明らかに動揺している優希を見た美羽は言葉に詰まってしまった。そんな二人を見かねて紅音が言葉を続ける。
「そこの兎が言ったように生まれつきこちら側になってしまう人間がいるのよ。それは家系か、生まれついての才能か、あるいは何かの生まれ変わりとしてね。こっち側じゃ転生とか生まれ変わりはわりとポピュラーなものでね、前世は凄い人でした~って人間が現世でもわりと凄い人間だったりもするのよ。で、話を戻すのだけど……優希、貴方はある人物の生まれ変わりなの。それもとびっきりな人物のね。ああ、でも、人物って言い方も正しくないわ――――とある女神様の生まれ代わりなのよ」
「ごめん、流石にその話を鵜呑みにはできない。確かに目の前でありえないものを見せられて、魔術とかがあるってことは信じるしかないってのはわかったよ、でも僕がその女神様の生まれ変わりってのは流石に信じられないよ! 何もできないよ僕? 今まで本当に普通の人生だったんだ」
優希の言葉に偽りはなかった。確かにこれまでの優希は普通で、両親を事故で亡くしているなどの不幸はあったものの、一般的なものから外れることなんて何もない。両親を亡くして叔母に引き取ってもらってからもごく普通に学園に通い、それなり友人に囲まれて、楽しいと思える日々を円満に過ごしていた。その一端を担っていた美羽が裏側だったが優希はそれを今日まで知る由もない。
「そうですね、名波くん自体は本当に普通の人です。まぁ私的には普通の人よりは数百倍優しくて素敵だと思いますけど、こちら側の人間ではないと断言していいです。ですけど……――――」
美羽は言葉を途切れさせ優希の瞳を見つめる。本当に知ってもらうべきなのか? と躊躇う美羽だったが、ここで言わないと優希のためにならないと苦い決心で再度口を開いた。
「――――その生まれ変わりというのは本当なんです。名波くんは何も魔術は使えませんし、特別なことはできません。でも生まれ変わりというだけで関係者であり、
ゆっくりと美羽は語り始める。優希が巻き込まれる理由となった逸話を。――――それは遠い昔話だった。
“とある二人の女神がいました。片方はそれはもう美しい女神で誰からも愛され、もう片方は圧倒的な力で秩序を守る女神でしたが、その力故に畏怖されていました。力をもつ女神は美しい女神に嫉妬しました、どうし片割ればかり愛されるの? と。片方が消えてしまえば愛は一か所に集まると考えた力の女神でしたが、女神同士は争えない掟があり憎しみは募る一方……そこで彼女は思いついたのです。
――――そうだ、人間に殺させよう、と。
女神を守るために選ばれた一二人の人間がいました。彼らは女神を護るために女神たちの力の一部を与えられ、その力を用いれば同属であろうと殺せると力の女神は考えたのです。
しかしお願いするだけでは彼らは動いてくれません、そこで力の女神が思いついたのが……――――女神を殺した者の願いを叶えよう、というものでした。
その甘美な誘惑に負けた護り手たちが一人、また一人と裏切り、女神を殺す者と護る者の戦いが起きたのです。”
「……と、昔話をしてしまいましたが、これは作り話ではなくて、こちら側にある逸話の一つです。実際に数十年に一度現れるんですよ、女神の力を引き継ぐ護り手と……――――殺せば願いが叶うとされる女神の生まれ変わりが。名波くん、貴方は何もできない非力な女神の生まれ変わりです。そんな貴方を、私とそこの紅い人を含めた一二人の護り手の内誰かが殺せば、その人の願いが本当に叶うんです」
何を言ってるの白兎さん? と優希は喋ったつもりだったが、動揺が大きすぎて声が出なかった。
それはつまり白兎美羽も名波優希の命を狙っている可能性がある、ということだ。そんなことはない、そんなことはないはずだ! と自分に言い聞かせる優希だったが、心のどこかが警鐘を鳴らしていた。
「概ね白兎美羽……は長いから、
