、自分の祈りが。勇を鼓して戦線を維持しようとしたアイシャを守ることができなかった。
サーリアの瞳から涙があふれだす。
――守れなかった、守れなかった、守れなかった!
その事実が、サーリアの心をどうしようもなく苛む。
「……ダメだよ、目をそむけちゃ。……私たちはどんな現実も受け容れなきゃいけないの」
イリスに似つかわしくない厳しい声。その声音にサーリアは、彼女がその小さな体で背負ってきた責任の重さを痛感する。
「それに――王子は言ったよ。『サーリアを信じる俺を信じてほしい』って。だから、ね? 王子を信じてもう一度立ち上がって」
希望が失われていないその声音にサーリアは一縷の望みをつないで顔を上げる。
そしてその眼前に広がった光景は――
「…………」
アイシャの頭上に煌めく白刃。天に向けられたそれの下で、アイシャは生きていた。剣が避雷針となりアイシャを轟雷から守ったのだ。その持ち主はもちろん――
「王子――!」
「…………」
よく頑張った、と王子がアイシャの頭を撫でる。それを受けたアイシャは「ううん」と首を振った。
「サーリアちゃんとイリスとちゃんとマーニーちゃんと王子が守ってくれたんだよ。それに、ごめん……眷属、倒しきれなかった……」
アイシャの顔がくしゃっと歪み、涙が頬を伝う。
眷属を五匹、取り逃がしていた。戦線を食い破り、拠点すぐ傍まで迫っている。さらには頼みの綱の落石も、底を尽いていた。もうその侵攻を押しとどめる術がない。
「せっかく皆が繋いでくれたのに……!」
「…………」
項垂れるアイシャの癖っ毛を、王子は大丈夫だと言わんばかりに力強く撫でた。
それにタイミングを合わせるように――
「ギュェッ!?」
キラリと輝く穂先。それが眷属を貫いた。三叉槍を手にした伏兵が岩場の陰から飛び出したのだ。
「呼ばれて飛び出てジャーンジャーンジャーン! 朱鎧の智将、ここに見参!」
「マツリちゃん!」
「ふふふーん! アイシャちゃん大丈夫ですよお! ここはマツリにお任せあれ! 『――疾風迅雷ッ!』」
マツリの咆哮とともに竜巻が巻き起こり、眷属を地へと叩き落とす。
「アイシャちゃんの頑張りを無駄にしようとする不届き者は天が許してもこのマツリが許しません! ドヤァ!」
「マツリちゃんってば……」
アイシャが恥ずかしそうに苦笑する。
「…………」
王子はそんなアイシャを労うとともに、撤退の命令を下した。
一瞬くやしそうな表情を浮かべたアイシャだったが、そこは後衛軍師、状況を正しく把握し、ダダをこねたりはしなかった。
「……じゃあ王子、ボクは一足先に下がらせてもらうね。――必ず勝利を」
後を仲間に託し、アイシャが撤退する。
「王子」
とタイミングを見計らっていたアンナが状況を報告してよこす。
眷属の強襲はアイシャ、マツリ、ミネルバの迎撃によって撃退。同時に左翼のソードデーモンもコーネリアと団長によって討ち滅ぼすことに成功していた。
残るは――
「魔神のみ、です」
しかしアンナの口調は重い。
「……メイジデーモン、ソードデーモンによる挟撃と眷属の強襲によって全軍が疲弊しています。魔神を迎え撃つにはいちど態勢を立て直さなければなりません」
「…………」
それはジェリウスひとりに魔神の相手をさせるということだ。それも、今まではあった聖女の結界も、慈愛の祈りもなしに。
まったくの単独で魔神の前に立つ――
それがいかに困難なことか。
だが――
「ここは俺に任せてもらおう。君たちは態勢を立て直すことに集中してくれ」
状況を察知したジェリウスは単独で魔神を受け持つという。
その言葉に、王子は全軍に休息を命じた。
「し、しかし――」
ジェリウスがいかに優れた守り手であったとしてもそれは酷というもの――
そう言い募ろうとしたアンナは既の所で思いとどまり、別の言葉を口にした。
「王子が信じるジェリウスさんを私も信じることにします」
「…………」
そうしろ、と王子が岩に腰を下ろした瞬間――
ガキンッ!
とジェリウスの大盾が大きな音を立てて撓った。配下をすべて失ったことに気づいた魔神が猛攻を開始したのだ。
しかし“光の盾”の異名をとるジェリウスは慌てない。
「温いな魔神よ。その程度では俺の守りは崩せんぞ」
雷轟を迸らせた両腕によるラッシュをことごとく受け止めるジェリウス。盾を前面に押し出しつつもその隙間から魔神の動きを的確に読み痛打を決して許さない。タフネスのみならずそのクレバーな戦い方こそがジェリウスを数々の戦場から生還させてきた。
(不思議なものだ)
そんな自分の戦い方をジェリウスは好ましいと思ったことがなかった。生き残ることに特化した自分を卑怯と思い嫌悪さえした。――王子に逢うまでは。
――君の手駒になるわけか、悪くない。
――手駒ではなく盾に? 守りならば自信がある。頼ってくれてもいい。
――俺は君の盾じゃなかったのか!? なぜ出陣させてくれない!?
