彼女らは汝の敵を愛さない   作:出井兎りんで

4 / 9
1-3 崩れる日常

「あらら、避けられちゃいましたか」

「そりゃあれだけ殺気(・・)を出してたら気づくわよ、白兎美羽!」

「私だって本当は名波くんに迷惑がかからないようスマートに片付けたかったんですよ。――――ですけど、私としたことがまんまと釣られてしまいました。学園で同属(・・)の気配を感じるなんて予想もしていなかったので慌てましたが、よくよく考えればわざわざ気配を漏らすなんて、する意味がありませんもんね。私を名波くんから遠ざけるためと考えれば合点がいきます」

「あたしとしてもあんたが怪しかったから試しに釣ってみたのだけど、本当に食いついたから驚いたわよ。どうやって彼に接触したの?」

「貴女に話す必要がありますか? こちらとしましては突然現れた貴女が名波くんに言い寄るばかりか、私に近づくなとか言い出すものですから、久しぶりに本気で頭にきました。せっかくの予定までご破算にされてしまいましたし……―――覚悟はできているんですよね?」

 

 言う美羽はにっこりといつもの笑みを浮かべているように見えるが、付き合いの長い優希は全く笑っていないことに気が付いた。それどころか、こんなにも怒っている美羽を見るのははじめてだと驚いている。

 そのうえ美羽のとった行動も信じられないものだった。普段は温和で物腰柔らかい美羽が直接的な暴力を行ったことである。二人の会話からも美羽の行動は冗談でも悪戯でもなく、本気で紅音に危害を加えようとしていた。

 

「それはこっちの台詞よ。どうやってあんたが優希と知り合ったかは知らないけど、あんたを優希の傍にいさせるわけにはいかないわ。――――……逃げるなら見逃してあげるわよ? 開戦(・・)までまだ時間があるし、ここで殺し合うの本意じゃないもの」

「それはこちらの台詞です、今すぐ名波くんと私の視界から消えてくれるのなら追いません。開戦した正面から殺してさしあげますので、それまで延命できますよ。どうでしょうか? 命は大事にするべきだと私は思いますが」

 

 今にも食って掛かりそうな雰囲気で睨み合う紅音と美羽。本当なら間に入って止める優希だったが、二人の空気に飲まれて動けずにいた。

 二人の口から平気で出てくる「殺す」という単語。それは冗談でもなんでもなくて、本気でそうする、という重みが感じられる。

 

「……ま、予定にはなかったけどいいわ、優希が関わっている状況を説明する手間が省けそうだし相手してあげる。悪いけどあんたにはチュートリアルのやられ役になってもらうわ」

「それはこちらの台詞ですよ。私も本当は今日、名波くんに全部打ち明ける予定だったんですが、ちょびっと予定変更ですね。貴方を片付けたあと、名波くんに知ってもらうとします。……それとですが、馴れ馴れしく名波くんのこと「優希」って呼ばないでくれませんか? 羨まし……じゃなくて、私だってまだ苗字なんですよ!!」

 

 言葉を交わしつつ、確実に互いを削ぎ合う視線をぶつけ合う二人。

 ――――再び二人が口を開く次の瞬間、この場にあった日常が崩壊した。

 

「そんなの知らないわよ、どうせあんたはここで脱落するから関係ないもの。ふん、いくわよ――――あたしの紅蓮で捻じ伏せてあげるわ!」

「本気で頭にきました! 泣いても許しませんし……本当に死んでも知りませんからね? ――――私の速さに目を回さないよう、精々頑張ってください」

 

 言葉の終わりと共に現れた閃光に包まれる紅音と美羽。直後、一瞬にして現れたのは別の世界だった。否、世界自体は変わりはしないが、優希の目の前に“非日常”という別の世界のモノが現れた。

 一方は深紅のゴシックドレスを身に纏い、紅蓮の大鎌を手にした姫神紅音。

 一方は純白のエプロンドレスを身に纏い、銀の懐中時計を首にぶら下げている白兎美羽。

 一瞬で姿を変えた二人の姿に驚きを隠せない優希だったが、それよりも感じる圧倒的な“非日常”に恐怖さえ感じていた。

 可愛らしいコスプレに見えなくもない二人だが、放つ存在感はそんな“可愛い”なんてものを塗りつぶしてしまうほどに圧倒的で、二人がただ者ではないこと教えてくれる。

 

「何それ、もっとスケベな衣装の方があんたには似合ってるんじゃないの? 無駄に大きな(脂肪)が随分と窮屈そうね」

「そうですか? あ、でもそちらは素敵な衣装ですね。ただ着ている人間があまりに貧相な身体なので衣装が可哀相です……“まな板に衣装”って語呂よくありませんか?」

「あははー、ぶっとばーすッ!!」

 

 言葉での対決は美羽が勝利したようで、挑発に乗ってしまった紅音が青筋を立てたまま飛び掛かる。

 文字通り紅音の跳躍は“飛ぶ”に等しく、その飛距離は明らかに人間離れしていて凄まじい。地を蹴る轟音と共に目にも止まらぬ速さで美羽が居た場所に飛び蹴りを加えるが目標を貫くことはなく、コンクリートの地面を抉った。

 

「ちっ、思ったよりも早いわね」

「いきなり飛び蹴りってなんですか? あまりの脳筋っぷりに失笑ものですよ」

 

 言葉を交わしたの束の間、次の瞬間には死線を交わす。

 速度だけでいえば美羽の方が圧倒的に上だった。力強く地を蹴り移動する紅音とは対照的に美羽の行動は無音に等しい。瞬間移動のように移動したと思いきや、突然空中に現れ、瞬きの間に背後を取られる。常識ではありえない多次元的な動きを前に手強い相手だと紅音は評価する。

 そして何よりも紅音にとって厄介なのは美羽がけして大鎌と刃をぶつけ合おうとしないことだ。わざと隙を見せて懐に入れても美羽は徹底して大鎌との接触を拒む。一合でも刃を交わせば(・・・・・)それでケリがつく、そう思っていた紅音にこれ以上となくめんどうな相手だった。

 駆け、飛び、回り込んでは剣を投擲する。それら一つ一つが致命打にならなくても少しづつ紅音の体力を削り続け、いずれは立て直しが効かない状況になってしまうが……――――紅蓮姫(ぐれんき)と呼ばれる紅音はそれを黙って受け入れはしない。

 

「ああもう……鬱陶しい!!」

 

 苛立ちを含んだ叫びと共に紅音の周囲に紅蓮の業火が燃え盛る。それは主を守るための壁となり、投擲された短剣を燃やし尽くして、美羽の懐への侵入も防いだ。

 全方位とかずるくないですか!? と、美羽が思ったのは束の間、その業火は壁だけには止まらない。

 業火の一部が生きているかのようにうねり、高速で動き回る美羽を追尾する。

 

「そんなのありですか!? チート! チートですよそれ!!」

 

 そんな美羽の嘆きの声で業火は止まるはずもなく目標を捕えるべく迫る。

 (あの大鎌でさえかなりやばそう気配がしているのに炎のアシストまであるなんて、どうしたものですか……)

 迫る業火よりも早く動く美羽は速度を落とすことがないかぎり捕まることはない。しかし移動を制限されてしまうのと、その業火自体が目印となってしまい移動先がばれてしまっているのだ。

 そのうえ業火の壁が邪魔をするので有効打どころか牽制の攻撃だって通りはしない。……仕方ないですね、と美羽は手札をきることを選んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。