「……何を言ってるんですか、紅い人。そう言う貴女こそ名波くんを狙ってわざわざ転校してきたんですよね? いきなり現れたのに変なこと言わないでください!! 私は二年近く名波くんと一緒にいました、自分で言うのも変な話ですが名波くんと一番親しいのは私だと思っています! どう考えても紅い人よりも信頼に値すると思いますが?」
「そんなの知らないわよ。それにあたしはあんたと違って“姫神”の人間なの、この意味わかるわよね?」
「……? いえ全然」
「…………あんたってもしかしてこっち側に来て日が浅いの? まぁ、突然護り手として目覚めることもあるものね。いいわ、説明してあげる。あたしの一族“姫神”は毎回必ず護り手が出てくる家系であり、女神の生まれ変わりたる“願いの担い手”を守護するために存在するのよ、最後まで女神を護ろうとした英雄の末裔として。そして今回はあたしが選ばれたから転校してきたのよ、願いの担い手である名波優希を、
「家柄とか何だか知りませんけど、それがなんだっていうんですか? それにその口調だと昔は守れなかった無能一族のようですね。そんなの信用できません、信用しません、お引き取り下さい、どーぞ、どーぞ」
「……やっぱあんたとはここで決着をつける必要があるようね」
「いいですよ、相手をしてあげます」
バチバチと再度火花を散らしはじめた美羽と紅音。そんな二人だったが先ほどからずっと黙っている優希の様子が気になってしまい、再戦となることはなかった。
信じれないといった様子で俯いたまま地面を見る優希。隣にいる美羽は少しでも安心してもらえるようにぎゅっと手を握る。
「名波くんが信じられないのも仕方ないですし、不安になるとのもわかります。ですけど今は信じてもらうしかないんです……私にできることがあったら何でも言ってください。名波くんの不安が少しでも和らげるのでしたら私頑張ります」
美羽の言葉は嘘偽りのないものだ。――――彼は知らないが、優希と共に過ごした約二年は美羽にとってかけがえのない大切な日々だった。
だが優希がそれを知ることはなく、強く優希を想ってくれている美羽へ冷たい口調で口を開いてしまう。
「……僕を殺したら願いが叶うなら、どうして僕は今まで命を狙われなかったの?」
「解禁日……いえ、開戦日の方が正しいですね。手を出していい日が決まっているんです、私たちはその日を何処からとなく知りえますが、それまでに殺しても願いがは叶わないんです。……いえ、それよりもそれまで名波くんの居場所を知ることが本来は難しいんです。世界が隠そうと力を働かせていますから。私の場合は奇跡と思えるほどの偶然でした。だからこそ、そこの紅い子も驚いていたんです」
うんうん、と頷く紅音に二人共目さえくれず、優希は質問を続ける。
「どうして僕だってわかるの」
「私たちは近づいたらすぐにわかるんです、不思議と。多分、開戦したらもっとわかりやすくなると思います、それこそ“世界が出会うよう仕組む”はずですから」
「世界が仕組むって何?」
「運命みたいなものですかね、そうあるようにと世界が作用するんです。世界は正しい姿であろうと働くので、私たちの戦いは関係のない表の人間には殆ど感知されません。それこそ実害でもない限り、そこにないものだと世界が働きかけるんです」
「……なんだか凄いね、そっかだから僕らは今まで魔術とかと縁がなかったんだ。…………最後にもう一ついいかな」
「はい、なんですか」
優希はこの質問をするつもりはなかった。でも信じたくないことを目の間に突き付けられて混乱した結果、口にしたあととても後悔することになる。
「……白兎さんは僕を殺したいから近づいてきたの?」
「…………っ!! 違います! 違います!! 私は――――」
「ごめん名波さん、意地悪なこと言っちゃったね。……本当にごめん、今は一人にして欲しいんだ」
優希はそう言うと美羽と目も合わせず立ち上がり、そのまま逃げるように屋上から出ていった。