――死など恐れぬ! 君を守って死ぬことこそ“盾”の誉れだ!
ジェリウスは強い。仲間が死ぬような死線をもくぐりぬけてしまう。
いつしかジェリウスは恐れるようになった。仲間を失い続けることを。自分が傷ついてでも敵をその前に打ち倒す強さを手に入れるべきだと思った。
王子を守って強敵と相討つ。それこそが自分の死に場所だと考えるようにさえなった。
しかしそれは強さじゃなく弱さだ、と王子は言った。
(今なら王子の真意が理解る)
守るとはどういうことか。
王子の盾になるとはどういうことか。
「いけない、下がって! ジェリウスさん!」
雷腕を天に突き上げ轟雷を喚んだ魔神を見て、アンナが叫ぶ。
“轟雷のフールフール”の最大出力――! 生身で受け止められるはずがない――!
アンナの悲鳴を背に、ジェリウスは下肢を大きく開き、地を踏みしめた。
男の仁王立ち。
「これが俺の答えだ! 魔神よ!」
そう吼えるやジェリウスは魔神を討ち滅ぼすためのハンマーを盾の後ろにしまった。
「
敵を倒すため戦場に出るのではなく――
仲間を守るため戦場に立つ――
地を穿つほどの轟雷をその身に受け。
それでもなおジェリウスは仁王立ちを続ける。
「フッ」
「何を嗤う?」
遠目からジェリウスの戦いぶりを眺めていた暗黒騎士の笑みに、コーネリアが不快そうな声を出す。
「あざ笑ったのではない。あの男も変わったものだと感慨深くなったのよ」
暗黒騎士はかつて王子軍の敵としてその前に立ちはだかった。
ジェリウスとも干戈を交えたことがある。
その時のジェリウスは戦いに飢えた獣のようだった。目の前を打ち倒すことだけを望み、その為であれば我が身などどうなろうと構わぬ、と考えているような節があった。
「我と同じだとシンパシーを感じたこともあったよ」
王子を倒すことだけを望み、悪魔に魂を売った時のことを暗黒騎士は思い出していた。
「相手を征服しうる力こそがすべてだ。……そう思っていた。……貴様にも覚えがあるのではないか? コーネリアよ」
「…………」
コーネリアもまた、失われた国のため悪魔に魂を売ったひとりだ。しかしそうまでしてなお、国を守ることは叶わなかった。
失意の底に沈んだコーネリアを救ったのは王子だった。
――救えなかった民はお前のことを恨んだりしていない。だから自分を責めるのはやめろ。自罰に走らずお前のその力で為すべきことを為せ。
王子のその言葉はコーネリアの胸を打った。
自分と同じように国を救えなかった王子はそれでも前を向いて戦っている――
「……力がなくては何も成せない。だが、力の使い方を誤っても何も成せない。王子は戦う背中でそう教えてくれた」
救えなかった民のことはこの先も決して忘れることはできないだろう。だがそれに囚われ歩みを止めてしまっては却って申し訳が立たない。
「だから私は、過去ではなく未来――そして仲間のために戦う」
「フッ。貴様も変わったということだな、コーネリアよ」
「……だが、あいにく王子からの命令が届いた。この場からは撤退させてもらう。……後のことはよろしく頼む」
「貴様に言われるまでもない」
今や聖騎士となったコーネリアの白き背を見送りながら暗黒騎士は呟いた。
「たかだかこんなやり取りで我が昂揚するとはな……。我もまた変わったということか……」
漆黒の鎧から暗黒オーラが溢れだす。
暗黒騎士が繰るは闇に染まった力。正義などでは決してない。しかしそれでも仲間のために戦うことはできるのだ。
魔神に目を向けると、ちょうどジェリウスが撤退するところだった。
全軍の立て直しが完了し、そろそろお役御免というわけだ。
それと入れ替わるように、マーニーとウズメの支援を受けたミネルバとマツリが魔神に襲いかかる。
魔神もまた、輿から下りその本性を露わにしていた。これまで以上に強大な力を振るってくるのだろう。しかし恐れることはない。
「さあ魔神よ! 暗黒オーラの力をその身に受けるがよい!」
その日――
忘れ去られた洞窟の奥で王子たちと魔神の死闘があったことを世界は知らない。
いちど国を失った王子は、それでも立ち上がり、何度となく死線を超え、ついには魔神に世界への侵攻を許さず打ち破る力を手に入れた。
王子とその仲間たちが成した偉業――
それが語られることは、無い。