彼女らは汝の敵を愛さない   作:出井兎りんで

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1-6 迫る魔の手

 

 手を解かれ置いて行かれてしまった美羽はショックのあまり動けず顔を伏せてしまう。一方、二人の会話を見ていた紅音は困り顔を浮かべたあと、優希を追うか美羽から話を聞くか悩み、とりあえず目の前にいる方から優先することにした。

 

 

「開戦まではまだ時間はあるし、今は敵にならないであげるわ。…………立てる?」

「ええ、立てますのでお構いなく」

 

 紅音が差し出した手を美羽は取らず自力で立ち上がる。

 今にも泣き出しそうな顔をしていた美羽だったが、気持ちを切り替えるように顔を乱暴に振った。

 

「……仕方ないですよね。名波くんは今まで日常に居たんです、それが突然非日常に変わってしまっただなんてそうそう受け入れられるわけないですよ」

「そうだとしても優希は受け入れなきゃ駄目よ。逃げたとしても開戦してしまえば狙われ続けるわ、そしていつか殺される」

「そんなこと絶対にさせません、私が命に代えても守りますから。……もし名波くんが目を逸らしたいと思うなら、名波くんの目の届かない場所で私が名波くんの敵を全部倒せいいだけです。名波くんが現状から目を背けたいのでしたら、私は名波くんの日常を守る、ただそれだけです。……名波くんが私を信用してくれるなら、ですけどね」

 

 美羽の声はどこか弱々しかった。

 もし優希が美羽を信用しないとしたら? このままずっと怖がってしまったら? どうすればいい? 言葉には強い意志があるにも関わらず、その不安が美羽を揺らす。

 紅音はというと美羽の言葉を聞いて呆れたようにため息をついた。その態度にムッときた美羽だが、紅音は態度を変えず口を開く。

 

「絶対に上手くいかないわよ、そんな方法。あんたが仮に私より強かったとしても、優希の日常は確実に壊されるわ。それだけ守る側は不利なのよ。あたしとしてはあんたが無茶して殺されるのはどうでもいいけど、優希まで巻き込まれるのは見逃せない。だから、あんたの方法に頷くわけにはいかないわ。無理にでも優希には今の状況に立ち向かってもらう、それが酷な選択だとしてもね」

「そう言うと思いました。……貴女と意見が合うとは思ってませんからいいですけど、決めるのは名波くんです。名波くんが選ぶ道に私は従います。――――それが貴女と違う道だった場合は今度こそ殺して差し上げますね」

「それはこっちの台詞よ、焼き兎にしてあげるわ」

 

 ふん、と紅音と美羽は同じタイミングで視線を外し屋内に戻るために歩き出す。先に行く紅音の背中を見ていた美羽は何かを思い出したように「あ」と漏らすと顔を青くした。

 

「そういえば、紅い子に質問ですけどどうやって名波くんがここに居るってわかったんですか?」

「そりゃ情報が回ってきたからに決まっているでしょ。あんたは偶然かもしれないけど、開戦前に準備を整えるのは基本よ基本。あと、さっきから気になってけど誰が紅い子よ!?」

 

 呆れた顔で答える紅音とは対照的に美羽はさらに顔を青くさせる。

 様子が変な美羽を前に紅音もつい足を止めて美羽が再び口を開くのを待った。

 

「まずいですまずいです……私としたことが落ち込んでいる場合じゃないです! ――――と、とりあえず、名波くんを追わなきゃ!!」

「何一人で取り乱してんのよ? 発狂癖でもあるのあんた」

「うるさいです! 貴女が口にした言葉を思い出してください、少し考えればわかりますよね今の状況!?」

「……ごめんわかんない」

「そんな気はしてましたけど脳筋でしたか、やっぱ脳筋でしたか! 時間がないので短くまとめますけど、どうして貴女だけがその情報を手にしたと思ってるんですか!?」

 

 慌てている美羽とは対照的にポカンとしていた紅音だったが、その顔が徐々に青く染まる。

 やっとのことで気が付いた紅音も美羽と同じように「あ」と言葉をもらして頭を抱えた。

 

「なら他の参加者だって貴女が言ったように開戦前に準備を始める可能性があります。いくら姫神とやらが情報収集能力に長けていたとしても、その情報が一か所だけとは到底考えられません。紅い子以外にも動く護り手がいる可能性も考慮するべきでした……っ! それこそ開戦前は殺せなくても生かして捕えるくらいできます、そうならないように今までは誰も名波くんの所在を誰も知らなかったんです! あくまで可能性の話ですけど……私、自慢じゃないですが嫌な予感は当たるんですよ」

 

 

 

 

 美羽と紅音が優希が危険だと理解したころ、彼は既に帰宅の途についていた。

 名波家は学園からさほど離れていない距離にある。すぐにでも日常に戻りたかった優希は彼にしては珍しく、なりふり構わない様子で走っていた。

 息を切らしながらたどり着いた自宅前。こんな様子で帰ったら叔母に心配をかけると考えた優希は一度息を落ち着かせ、なるべくいつも通りに玄関を開けた。

 

「ただいま」

 

 しかし優希の言葉に返事はなかった。いつもと同じように、いつもと同じ声色なのに、いつもと同じ「お帰り」が聞こえてこない。

 違和感を覚えた優希だったが、何か作業をしているのだろうと深くは考えず靴を抜いだ。叔母の靴はあるし、家にはいるはずなんだけどな? と思いつつ廊下を歩き、着いたリビングにも叔母の姿はなかった。代わりに――――

 

 「やぁ、はじめまして、名波優希くん。ちょっとお邪魔しているよ」

 

 ―――全く知らない男が土足のままそこにいた。

 全身黒ずくめの格好をした、いかにも怪しい人物。こんな知り合いはいないと優希はつい身構える。

 そんな優希の態度のどこが面白かったのかわからないが、黒ずくめの男は不気味な笑い声を零した。

 

「……すみません、どちら様でしょうか?」

「私かい? ああ、自己紹介をしていなかったね。私は……そうだね、ガーデルとでも呼んでくれたまえ」

「ガーデルさん、ですか。……その、叔母の知り合いの方でしょうか?」

「叔母? ああ、叔母か。彼女は母ではなく叔母だった(・・・・・)のか」

 

 ガーデルと名乗った男の言葉を聞いた優希の血の気が引いた。少なくとも優希の知り合いではないガーデルだったが、叔母のこともまるで知らないような口調だったからだ。

 となると、優希の頭の中に思い浮かんだのは紅音と美羽が話してくれた非日常の話。――――……優希の命を狙ってくる人物が現れることを。

 

「その叔母とやらは実に健気でね、君のことを尋ねてもまるで喋らなかったんだ。いやはや、子を守る母は強い者だ! と感心していたものだが、そうか叔母だったのか。それはそれでさらに凄いな彼女は! 死ぬまで(・・・)君のこと想っていたよ。愛されていたんだねぇ、名波優希くん」

 

 手を叩きながら愉快愉快と、相手の不愉快を誘う笑い声を家中に響かせるダーデルとは対照的に、優希は時間が止まったかのように静止してしまった。

 今、この男は何と言ったのか? 聞き間違えに決まっている、と自分に言い聞かせる優希だったが、ガーデルが蹴とばしたそれ(・・)を見て足元から崩れ落ちた。

 

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