2
「名波優希さんいる?」
聞いた覚えのない声に名前を呼ばれた優希が声の方に目を向けると、教室の入り口に見たことだけはある女生徒がいた。
肩にかかる程度の紅い髪に、凛として意思の強さを感じさせる真紅の瞳。これだけでも目立つのに、人形染みた色に負けない整った容姿、小柄な身体も合わさってまるで絵本からそのまま出てきた、とまで比喩される美少女。彼女の名前は
優希と紅音になんら繋がりはなく、同じクラスの男子に唆されて顔を見には行ったが、それだけで会話はおろかまともに関わったことさえない。
そんな彼女が何か用なのか? と優希は不思議に思いながらも近づいてきた紅音と目を合わせる。
「貴方が名波優希さんね。へぇ……
「えーっと、何がなんだかよくわからないんだけど姫神さんでいいよね? 僕に何か用かな?」
じーっと優希を見つめる紅音。その視線は品定めするようでありながらも、どこか優しい感じがある。
既視感、どこだっけ? と優希が思い出したのは美羽のことだ。彼女も最初のころは似たような目で優希を見るのことがあり、容姿的にはまったく似てないのに〝似ている”と優希は感じた。といっても今は関係ないことなので口に出さない。
紅音の方は満足したのか何かに納得したように頷くと、握手を求めるように手を差し出した。
「そ、あたしは姫神紅音、よろしくね名波優希さん。……うーん、やっぱりちょっと違うわ。そうね、――――不躾で悪いのだけど、どうせこれからは切っても切れない関係になるし、優希って呼ぶわね。あたしのことも紅音でいいから」
「……へ? え、えーっと切っても切れない関係ってどういうこと?」
「そりゃ、もちろん……って、あー、ここじゃ場所が悪いわね。すっごい目立ってるし」
そう言って紅音が視線を向ける先には優希たちを見て小声で会話する他の生徒達がいた。転校してきたばかりの謎多き美少女と、既にその転校生と双璧を成す美少女と傍から見れば付き合っているほどに仲の良い男子が何やら意味深な会話をしているのだ。噂のネタとしてこれ以上のことはない。
優希としても“切っても切れない関係”と言われて混乱していた。このままだと周りの騒ぎに巻き込まこまれて話の続きどころではなくなってしまうかもしれない。なので、
「場所、変えてもいいかしら?」
「うん、僕は大丈夫だよ
紅音の提案に二つ返事で答えた。
「んーここなら誰も来ないし、話の続きをしても大丈夫そうね」
そう言う紅音と優希がきた場所は学園の屋上。普段は立ち入り禁止で鍵が掛かっている場所なのに、紅音はドアをあっさり開けてしまった。
大丈夫かなぁ? と優希は思いつつも紅音の後に続いて屋上に足を踏み入れる。太陽はまだ高いが風は強く、体感温度は気持ち低めで優希は寒さに思わず身震いした。
「優希はどこまで知ってるの?」
「えっと、何の話なのかさっぱりなんだけど……」
「そうなの? ……あーでも、それもそうね。知ってたらあの女と一緒にいるわけないもの」
何の話をしているのか全くわからない優希を置いて一人で納得する紅音。ただ、いい話ではないんだろうぁ、と直感めいたものを優希は感じた。
あの女とは誰のことだろうか? と一瞬思った優希だが一人だけ思い浮かんだ人物がいる。似ているような気がしたと思っていた美羽のことだ。
(――……あ、そういえば白兎さん僕を探していたりしないかな?)
と、優希は教室から離れることを美羽に伝え忘れていたことを思いだす。制服のポケットに手を入れて、携帯を教室に忘れてしまったことに気がついた。
「どうしたの優希? 何か忘れ物?」
「あーうん、携帯忘れちゃって。ごめんね、えーっと……姫神さん、教室に取りに戻ってもいいかな」
「別に紅音でもいいのに。……なら私も一緒に行くわ。今後について優希に話したいことが沢山あるし、このあともいい?」
「ごめん、このあと約束があるからそんなに長くは時間取れないんだ。僕の用事が終わってからだと遅くなるかもしれないし、長くなるのなら明日でもいいかな?」
「あたしの一歩的な話で悪いけどあまり時間がないの、なるべく今日がいいわ。その約束は本当に今日じゃないと駄目なの? 人手がいるのなら手伝うし、断り辛いのならあたしが変わるわ」
ズイズイと距離を詰め寄りながら喋る紅音。強引に感じる態度だが、それだけ真剣な話だということが優希にも伝わり断り辛い状況になっていた。
むしろここまで紅音が真剣になる話とはなんだろうか? と優希は気になり、良心と好奇心が彼の中で争っている。……といっても、どちらにせよ美羽に連絡を入れる必要があるので教室には戻らないといけない。
「姫神さんの用事が大事なのはわかったよ。でもどっちにしろ白兎さんに連絡しないといけないから、教室で答えてもいいかな?」
「待って! 白兎ってまさか、さっき一緒にいた女?」
優希が美羽の名前を出した瞬間、紅音の顔色が変わった。目つきが鋭くなり、明らかに敵意を抱いているその表情は美羽が見せた“怖い顔”に通ずるものがあった。
「そうだよ」と答えていいのか? つい不安に思ってしまった優希は答えることができずにいて、代わりに……――――優希でも紅音でもない別の声が答える。
「――――そうですよ、その女です。ちなみにフルネームは白兎美羽といいます。別に覚えなくてもいいですけどね、姫神紅音さん」
「そうそう、白兎美羽。彼女は危ないから近づかない方がいい……って、あれ? 今、優希が言った?」
紅音の言葉に首を横に振る優希。となると考えられることは一つ、
次の瞬間、危険を察知した紅音が後ろに飛ぶようにして優希から離れた直後、紅音の居た場所へモップを振り下ろす美羽が現れた。